第331話 王の帰還
「おい小鳥遊。俺をハメてくれたんだ……覚悟、できてんだろうな?」
「て、天道、龍一ぃ……どうしてお前がここにいる!?」
「戻って来たからに決まってんだろ。見て分かんねぇのか」
なるほど、あの毒殺未遂事件の晩に、小鳥遊によってどこぞへ飛ばされたものの————あの黒い飛竜に乗って、堂々のご帰還ってワケか。
あの天道君を追放しようってんだ。いくら小鳥遊がアホでも、絶対確実に戻っては来れないような場所を選んで飛ばしたはず。自らランダム転移で逃げた僕とは、帰還の難易度が違う。
それでも、彼は戻って来た。
天道龍一。やはり、彼もまた立派なチート天職者だな。
「一体どうやって隔離区域から脱出したの」
「ドアが一つ、開いてたぜ」
多分、何かしらの方法で開けてきたのだろう。
小鳥遊がわざわざ『隔離区域』なんて呼ぶ以上は、遺跡の力によって完全に封鎖されていると確信していた場所に違いない。
でも天道君はそこから出てきた。ふーむ、鍵は恐らく、その黒い飛竜と見た。
僕もこのダンジョンに入って沢山のモンスターを見て来たし、屍人形で使役したり、精霊術士の霊獣なんて特殊な奴らも見てきている。その経験から、あの黒い飛竜はただの野生のドラゴンをテイムしただけではないと何となく察せられた。
「そのドラゴン……まさか、ありえない……あそこにあるのは、全部廃棄されたか、破壊されたはず」
「なんだ、リベルタのことが気になるか? だが、わざわざお前に語って聞かせてやる道理はねぇな」
ほう、リベルタって名付けたのか。なかなかのネーミングセンスじゃあないか。僕、天道君なら『武楽駆怒羅魂』とか名付けそうって思ってたけど……勝手な先入観だったみたい。ごめんね。
「それにしても、おい悠斗、なんてぇシケた面してやがんだ。小鳥遊の本性を目の当たりにして、ショックでも受けたか?」
「りゅ、龍一……」
「まぁ、女に激甘なお前のことだ。小鳥遊の腹が黒かろうが、構わず庇ってやるんだろうが————悪いが、コイツは俺が殺る」
いいや、ソイツは僕の獲物だ、手を出すなっ! とはわざわざ言わない。
小鳥遊、僕はお前を必ず呪い殺すと言ったな。でも、天道君が代わりにぶち殺してくれるなら、別にそれでもいっかなって。
さて、僕のお気持ちは置いておいて、天道君も本気のようだ。
ジワリ、と滲み出るようにその体から薄っすらと金色に輝く魔力のオーラが立ち昇る。
冗談でも何でもなく、本気の殺意を抱いていることは、第六感の鋭い蒼真君には分かり切っていることだろう。
その上で、すぐに「やめろ」と静止の言葉が出ないのは、流石に目の前で三人も犠牲になって、多少の罪悪感は覚えたってところかな?
「天道ぉ……戻って来れたくらいで、勝った気でいやがるのかぁ? バカが、戻って来んのが遅いんだよ。もう小鳥は天使になったんだから」
バサっと翼を翻し、宙に浮いたまま天道君へと体ごと向き直る小鳥遊。
天道君の強さは折り紙つきだけれど、管理者権限を持つ今の小鳥遊は、この復活したセントラルタワーにおいては無敵だ。
床一面に、自由自在に転移魔法を展開し放題である。ここはすでに、奴の掌の上、あるいは腹の中と言ってもいい。
ただ戦闘能力だけで、何とかなるような状況ではない。
「おいおい、天使って……腹は黒くても、頭ん中は見かけ通りにファンシーなんだな、お前。笑えるぜ」
「桃川みてぇなつまんねぇ煽りしてんじゃねぇよド底辺ヤンキー野郎がぁ! 今すぐ地の果てまで吹っ飛んで、その面ぁ二度と小鳥の前に晒すんじゃあねぇぞ————『天罰刑法4条・追放刑』っ!!」
「————軍令に従え。アルビオンの全ポータルの使用を禁ずる」
『ジェネラルコード、認証。緊急戒厳令発令のため、エメローディア軍令の適応を優先。アルビオンの全ポータルの使用を停止します』
「……は?」
間抜けな声を、小鳥遊が漏らした。
煌々と輝いていた床一面の緑の転移魔法陣は消え去り、勿論、天道君の足元にも、『天罰刑法4条・追放刑』の発動を示す白い転移の光も灯らない。
僕の聞き間違い、解釈違いでないならば……天道君、今、小鳥遊と同じようにタワーの機能に命令した?
一体、どうやってそんな権限を。もしかして隔離区域の奥で、お偉いさんのキーカードでも拾ったとか? 閉鎖された軍の秘密施設を舞台にしたホラゲーなどでありがちな展開が、僕の脳裏を過る。
「なっ、なんだよ、どういうことだっ!? なんで天道の命令が通るっ!」
『現在、『リュウイチ テンドウ』様はアルビオンベースの臨時司令官に任命されております。緊急戒厳令下における特例措置として、一時的に指揮権を付与。解任、または権限移譲をお求めの場合は、上位のジェネラルコード保有者か、エメローディア統合幕僚本部の命令、または協議によって承認されます』
「ありえない……天道を軍部の者と認証、してる……」
「まぁ、よく分からんが、とにかく小鳥遊、テメーの特権はこれ以上、通用しねぇってことだ」
な、なんというチート返し……
小鳥遊がクソ女神の推薦でニセ市長になったところに、どうやってか天道君が正規の軍人登録されていて、緊急事態だから軍部の命令が優先されている————みたいな感じなのだろう。
小鳥遊の動揺ぶりからして、セントラルタワーという古代遺跡に、僕らのような外部の人間を認証させるのは不可能なのだろう。キーカードとかパスワードとか、そういうのを持ってればOKという簡単な認証登録ではないはずだ。
だが、それがどういうワケか通った。
お陰様で、小鳥遊と天道君の間で権利が衝突し、タワーの全てをコントロールすることはできなくなっている。
つまり、攻めるなら今だ。
「こっ、小鳥の命の危機だぞ! 緊急避難を適応しろぉ、早くっ!!」
『タカナシ臨時総督により、生命の危機、またはそれに準ずる危険による救難要請を受理。緊急避難を開始します。事前に設定されたポータルが適応されます。よろしいですか?』
「いいから早く飛ばせぇ、このボケがぁ!!」
小鳥遊の口汚い罵声と共に、再び床に緑一色の転移が広がる。
眩しく輝いたのは一瞬のこと————すぐに、光は収まり静寂が戻って来た。
「くそっ、逃げることはできんのかよ。悪運の強ぇ女だ」
ちっ、と天道君が悪態をついている。どうやら、まだ自身と小鳥遊の権限が及ぶ範囲を、全て完璧に認識しているわけではないようだ。
小鳥遊は上手いことAIを言いくるめて、逃げ出すことに成功してしまった。
「いや、ただ逃げたんじゃない。必要な奴も連れ去ってるよ」
さっと周囲を見渡せば、すぐに気づいた。ただでさえ人数が減りに減ってしまったのだ、気づかないはずがない。
「悠斗と剣崎を連れてったか」
「桜ちゃんは何で残ってんの?」
「に、兄さん……そんな……」
僕の言葉に反応もせずに、桜ちゃんは絶望の表情で、蒼真君がついさっきまで立っていた場所を見つめていた。
小鳥遊が発動させた緊急避難とやらの転移は、自分以外の者も設定していたようだ。それが蒼真君と剣崎の二人。
両者の姿は、転移の光が収まった時には、もう影も形もない。
「おい、キナコ……キナコ、なんでいねぇんだよ!?」
「えっ、キナコも連れ去られたの……?」
葉山君が騒ぎ出したことで、遅ればせながら僕も気づいた。
ブラスターの乱射から葉山君を身を挺して庇っていたキナコである。彼のすぐ目の前にいたはずなのに、あのずんぐりした巨躯がどこにも見当たらない。
消えた、ということは、転移されたとしか考えられない。
「ど、どうしよう、桃川……キナコは大丈夫なのかよ!」
「落ち着いて、葉山君。小鳥遊がキナコも連れ去ったってことは、何かに利用するつもりなんだ。すぐに殺されるようなことはないよ」
「利用って、キナコをどうするつもりなんだよ……」
「それは……分からないけど、大丈夫だ。天道君も戻って来たし、小鳥遊の力も制限されている。必ず、キナコは助け出せる。だから、気をしっかり持って」
「お、おう……そうか、そうだよな……俺が、キナコを助けてやらねぇといけねぇから」
「ワンワン、クゥーン」
ひとまず、葉山君は落ち着いてくれた。ベニヲが駆け寄り、その場に座り込んだ彼にスンスンと心配そうに鼻先を擦りつける。
とりあえず、今はそっとしておこう。
さて、差し当たってすぐに対応というか、話をつけなければならない人物は一人しかいない。
「おかえり、天道君。よく戻って来てくれたね。小鳥遊が覚醒したせいで、マジで危ないところだったんだ、助かったよ」
「ふん、ご挨拶だな桃川。俺の帰還を労ってくれんなら、偽物じゃなくて本人が出て来るべきじゃあねぇのか?」
「おっと、これは失礼」
もう小鳥遊は逃げ去ってしまったので、これ以上、僕の本体が潜伏している必要はない。
よっこいしょ、と起き上がりつつ、隠し扉を作動させる。
音もなくパコっと開いたのは、玉座の間の天井の一角だ。人が一人通れるサイズ、発光パネル一枚分くらいで開き、僕はそこから黒髪縛りのロープを垂らして、スルスルっと降りて来る。
「そんなところに潜んでやがったのか、ネズミ小僧め」
「本職の夏川さんに比べれば、僕なんてまだまだだよ」
それでも、小鳥遊は見つけられなかったようだけど。
索敵能力、感知能力はそれほどでもない、と分かったのは一つの収穫である。不意打ち、騙し打ち、は有効ってことだ。
ともかく、出ずっぱりだった分身の方は下がらせて、天道君が求める通りに礼儀正しく、本物の方の僕が相対する。
「小鳥遊に飛ばされてから、戻って来るまでの苦労話を詳しく聞きたいところだけれど————僕らの味方になってくれる、って思っていいんだよね?」
「そいつは、お前次第だな」
「というと?」
「悠斗を、殺すつもりか?」
黄金にギラつく瞳が、どこまでも鋭く僕を射抜く。
凄い迫力だ。流石は最強の不良。その尋常ではない覇気は、思わずメイちゃんが警戒して動き出すくらい————ああ、大丈夫、そのまま待機でいいよ。
そうハンドサインを出しつつ、僕は答えた。
「はぁ、僕が蒼真君を説得するのに、どれだけ苦労したと思っているんだい————全く、手のかかる困った勇者様だよ」
「そうか」
と、天道君は納得してくれたようだ。話が早くて助かるよ。君の幼馴染と違ってねぇ?
「悪ぃな、随分とアイツは、迷惑をかけたようだ」
「天道君がそんなこと言ったら、蒼真君の立つ瀬はないよ」
「俺がいた時よりも、人数が減ってる。悠斗は、取り返しのつかない過ちを犯した。違うか?」
これだけ減ってれば、気づきもするか。
学園塔の頃から比べて、増えた人数なんて葉山君一人だけだ。その一人だって、奇跡的な出会いなのに。
「下川君は同じように追放。中井君と野々宮さんは、戦いで死んだ。山田君、上田君、芳崎さんは、ついさっき小鳥遊に飛ばされちゃったよ」
「そうか……アイツの言う通り、戻るのが遅れちまったな」
「こうして天道君も帰って来たんだ。転移で飛ばされただけなら、みんな無事でいてくれるよ」
「だといいがな」
今のところは、そう無事を祈るより他はない。
だから、みんなが安心して帰って来られるように、まずは僕らの方がケリをつけなくては。
「小鳥遊がどこに逃げたか分かる?」
「間違いなく、ここの最下層だな。他に行き場はねぇ」
「タワーの中がどうなってるか把握できるの?」
「管轄外だ。中までは分からんが、封鎖状態にあるのは確かだ。これ以上、奴が逃げ出す心配はせずに済むぜ」
「なるほど、それじゃあ今まで通りダンジョンを攻略して、奥にいるボスを倒せばいいわけだ」
分かりやすくていい。ここが最後のエリアだ、気合を入れて挑ませてもらおう。
「もっと詳しく話し合いたいところだけど……天道君、先に行ってあげなよ」
「いらん気を回すな」
「君のためじゃない、委員長のためだよ」
ふぅ、と苦笑交じりの溜息をついてから、天道君は歩き始めた。
「……龍一」
「涼子」
委員長と天道君が、名前を呼び合い見つめ合う。
ああ、感動の再会。
「このっ、バカァ! どこ行ってたのよぉ!」
ッパーン! と委員長のビンタが、天道君に炸裂した。
「痛ってぇな。久しぶりに会って、この仕打ちはねぇだろ」
「うるさいバカ! 戻って来るのが、遅いのよぉ……わ、私が、どんな気持ちで……勝手に、いなくなってぇ……」
理不尽暴力ヒロインみたいな真似をする委員長であったが、やっぱり、あんなにボロボロと涙をこぼされて、バカバカ言いながら胸に飛び込んで来たら、黙って受け止めるしかないよね。
だから天道君、そんなに面倒そうな顔してないでさぁ。もうちょっと気の利いた慰めの言葉でもかけてあげたらどうなんだい。
まぁ、僕が口を挟むことではないけれど。しばらく、二人だけの世界に浸ってどうぞ。
そんなワケで、天道君からの気になる事情聴取の情報収集は後回しにするとして、タワー攻略の準備でも始めようかと思った矢先のことである。
僕は、気づいてしまった。
「……むぅ、あのメガネぇ、ご主人様にド無礼をかましてくれやがって」
見慣れぬ人影がある。
いや、見慣れぬ、というか、見慣れたというか、見たことがないとおかしい存在だ。
けれど、初めて見るその姿に、僕の頭は一瞬、理解を拒む。
「おや、どうしました、オリジナル。そんなに見つめて。珍しい顔でもないでしょう?」
と、野良猫のように生意気なジト目で見つめ返して、ソイツはそんなことを言った。
なにこれ、ちょっと意味が分かんない。
目の前に鏡なんてないはずなのに————僕が、僕を見つめていた。メイド服を着て。
「天道くーん! どういうことだよコレぇ!?」




