第318話 王国の最期(3)
「さぁ行け、進め一億火の玉だぁーっ!」
松明と油を抱えたスケルトン達が、次々と城壁の上からダイブしていく。
眼下には瞬く間に城壁を抑えられて狼狽えている敵集団と、櫓や兵舎、倉庫などといった要塞内の施設がある。用意した油はまだ残ってるんだ。全部つぎ込んでここも火の海にしてやろう。
「イギィイアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ンバッ!? ダグバッ、ンボォオオオオオッ!」
可燃物満載の炎上スケルトンの特攻を、奴らは止めきれない。一体でも抜ければ建屋に火を放たれるし、そうでなくても敵集団に飛び込んで点火すれば火属性攻撃魔法が炸裂したも同然である。
ゴグマならまだしも、ゴーヴでは炎に巻かれればただでは済まない。周囲一帯が炎上して熱と煙に包まれれば、ゴーヴ兵はほぼ無力となる。
一方、僕らは耐熱装備があるので、この程度は平気だ。
「これで最後だ、グレも使い切るつもりで投げちゃって」
「言われなくてもぉ」
「投げてやるよ————どうだっ、大当たりぃ!」
城壁の上から、上田芳崎コンビはひたすら投擲攻撃。山田は二号車から火炎放射を城壁に取り付いて攻めようとする奴らに浴びせかけ、こちらに寄せ付けていない。
でも僕らの中で遠距離攻撃に強いのは、やはりこの二人。
「————『岩礫崩』」
「————『火炎砲』」
杏子と中嶋の魔法攻撃が、無防備なゴーヴ軍団の頭上を襲う。
こっちは10メートル近い高所から狙い放題。向こうはロクな遮蔽物もなく、おまけにどんどん火の手に巻かれて、僕らを攻めるどころか逃げ場すら怪しい。
ほとんど一方的な状態。それでも、まだまだ奴らの方が数は上なのだ。態勢を立て直されて、真っ向から攻め込まれれば一気に劣勢に傾いてもおかしくない。
余裕があるように見えて、これでなかなかギリギリの綱渡りだったりするんだよね。だから、このまま戦いの主導権を握り続けて完封し、敵兵力を削り切るまで決して油断はできない。
慌てる必要はない。僕らと蒼真ハーレムパーティに挟撃され、どちらも快進撃を続けて順調に敵を削っている。着実にオーマは追い込まれているはずだ。
もしも、まだ奴に何か奥の手があったとしても、まずは主力であるゴーマ軍を殲滅することに専念しよう。
「————『毒』、『毒』、『毒』、そしてグレネード!」
僕も『呪術師の髑髏』を嵌めた愚者の杖で『毒』をバラ撒きながら、右手に構えたエアランチャーで敵の群れ目掛けてグレネードをぶち込む。
この状況下では、僕の指揮も必要ない。とにかく目につく奴らを攻撃し、数を減らすのだ。
「やっぱり、王宮に避難を選んだか、オーマ」
目に見えて敵の数が減って来た辺りで、ゾロゾロと引き上げていく動きを見せ始めた。
現在、オーマが陣取っている本陣は王宮前の転移魔法陣広場だ。実は、ここからでもそこは見える。距離があるので攻撃こそ届かないけれど、それでも肉眼で広場の動きは確認できるのだ。
僕らが制圧した要塞正門周辺は、すっかり炎に巻かれてゴーマ軍不利なのは明らか。このままでは兵を無駄に減らすだけだとオーマも判断したのだろう。そろそろヤケクソになって、自ら突撃でもしてきてくれれば楽だったんだけど。
「しょうがない、仕切り直しするか————ん?」
ここでの戦いは終了し、次は王宮へ直接乗り込んで最後の戦いだ、なんて考えていると、不意に背筋に悪寒が走った。ような気がした。
「も、桃川っ! なんか知らんがヤベぇぞ!」
いや、気のせいじゃなあい。メンバーの中で最も勘が鋭い上田が、まず最初に声を上げた。
「マジだっ、なにこれヤバい!?」
「下から来るぞっ、気をつけろぉーっ!」
次いで芳崎さんが同じく察したのか叫ぶと、気配を捉えた上田が指をさして大声をあげる。
そして、その時にはもう手遅れだった。
ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ————
地の底から響き渡って来るのは、地獄の怨霊達が大合唱しているかのようなおぞましい声。それはすぐに、天を衝くほどの巨大な咆哮となって僕ら全員を震わせた。
「ブゥンガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
凄まじい怨嗟の雄叫びと、砦を揺るがす震動。そして何より、絶大な殺意を帯びた強烈な魔力の気配が叩きつけられる。
振り向き見るよりも前に、何者が現れたのか僕は悟った。
「ザガン!?」
「ユルザン……ニンゲン、ユルザンゾォ……ゴロスゥウウウウウウッ!」
何故か、奴の喋る言葉の意味が理解できた気がする。
けれど、僕が振り向いたその瞬間には、巨人と化したザガンの憤怒の形相がそこにあった。
奈落の底を登り詰め、僕らが陣取る城壁の上まで一息に駆け上がってきたのだ。
城壁から上半身を乗り出すような態勢のザガンは、他の誰でもない、ただ僕だけを真っ直ぐに睨みつけ、大口を開き、
「うわぁあああああああああああ————」
「お、おい、ヤベェぞ、桃川が喰われた!?」
「桃川ぁーっ!」
突如として地の底から復活を果たしたザガン。城壁まで登り詰めるなり、まず最初に狙われたのがリーダーである小太郎であった。
ザガンの口は間違いなく小太郎を捉えており、その小さな体は丸ごと飲み込まれてしまった。
バリバリと咀嚼する動きを見せた後、大木のような喉が蠢き嚥下していく。助け出す、という考えすら浮かばない。
あまりに突然の奇襲に、誰もが一瞬硬直してしまう。故に、次の一手もザガンの方が早かった。
「ブンガァッ!」
巨人の拳が振るわれると、直撃したのはロイロプス一号車。
後方に陣取っていたのが災いし、背後から現れたザガンからすれば一番近くにいる敵となった。近かったから、先に攻撃された。ただそれだけのことである。
鋼鉄の箱体は大きくひしゃげ、本体の重装甲もバキバキに砕け、ロイロプス一号車はそのまま衝撃で吹き飛ばされ、城壁から落下していった。ガシャーンッ! と、盛大なクラッシュ音が下から響く。
「うわ、ひ、姫野、死んだか……?」
「アイツの心配してる場合じゃねぇだろ!」
「芳崎の言う通りだ。俺達でやるしかねぇ」
ようやく前衛組みがザガンへと向き直る。
対するザガンも、ついに城壁の上まで登り切り、身の丈5メートルを超える巨躯を堂々と立たせた。
その身は満身創痍といった有様だ。いかにザガンといえども、地の底まで叩き落とされたのは相当に堪えたようである。
逞しい肉体には無数の傷跡が走り、大きな裂傷や打撲跡も目立つ。全身は血に塗れており、身に纏っていた衣装もボロボロ。腰から下げていた業物の剣も、奈落の底で失ってしまったようだ。
だがしかし、迸る戦意は全力全開。王国を崩壊させられ、自身も卑劣な罠にかけられ、恨み骨髄と言わんばかりに、憎悪を感じさせる紫色の禍々しいオーラが発せられている。
「ギラ・ゴグマ、ザガン」
城壁に立ったザガンは叫ぶ。戦士の名乗りを上げる。
「ギラ・ゴグマ、ザガン!」
王国に響き渡る、誇り高き戦士の名乗り。
我こそは、王国最強の大戦士、ザガンであると。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「ザガン!」
「ザガン! ザガン!」
「ザガァアアアアアアアアアアアアン!」
大戦士の復活に、絶望の淵に立たされていたゴーマ軍が湧き上がる。彼こそ正に、王国の希望の光。故国存亡の危機を救う救世主である。
「クソっ、やるしか……やるしかねぇ!」
リライトは嫌な汗が滲む掌で、ギュっと槍を握りしめる。
一気に形勢逆転され、窮地に立たされた現実を嫌でも理解させられる。頼れる桃川も今はいない。
ここは何とか、自分達の力だけで切り抜けるしかないのだ。
「すまねぇ、キナコ、ベニヲ、かなり無理をさせることになると思う」
「プガァ!」
「ワンワン!」
「俺の力、全部お前らにつぎ込んでやる! だから頼む、何としてもザガンを倒すんだ!」
巨人化ザガンと真っ向勝負するには、これ以外に手段はない。リライトは迷わず、自分の力の全てをここで使うことを決めた。
「行くぞっ、『霊獣召喚』!」
「————クソッ! やられたっ!」
呑気に観戦モードしていた僕は、慌てて立ち上がってアルファに飛び乗った。
ザガンに食われたのは、『双影』の分身だ。
そう、本隊と共に行動していた方が分身で、実は爆弾設置をしていた方が本物の僕なのだ。いや、別に誰かを騙す意図はないけれど、爆弾設置と起爆をするのは、分身じゃなくて本体じゃないと上手くできないから、そういう分担になったというだけのこと。
呪術そのものは分身だと使用制限が結構あるけれど、『愚者の杖』みたいな装備依存の能力は意外と使えるんだよね。だから『無道一式』を筆頭にメイン装備を全て分身に託し、僕本体は『屍鎧バズズ』だけで破壊工作に挑んだというわけだ。
ここまで来ると、もう僕が本体だろうが分身だろうが、戦闘能力そのものにあまり違いはなくなってくる。戦闘指揮さえできれば僕の役目はほぼほぼ果たしていると言ってもいい。
勿論、だからといって僕はサボっているワケでもなければ、一人だけ安全圏で芋っているつもりもない。
僕は蒼真パーティの監視担当だ。万が一ピンチに陥れば掩護するし、何より小鳥遊の動向は直接監視するに限る。王宮攻略が完了した後は、彼らと久しぶりに感動の再会となるわけだ。そのためのシチュエーションはしっかりとお膳立てしなければならないので、僕はそっちに集中するつもりだったのに……ええい、予定が全部狂っちまった!
王宮攻略は全て順調に進んでいたというのに、ザガン奇跡の復活により状況が一気にひっくり返された。最強のエースが帰還したことで、圧倒されていたゴーマ軍も士気が回復してしまっている。
「まずい、まずいぞ……ここまで来て犠牲者が出るなんて、絶対に御免だ!」
今更、本物の僕一人が駆け付けたところで、さほど大きな戦力にはならない。ザガンという最強戦力が突っ込んで来た以上は、指揮能力でどうこうなるレベルじゃない。今必要なのは、奴と真っ向勝負できるだけの戦力だ。
それでも、僕は全力でみんなの下へと向かう。
今は葉山君の霊獣召喚によって何とか凌いでいるけれど、どうにも旗色は悪いようだ。ザガンには落下ダメージがかなり入っており、さらに武器を失い丸腰だが、それでも全く不利を感じさせない暴れぶり。
本来の実力か、それとも憎悪と執念か。大城壁の外周を南に向かって全力疾走するしかない僕には、響き渡って来る激しい戦闘音が聞こえるのみで、戦いの情報も今はレムを通して聞くだけに留まる。
状況が目に見えないので、不安ばかりが募って来る。こうなってしまえば、祈ることしかできないのが辛いところだ。
「頼む、間に合ってくれよ————」
南大門を潜り抜け、大通りを走り抜ける。そのまま城壁にかけられたスロープを駆けあがり、ついに僕は現場へと辿り着いた。
「————ブグルッ、ゼバァッ!」
そこで目にしたのは、理想的なフォームで繰り出されるザガンの回し蹴り。
学園塔で修業ごっこしていた時に、蒼真君に回し蹴りも見せて貰ったりもしたけれど、あれと比べても遜色ない見事な蹴りである。正に格闘家が磨き上げた技。
それが巨人サイズで繰り出されたのだ。稲妻のような速さで走った蹴足は、轟々と唸りを上げて突風を撒き散らす。叩きつけられる風圧に反射的に顔を庇う。
直後に響き渡る、痛烈なインパクトの音。
「プガァアアアアアアアアアアアアッ!」
胴体に強烈な巨人の蹴りがクリティカルヒットし、霊獣キナコの巨躯が軽々と吹き飛ばされた。要塞内を二転三転、立ち並ぶ櫓をへし折り、兵舎を巻き込み崩壊させて、ようやくその動きが止まった。
「ちくしょう……こ、ここまでかよ、すまねぇ、キナコ……」
城壁にもたれかかるように、葉山君が僕のすぐ傍で呟いた。息は荒く、顔色は青白い。ただ魔力を消費しただけでなく、生命力まで振り絞ったかのような憔悴ぶりである。
霊獣化の限界を迎え、葉山君が膝を屈すると同時に、倒れ込んだキナコも眩い光に包まれながら、変身が解かれていく。
「もっ、桃川ぁ、後は、頼んだぜぇ……」
当初の作戦がとっくに崩れたことは分かっているだろうに、それでも葉山君は、僕へ笑いかけながら、気を失い倒れた。
駆け付けた僕に、そこまでの希望を見出したのだろうか。まったく、君はどこまでも楽観的で能天気だよね。
「ああ、ちくしょうめ、全滅じゃあないか」
城壁から見下ろせば、惨憺たる状況が広がっていた。
霊獣だけに任せず、前衛組みもザガンへと挑んだのだろう。鎧がバキバキに砕け散った山田を、上田が必死に引きずって避難しているのが見えた。また別の一角では、先に霊獣化が解除されたのだろうベニヲを抱えて、芳崎さんが同じく退避していく。
なんとか仲間を救助している上田と芳崎さんだが、この二人だってボロボロだ。全身血まみれで、今にも担いだ仲間と共倒れしてもおかしくない雰囲気。
諦めずに仲間を助けて向かう先にあるのは、杏子が作った簡易トーチカだ。元々は、城壁の下へと落下したロイロプス一号に乗っていた姫野を助けるために、その場に構築したのだろう。
しかし、今はそこも崩れ去ってしまっている。
上からザガンに踏みつけられたのか、堅牢なトーチカは天井からぶち抜かれて半壊状態だ。
あの中には杏子と姫野は間違いなくいるだろう。それに、崩れた瓦礫の上で、他のみんなと同様の満身創痍で、中嶋も倒れ込んでいた。
あの様子では、二人の救助活動どころか、自分自身の生存すらも危ういだろう。
速やかに全員の救助と治療が必要だが……それさえ許されない逼迫した状況だ。
今この瞬間に霊獣キナコも倒れたことで、ついにザガンを止める者はいなくなったのだから。
「グブルッ、ゼブラァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
勝利の雄叫びを上げるように、天を向いて吠えるザガン。その身にはいまだ紫色のオーラが濛々と吹き上がり、力の限界を感じさせない。
「グガァーッハッハッハ! ザガン、ズドバンガッ!」
ザガンの咆哮に応えるかのように、高らかな笑い声が響く。
僕らが撒き散らした火炎と、巨人が暴れて出来た破壊跡が広がる正門前に、数多の兵を引き連れて奴は現れた。
仙人のように長く伸びた白髪と白髭。力強さは感じられない痩せ細った老人のようだが、色鮮やかなローブを身に纏い、宝石と同等の煌めきを放つ高純度魔石が幾つも嵌った豪奢な杖を手にした姿は、正に王国の頂点に立つに相応しい。
「わざわざ勝利宣言しに出て来やがったのか、オーマ!」
「オーマ!」
「オーマ! オォオーマァアアア!」
ゴーマ王オーマの登場に、ザガンは巨人のままその場へと跪いた。無論、ゴーヴ兵共も一旦戦闘を中止し、次々とひれ伏して行く。
城壁の上からその光景を見下ろしている僕に、オーマは真っ直ぐこちらを見ながら口を開いた。
「ギザマ、ガ、ノロイニンゲン」
「……喋った」
いや、違う。ザガンに食われる寸前の時と同じだ。ゴーマの喋った言葉の意味が、何故だか理解できるように伝わって来た。
「ヨグモ、ヨノクニ、コワシダ」
「ああ、そうだよ……僕がこの汚らわしいゴーマの国をぶち壊してやったんだ」
「ジャアク、イムベキ、ノロイニンゲンガ!」
「へぇ、ゴーマに邪悪って概念があるとは思わなかった。ゴキブリ以下の人喰いモンスターのくせに、自分達を神聖だと思っているとは笑わせる!」
「ニンゲン、アクノシュゾク。ダガ、ノロイ、ギザマゴゾ、イマワシキ、ジャアクキワミ」
「そうさ、僕は『呪術師』だからね、呪うのは当たり前だろう」
「グフ、ブハハ! ノロイ、オワル。ザイゴ、ギザマノアダマ、ヨガ、グライツクス————ギラ・ゴグマ、ザガン!」
オーマの呼びかけに応えて、ザガンが立ち上がる。
憤怒と憎悪に燃え上がった目が、途轍もない殺意を込めて僕を睨みつけた。
おお、怖い。なんて迫力だ。蛇に睨まれた蛙よりも、絶望的な戦力差ってやつだよ。
「ザガン、ノロイ、ゴロセ! ヨニササゲヨ!」
「ハッ、オーマザマ! ノロイ、ゴロズゥッ!!」
正に絶体絶命。
仲間は全滅で、残っているのは貧弱な呪術師の僕ただ一人。
そんなことは分かっている。分かり切っている。それでもこの場へ僕がやって来たのは、仲間達と心中するなんていうセンチメンタルな理由じゃあない。
僕はまだ諦めていない。必ず勝つ。誰が、お前らのようなゴーマ如きに、負けてやるものかよ。
だから僕は、ここで最後の切り札を切る。
「助けてぇーっ! メイちゃああああああああああああああああああああん!!」




