第320話 ジャイアントキリング(1)
「ギィザマァ、ユルザァアアアアアアアアン!」
なんか『屍鎧バズズ』を発動したら、めちゃくちゃオーマがキレてる件。
えっ、もしかして死者に対する礼儀とか、そういうのにうるさいタイプ? でも僕って『呪術師』だし、人間様はゴーマの死に哀悼もクソも示すはずがないし。
「そもそもお前がこんな範囲攻撃しなきゃ、好き好んで燃費悪い屍鎧なんか使わねーんだよ、オラァッ!」
ギラ・ゴグマの力を宿した赤鬼の腕で、降り注ぐ岩を殴り砕く。
オーマが大量の岩石を周囲に浮かび上がらせながら、一斉砲撃が如く城壁へ打ち込んでくる土属性の範囲攻撃魔法を発動させたせいで、僕は身を守るためだけに『屍鎧バズズ』を使わざるを得なかった。
落雷攻撃は咄嗟に避雷針を簡易錬成で作って難を逃れたが、シンプルに運動エネルギーで飛んでくる岩を防ぐなら、こっちもステータスを上げて物理で対処するしかない。撃ち込まれる岩を迎撃できる腕力に、直撃しても耐えられる防御力、そして何より、そもそも当たらないための回避に必要な動体視力と移動速度。
ダメージを喰らいそうな大岩は出来る限り回避しつつ、無理な場合は殴って破壊。大量の石礫は分厚い毛皮と筋肉の鎧に任せて完全に無視する。ああ、こういう時、本当に前衛職の優れた物理ステータスの凄さを感じるね。この能力を標準装備とか、羨ましいったらない。
「このままじゃすぐに僕の魔力なんか底を突いちゃうよ」
バズズの消費量も去ることながら、同時並行で『召喚術士の髑髏』で召喚獣フルスロットルで解放し続けているのも、それなりに圧迫している。コアを使えば消費量は最低限で済むとはいえ、塵も積もればってやつ。使えるコアの残量も心許ないし、尽きればそこでお終いだ。
正直なところ、劣勢だ。やはり、初手で『無道一式』から繰り出した『羽ばたき絡み』を落雷で潰されたのが大きい。
『羽ばたき絡み』:鳥や虫の区別なく、翼や羽を組み込んだ空飛ぶ肉塊。『百腕掴み』の方がつぎ込んでる肉の量が多いため、拘束力には劣るが、空を飛んで相手を縛りに行く機動力が強みだ。ザガンのようにデカいくせに素早く動くような奴には有効な技である。
今のメイちゃんは『ベルセルクX』の効果もあって、過去最強の力を発揮している。巨人化ザガンを相手にしても一歩も引かずに攻め続ける彼女ならば、僕が少しちょっかいをかけるだけでも大きなチャンスとして活かしてくれるだろう。
けれど、オーマの落雷により阻止され、そのまま僕へと反撃をしてきた。
『屍鎧バズズ』を纏うことで、どうにか凌いではいるけれど、このまま耐え続ければ勝てるような戦況ではない。恐らく、力の限界はメイちゃんの方が先に来るだろう。彼女が十全に戦えている内に、ザガンを倒すに至るサポートができなければ、この戦いは負ける。
「頼む、持ってくれよ僕の魔力————『毒』っ!」
オーマに向けて撃ち出す毒の魔法。
ザガンに食らいつかれる寸前、僕は『呪術師の髑髏』を装填した『愚者の杖』をぶん投げて退避させた。お陰で城壁の隅に転がっていたのを回収。やったよ桜井君、雛菊さんは無事だよ。
そうして僕は尚も『愚者の杖』を酷使して、オーマに対する遠距離攻撃として使い続ける。
「フン、ムダダ、ザコメ!」
やはりオーマほどの魔術師となれば、たかが下級の状態異常攻撃魔法など容易く防いで見せる。
浮遊させた岩石で射線を遮ったり、護衛に守らせたり。通ったとしても、何故か全く効いた様子が見られない。
まさか無効化スキル持ちかとも思ったが、基本的に防御をしているので、無効化するのも制限があるのだろう。あのメスゴーマが身に着けていた、回数制限タイプのマジックアイテムだとか。オーマなら、最高級のマジックアイテムを最大数装備しているに決まってる。
このまま毒を撃ち続けたところで、決定打にはほど遠い。けれど、こっちの攻撃を防がなければならない、というアクションを相手にとらせていればそれで十分。
そうだ、オーマ、お前はこのまま僕の方を見ていろ————
「————ふぅ、ようやく辿り着いた」
僕本体が『屍鎧バズズ』を身に纏ってオーマの気を引いている隙に、発動させた『双影』に『虚ろ写し』で瓦礫に偽装した上で、城壁から要塞側へと降り立った。目的は勿論、崩れたトーチカである。
本体が順調に魔力を削り倒している一方で、分身の僕はオーマに気づかれないよう慎重に移動していく。ここでゴーヴ兵の集団が襲って来れば詰みだが、やはり王様が最前線に出張って来ている以上、そっちの守りを優先するよね。そのまま釘付けになってろよ。
「杏子、姫野さん、いる? 無事なら、とりあえず中に入れて欲しいんだけど」
何事もなくトーチカまで到着。岩壁をコンコンとノックしながら、まずは呼びかける。
「……こ、小太郎ぉ」
「杏子!」
彼女の弱弱しい呼び声が聞こえ、僕は思わず呼び返してしまう。
それに対する返事はないが、その代わりに壁の一部が砂のようにサラサラと溶けて入口を開いた。
「良かった、何とかみんな生きてはいるみたいだね」
内部は酷い有様だった。トーチカそのものが崩れているのだから当然だが、それに加えて城壁から落っこちて盛大にクラッシュしたロイロプス一号車の残骸もかなりのものだ。流石にもうこのロイロプスは、『屍人形』として復活させることもできそうもない。
背負っていた鉄のコンテナも派手にひしゃげているが……
「桃川君、これが無事なように見えるっての?」
酷く疲れた上に煤けた顔で、姫野は僕を睨んで言う。
彼女の膝枕で寝ているのは中嶋で、血まみれで気を失っている様子だ。そんな彼に姫野は『応急回復』をかけている真っ最中である。
「無事で何よりだよ。でも一番元気なのが姫野さんってのがねぇ」
「私だって一号車が落ちて死にそうになったんだから!」
でも生きてるじゃん。五体満足で。
事故った時の保険として、姫野にはシートベルトとエアバック、はないけれど、その代わりに防御力が上がるマジックアイテム『ガードリング』は装備させておいたから。それで落下ダメージを何とか軽減できて、文句を叫べるほどには元気でいられるのだ。
「それより、杏子は?」
「ちょっと頭打ったみたいで、さ……ごめん……」
「ここをアイツに踏まれて崩れた時に、瓦礫が当たったのよ。私の治癒はかけたけど、それ以上は」
「いや、十分だよ。ありがとね」
怪我の度合いとしては、中嶋の方が酷いのは明らかだからね。それでも、頭部を打ったことの危険性から、治癒魔法をかけてくれた判断は素直にありがたい。
「痛みは?」
「痛くはない」
「これ、何本に見える?」
「三本」
「魔法は使えそう?」
「ごめん、これ以上はちょっと無理……」
入口を開いた操作だけで精一杯だったか。そりゃあ、十全に土魔法を使えるなら、さっさとトーチカを再建し、掩護射撃を再開しただろうからね。
「分かった、ひとまず寝てて。仕込みが済んだら、もう一度声をかける。行けそうなら協力して」
「ん……」
小さく頷いて、杏子はそのまま目を瞑った。彼女の復帰を願い、今はそっとしておくしかない。
「姫野さん、魔力は?」
「半分以上は残ってるわよ。多分、今のメンバーの中じゃ私が一番マシな状態じゃないの?」
「そんな心配そうな顔しないでよ。ヒーラーが無事なら立て直せるから」
肝心のヒール能力がイマイチなんだけど、でもいないよりはずっとマシ。どうしても不安感は先に立ってしまうものの、それでも一号車から姫野が無事に生還したお陰で、まだ勝ち筋は残されている。
「もうすぐ上田君と芳崎さんがここに来る。来たら、二人の回復最優先で。それまでは中嶋君の面倒見てて」
「分かった。桃川君は?」
「ちょっと探し物」
そうして、僕は潰れた一号車へと潜り込む。箱型のコンテナは半ばから大きくひしゃげており、奥まで入り込めそうもない。ここで潰されていたら、姫野も即死だったろう。妙なところで悪運の強い子だよね。
ともかく、僕の探し物は一番奥の宝箱に仕舞ってある。そこまで入るために、潰れた部分を『簡易錬成陣』で変形させて、何とか通り道を作っていく。
「ああ、ヤバい、こっち(分身)も魔力節約しないと、消えちゃいそうだ」
慎重に錬成を進めていく。
本体の方は、オーマから更なる激しい魔法攻撃が加えられ、かなり厳しい状況だ。ただ耐えるだけならいいけれど、こっちが何にも反撃できなくなれば、容赦なく護衛のゴーヴ共を突っ込ませてくるだろう。
膠着状態を維持するためには、無理を押してでも反撃し続けなければならないのだ。
『毒』を乱射しつつ、城壁に転がる石ころも拾って、バズズパワーで投げつけたり、必死の応戦だ。一発くらいラッキーショットがオーマに直撃しないかな。
「————よし、あった。流石は宝箱だ、なんともないぜ」
しっちゃかめっちゃかになった棚から、宝箱を引っ張りだして、僕は戻る。
「おう、桃川、戻って来たのか」
「その様子だと、まだ諦めちゃいないみたいだな」
「お疲れ様、上田君、芳崎さん」
宝箱を抱えて戻ると、すでに二人もトーチカへと辿り着いていた。
姫野が二人に治癒魔法をかけつつ、二人はさらに重症な山田にリポーションと傷薬Aを使って出来る限りの治療を施している。
ベニヲの方は幸い、魔力切れで倒れているだけなので、杏子の隣に静かに寝かせて置いた。
本当に、みんな酷い有様だ。崩れたトーチカ内はボロボロの野戦病院みたいな感じになっている。一号車を救護車両にはしたものの、ここまでの状況は想定していなかったんだけどね。
「二人とも、悪いけど最後にもうひと働きして欲しい」
「へっ、この怪我でまだ戦えってか。相変わらず無茶ぶりしてくれるぜ」
「けど、それで勝てるんだよな?」
「勝てる。ザガンを倒すには、みんなの力が必要だ」
そうして、僕は開いた宝箱の中から、二本のポーション便を取り出す。
中に入った液体は、リポーションのような透き通った水色ではなく、薄っすらとした赤色。それでいて、ボンヤリと僅かな輝きも放っている。
「お、おい、もしかしてコレ」
「例のヤバいクスリ……」
「こんなこともあろうかと、みんなの分も用意しておいたんだよね」
『ベルセルク・A』:これも『試薬X』を元にした、強化薬である。メイちゃん専用の限界突破の超絶強化性能の『X』に対し、『A』は効果を下げて安全性を確保した、万人向けの仕様となっている。要するに、薄いのだ。けれど、肉体・精神・魔力の全てに作用し、ズタボロの満身創痍でも、コイツを服用すれば短時間ながらも全力戦闘を可能とする。ガチで追い込まれた最終局面で、一発逆転のメを残すために用意しておいた一品だ。さぁ、コイツをキメて君も今すぐ狂戦士だ!
「……アタシはやるぞ」
「マジかよ芳崎ぃ、このクスリは絶対ヤバいって!?」
「ビビってんじゃねぇよ上田! テメー、男だろ!」
「ああ、クッソ、そう言われたらもうやるしかねぇじゃねか!」
ヤケクソ気味に、上田君も僕の手から『ベルセルクA』を受け取った。そんなに心配しなくても、飲んだら死ぬほどの効果はないから安心して欲しいんだけどな。
いっぱい服薬実験もしてるし。ゴーマで。
「……くれ……俺にも、くれよ……」
「山田君!?」
かすれた声を上げながら、山田がのっそりと起き上がった。
「その様子だと、ザガンの一発を直撃したでしょ。これ以上の無理はしない方がいい」
「一発じゃねぇ……五発は耐えたぜ……」
苦笑、というにはあまりにも苦々しい表情で、山田はそう強がった。
今の彼の体には、もう全身鎧は一部のプレートしか残されていない。他は全て、ザガンの攻撃を引き受けたことで、砕け散ってしまったのだ。
「頼む、桃川……俺は、まだやれる」
「姫野さん、山田君にヒールを」
「ほ、ホントにいいの? いくらなんでも無理なんじゃ」
「姫野、早くしろ……ここで無理しなきゃいつすんだよぉ!」
「もう、どうなっても知らないからね!?」
山田のダメージはパっと見でも分かるほどに、一番酷い。立って歩けるかどうかも怪しい感じがする。
それでも、これが彼の意地なのだ。見てるかヤマジュン、これが『重戦士』山田の生き様だよ。
「時間がないから、手短に言うね。薬を飲んだら、全員でオーマに向かって突撃する」
「玉砕かよ」
時間ないって言ってるでしょ、茶々をいれるな上田。
「オーマの護衛は厚いし、ゴグマも複数いる。突撃しても奴までは届かない……けど、必ずザガンは動く」
僕らも追い込まれているが、奴らだって相当に追い込まれているのだ。それこそ、王様が自ら最前線で戦うくらいにはね。
だから、ザガンも最大限に警戒している。僕らが玉砕覚悟みたいな勢いで突撃を敢行すれば、奴は絶対に万が一を恐れる。王国最強、そしてオーマに対する忠誠。アイツは土壇場で、オーマを見捨てることは絶対にしない。自らの命を投げ打ってでも必ず助けに入る。
故に、それが最大限の隙となる。
「メイちゃんなら、必ずザガンを仕留めてくれる。彼女の力を信じて欲しい」
「なぁ、ホントにザガンはこっち向くか?」
「そうだぜ桃川。俺らがボロボロなのは見りゃ分かる。フツーに護衛だけで対応されたら、それでお終いじゃねぇか」
「心配しないで、ザガンは絶対にこっちを向く。向かせて見せるよ、僕の呪術でね」
「……上田、芳崎、ごちゃごちゃ言うな。さっさとやるぞ、時間ねぇんだろ」
「ちっ、分かってるよ。そのザマで、よく言うぜ山田。無茶しやがって」
「アタシら全員、桃川に賭けてここまで来てんだ。今更、やめるなんて言わねぇよ」
ありがとう。この信頼と結束が、僕らの一番の強みだ。小鳥遊、お前には理解できないだろうな。そして蒼真君、君はどうしてコレができなかったのか……
「姫野さん、後は頼んだよ」
「任せてよ。双葉ちゃんが頑張ってるんだから、私だってしっかりやるわよ」
これが友情パワーか。姫野がいつになく凛々しい顔で、自信気に言い切った。
「それじゃあ、勝利を願って、乾杯」
三人は一気に『ベルセルクA』を煽る。
効果はすぐに現れる。薄っすらと赤色のオーラが湯気のように全身から噴き出て、体を重そうにして歩いていたのが、万全の体勢で戦いに臨む直前のような姿勢へと戻った。
「うおっ、なんだよこれ、痛みがガンガン引いて行く」
「ヤバい、コレはマジでヤバい……」
上田と芳崎さんが、あまりの変化に驚きの声を漏らしている。山田は何も言わないが、息が荒く、限界を迎えつつあった体に活力が湧き上がってくる感覚を味わっているだろう。
「あーあ、あんなに集めたコアも、これで最後だよ」
ラストアタックのために、僕も残されたコアを全て使って召喚する。スケルトン、ハイゾンビ、タンク、ちょうど最大数で呼び出す。
最後のコアを僕は胸に抱いて、分身を解除する。火力のない『双影』のまま突撃に参加させても、賑やかしにしからないからね。
「レム、みんなをよろしくね————」
僕は『双影』を構成する魔力とコアを消費して、入れ替わるように黒騎士レムを作り出す。
いやぁ、なんでも拾っておくもんだよね。武器は一号車に保管しておいた、門番ゴグマから鹵獲した魔法の大剣と大斧を持たせておく。
これで準備は完了。杏子は目覚めなかったし、中嶋も気絶したままだ。葉山君も城壁の上でスヤスヤである。
彼らも力の限界まで戦ったのだ。後は、僕らに任せてゆっくり休んでいて欲しい。願わくば、目覚めた時に、全員で勝利を喜び合えることを。
「それじゃあ、僕も覚悟を決めていくとしようか————」
絶賛、オーマからの集中砲火を受け続けている本体に意識を集中させる。
チラっと城壁から下を見れば、黒騎士レムを先頭に三人が雄たけびを上げて走り始めたところだった。僕も出遅れるワケにはいかないな。
「————突撃っ!」
意を決して、僕も城壁から飛び出した。




