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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第20章:外の世界へ
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第332話 王の疑惑

「天道くーん! どういうことだよコレぇ!?」

 なんで僕の分身が。それも、メイド服なんぞを着こなしているんだ

 女装しているくせに、なんで顔はスッピンなんだよ。自分の素顔そのままで、気持ち悪いといったらない。

 だと言うのに、この分身メイドは自分が絶世の美少女であると心から信じているかのように、自信満々の顔をしている。

 な、なんてぇ生意気なムカつく面をしていやがる……こんな奴に煽られたら、キレ散らかすに決まってる。

「……おい、桃子。お前は出てくるなって言っただろが」

「桃子ぉ!?」

 なに勝手に女性名なんてつけてんの!

 コイツはどっからどう見ても僕の分身だろう。いつかの小鳥遊のように『双影ふたつかげ』の制御を奪って隠し持っていたかのようだが、流石にあれ以来、分身の管理は徹底している。万が一にも、天道君が僕の分身を持っているようなことはないはずなのだが。

「言われましたけど、了承したとは言ってません」

「テメェ……」

「侍女とは常に、主の傍に侍るもの。これは命令ではなく、在り方。存在の証明なのでございます————というワケで、桃子はご主人様のお傍は離れませーん!」

 などと意味不明な供述をしながら、ハッピーな笑顔で天道君へと駆け寄っては、その腕に抱き着く。

「ぐわぁあああああっ! や、やめろぉおおおお……僕の姿で、そんなことするんじゃあないぃ!!」

 いまだかつてない精神ダメージが僕を襲う!

 問答無用で繰り広げられるイチャイチャ劇を前に、僕の心とアイデンティティは踏みにじられる。

 当たり前だろ。男相手に喜んで媚を売る自分の姿を見て、正気を保てる野郎がホモ以外にどれだけいるってんだよぉ!

「離れろ、桃子。くっつくな、ウゼぇ」

「なりません、ご主人様と桃子の関係を、しかと見せつけるのです! 特に、このメガネに!」

「……龍一」

 謂れのない精神攻撃に苦悶する僕を差し置いて、天道君にくっつくメイドが、委員長へこれみよがしにガンを飛ばしている。

 悪夢のような光景だが、きっと僕よりも多大な精神ダメージを受けているだろう人物が、そこにいた。

 ねぇ委員長、感動の再会を果たした思い人が、同級生の男子とイチャつく姿を見るのって、どんな気持ち?

「この桃川はなんなのよ」

 委員長、すでにして僕への君付け廃止である。

 氷点下の声音。『氷魔術師』は伊達じゃない。

「いや、コイツは、だな……」

 流石の天道君も、実に気まずそうに視線を逸らした。

 本職のヤクザ相手でも野生のサラマンダーでも、平気で真っ正面からメンチ切れるあの天道君が、目を逸らしているのだ。その胸中が如何ほどのものか、お察しであろう。

 あんなにカッコよくクラスのピンチに戻って来たのに、今や覇気とカリスマに溢れる威風堂々とした姿はそこにはない。

「桃子ってなんなのよ」

「勝手に出て来たっていうか……名前は適当に……」

「栄えある最初の名づけにして、深ぁい愛情の込められた名前、それが『桃子』なのです」

「テメぇはちょっと黙ってろ」

「ふがふが」

「愛情、ね……確かに、随分と仲は良さそうね。アンタのそんな顔、初めて見た」

 僕も天道君が、明らかに「うわ、マジどうすんだよコレ……」とでも言いたげな困惑に諦めがブレンドされた顔は、初めて見たよ。彼にこんな表情させるなんて、大したものですよ。

「おい涼子、変な誤解するんじゃねぇ。コイツはただの召喚魔法だ」

「ふぅん、召喚魔法で呼ぶくらい、桃川のことが恋しかったんだ?」

「そんなワケねーだろ。なんか知らんが桃川の姿で出てきたんだから、しょうがねぇだろ」

「無意識で桃川メイドを求めてたってコトぉ!?」

 その怒声にビクっとなってしまったのは、仕方のないことだろう。

 委員長はこれまで、聞き分けのない蒼真君や桜ちゃんに対して、学級会でキレることは何度かあったけれど、こんなに声が裏返った奇声で叫ぶことは一度もなかった。

 眼鏡の奥にある切れ長の目には、いつもの理知的な光は宿っていない。ただ、暗い影だけが瞳を曇らせていた。

「お、落ち着けよ涼子……なにバカなこと言ってんだ、ワケわかんねぇぞ」

「ワケ分かんないのは私の方よ! なによ龍一、勝手にどっか行ってる間、アンタはメイドの恰好させた桃川とイチャついてたってワケ!? 私のいないとこで、なに性癖歪ませてんのよアンタはぁ!!」

「最悪の言いがかりつけんなよ。コイツが好き勝手言ってるだけで、俺はなんとも思っちゃいねぇ」

「嘘」

「はぁ?」

「嘘よ……だって龍一、この桃川メイドを本気で嫌がってない」

 というか委員長さぁ、まず桃川メイドって呼ぶのやめない?

 それだと、僕本人がメイドやってるみたいじゃない。

「いや、コイツうるせぇから、俺も困ってんだが……」

「本当にそう思ってるなら、アンタはとっくに消してるわ」

「ウザいけど、便利だししょうがねぇんだって」

「認めなさいよ。アンタの目を見れば分かるわ……桃川メイドに向ける目は、悠斗君や私に向けるのと同じ、自分が認めた者に対するものなんだから」

 だから、桃川メイドって呼ばないで。

 僕は天道君からそんな信頼されるような間柄になってないからね。

「それは……まぁ、コイツの世話になってるからな。認めている部分は、あるっちゃある」

「そう。やっぱり、一人で飛ばされた先で、アンタの支えになったのは……桃川メイドなのね」

 呼び方ぁ! 僕は天道君の心の支えになった覚えはないから! メイド服着て甲斐甲斐しく世話なんて焼いてないっての!

「いやそこまでは————」

「いいの、龍一。もう、いいわ」

 ええっ、委員長、一体なにがいいんだよ。いいことなんて、今の話の流れで何一つなかったじゃないか。

 っていうか、委員長さ、何で僕の方を向いてんの?

「桃川君」

「あっ、はい」

「貴方を殺して、私も死ぬわ」

 スーっと涙を流しながら、委員長はそんな実に病んでることを言い放った。

 その手に握る、明らかに正統進化を果たしただろう氷属性の杖に、凍てつく魔力を纏わせて。

「おいバカ、よせ涼子! 正気を失ってんじゃあねぇ!」

「さっ、流石にソレはまずいよ涼子ちゃん!? ダメだってぇ!」

「う、うわぁ、メイちゃん助けてぇ……」

 委員長の凶行を前に、助けを求めちゃうのは仕方のないことだと思う。

 今まで幾度となくクラスメイトと死闘を繰り広げてきた僕だけれど、こんな殺意の向けられ方は初めてだ。痴情のもつれ、しかも全く自分に落ち度のない因縁の付けられ方とくれば、これどんな気持ちで対応すればいいんだよ。

「こ、小太郎くん……」

 僕のピンチとあって、メイちゃんもすぐに駆け付けて盾を構えてくれるけど、流石にこの拗れた状況に、困惑の表情が浮かぶ。

「なにが桃子よぉ! そんなに男の娘メイドがいいって言うのぉ!!」

「いいわけねぇだろ! 勝手に人の性癖を捻じ曲げるんじゃねぇ!」

「そうだよ涼子ちゃん、これは何かの間違いだから!」

「龍一ぃー、いくら不良でも、犯しちゃいけない過ちはあるでしょうがっ!」

「何もしてねーっての」

「大丈夫、天道君はノーマル。まだノーマルだから!」

 頼れるメイちゃんの大きな背中に隠れながら、発狂する委員長を食い止める天道君と夏川さんの奮戦を眺める。

 なんとか氷魔法を乱射するのは止めているようだが、委員長の気はまだ収まる気配はない。

「こんな気持ちになるのならっ、男に生まれれば良かったわ!!」

「バカなこと言ってんじゃねぇ、いい加減にしろって」

「涼子ちゃん、今ならまだ、天道君をマトモに戻せるはずだから! 一緒に頑張ろう、ね?」

「おい夏川、俺がおかしい前提で話すんじゃねぇ」

 まだまだ修羅場真っ盛りで、僕が出る幕ではない。というより、僕は絶対に突っ込んじゃあ行けない。

 説得はこのまま、あの二人に任せるしかない。一緒に止めるフリをして、夏川さんが天道君の背中を殴ってるような印象もあるけど、正気を失った委員長を相手には、あまり論理的な言葉は意味を持たないだろう。なんでもいいから、声をかけ続けることが大事なのだ。

「ねぇ、小太郎くん」

「なに、メイちゃん」

「メイド服も似合ってて、凄く可愛いと思うよ」

 そのフォロー、今いる?




 どれだけの時間が経っただろうか。ようやく、玉座の間に響き渡る喧騒は収まった。

「……ごめんなさい。少し、取り乱してしまったわ」

 少しぃ?

 誰もが言いたくなるが、誰も言うことはないだろう。あの狂乱ぶりの再現を、一体誰が望もうか。

「委員長、無理しないで、少し休んでた方がいいんじゃないかな」

「桃川君……」

 理性の輝きが戻った目で、僕の方へ向いた委員長だけど、その瞳がどんどん曇っていくように見えるのは、気のせいってことにならないかな。

「どうして、こんなことに……何が悪かったの……メイド服なんて私だって着れるのに……男子じゃないと意味がないっていうの……」

「ダメだよ、涼子ちゃん! しっかりしてぇ!」

「ハッ!? 美波……私は……」

「やっぱり、委員長は休んだ方がいいみたいだね」

「そうね……まだ心の整理がつかない、みたいで……」

 どうやったら意中の男が女装男子にとられた気持ちの整理なんてつくのかは分からないけれど、とりあえず一時的にでも時間が必要なことは間違いないだろう。

 委員長、蒼真君が信じたように、僕も君を信じているよ。頼むから、マジで早く正気に戻ってよね……

 心から祈りながら、玉座の間の隅へと、夏川さんが寄り添いながら嗚咽交じりに歩いて行く委員長の背中を見送った。

「天道君」

「……俺は悪くねぇ」

 自分は悪くない、と心から思っている人は、そんな痛ましい表情はしないと思うけど。

 変わり果てた委員長の姿を、天道君は疲れ切った表情でぼんやりと眺めていた。

「おい天道、小太郎は渡さねぇかんな」

「本物の小太郎くんに手を出したらダメだからね」

 一体何の心配をしているのか、天道君に接する僕の両サイドには、ボディガードのように杏子とメイちゃんががっちりと寄り添っている。

 本来なら二人に挟まれて夢心地のはずなのだが、全く気分は上がらない。

 天道君にも僕にも、その気なんて全くないのだと、お願いだから信じて欲しい。

「ともかく、僕らが話し合うだけの猶予はある、と思っていいのかな」

「ああ、小鳥遊の力は制限されてるからな。何をするにしても、時間はかかるはずだ」

 ひとまずは、天道君の言うことを信じよう。どの道、今すぐ動くのは難しい状況だ。

 天道君が戻って来てくれたお陰で、何とか小鳥遊の陰謀を一時的には阻止することに成功した。完全に追い詰められていたところで、奇跡の大逆転である。

 しかしながら、決して安心できる状況でもない。

 山田、上田、芳崎さん、三人もの仲間が奴のせいで飛ばされてしまった。剣崎は黒幕と知りつつ小鳥遊についたし、蒼真君はドサクサ紛れに連れ去られてしまっている。

 この場に残ったクラスメイトは、僕、メイちゃん、杏子、葉山君、姫野、中嶋。委員長、桜ちゃん、夏川さん。そして、天道君。

「たったの10人……これが、最後に残った面子か」

 最後の学級会で、詰めを誤った。ああしていれば、こうしていれば、こんな事にはならなかったのでは————後悔は幾らでも湧いて来るが、今は現実と向き合う方が先だ。

 懺悔は後でしよう。山田、上田、芳崎さんの三人には、いつか必ず再会し、その時に僕の策が甘かったと謝罪するのだ。だから、必ず生き残っていてくれ。

「さて、聞きたいことは山ほどあるけど、まずは休憩しようか」

「ふん、いいのかよ、そんなノンビリして」

「委員長がアレだし」

「……頭を冷やす、時間は必要だよな」

「それに、僕らだって王国攻略で疲れてるんだ。小鳥遊の罠なんかなくたって、タワー攻略をできる気がしないよ」

「お前らがやけにボロボロなのは、そのせいか」

「ヤマタノオロチに匹敵する激戦だったんだから」

「ご苦労なことだな」

 体力的にも精神的にも、もう今日は戦うなんてとてもできるコンディションではない。野生のモンスターが襲来するか、小鳥遊がちょっかいでもかけて来ない限り、誰も戦わない。戦いたくない。

「それじゃあ早速、行こうか」

「どこにだよ」

「天道君、こんな汚らしいゴーマの根城じゃあ、心も体も休まらないじゃあないか。安全に休める場所に決まっているでしょ」

 すでにゴーマ王国は滅び去った。綺麗さっぱり地の底に落ちてお掃除完了である。

 これから小鳥遊が潜むタワー攻略をするにあたっても、別にこの正面入り口にあたる玉座の間に陣取る必要はないだろう。

 ゴーマが消え去った以上、僕らがここへ来るのを邪魔する者は、もう何もないのだから。

「それじゃあ、メイちゃん。隠し砦までの案内をよろしく頼むよ」

「うん。あそこはまだ食料も沢山あるし、美味しいものいっぱい作ってあげる!」

「ああ、メイちゃんの料理、久しぶりだから楽しみだよ」

 小鳥遊が選んだ隠し砦だ。夏川さんの話を聞いても、僕らの地下拠点よりも遥かに充実した設備と環境が整っていることは明らか。

 元より、学級会で交渉成立した際には、この隠し砦は存分に利用させてもらおうと思っていたのだ。

 すっかり予定は狂ってしまったが、使えるものは、何でも使い倒してやろうじゃあないか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 黒の魔王で見たような修羅場を、今作でも見れたことです。
[良い点] ピンチの時に痴情のもつれ(?)でドッタンバッタンできることは、きっと良いこと。 精神的余裕とか、クラスの団結とか、高校生らしい健全な精神とかに繋がってるはず。 …多分きっとメイビー恐ら…
[一言] パーティシャッフルはこの作品の醍醐味だよね こんなんよく考えたわ  作者様偉い!
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