表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第19章:王国崩し
320/522

第314話 ゴーマ王国攻略戦(6)

「むむっ、何ということだ!? 東門がニンゲン共の砦になっているぞ!」

 残るもう一方のニンゲン軍を倒すべく、再編成した部隊を率いて先頭を歩く大戦士バンドンが、指をさして驚きの声を上げた。

「ははぁ、なるほどね、土魔法で即席の野戦築城ってこと。確か大城壁を越えたのも、土魔法で橋を架けて乗り越えて来たってオーマ様が言ってたけど、とんでもない土魔法使いが向こうにはいるみたいだねぇ」

 生まれた頃から見慣れた東の門が、今や断崖絶壁を思わせる巨大な岩の壁に覆い尽くされている。王国ではオーマに次ぐ魔術師と名高い大戦士ギザギンズは、その岩の砦が成立した理由をすぐさま見抜いた。

「ジーラ族のサンゴ城塞を思い出すのう。あの時は嫌な場所に陣取られて、苦労したわい」

 最年長の大戦士ジジゴーゴは、ジーラ族と覇権を巡った戦争の思い出が口をついて出る。

 水に住まうジーラ族は、土魔法のようにサンゴを操り堅牢な砦を建設することも可能であった。要所に素早く砦を建設し防御を固められると、如何に厄介なことかをジジゴーゴは経験上、よく知っている。

「嫌だねぇ、年寄りは昔の話ばっかりで」

「ふん、卵の殻を被った小僧が。少しばかり賢しいだけで、全てを知った気でおると恥をかくぞい」

「それも経験ってやつ? おじいちゃん」

「なにおぅ! 減らず口ばかり叩きおってからに」

「ギザギンズ、ジジゴーゴ殿も、敵は目前ぞ。その辺にされよ」

 振り返って呆れ顔を見せるバンドンの仲裁が入り、くだらない言い合いは収束する。

 そして、大戦士三人は改めて土魔法によって築かれたニンゲンの砦を眺める。

「よもや王国内で砦攻めをすることになるとは……さて、如何にする?」

「とりあえず、俺が適当に撃とうか?」

「ふむ、まずは軽く様子見ということか。臆病な軟弱者のやり方、と言いたいところじゃが、オーマ様には慎重に攻めよとキツく言われておるからのう。まずはそれがよかろう」

 敵の砦を見たならば、何も考えずまずは突撃するのがゴーマ流である。実際、バズズかボンが率いていれば、必ずそうしただろう。

 しかしながら、この三人は単純な戦闘能力のみで大戦士にまで至ったわけではない。オーマの求めに応じて、多少なりとも知恵を回し、戦術的な思考を養ってきたスーパーエリートでもある。

 バンドンは偉大な先達である大戦士長ザガンの直接指導によって、自らを律することを身に着けており、ジジゴーゴはオーマ王と共に長きにわたって戦乱を戦い抜いた経験により、そして最も若いギザギンズは生まれながらの卓越した頭脳によって。三人とも、不用意にニンゲンが立てこもる砦への突撃を良しとはしなかった。

「それじゃあ、行くよぉ————」

 ギザギンズを先頭として、大戦士の『巨大化ギガ』を発動させる。全身にみなぎる莫大な力がもたらす全能感と共に、三人の大戦士は力を解放した。

 身の丈5メートルを遥かに超える巨人と化した三人は、炎上する東門付近へ悠々と足を踏み入れた。

 オーマの大雨が降り続けているが、相当な油をつぎ込んだのであろう、膨大な雨量にも負けず火災は激しく衰えを見せない。これ以上、先へ進むには並みの兵士では厳しい。

 しかし、ただ燃え上がるだけの炎などでは、大戦士を止めることは敵わない。

「ギザギンズよ、先に始めておれ。ワシらは火消しじゃ」

「はいはい、雑用よろしくぅ」

 巨大化を果たしても相変わらずの軽口に、ジジゴーゴの額に青筋が浮かぶが、バンドンがとりなしてそれぞれの仕事を始めた。

 砦への遠距離攻撃をギザギンズに任せたので、手の空いた大戦士二人は、配下が展開できるだけの場所を確保すべく、消火作業を開始する。

 ジジゴーゴは水属性の剣を振るい、巨大な水流を放出して燃え盛る火炎を押し流す。

 魔法の武器をもたないバンドンだが、巨大な火種と化している炎上した木造建築物を次々と叩き潰し、火勢を弱めていく。

 配下のゴーマ兵達も地道な消火作業を始めており、ほどなくすれば東門へ通じる道くらいは鎮火できそうだ。

 その一方で、先鋒を任された魔術師の大戦士ギザギンズは、いつもの気だるい眼を真面目に開き、砦を見据えていた。

「この距離で撃ってこないってことは、向こうは大した攻撃魔法は持ってないのかな」

 自分はすでに、攻撃魔法を撃ち込むのには十分な距離を詰めている。およそ300メートル。

 腕に自信のある魔術師ならば、すでに自慢の攻撃魔法を放っていてもおかしくない間合いだ。

「それとも、誘ってる? どっちでもいいか、まずは遠慮なく撃たせてもらう————よぉっ!」

 両手に青い炎の球を形成し、砦に向けて放つ。まずは最も防御の厚い正面の岩壁を狙って。

 僅か300メートルの距離を瞬く間に飛翔し、二つの青火球は着弾。大爆発を起こしながら、普通の火よりも高熱を宿す青い炎が盛大に撒き散らされる。

「流石に一発じゃ壊れないよね。でも、あれくらい割れるんなら————」

 青火球が炸裂した岩壁は、それなりに抉れてメキメキとヒビを走らせている。かなり分厚い岩壁はそれだけで倒壊することはないが、このまま撃ち続ければ十分に崩せるのではないかと思いきや、

「————うわっ、もう再生してる。メンドくさぁ」

 着弾点に広がる大きな焦げ跡と破壊跡は、ゴゴゴと岩壁が揺れながら新たな岩肌が隆起してゆく。十秒も経たない内に、修復が完了する。

「うーん、これは火の球撃ってるだけじゃあ埒が明かないわぁ」

「ふふん、小僧め、大口を叩いておいて情けないのう」

「ただの様子見って言ったでしょ、おじいちゃん。んで、その結果、やっぱ土魔法使いを潰さない限り、あの砦は幾らでも再生するってことが分かったワケ」

「なるほど……つまり、突撃するしかないのだな!」

 結局、正攻法という選択になってしまった。

 どこか嬉しそうに突撃を叫ぶバンドンを、ジト目で見るギザギンズであるが、きちんとした理由を踏まえた上での正面攻略を選んだとあれば、オーマも納得するだろうと結論付けた。

「ふふん、ここはこのワシが砦攻めのやり方を見せてくれよう!」

「むむっ、ズルいですぞジジゴーゴ殿! ここはどのような攻撃にも耐えうる堅牢堅固なこのバンドンに任されよ!」

「目の前にニンゲン共が籠る砦を前にして、これ以上は我慢など効かぬわい!」

「それは私とて同じこと! どうかここはお譲り頂きたく!」

「うーん、まぁ、ここはバンドンの方がいいんじゃないのぉ?」

「ギザギンズ貴様ぁ!」

「助太刀、感謝いたす!」

 恨めし気に睨むジジゴーゴに、パっと明るい表情を浮かべるバンドン。

「オーマ様があんだけ気をつけろって言ってんだから。向こうはまだ、ボンとバズズをぶっ殺した威力の技を見せてない。おじいちゃんが突撃した結果、即死攻撃食らって死にました、じゃあ申し開きのしようもないじゃん」

「むぅ、確かに守りの固さはバンドンには負けるが……」

「砦を作った土魔法使いはさ、まだ攻撃魔法を撃ってない。あれほどの使い手が本気で攻撃したら、『巨大化ギガ』状態でもヤバいよ?」

 多分、バズズは調子に乗ったところを、土魔法使いの攻撃魔法を頭にでも喰らって死んだのではないかと、ギザギンズは彼の敗因を予想した。

「しかし、この私の鉄壁の防御があれば、どのような攻撃にも耐えてみせまする!」

「そっ、だから、突撃するなら一番硬いバンドンに任せるべきだと思うんだよねぇ」

「ぐっ、ぬぬぬ……い、致し方ない、バンドン、ここはお前に譲ってやるわい」

「おおっ、感謝いたす、ジジゴーゴ殿!」

 ようやく話がまとまったよ、と溜息を吐くギザギンズである。

 そうして、改めて砦へと向き直る。今度はバンドンが前へと出て、巨大な岩の砦へと相対する。

「では、参る!」

 メイスを肩に担ぎながら、タックルの構えでバンドンは突撃を開始した。

 ドドン! ズズン! と巨人が駆ける凄まじい音と震動が王国の大地を揺らす。ただでさえ巨大な姿である上に、バンドンはその分厚い甲殻と巨大な甲羅によって、大戦士で一番の重量を誇る。

 真正面から転がり込んでくる大岩のような迫力でもって突っ込んでくるバンドンに、流石にニンゲンも焦ったのか、ついに攻撃が飛んで来た。

「ふははははっ! そのような貧弱な攻撃が、このバンドンに通じるものかぁ!」

 王国を焼いた炎を炸裂させる投擲物に始まり、風や光の攻撃魔法も飛んでくる。それらの遠距離攻撃はバンドンの頭部に集中するが、頭は兜も同然の厚い外殻に覆われており、全く痛くも痒くもない。

 中には目くらましでもして止めようというのか、煙幕や閃光を発するだけのものも入り混じっているが……多少、視界を塞がれた程度で転ぶほどの間抜けではない。

「愚かなニンゲン共よ、偉大なるオーマ様より授かりし聖なる力を前に、砕け散るがよいっ!」

 更なる加速を果たし、最大速度の最大威力でバンドンのタックルが岩壁に炸裂する————その瞬間、巨躯が揺らいだ。

「ぬうううっ!?」

 ドンッ! と強く踏みしめたはずの地面が、バシャーン! と盛大な飛沫を上げていた。

 まるで、池にでも足を突っ込んでしまったかのよう。けれどここは確かに、東門に通じる大通りのど真ん中である。こんな場所に池も水辺もあるはずがない。なにより、自分はそこが変わらず地面であることを『見て』いたはず。

 だがそんな疑問よりもバンドンを窮地に陥れたのは、シンプルに段差である。

 階段で足を踏み外したのと同じ浮遊感を覚えながら、大きく体が揺らぐ。当然だ、足元には謎の池が張られていて、そうとも知らずに全力で足を踏み込んでしまったのだ。

 そこにあるはずの高さがなく、行き場のない踏み込みの威力がそのまま水面を突き破り、2メートルはあろうかという底にまで、己の意思に反して足は突っ込んで行ってしまう。

 瞬時に崩れるバランス。あっ、と気づいた時には全力疾走の勢いは抑えきれず、転倒は避けられない。

 揺らぐ視界の中、バンドンは激しい地響きと共に盛大に転んだ。

「むぐっ、ぐぅううう……お、おのれニンゲン、なんという卑劣な罠をぉ!」

 ぶち破るはずだった砦の岩壁を見上げながら、バンドンはあまりの屈辱に怒りの咆哮を上げる。

 そして顔を上げた先に、今までに見たことがないほど邪悪に顔を歪めて笑う、ニンゲンの姿を見た。

 ソレは異形の頭蓋骨からなる長い杖を持った、小さな、ニンゲンの子供であった。ケラケラと笑い声を上げながら、その怪しく輝く瞳が見下ろす、いいや、このオーマに選ばれた大戦士を見下していた。簡単に罠に引っかかった、愚か者めと。

 そして、邪悪極まるニンゲンの子供は、高らかに杖を掲げて叫ぶ。

「ヨォーゴォーミィーヂィ! デロォオオオオ!(行くぞ『無道一式』、『完全変態系リ・モンスターズ』解放だ!)」

 黒々とした大きな影が、バンドンの頭上に突如として現れる。

 まだ立ち上がって態勢を整える暇もない内に、ソレは形を成して振って来た。

「ぬわぁああああああっ! なっ、なんだぁ、この醜い化け物はぁ!?」

 それは見たこともないほど、おぞましい怪物だ。牙、爪、鱗、毛皮……およそ、見覚えのあるモンスターの特徴があるものの、その全体像はあまりにも不気味で醜い。

 まるで、ありとあらゆるモンスターの体をごちゃ混ぜにしたような姿だ。それは一体のモンスターであるというより、単なる寄せ集めの肉塊といった方が正確だろう。

 しかし、動くはずのない、動いてはならない肉の塊は、明確な意思をもって襲い掛かって来た。

 毛むくじゃらの腕が、鋭い爪の生えた脚が、歯を剥き出し、牙を突き立て、バンドンの巨体を抑え付け、喰らいついてくる。

「は、離せぇ! この化け物めが!」

 こうもガッチリと組みつかれてしまっては、メイスを振るうこともできない。倒れ込んでいる体勢も良くない。それでもバンドンは蛇のように巻き付いてくる異形の怪物に掴みかかり、力づくで引き剥がそうとするが……この化け物も、なかかなに力強い。

 完全に抑え込まれるほど圧倒的な力の差はないが、容易く振り解けるほど非力ではない。バンドンは首元に絡みついてくる触手のような部位をブチブチと引き千切るが、それで化け物が痛みに怯んだ様子もなかった。

 厄介な相手だ。敵の砦を前に転んだこともそうだが、のたうち回って怪物を引き剥がすなど、無様極まる姿を晒す屈辱である。悔しくはあるが、脅威は感じなかった。

 この化け物がどれほど牙を、爪を、突き立てようとも、この全身を覆う重厚な甲殻を破ることはできない。事実、体のどこにも痛みは感じない。この大戦士でも最強の防御を誇るバンドンを傷つけることは、ニンゲン如きでは決してできはしない————

「むぐっ! なんだコレは……あっ、足が!?」

 ピリリと刺すような痛みが片足に走り、違和感を覚えた。どういうことだと慌ててみれば、痛みを訴える足は罠の水辺に浸かっている。

 化け物のインパクトのせいで完全に失念していたが、足を踏み外した罠を満たしているのは、ただの水ではない。それは赤黒い、腐った血肉を彷彿とさせるドロドロとしたこれまた不気味な液体であった。

 そして粘つく液体に浸かる足からは、ジュウジュウと焼き焦がすような嫌な音と煙が上がっている。

「と、溶けている!? バカな、この私の究極の鎧が、溶けているだとぉっ!」

 刃も矢も弾き、炎、氷、雷、あらゆる攻撃魔法を通さない、頑強極まる自慢の甲殻の鎧が、今まさに破られようとしていた。

 それは一体、どれほど強力な酸なのだろうか。虫系のモンスターには酸を放つタイプもいるが、虫けら如き大戦士の敵ではない。故に、気にしたことなどもなかった。

 この甲殻が、酸に浸かると溶けるなど、初めて知った。

 だが、今すぐに溶けてボロボロと崩れ落ちることはない。酸が装甲を蝕む速度は決して早くはない。まだ大したダメージには至ってはいない。

「ぬぉおおおおおおっ、邪魔だぁ! 離せっ、離せぇえええええええええっ!」

 しかし、それを許さないのがこの化け物である。

 酸で満ちた小さな池が、この守りを破る唯一の方法だと知っているのか、決して足だけは離さぬというように強く抑え付けてくる。

 刻一刻と溶けてゆく足。絡みつく化け物の手足や触手を一本ずつ千切ってはいくが、まだ解放するにはほど遠い。

 初めてバンドンは己が追い詰められつつある焦りを覚えた。『巨人化ギガ』の力を使った状態で、痛みを、ダメージを受けるのも初めての経験であった。

 そして、邪悪なニンゲンはその焦りを見抜き、狡猾に狙ってくる。

「ガァンダァ! (今だっ!)」

「ブンガァアアアアアアアアアアッ! 『剛大打撃ヘヴィメタルスマッシュ』」

「ボォンガァアアアアアアアアアッ! 『真一閃エルスラッシュ』」

 壁の上から、二体のニンゲンが降って来る。剣を構える剣士と、斧を振り上げた戦士。

 先手は戦士の繰り出す強烈な武技。化け物と揉み合っているせいで無防備に晒された首筋に、凄まじい衝撃が叩き込まれる。それは、思わずうめき声を漏らしてしまうほど。

「ぬううっ、だが、この程度で————」

 甲殻の守りこそない首筋だが、それでも厚いゴム質の皮膚が蛇腹状となって覆われている。首や各部の関節は同様の構造になっており、これだけでもそれなり以上の耐久力がある。

 戦士の武技の直撃を許したものの、分厚い皮膚が半ばまで抉るように剥がれ落ちただけで、肉体へ痛みと届けるほどではなかった。

「————ぐわぁっ!」

 しかし、直後に鋭い痛みがバンドンを襲った。

 後続の剣士は、戦士が抉った首筋を正確になぞるように、さらに武技で切り付けた。

 戦士の一撃で皮膚が半分失われれば、もう半分を剣士が斬り飛ばした。それだけのことである。

 分厚い皮膚の守りを突破された結果、武技の威力が宿る切っ先は、ついに肉まで届き血飛沫を上げさせるに至った。

「ま、まずい、このままでは……」

 怪物の拘束は今も尚続いている。勿論、片足も酸の独沼に突っ込んだままで、ジワジワと甲殻が溶かされ痛みは増して行く一方。

 その上さらに、関節部を破壊するに足る力を持ったニンゲンが加わった。二体は怪物の体を足場として、再び首筋を狙い、次の攻撃で致命傷を与える気だ。

 どうしてこうなった。絶対の防御を誇るはずの大戦士バンドンが、こうも簡単に追い詰められるとは。

「バンドン、そこを動くでないぞっ! むぅん!」

 窮地の中、聞こえてきたのはジジゴーゴの声だった。進退窮まりつつあったバンドンは、素直にそれに従い動きを止め、その直後、バリバリと響く雷鳴と轟音、そして甲殻を焦がすほどの灼熱であった。

「ヂィァ、ブッゲバダァ! (ちっ、危っぶねぇだろが!)」

「ギバダザ、グゲェ……(うわ、ギリギリだったじゃん……)」

 気が付けば、二体のニンゲンは黒い縄を伝って砦の上へと素早く逃げていた。それと、強く体に絡みついていた怪物の拘束力もかなり失われている。

 怪物の胴体にあたる最も太い部分が大きく切り裂かれていた。砦の壁面には、ジジゴーゴの雷の力を宿す斧が一本、突き立っている。

 どうやら、ジジゴーゴは手斧の投擲によって怪物を切り裂き、拘束を解いてくれたようだ。その上で、さらにギザギンズが火炎放射を浴びせかけることで、チョロチョロしているニンゲンを砦まで追い払った。

 ただのモンスターなら消し炭になるギザギンズの炎だが、バンドンならば多少は浴びても熱さを感じる程度で済む。集って来る小さな相手を払うには、最も合理的な手段であろう。

「一度戻れ、バンドン。ここは仕切り直しじゃ」

「ぬぅ、かたじけない……」

 大きく力を失った怪物を今度こそ振り払い、転がるにして砦から離れ、バンドンは大戦士二人の下へと退いた。

 ジジゴーゴの投げた斧は、もう片方の手にある斧がバチバチと強い稲光を発すると、紫色の電撃が結ばれ、壁から引き抜かれ手元へと戻って来た。金属は雷属性を通すことで、引き寄せたり反発させたりすることができる、というオーマの助言によって習得した、投げた斧を自動で回収する小技である。

 斧の投擲は壁を傷つけるに足る威力を発揮していたが、やはり引き抜かれた後に壁の傷跡は修復されていった。やはり、斧を投げ続けるだけでは、完全に破壊するには足りないだろう。

「やれやれ、あんな罠が仕掛けてあったなんてね。やっぱバンドンが行って正解だったよ」

「なにおう、ワシが行けばあのような卑怯な罠になど」

「あっさりかかって、そのまま首切られて死んだよね」

「小僧が————」

「ジジゴーゴ殿、ギザギンズ、誠に申し訳ない。まんまとニンゲンめの罠にかかり窮地に陥ってしまったこと、申し開きのしようもない」

「まぁまぁ、いいってことよ」

「うむ、無事に戻ったのならなによりじゃ。これ以上、大戦士を失うことだけは避けねばならぬからのう」

 素直に非を認めて頭を下げるバンドンに、二人は共に気にするなと答えた。

 ニンゲンは今度こそ大戦士を殺すに足る必殺の技を使うかと思ったが、それを落とし穴と酸の沼によって、バンドンを追い込んで見せた。卑劣だが狡猾な罠をもってバンドンの突撃を退けたことで、改めてニンゲンの恐ろしさを見せつけられた思いだ。

「奴らの罠は、他にもあるやもしれん……ここは、如何に攻めるべきか」

「なぁに、バンドンよ、そう心配する必要はない」

「うん、もう俺達の出番は終わったようなもんだから」

「なに、それは一体————」

 どういうことだ。この大戦士三人の揃い踏みという状況で、それを差し置いて活躍できる者など……と思うが、一人だけいることをすぐに思い出す。

 バンドンが振り返れば、そこには一人の戦士が、いや、大戦士が立っていた。

「すまん、遅れたな。ようやくオーマ様より、出陣の許可が下りた」

 いまだ激しく燃え上がる炎を突っ切り、悠々と王国最強の大戦士長が現れた。

「おおっ、大戦士長ザガン!」

「ザガンが来れば、勝ったも同然じゃ」

「まぁ、最後の美味しいところは大戦士長様に譲るのも、しょうがないかなぁ」

 ニンゲンの砦を攻めあぐね、危ういところもあった。だが元より勝利は揺るがない。絶対的な戦力差。

 その上で、最強の大戦士長直々の参戦とあって、完全に勝負は決した。

 だがしかし、圧倒的に有利な状況にあっても、ザガンの目には一分の油断も隙もなく、恐ろしいまでの闘志の輝きが宿っていた。

 当然だ。バンドンを罠に嵌めて追い込んだあのやり口。間違いなく、妻を殺した卑劣なニンゲンに違いない。晴らさねばならぬ、恨みがある。

「後は任せろ。あそこにいるニンゲン共は、この俺が殺る」

 復讐を誓ったザガンは、腹の奥底から湧き上がってくる殺意のままに、『巨大化ギガ』の力を解き放った。


 2021年9月17日


 まとめてくれないと分かりにくい設定。大戦士の年齢について。あと大まかなイメージなど。以下、年齢順に記載。


 オーマ・他の追随を許さない、ぶっちぎりの最年長。不老長寿の体現者。一代で起業から一部上場まで登り詰めた、敏腕社長のような。天才的な頭脳と圧倒的なカリスマでゴーマをまとめ上げ、王国を築き上げたが、そこに至るまでの若い頃の苦労を知る者は最早誰もいない。この戦いが終わったら、ザガンに自分の生き様を語って聞かせてやりたいと思っている。


 ジジゴーゴ・最年長の爺。定年間近だけど現場でバリバリ働いているような感じ。若い頃はバズズよりも血気盛んな脳筋野郎代表だったけれど、長年に渡る大戦士としての実務経験によって、ようやく知恵を身に着けるに至った。ザガンの父親と同期。大戦士を除くゴーマの中でも二番目の長寿だが、一番長寿であるオーマ王と比べれば、祖父と孫よりも大きな年齢差がある。


 ザガン・自他共に認める社長の右腕。30代で専務にまで登り詰めた、才気煥発のスーパーエリートの中でも、さらに図抜けた天才みたいな感じ。歴代で最年少の大戦士長。本来なら、大戦士としてもかなり若い部類に入る。そんなザガンでも二番手の年長となるので、今代の大戦士は全体的にかなり若い。ちょうど一気にメンバーが入れ替わったような時期でもあった。若手揃いの今代だが、オーマ王による長年の人材育成によって、ザガンを筆頭に歴代最強の布陣となっている。十年後、二十年後、となれば若手が経験を積みさらに強力となってゆくはずだったが・・・


 バンドン・アラサーの貴重な中堅社員。でもザガンさえいなければ、大戦士長になっていた出世頭でもある。さほど年齢の開きはないが、先輩後輩と呼べるほどの差があったのが幸いした。ザガンが先輩として、かなり面倒を見たので頭が上がらないし、純粋に最強の大戦士として認め、尊敬している。そんな自分を遥かに超える実力者がいたお陰で、大戦士にありがちな俺様最強! と増長することがあまりなく、早々に落ち着いた。バンドンの育成が成功したことで、オーマ王のザガンの評価もさらに上がったとか。


 ギザギンズ・高卒で入社して、今年二十歳になりましたくらいの感じ。入社二年目で新人は卒業しましたといったところ。チャラいけどめっちゃ要領よく仕事ができるタイプ。非常に珍しい魔術師タイプの大戦士なので、オーマも結構、目にかけている。現場仕事しかできないベテラン組に対して、若手だがパソコン弄れるからめっちゃ重宝されるみたいな状態。


 バズズ・今までヤンチャしまくってたヤンキー君を新卒採用した感じ。ギザギンズは先輩にあたるが、年齢がかなり近しいために、自分は同期だと思い、一方的にライバル視している。典型的な大戦士であり、放っておいても数年すればザガンが教育してくれるだろうと、オーマも長い目で見ている。最強の今代でなければ、そのまま大戦士長まで登り詰められるくらいには才能があった。


 ボン・年齢自体はバンドンと同じ程度の、中途採用。これまでの平均的な大戦士。かなりゴグマに近いが、それでも明確に一線を画す強さを誇る。正社員は伊達じゃない。四腕ゴグマはバイトリーダーくらいの立場である。バズズよりも年上だが、本人は完全に格下の後輩扱い。でも年下の上司にタメ口利かれてイラつくような気持ちは全くない。ゴーマは年功序列ではなく、強さこそが全てである。だが長寿の者は自然と強者揃いにもなる。強い者だけが生き残れる、過酷な競争社会。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ザガン釣り出せて計画通りしてくれよ。
[気になる点] 肉体へ痛みと届けるほどではなかった 勿論、片足も酸の独沼に突っ込んだままで 転がるにして砦から離れ、
[良い点] オーマ様の言う通り~慎重にな~ [一言] バンドンさん惜しいなぁ、もうちょいだった やっぱ、ニンゲンは邪悪ですな、小技を絡めて落としに来るとは おじいちゃんと魔法使いは一撃死がありそなかん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ