第319話 狂戦士VS大戦士
「助けてぇーっ! メイちゃああああああああああああああああああああん!!」
他人任せの情けなさ全開の絶叫を、僕は恥ずかしげもなく声の限りに上げる。
当然だ、だってこれはヒーローを呼ぶ子供たちのように純粋な信頼の証。
絶体絶命のピンチを助けてくれる、ヒーローへの呼び声。それはマスクを被った改造人間でもなければ、銀河の彼方からやって来た光の巨人でもない。
僕にとってのヒーローは、料理上手で最高に可愛くて大きな、クラスメイトの女子なのだから。
「ザガン!」
「ムグッ、ゼンブラァッ!?」
オーマの叫びと共に、ザガンは振り向いた。
そこには真っ直ぐ飛んでくる火の玉が、いいや、燃えるような真紅に輝く砲弾がある。虚空に赤く輝く尾を引いて、凄まじい高速で飛来する。
その赤き砲弾の発射地点は、恐らく数百メートルほど先にある王宮の屋上だろう。
そこから飛んだ。ただ、跳躍したのだ。
「ドグラァッ!」
反射的にザガンが拳を繰り出している。
これでただの攻撃魔法であったなら、見事に叩き落としていただろうが、飛んで来たのは真っ直ぐ飛ぶだけの弾じゃない。
さぁ、よく見てろよオーマ。お前にとって最も信頼する最強の守護者がザガンなら、僕の守護神こそが彼女なのだ。
『狂戦士』双葉芽衣子の力を、その目に焼き付けるがいい。
「————『黒凪』」
刹那、閃いたのは赤と黒の入り混じった禍々しい斬撃の軌跡。
迎撃の拳を寸前で宙を跳ねて軌道を逸らし、巨人の首筋で渾身の『黒凪』が炸裂した。
「ヌウッ、ンバァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
ドっと吹き上がる鮮血の土砂降り。大きく首を切り裂かれ、さしものザガンも苦痛の声を上げて、自ら首を絞めるように傷口を抑えた。
見事なファーストアタックをかました彼女は、飛んで来た勢いのまま真っ直ぐに城壁の上の僕の隣へと着地を決めた。
着地の衝撃で派手に巻き上がる砂埃。翻る短いスカート、揺れる大きな胸。右手にした呪いの刃を一振りして血を払ってから、彼女は僕へと視線を向けた。
「ただいま、小太郎くん」
「おかえり、メイちゃん」
待っていたよ。この時を。
僕はこの再会のために、ここまでやって来たのだ。
「ごめんね、僕らだけで片を付けるつもりだったんだけど」
「ううん、いいの。私は少しでも早く、戻りたかった。小太郎くんに、会いたかったから」
「相手はザガンだ。無茶をさせることになる」
「ずっと休んでいたから。少しくらい、無茶をさせてよ」
朗らかな笑顔で、彼女はそう答える。ザガンとサシで戦ってくれ、なんて無茶な頼みを、お茶を淹れてくれるくらいの気軽さで受けてしまうのだ。
男としては情けない限りだけれど、僕に残された最後の切り札はこれしかない。全てを君に賭ける。
「メイちゃん、新しいクスリだよ」
『ベルセルクX』:試薬Xを改良して作り上げた、最終決戦用強化薬。ゴーマの麻薬による脳内リミッター解除に加えて、各種身体能力強化だけでなく、高純度のコアも配合。一時的に大きな魔力量の供給を受けることで、効果も持続時間も増大してある。さらには葉山君の力によって、僕にくっついてる闇精霊も宿らせている。普通の人が飲めば死んでもおかしくない、超ヤバいクスリだ。でも、メイちゃんなら……メイちゃんなら、と思って、君の為に用意しておいた。
「————ありがとう」
何の疑いもなく、笑顔で『ベルセルクX』を即座に服用するメイちゃん。
ポーション便に入った、濃い赤紫色で暗い輝きを発するこんなに怪しい薬液を、一瞬の躊躇もなく一息で飲み干した。
直後、変化が起こる。
「んんっ」
ちょっと艶っぽい声を漏らして、胸を抑えるような動作をすると————ドンッ! と音が聞こえそうなほど、全身から発する真っ赤なオーラが勢いよく噴出した。
どうやら、高純度コアによる魔力供給も正常に働いているようだ。そして、この色の魔力オーラが出ているということは、メイちゃんの体に馴染んでいる証でもある。
やはり、ドーピングさせたら彼女の右に出る者はいない。『恵体』スキル万歳だ。
「頼んだよ、メイちゃん」
「うん、任せてよ、小太郎くん」
そして、呪いの武器『八つ裂き牛魔刀』ただ一振りだけを握りしめ、『狂戦士』は巨人へと挑む————
「ザガン!」
「むっ、何者だぁっ!?」
オーマの声を聞き、ザガンは弾かれたように振り返る。
そこで目にしたのは、燃え盛る炎のような赤く激しいオーラに身を包んだニンゲンであった。
反射的に「何者だ」と口に出たが、本心からこの恐るべき力を秘めたニンゲンの正体を知りたいと思った。『光の御子』ではない。だが、アレに匹敵する、いや目の前の奴はあの時に戦った以上の力を発揮しているとしか思えない。
全く想像もしていなかった、新たなるニンゲンの強者の出現に心底驚かされるが、それで体が硬直するようなヤワな鍛え方はしていない。
ザガンは真っ直ぐ飛んでくるニンゲンを叩き落とすべく、鋭く拳を放った。
「ウラァッ!」
裂帛の気合と共に繰り出した迎撃の拳は、正確に直進してくるニンゲンを捉えた————はずだった。
命中する寸前に、ニンゲンは曲がった。空中でありながら、軌道を変更したのだ。
脚力を強化する武技を極めれば、何もない宙を蹴って跳ぶことも可能とする、というのは知っているが、まさか自分の他に習得している者がいようとは。ニンゲン如きが武技の高みへ至るなど、という侮りがそのまま隙となってしまった。
「————クロ(黒凪)」
耳元で囁かれたように、静かなニンゲンの声が届く。
直後、首筋に走る灼熱。
「ヌウッ、グワァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
斬られた。かなりの深さだ。『巨大化』でなければ即死していた。
溢れ出る鮮血を強く抑えながら、ザガンは己の失態を激しく悔いる。
追撃はない。流石にあの速度で突っ込んで来たのだ。即座に切り返して攻撃をするのは不可能だろう。
この大戦士長ザガンに見事な一撃をくれたニンゲンは、そのまま城壁の上に待つ『呪いの御子』の下へと降り立っていた。
子供のように小さな呪いの御子と、大戦士のように大柄で堂々と立つニンゲン。二匹が並び立つ姿は、どこかオーマ王と自分が並ぶ姿と重なった。
どうやら御子にとっての大戦士長が、あのニンゲンであるらしい。
「生えよ肉の芽、蔦よ伸びろ血肉となりて、骨肉の幹を成せ————『肉体再生』」
首筋の傷口が、ブクブクと血の泡を吹きながら即座に塞がって行く。
足元には、杖を振り上げたオーマの姿があった。
「ご助力、感謝いたします、オーマ様」
「よい、最早これは決闘である。見よ、奴らも術者と戦士で組んでおろう」
どうやらオーマの目から見ても、御子と戦士が並んだ姿は、そのように映ったようだ。
「受けて立とうではないか」
「はっ」
「余は偉大なるゴーマ王。そして、お前は数多の戦士の頂点に立つ大戦士長。我らこそが最強。それを愚かなるニンゲンに思い知らせてくれようぞ!」
「ははっ! 我らこそ最強!!」
正にゴーマとニンゲンの頂上決戦。かつて、これほどまでの正念場があっただろうか。
奈落へ落とされた際の負傷はまだ残っている。武器も失ってしまった。しかしザガンの身には『巨大化』の力に溢れ、魂は闘志で満ち溢れる。
一段と紫の魔力オーラを強める大戦士長ザガンに対する、御子の戦士は、
「ハァアアア……ォオオアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
竜種のようなけたまましい咆哮を上げると共に、自身に勝るとも劣らない強大な魔力オーラを解き放つ。
その全身から怒涛のように吹き上がるオーラは紅蓮の輝きと、夜闇の如き漆黒が入り混じる、禍々しい色合い。さらに奴が手にするおぞましい呪いの気配を放つ剣も、オーラを取り込むようにして忌まわしい呪いの力を増幅させていた。
「ふむ、正にニンゲンに相応しき邪悪な力よ……ザガン、あれをただの戦士と思うな」
「如何にも。あれは狂戦士と呼ぶべきかと」
ただの戦士ではない。さりとて、強大な力を誇る偉大な英雄として大戦士と称されるのも憚られる。
戦士を越えた力を持ちながらも、悪しき狂気の力を振るうならば、狂戦士という忌むべき名こそが相応しい。
「行け、ザガンよ。お前は狂戦士を叩き潰すことのみに集中せよ。呪いの御子が如何なる卑劣な策を弄しようとも、余がそれを許さぬ」
「ははっ! 我こそは大戦士長ザガン! 大戦士長ザガンである! いざ尋常に勝負!」
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ザガンの戦士の名乗りにて、ついに戦いの幕が開ける。
狂戦士は先に見せた時と同じく、いいや、それ以上の勢いでもって城壁から飛び出した。狂える咆哮を置き去りに、赤と黒に輝く殺意の塊が飛翔する。
「名乗りさえ上げぬとは、やはり狂戦士か。戦士の誇りさえ、力のために捨て去ったケダモノめが————『豪拳』っ!」
愛剣を失い丸腰のザガンだが、大戦士は巨大なその身一つで十分すぎる凶器、否、兵器である。
発動させた『豪拳』は武技であり、肉体を戦闘用に作り替える変異術でもある。
ゴグマの四本腕などは変異術の代表だが、大戦士ともなれば必要な時だけ変異させるより高度な術となる。ザガンの両腕にはより色濃く紫のオーラが集約し、さらには鋭利な刃を思わせる、白銀に輝く鋭い鱗が形成された。
武技の威力と、物理的な鱗の存在により、ザガンの両腕は狂戦士が振るう呪いの刃にも太刀打ちできる武具と化す。
「セヤァッ!」
「————ダン(破断)」
ザガンの拳と、狂戦士の武技が交差する。激しく散るのは火花と魔力の輝き。
戦士の極みに達しつつある両者の攻防は、その一合だけでは終わらない。瞬く間に咲き誇る剣閃と、吹き荒ぶ衝撃。
空を飛んでいるのか、と思うほど自在に虚空を立体的に跳躍しながら、高速の連続斬撃を見舞う狂戦士。対するザガンも、圧倒的に小さなニンゲンを絶対に死角に入れないよう、巧みに動いて立ち回る。
激しい、あまりにも激しい局地的な嵐の如き戦いは、自然と要塞内を移動していく。一瞬たりとも立ち止まることなく怒涛の攻めを続ける狂戦士と、それを防ぎつつも追いかけるザガン。この二人の戦いに割り込むのは、並みの戦士では不可能だ。
だが、熾烈を極める戦士の聖域へ土足で踏み込んで行くのが、呪いの御子である。
「————ヨゴミヂィーッ! (喰らいつけぇ、『無道一式』ぃーっ!)」
城壁の上で、御子がおぞましい異形の髑髏を備えた長杖を振るう。
描き出される血色の魔法陣と混沌の影から飛び出すのは、鳥というには不気味に過ぎる魔物であった。
体は大蛇のように細長く、そこから何対もの翼が生える。羽毛に覆われた鳥の翼もあれば、蝙蝠のような翼膜を持つ羽もあり、挙句の果てには半透明な虫の羽まである。
様々な魔物や動物の特徴を混ぜた合成獣とでも呼ぶべきおぞましい存在を召喚する魔法は、東門での攻防でオーマも見ている。あの大戦士最大の防御力を誇るバンドンを、一時的とはいえ抑え付けた侮れない能力。
その大戦士にも通じる合成獣を、呪いの御子はザガンへ向けて飛ばしたのだ。翼という部位を組み合わせることで、移動しながら戦うザガンにけしかける機動力を得ている。
放置すれば、狂戦士相手の接戦において致命的な隙を作りかねない。
だが、そうはさせぬ、とオーマも杖を振って術を発動させる。
「来たれ雷雲、暗黒に孕む閃きよ、裁きの御手を振り下ろせ————『荒天落雷』」
王国の頭上には、消火の為に豪雨を降らせていた雨雲がいまだに漂い続けている。それらが渦を巻くように要塞上空に集まると、黒々とした暗雲を形成し、ゴロゴロと雷鳴を俄かに轟かせた。
今にも翼の合成獣がザガンに飛び掛かろうかという寸前、眩い輝きを発し稲妻が落とされる。
一条、二条、と雲より放たれる雷は加速度的に増えていき、正に神の裁きを受けるかのように、合成獣へと殺到。幾つもの落雷に打たれ、合成獣はあえなく黒焦げとなり墜落していった。
「チイッ、ヤッパ、テンキアヤツル」
「そうとも、天候を操るこの力こそ、神より授かりし奇跡の御業なり!」
おぞましい呪いの力を操るニンゲンとは違うのだ。
忌々し気に城壁から撃墜された合成獣を睨んでいた御子に、オーマは誇るように叫ぶ。
「さぁ、呪いの御子よ、今こそ神の裁きを受けるがいい————『荒天落雷』っ!」
雷雲は霧散することなく唸りを上げている。
城壁の上にいる御子に、落雷から逃れる術はない。王と御子の術者対決は、余の勝ちだ。オーマは確信をもって、杖を振り下ろす。
「レンセェエエエエエエエエッ!」
奇妙な叫び声を上げながら、御子はその場へとひれ伏した。なんと無様な恰好か。それで隠れたつもりなのか、頭を低くしただけで、天より降り注ぐ雷からは逃れ得ない。
哀れで愚かな御子の最期を見届けようとしたその瞬間、城壁からメキメキと音を立てて一本の柱が飛び出した。
土魔法のように勢いよく突き出た柱は、天を衝くように真っ直ぐ空へと延びる。特に太くもなく、身を隠せるほどの大きさではない。
御子は自ら作り出したであろう柱から、逃げるようにゴロゴロと転がりながら離れてゆくと、
ドォン!
と、そこで『荒天落雷』が放たれた。
落とされた雷は、吸い込まれるようにして柱の先端へと命中。
続けて打ち出した雷も、やはり柱へ当たる。
「なっ、何故だ! 何故当たらぬ!?」
あれが邪神の加護だとでも言うのか。あるいは、あの柱には雷を相殺するような特殊な魔法術式が組み込まれているのか。
『荒天落雷』は、目標に対してはおおよその照準をつけることしかできない。しかし、連続的に落とされる雷を前にすれば、その全てが外れることはまずありえない。
術式が狂ったということもない。先の合成獣にはことごとくが命中していた。
明晰なオーマの頭脳が、不可解な現象を解明しようと全力で回っていく。考え得るあらゆる可能性と、その反証。同時に、似たようなものを見たことがないか、記憶を掘り返す。
「雷が大木に落ちるのと、同じこと……なのか?」
今まで気にも留めなかった自然の光景が、オーマの頭に浮かび上がった。
それが当たり前だと思っていた。だがしかし、そこには自分の知らない原理があるのだとすれば。
そして、それを御子が知っていたならば。特殊な魔法も必要ない。雷が優先的に落ちるような構造物を立てれば、屋外にいながら落雷を容易く無力化することが可能。
「おのれ、余を上回る英知を誇るというか……」
呪いの御子。奴が王国を滅ぼすに至ったのは、ただ邪神の加護にのみ頼ったわけではない。恐らく、あの者はゴーマ王たる自分さえ知らぬ世界の理を、知っているのだろう。
その英知と智謀の全てを結集し、奴は僅かな手勢のみでここまでやって来た。
「だが、ここは余の国、余の城である。負けぬぞ、貴様がどれほどの入れ知恵を受けていようとも、余は決して屈さぬ!」
戦術を切り替える。『大贄の雨乞い』をここでオーマは打ち切った。
これ以上、無効化された雷を使い続けるのは、魔力の無駄でしかない。雷雲を維持するだけでも、それなり以上の魔力を消耗してしまう。
魔法陣に捧げた供物の効果にも限度がある。まだ捧げる巫女は何人か残ってはいるものの、あまり余裕はない。
「雷を避ける術を知っておるなら、石が降るのを避ける術はあるか? 乱れ飛ぶ礫、漂う岩、流れ移ろう水面の如く、浮かび、沈み、吹き荒べ————『怒涛土石』」
ガツン、と力強く杖の石突を地面へと叩きつければ、俄かにオーマの周囲から大小様々な岩石が形成されていく。
岩を作って投げるのは、基本的な土属性の攻撃魔法だが、オーマの『怒涛土石』は撃ち出す岩をあらかじめ形成し、自身の周囲に浮遊させることで、連続的かつ同時の発射を可能とする。場合によっては即座に自身を守る盾とも化す、攻防一体の魔法である。
放られた石は、その重さに従ってただ大地へと引き寄せられて落ち行くのみ。容易に避けられる術はない。
殺傷力はそれほどでもないが、子供のような貧弱な術者を倒すには十分過ぎる威力は出るだろう。
「叩き潰され、死に晒せ————むっ!」
「ウォオオアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
その時、けたたましい絶叫が響き渡る。狂戦士の雄叫び、ではない。それほどの脅威は感じられない、ただやかましいだけの叫び。
しかし、それは一つ、二つ、とあっという間に増えていく。見れば、地上を疾走する人影が幾つかある。
「ふん、屍人か。奴の繰り出す使い魔であったな」
古の建造物が残る場所でよくみられる、人型のアンデッドモンスターだ。壮健な肉体を持ち、ゴーヴとも張り合う膂力を発揮する、屍人の上位個体。
呪いの御子がそれを使役しているのは、すでに見ている。使い魔をけしかけて、術者たる自分を直接狙おうという腹づもり。単純だが、効果的ではある。
「お前らに任せる。一匹たりとも余に近づけるでないぞ」
「ははっ! どうぞ我らにお任せあれ!」
この程度は、連れてきた護衛に対処を任せれば十分だ。
御子は次々と使い魔を呼び出し、数だけはいる最弱の骨人に、ゴグマに近い大きさを誇る大きな屍人も現れている。だが、それら全てを合わせてもこの護衛を破れるには到底及ばない。
むしろ、そちらが使い魔をけしかけるならば、こちらも兵の一部を割いて城壁に乗り込ませてもいいだろう。
いや、その前に『怒涛土石』に潰されれば、そこで終わりになるが————
「バズズゥーッ(屍鎧ぃーっ)!」
城壁の上から、見覚えのある赤色のオーラと魔力の気配を感じた。
呪いの御子の小さな体は、瞬く間にうねる筋肉の鎧に覆われてゆき、やがてその姿は、見違えようのない形へと変貌を遂げた。
真っ赤な毛皮と皮膚に、雄々しい二本角と鋭い猛獣の如き面構え。
「あ、あれは、バズズか……?」
大戦士バズズ。粗削りながらも、将来有望な若者であった。その彼が誇った勇ましき『巨大化』によく似た姿を、呪いの御子は身に纏っていた。
ゴーマに変装して王国に潜入した、と断じたのは自分である。
だがしかし、まさか大戦士の皮を被るとまでは想像だにしない。一体、ニンゲンというのはどこまでゴーマを愚弄し、死者の尊厳さえも犯そうと言うのか。
あまりの非道に、途轍もない怒りと屈辱の感情が湧き上がる。
「余の大戦士を死して尚、辱めるとはっ、許さぬ! 貴様だけは、絶対に許さぬぞぉーっ!!」




