第32話 練習(1)
それぞれの天職の紹介もつつがなく終了し、僕らは一旦、妖精広場へ戻ってくることにした。
「しっかし、武技も使わねーでスケルトンを倒すなんて、双葉さん、かなり強ぇえんじゃねーのか? っていうか、凄ぇ技とか持ってるんじゃね?」
純粋な好奇心といった感じで聞いてくる平野君だけど、これの解答には細心の注意を払わなくては。
さっきはあえて僕らのスキル構成を詳しく話さなかったけれど、やはり、どんな技、魔法が使えるのかは教えなければいけない。
「実は双葉さんも、まだ戦士の初期スキル三つしか使えないんだ」
視線で双葉さんに合図、まぁ、伝わったかどうかは分からないけど、とりあえず、ここは僕に任せてくれ、とばかりに彼女に代わって説明役を買って出る。
「え、マジで?」
「『恵体』っていう強化スキルみたいなのがあるんだけど、これのお蔭でパワーが上がっていると思うんだよ」
「ふーん、ケータイね」
勿論、嘘だけど。でも、狂戦士のことを伏せている以上、『狂躯』のことも言えない。まぁ、本当に双葉さんのパワーがこれによるものかは、まだイマイチ分かってないんだけど。
「だから、他のスキルは『見切り』と『弾き』だけなんだよね」
「『弾き』って? 攻撃を弾き返すの?」
「うん、大体そんな感じ。上手く決まれば、相手がよろめいて倒れたりもするから、カウンターとしても使えるかもしれない」
あの大カエルも一発でひっくり返ったのだから、小型のモンスターなら大抵はブッ飛ばせるだろう。赤犬ボスも、サイズ次第では可能かも。
「でもよ、そのケータイってのがあれば、ずっとあのパワーになれんだろ? それって凄くね? っつーかレアスキルってやつ?」
「平野君は能力ナシでも、何か力強くなったとか、速くなったとか、そういうのはないの?」
「おう、やっぱ武技使った時しか強くはなんねーな」
なるほど、だからこそ常時発動のパッシブスキルは便利に見えるだろう。
「でも、双葉さんにはまだ攻撃技がないから、決め手に欠けると思うんだよね。一撃の強さだったら、やっぱり『大断』の方が威力ありそうだったし」
「一長一短ってことね」
今の双葉さんは頼りになるが、過信は禁物だ。
「ところで、気になったんだけど、桃川君の『呪術師』って、もしかして、攻撃魔法なかったりする?」
うわ、やっぱりそこ、聞いちゃうのか……いや、そりゃあ聞くよな。僕としても、この辺はぶっちゃけておかなきゃ、この先やっていけないところだし。
「うん、僕の『呪術師』は攻撃できないんだ。実際、かなり弱い天職だよ」
「うおっ、マジかよ」
明らかな落胆な声をあげる平野君。何も言わないけど、西山さんも微妙な顔をしている。
「敵を拘束する『黒髪縛り』が今のところ一番使える呪術だよ」
「他には何があるの?」
「次に役立つのは『直感薬学』かな。薬を作れる」
「おお、それって待望の回復職じゃねーか!」
「でも、材料に限りはあるし、見たところ、このエリアじゃ薬草は一本もないし、多用はできないよ」
「ふーん、効果はどんなもんなの?」
「そこは大丈夫、かなり効果あるよ。双葉さんは瀕死の重傷を負ったことがあるけど、薬で回復したし」
「マジで、すげぇじゃん! 回復ってあの四葉しかねーから、かなりヤバかったんだよな」
「うん、それじゃあボスと戦って、少しくらいなら怪我しても大丈夫そうね」
二人の様子からいって、魔法陣で紹介されていた四葉のクローバーの薬草は十分な数が確保できていないようだ。見たところ、この妖精広場にあるプランターにも、四葉はほとんど見当たらないし。
委員長チームもそうだったが、やはり回復手段の確保には苦労するようだ。しかし、だからこそ呪術師の僕にもワンチャンあるってこと。
「他には相手を微熱にする『赤き熱病』とか、弱っちい『汚濁の泥人形』とかあるけど」
「え、微熱って何? どういうこと?」
「そこは深く聞かないで」
うん、この辺の呪術は現状、攻略では全く役に立ちそうにないから、本当に聞かないでおいて欲しい。というか、なかったことにしてくれてもいいよ。
「あと、最後に『痛み返し』っていう呪術があるんだけど、これ、僕に攻撃するとダメージが相手に跳ね返るから、誤射とかには注意してね」
要するに、裏切るなよ、ってこと。僕の戦闘能力は皆無だけど、殺した奴を100%道連れにする呪術があるというのは、ある意味で究極の保険でもある。
ゴーマみたいな群れる敵にはほとんど無意味だけど、人間の味方には有効だ。誰だって、自分の命は惜しい。それに、あの樋口みたいに奴隷扱いの手下を作れる奴も、そう多くはないだろう。まぁ、いくら勝のバカだって、自分が死ぬと思えば刺す勇気なんて持てないだろうけど。
「そ、そうなんだ。それって、何か本当に呪いっぽいね」
「攻撃しない限りは、何ともないから」
ちょっと引いた様子の西山さんに、一応ことわっておく。あからさまに距離をとられるのも、それはそれでつらい。
「けどよ、とりあえずこの面子ならボスも何とかなるんじゃねーか?」
「ちょっと、いきなり今から倒しに行く、とか言わないでよね。少しは段取りしとかないと……ほら、伊藤君の時みたいになったら、困るでしょ」
「おう、分かってるよ」
二人の雰囲気からいって、どうも最初にボスに挑んだ時はほとんど無策で突っ込んで行ってしまったようだ。調子に乗っていた、とも言っていたし。
「それじゃあ一応、作戦会議しとこうか」
「つっても、最初に桃川が足止め、後は俺と双葉さんがボスを斬って、西山は援護。で、運よく足でも切れて動きを止めれたら、ブラストぶちこめばいいだろ?」
平野君の作戦は大雑把ではあるものの、それぞれの天職からいってこれ以外の陣形はないだろう。
「ボスはどんな攻撃してくるの? 対処も考えておかないと」
「まぁ、ただのデケー犬だよ」
「ただの、って言っても、動物園で見たライオンくらいの大きさだけどね。実際に見たら、かなり迫力あるよ」
ライオンサイズということは、少なくとも僕の記念すべき初エンカウントである鎧熊よりかは小さい……けれど、だからといって何ら心の余裕は生まれない。大型犬を越えるデカさの赤犬って、それどう考えてもヤバいだろ。
「あ、でも一番ヤベーのは、火ぃ吹いてくるんだよ」
「え、ホントに? どれくらい?」
「結構ドバーっと、ドラゴン花火みてぇに」
「いや、アレはどう見てもドラゴン花火よりも炎でてたでしょ」
「ちょっと、その辺詳しく」
「うーん、えっと――」
西山さんの説明によると、どうやらボスは火炎放射というほど激しくはないが、それでもはっきり炎を吹いていたという。牙をガチガチならすと火花が散り、次の瞬間に勢いよく発火するように、炎が広がったらしい。
魔法で炎をぶっ放しているのか、それとも可燃性のガスを撒いてから点火しているか、この際、原理は割とどうでもいいだろう。
「接近する平野君と双葉さんは、かなり危険じゃない?」
「でもまぁ、剣士と戦士だし、しょうがないんじゃね? ガチガチやってきたら、気を付けっから」
注意して回避に専念。言うのは簡単だけど、果たしてどうだろうか。ゲームだったら、敵のモンスターなんて所詮はAIに従って動くだけのプログラムに過ぎない。特に大技は放つ時なんかは、必ず決まった予備動作が組み込まれていたりする。だから、プレイヤーはそれに対処できる。できなくても、何度もコンテニューし続ければ、馬鹿でも覚えられるのだ。
「とりあえず、挑む前に水くらい被った方がいいかもね。あと、僕の薬でも火傷は治ると思うけど……あんまり酷いとダメかもしれないなから」
「おう、気合いで避けるわ」
今の僕らにできる準備などたかが知れている。結局は、本人のプレイヤースキルに頼ることとなってしまう。
「他には、何かある?」
「うーん、特にはないと思う。動きも、見た目取りの犬だったし。ほら、警察犬が犯人捕まえるみたいなのって、テレビで見たことない? あんな感じで、凄い勢いで飛び掛かってくるよ」
「ぶっちゃけ、これが一番怖ぇんだよな。俺は『疾駆』があるからギリギリで逃げられるし、西山は魔法使いだから離れてるし。けど、伊藤はダメだった……一回倒されたら、それでスゲー血塗れになってよ」
「え、もしかして、即死だった?」
「いや、フツーに生きてた。で、俺が助けようと思って近づいたんだけどよ、そん時に火ぃ吹くし、伊藤は乗っかられたままだから、攻撃魔法をぶち込むわけにもいかねーし」
「それで結局、どうにもならなくて……私らは逃げたの」
初戦の顛末は、油断によりあっけなく仲間を一人失うという大敗に終わったということだ。それでも二人が無傷で逃げられたのは幸いだろう。
「ふーん……そう、なんだ……」
頭を過るのは、伊藤君も二人に見捨てられただけなんじゃないかという予想。しかし、彼は『盗賊』としてダンジョン攻略に貢献していたことから、そうそう簡単に切り捨てられるような人材ではない。
ボスとの戦いは、本当に戦力不足で負けたとみて間違いないだろう。
「で、どうするよ? 休憩したら、ボスに行くか?」
「いや、僕と双葉さんは、もう少しスケルトン相手に練習したいから、二人は待っててもらえないかな」
「別にいいけど、二人で大丈夫?」
「スケルトンしか出ないなら、大丈夫だから。じゃあ、行こうか双葉さん」
半ば強引ながらも、僕はそう言い切って立ち上がる。
正直、練習なんてのは二の次。重要なのは、そう、双葉さんと二人で話をしておくことなのだから。
「……双葉さん、かなり二人のこと警戒してるよね?」
スケルトンがいないことを確認して、適当な部屋に入るなり僕はそう切り出した。
「うん、他の人を信用するのは、まだ危ないと思うの」
心優しい双葉さんだけど、流石に今までの過酷な経験があるからか、迷いなく二人への嫌疑を口にした。
「僕もそう思う。だから、嘘もついたし」
そのことに罪悪感はない。バレないかとドキドキはしたけれど。
つまるところ、向こうだって嘘をついている可能性もあるのだ。実は西山さんは無詠唱で『風刃』を撃てるとか。平野君も別な武技を習得しているとか。
隠し事をするのは、お互い様だろう。
「嘘って、私のこと、だよね?」
「黙っててくれて助かったよ。もしかしたら、本当は狂戦士だって言い出すんじゃないかと」
「そ、そんなこと言わないよ! ちゃんと空気くらい読めるから!」
だからこそ、ほとんど会話に入らず黙り切りだったのだろう。事前に打ち合わせもしていなかったから、話を合わせるのも難しい。説明を僕に丸投げした双葉さんの判断は正しい。
あらかじめ、不意の遭遇を想定した対応を決めておけば良かった、というのはただの後悔でしかない。今は反省している。
「でも、飛んだ先でいきなりクラスメイトがいるとは思わなかったよ」
「次からは気を付けた方がいいよね。いきなり攻撃されるかもしれないし」
双葉さんの警戒心全開な台詞である。けど、それくらいの注意は必要だろう。
「分かってると思うけど、とりあえず二人とは協力しようと思う」
「……いいの?」
「二人の実力はさっき見た通り。少なくとも、僕なんかより役立つ天職だよ」
「そんなことないよっ!」
僕の微妙な自虐に思わぬ大きな否定の声が返ってきて、少しばかり驚く。そんな全力で否定しなくても。
「あ、ご、ごめんなさい」
「いや、いいよ、フォローしてくれる気持ちは嬉しいから」
まぁ、これでも双葉さんの命は一度救っているわけだし。中途半端な戦闘職よりも呪術師で良かったと、この一点だけで言い切ってもいいかもしれない。
「ともかく、二人は今のところは話も通じるし、仲間を増やした方が安全に先に進めるっていうのも、間違いないと思う」
「それは、そうだけど……ボスを倒した後も、やっぱり一緒にいる、んだよね……?」
「え、何か問題ある?」
むしろ、ボスを倒してはいサヨナラ、という方が気まずいだろう。
「ううん……でも、いつ裏切られるか、分からないから。私の時みたいに」
「あっ、そ、そうだよね」
僕としては自分の実体験である樋口一行に襲われたパターンに警戒感が先に立っているから、ピンチになると見捨てられる、というパターンはまだ実感を持つほどではないのかもしれない。頭では分かっているけど、やっぱり実際に見捨てられた経験のある双葉さんからすると、ちょっとばかり友好的に接することができても、そうそう簡単には信用できないのは当然かもしれない。
「できれば、ピンチにならないのが一番なんだけどね。誰だって自分の命は惜しい。土壇場になれば平気で仲間を見捨てられるだろうし……でも、逆に安全に攻略が進めば、そんなことにもならないはずだよ。僕らに必要なのは、信頼関係よりも、安全を確保できる力だと思う」
「それじゃあ、これから先も、できるだけクラスメイトは仲間にした方がいいんだね?」
「まぁ、樋口とかは絶対にお断りだけど。アイツらは僕が呪い殺すから!」
ふふん、と冗談半分本気半分で言い切る。
「うん、桃川くんならできるよ」
しかし、穏やかな微笑みを浮かべながら全肯定されると、それはそれで微妙な気分になる。双葉さんはもっと、平和主義なイメージがあるから余計に。
「とりあえず、先に進むためにまずはボスの撃破だ」
「えっと、練習って、する?」
「うん。双葉さんとちゃんと話はしておきたかったけど、練習したかったのもホントだから」
スケルトンは実に都合の良い練習相手である。ここより前のフィールドなら、どんな魔物がどんなタイミングでどれだけ飛び出してくるか分からなかった。基本的に遭遇戦となってしまうから、避けられる戦闘は避ける、というのが最善策だった。
けれど、ここでなら安全にスケルトンと戦える。開けたフィールド、決まった相手、少ない数。もしかすれば、この先にはこんな初心者用エリアはないかもしれないのだ。
「僕は黒髪と泥人形をもう少しどうにかできないか試してみたいんだよね。双葉さんも、『弾き』と『見切り』をもっと練習してみたら自信つくんじゃない?」
「うん、そうだね桃川くん。私、やってみるよ!」
かくして、僕らのレベリングは始まった。




