第321話 ジャイアントキリング(2)
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
雄たけびを上げて、仲間達が最後の突撃を敢行する。
真正面から堂々と突っ込んでくるものだから、当然、護衛部隊の対応も素早い。オーマを中心に綺麗な防御陣形を組んでいた奴らの半分ほどが速やかに動き出して、敵の攻撃に対処する横列陣形へと変更していく。
そこへ黒騎士レムが槍衾を形成するゴーヴ兵に突っ込み、陣形を乱して穴を開ける。そこにすかさず飛び込むのが上田と芳崎さんの前衛コンビ。
一拍遅れて、山田が突っ込んで、鎧を失っても『重戦士』の防御スキル全開でさらに奥へと食い込んでいく。
『ベルセルクA』の効果は十全に発揮され、満身創痍だったとは思えないほど獅子奮迅の戦いぶりを彼らは見せるが……やはり、質も数も揃ったゴーヴ兵を容易く突破することはできない。重武装のゴグマも出張ってきており、これ以上の侵攻は早くも不可能だろうと思われるような包囲をされつつあった。
ザガンはメイちゃんとの激闘を演じながらも、動きのあったオーマ側の方へと視線を向けた。それだけで、奴は動かない。護衛部隊だけで十分に守り切れると判断したのだろう。
やはり、もっと危機感を煽れるアクションが必要だ。上田と芳崎さんの懸念は実に正しかった。
だからこそ、僕がいる。
「傷薬ヨシ、痛み止めヨシ、覚悟ヨシッ! さぁ、来いよオーマ、杖なんか捨ててかかって来ぉーいっ!」
城壁から飛び降りた僕は、突撃隊とは別方向からオーマ目指して走り出す。
やはり僕の方にもまずは護衛隊が動き出す。こっちを単独と見て、流石に数は少ない。いや、僕を仕留めるのはオーマ自身がやりたいってところだろうか。
「雑魚の相手してる暇はないんだよ、退けぇ!」
呪術師にあるまじき力業での突破を、『屍鎧バズズ』で敢行。接近してきたゴーヴを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、タックルで撥ね飛ばして猛進していく。
「グハハ、ノロイニンゲン、オロカッ!」
だがオーマは僕の突撃に対してまるで焦ることなく、余裕の笑みを浮かべて杖を向けた。城壁の上に陣取って粘られるよりも、こうして突っ込んできてくれた方が倒しやすくて済む。恐らく、ついに万策尽きて焦れた僕が、破れかぶれで最後の攻撃を、とでも思ったのだろう。
それを慢心とは言うまい。事実、これが最後のアタックである。
オーマの守りは万全で、どう足掻いても現有戦力で突っ込んだところで万に一つも勝機はない。
でも、僕にはあるんだよ。まだお前に見せていない、とっておきの呪術がな。
「コレデ、オワリダ、シネェエエエイッ!」
大きく杖を振り下ろしたオーマの動きに合わせて、周囲に浮かんだ無数の岩石が飛んでくる。この距離、この位置、とても全て回避は不可能で、迎撃するにも限界がある。必ず当たる。
でも、それでいい。僕はこうして、お前の攻撃に当たりに来たのだから。
「うおおおおおっ、バズズ解除っ!」
恐怖を押し殺して、僕は逞しい筋肉の鎧を解放した。オーマからは、突如として胸元が大きく縦に割けたように見えただろう。メリメリと割れた亀裂の奥には、生身の僕がそのまま入っている。
貧弱なチビそのものである僕の体に飛び込んでくるのは、降り注いでくる無数の岩石の中から、刹那の間に厳選を重ねた石ころだ。
僕が生身で直撃しても、即死はしない、けれど負傷は避けられない、そんな絶妙な大きさの石である。
その最適サイズと見極めた石ころ目掛けて、僕は突っ込んでいく。そうしてバズズの筋肉鎧もなく、一切の防御をとらないノーガードの僕へと、石ころは真っ直ぐ飛び込んできて————『痛み返し』、発動。
「いいぃっ、痛ってぇえええええええええええええええええええええっ!」
「イイィッ、デェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
無様な、あまりにも無様な苦痛の絶叫を僕とオーマは同時に上げた。
成功の喜びよりも、途轍もない激痛に僕の思考は強制的に寸断される。痛い、痛い、めっちゃ痛い! 死ぬほど痛ぇよ、ちくしょう!!
などと、オーマも思っていることだろう。
僕も大概、貧弱だけれど、お前はもっと『痛み』からは縁遠い生活を送って来ただろう。オーマがこの王国を築き上げて何年経ったのかは知らないが、玉座にふんぞり返っている間に、怪我したことは何回ある? もしかしたら、一度もないかもしれないね。
折角の機会だ、久しぶりにたっぷり味わっていけよ、これが戦いの痛みだ。さぁ、もっと叫べ、もっと苦しめ。ザガンがすっ飛んでくるくらいになぁ!
「オォオオオオオオオオオオオオオオッ!」
よし、動いた!
オーマが攻撃を受けたことで、ザガンの余裕は一気に失われた。
虚空を舞うように斬りかかって来たメイちゃんの攻撃を、多少無理にでも腕のガードで防ぎながら、こちらへと身を翻す。
目にも留まらぬ連続斬撃によって、鱗の守りがない二の腕から肩口にかけてまでザガンは切り裂かれていたが、そのダメージを無視してオーマの下へ駆けつけるべく走り出す。
完全無欠の狂戦士と化したメイちゃん相手に、背中を向けるのは致命的だ。そんなことはザガン自身、分かっていることだろう。それでもお前は、オーマを助けに行くしかない。
「グベラァ、ゲバァアアアアアアアアアアアッ!」
「ぐうっ……こ、こっちも助けて欲しいかもぉ……」
ちょっと待って、地味に僕も同時進行でピンチに陥っているんだけど。
少数のゴーヴ兵が、痛みに悶えて倒れ込んだ僕を狙って接近中。すでに『屍鎧バズズ』は纏い直しているし、速攻で傷薬と痛み止めを使って治療も済ませたが、さっきほど楽勝で対応できる自信がない。薬のお陰で痛みは止めているものの、想定以上に体へのダメージが大きかったのか、びっくりするほど力が入らないのだ。
このまま奴らに襲われれば最悪、死にかねない。けれど、この状況下で仲間の掩護は望めない。
「ウチの小太郎にぃ、手ぇ出してんじゃあねぇぞっ、コラァーッ!」
目前に迫って来たゴーヴ兵の頭が、大口径の石の弾丸によって撃ち抜かれた。
「ブベッ!?」
「ダグバ、ンバァッ!」
次々と放たれる『石矢』により、僕を狙っていたゴーヴはバタバタと倒れていく。当然だ、熟練の土魔術師を相手に、こんな開けた場所を走っているのだから。
「ありがとう、杏子」
多分、この距離では聞こえないだろうけれど、僕はそう口にした。
視線の先には、姫野に肩を貸されながらも、黄金リボルバーを構えた杏子の姿があった。無理しなくていいって、言ったのに。
凄い根性だ。いや、愛の力と言ってもいいのかもね。なんて偉大な力だろうか。
「それなら、身を削って隙を作った僕も、愛の力ってことで」
けどここで満足して、倒れるわけにはいかないんだよね。まだ最後の仕上げが残っている。
いいか、姫野、外すなよ? 絶対に外すなよ!
「————『破断』っ!」
「グゥウガァアアアアアアアアアアアッ!」
背を向けて走り出したザガンへ、メイちゃんの凶刃が襲い掛かった。斬撃強化の武技『破断』が、ちょうどうなじの辺りに炸裂する。
ファーストアタックを凌駕する出血量。夥しい量の鮮血が噴き出すが、一撃で首を落とすには至らない。
「————『撃震』っ!」
次いで繰り出されたのは、強烈な衝撃を叩き込む武技『撃震』だ。大きく切り開かれたうなじの傷跡へと正確に叩きつけられ、さらに怒涛のような血飛沫に加えて、爆発が起こったかのように肉片までもが巻き散らかされる。
あの深さの傷口に放ったのだ。衝撃は首の肉を抉るだけに留まらず、骨にまで達しただろう。
しかし、巨人の頭を支える野太い頸椎は凄まじい強度を誇る。彼女の武技二連撃をもってしても、まだ首を落とすには届かない。
そして今のザガンは、これほどの重傷を負っても止まらない。流石に三発目の武技の直撃を許すこともないだろう。奴は後ろ手でありながらも、武技の技後硬直に陥り僅かな隙を晒しているメイちゃんを叩き落とそうと正確に掌を振るっていた。
「今だぁーっ!」
「『応急回復』ぅうううううっ!」
両手をザガンに向けた姫野が、渾身の治癒魔法を放つ。
彼女のショボい治癒魔法では、あの巨大な傷跡を塞ぐことなど何発施そうとも無理だが、それでも治癒の効果は確かに発揮される。ボンヤリと薄緑色に輝く光が、ザガンの首元に灯る。
「————苦しみもがけ、『逆舞い胡蝶』」
これが、ザガンを殺し切る最後の一手だ。
メイちゃんのポケットに忍ばせておいた『逆舞い胡蝶』を飛ばし、姫野の『応急回復』が輝く患部へと直撃させる。
「グォオオオッ!? ムグゥウァアアアアアアアアアアアアアッ!」
さしものザガンも、痛みに絶叫を上げた。巨人だって、痛いものは痛い。ザガンほどの奴になれば、大概の痛みは無視できる耐久力と根性とを併せ持っているのだろうが、それでも限度ってものはあるのだ。
特に、『逆舞い胡蝶』で回復効果を逆転された痛みというのは、ただ怪我するのとは一味違った苦痛が走る。歴戦だろうザガンでも、この痛みは今まで経験したことがないだろう。なぁに、気にすることはないさ、初めて、ってのは痛いもんだからね。
そんな初めての痛みに悶えると、どうなるか。決まっている————メイちゃんがトドメを刺すのに、十分な余裕が生まれるってワケだ。
「————『黒凪』」
呪いの刃から轟々と不気味なオーラを噴き出しながら、ザガンの肩を駆けて再び首の傷へと武技を放つ。痛みで隙を晒したザガンは、もうそれを止める手立てはない。
メギメギメギッ————
と、巨大な頸椎が力任せに切り裂かれる音だろうか。嫌な音を目一杯に響かせて、武技『黒凪』はザガンの首を斬る。
だが、それでも尚、ザガンの首は耐えた。メイちゃんの振るった『八つ裂き牛魔刀』は、どうやら首の中で止まってしまったようだ。
「グウッ……オッ……オオオォオオオオ……」
ザガンはまだ生きている。最後の力を振り絞るように、奴は両腕を振り上げ————メイちゃんもまた、武器を手放し、拳を振り上げていた。
「『鎧徹し』ぁああああああああああああああああああああっ!」
赤黒いオーラが右腕に渦を巻いて集約されてゆき、突き出された拳と共に解放。
ドンッ! と爆発音のようなけたたましい轟音を立てて、炸裂した魔力が衝撃波のように宙を走っていくのも見えた。
そして、必殺の拳が炸裂した爆心地は、
「ゴッ……ォオオオ、ァアアアアア……」
口から滝のように血を噴き出しながら、ついにザガンの首が落ちた。
恐らく、『黒凪』で刃を頸椎の半ばまで食い込ませたところに、柄を『鎧徹し』でぶん殴って、完全に砕いたのだろう。岩に楔を打ち込んで破壊するように。
巨人の頭は礼をするように前へとゴロっと転がり、喉元に残った僅かな肉と皮膚によって止まりかけたが、その重量に負けてブチブチと千切れて地面へと落下してゆく。一拍遅れて、糸が切れたように残った体はがっくりと膝を突き、前のめりに倒れ込んで行った。
ここに、最強のギラ・ゴグマ、ザガンはついに倒れた。
「ザ、ザガン……バカナ、アリエン……ヨノ、ザガン、ガァ……」
僕の『痛み返し』を受けて這いつくばっていたオーマが、顔を上げて倒れたザガンを見やる。ゴーマの醜悪な表情なんて見分けがつかないけれど、今はよく分かる。
絶望だ。身に受けた苦痛を凌駕するほどの、絶望。自分の信じていたモノが全て崩れ去り、失ってしまった者の表情である。
「くっ、はは……あはははははっ! 見たか、オーマ、これが仲間の力だぁ!」
ザガンは死んだ。残ったのはオーマと、その護衛部隊のみ。
護衛を雑魚、とまでは言えないが、最強のザガンが死んでショックを受けているのは奴らも同じだ。信じられないものを見た、という表情で、完全に戦意を喪失している。士気が折れた。こうなれば、もう戦いにはならない。
「さぁ、後は残党狩りだ」
「うん、分かったよ、小太郎くん。まだもう少し動けそうだから、なんとか片づけられそう」
倒れ行くザガンの巨躯から軽々と宙を舞って飛び降りたメイちゃんは、地上に着地するついでのように、上空から全身鎧に身を包んだゴグマを一刀両断して始末してくれた。
「うぉおおお、やった、やったぞ! ザガン死んだ!」
「双葉にいいところ、全部持ってかれちまったな」
「これで後は雑魚ばっかだ。さっさと片づけて、終わりにしようぜ」
士気が逆転し、完全に彼らの突撃を抑え込んでいた護衛部隊が散り散りに壊走をし始めた。こういう時に、指揮官が統制をとらないといけないんだけど、さしものオーマもザガンが討たれればそれどころではない。
あまりの絶望感に、オーマも呆然自失としていた。
戦意を失った護衛のゴーヴ共は、次々と倒されてゆき、もう陣形も何もあったものではない。なにより、ザガンと対等にやりあった狂戦士がそのまま襲い掛かって来ているのだ。奴ら如きじゃあ、もう止めることもできないだろう。クスリの効果が切れるまで、誰も彼女は止められない。
そのまま、オーマの首まで獲っていいよ、メイちゃん。
「ォオオオ……オォーマァア……」
その時、ザガンが動いた。
完全に胴から切り離された生首のまま、ザガンはオーマの名を口にしている。そして、頭を失ったはずの胴体も、匍匐前進でもするかのように地を這って動き出した。
「ちいっ、首なしで動くのは横道だけで十分だっての!」
「オォーマァ……ニゲ……ニゲ、デァアアア!」
生首のザガンは叫びながら、倒れた体が転がるようにメイちゃんへと迫る。
お仲間のゴーヴ兵が近くに沢山いることもお構いなく、最大の敵戦力であるメイちゃんを何としてでも食い止めるんだと言うように、ただ彼女だけを狙って動く。
「まだ動けるなんて。それなら————」
「いや、いいよメイちゃん。そのまま下がって」
これ以上、ザガンの相手をする必要はない。恐るべき執念によって、ザガンは首なし死体と化しても、巨人の体に残された魔力を振り絞って動き、主君たるオーマを身を挺して守ろうとしている。
その最後の執念と忠義になんて、付き合ってやる必要はない。ほどなく、ザガンの巨大化は完全に解除され、元のサイズに戻るだろう。そして、その時こそが本当のザガンの死だ。
「ニゲェ……オーマァ……」
「オオオ、ザガン……ザガァーン!」
死して尚、自分を守るザガンを見て、オーマも正気を取り戻したようだ。
痛みに震えながらも、オーマは杖をついて立ち上がる。
「でも、王様逃げちゃうよ?」
「ああ、いいよ別に」
アイツの逃げ場は、分かっているからね。
だから、これ以上はここで無理を押して戦う必要もない。みんなも限界ギリギリだし、ここは安全確実に、戦意喪失したゴーヴ共を先に始末しておいた方がいい。
「ザガンを失った時点で、もうお前は詰んでいるんだよ、オーマ」
よろめきながら、たった一人で王宮へと逃げ込んでいくオーマの哀れな背中を見送った。




