第326話 最後の学級会(1)
「さぁ、最後の学級会を始めようか————議題は勿論、このダンジョンから全員無事に脱出する方法について」
全く、当初の計画通りに行っていれば、今更こんなの議論する余地もなかったのだけれどね。でも仕方がない、小鳥遊が裏切り、僕を毒殺冤罪にかけ、クラスメイトを悲劇の生贄にして、自分と蒼真君だけが生き残るつもりで動いていたのだから。
小鳥遊小鳥は最早クラスメイトですらない、女神エリシオンの手先である。この最悪の裏切り者だけは、何としてでも排除せねば、殺さなければ僕らの安寧はない。これは僕自身の恨みを切り離した上でも、絶対必要な条件である。
けれど、それを許さないのが蒼真悠斗を筆頭としたハーレムパーティメンバーである。
とはいえ、委員長と夏川さんが理をもって僕に寝返ってくれたので、実質、小鳥遊を守るのは蒼真兄妹と剣崎明日那の僅か三人となっている。多数決の原理を尊重するならば、小鳥遊はノータイムで処刑が実行されて然るべき立場だ。
でもね、僕は考えたんだよ。
蒼真君、君は強いから。桜ちゃん、君の『聖女』の能力は優秀だから。ついでに剣崎、お前も強いから自棄になって大暴れされたら死人が出かねない。
多数決は最大多数の最大幸福を実現する、最も簡単な手段。けれど、マイノリティの意見をくみ取ることも重要だというのは、昨今の政治でも言われていることだ。懐かしい、政治経済の授業でそんなようなこともやったよね。
だから僕は、君達マイノリティの意見も尊重することにした。裏切り者の小鳥遊を信じて庇う、なんていう特殊詐欺に騙されたジジババよりもアホな判断をしている君達でも、納得できるような方策を考えたのだ。
「蒼真君、安心してよ。小鳥遊小鳥を殺さずに済む方法を、僕は思いついたんだ」
「なんだと」
僕の正面に立つ蒼真君は、険しい目つきで僕を見下ろしてくる。彼の方が身長高いしね。真正面に立つと、この身長差。
けれど今更、体の大きさ、なんて物理的な制約は僕に対するプレッシャーにはなりえない。デカさでビビらせようってんなら、ザガン並みの巨人にならないとね。
だから臆することなく、自信満々に口にする。これが僕の考え出した、哀れにも騙されているお前らでも納得できる素晴らしい解決案だ。
「小鳥遊と剣崎を、天送門で脱出させる」
「……はぁ?」
「僕らは小鳥遊を裏切り者だと思っている。そして、君は小鳥遊を仲間だと思っている。両者の意見は今更、状況証拠を並べたところで平行線だろう。だからこそ、どっちも納得できる、この提案だよ」
「どういう意味だ。お前が小鳥遊さんと明日那に、貴重な脱出枠を譲るなんて、一体何を企んでいる」
「違うよ蒼真君、それは認識の相違だ。確かに、僕らは天送門という脱出枠をかけて、殺し合いのバトルロイヤル状態になっていた。命を賭けるに値する報酬だ。でもね、ヤマタノオロチを倒した後に、僕は言ったよね。天送門なんか使わなくても、みんなの力を合わせれば、徒歩でだってここから脱出できると」
そう、このどこまで広がっているか分からない外の世界。サラマンダーが平気で飛び交う、危険な異世界の大地。
天送門という確実な脱出手段を使わずに、あんな場所を生身で通って行くのは到底不可能だと誰もが思っていた。
けれど、僕らはもう無力な学生ではない。このクソッタレな異世界ダンジョンサバイバルをここまで生き抜いてきた、歴戦のサバイバーだ。天職の力をこの身に宿す、いずれも劣らぬ強者なのだ。
転移以外での脱出はできない、という前提はとっくに崩壊しているんだ。僕らは今すぐにだって、外の世界へ飛び出せるだけの力を持っている。そう信じられるだけの力と、仲間を得た。
「蒼真君にとって天送門での脱出は、安全に外へ逃がすための手段。けれど僕にとっては、この二年七組というパーティから、追放するための手段ということになるんだよ」
ただ、見方を変えただけのこと。
僕にとって重要なのは、小鳥遊という裏切り者を仲間に抱えないこと。
蒼真君にとって重要なのは、小鳥遊というか弱い女子を、危険に晒さないこと。
ほら、コイツを天送門で王都シグルーンとやらに飛ばせば、どちらの願いも叶っちゃう。
「それなら、明日那も脱出させるのは」
「アイツ、僕に続いて姫野さんも蹴っ飛ばしたんだよ? こんな奴に背中を任せられるわけないじゃん。追放だよ追放」
「くっ、このぉ! 言わせておけば!」
「やめろ、明日那! 今はまだ黙っていてくれ。形成が不利なのは、俺達の方なんだ」
ほら見たことか、自分の罪を忘れてカっとなってキレ散らかすような奴、仲間になんてしたくないよ。
剣崎さぁ、お前が叫んだ瞬間に、みんなから一斉に武器を向けられたこと、気づいてる?
今ならお前が刀を抜くよりも早く、杏子はお前の背中をぶち抜く。
本当に嫌になっちゃうよ。血の気の多い蛮族を相手に交渉するには、いちいち生殺与奪を握っておかなきゃならないなんて。
「そんなに睨まないでよ、蒼真君。僕らだって、剣崎を殺したくてやっているワケじゃあないんだ。じゃなきゃ、こんな提案はしていない」
「……分かっている」
「そう、分かってくれているなら、いいんだよ。僕らにとっては剣崎という平気で仲間を蹴飛ばすクソ女を追放できて安心できる。でも蒼真君からすれば、僕らからこれだけ顰蹙を買っていても、先に脱出させてあげることで、身の安全は保証できる。ついでに非力な小鳥遊さんと一緒に行くのが、親友で腕の立つ剣崎なら、任せられるでしょ?」
まぁ、王国に飛んだ後に、ド無礼ムーブかましてからの逆切れで刀を抜いて、王侯貴族から無礼打ちとかされるかもしれないけど。流石に、そこから先は自己責任ということで。
「確かに、小鳥遊さんと明日那の二人を脱出させるのは……俺も望むところだ」
「そんな、蒼真! 私だけ先に逃げるような真似ができるか!」
「はぁ、誰のせいで貴重な脱出枠を潰して、お前を先に逃がさなきゃならなくなったのか、分かんないのかなぁ」
「やめてくれ、桃川。余計に挑発するような言い方は」
「じゃあ聞くけどさ、蒼真君。剣崎がまた僕らと一緒になって、仲良くやっていけると思うの?」
「そ、それは……明日那だって『双剣士』として、命を賭けてみんなを守るために戦えば————」
「そりゃ戦ってはくれるだろうね、それしかできない脳筋剣士様だから。でもさ、危なくなったら、また誰かを切り捨てるんでしょ? 蒼真君、君は切り捨てられることはないけれど、犠牲に選ばれるのはいつだって、僕らなんだよ」
よく言えば、剣崎は仲間思いではあるよね。きっと、蒼真君や小鳥遊のためなら、躊躇せずその身を犠牲にして戦い抜くことが剣崎にはできるだろう。
それは間違いなく、剣崎明日那という少女の長所であり、強みであり、気高い意思である。
けれど、その気持ちが向けられるのは、剣崎にとっての仲間だけ。自分の認めた身内だけ。
僕のような嫌いな奴、上中下トリオみたいな見下してる奴、姫野みたいなどうでもいい奴。こいつらに対する慈悲や思いやりの心というのが、この女には致命的に欠けている。弱肉強食、弱い方が悪い。弱い方から先に死ぬのは当然で、弱い奴から犠牲になるべきだと、本能レベルで染みついているのだ。肌の色で差別するのと、強さで差別するのって、どっちがマシなんだろうね。
そんな戦闘力レイシストじゃなきゃ、あの状況下で姫野を蹴飛ばせないよね? お前、素面で蹴ったんだよね?
小鳥遊の『イデアコード』は、全てメイちゃんを抑えるためだけに使われていたはずだ。お前を唆すほどの余力はなかった。
言い訳のしようもなく、剣崎は自らの意思、自らの判断でもって、姫野を蹴り飛ばして追放したんだ。
「君らは知らないだろうけどさ、上田君達5人が締め出されて森を彷徨っていた時には、ゴーマの大群に襲われてピンチになったんだよ。目の前には2体ものゴグマが立ちはだかって、もう追い詰められた————その時、ここは俺に任せて先に行け、と自分の身を犠牲にしたのが山田君だ」
「お、おい桃川、それは別に————」
いいから、山田君。たとえ純粋な自己犠牲の精神からやった行動でなかったとしても、客観的に見ればそうとしか見えないんだから、そういうことでいいんだよ。
余計なこと言うな、とそれとなく山田を上田と芳崎さんが黙らせていた。これが絆を深めた仲間の連携ってやつだよね。
「山田君は『重戦士』で、あの五人パーティでは最前線を支える要なのは分かるでしょ。それでも、山田君は迷わず自分の命を捨ててでも、仲間を逃がすことをあの絶体絶命の瞬間に決めたんだ。これと同じことが、剣崎に出来ると思うのかい、蒼真君。どう考えたって、あの状況下だったら、また姫野さんを犠牲にするでしょ」
「や、やめろ、そんな言い方は……」
「いい加減に認めるべきだよ、蒼真君。これは僕の一方的な言いがかりなんかじゃなくて、純然たる事実に過ぎない。足手まといだと仲間を切り捨てた剣崎と、仲間全員を助けるために自分を犠牲にした山田君」
そう、これは言いがかりでも捏造でもなく、すでに実際に起った出来事を述べているに過ぎないのだ。それでも蒼真君が、剣崎が認められない、認めたくないのは単に自分にとって都合が悪いから。
こういうのを事実陳列罪って言うの?
やっぱり人は真実なんかよりも、自分にとって都合の良い情報こそが重要なんだよね。
でも、この状況下でそんな醜い人間性の全てを許容できるはずもない。
「剣崎、お前はあまりにも、クラスメイトの信頼を失った。汚名返上、名誉挽回、そんなことが許される段階をとうに超えている。冗談じゃあない。こんな奴、もう仲間にはしておけない」
「なっ、なにが信頼だ! 桃川ぁ、貴様、私達に毒を盛っておいて、よくもそんなことが言えるなぁ!!」
「剣崎さぁ、こういう言葉を知ってるかい————それはそれ、これはこれ」
激高する剣崎に向かって、僕は笑顔で言い放つ。それとこれ、それぞれ置いておくジェスチャー付きで。
「僕の毒殺冤罪と、小鳥遊の黒幕疑惑については、全く別の問題だし。僕が毒殺を仕掛けた真犯人だったとしても、剣崎が姫野さん蹴ったことには何の因果関係もないでしょ。もっと悪い奴がいるからといって、自分の悪いことは、なかったことにはならないよね」
そんな理屈が通るなら、この世で断罪されるべきは、一番ヤベー罪を犯した奴一人だけってことになる。通るか、そんなん。
「それで、蒼真君。もしも君が、剣崎をまだ仲間として一緒にいてもいいと思えるほど、僕らを説得できるなら、聞いてあげるけど?」
こっから口先だけで剣崎の信頼を取り戻す方法なんて、僕でも全く思いつかないよ。でも『勇者』の君ならそんな無理筋な説得でも、なんとか説き伏せてくれるのかい? 一体、どんなトンデモ理論の弁舌が飛び出すか、楽しみだなぁ。
「……明日那、すまない。小鳥遊さんを頼む」
「そっ、そんな!? 嘘だろ、蒼真!」
「追放決定! 勝ったぞ姫野さん!」
「っしゃオラぁ! よくやった桃川ぁ!!」
拳を振り上げて勝利宣言をすると、ガッツポーズを返してくれる姫野である。
「はぁ、桃川君、そういうところよ」
「いやだなぁ、委員長。被害者が勝訴した喜びを、敗けた加害者に遠慮する必要性なんてないでしょ?」
だから剣崎追放を喜ぶのは、僕ら虐げられし者達の正当な権利だよ。正義は勝つ! 勝った方が正義なのだ!
「ねぇ剣崎、今どんな気持ち? ついに蒼真君でも庇え切れなくなって、どんな気持ちなのぉ?」
「いい加減にしなさい、桃川! どこまで人を愚弄すれば気が済むのですか!」
「えっ、なに聞こえなーい? 桜ちゃんも剣崎に蹴飛ばされてから喋ってもらえます?」
「もうやめろ、桃川。桜も、弓から手を離すんだ」
「しょうがない、剣崎バッシングは無限にできちゃうから、今日はこの辺で勘弁しといたる。話を先に進めないといけないからね」
とりあえず、今は一旦これで矛を収めるとしよう。
あんまり煽りすぎて、うっかり殺し合いなったら折角のお膳立てが台無しになっちゃうし。引き際って大事。僕、引き際には詳しいんだ。
「それじゃあ、小鳥遊と剣崎は追放、もとい天送門で脱出させること、約束してくれるんだね、蒼真君?」
「ああ、それでいい。小鳥遊さんの疑いを晴らすことも、明日那の許しを得ることも、このダンジョンにいる間には無理なことだろう」
「なんで……なんでそんなこと言うのぉ! ひ、酷いよぉ、小鳥、なんにも悪いこと、してないのにぃ……ふぅうええええ……」
ここで小鳥遊の、いつもの泣きが入る。本当に、絶妙なタイミングでお前は泣き出すよね。狙っていなきゃあ、とてもできないタイミングだ。
お前のその演技力だけは、僕ちょっと尊敬しているんだよね。流石にそのレベルのウソ泣きは、真似できそうにない。
「小鳥遊さん、ごめん……君の身の安全を確保するには、もうこれしか方法はないんだ」
「うぇええーん! やだぁ、こんなのやだよぉ!」
「こんなことが、許されるのか……桃川の口車に乗るなんて、どうかしている!」
「明日那、悔しいが認めるんだ。俺達はどうしようもなく、クラスの、みんなの信頼を失ってしまったんだ……もう、取り返しなんてつかないほどにな……」
「だが! こんな、こんなことが許されてなるものかっ!」
「明日那、小鳥遊さん、もういい。もういいんだ。この危険なダンジョンから、先に二人が脱出できるなら、それでいい。後のことは、俺達に任せてくれ」
「ふぇええええーん、蒼真くぅーん!」
「くっ、蒼真……」
と、泣き崩れるフリの小鳥遊と、とうとう涙を浮かべて屈しちゃった感じの明日那を、二人とも蒼真君は優しく抱き寄せて、言い聞かせていた。うーむ、真のイケメンにのみ許される行動である。
「ねぇ、これ泣き止むまで待ってなきゃダメなやつ?」
「お願いよ、桃川君。あともう少しだけ待ってあげて」
「しょうがないなぁ」
「小太郎くん、ハチミツレモン飲む?」
「飲むー」
メイちゃん特性のドリンクを飲みつつ、しばしご歓談。むっ、このハチミツレモン、ばっちり冷えているぞ! やはり委員長の氷属性は優秀だなぁ。
そんな風にちょっとくつろぎながら、僕は彼らの茶番が終わるのを待つことにした。
いやだって、小鳥遊が黒幕なのを抜きにしてもさ、これからクラスがどう行動していくか、その具体的な案を話し合っている最中なのに、いきなり泣き出されて「私は悲しい! 傷ついています!」とお気持ち表明されても、議論には一切全く何の関係性もないからさぁ。
必要なのは気持ちじゃなくて、問題を解決するためのアイデアなの。僕に女の涙が通用すると思ったら、大間違いだぞ。バストサイズ二倍にしてから出直してこい。
「で、そろそろ話の続きをしてもいいかな、蒼真君?」
「……ああ、聞こう」
いまだに頑張ってメソメソ演技中の小鳥遊と、寄り添うようにくっついてる剣崎を差し置いて、蒼真君が再び僕の前へと戻って来る。
だから、そんなに睨まなくってもいいじゃん。黒幕女と暴力女の二人を、慈悲深くも生かしてやるってことにしてあげたんだからさぁ。
「脱出枠は、これで二人分が埋まったワケだ。ちなみに、三人目は誰にする?」
「お前のことだ、どうせ桜もこの機会に排除するつもりだろう」
「桜ちゃん、大変だよ! お兄ちゃんが名指しで桜ちゃん追放するって!!」
「桃川ぁ!!」
あっはっは、桜ちゃんのリアクションは相変わらず期待を裏切らないなぁ。
「遊んでないで、話を進めてちょうだい」
「いいじゃないか、ちょっとくらい桜ちゃん弄りさせてくれたって」
「限度ってものがあるでしょう。あの子が弓を引いたら、学級会はお開きなのよ」
「はいはい。でも、僕はこの状況下で蒼真君が誰を三人目に選ぶのか、っていうのが気になるのは本当のところだよ」
「俺に選ぶ権利があるのなら、三人目は選ばない」
「マジ? 勿体ない」
「それなら、お前は誰を選ぶというんだ」
即答、できないのも仕方がないか。僕も結構、悩んだしね。三人目を選ぶべきか、選ばないべきか。即断で三人目を選ばなかった蒼真君の決断も、そう悪いものではない。
でも、僕は熟考を重ねた末に、三人目を選んだ。
「姫野さんだ。彼女を三人目として、脱出させる」
驚きも、反対も、何もない。みんなの反応は静かなものだ。
当たり前だよね。今回のファイナル学級会に向けて、僕は全員に説明を済ませているのだから。知らないのは。蒼真兄妹と剣崎の三人だけだ。
だって、今や僕の敵対派閥はこの三人だけなんだからね。
「理由を聞いてもいいのか」
「必要ある? だって姫野さん、一番弱いじゃん。小鳥遊よりもか弱い女子として、真っ先に保護しなきゃいけない娘なんだけど……もしかして蒼真君、全然気にしてなかった?」
「……」
図星かよ!?
そこもうちょっと言い訳してもいいところだと思うんだけど。
姫野、どこまでも不憫な……所詮、ブスの扱いなんてこんなもの……いや、言うほど姫野だってブスではないよ、むしろ普通くらいの顔面偏差値はちゃんとある。他がハイレベルすぎるだけで。
つまり、姫野は絶対ブスではなく、相対ブスなのだ。
「桃川君、『光矢』撃つわよ」
「えっ、僕何も言ってないんだけど」
むしろ、何も言わなかった蒼真君を恨むべきでは? 僕を恨むのは筋違いだよ。
「確かに、姫野さんは強くはない。だが、自分に出来ることを頑張って来たし、錬成作業なんかでは、随分とお前に酷使されてきたじゃないか」
「そうよ、私は酷使されてきたの!」
「僕のエントランス工房は福利厚生バッチリ整った優良ホワイト企業なのに、酷い言いがかりだよ。なんでぇ、なんでそんな酷いコト言うのぉ、ふぇーん!」
「……」
ちっ、僕の演技力が足りないばっかりに、スベってしまったか。蒼真君が視線だけで射殺さんばかりの目つきで睨んでくる。
似てないモノマネは許さんとは、蒼真君ってそんなにお笑いに厳しかったのか。
「彼女もクラスのために力を尽くしてきたと、俺は思っている。眷属『淫魔』だという疑いはあるが……俺はその疑惑だけで、彼女を追放するべきではないと思っているし、そうしようとした」
まぁ、そこは君を責めたりはしないよ。結局、悪いのは短絡的に蹴り飛ばした剣崎だし。
ちゃんと蒼真君は、姫野の淫魔バレ騒動の時も、すぐ追い出すようには言わなかったと、証言は聞いているからね。
「だが、彼女を連れていくよりも、先に脱出させた方が安全だとお前は判断したのだろう」
「まぁ、そういうことだね。僕も貴重な人手が失われるのは困るけれど、そこはやっぱり、命には替えられないからさ」
というのは、蒼真君に納得してもらうための建前だ。
僕が姫野を三人目として選んだ理由。それは彼女が『淫魔』だからだ。
怪しいから追放、などでは勿論ない。むしろ逆、淫魔の力を最も活かせる可能性が、脱出した先にあるからだ。
当初の予定では、天道君、桜ちゃん、下川、の救助隊三人編成だった。けれど小鳥遊が裏切って台無し。天道君と下川は、二人ともどこぞへと飛ばされてしまい行方不明。
桜ちゃんを王国に送り込むのも、天道君という最強のストッパーがいるからこその人選で、コイツ一人に救助の大役はとてもじゃないが託せない。
だから、ここは大きく方針転換。脱出枠の二つを小鳥遊・剣崎の追放枠に費やすことになったけれど、最後の一枠だけは、最も僕らに対する救助活動が期待できる人材を送り込みたい。
かといって、メイちゃんや蒼真君といった主力級は送れないし、委員長のような貴重なブレーン役も手放せない。剣崎を追放するせいで、ただでさえクラスの総戦力が下がっているのだから、戦闘に適した天職持ちも送り込みたくない。
消去法で姫野しか残らないんだけど……彼女の『淫魔』には最も期待が持てるのも事実なのだった。
眷属、という天職とは異なる、なんか邪悪な香りのする存在。『食人鬼』であった横道のことを鑑みれば、眷属もやはり天職に匹敵する、あるいはそれ以上の力を秘めていることは間違いない。
でも姫野がしょっぱい光魔法と、なんとか僕が叩き込んで使い物にした錬成術の基礎、これしか能力がないのは明らかにおかしい。というか、どう考えても『淫魔』としての能力が開花していないのだ。
じゃあ『淫魔』の能力を強くするには、スキルレベル上げるには、どうすればいいのか。
決まってる、そんなのセックスしかないだろう。
伊達に『淫魔』など名乗っちゃいない。そりゃあもう、男に跨ってダイレクトに精気を吸収してナンボのものだろうが。
事実、姫野がゲロった『淫魔』の初期能力三つは、どれも男を誘うための能力である。そして彼女はこれを駆使してまずは中嶋に取り入り、次は上中下トリオ、そして山田、と次々と男をとっかえひっかえしていった————ところを、本物の天然美少女であるレイナによって立場を失ってしまったという、なんとも哀れな結末だ。ごめん、ちょっと笑ったわ。
けれど、そのお陰で問答無用で男を惑わせるほどの淫魔能力の獲得には至っていない。
至ってしまっていれば、もっとクラスが荒れていただろうし、最悪、小鳥遊より先に姫野を始末しなければならなくなっていたかもしれない。同じ眷属として、横道のように人としての理性を失い、暴走しないとも限らないのだから。
ともかく、この人数が半分以下になってしまった二年七組という小さなコミュニティで、異性関係で荒れるのは絶対的なタブーだ。その危険性は、恋愛禁止ルールをぶち上げた時に説明した通りである。
僕らと一緒にいる限り、姫野が『淫魔』として活躍できる可能性はゼロ。クラスの平和のため、絶対にそれは許されない。
だがしかし、外の世界へ出ればどうだ?
王国、というからには王様が治める封建国家なのだろう。王侯貴族がふんぞり返っている、テンプレ中世風ファンタジー世界だと嫌でも予感させられる。そうでなくても、王国を名乗るほどに人口がいるのは間違いない。ないよね? ゴーマ王国より発展してなかったら、人間の恥だぞ異世界人共。
ともかく、王国ならば選べる男は無数にいる。正に選り取り見取り。
そう、『淫魔』姫野が成長するのに必要な、ヤリ捨てできる男共が王国にはいるのだ。
つまり姫野に求めるのは、淫魔として男を意のままに操るくらいまで成長させ、貴族や大商人といった権力と財力を持つ者に取り入り、本格的な救助隊を結成させること。
救助だけじゃない。姫野が上手いことやれば、僕らが脱出した先の王国で、すでに安泰な居場所を用意することもできるのだ。折角ダンジョンから逃れてきたのに、なんか唐突に奴隷化魔法みたいなの喰らって奴隷落ち、なんて絶対に御免である。
もしも万が一、横道並みに暴走する結果に陥ったとしても、見ず知らずの異世界王国で暴れてくれる分には、僕らは困らないし?
「そういうワケで、これで三人の脱出枠が改めて全て埋まったけれど————さぁ、決をとろうか。天送門で脱出する三人は、小鳥遊、剣崎、姫野、とする意見に反対の人は、手を挙げて」
ああ、勿論、僕の分身『双影』と、レムは同行させることに変わりはない。
だからみんな、安心していいよ。転移の直後に、ちゃんと小鳥遊を『デスストーカーの毒針』で刺し殺してやるからさ。




