第328話 最後の学級会(3)
「山田君、タワー攻略の危険性は、前に話した通りだよ。その上でも、君は戦うと?」
「ああ、覚悟はできている」
山田はどこまでも真剣な表情で頷く。
ここまで蒼真君に語って聞かせてきた内容、脱出枠を利用した追放と、勇者ソロ攻略。この辺のことはしっかり全員に説明は済ませてある。
黒幕たる小鳥遊を厳重に拘束するとはいえ、生かしたまま同行させることがどれほど危険であるか、それはよく理解できているはずだが……
「どうして戦う気に?」
「蒼真一人に任せてたら、いつ攻略が終わるか分かんねーだろが」
「そりゃあね。最悪、年単位の攻略も考えているけど、命には替えられないでしょ」
「桃川、そう心配すんな。俺は頑丈だからな。それに、危険を承知で戦ってきたのなんて、そんなの今までだって同じだろう」
「確かに、『重戦士』の山田君が一人加わるだけで、戦力的にはかなり向上するけれど……」
ダンジョンの難易度調整は、協力型のマルチゲーみたいに仲間が一人加われば、その分だけボスの体力二倍になります、みたいなものではない。
僕らが相手にするのは、もうこのタワーに存在しているだろうボスモンスターのみ。小鳥遊が精一杯に強化をしているのかもしれないが、どう頑張ってもヤマタノオロチ級の強さを急ごしらえで用意できるとは思えない。
敵の強さが単純に人数で変動しないなら、戦力は多い分だけ得になる。
山田君の申し出は攻略において十分メリットがある上に、彼自身も気持ちは固めているようだ。これを翻すだけの意見や理屈が、僕にはパっとは思いつかない。
僕はクラスメイトの命を最大限安全が図れるよう尽くしているけれど、究極的には、命なんてその人個人のモノなのだ。山田は自らの命も顧みずに戦いたい、と言うのであれば、やはり僕はそれを止めるだけの権利はない。
「蒼真君はどう思う?」
「俺一人だけで十分だ……と言いたいが、危険を承知でも、一緒に戦ってくれるというのなら、心強い」
素直な気持ちといったところか。流石に蒼真君でも、タワーソロ攻略は不安だろうし。
「本当にいいんだね?」
「おう」
ならば、これ以上は止めるまい。山田の尊い自己犠牲の精神を尊重して、攻略参加に許可を出そう。
「私も、兄さんと一緒に戦います!」
「じゃあ、他に攻略に参加したい人いるー?」
「桃川はちょっと黙ってて! 聞いてくださいよ、兄さん!!」
再び元気に騒ぎ出した桜ちゃんに、蒼真君は「はぁ……」と溜息を吐いている。
全く、桜ちゃんも参戦するのは分かったから、君のお気持ち表明は後でもよくない?
「桜、お前も無理をすることはないんだぞ」
「兄さんをたった一人で戦わせるなんて、できません!」
「これまでにないほど、危険な戦いになるんだぞ。桜にだって、命の保証は————」
「だからこそです。私は小鳥を信じていますし、桃川の言うことは何一つ信じる気にはなりません。私はこれまで通りに、兄さんと一緒に戦います」
「なるほどー、桜ちゃんの言う通りだよ」
わざとらしく僕が口を挟めば、キっと桜ちゃんが睨みつけて来る。ふふん、そんな見ているだけじゃあ、気持ちは伝わらないよ?
「どういうつもりだ、桃川」
「どうもこうも、桜ちゃんの言った通り、小鳥遊を無実だと信じているのなら、陰謀なんて心配せず今まで通りに戦えばいい。それだけの話だよ」
別に桜ちゃんが、僕の言い分を受け入れなくたって、大した問題ではない。そこはほら、内心の自由ってやつ?
それぞれ思うことはあるけれど、重要なのは実際にどういった行動を、協力ができるかだ。蒼真君がこちらの言い分を受け入れた以上、桜ちゃんの気持ちには関係なく、こちらに従わせる、と言ったら聞こえが悪いか。しっかり協力してもらうことができるわけだ。
「僕らは小鳥遊が黒幕だと、全員が疑っている。でも、ソレを信じていないのは、まだあと三人いるよね?」
蒼真君。桜ちゃん。そしてもう一人。
「剣崎明日那、お前も勿論、一緒に戦うよね?」
黒幕の小鳥遊を除いて、最も死ぬべき人物は剣崎明日那だ。殺人未遂の前科二犯の凶悪犯罪者である。誰がテメーを許すかよ。
「……無論だ。私も、蒼真一人だけに戦わせるような真似、絶対に許さないからな」
「口の利き方に気をつけろよ犯罪者。お前も小鳥遊と同じように、普段は厳重に拘束するからな。戦う時だけ自由にしてやる。自分がただの戦闘奴隷でしかないってこと、よく理解しておけよ」
「き、貴様ぁ! 言わせておけばっ!!」
ズン、と剣崎が吠えたところで、僕の前に黒々とした巨大な鋼鉄の装甲が突き立つ。
「一歩でも小太郎くんに近づけば、殺す」
僕の守護神メイちゃんが、奴の殺意に反応して守りに立つ。
「殺したらダメだよ、貴重な戦闘奴隷だから」
「明日那、堪えなさい。ここで暴れたって、どうにもなりませんよ」
意外にも、抑えに入ったのは桜ちゃんであった。
自分は正式メンバーで参戦だから、戦闘奴隷扱いの剣崎より精神的優位に立っているからだろうか。
「すまない、明日那。今は、今はまだ耐えてくれ。桃川も、あまり挑発するような物言いはやめてくれないか」
「しょうがないでしょ、なにせ剣崎は、君でも庇えないレベルでやらかしたんだから。アイツは僕を殺したいほど憎んでいるだろうけど、今すぐぶっ殺したいほど憎んでいるのは、こっちも同じなんだよ、ねっ、姫野さん?」
「そうよ! アンタなんか蒼真君に庇ってもらう価値なんてもうないでしょうが、このクソ女!」
姫野、阿吽の呼吸で罵倒である。
「すまない……だが、余計に煽るのはやめてくれ。明日那を戦力として有効に使いたいなら、大人しくさせておいてくれないか。強すぎる怒りは、太刀筋を鈍らせる」
「へぇ、蒼真君にしては気の利いた言い訳じゃあないか。分かった、この辺にしておこう」
剣崎の態度次第と考えていたが、やはり強力な『双剣士』であることに違いはないコイツを、上手く戦力として攻略組に入れたかったのは事実だ。
こちらは小鳥遊のせいで全員出撃が制限されている。参戦させられる人数は一人でも多い方が良いに決まっている。
剣崎は最悪、死んでも痛くも悲しくもない、貴重な捨て駒だ。こちらは折角、殺されかけた恨みを抑えて生かしてやっているのだから、精々、役に立ってもらわないと損だよね。
「そうだ、先に武装解除はしてもらわないと。桜ちゃん、剣崎から刀を取り上げて、こっちに渡すんだ」
「私に指図しないでください」
「蒼真君、桜ちゃんが反抗的すぎるから、クラスの治安のために戦闘奴隷扱いにしちゃってもいいかな?」
「桜、言うことを聞くんだ。余計な諍いを生む様な言動は、慎んでくれ」
「くっ……」
見事な「ぐぬぬ」顔で、剣崎から刀を取————取ろうに取れない、剣崎が抵抗している。いい加減にしろよお前……
「ほら、これでいいですか」
「うむ、ご苦労!」
腕組みして、実に尊大な態度で桜ちゃんから剣崎刀を受け取る。
「じゃあ、残りの刀もよろしくぅ」
「……はぁ?」
「剣崎の装備、刀一本だけじゃないでしょ」
「さぁ、知りませんよ、そんなこと」
「委員長、剣崎の装備は?」
「火属性と風属性の刀が一本ずつと、予備の短刀を一本持っているわ」
パーティメンバーが裏切ってこっちについてんだぞ。聞けば速攻でバレるような嘘ついてんじゃねーぞ。
でも、浅はかにしらばっくれちゃう桜ちゃんの分かりやすい態度、嫌いじゃないよ。桜ちゃんは、こうでなくちゃあ。
「だってさ。知らなかったの?」
「そういえば、そうだったかもしれないですね」
「全く、言われたことしかできないんじゃあ、会社じゃ使い物にならないよ? 桜ちゃん、そんなんじゃ社会に出てやっていけないよ。もっと気を利かせて仕事ができるようにならなきゃ」
「今持ってくるから黙って待ってなさい!」
怒鳴って踵を返す桜ちゃんである。
どうせ言い負けて逆ギレかますくらいなら、最初から素直にやっておけばいいのに。
「やれやれ、将来が心配になるね、お兄ちゃん?」
「余計なお世話だ」
言いつつも、半分くらい僕の言い分に納得してるくせに。ダメだよ、これ以上、妹を甘やかしすぎたら。ロクな大人にならないよ。
「ほら、これでいいのでしょう!」
「うむ、ご苦労!」
ようやく、剣崎の武装解除が完了した。
パっと見、最初に押収した刀しか持ってないように見えたけど、剣崎もいつの間にか空間魔法的な武器を所持する新技を獲得していたようだ。蒼真君の『ソードストレージ』みたいなものである。
剣崎は脳筋だから、いざという時の為に誰にも内緒で武器を隠し持っておく、なんて真似はしないだろう。武器限定とはいえ空間魔法で収納できるなら、何をどこまで収納できるか徹底的に検証して、利用するべきだと思うけれど。
「さて、ようやく話を戻すけど、他に蒼真君と一緒に攻略に参加したい人はいる?」
手は上がらない。当然だ、山田が特別に献身的というだけで。
なんとなく、くらいの感じで手を挙げるようなら、僕が止めるしね。
この期に及んでは、委員長ですら立候補はしない。まぁ、ここで僕に寝返った以上、小鳥遊から明確に恨みをかったことになる。恐ろしくて、とても背中は見せられないだろう。
というワケで、これ以上の立候補者がいるはずもなく、
「……ぼ、僕も戦うよ」
土壇場で、そう声を振り絞ったのは、中嶋であった。
「中嶋君の参戦は、許可できない」
「ど、どうして!」
「山田君とは、動機が違う。覚悟が違う。危険過ぎる」
「覚悟なら、僕にだって————」
「中嶋君、君の気持ちは分かっているつもりだよ。だからこそ、僕は君を止めなければならないんだ」
剣崎を守りたいのだろう。彼女の前で、良い恰好もしたいだろう。まして、今の剣崎は奴隷扱いのどん底状態だ。
彼女に惚れているならば、こんな時こそ力になってやらなければ、男が廃るというものだ。
でも、それは最も危険な動機である。君のその思いは、絶対に利用される。
「いざという時、君が身代わりになって死ぬようなことは、絶対に避けなければいけないからね」
「そ、そんなこと……」
「ない、と言い切れるかい? いざピンチになった時は、君は誰かの盾になれるかもしれないけれど、君の盾になってくれる者は、山田君以外にはいないからね」
残念だけれど、中嶋、お前はただのモブだ。
小鳥遊は勿論、剣崎にも、蒼真君にも、率先して自分の命を賭けてまで守り抜きたい、そう思えるような存在ではないのだ。
だからこそ、仲間と見れば誰でも問わず庇える山田が凄いのだ。ヤマジュンを失ったことによる、心の傷や自棄、意地、みたいな部分があるとはいえ、その自己犠牲を実行できる精神は、最早、聖人と言ってもいいのでは、と思えるね。
「蒼真君は君を助けない。剣崎も、桜ちゃんも、君を助けることは絶対にない。君が彼らを信じても、彼らが君を信じることはないんだよ」
「おい、桃川、そんな言い方は————」
「蒼真君は黙っててよ。これは『僕ら』の問題なんだから」
中嶋を仲間として迎え入れているのは、僕らなのだ。蒼真ハーレムパーティに、居場所などない。
「俺はもうこれ以上、誰かを見捨てるような真似は絶対にしない!」
「別に、命に優先順位をつけることを、責めたりはしないよ。誰だって自分の大切な、近しい人を優先して助けようとするのは、当たり前のことなんだから」
だから蒼真君がハーレムメンバーを優先しているのを、今更どうこう言うつもりはない。それは誰でも同じ、僕だってそうする。メイちゃんと杏子を真っ先に守ろうとするさ。
「誰が誰と固い絆で結ばれているかは、その人によって違う。全員を平等に扱うのは無理な話で、咄嗟の時にその優先順位が出るのも仕方がないことなんだ————だからこそ、限られた面子でしか戦えない今回の攻略に、中嶋君を参加させるワケにはいかない」
これは、中嶋が特別にみんなからの信頼がないから、ということではない。
こんなの、上田も芳崎さんも同じ。僕だって同じだ。蒼真君が中心になる以上、メンバー間での信頼関係はどうしたって差異が発生してしまう。
勿論、僕が指揮して、全員参加で戦うなら無用な心配だけれど。この少人数構成では、いざという時のフォローには大いに不安が残る。
要するに、蒼真君がみんなを守り切ってくれる、とハナから信用していないだけの話である。言ったでしょ、君の信頼はすっかり暴落してるって。
「そういうワケで、中嶋君、納得してもらえないかな」
「そんなの、納得なんて……できるわけないじゃないか! ここで退いたら、僕は、僕の気持ちは……」
「やれやれ、仕方がないなぁ————どうしても、中嶋君は戦いたいんだね?」
「うん、僕も戦いたい。絶対に、力になるよ」
君の力を疑ったりはしてないよ。中嶋は立派な『魔法剣士』として強くなっているのだから。
中嶋がここまで粘るなら、僕もここらで一つ、腹案を出すとしよう。この流れなら、言える。
「蒼真君、一つ提案があるんだけど」
「……なんだ」
あからさまに、いい予感がしない、と言いたげに嫌そうな表情をする蒼真君。そんなに心配しないでよ、難しい話じゃあないから。
そう、これはどこまでも単純な、等価交換のお話だ。
「小鳥遊の命を賭けよう」
「……なんだって?」
「山田君、桜ちゃん、そして中嶋君。参戦が決まったこの三人の内、誰か一人でも死んだら、小鳥遊も一緒に死んでもらう」
「なっ、なんだと! そんなふざけたこと————」
「ふざけてなんていない。至って真面目な話だよ」
何なら、小鳥遊の命を賭けるなら、全員参加してもいいくらいだし。
でも全員でボス戦に挑んだら、やっぱり隙が出そうだから、小鳥遊をいつでも殺せる状態は維持しなければいけない。
「蒼真君がいくらこれ以上の犠牲者は出さない、と決意表明したところで、何の説得力もないんだよ。このまま戦って、山田君か中嶋君が死んじゃったら、責任とれないでしょ?」
「それは……俺に、腹を切れとでも言うのか……」
「君に必要なのは、覚悟だよ」
「覚悟、だと……俺に、まだ覚悟が足りないと」
「そう、これ以上クラスメイトの誰か一人でも死んだらお終いだ、そういう覚悟だ」
山田が死んでも、中嶋が死んでも、桜ちゃんは痛くも痒くもない。君の大切な、一番大切な人は傷つかないんだ。
その結果がこれだ。最後に残ったのは、君が大切にしている人だけになっただろう?
「小鳥遊の命を賭けることで、君には僕の仲間達の命に対する覚悟と責任を負ってもらう」
勿論、目的はそれだけじゃない。
むしろ、蒼真君の覚悟よりも、こっちが本命だ。
「何より、そうすれば小鳥遊が一人ずつクラスメイトを始末するのを防げる」
一人でも死ねば、自分の処刑が決まるのだ。どんなに自然な死に見せかけても、処刑は避けられない。
小鳥遊がクラスメイトを殺すためには、一網打尽にするより他はない。これだけでも、奴の行動にかなり制限をかけることができるはずだ。
というか、剣崎が勝手に死んで、それで小鳥遊の処刑を執行できれば理想的な展開なんだよね。僕も小鳥遊を見習って、戦闘中の剣崎を謀殺しようかなぁ。
「そ、そんなこと……認める、わけには……」
「認められないなら、君の覚悟はその程度のものだったということになるね。所詮、他のクラスメイトなんて、死んでもちょっと心が痛むくらいで済む」
「違う! 俺は、仲間を失って、どれだけ苦しんだか、お前に分かって堪るか!」
「そう、苦しんだだけで、君は何もできなかったんだ。その結末が、これなんだよ」
僕なんかに、いいように言われている無様な有様だ。それもこれも、君が『勇者』としてみんなを助けることはできなかったからこそ。
偉そうなことを言うなら、みんな救ってみせろ。
できないのなら、安全性と効率を追求した攻略法に、黙って従え。
「さぁ、小鳥遊の命を賭けろ」
「————な」
絶句したように、言葉が続かない蒼真君。その代わりに、小さな呟きが僕の耳に届いた。
「————けんなよ」
それは、床にへたり込んで、小さな背中を震わせていた女子から。
けれど、その背が、肩が震えているのは、恐怖や不安からでは断じてない。
「————ふっざけんなよぉ、桃川ぁ! テメぇ、いい加減にしろやこのビチグソがぁっ!!」
小鳥遊小鳥は、ついに本性を剥き出しにして、そう怒りの叫びを上げた。




