第325話 小鳥遊小鳥(2)
小鳥遊小鳥は可愛い。この世に生まれたその時から、今日この日までずっと可愛い。可愛くない時がない。
きっと誰もが、赤ちゃんの頃には「可愛い」「カワイイ」、と言われてきただろう。けれど、お前らブサイク共はいつから「可愛い」と言われなくなった?
容姿、という目に見える絶対的なステータス。決して誤魔化しの効かない、その人の第一印象を決める最大要因。
残酷かもしれないけれど、その容姿の差異というのは幼児の頃からすでに現れる。ブサイクは、ガキの頃からブサイクなのだ。というか、一重とか生まれた時に間引いといてくれないかな。
年齢が進めば、さらに容姿の格差は広がる。幼児の頃はまだ丸っこく小さいことで誤魔化せていた部分も、成長に従って歪みが大きくなってゆく。
一重瞼のブス、目が離れすぎてる魚面、出っ歯ネズミ、耳デカ猿、巨大顔面の奇形————いい加減にしろ、お前ら揃いも揃って、よくもこれだけ不快な醜い連中を集めたものだよね。
選別が必要だ————物心ついた頃にはそう思っていた。
幼稚園、小学校、中学校。義務教育を終えるまでは、ただ学区内で区切られた子供を集めるだけのクソシテム。お陰で、小鳥も醜いブサイク連中と一緒に教室に放り込まれるわけ。
その結果が、これだよ。
「————小鳥遊さん、絶対調子乗ってるよね」
「ちょっと可愛いからって」
「ぶりっ子マジうぜぇ、死ねよ」
「私のカレに色目使いやがって、許せねぇ!」
ああ、お前らクソブス共は、顔も醜ければ、心も醜いのかよ。
小鳥が一番嫌いな言葉知ってる? 「人は見た目じゃない」。
おいおい、ふざけるのも大概にしてよね、自分が醜悪な容姿であることさえ正当化して、あまつさえその心根が美しく清らかであるかのように主張する、最悪の言葉だ。欺瞞、傲慢の極みだよ。
いいか、クソブスの奇形ブサイク共が、よく聞け、人はまず見た目が全てなんだよ。
最低限の見た目があって、初めてその人の内面まで評価ができるんだ。見た目は一次選考なのだ。これを越えなければ。二次も三次も最終面接もない。お前のような醜い劣等種とは、今後一切ご縁なんてありませんように、とお祈りしちゃう。
でもお前らは顔も悪けりゃ、心も頭も悪い劣悪な人モドキのブス猿だから、こんな人の世界の真理も理解できないのだろう。
可愛いから、調子に乗っている?
当たり前だ。小鳥はお前らとは存在の格が違うのだから、ブサイクの低次元に合わせてやる義理など全くない。
ぶりっ子がウザい?
ああ、そうだよね、お前らは自分を可愛く見せる演技をすることさえ許されないドブスだからね。ブスのぶりっ子とか害悪というか、最早、公害だよね。あんなのバイオテロじゃん。身の程を弁えるって、大事なこと。
カレに色目を?
小鳥の方が可愛いんだから、男が私の方を見るのは当たり前、自然の摂理でしょ? そんな当然のことに文句をつけるなんて、頭がおかしいんじゃないの。皿からリンゴを落として、重力があるのが悪い、と怒っているようなもの。ブスの理論は理解ができないよ。
「————ああ、本当に、醜い馬鹿ばっかりで、嫌になるよね」
可愛い小鳥は、およそクラスの女子連中には嫌われた。大いに嫌われた。
ただ小鳥がそこにいるだけで、自分達の醜さが嫌でも浮き彫りになるもんね。光が強ければ、より闇は色濃くなる。小鳥は光り輝く天使で、お前らは暗い闇の中を蠢く虫ケラなんだから。
でも残念ながら、こんなに可愛い天使小鳥ちゃんと、あんなに醜いクソブスメス蟲共も、この現実という同じ次元に生きる人間だ。被害を受けるのは、危害を加えられるのは、絶対にあってはならない。
「ほうら、ブサイク男子共、小鳥を守る栄誉をくれちゃうよ」
人は石垣、人は城。いい言葉だよね。小鳥、好き。流石は戦国時代の英雄が言っただけあるよ。
男子は石垣となり、城となり、小鳥というクラスで、いいや、この小学校で輝く唯一無二の光を守るのだ。さぁ、その身を盾にして小鳥を守れ。それがお前らブサイク共に許された、ただ一つの存在価値だろう。
「ありがとう」
笑顔で口にするその一言で、男はその身を粉にして働く。
もっと頑張って、もっと尽くして。そうして、いっぱい「ありがとう」を集めるの。
嬉しいでしょ、楽しいでしょ、光栄でしょ。小鳥の「ありがとう」は、ただの言葉じゃない。お金で買えない、とっても素敵な価値があるの。
「小鳥、本当はもっと、みんなと仲良くしたいだけなの」
そうやって男子の全てを味方につけた。この小鳥の美貌をもって。
けれど女子は、醜いブスの嫉妬の塊だけでくっつきあっている、あの醜悪なクソ虫の群れはどうだ。
小鳥の方からちょっとつつけば、貴女は味方になってくれるよね、お友達になってくれるよね。だって、醜いブスの嫉妬を燃やすよりも、可愛い可愛い小鳥ちゃんのお友達になって、奴隷男子のおこぼれに預かる方が、絶対に得だもんね?
「みんな、仲良くしようよ」
みんな仲良く。日本人が大好きな大義名分の書かれた錦の御旗を、私は振るった。
小鳥を敵視する女子グループの崩壊は早かった。続々とグループを抜けて寝返る裏切り者が続出。そうそう、ブスはブサイクと結ばれるのがお似合いだよ。
天使な小鳥ちゃんは、醜い男女でも結ばせてあげる、心優しいキューピッドにもなれちゃうのだ。ほら、クラスで一番のイケメンサッカー部キャプテン君も、彼を好きな子がみんなでシェアすればいいんじゃないのかなぁ?
えっ、小鳥はそのイケメン君のことなんて、なんとも思ってないよ。この小鳥があの程度の男と、付き合うワケがないでしょう。
「みんなと仲良くなれて、小鳥とっても嬉しいな」
小鳥を中心に、クラスは一丸となった。
そして、小鳥をいじめようと画策していた身の程の知らずのクソブス女は、ついにその取り巻きの全てを失い、孤立した。いじめていいのは、いじめられる覚悟のある奴だけだ。
その女子は、クラスどころか、学校中で孤立した。小鳥という天使を敵に回した、醜い悪魔として、その重罰を一身に受けた。
小鳥自身は彼女に対して何にもしてはいないけれど……みんなは違う。小鳥に歯向かった大罪人に対して、断罪という名の大義名分を得た、みんなはね。
陰口シカトは当たり前。私物を盗まれたり汚されたり、ガキが思いつくようなくだらないことは何でもやっていた。トイレ入ってるところに水ぶっかけるとか、そんなのドラマでしか見たことないよ。ドラマで見たから真似したのかな、ご苦労様。
そんなことが続いて、六年生になった二学期のこと。
その子は自殺した。
ああ、良かった。卒業する前に始末がついて、清々したよ。来年から心機一転、中学生になるんだから。嫌なもの、汚いもの、醜い愚か者は、きちんと処分出来た方がすっきりするよね。
小学校の最後に、いい思い出ができたよ。
そうして、小鳥は中学生になった。
女子の制服を着た小鳥は、ますます可愛い。この頃になると、胸も膨らんできた。可愛いだけでなく、色気もついて、どうしよう小鳥最強すぎる!
中学校も学区制。一定範囲内の子供をただ集めただけの場所である。どうせここでも、小鳥が一番可愛いに決まっている。そう思っていた。
「————剣崎明日那だ。私の実家は、剣術道場を営んでいる。強くなりたい者は、是非とも我が剣崎流の門を叩いて欲しい!」
力強く、それでいて美しい声音が教室一杯に響き渡る。
それ、自己紹介で言うことか。なんて常識的なケチは誰もつけられない。それだけの強い響き、強烈な圧を誇っている。
剣崎明日那の最初の自己紹介が、ソレだった。
小鳥は生まれて初めて見た。この自分に並び立つ美貌を備えた女を。
凛々しい美貌に、長い黒髪のポニーテイルが流れる。ただ立っているだけで、ピンと芯が通っているように美しく、その声も覇気に溢れていた。
美少女、というよりは美女。高い上背、スラリと伸びた手足、それでいて女性らしい起伏を早くも主張している制服姿。まるでモデルのような、小さく可愛らしい小鳥とは全く別な方向性の美貌と魅力を、剣崎明日那は放っていた。
こんな女がいるのか。それも、中学の学区内という近所に。
衝撃的だった。初めての出会いに、小鳥も迷った————友好か。敵対か。
どうするべきか答えを出せぬまま、最初のゴールデンウィークに突入していた。
「ねぇねぇ、いいでしょ、どうせ暇してるんだから」
「俺らと一緒に遊ぼうよ」
「はい車乗ってねー、好きなところにイカせてあげるからさぁ」
迂闊にも、その日は質の悪いナンパに絡まれた。
男が三人、大学生か無職かは分からないが、後先考えずに何でもしそうな頭の足りていない猿共だ。
冗談ではない。こんな下劣なクソ猿共に、小鳥に指一本触れさせてなるものか。
幸い、過保護な両親のお陰で、小鳥の防犯対策は万全だ。そこらのガキ共が持たされているような安い防犯ブザーとはモノが違う。押せば、即座に警備員がすっ飛んでくる代物である。
押してから五分か十分、その場で粘れば助けが駆け付ける。最悪、車に連れ込まれてもGPSで居場所は分かる。小鳥は助かる。奴らは豚箱に送られる。
面倒ではあるが、この能無しクソ野郎共が相手となっては致し方ない。小鳥はポケットに忍ばせていた発信機を押そうとして、
「————待て! 私のクラスメイトに対する乱暴狼藉、断じて許さん」
剣崎明日那が現れた。
ジャケット一枚羽織っただけの、シャツにジーンズと女子としては色気のない恰好だが、中学一年にして優れたスタイルを持つ彼女には、あつらえたように似合っていた。
「うおっ、ここでまさの美少女一人追加ぁ!?」
「やっべ、これで中一とかヤバすぎでしょ」
「おい絶対逃がすなよ。これ売れるぞ」
色めき立つクソオス三匹に対して、鋭い目つきをさらに険しくさせて、剣崎明日那は溜息をついた。
「どうやら、問答する必要もないようだな————」
そして目にも留まらぬ速さで、突きを放つ。放っていた、と言うべきか、小鳥には全然見えなかったから。
首、喉、鳩尾、をそれぞれ突かれたらしい。「うごっ!」とか気持ち悪いうめき声を漏らして、各自が痛烈に突かれた部分を抑え込みながら、膝を屈する。
えっ、なにこれ、凄い。これが剣崎流剣術の力? 剣使ってないんですけど。
「さぁ、行くぞ」
そんな無様にひれ伏す三匹に見向きもせず、剣崎明日那は凛々しい美貌に勝気な笑みを浮かべて、小鳥の手を取り、走り出した。
「あ、あの……」
「なんだ、礼なら不要だ。私は当然のことをしただけだからな」
適当に逃げた後、どこかの店の軒先。
小鳥は息を切らせながら、対照的に平然とした顔の剣崎明日那に言う。
「ありがとう……すっごく、怖かった……」
「そうだろうな。だが、もう安心しろ」
「それから……ごめんなさい」
「何を謝る必要がある?」
「小鳥、剣崎さんのこと……ちょっと怖い人、だと思ってたの……」
「むっ、そんなつもりはなかったのだが……いや、そうだな、そう思われても仕方がないところもあっただろう。すまない、剣術道場の娘のせいか、他の女子に比べて可愛げというものがなくて」
「ううん、小鳥が悪いの。勝手に怖そう、だなんて思い込んで……だから、ごめんなさい。そして、助けてくれて、本当にありがとう。剣崎さんは、とても勇敢で、とても優しい人だったんだね!」
満面の笑みを浮かべて、小鳥はそう言った。
「いや、その、当然のことをしただけで、そこまで褒められるほどでは、ないのだが……」
若干、恥ずかしそうに顔を背ける剣崎明日那。
良かった、どうやら私の可愛さは、彼女にも通用するようだ。
「ねぇ、剣崎さん、良かったら小鳥と————お友達になってください!」
ようやく、決まった。
友好。
友好だ。
剣崎明日那、この小鳥と対等な美貌を持つ、強く、凛々しく、勇ましい女は、友誼を結ぶ価値がある。
他のクソブス女や雑魚モブ共とは、格が違う。この小鳥の友人になる資格が、価値があるのだ。
「ああ、勿論だ。これからよろしくな、小鳥遊さん」
そうして、私は人生で最初の対等な友を得た。
剣崎明日那という友人を得た私の中学生活は、正しく順風満帆だった。
小学校の頃は小鳥の平穏を保つためには、あんなに苦労させられたというのに。明日那ちゃん一人いれば、なんでも解決した。
彼女はただ綺麗なだけでなく、誰に対しても物怖じしない度胸と、曲がったことを嫌う愚直なまでの正義感を持ち————そして何より、強かった。
女は決して男に力で敵わない、とはなんだったのか。剣術とは、武術とは、これほどまでに人を強くするものなのか。明日那ちゃんの強さは異常だった。
でも、お陰様で陰険なクソブス共の嫉妬も、気色悪く盛った猿共のちょっかいも、ガチの性犯罪をやらかす不審者も、全て明日那ちゃんが片づけてくれた。小鳥が泣けば、彼女はすぐに飛んでくる。必ず守ってくれる。必ず、助けてくれる。
ああ、なんと素晴らしき友情かな。やはり、持つべきものは無二の親友だよね。
脳みそ筋肉で出来てるような直情的な明日那ちゃんには、振り回されることも多かったけれど……それも含めて楽しかった。
だからね、小鳥は本当に明日那ちゃんのこと、好きだったんだよ。
貴女のことだけは、見下したことは一度もない。友好関係を築く方が得だと、打算で始めた友情だったけれど、それでも小鳥遊小鳥は、剣崎明日那を親友だと認めている。
好きだった。そう、好き『だった』。
「————初めまして、俺は蒼真悠斗。えっと、明日那の友達、だよね?」
「そうだぞ、小鳥は私の一番の親友だ!」
「明日那の親友というから、一体どんな豪傑かと思ってたけど————」
「なんだと、どういう意味だ蒼真! そこに直れぇ!」
「おいおい、やめろって、ちょっとした冗談だろ!?」
なんだ、コレは。
明日那ちゃんが、見たことないような乙女の顔で、一人の男を追いかけている。
なんだ、アレは。
蒼真悠斗。そう名乗った彼女の昔馴染みだという少年に、目を奪われた。
ああ、一目惚れ、とはこのことを言うのだろうか。
人は見た目が全て。第一印象で全てが決まる。それを信条にこれまで色んな人と接してきた小鳥は、その人の容姿レベルを一目見た瞬間から分析するのが習慣になっている。
初めて、分析力が全く機能しなかった。ただただ、目を奪われる。
蒼真悠斗、その少年のなんと美しいことか。こんな人間が、こんな男が、この世に存在していたのか。
そんな衝撃と共に、小鳥は自覚した。
欲しい。
この男が欲しい。
どうしても欲しい。絶対に欲しい。どんな手を尽くしてでも、この男が、蒼真悠斗が欲しい!
ああ、これが恋、なのか。
「————蒼真君って、凄くカッコ良いね。小鳥、びっくりしちゃった」
「まぁ、それなりに顔は良い方だとは思うが……蒼真は見た目なんかより、やはりあの強さが凄いのだ。伊達に蒼真流の継承者を名乗ってはいない。私も負けてられん!」
自信気な笑みで、どこまでも嬉しそうに、楽しそうに明日那ちゃんはそう語っていた。なに、その恋する乙女みたいな顔。
蒼真悠斗、という男子に明日那ちゃんは気があることは知っていた。
剣崎流と蒼真流、お互いに道場を開いており、小さい頃から交流がそこそこあったのだとか。どちらも古く伝統的な流派らしく、お貴族様でもあるまいに、互いの子供を結婚させようか、みたいな話なんかもあるとかないとか。
そして折に触れて明日那ちゃんは、将来は親が決めた相手と渋々結婚することになるかもしれないな、と物凄く嬉しそうに語るのだ。
この明日那ちゃんが惚れるのだから、その蒼真悠斗とやらは一体どんな豪傑なのかと思っていた。身長2メートル、体重150キロ、筋骨隆々で体中に傷跡の入った鬼のような大男だろうなと、小鳥は勝手に想像していた。
そして、白嶺学園に入学を果たしたその日に、その想像が裏切られることになったワケで、
「……裏切り者」
いいや、裏切られたのは小鳥自身だ。
なに、あの超絶イケメンは。小鳥でも見惚れるレベルの美形なんて、冗談抜きでいるなんて思わなかったよ。
それが、何、あの蒼真君と幼い頃から交流があって? しかも親同士の決め事で結婚するかもしれなくて?
なにそれ、ずるい、ずるいよ明日那ちゃん。
ねぇ、アホ面下げた身の程知らずのブサイク共が小鳥に言い寄ってくるのを見て、明日那ちゃんはさぞいい気分だったろうね。自分はあんな最高の男を抱えているんだから、盛ったクソ猿に集られる小鳥のことなんて、滑稽で仕方がないよね。
「明日那ちゃんの裏切り者……なにが親友だよ、こんなの全然、対等じゃないじゃん」
許されない。こんなこと、許されてはいけない。
生まれて初めての親友。
生まれて初めての恋。
個別で見ればとっても素敵な人生を彩る存在。けれど、組み合わさったら最悪の厄介事。
「でも、ようやく分かったよ。本当に欲しいモノは、自分の力で手に入れなきゃいけないんだね」
これまで小鳥は、支配者だった。
隔絶した美貌を持ち、醜く下等な奴らを口先一つで動かしてきた、上位者にして支配者。
けれど、剣崎明日那という対等な位置に立つ女が現れて。
蒼真悠斗という、小鳥でも見上げるほどに輝かしい男がいて。
欲しいモノを手に入れるために、小鳥は挑戦者になったのだ。
「ああ、良かった。婚約云々は明日那ちゃんが一人でその気になってるだけで。決まってないなら、小鳥にも十分チャンスがあるよ」
高校一年の時に早速起こった、蒼真悠斗と剣崎明日那の決闘イベント。
見事に明日那ちゃんを倒した蒼真君は、勝者の権利として明日那ちゃんを娶るとか何とか、頭のおかしい屁理屈で婚約を成立させようとしたけど、まぁそんなの通るワケがなくて。
どうやら、蒼真君との婚約を意地でも成立させたいのは、彼に惚れている明日那ちゃんだけで、彼の方には全くその気がないようだ。
そのことに大いに安心した小鳥だけれど、決して油断はできなかった。
「まったく、明日那は……あんな決闘だけで婚約など決められるはずがないでしょう」
「にはは、そ、そうだよね! ホントに結婚するのかと思っちゃったよぉ……」
蒼真桜。夏川美波。
彼を狙う美少女は他にもいたのだ。
特に厄介なのは、妹の蒼真桜。
悔しいが、彼女は小鳥よりも美しい。容姿で負けた、と思ったのも生まれて初めてのことだった。
あの兄にして、この妹あり。げに恐ろしき蒼真の血筋である。
けれど、何よりも厄介なのは、蒼真桜は妹でありながら、『血は繋がっていない』こと。
聞いてはいない。確認もできていない。けれど分かる。蒼真兄妹の間に、間違いなく血の繋がりはないことに。多分、これは明日那ちゃんも気づいてない。小鳥だけが気づいたこと。
蒼真の両親の子供が桜なのは間違いない。
一年生の夏休みに、明日那ちゃんと一緒に蒼真君の家でお泊り会をした夜のこと。アルバム暴露大会で盛り上がっていた中、私はその中で蒼真桜が生まれた時の記録を確かに見た。生年月日と身長体重のデータと共に、まだ美貌の片鱗もない生まれたばかりの桜の写真が、母親と共に残っていた。
しかし、双子の兄のはずの蒼真悠斗の生誕時の記録は、そのアルバムには見つけられない。ただの小鳥の勘違い、本当は別なアルバムに残されているのかもしれない。
けれど、小鳥の直感が真実なのだとすれば————蒼真悠斗という男は、一体どこから来たのだろうか。
彼の本当の両親は。どんな経緯で蒼真家に引き取られたのか。ただの親戚関係の身内でしかないのか。
いいや、重要なのはそこではない。
桜がこの事実を知っているのかどうかは分からない。だがどちらにせよ、血の繋がりがないという事実をもってして、桜は妹でありながらも、兄の悠斗と結ばれることが許される。法的にも倫理的にも、許されてしまうのだ。
「させるかよ、蒼真君は、あの男は小鳥のモノだ」
絶対に譲らない。小鳥の初恋、運命の相手。
蒼真悠斗、彼をおいて小鳥に相応しい男は他にいないのだから。
邪魔をする者は許さない。容赦もしない。
親友の明日那ちゃんも、妹の桜も、全て蹴落とし、この小鳥が彼を手に入れる。
それはこのダンジョンサバイバルでも変わらない、小鳥の意思であり、純粋な願い。本物の女神様が味方してくれたのだ。
勝つのは小鳥。全てを手に入れるのは、この小鳥遊小鳥なの。
「————やぁ、蒼真君。久しぶりだね、待っていたよ」
だから、お前は許さない。お前だけは許してなるものか。
「さぁ、最後の学級会を始めようか————」
桃川小太郎。
このクソザコモブのドチビ野郎が、お前みたいな底辺劣等種になんざ、この小鳥遊小鳥が負けて堪るかよぉ!!
2021年12月3日
サブタイトルの『小鳥遊小鳥(2)』ですが、(1)となる方は第247話『小鳥遊小鳥』となります。誤表記ではありません。
次回からほんとにちゃんと学級会始まります。