第30話 平野西山ペア
「なぁ、頼むよ桃川、双葉さん、ここのボス倒すのを手伝ってくれ!」
開口一番、そんなことを言いだしたのは平野君である。
「えーっと、ボスって?」
とりあえず、今すぐ斬りかかってくる様子は見られないことに安堵しつつ、質問で返して探りを入れてみる。
「犬だよ犬、あの赤い犬のデッカい奴! アイツ、やたら速ぇし、魔法もよけるし、マジで西山と二人じゃどうにもならねぇんだよ」
「はぁ」
どうやら赤犬の親玉みたいなヤツが平野君の言うボスモンスターらしいが、そもそもゲームでもないのにボスモンスってどういうことだよって感じだ。
「もしかして桃川君、ボスのこと知らない?」
イマイチ納得のいかないような僕の表情で察してくれたのか、眼鏡の西山さんが聞いてくれた。ここは大人しく、自分の無知を認めよう。
「ここに転送して来たってことは、ボスを倒したってことだと思ったんだけど」
「もしかして、あのカエルのこと?」
「ああ、そっちはカエルだったんだ。私らの時はスケルトンだったけど」
それから、ざっと西山さんが語るところによれば、どうやらボスというのは他のエリアにワープする魔法陣の部屋に居座る魔物のことを指すようである。
このダンジョンは全てが物理的に通路で繋がっているわけではないようで、特定の場所には瞬間移動、つまりワープできる転移魔法陣が設置されているらしい。そして、このワープ部屋には決まって大きめの魔物が住みついているようで、これを倒さなければ魔法陣は作動しない仕掛けとなっている。ぶっちゃけ、そのボスのコアを捧げることで魔法陣が起動するから、どっちにしろ倒さない限りは絶対先に進めない仕様なのだ。
「初めて聞いたよ、そんなの」
「マジで? フツーに書いてあったけど」
「多分、情報が届くタイミングに個人差があるんだよ」
気が付けば、いつの間にか僕の魔法陣にもゴーマの情報が更新されていたし。もしかすれば、天職の能力によって、より多くの情報を受け取れる、なんてのもあるかもしれないけど。
ともかく、今はこの微妙に役に立っていそうで実はそうでもない魔法陣情報について考察するよりも、このクラスメイトと上手く協力関係を構築する方が先決だ。
「えーと、それじゃあ、赤犬のボスを倒さないと先には進めないってことなんだ」
「そうそう、単純だろ?」
「別ルートとか、抜け道とか隠し通路とかは?」
「ここの階層はロの字型の簡単な構造で、必ず奥のボス部屋に続くようになってるんだよね」
西山さんの説明によれば、まずこの妖精広場を出ると、すぐに左右の分かれ道になっている。そして右に進んでも左に進んでも、どちらも同じ距離の直線となり、その先で再び合流。そして、この妖精広場とちょうど反対の位置に、例のボス部屋が設置されているという。
左右の通路の途中には幾つか部屋があるけど、他の通路には繋がっておらず、定期的にスケルトンが現れるらしい。
うーん、どこか別の場所で作り出され、それから転移魔法で各部屋に飛ばしているということだろうか。まぁ、現実にモンスターがポップする現象なんてありえないから、何かしら魔法の力によって行われていると考えるのは妥当だろう。
「隠し通路とかは、残念だけど私らの天職とスキル構成じゃ無理だし」
「そういうのを見つけんのは『盗賊』じゃねぇとな」
天職『盗賊』がそのテの探知スキルを持っていることは、すでに双葉さんから聞いた夏川美波の話で僕も知っている。
けれど、この二人も当然のように『盗賊』のスキルを知っているような口ぶりだ。
となれば、考えられるのは二人のどちらかが『盗賊』か、『盗賊』の仲間がいたかの二通り。よし、ここで天職についての探りを入れることにしよう。
「盗賊のスキルのこと、詳しく知ってるの?」
「あ、ああ、それは、なぁ……」
「平野君、これは言うしかないんじゃないの。どうせ、これを話しておかないとボスのヤバさは伝わんないし」
そうだな、とやや青ざめた顔の平野君は、意を決したように語り始めた。
「実は、伊藤がいたんだよ」
というと、男子の伊藤誠二君だろう。女子に伊藤姓はいないから、間違いない。
彼も僕と同じように、クラスでは目立つタイプではなかったはずだ。部活や交友関係などは、例によってほとんど話したことがないから僕は知らない。
「それじゃあ、伊藤君が『盗賊』だったんだ」
「おう、アイツのお蔭で俺らは結構楽に最初のとこをクリアできたんだよ」
「罠の位置が分かるし、宝箱も開けられるし」
「……宝箱? そんなのあるの?」
馬鹿な、それじゃあますますここはゲームじみたリアルRPG系ダンジョンじゃないか! という僕の思いをよそに、二人は「マジかよ桃川、宝箱知らないのかよ」みたいな表情である。
「まぁ、盗賊じゃなきゃ宝箱も見つかんねーかもしれねぇか。とにかく、何か知らねーけどマジであるんだよ、宝箱が」
「中には魔法の回復薬とか、運がいいと武器も手に入るの。ほら、私が使ってる杖も、宝箱から出たやつだし」
見れば、五十センチほどの細い枝に、大きな緑色のビー玉みたいな石が先端についた、如何にも「風属性の杖です!」みたいなモノが彼女の手に握られていた。現代日本で見れば、良く出来たコスプレアイテムにしか見えないが、この異世界においては決して馬鹿にはできない本物なのだろう。
「へぇー、凄い……けど、伊藤君がいないってことは……」
「まぁ、何つーか、そういうこと」
「最初にボスに挑んだ時に、ね。ここの前の階層が楽勝だったから、ちょっと調子に乗ってたとこもあって……」
鎮痛な面持ちの二人は、現実の人死にに直面して、このダンジョンの厳しさをすでに理解しているようだ。
「けどよ、ずっとここにいてもしょうがねぇだろ。ボスは怖ぇけど、アイツをぶっ倒さないと、先には進めねぇんだ」
確かに、別ルートを探す余地がないほどの単純構造となっているこのエリアでは、僕らは閉じ込められたも同然となっている。妖精広場のお蔭で、すぐに餓えることはないだろうけれど、そう遠くない内に限界が訪れることは明らかだ。
「だから頼むよ、四人で協力すれば何とかなるかもしれねぇ!」
「うん、まぁ、それはいいんだけど……」
とりあえず、ボスを倒して先に進むことに否やはない。僕が気になるのは、そこから先のことである。
「二人は、ここから脱出できる人数が三人まで、っていうのはもう知ってるよね?」
「お、おう、そりゃあ、まぁな……」
ちょっと気まずそうな顔の平野君。この絶望的な人数制限を知っていれば、実に自然な反応だろう。
「桃川君、今はそのことを考えるべきじゃないと思うんだけど。たった三人だけじゃ、そもそもこのダンジョンの奥まではとても進めないんじゃない?」
なるほど、西川さんの言うことはもっともだ。あの鎧熊だけでも、三人で挑むには危険に過ぎる魔物だ。ダンジョンを進めば、もっと強力な魔物が待ち構えていないとも限らない。いや、ここのボス部屋みたいなシステムがダンジョン全体の基本構造なのだとすれば、まず間違いなく奥に行く毎に強力なモンスターが配置されるだろう。
その難易度を思えば、三人以上でメンバーを作るメリットは計り知れない。
「でも、そう思わない人もいるよ。協力しない、くらいならまだいいけど、問答無用で殺しにかかってくる奴だって……いるかもしれない」
正確には、いると断言できる。少なくとも、樋口は容赦なく僕を殺そうとしたし。けれど、それをあえて言う必要はない。この二人にどこまで僕の情報と経験を明かすかは、よく考えないといけないから。
「でもさ、こっちが三人以上仲間を増やしていけば、そう簡単には襲われないんじゃない?」
数は力だ。それに、天職のある今の僕らは、見た目だけで戦力は図れない。非力な女子ばかり集まっていたとしても、彼女達が全員、ファイアーボールをぶっ放せるかもしれないのだ。
「それじゃあ、ダンジョンの攻略を最優先にして、脱出方法は後回しにしようってこと」
「うん、先に進めば、天送門以外の脱出方法だって見つかるかもしれないし。それに、今の私らはさ、ほら、強いじゃん。外の森だって、歩いて抜け出せるかもしれないよ」
希望的観測による問題の先送り……と反対するには、まだ早いか。確かに、僕らはこの異世界のことを何も知らなすぎる。何ができて、何ができないのか。まだ選択肢を絞るよりは、可能性を模索していてもいい段階、かもしれない。
「分かった、余計なこと言ってごめん。とりあえず、僕らは協力して、まずはボスの撃破を目指そう」
「おお、サンキューな桃川!」
「ありがとう桃川君、これで希望が持てるよ!」
互いに笑いながら、何となく握手を交わす。ひとまず協力体制が確立したことで、和やかなムードが漂うが……さっきからずっと沈黙を守っている双葉さんが気になる。
「……桃川くん、本当にいいの?」
チラリと彼女へ視線をやると、顔を近づけてそっと耳打ちしてきた。
「とりあえず、ここは協力した方がいい。でも……いざという時には、備えておいて」
当然だけど、僕はまだ平野君と西山さんを全面的に信用しているワケじゃない。西山さんの意見は僕も賛成できる。けれど、二人が正しい論理を口にしながら、密かに騙しているという可能性も否めない。
情けない話だが、もしも二人に裏切られた場合、僕にはどうすることもできない。まして、双葉さんにも裏切られれば、確実に死は免れえない。仲間のいない呪術師は、あまりに無力だから。
「うん、私に任せてよ、桃川くん」
そんな当たり前の注意を言っただけなんだけど、双葉さんはやけに嬉しそうな笑顔を浮かべて、力強い返事をくれた。
「平野君、西山さん、私も、これからよろしくね」
朗らかに微笑みながら、双葉さんも挨拶を交わして、晴れて四人パーティの結成と相成った。
「それじゃあ、まずは自己紹介、というより天職紹介した方がいいかな?」
「おい西山、そんなもん、ちょっとスケルトン狩ってくりゃいいんじゃねーの?」
「あっ、そっか、そうだよね。確かにその方が分かりやすくていいかも。じゃあ、桃川君、双葉さん、これからみんなでスケルトンと戦って、みんなの天職と能力を見ようと思うんだけど、いいかな?」
さて、早速だけど二人に僕の天職を明かさなければいけない時が来てしまったようだ。
まぁ、メンバーの能力も把握せずにボス戦に挑むなんてありえない。協力関係を結んだ以上は、自分の能力は最低限、明かさなければいけない。
「……分かった、行こう」




