第309話 ゴーマ王国攻略戦(1)
騎乗魔物含め普段以上に大所帯といった感じになった僕らの隊列は、速やかに森を進む。ここまで来れば、隠れ潜む必要はない。スピード重視で森を駆け抜けていく。
ゴーマは王国の守備を固めているせいで、森の方には見回りも少ない。採取に出ている一般ゴーマの気配は感じたが、奴らのことは無視して突き進む。
そうして、僕らが停止したのは森の切れ目。ここから数百メートルほどは木々が伐採された開けた土地になっており、その先に聳え立つのがゴーマ王国を守る高い防壁だ。
まずはここを越えることが攻略作戦の第一段階となる。
「上田君、芳崎さん、中嶋君、準備はいい?」
小声で問えば、三人は共に首を縦に振る。彼らの腕には、長い鉄の槍、にしては太い杭のようなものが抱えられている。単純に重量でいえば50キロはあろうかという大きな鉄杭だが、この三人の腕力ならば軽々と持ち上げられる。
「山田君もいいかい?」
「おう、いつでもいいぞ」
ロイロプス二号車に乗り込んだ僕に、山田が答える。彼も三人と同じような鉄杭を持っているが、そのサイズは3倍ほどにもなる巨大なものだ。まるで中世騎士の突撃ランスみたい。実際、山田がこいつを抱えてロイロプスを突っ込ませるだけで相当な破壊力になるけど、別にそれで壁を破ろうってワケではない。
この防壁は高さもさることながら、厚みも相当だ。コア爆弾を使っても、どこまで上手く破壊できるか分からない。
勿論、地上10メートルを大きく超える高さに、きちんと掘もあるので、合わせれば30メートル近い高さとなるのだ。地球基準で考えても、トップクラスに立派な防壁である。
さて、そんなゴーマ王国の努力の結晶たる防壁。その突破方法に僕が選んだのは、なんのことはない『そのまま乗り越える』である。
「ゴーマの歩哨も通り過ぎて行ったな……よし、行こう」
一度振り返り、みんなを見渡し目で合図。
それから、山田の肩を叩いて、作戦開始のゴーサイン。
「しゃあ、行くぜっ!」
山田の気合の掛け声が、ゴーマ王国攻略戦のスタートとなった。
ロイロプス二号は分厚い蹄で地面の土をドっと噴き上げるような勢いで猛然と走り始める。次いで、鉄杭を抱える三人も同時に走り出す。
そのまま防壁までの空き地を駆け抜け、防壁までの距離が100メートルにまで達しようかという地点で、僕は声を上げた。
「上田君、そこだ!」
「おう、一本目行くぞぉ!」
そこでロイロプスを追い抜いて、突出した上田が地面に鉄杭を突き刺す。よし、いい位置だ。起点が決まれば、後は練習通り。
「二本目だ!」
次いで、芳崎さんが二本目の杭を地面に突き立たせる。
「三本目、設置!」
そして中嶋が、三本目の杭を刺す。ここから防壁までは、もう30メートルといったところ。
「山田君、勢い余って落ちないでよ」
「んなアホな真似するか」
呆れた口調とは裏腹に、ドリフトでもかますように速度の乗ったロイロプスを横滑りさせながら急停止。ロイロプスはピタっと計ったかのように、10メートル以上もの深さを誇る堀の手前で停車した。
「コイツで最後だ!」
山田、気合の一球入魂。球というより柱だけれど、『重戦士』の剛腕でもって大きな鉄柱は堀の底へと真っ逆さまに投げ入れられ————ドズン! と重苦しい音を立てて、見事に垂直に突き刺さった。
「離脱!」
「分かってる!」
再びロイロプスを急発進させ、僕らは脇へと逸れながら、来た道を戻るように走る。
その直後に、杏子が動いた。
「————『大山城壁』」
天堂製黄金リバルバーの六連発と共に、土属性上級範囲防御魔法『大山城壁』が発動する。
ズズズ、と地震を思わせるほどの音と地響きを立てて、大地が隆起する。伊達に上級範囲ではない。巨大な怪獣が身を起こすように、地面からつき上がっていく土の壁の長さは、実に100メートルを越えようとしている。
ヤマタノオロチの巣を土木工事した時も、一発の魔法でここまで大きな範囲に影響を与えたことはなかった。けれど、今の杏子の実力、装備、そして鉄杭による前準備も合わせれば、これだけの効果を発揮できる。
そうして、見る見るうちに『大山城壁』は完成を迎える。
それは、ゴーマ王国の防壁にかけられた、巨大な坂道だ。高速道路のジャンクションのように、土魔法のスロープが防壁へ連なる。
うん、見事な完成度。完璧だ。
このスロープ建設で重用なのは、ロイロプスでも乗り込める斜度、道幅、耐久重量。そして建築速度である。
当たり前の話だけれど、大きい魔法を発動させようと思えば、時間もかかる。詠唱も単純に長くなるし、魔力を込めるのにもいわゆる溜め時間なんかも発生する。そして発動しても、特に土魔法の場合は瞬時に出現することはなく、徐々に土や岩が形成されていく。こんな長さ100メートル、高さ10メートル超の坂道を作ろうと思えば、それ相応の時間がかかってしまうのだ。
ここであまりにも時間をかけすぎると、ゴーマの防衛部隊が駆け付け、防備を固められてしまう。奴らの警備が集中して迎撃されるのは、今作戦で最も避けねばならない事態だ。故に、防壁を越えて侵入するところはスピードが命。
そこで準備したのが、少しでも『大山城壁』の完成を早めるための鉄杭である。
『土魔法造成用鉄杭・突貫工事くん1型』:土属性防御魔法の効果を高め、より早い完成を促す一種の補助アイテム。ヤマタノオロチで使った『封印槍:黒鉄』を参考に設計。杏子が自分で使いやすいように錬成した金属素材を杭状に成型し、僕が表面に魔力の通りを上げる術式を刻み、葉山君が土精霊に口利きをしておいた、単純な造り。じゃんけんに負けたせいで、ネーミング権を葉山君に奪われた結果、突貫工事くんになってしまったのは、痛恨の極みである。
遺跡街で鉄杭の効果検証、それの設置から魔法発動まで、それなりの回数練習をしてきた。あそこには防壁と同じ程度の高さがある建物なんて幾らでもあるからね。
お陰で、上田達の動きもスムーズだし、杏子も問題なく『大山城壁』を発動させた。
やはり本番での成功は、練習あるのみだね。
「橋はかかった! 急いで登れーっ!」
ロイロプスに跨ったままスロープを登り始める。僕の後ろからは、森を飛び出しこちらに続く面々。
そして、上田、芳崎、中嶋の前衛三人組は先んじて防壁まで登り詰めていた。
「これだけの音と揺れだからね。流石に奴らも異変に気付いたようだ……けど、やっぱりまずは様子見の小勢か」
防壁上の通路には、左右からギャアギャア喚きながらこっちへ走って来るゴーマの歩哨部隊の姿が見える。地上の方でも、廃棄場付近をたまたま歩いていた警備部隊と思しき一団が、走って来るのを捉えた。
防壁の歩哨も地上の警備隊も、どちらもまだ大した数ではない。だが、放っておけば邪魔になる。
「右は上田君、左は芳崎さん、中嶋君は下の奴らを」
「おう、任せろ」
「速攻で片づけてやるよ」
それぞれの得物を手に、速やかに駆け出す上田芳崎コンビ。残念、昨晩の間にカップル成立とはならなかったようだね。まぁ、この戦いが終わった後に、またゆっくり考えてよ。
「中嶋君は、王国一番乗りだね」
「あんまり嬉しくないなぁ」
いつもの苦笑いを浮かべながらも、中嶋は軽やかに身を翻して防壁から飛び降りて行った。相変わらず頼りなさそうな雰囲気ながらも、その戦闘能力は魔法武器の更新もあってかなりのものだ。彼もまた、ゴーマの小隊など鎧袖一触で始末してくれる。
「杏子は急いで降下準備。足場が出来次第、順次、降りて来て」
「うん」
「じゃあ、僕も先に行かせてもらうよ」
後続メンバーが防壁まで上がって来たところで、僕はロイロプス二号車を下車。
この高さの防壁だと、身体能力上がってる前衛職でもないと飛び降りることもできないからね。でも登るよりは降りる方が楽なので、杏子には適当なサイズの柱を階段状に作ってもらって、そこを順番に飛び降りるような形になる。
その間に、僕は初潜入の時からお世話になった廃棄場へと降り、次の準備を始めるのだ。
「この強化学ランがあれば、僕も特殊部隊並みのラペリング降下ができるんだ!」
横道戦のラストで僕を動かしてくれた強化学ラン。コイツの能力をもってすれば、本当はそのまま飛び降りても10メートル程度の自由落下ならなんとかなるんだけど、それはやっぱ怖いじゃん? なので、黒髪縛りをロープ代わりに、僕はソロソロと壁を降りて行く。
これも僕なりに練習した成果。素人の付け焼刃にしては、スムーズな降下だと思う。気分だけは立派な特殊部隊員。
「やぁやぁ、ただいま、病人、怪我人、障碍者諸君。君らは相変わらずのようだね」
ゴーマにとっての天敵たる人間が、これだけ乗り込んで来たというのに、ここに捨てられたゴーマ達は全く騒ぐ素振りも見せず、そこらに寝転がったまま。正に生きた屍ってやつ。いいね、静かな君らのことが、僕は好きだよ。
「レム」
「はい、あるじ」
僕の隣には、当たり前のように幼女レムが。アルファから姿を戻し、一緒にラペリング降下してきたのだ。
「全員、上陸だ」
「みんな、でろー」
僕とレムが命令を発する。返事はない。代わりに、ザブザブと水から上がる音が次々と響く。
この廃棄場のすぐ脇には、死体処理に利用したあのドブ川が流れている。こちら側は下流となるので、捨てられたいろんなゴミが流れつくし、ブタガエル達の食べ残しや排泄物なども直に流れ込んでくるから、王国内で最も汚い水場となっている。
そんな汚らわしい水底から現れたのが、あらかじめ僕が潜ませておいた陽動部隊のメンバー達である。
王国攻略の最初の作戦会議で、防壁を越える方法を話し合った時に、川から潜入する案は却下した。ドブ川があまりにも汚すぎること。僕ら全員が潜って潜入するのも、その潜水装備を準備をするのも手間がかかりすぎること、諸々の理由で。
だがしかし、僕の召喚獣はどれもアンデッド系モンスターのため、呼吸が必要ない。どんなに汚れた環境でも動けるし、待機し続けることもできるのだ。
幸いにも、このドブ川はあまりにも汚すぎるせいで、水底どころか水深1メートルも透き通って見えない。底の方に50近くのアンデッドが隠れ潜んでいても、ゴーマは絶対に気づかないのだ。
こうして僕は今日のために、少しずつ召喚獣達を川底から秘密裏に潜入させては、この場所に待機させておいたのだ。
『スケルトン』:元祖召喚獣にして、最弱の存在。しかし召喚コストは最低限にして、召喚数は最大。最初は13体だったが、今は倍の26体までの召喚を可能とする。あらかじめ召喚しておいたコイツらには、全員武装をさせている。流石に質の良いものを仕上げる余裕はないので、ほとんどゴーマ武器の流用。防具も魔物の皮素材の余りを適当に繋げただけのありあわせ。けれど全身を覆うような継ぎはぎ革鎧は、フードで髑髏頭も覆い隠し、遠目で見ればただの人型だ。
『ハイゾンビ』:スケルトンに筋肉がついた強化版。こいつも召喚数は元の倍となり、14体の召喚が可能となっている。元々のハイゾンビは全力ダッシュからの殴りつけと組みつき、噛み付き、しか攻撃パターンが存在しなかったが、僕の地道な調教によって、ちゃんと手にした武器を振るうことを覚えたのだった。とはいえ、スケルトンと同じ程度の素人モーションで、技も何もあったものではない。ないけれど、全力で武器を振り回すだけでもゴーマ相手には十分な威力を発揮する。スケルトン同様、コイツらにもきちんと武装を施してあり、一部には金属パーツも付属。勿論、フードも忘れずに被せてある。
さて、この辺の召喚獣は今までもいた奴らだ。
だがしかし、彼らの召喚数が倍に伸びているのを見て分かるように、実はこの度、『召喚術士の髑髏』も成長を果たしたのである。ありがとう東君。先代の男子委員長として、僕を応援してくれているんだね。
そして今回の成長によって解放された新たな召喚獣がコイツだ。
『タンク』:ゴグマを彷彿とさせる、大柄な力士体型の魔物。顔はハイゾンビと似たような感じで、鋭い牙が生えているが、体の方はゴツゴツした硬い灰色の皮膚に覆われている。ハイゾンビのさらなる強化個体といった感じで、見た目通りのパワフルとタフネスを誇る。そして案の定、鈍足。だが、普通に人間が走る程度の速度は出るので問題はない。召喚数は3体。
これが今の僕が繰り出せる、召喚獣の最大数だ。スケルトン26、ハイゾンビ14、そしてタンク3の合計43体。なんだかんだで結構な頭数が揃っている。
コイツら全員に装備を行き渡らせるために、生産作業も急ピッチで進められた。姫野が死んだ目をしながら、スケルトンに着せる革鎧を編んでいたものだ。
勿論、彼らにはただの武器と防具だけではない。放火用の火炎装備も準備してある。
それらは、スケルトンが川から引き揚げている樽の中に入っている。焼夷グレネードもあるが、彼らの基本放火装備は松明と油だ。
錬成を使えれば、素材そのものを変形し、つなぎ合わせることができる。簡易錬成陣でもそれくらいの操作が可能。つまり、木で樽を作るにしても、簡単に完全な密閉状態のものを作ることができるのだ。
一週間以上もドブ川に沈めていた継ぎ目のない樽は汚れが染みついて酷いものだが、その中に並々と満ちる油は、劣化することなく可燃性を維持している。
「それじゃあ、陽動部隊を頼んだよ、レム」
「ブルル、ブモォオアアアアア!」
陽動部隊の隊長を務めるレムのミノタウロス形態が雄たけびを上げる。
『ミノタウロス』:黒騎士のせいであまり出番のない形態。だが、魔物素材の追加で肉体を再構成し、より大きな体格とさらなる筋力の増強に成功した。このミノタウロスが振るう武器は、ギラ・ゴグマのボンが愛用していた巨大棍棒だ。これほどの重量武器を軽々と振り回せるほどのパワーが宿る。その大きな体とパワーで派手に大暴れし、陽動部隊として敵の目を引き付けて欲しい。
『ゴーヴ兵』:レムが制御できる限界ギリギリの数まで、屍人形にしておいたゴーヴの兵士達。合計で20体。直接制御ではなく自立型にしているので、動きはスケルトンやハイゾンビとどっこい程度だが、陽動部隊は数が多いほどよい。コイツらも一応、顔を隠すために雑に頭巾を被せている。
召喚獣43体に加え、屍人形のゴーヴ兵20、そして隊長のミノタウロスで、陽動部隊は総員64名の大所帯となった。
コイツらは装備が整い次第、ドブ川に向かわせていたので、僕も全員が揃ったところは初めて見る。うん、こうして見るとなかなかに壮観じゃあないか。大半が雑兵とはいえ、立派な部隊だよ。
さて、彼らに最後の仕上げといこう。
「写し見よ。風に揺れる葉は髪に。枯れ木の体は朧げに。薄闇に佇む姿を誰ぞ見る————『虚ろ写し』」
幻影の瞳術『虚ろ写し』を発動。僕の視界に映る陽動部隊全員に満遍なくかけていく。
実はこの呪術、発動コストは恐ろしく低い。総勢64体もの数がいても、問題なく全員にかけることが可能。正確には、タンクとミノタウロスは除外して、61体だけど。
ゴーマからすると、最も警戒しているのは人間だ。そこで、アンデッドモンスター丸出しの召喚獣達が現れても、優先順位は下がってしまう。少なくとも、わざわざギラ・ゴグマを動かそうとはしない。
だが60近い人間の軍勢に見えれば、きっとこっちが本隊だと誤認する。たとえ怪しいと感じても、捨て置くことは決してできない。なにせ、もう人間にギラ・ゴグマを二体もやられているんだからね?
確実に潰すなら。ギラ・ゴグマを擁する大部隊を繰り出すしかない。
「おーい桃川、こっちは片付いたぜ」
「アタシも」
防壁の上から、上田芳崎コンビが降り立つ。流石の仕事の早さである。
「こっちは、もう近くにゴーマの部隊はいないよ」
中嶋も剣を鞘に納めて、戻って来た。お掃除完了である。
「————よっと、到着ぅ!」
ドシーンと音を立てて、グリリンに乗った杏子が降って来た。続いて、ロイロプス一号車と二号車も、なんとか着地に成功。
葉山君達も、ちゃんといるな。
これで全員、無事に潜入成功だ。
「まずは南の大正門に向かう。陽動部隊は東門に向かいつつ、火をつけろ」
さて、ここからが本番だ。ついに僕らは敵地へと乗り込み、もう退路はない。作戦を成功させる以外に、生き残る道はない。
王国を滅ぼす策を練り上げた僕と、王国を守るために全戦力を集結させたオーマ。片やクラスの半分にも満たない人数を率いる委員長で、片や数万もの民を擁する一国の王だ。規模の差は歴然。だが、負ける気はない。
オーマ、お前がどれだけ賢くても、ゴーマなど所詮は下等な人型魔物。人間様の知恵と力と残酷さ、見せつけてやる。
覚悟しろ。今日でお前の王国を、跡形もなく滅ぼしてやるからな。




