第31話 スケルトン
妖精広場を出た先は、これまで通って来たダンジョンと同じような石造りの通路だった。けど、今までのよりもかなり綺麗だ。新しい、というより、老朽化していないって感じ。
石の壁にはひび割れは見当たらないし、苔も生えてない。通路を照らす天井の白光パネルも、心なしか明るいように思えた。
通路は緩くカーブを描いているようで、ボス部屋があるらしい向こう側までは見えないものの、見通しはかなり良い。いきなり天井や壁が開くか、通路のど真ん中にワープでもされない限り、奇襲の心配はしなくてよさそうだ。
「平野君、何となく想像はつくけど、スケルトンって、どんな魔物なの?」
「そりゃあお前、骸骨に決まってんだろ。まぁ、スケルトンって呼び始めたのは伊藤だけどな」
どうやら、ステレオタイプなスケルトンで間違いないらしい。真っ白い骸骨がカタカタいいながら襲ってくる様は、RPGやファンタジー映画なんかでよく見られるけれど……よくよく考えると、ここまで非生物的なモンスターを見るのは初めてだ。なんだかんだで、これまで遭遇した魔物は、どれも地球の動物の延長にあるようなものだったし。
「まぁ、見れば一発で分かるから。それに、ただの雑魚だから心配すんな」
ヘラヘラっとした軽薄な笑みを浮かべる平野君に、僕はそこまで安心感を覚えることはないけれど、少なくともボスでつまずいている以上、雑魚モンスに苦戦していないのは事実だろう。
「あっ平野、スケルトン出たよ、ほら」
平野君の隣に並んで歩いていた西山さんが発見の報告をしてくれた。
見れば、通路の壁面にある部屋の入口から、のっそりと白い人影が出てくるところだった。距離は大体、30メートルあるかどうかってくらい。
「うわっ、ホントにスケルトンだ」
ソイツは、他に言いようがないほど完璧にスケルトンであった。理科室にある骨の方の人体模型がそのまま動き出したかのように、人間の骨格そのもので歩いている。
服は着ていない。しかし、武装はしていた。
骨の手がやんわりと握っているのは、木の棍棒。長さは五十センチほど。荒い削りだが、細すぎず、太過ぎず、丁度良い大きさ。そういえば、ゴーマの多くが装備していた棍棒も似たような感じだった。もしかすれば、このスケルトンを倒して鹵獲しているのかもしれない。
「こっちに気づいてはいないみたいだね」
「おう、もっと近づかねーと、アイツら気づかねぇんだよ」
「だから、倒すだけなら私が魔法を撃つだけで楽勝なんだよね」
なるほど、出来の悪いアクティブモンスターなのか。
「桃川と双葉さんは初めてだろうから、先に俺らがやるか」
ありがたい申し出である。いくら双葉さんが強くなっているとはいえ、できれば初見で挑ませることは避けたい。先に相手の動きを見ておけば、彼女も安心して戦えるだろうし。
断る理由はどこにもないから、お願いします、と素直に言った。
「私はどうする?」
「そんじゃ、先に一発だけ撃ってくれ。後の二体は、俺がやる」
部屋から通路へ出てきたスケルトンは、合わせて三体。特に連携をしている様子はなく、ゾンビが彷徨っているみたいに、ノロノロと歩いている。一体はこちらに向いているが、もう二体は後ろ、ボス部屋のある通路の先の方を向いていた。
「オッケー。それじゃ、先に言っておくけど、私の天職は『風魔術士』だから」
軽い紹介を終えるなり、西山さんは手にしたワンドを掲げた。いかにも、杖の先から攻撃が飛び出します、みたいな格好。
思えば、僕が攻撃魔法を見るのはこれが初めてだ。双葉さんから話には聞いているものの、いざファンタジーの代表たる攻撃魔法をその目にできると思うと、ちょっとワクワクする。
え、『赤き熱病』? 知らない子ですね。
「الرياح قطع شفرة――風刃」
何かよく聞き取れない謎の言語を短く呟いたと思った次の瞬間、構えたワンドの先端にある緑の玉が薄らと発光する。
すると、淡くグリーンに輝く旋風が、鋭い風切音だけを残して、通路を駆け抜けた。一瞬だけ見えた緑色の風は、弧を描く曲刀の刃みたいな形状。
そして、風の刃は狙い違わず、ボンヤリとウロつくスケルトンへ直撃した。バキン、という乾いた音と共に、スケルトンの肋骨が強烈な袈裟切りを喰らったように弾け飛んだ。
どれだけの衝撃がその身に加わったのだろうか。スケルトンは背骨がへし折れるんじゃないかというほどに大きくのけ反ると、そのまま堪えきれないとばかりに、バッタリと仰向けに倒れ込んでいった。ガシャン、と音を立てて倒れ伏すと、もうピクリとも動かない。
一撃でスケルトンを倒し切った鮮やかな手際に、僕は改めて攻撃魔法というものの凄さと便利さを実感する。同時に、ささやかな嫉みも。ちくしょう、僕にもこんな攻撃が使えれば……
「じゃ、ちょっと行ってくるぜ。俺の天職『剣士』の実力、ちゃんと見ておけよな」
僕の醜い嫉妬心などまるで察することもなく、平野君は自信気な笑みと共に天職を名乗った。彼の手には、ピカピカに磨き抜かれたような鋼の刀身を持つ、両刃のロングソードが握られている。曰く、宝箱からゲットした、相棒であると。
「うわっ、速い」
剣を携えた平野君が駆けだす姿を見ての第一声は、それ以外にはなかった。シュッ、という上靴のペラいゴム底と石畳が擦れた音を置き去りにして、彼のそこそこ大きな体が矢のように飛び出していく。
「『疾駆』っていうんだって。効果は見ての通り」
なるほど、あれが速度上昇系の武技『疾駆』なのか。移動速度上昇、なんて効果の技、RPGだったら大抵は役立たずなことが多い。だって、貴重な1ターンを犠牲にして、ちょっと回避率が上がったりクリティカルが出やすくなったりする効果を求めるプレイヤーはいないし。
しかし、現実として移動速度の上昇、つまり、凄く速く走れる、というのは戦いにおいて途轍もないアドバンテージだろう。少なくとも、普通の人だったら、真正面から突っ込んできても、今の平野君の速さに対応できない。目にも止まらぬ速さ、とまではいかないけれど、ちょっと人間が走っているとは思えない速さなのだ。テレビで見た世界陸上でだって、ここまでの速さで走ってはいなかった。実際、何キロくらい出てるんだろう。
「でも、夏川さんはもっと速かったよ」
ボソっと独り言のように小さく漏らす双葉さん。もしかすれば、同じ名前の能力でも、天職によって効果の大小があるのかもしれない。まぁ、一番可能性があるのは、個人差だろうけど。
夏川美波は我らが白嶺学園陸上部のエース。スプリントに限っていえば、彼女ほど才能のある生徒は他にはいない。
「うぉおおおおおっ――」
気が付けば平野君は、目測30メートルはあった距離を越え、スケルトンへ剣の届く間合いへと踏み込んでいた。雄たけびを上げながら、剣を力強く大上段に振り上げる。
一方のスケルトンは、一拍遅れてお仲間が倒されたことに気が付いたようで、ちょうどゆっくりとことらへ振り返り終えたところであった。もうすぐ目の前に迫った敵の存在を、どうにもまだ認識していない様子。
「――大断っ!」
刹那、振り上げられた剣が薄らと光ったように見えた。幻のような瞬きの直後に、ギン、という甲高い音が響いてくる。命中。
スケルトンは頭蓋骨から骨盤まで一刀両断にされたようだ。一瞬の静寂の後、骸骨は左右にパックリと別たれ、ガラガラと力なく崩れ落ちる。
見事な一撃。だが、敵はまだもう一体残っている。
スケルトンは今度こそマトモな反応を見せた。剣を振り切った体勢で隙を晒す平野君に向かって、手にした棍棒を大振りで繰り出す。
「へっ、見え見えなんだよ!」
余裕ぶった台詞通り、スケルトンの単調な打撃を完全に見切っているように、平野君は身を屈めたまま棍棒のスイングを潜り抜ける。
「そりゃあ、『見切り』があれば見えるって」
カッコつんなよ男子、みたいな冷ややかな雰囲気で西山さんが言う。
「いや、でも、見切った上でちゃんと動けるだけで凄いよ」
「桃川君、その台詞アイツに言わないで。絶対、調子に乗るから」
苦笑いを浮かべる西山さんの顔は、何だろう、この、おバカな彼氏のことなんて全てお見通し、みたいな余裕を感じさせる。
「――しゃあ! やったぜ!」
おっと、僕が二人の関係を邪推している間に、平野君は二体目のスケルトンを切り倒し終えていた。
『見切り』で敵の攻撃を掻い潜ると同時に、『疾駆』の速度が乗ったまま背後に回り込んでいた。この高速移動に、何だお前眠いのか? ってほど鈍いスケルトンはとても反応しきれない。
あとは無防備な背骨へ、好きな一撃を撃ち込める。
そうして、平野君は危なげなくスケルトンを制して見せたのだった。
「お疲れ様」
「おう、こんなもんはまぁ、準備運動くらいだけどな!」
はっはっは、と笑いながら戻ってきた平野君は上機嫌。僕らというギャラリーに、剣士の鮮やかな戦いぶりを見せられて満足といったところだろうか。腰のベルトを通して提げられた鞘に剣をしまう動作も、どこか堂に入っているように見えた。
「で、どうだったよ?」
「ああ、うん、スケルトンのことは何となく分かったよ。それに、二人ともしっかり天職を使いこなしてて、凄く頼りになる」
「いやー、それほどでもねーって。俺なんかまだ一個も新しいスキル覚えられてねーし」
ということは、今の戦闘で見せた『大断』『疾駆』『見切り』が、平野君が持つ能力の全てということか。
こんな僕でも、まぁ、鎧熊撃破というラッキーは除いたとしても、『汚濁の泥人形』という新スキルの獲得に成功している。
勿論、これも個人差はあると思うけど……うーん、やっぱりスケルトンとの戦闘くらいじゃ、大した経験にはならないってことなんだろうか。
しかしながら、能力をぶつけるにあたって都合の良い木偶の坊ならぬ木偶の骨である。少なくとも、実際に能力を使いこなす練習相手としては十分役に立つ。
「西山は結構早く新しい魔法憶えられたのによー」
「最初はビビって私の『風刃』ばっかり使って倒してたからでしょ」
「はぁ、ビビってたんじゃねーよ! それに今はスケルトンなんか余裕だし!」
「ちょっ、あの骨ヤベェ、マジヤベェ、とか涙目で言ってたくせに」
「言ってねーし! っつーか昔の話すんなし!」
何だか二人きりで仲良く喧嘩を始めたな、と思いながら眺めていると、平野君がハっとしたように僕の視線に気づいた。そんなに生温かい目をしていたのだろうか。
「ま、まぁ、ボスを倒せば俺も新しいスキルをゲットできる気がするんだよな」
「うん、そうだね」
と言うのは、決して適当な相槌ではなく、割とマジな返事である。
双葉さんの狂戦士へのクラスチェンジ、という特殊な事例は除き、委員長グループの話を聞いた上では、そのまま戦っていれば割と普通に新スキルを獲得していた。だからボス、この剣士と魔術士のコンビでも倒せない強い魔物を撃破できれば、まず間違いなく新たな能力を授かるだろう。
「西山さんは、他にどんな魔法が使えるの?」
「え、他のはあんまり大したことないよ。周りに強い風を出すとか、風でちょっとだけ高くジャンプできるとか――」
前者は『風衣』という名前で、一種の防御魔法だと思われる。自分の周囲三メートルほどに突風を全方位に発し、接近する相手を吹き飛ばす、あるいは一時的に足止めすることができる。弓矢や投石といった軽い遠距離攻撃も、弾き返したり軌道を逸らしたりできそうだ。
集中し続ければ数十秒は出しっぱなしにできるらしいし、もっと習熟すれば安定した防御ができると思うのだけれど……どうやら彼女は今までほとんど『風衣』は使わなかったようなので、熟練度は上がっていない。
後者は『浮風』という、移動強化、いや、支援魔法というべきなのだろうか。自分に対して上昇気流を発生させて、ジャンプすれば高さを少しだけ稼ぐことができる。しかし、これはジャンプ力アップの効果よりも、高いところから落下した時でも安全に着地できる、という転落防止の方が役に立ちそうだ。
もっとも、自由落下の真っ最中でも冷静に魔法を発動できるかどうかは分からないが。少なくとも、これもほとんど使っていない今の西山さんには無理だろう。
「けどよ、新しい魔法がかなり強いんだぜ」
「そりゃあ、『風連刃』の威力は凄いけど……呪文が長いから、あのボス犬みたいに動く奴にはあたんないって。それに、一発撃つとすっごい疲れるし」
そして、『風刃』でスケルトンを狩りまくったお蔭で獲得したと思われる新たな攻撃魔法が、この『風連刃』だ。
発動に必要な詠唱時間は、およそ二十秒。コンマ一秒を争うバトルの世界では、あまりに長い時間だ。ちょっとスピードの速いアクションRPGでもやったことがあれば、スキルのクールタイム二十秒というのが、どれほど待ち遠しいものかお分かりいただけるだろう。
おまけに、一発撃つと『風刃』が三発撃てるかどうか、というほどにまで疲れる……つまり、魔力を消耗するという。
ほとんど一発勝負の大魔法。これを実際の戦闘で使うには、かなりの博打である。
「けどよ、コイツが一発当たれば、アイツを倒せるぜ」
「当たんないから、困ってるんでしょーが」
そりゃそうだ。ゲームだったら命中するまでセーブ&ロードでいいけれど、現実ではそうもいかない。赤犬のボスと対峙して、『風連刃』を外した場合、疲れた西山さんを連れてボス部屋から逃亡するのも命がけ。そう何度も気軽にチャレンジできる難易度じゃないだろう。
「だからよ、絶対当たるように動きを止めるとか――」
「そこまでできるんなら、アンタの剣でトドメ刺せるでしょーが」
「とりあえず、西山さんの魔法は分かったよ、ありがとう。一発で倒せる手段があるっていうだけで、まずは心強いと思うよ」
また仲良く喧嘩を始めそうな二人に、僕は呆れ半分本心半分の台詞を言いながら割って入る。
「それじゃあ次は、桃川君と双葉さんの番、ってことでいい?」
「スケルトンが出るまで待つか? それとも適当に部屋覗いてみっか?」
「他の部屋がどうなってるか気になるから、見てみようと思うけど……双葉さんはそれでいい?」
「うん、いいよ」
快く了承してくれる双葉さんだが、どこか作り笑い染みた微笑みを浮かべているのが引っかかる。うーん、やはり二人への警戒心が先に立っているのだろうか。
とりあえず、今は仲良くできるならそうしておくべき時だと思うから、余計な不和を招く態度はまずいのだが……その辺は彼女自身も分かっているから、こうして表面上は笑っていられるのだろう。
麻薬でラリっているならともかく、双葉さんは馬鹿でもないし短絡的な思考でもない、と思う。だから、今は僕からどうこう言うよりも、とりあえず一緒に行動を続ける中で打ち解けるのを待つ方がいいだろう。少なくとも、四人で協力してボスを撃破できれば、多少は信頼関係ってのが生まれるはず。
「よし、じゃあ行くか」
平野君の適当な掛け声で、僕らは再び通路を歩き始めた。まず目指すのは、ついさっき倒したスケルトン三人組が出てきた部屋。
勿論、ゲームのようにモンスターの死体が光の粒子となって消えてドロップアイテムとささやかな金貨が残される、なんて現象は起きず、扉の前には砕けた人骨が散乱しているのみ。スケルトンからコアが採取できないことは、一目瞭然である。
「うーん、やっぱこん中にはいねぇな」
おいおい大丈夫か、ってくらい無防備に部屋を覗き込んだ平野君が、敵影ナシの報告をしてくれる。ここの部屋は扉がなく、ただ開きっぱなしの構造となっている。正面から見れば中は見えるものの、隅々まで確認するには入ってみるしかない。
もし入り口部分の左右に、スケルトンが棍棒を振り上げて待ち構えていたならば、平野君は一発で七人の侍選抜に落ちること間違いなしの醜態を晒すだろう。
まぁ、あのスケルトンの様子からいって、罠や奇襲をしかけるような知恵が回るようには思えないけれど。でも油断は禁物だろう。こういう雑魚モンスって、群れを統率するボスキャラがいると、途端に精鋭兵士になったりするし。
「桃川、一応部屋ん中、見ておくか?」
「あ、うん」
ごちゃごちゃ考えていた僕は、やや間抜けな返事をしながら、安全が約束されたスケルトン召喚部屋へと踏み込む。
うん、パっと見で分かるほど、ここには何にもないな。ただの石壁に囲まれた、教室くらいの広さの部屋。それ以上でも、それ以下でもない。天井の白光パネルが過不足なく部屋全体を照らし出し、ここには何ら探すべき不審な所などないということを明らかにしてくれる。
「スケルトンが出てくるところって、見たことある?」
「いや、ねーけど……おい、出て来るまで待とうとか言うんじゃねぇよな?」
「そこまで暇じゃないよ」
そんなワケで、さっさと次の部屋へと移動する。あんなに何もない空っぽの部屋なら、もし隠し扉なんかがあっても、盗賊のサーチスキルがないと発見なんて無理に決まってる。調べるだけ時間の無駄。
「まぁ、他の部屋もさっきのとほとんど同じなんだけど――お、ちょい待った」
通路を進み、二つ目の部屋に到着した当たりで、平野君が待ったのお声をかける。
「ツイてるな、スケルトンいるぜ」
平野君に続いて僕も部屋を覗き込んでみると、確かにいる。
ここの部屋はさっきの倍くらい大きく、部屋の中央に石の円柱が三本並んでいる。その右奥の柱の影に隠れるように、スケルトンが一体……いや、二体、ぼんやりとウロついていた。
例によって、こちらにはまだ気づいていない様子。先制攻撃を仕掛ける、絶好のチャンスだ。
「そんじゃ、頼んだぜ」
教室の掃除当番でも頼むような気軽さで言う平野君の言葉に了承し、僕と双葉さんは初めてのスケルトン討伐に挑む。
「双葉さん、いつも通りで行こうと思うけど、いい?」
「うん、足だけ縛ってくれたら、あとは全部、私に任せて」
力強い返答をくれる双葉さん。それにしても、さりげなく『赤き熱病』の援護が省かれてるな。まぁ、即効性のない呪術なんか使っても、魔力の無駄だし、別にいいか。
「桃川君と双葉さんの天職は、何なの?」
いざバトル、という前に、二人には天職を紹介しておかなければいけない。すでに二人とも天職も能力も明かしている。
だが、ここで馬鹿正直に全てを明かすのもまずいだろう。
「僕は『呪術師』で、双葉さんは『戦士』だよ」
とりあえず、クラスチェンジのことは黙っていよう。別に『狂戦士』になったからといって双葉さんは正気を失っているわけではないし、表向きは何の変化もない。特殊な事例だとは思うけど、だからといって過度に期待されても困る。
「じゃあ、行くよ」
詳しい能力の説明は後回し。まずはスケルトンを倒して、デモンストレーションを終えるとしよう。
「逃げ足を絡め取る、髪を結え――『黒髪縛り』」
部屋に踏込み、先手を打つ。柱の近くをウロウロしているスケルトンの足元に広がる影から、俄かに雑草の如く黒髪の束が湧き出る。ウネウネと触手モノみたいに気持ち悪く蠢きながら、髪の毛は骨の足首にきつく絡みついた。
「今だっ!」
という僕の掛け声と共に、双葉さんが斧を振り上げ駆け出す――かと思いきや、彼女は隣に並んだまま、一向に走り出す気配がなかった。
「あれ、双葉さん、どうしたの?」
急にヤル気がなくなった、というワケではなさそう。双葉さんは油断なく、真っ直ぐにスケルトンを睨んでいる。
彼女からの返答はなく、武器であるはずの斧を手離すと、空いた右手を腰に装着したゴーマのポーチに突っ込んだ。
「――えい!」
という可愛らしい掛け声とは裏柄に、ブォン、と力強い風切音が聞こえた。直後、乾いた破砕音が盛大に響き渡る。
「……え?」
気がつけば、スケルトンの頭が消えていた。あれ、双葉さん、貴女いつの間に攻撃魔法の使い手に――
「やぁ!」
続けて、二体目の頭部もバチコーンと砕け散る。最初から内側に爆薬でも仕込んでいたのかっていうほどに、綺麗な弾けぶり。
「終わったよ、桃川くん」
本日のヒーローインタビューである。
流石にすぐ真横で見ていれば、双葉さんがどうやってスケルトンを仕留めたのか分かった。何て事はない、彼女はただ石コロを投げただけ。
僕が牽制くらいにはなるかと思って渡した投石用の石コロ袋だったけど、まさか一撃必殺の投擲武器になるとは。狂戦士の腕力に、ただただ驚くばかりである。
「うわっ、マジかよ双葉さん、凄ぇな……」
「双葉さんの天職って、実は『投手』とかじゃないよね?」
二人の驚きようも、さもありなん。
「けどよ、これならボスも倒せるんじゃねぇか!?」
「うん、なんだか行ける気がする」
しかしながら、彼女の圧倒的パワーが伝わるパフォーマンスであった。大変ウケがよろしい。
少しばかり楽観的かもしれないけれど、確かに、この面子なら赤犬のボスくらいは倒せるような気がする。




