第315話 ゴーマ王国攻略戦(7)
「ふっ、勝ったな……」
ついに僕らの前に姿を現したギラ・ゴグマのリーダーにして、仲間殺しの仇であるザガン。凄まじい魔力の気配を放ちながら、巨人の姿と化した奴を見て、僕は思わずそう呟いてしまった。
今回の王国攻略戦には幾つかの不確定要素、賭けに出なければならない部分があった。けれど無事にそれらを乗り越え、なんとかこの状況にまで持ってくることに成功したのだ。
「お、おい桃川、あのザガンって奴も出てきたけど、マジで大丈夫なのか?」
「とんでもない、待っていたのさ」
凄まじい戦意を発する巨人化ザガンの姿を前に、ビビった葉山君が聞いてくるけれど、僕は自信満々に答えた。
ザガンなど恐れるに足りない。などとは勿論、思っていない。オーマと同じくらい、僕はザガンを恐れ、警戒している。だからこそ、今この場にまで奴が出て来てくれなければ困るのだ。
アイツじゃなくても、やはりギラ・ゴグマを真正面から相手にするにはあまりにもリスクが高い。
三体もの巨人を相手に、この砦で時間稼ぎをしなきゃならなくなった時は肝が冷えたけれど、向こうも警戒してくれたお陰で、ほとんど様子見のような攻撃だけで済んだのは僥倖だった。ゴーマらしく、後先考えずに全軍で突撃されれば5分と持たなかっただろう。
『腐り沼』の落とし穴も最大限の効果を発揮してくれたのも良かった。『虚ろ写し』があれば落とし穴の偽装もより簡単かつ完璧な仕上がりになる。
巨人になっても二足歩行に変わりはないのだから、足場を失えば転ぶに決まってる。それにバンドンの鎧がどれだけ硬くても、ヤマタノオロチ以上ということはない。奴の甲殻を何メートルにも渡って溶かし切った『腐り沼』の溶解力は伊達じゃないのだ。
仲間の掩護によってバンドンは慌てて下がって行ったが、あのまま逆上して暴れられなくて本当に助かった。あれ以上の罠とかは、幾ら何でも仕込めていないからね。
そうして向こうが仕切り直しといったところで、ザガンのご登場である。最高のタイミングだ。
合わせて四体のギラ・ゴグマ。奴らを何としても、この場所に揃えさせる必要性があった。ザガンがあのまま広場でオーマの護衛につき続けたら、攻略戦後半は厳しい状況になるところだったよ。
ともかく、これでようやく条件は揃った。僕は人事を尽くした。あとは天命を待つ。
「ルインヒルデ様のご加護がありますように————」
僕は『無道一式』を高らかに掲げて、今にも全力で突撃してきそうなザガンと対峙する。
奴の殺意に満ち溢れた視線が、真っ直ぐ僕に突き刺さっているのを感じる。間違いなく、アイツは今、僕のことを見ている。
7人のクラスメイトを率いて、先頭で杖を掲げる僕が、この集団の頭であるとも察したことだろう。
そうだ、よく見ろ。僕がお前らの敵だ。王国を滅ぼす『呪術師』だ。
「————『王国崩し』起爆!」
ドン! ドンッ! ズドドドド————
幾つもの大きな爆発音が四方八方から響き渡って来る。当然だ、だって四方八方に仕掛けてきたのだから。
この場からでも、実に4か所もの爆炎と煙が吹き上がっていくのが見えた。設置個所の点検口(仮)は地下にあたるが、贅沢にもボス級モンスターのコアを二つも使ったコア爆弾は、直上にある建物ごとド派手に吹き飛ばすだけの破壊力を誇る。勿論、その威力でもってぶち壊す本命は柱の方だけれど。
ちょうどここから反対側の東門付近に潜んでいる爆弾設置してきた方の僕からも、無事に起爆できたことを確認した。
作戦は大成功。一つ残らず、仕掛けたコア爆弾は大爆発を起こし、王国を支える柱を吹き飛ばした……はずである。
「おい、桃川」
「葉山君、言わないで」
「いやでも」
「言わないで」
「小太郎、何も起きねーけど?」
「ぬわぁああああああああああああああああっ!!」
杏子が言った。言っちゃいけないこと言った! 僕泣きそう、泣いちゃう、もう泣いていいですか?
ヤバい、どうしよう、マジで何にも起こらないんだけど。爆破は成功した。確かにコア爆弾は爆発した。しかし、何も起こらなかった。
僕の計算が間違っていたのか。爆破の威力が足りなかった? それとも、もっと根本的に王国を支えている真の大黒柱が存在していたとか?
何にせよ、王国が健在なのは見ての通り。ご覧の有様だよ。
「ブグル、ゼバ、ゴルダァ!」
「ンバ、ダーヴァ!?」
凄まじい爆発音と、各所から濛々と立ち上る噴煙を見て、流石に何事かとザガン筆頭にギラ・ゴグマ達も周囲を眺めながら話し合っていた。
だが、ただ爆発が起こったことだけを確認しただけで、目に見えて大きな被害が出ていないと判断し、早くも興味を失ったようだ。
そりゃそうだよね。設置個所はどこも城壁付近、つまり王国外縁部。重要施設は特に何もない場所だから。オーマの陣取る中央に何もなければ、気に留めるはずもない。
「バダ、グンバルド、ゼイガァアアアアッ!」
気を取り直して、とでも言うようにザガンは再び気合を入れた雄叫びを上げる。
「お、おいおいおい、これ作戦失敗かぁ!?」
「マジかよ桃川、この土壇場でぇ!?」
「ちょっと、これどうすんのよ桃川君!」
上田と芳崎さんが叫び、姫野が発狂寸前だ。
「落ち着け、お前ら。騒いだってしょうがねぇだろ」
「そ、そうだよ。ひとまず、ここから逃げないと————」
山田は落ち着きながらも、すでに諦めムードを醸している。
中嶋も気が気じゃないようだが、それでも一番現実的なことを言っている。僕らが陣取っているのは東門の外側だ。このまま後ろへ降りれば、そのまま逃げて、再び地下へ潜ればいい。
「ここまで来て、逃げるのかよ……」
「しょうがないじゃん、葉山! ほら、小太郎、気にすんなよ、また頑張ろう?」
杏子の優しい言葉、かえって鋭く僕の心を突き刺す。
確かに、まだ逃げれば取り返しのつく状況だ。仲間は一人も失ってはいないし、王国に大火事を起こしてそれなり以上の損害も与えた。他のギラ・ゴグマの力も確認した。
それらは確かな収穫だ————けれど、またこの規模の作戦をするのか?
かき集めた素材をありったけつぎ込んだ。準備にもかなりの時間をかけている。
そして何より、仲間の命を危険に晒してここまで作戦を遂行してきたのだ。僕はもう一度、みんなに命を賭けて挑めと、そう言わなければいけないのか。
「くそっ……落ちろよ」
ここまで来て逃げるのか、と葉山君の心境が一番僕に近い。
悔しくて堪らない。つぎ込んだ労力とリスクは、ヤマタノオロチ討伐戦以上だ。
それを、そう簡単に、
「落ちろ……落ちろってんだよぉ!」
諦められるかチクショウ! 正しく癇癪としか言いようのない叫びをあげて、僕は怒れる感情のままに『無道一式』を叩きつけた。
横道の頭蓋骨がガッツーンと硬い石壁を打ち付け————僕の手には、ただ虚しくジーンとした痺れだけが残された。
ゴッ、ゴゴ……
かすかに、足元が揺れた気がした。
「えっ、揺れてない?」
「揺れてる……かぁ?」
「震度1くらい揺れてるって」
地震大国日本に暮らすだけあって、この地面が揺れ動く感覚にはとても馴染みがある。気のせいでもなんでもなく、震度1クラスの人によっては気づきもしない微弱な揺れが発生していることを、みんな口々に言い合った。
見れば、巨人化ザガンが大股でズンズンとこちらへ歩き始めているところ。奴の歩みが地響きを伴っているだけかと思ったが、
ゴゴゴッ、ズズン……
「うおっ、揺れてる! これマジで揺れてるって!?」
葉山君の叫びに、誰もが同意した。体に染みついた避難行動によって、全員が反射的にその場へと伏せる。
確かな地響きと共に、グラリと大きく足元が揺らいだ。震度1から、一気に3か4くらいまでの、はっきりと分かるほどの揺れへと急変していた。
「や、やった」
僕もまた、その場に伏せりながらも、確信した。
成功だ。爆破は成功した。王国は今日、滅びる。
「やったぞぉ! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ズドドドドッ! ドゴゴゴゴッ————
僕の叫びに応えるかのように、さらに揺れと地響きは増幅する。もう震度5は超えている。立って歩くことも難しいほどの強烈な揺れが砦を、いや、王国全土を襲った。
「ンバッ!? ズンガ、グド、バーゼドダン!」
「ダーゴバァーッ!?」
ザガンさえもついに歩みを止めて、その場で膝を尽きながら叫び声を上げた。他のギラ・ゴグマも同様の反応。
いくら巨人であっても、大地そのものが揺れ動く地震に対しては無力だ。その強力無比な巨躯を縮こまらせている様は、実に滑稽だ。なんだよお前ら、地震は初めてか? 外国人が日本で地震に遭遇して、ビビり散らしているリアクションとほとんど同じ反応をしているじゃあないか。
しかしながら、これは決して神の怒りでもなければ、大自然の猛威でも何でもない。天災ではなく、人災。僕が起こした。お前らを一匹残らず、奈落の底へ叩き落とすために。
「さぁ、落ちろ」
そして、ついに滅びの時は訪れる。
メキメキ、バキバキ、と盛大な音を響かせながら、巨大な地割れが大地を走る。ただ地面が割れてゆく音ではない。この巨大な金属音の悲鳴が入り混じる不気味な音は、間違いなく土台となった天井構造が砕けてゆく証。
爆破によって支柱がへし折れ、膨大な質量が一気に他の箇所へと圧し掛かる。支柱よりも細い柱や構造体は、当然その重みになど耐えられるはずもなく、物理法則に従って崩れ落ちる意外に道は無い。
とっくの昔に、供給される魔力は切っているのだ。魔法の力がなければ、こんな大地を浮かすような構造を、ただの建築物が絶えられるはずがない。
この栄華を極めるゴーマ王国が、古代の魔法のお陰で建っていられた砂上の楼閣であることを、今こそ思い知るがいい。
「ダバァーッ! グド、バンゴバァアアアア!」
「ドズゴッ、ダバガド!?」
ついに地面の一角が全ての支えを失い、自由落下を開始した。
そこはザガン達が陣取るやや後方。消火を終えて黒々とした焦げ跡が広がる道の上、後続のゴーマ軍が列をなしていた場所である。
バゴーンと音を立てて崩れ落ち始めた地面は、その上で愉快な叫び声を上げるゴーマを何十体も載せたまま、黒々と大口を開けた巨大な怪物のような奈落の底へと消え去って行く。
「ガッ、バッ……ンバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ガーバァアア! ゼンドバァアアアアアアアアアッ!?」
「イギィイァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
一部が抜け落ちれば、連鎖するように次々とあらゆる場所で崩落が始まった。
壮絶な揺れが襲い掛かっているので、奴らは走って逃げることすら許されない。それでも、必死に窮地から逃れようと、匍匐前進みたいに無様に這いまわる。
どこへ逃げようと言うのかね? この滅びの大地からは、逃れることは決してできない。だって全部、崩れ落ちるんだし。
「あっはっはっはぁーっ! 見ろぉ、ゴーマがゴミのようだぁっ!」
そこかしこで大地が抜け落ちてゆき、ゴーマ共は悲鳴を上げて奈落へ飲み込まれてゆく。
あのザガンでさえ目を見開いて、絶望的な地の底を見つめていた。
そうだ、王国崩しは、ただゴーマ王国を滅亡させるためだけの作戦ではない。お前らギラ・ゴグマを一網打尽にするための、巨大な、あまりにも巨大な対巨人用落とし穴でもあるのだ。
構造上、セントラルタワー周辺数百メートル四方だけは崩せずに残ってしまう。ちょうど中央の要塞あたりまでだ。
オーマが要塞から出てくることはまずない。けれど、ザガンは出てくる可能性がある。
あのままオーマの護衛として魔法陣広場へ残っていれば、ザガンだけは難を逃れてしまう。正直ダメかと思ったが、奴も僕らに対しては恨み骨髄ということか、わざわざ増援としてここまで出張って来た。
残る4体ものギラ・ゴグマが勢揃い。要塞から外に出た時点で、奴ら全員、罠にかかった獲物も同然なのだ。
「グバッ、ドッバァアアアアアアアアアアアアッ!」
「バッ、バンドン!?」
おっとぉ、最初に脱落したのは、一番重そうな重装甲を誇るバンドン君だ。
背中の甲羅のお陰で、四つん這いになってると本当に亀みたいな姿のバンドンは、自分の周囲がバゴッと崩れ落ち始めたのを絶望的な表情で眺めながら、けれど何も出来ることはなく、そのまま暗い穴の底へと真っ逆さまになって落ちて行った。
それをザガンは「バンドーン!」と熱く仲間の名前を叫びながら、見送ることしかできない。そりゃそうだよ、ザガンがいくら強かろうが、足元の地面全部が崩れ去ってはどうしようもない。
巨人化能力がさらに覚醒すれば、王国全てを支えられるようになるのかい? 巨人の神アトラスみたいに、天空を背負って支えられるほどデカい男になれるというなら、なってみるがいいさ。
「バ、アババ……ンダバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ギザギンズゥーッ!」
次の脱落者はレアな魔術師クラスのギザギンズであった。
強力な青い炎魔法を操る奴だったけど、やはりこの状況下で何が出来るわけもなく、哀れに泣き叫びながら落ちて行った。
青い火球や火炎放射を習得するよりも、ジェット噴射でもして空を飛ぶ魔法でも開発すべきだったね。所詮、魔術師といってもゴーマだな。魔法は威力だけじゃない。対応力だよ。
「グブブ……ザバッ! グドバルダァ、ザガン!」
さぁ、ギラ・ゴグマ脱落レース、最後に残ったのはあと二体だ。果たしてどちらが最後まで残るのか、とエンタメ気分で眺めていると、ジジゴーゴがザガンに向けて叫んだ。リーダーに助けを求めたって無駄だというのに、と思ったが、あのジジイゴーマの目には確かな戦意が宿っていた。
「ゴーッ! ザガァーン!」
奴の足元から無数のヒビ割れが走り、メキメキと音を立てて地面が砕け散りながら奈落へと放り出される寸前、ジジゴーゴは両手に握った雷属性の手斧を投げた。
「ちっ、無駄な足掻きを————」
ズンッ! と鋭い揺れと共に、奴が投げた斧は砦の壁面に突き刺さった。片方は弾かれて落ちて行ったけれど、もう片方はしっかりと突き立っている。だから何だ、という話だが。
最後に自慢の魔法武器を投げて、一人でも人間を道連れに、とでも思ったのか。それにしては、壁のど真ん中にしか命中しないとはノーコンだけど、
「グッ、ブゥ……ウグゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ザガンの雄叫びが響くと、僕は珍しく直感的に危機を感じた。
なんかヤバい。アイツは諦めて無駄に叫んでいるのではなく、明確に闘志を燃やしている。
大地に屈しているだけだったザガンは、腹の底から響くような叫びを上げながら、立った。二本足による直立ではない。獣のように両手を地につけた、いわば四足歩行。
そして、揺れに揺れながら崩れ落ちる大地の上を、猛然と駆け出した。
「まずいっ、アイツこのままこっちに突っ込むつもりか!」
「させるかよぉーっ!」
最初に動いたのは杏子だった。
すでに形成していた上級攻撃魔法『破岩長槍』を黄金リボルバーからぶっ放す。
高所に陣取り、遮蔽物はない。相手の足場は不安定極まりなく、何か所かはすでに抜け落ち走るルートも制限されている。
「ムガァッ!」
けれど、ザガンは避けた。この距離、この状況で杏子の魔法を『見て』避けたのだ。
あの巨体でこの機動力。やはり、とんでもない化け物だ。
しかしまずい、あの速度なら、もう杏子の次弾も間に合わない。そして全力で四足疾走するザガンを止めるだけの威力の魔法は、誰にも撃てない。
「止めるだけなら————『完全変態系』解放!」
最後の足止め手段だと、僕は横道を振り上げてありったけの肉体を放出。ザガンに組みつきさえすれば、巨人さえも一時的に見動きを封じることができる。そして、その僅かな時間があれば必ず崩落で落とせる。
「ブンガァアアアアアアアアアアアアッ!」
上から覆いかぶさるように飛び掛かった異形の肉体はしかし、鋭いアッパーのように拳を上へと繰り出したザガンによって殴り飛ばされる。
マジか、くそ、なんて威力だ。というより、対応力だ。そのパワー、スピード、襲い掛かる攻撃を跳ね除ける力強さは、どこかメイちゃんを思い出させる。一番敵に回したくない、ストレートに強いタイプ。
「ウォオガァアアアアアアアアアアアアッ!」
そして、ついにザガンは砦にまで肉薄する。
ちょうど落とし穴を設置した手前で、四足のまま大ジャンプをかまして、巨人でも一息には越せないよう高く作り上げた岩壁へと飛びつく。
大丈夫だ、あの跳躍力なら上までは届かない————はずだった。
奴が目指したのは僕らが陣取る上じゃない。ジジゴーゴが最後に投げて壁へ突き刺した斧だ。
突き刺さった斧は、奴が足をかけるには十分な足場になった。
あの土壇場で、ジジゴーゴはザガンが砦を乗り越えるための足掛かりを用意したのだ。自分ではなく、仲間が敵を討ってくれると信じて。ちくしょう、ゴーマのくせに高度な連携プレイなんぞをしやがって!
奴らの間でそんな作戦はありえない、と侮った僕の落ち度だ。
その僅かな油断のせいで、最も相対してはいけない最強のギラ・ゴグマが、ついに僕らの目の前までやって来た。
斧の足場を使って、さらに跳躍を成功させたザガンは岩壁を越し、僕らをまとめて叩き潰すには十分すぎる巨大な拳を振りかぶっている。
ダメだ、もう迎撃も防御も、間に合わない————
「キナコォーッ!」
「プンガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
葉山君の叫びと、キナコの咆哮が天を衝く。
直後、轟々と凄まじい風圧を伴って、僕の頭上に獣の巨腕が通り過ぎる。
「ブグッ! グッ、ムグゥォオオオオ————」
霊獣キナコが放ったストレートパンチが、見事にザガンの顔面を打ち抜いた。
真っ向から巨人と勝負できる巨躯を誇る霊獣キナコは、一撃でもってザガンを退ける。
奴はただ跳躍してここまで飛んで来ただけ。不安定な空中だ。そこで痛烈な一撃を叩き込まれれば、バランスは崩れ、威力のままに後ろに押し出されてしまう。
あと一息、あとコンマ一秒あれば、その恐るべき剛腕でもって僕を殴り殺しただろうザガンは、
「ォオオオ……ンバ、ダルガ……ニンゲェァアアアアアアアアアアアアアッ!」
憤怒と憎悪がこれでもかと込めた絶叫を上げながら、ついに奈落の底へと落ちて行った。




