第333話 古代都市アルビオン
「ここがあの女の拠点か」
セントラルタワーのエントランス前である玉座の間から、僕らはゾロゾロと隠し砦へとやって来た。
やはり塔で取得した地下通路のマップには記載されていない、秘密の通路によって繋がっている。完全に機能が生きているのか、地上から砦にまで繋がる巨大なトンネル状の通路は、煌々と白い光が灯って明るく、薄汚れた様子もなかった。
通路の先にある固く閉ざされた門は、僕らがやって来るなり自動的に開かれ、中へと導いてくれた。
ここは小鳥遊が管理していた場所だが、今はその力は及んでいない。まだ操作できるんだったら、門はロックされただろうし。
「天道君、どう?」
「軍の施設だからな。俺の権限の方が優先される」
「ジェネラルコードってのが、軍事関係の権限ってこと。小鳥遊のはシンクレアコードって言ってたから、そっちは民間、というか行政用って感じ?」
「相変わらず、耳敏い野郎だな」
「この辺も後で詳しく説明してよね」
「面倒くせぇ……アクセス権はくれてやるから、自分で調べろ」
「その方がはかどりそうだし、お願いね」
「桃川君、龍一と距離が近い……やっぱり……」
「離れたから! もう離れたから大丈夫だよ、涼子ちゃん、ねっ?」
いまだに情緒不安定な委員長のことは極力、気にしないことにして……ともかく、今はこの隠し砦に、小鳥遊がちょっかいをかけられない状態にはなっているそうだ。
そして天道君のジェネラルコードという軍事権があれば、砦の設備・機能も問題なく使えるだろう。ここを使い倒す準備は整った。
「おお、この感じ、正しく秘密基地」
小奇麗な白い内装だが、飾り気はなく質実剛健な作りは、実に軍事施設らしい。電線でも通っているのか、謎のパイプが天井や壁に走っているのもいいね。SFモノの宇宙船内とか、ポストアポカリプスのシェルターとか、オープンワールド洋ゲーで見た感じでワクワクしてくるよ。
通路同様、内部は綺麗なものだ。だがそれとなく生活感を感じさせるのは、今朝方まで蒼真パーティが実際に暮らしていたからこそだろう。
「この先が食堂で、階段はあっち。トイレはそこの角を曲がってすぐだよ」
メイちゃんが先導し、勝手知ったる砦内を案内してくれた。
ひとまずは、全員を収容できる広い食堂に集まることにする。とはいえ、たったの10人である。大人数の軍隊が駐留するだろう軍事基地では、食堂のような大人数が集まる広間だと、あまりにも広々とし過ぎて閑散とした寂しい印象を覚える。
「それじゃあ、私は厨房でみんなの食事を用意してくるよ」
「えっ、今すぐじゃなくていいよ。激戦の後で疲れてるでしょ。適当に残り物でも食べるから、無理しなくても」
「全然、大丈夫だよ。それに私は、最後にザガンと戦っただけだから」
禁じ手である『ベルセルクX』を服用し、一人でザガンの相手をしていたのを、『だけ』とは言わない。僕らは朝っぱらから戦い通しではあったけれど、メイちゃんはそれに匹敵する疲労を十分に負っている。
けれど、輝かしいほどにこやかに笑う彼女を、これ以上、止める気にもならなかった。
「それじゃあ、お願いするよ。僕の分身とレムは手伝うから。あと姫野さん」
「えっ」
「言われなくても、手伝うに決まってるよね」
「わ、私もほら、慣れない戦いが一日中だったから、凄く疲れが……」
「ええっ、まさかメイちゃんだけに働かせるの? マジで? 友達なのにぃ?」
「あんまり大したことはできないけど、私も手伝うよ、双葉ちゃん」
「うん、姫ちゃんありがとう」
結局、手伝うんだったら最初から快く引き受ければ印象良くできるのに。無駄な抵抗は、無駄どころか機会損失でマイナスになるということを、いい加減に姫野は学ぶべきだと思うな。
そういうワケで、まだまだ豊富な食材が残されているという厨房へ、臨時の給食係を結成して向かうことになるのだが、
「ふふん、お待ちください」
「げっ」
メイド服のロングスカートを翻し、天道君の『侍女』桃子が現れた。
僕の精神衛生上、コイツの姿は非常によろしくないので、正直、あんまり視界に入らないで欲しいんだが。
「貴女がクラス随一の料理人と名高い、双葉芽衣子ですね。その腕前がどれほどのものか、この桃子が見極めてくれましょう!」
「わぁ、桃子ちゃんも手伝ってくれるの? ありがとう!」
「あっ、こら、勝手に撫でるなです!」
早くも桃子の存在を受け入れたメイちゃんが、生意気な言い草で手伝いを申し出るメイドを、撫でまわしていた。その手付き、葉山君がベニヲをよしよしとするが如し。
しかし、僕があからさまに邪見に扱うのも良くない。『侍女』という名で召喚した使い魔ならば、それ相応の家事能力はあるのだろうし。貴重な労働力と捉えるべき。
「改めて見ると、本当にソックリだわ」
「言わないでよ、姫野さん」
「ねぇ、この桃子ってさ……ついてんの?」
「……ついてない、らしいよ」
いやぁ、委員長が桃子のロングスカートに顔を突っ込んで確認し始めたシーンは、マジで狂気的だったよね。
その結果、桃子の体は女であるらしいことが判明し、委員長は男子に負けたという最悪の判定は覆ったので、正気を取り戻すキッカケになったのは幸いだ。
もっとも、奇声を上げてスカートに顔を突っ込む姿を見てしまうと、正気を取り戻しても完全に手遅れ感あるけれど……いや、これは触れないで置いた方が世のため人のため、僕のためであろう。
「————なるほど。そうして、リベルタに乗って最下層まですっ飛んで来たと」
久しぶりにメイちゃんの絶品手料理に舌鼓を打った後、今日のところは就寝となった。みんな疲れているので、とりあえず早いところ眠ってもらうことに。
けれど、僕は先に天道君からしっかりと事情聴取と情報収集をしなければならないので、食堂に残り、じっくりと話し合うことにした。
僕の傍らには幼女レムが控え、天道君には桃子が控えている。
そして隔離区域にて封印され続けていた黒い飛竜ことリベルタは、テーブルの上に乗って、皿に盛られた干し肉をガシガシと齧りながら、口を開いた。
「中心市街は広いから、飛びやすくて良い。だが、妾は早く本物の空を飛びたいぞ」
「悪ぃが、小鳥遊とケリがつくまでは、外に出るわけにはいかねぇ。もう少しだけ、付き合ってくれ」
「主様が言うなら、仕方がないのう」
とか言いながら、天道君に撫でられるリベルタは、モンスターの王者ドラゴンというよりただの可愛いペットである。
リベルタは体のサイズを自在に変化させることができるようだ。
エントランスに飛び込んできた時は、野生のサラマンダーを凌駕するほど立派な体躯の持ち主であった。
しかし、今はテーブルの上に乗っかるような子犬サイズである。
リベルタは通常状態がデカいドラゴンの姿なので、こっちは力を抑えた形態といったところ。霊獣化、とは逆の効果を持つ変身スキル、みたいなものか。いや、レムの変身に近いのか。
だとすれば、やはりこのドラゴン、いつか人間の姿となる人化の術を体得する可能性は非常に高い。そうなったら、絶対にロリババアになるだろ。この声と口調でそうならなかったら、詐欺もいいところだよね。
「よく戻って来れたね。というか、戻る気になったね」
「悠斗や涼子を放って、呑気に放浪の旅をしていられるほど図太くはねぇ。なにより、小鳥遊にまんまとやられた借りは、返しとかねぇと」
仲間が心配で、恨みのある敵を倒しに来た、と。なんだかんだで、天道君の行動は常識的なんだよね。そうじゃなければ、あの蒼真君と親友にはなっていない。
まったく、こんなにできた親友がいるというのに、あの頑固さと視野狭窄ぶりは何とかならかったのかと。やはり女が悪いのか。
ともかく、天道君が戻って来てくれて本当に助かった。
飛竜であるリベルタに乗れば、外の大森林に放り出されても移動で困ることはない。どこか人里を探して飛んで行けば、それだけでこのクソみたいなダンジョンからの脱出は完了となる。
けれど、天道君は再びダンジョンに潜って、最下層まで来てくれたのだ。
今の彼は、小鳥遊並みにダンジョン情報に詳しいとはいえ、野生のモンスターも多数生息しているダンジョンを僅か数日で駆け抜けてきたのは驚異的な攻略速度だ。次やる時は、是非ともRTA動画を撮影しておいて欲しい。
「それにしても、古代の覇権国家エメローディアに、魔神の力が暴走して滅びた大都市アルビオン、か」
リベルタの言を信じるならば、エメローディアはあのクソ女神エルシオンを信仰する強力な一神教の国家だという。もうこの時点でギルティ確定だ。悪の文明、滅びよ。
「リベルタは闇の魔神、とやらの力を利用して試作された古代兵器の一種らしいけれど————天職か眷属って、授かってんの?」
「自分では分からぬな。少なくとも、神とやらの声を聞いたことも、感じたことも一度たりとて無い」
「能力はドラゴンとして組み込まれているってことか。でも言葉は喋るし……もしかして、元は人間だった、とかじゃないよね?」
「妾は生まれた時より竜の姿をしておる。だが、どのようにして妾を作ったかまでは知らんな。所詮は作り物の竜よ。人間の一人や二人、混じっておってもおかしくはなかろう」
「やっぱクソ女神の国だ。人体実験上等かよ」
リベルタの言い草から察するに、単なる想像というより、人間を材料に何かするのは珍しくもなんともない、という感じである。
「ねぇ、このアルビオンが滅びる原因になった魔神の力の暴走ってさ、黒い鎧兜の姿した奴じゃない?」
「ほう、アレに見えて生き残っておるとは、流石は主様の盟友といったところか」
やっぱりアイツか。あの魔王みたいな鎧兜を纏った、地下通路を彷徨い歩く狂戦士。
ただのリビングアーマーじゃないと思っていたけれど、想像以上に危険な存在らしい。
「決してアレに挑んではならぬぞ。勝てる、勝てない、の問題ではない。次に暴走すれば、どのような災厄が起こるか分かったものではない」
「大丈夫、そうならないように監視してるから。レム、今どの辺にいるの?」
「南のほう……やく、12キロ地点……歩いている」
「だってさ。この辺の近くにはいないみたいだよ。良かったね」
「正体を知らずとも、使い魔を飛ばして見張らせておるのか。なんと、抜け目のない女よ」
「いや男だから。メイドと一緒にしないでよ、くれぐれも」
「見た目が同じならば、大した違いはなかろう?」
「違うよ。全然違うよ」
天道君、ちゃんとこのドラゴンにオスメスの違いの重要性を教え込んでおいてよね。飼い主の役目でしょ。
「おい、昔の話なんざ、どうだっていいだろ。そんなに歴史が気になるなら、小鳥遊をぶっ殺した後に、ゆっくり考古学の研究でもしてくれ」
「確かにね。大事なのは、あのアルビオン中央政庁に、どれだけの力があって、どこまで小鳥遊が使えるのかってことだ」
敵を知り、己を知るのは基礎中の基礎。
特にクソ女神の忖度を受けた『賢者』のチートスキルの数々に、未知の部分が多い古代遺跡の能力まで加わっている。小鳥遊の現有戦力を把握することは、これからタワー攻略に挑むにあたって最も重要な情報である。
「タワーは軍事施設じゃねぇ。防衛用の設備は何もないが……多少の警備は残ってるはずだ」
「それって、古代兵器のロボットみたいな?」
「いや、モンスターだ。リベルタみてぇなドラゴンもいるだろうよ」
なるほど、リベルタだけが特別に作られたというより、生体兵器としてのモンスターが通常兵力として採用されていたということか。
今まで戦ってきたモンスターの中にも、そういう奴らが混じっていたのかもしれない。あるいは、ボスモンスターは全て生体兵器だった、と考えるべきか。
「やっぱりボスラッシュあるのか……」
「無限に湧くんじゃねぇんだ、大丈夫だろ」
「召喚されたりはしない?」
「転移は全て止めてきた。タワーの外からは何も呼べねぇはずだ」
なるほど、小鳥遊の逃亡阻止のためだと思っていたけれど、召喚による増援も防いでいたのか。正に一石二鳥の策。やるじゃん。
「解除されたりはしないの?」
「奴が持つ権限だけじゃ無理……ってことらしいが、どういう理屈かまでは、詳しく知らん」
「ご主人様が基地司令代理、小鳥遊は臨時総督、という役職と権限を有しております。アルビオンは現在でも、崩壊当時に発令された戒厳令が敷かれた戦時状態であるとタワーの管理システムに認識されているので、基本的には総督よりも基地司令の軍事権が優先される状態です」
と、桃子がアバウトなご主人様の補足説明をしてくれた。
ありがたいけれど、そのデキる秘書です、みたいな澄まし顔は腹立つからやめろ。
「戒厳令だから、移動しないよう転移禁止ができると」
「はい。ですので、これまで皆さんがご利用されてきたエリア間の転移魔法、正式名称『ポータル』の使用も不可能となっております」
「でも禁止した後に、小鳥遊は転移してたよね?」
「政府関係者は避難のために、一部の転移利用が許可されておりますので」
救難要請の緊急避難がどうとか言ってたけど、その通りってことか。
そして天送門のあるタワーの最深部で、最後の陰謀を企てていると。
「タワーの機能も天道君の権限で全部止められないの?」
「中央政庁だけは軍の管轄下にありませんので、ポータルを止めて孤立させるまでしかできないでしょう」
文字通りに、最後の砦というやつか。ラストダンジョン、とでも言った方が、僕らの場合は正しいか。
「……ねぇ、もう小鳥遊も蒼真君も放っておいて、みんなで逃げない?」
「こっから外に出るには、転移禁止を解除しなきゃなんねぇ。飛べるようになった瞬間、奴は自由に動き出すぞ。アイツが俺らが出ていくのを、黙って見逃すと思うか?」
「なるほど、やっぱり殺すしかないね」
天道君の軍事権で転移魔法たるポータルをはじめとした、様々なダンジョンの機能を使用禁止にしているから、僕らは若干有利な立場に立てている。
総督というアルビオンを支配する能力を手に入れた小鳥遊は、何もなければ完全無欠にダンジョンマスターだ。好きな時に、好きな場所に、好きなだけヤマタノオロチ級の大ボスをけしかけることだって可能になるかもしれないのだ。
「それに、何故かキナコも捕まってるし、見捨てるワケにはいかないし。蒼真君は自己責任ってことで」
「とてもじゃないが、悠斗を助けるために命を賭けてくれ、とは頼めねぇな。そこはアイツの自業自得だ」
親友なのに突き放した冷たい物言い……とは、僕らは誰も思わないよ。最後の最後まで小鳥遊を庇って、奴の策謀を許した戦犯になっちゃったし。
でも、僕らの協力なんかなくたって、天道君は一人でも迷わず蒼真君を助けに行くんだろうけれど。
「ところで、蒼真君って今どうなってると思う?」
「小鳥遊とよろしくやってんじゃあねぇのか」
「人を洗脳する装置とかあるの?」
「そんなもんなくたって、『賢者』の力があんだろ」
やっぱりそうだよね。
古代の邪悪な洗脳装置があろうがなかろうが、『賢者』スキルとして授かっていれば問題ない。『イデアコード』の上位互換というだけでも、蒼真君くらい思い込み激しい奴を一人、意のままに操ることなど造作もない。
「まだ『勇者』の力は十分に覚醒しきってない。だから、小鳥遊は生き残った僕らを何とか悲劇の生贄にして、覚醒イベントを起こしたいはず」
「そのための準備をしているだろうな」
「こっちにも準備がいる」
「のんびりしてていいのかよ?」
「小鳥遊の強みは、総督の権限が及ぶタワー内にいること。なら、奴の方からこっちに出てくることは絶対ない」
手持ちの使い魔でもいれば、こっちに繰り出してちょっかいはかけられるだろうが……天道君がいる以上、生半可な戦力をぶつけるのは無意味だ。
小鳥遊は警戒している。奴のビビり具合と浅はかさを考えれば、僕らがやって来ることを見越した上で、全戦力をタワー内に集結させて万全の迎撃態勢を整える引き籠り戦法一択だろう。
この場合、時間は両者の味方になる。
小鳥遊が準備を整える前にさっさと攻め込むか。それとも、こちらも万全の準備をして挑むか。
どちらを選ぶかと言われれば————僕のこれまでのやり方でいけば、準備に時間をかける方を選ばせてもらうよ。備えあれば憂いなし、をここまで実感している高校生はなかなかいないだろう。
「その間に、悠斗が洗脳されるかもな」
「大丈夫だよ。そうなったら、桜ちゃんが愛の力とかそういうので、上手いこと解除してくれるでしょ」
なにせ『聖女』様だからね。
とはいえ、桜ちゃん一人に任せるわけにはいかない。
小鳥遊は間違いなく、蒼真君と剣崎を僕らにけしかけてくるだろう。だから、その対策も含めて準備しておかないと。
「僕はそういう方針でいきたいけれど、天道君は協力してくれるかい?」
「ちっ、また人をこき使おうって魂胆かよ、桃川」
「人聞きが悪いなぁ。一致団結して、みんなで頑張るんだよ」
これで天道君が「俺は付き合ってられねぇ。さっさと行かせてもらうぜ」となれば僕としても速攻案をとらざるをえないけれど、
「ふん、まぁいい。どうせこれが最後だ。お前が満足するまでやりゃあいいさ」
「ありがとう。君が協力してくれるなら、必ず蒼真君を助けて、小鳥遊を殺すことを約束するよ」
交渉成立。握手を交わす。
それじゃあ、気合を入れて、最後の攻略準備を始めようか。




