第305話 秘密の取引
「————なるほど、長く潜入してきた甲斐がありましたね」
「ああ、少しは希望が見えてきたのではないか?」
「夏川さんが無事に戻って来て、本当に良かったよぉ!」
一週間もの長期に渡る、夏川さんのゴーマ王国潜入調査の結果報告を受けて、桜達は素直に喜びの声を上げている。俺としても、あらためて聞けば凄い成果だと思う。
しかし、ここから先が問題なのだ。
「兄さんは、あまり喜んではいないようですね」
「ん、ああ……悪い、先に委員長からざっと話は聞いていたから」
こういう時、妙に鋭いんだよな、桜は。咄嗟に適当な言い訳を口にしながら、俺はひとまず誤魔化した。
「そうですか」
「うん。夏川さんの調査のお陰で、かなり色んなことが分かった。けれど、まだゴーマ王国を突破する確実な策はない……次にどうするかが重要だ」
俺は委員長を信じて、彼女の提案に乗ることにした。
作戦の詳しい内容は教えない。だが、協力をして欲しいと。
そんな不誠実な、むしの良い話なんて、と普通なら思うところだが……他でもない、委員長がここまで言うのだ。信じてやらなければ嘘だろう。
それに、今の俺にはこれぞという作戦も思いつかない。ロクな対案も以上、ただ不安だというだけで、強い覚悟を持って申し出た委員長を止める真似をすべきではない。
「それに関して、提案があるわ」
「あら、涼子、何か作戦があるのですね」
「作戦と言えるほど大袈裟なことではないわ。言ってしまえば、調査の延長のようなものよ」
俺にも言えない秘密の作戦を隠している様子など露ほども見せず、委員長はいつもの調子で受け答えをしている。
よく女性は嘘を吐くものだと言うけれど……委員長も例外ではないということか。世の女性たちは皆、どこまでも自然に、上手な嘘のつき方というのを心得ているものなのだろうか。
「美波には、また王宮まで潜入して、可能な限り古代遺跡の機能の復旧をしてもらうの。上手くいけば、遺跡の機能を使って安全な潜入ルートを確保できるかもしれないし、扉の開閉だけでも操作できるようになれば、王宮を封鎖してゴーマの大軍を分断することもできるわ」
「なるほどな……王宮内にいるだけのゴーマなら、私達だけでも倒し切ることは十分に可能だろう」
「ですが、それではあまりにも美波に危険が————」
「ううん、いいの桜ちゃん。私は『盗賊』だから、隠れ潜むのは得意だから。っていうか、もう一週間もあそこに潜入してきたんだよ? 絶対、大丈夫だって」
にはは、と明るく笑って夏川さんが心配する桜へと言い聞かせる。
「けど、危険なことに変わりはないだろう。なぁ、次は俺も一緒に行くわけにはいかないか?」
「ええっ、そ、蒼真君と? 二人きりでぇ?」
急に焦ったように上ずった声の夏川さんである。そ、そんなに嫌がらなくても……しかし、彼女とて乙女の一人である。高速のナイフ捌きに平気な顔でゴーマ王国に一週間も潜入調査できる凄腕のエージェントみたいな実力者だけれど、クラスメイトの女子であることには何ら変わりはないのだ。
流石に男と二人きりで過ごすというのは、今まで男女混合パーティで進んで来たのとはワケが違ってくるだろう。
「いや、その、夏川さんは俺みたいな男と二人で過ごすことになるのは嫌かもしれないが、それでも身の安全を考えれば————」
「いやいや、違うの! 蒼真君と一緒がイヤとか、全然そんなんじゃないから!?」
その凄い慌てたようなフォローが逆に悲しい。
俺の方こそいいんだ。こういうのは仕方のないこと、悪気がある上での反応ではないことは理解しているつもりだ。若干のショックではあるけれど。
「悠斗君、気持ちは分かるけれど、潜入するだけなら美波一人だけの方がいいと思うわ」
「俺だって一応、隠密行動の心得はあるさ」
それは『勇者』としてのスキルではなく、幼い頃からの修行によるものだ。足音を立てない歩き方をはじめ、人の気配を読み、死角へ回り込む。爺さんは俺を忍者にでもさせたかったのか。だが蒼真流はそういうところまで含めての武術なので、仕方がない。
「えっと、蒼真君が一緒に来てくれるなら心強いけどぉ……王宮にある隠し通路とかって、一人が通れるのがやっとみたいな狭い通路も沢山あるから。蒼真君の体格だと、ちょっと通れないところもあるかも」
「あっ、そうか。すまない、そんなこと、全然考えていなかったよ」
これまで夏川さんに隠し扉や隠し通路を見つけてもらって、通って来たことはあったが、よく考えればそれらは全て俺含め仲間達全員が通れるものだけを利用してきたに過ぎない。
報告では、天井に走るダクトのような狭い通路も利用して、王宮に潜入したという。
小柄かつスレンダーな彼女だから、そういった場所も難なく通れただろうが、普段から鍛えた上に、体格もそれなりに恵まれた俺になれば、肩がつかえて入れない、なんてことは普通にありえるだろう。
いざって時に通路につっかえました、では冗談では済まされない。
「美波の話では、王宮も砦も警備が厳しくなってきているそうね。潜入するなら、基本的に隠し通路を利用することになると思うし、悠斗君が同行するのはやはり厳しいんじゃないかしら」
「兄さん、ここは素直に諦めて、美波にお任せするしかなさそうですね」
「大丈夫だよ、蒼真君。ここは私を信じて、任せて欲しいな」
「そうだな……心配ではあるけれど、ここは仲間を信じることにするよ」
何もできない自分がもどかしい。戦う力を持ち、装備も整っているというのに。
だが、どうしても向き不向きというのはある。向いている人に任せるのが一番で、下手に手伝いなどしないほうが良い、なんて状況だってあるだろう。
その辺は俺だって理解しているからこそ、最も危険な長期潜入調査を夏川さんに任せたわけで。ここで俺が同行するとゴネたところで、今更の話でもある。
「えっと、それでまた私一人で行くことになるけれど、みんなには他のところで協力はして欲しいな」
「勿論だ。俺達にできることなら、なんでも言ってくれ」
「今回の潜入では、とにかく古代遺跡の機能をどこまで使えるようになるかが大事よ。だから、起動に必要なコアを用意しましょう」
「うん、あそこには機能停止しているような石板もあったから、コアがあれば使えるようになるのもきっとあると思うんだよね」
なるほど、確かに遺跡の機能復旧は狙えるだろう。
今やすっかりお馴染みとなった転移魔法陣をはじめ、遺跡の機能はコアの魔力を動力源としていることはとっくに判明している。これまでの道中では、わざわざコアを使って復旧をしたことはほとんどないが、ゼロではない。逆に、コアで復旧すると罠が再起動してしまいそう、といった危険な場合もあった。これは夏川さんの罠察知系のスキルのお陰で回避できたのだが。
「だが、コアは俺達の装備強化で結構、つぎ込んでしまったから……外に出て、モンスターを狩りに行った方がいいだろうか」
「ええ、その方がいいかもしれないわね。ゴーマが王国の警備を固めたせいで、私達の捜索も打ち切り状態のようだし。今なら、安全に外でモンスターを狩れるでしょう」
「それでも、やはり危険ではありませんか? 私達を誘き出すための罠という可能性も」
「いざという時は、この砦へ逃げ込めばいいだろう。安全な場所が見つからなかったあの時とは、状況が違う」
桜の懸念ももっともだが、明日那の言うことにも頷ける。
夏川さんには最も危険な役目を任せているのだから、俺達だって多少のリスクは承知で行動すべきだろう。
「桜、俺は動くべきだと思う。奴らがまた何かの気まぐれで、大勢で捜索を再開する可能性だってあるわけだ。なら、コアが必要になってくるこのタイミングで、集められるだけ集めておいた方がいいだろう」
「そうですね……どの道、絶対に安全な方法など、ありはしませんから」
少し悩んだ様子はあったが、桜も納得を示してくれた。
「それじゃあ、決まりね。ああ、それともう一つ、小鳥遊さんには頼みたいことがあるの」
「えっ、小鳥に? なぁに?」
「美波に、出来る限りあの石板の使い方を教えてあげて欲しいの」
「ええっ、でも、アレって『古代語解読』のスキルとかがないと……」
「スキルがなくても、ある程度まで弄れるのは桃川君が証明しているから。本当は小鳥遊さんを一緒に連れて行ければ、直接、遺跡の機能を操作してもらえるのだけれど、流石にそれは無理でしょう?」
「ううぅ、ご、ごめんね……」
いや、俺でも同行を断られた潜入調査である。いくら古代遺跡を操れる唯一の人材とはいえ、完全な非戦闘員である小鳥遊さんを連れて行くわけにはいかない。
「うーん、私に覚えられるからなぁ」
「私も一緒に講義は受けてあげるから」
「それじゃあ涼子ちゃん、小鳥ちゃん、よろしくね! なるべく頑張るから!」
「うん、私も頑張って教えるよ」
後学の為に、俺もこの機会に覚えた方がいいだろうな。というか、出来ることなら全員が覚えてもいい内容だ。
実際、桃川は『古代語解読』のスキルもナシに遺跡の機能を弄っていた。最終的には、学園塔から逃亡するために、転移魔法陣さえ操っている。
もしかすれば、アイツにも古代遺跡の操作を可能とする何かしらのスキルを隠し持っていた可能性もあるが、単純に狡猾な頭脳だけでやってのけたかもしれないのだ。
「これで、やることは決まったな。準備が整い次第、夏川さんには再潜入をしてもらおう」
「ふーむ、ゴーマの奴らビビって引っ込んだな」
ボンとバズズのギラ・ゴグマ二体を倒してから数日。ゴーマ王国の動きに露骨な変化が見られた。
これまで王国を中心に、同心円状に僕らを探して索敵していた奴らが、軒並み王国付近の捜索、というより巡回としか言いようがない動き方になった。つまり、守りを固めている。
怒り狂って全軍打って出てくるか、慎重に防備を固めるかのどちらかだろうと思ったが、どうやら後者を選んだようだ。
奴らはこれまで、圧倒的少数に過ぎない僕らを一方的に追う狩りのような気分だったろうが、二体ものギラ・ゴグマが討ち取られたことで、一気に警戒するようになった。下手をすれば、王国を揺るがす大打撃を受ける危険性があると、オーマは判断したのだ。やっぱり、ゴーマとは思えないほど冷静で、理知的だ。伊達に王様やってないってことか。
でもそのお陰で、僕らはより最下層エリアを動きやすくなった。大手を振って、モンスターを狩って素材集めができるだろう。
しかし、徹底的に王国の防御を固めたことで、つけ入る隙がなくなった。もうボンのようにギラ・ゴグマ単独で王国から離れるようなことはないだろう。
これ以上、奴らの戦力を削ぐことはできそうもない。下手にちょっかいをかければ、奴ら今度こそ大挙して押し寄せ、王国の総力を挙げてどこまでも追撃をかけてくるだろう。
現状、僕らにとってのアドバンテージは、狂戦士の縄張りである地下に潜むことで、奴らにその所在を隠し通せていることだ。だから、ボンを奇襲したり、王国内で盛大にテロったりもできる。こちらが先手を打てる状況だから。
けれど、今の奴らはそうして僕らが姿を現すのを、虎視眈々と、万全の準備をもって待ち構えている。これ以上、王国に直接的な手出しをするのは難しいと言わざるをえない。
「というワケで、しばらくの間は狩りと装備製作の準備期間になるね」
「まぁ、そうなるよな」
知ってた、と言わんばかりの顔で上田が頷く。他の皆も同様。
やっぱり学園塔で過ごした日々があれば、それくらいの理解度になるよね。
「姫野さんは手を止めないで、作業に集中してて」
「チッ」
あからさまな舌打ちをして、サラマンダーの鱗剥がしに戻る姫野。頑張って、あともう少しで完了だ。
終わったら、次は簡易錬成での一次加工作業だよ。
「で、準備はできてるけど、どうすんの? 何かお目当ての魔物とかいるわけ?」
完全武装を整えた芳崎さんが僕に問いかけてくる。随分とやる気満々だ。
まぁ、それも当然のことだろう。
「折角、新しい技を習得できたからな。早く実戦で試して、モノにしねぇとな」
同じく完全武装、鎧兜をしっかりと身に着けた山田が言う。
そう、バズズを倒したお陰か、最後に奴を追い詰めた上田、芳崎さん、山田、中嶋、の四人はそれぞれ新たな技を授かったのだ。久しぶりのレベルアップである。
「そういうワケだから、俺も狩りに行くから」
「いやぁあああああああああ! 陽真くぅーん、私を置いていかないでぇえええええ!」
「姫野、うっさい」
真面目に作業していた杏子が、姫野の髪をむんずと掴んで作業場へと引きずっていく。同性なせいか、その扱い方に容赦がない。「ひぎぃ!」とか悲鳴上げてるけど、大丈夫?
「今日のところは先約があるから、まずはそれに付き合ってもらおうかな」
「なぁ桃川、俺は?」
「葉山君は、まだ精霊の力を借りるまで装備作成が進んでないから、『簡易錬成陣』の練習でもしててよ」
「俺ももっと狩りに出て、技を磨きたいんだが……」
「気持ちは分かるけど、葉山君の能力からして、地道な錬成訓練も大事だから」
「ねぇ、なんか桃川君、葉山君にはやけに優しくない?」
「そりゃあ、貢献度によって多少は態度が違っちゃうのも人情じゃないかな、特に新技は習得できていない姫野さん」
「だ、だって私ぃ、『淫魔』だし……?」
「おい姫野」
「戻るから! 今作業に戻るから!」
まったく、杏子に睨まれてそんなに焦るなら、真面目に作業に集中していればいいのに。どんだけサボってお喋りしたいんだか。
ともかく、僕もいつまでもお喋りしているわけにはいかない。先方との約束の時間もあるし、さっさと出発することにしよう。
すっかり見慣れた薄暗い地下トンネルを、前衛戦士4人組を連れて歩く。
この地下は絶対にゴーマや野生のモンスターが出てこないから楽でいいよね。真の主である例の狂戦士は現在、見事に僕らの拠点と正反対の位置を歩き回っている。放っておいても、あと数日はこの近くに戻って来ることはない場所だ。
レムの狂戦士追跡もすっかり手慣れたもので、最初の頃はうっかり近づき過ぎて瞬殺されたりもしたけれど、今はそんなミスもない。というか、狂戦士は常に一定のペースで歩き続けているようなので、地形的に変化がなければ速度も変わらない。
ロボットのように正確な動作を続けることが得意なレムにとっては、追跡しやすい相手と言ってもいいだろう。というか、変わらず歩き続けては出会う者を殺すだけの狂戦士も、レムのように特定の命令をただ実行している使い魔のような存在なのかもしれない。まぁ、あの中身が本物のサイボーグだったとしても驚きはしないけど。
そんなことをつらつら考えたり、四人組と下らない雑談をだらだらしていると、目的地へと到着する。
そこは最初に地下の仮拠点にしたような、駅のホームみたいな場所。こういったロケーションは各所に配置されており、地上に直通する分かりやすい通路もあれば、建物が崩れ去って埋まっているところもある。
このホームは、地上に崩れかけの遺跡の中で一つだけ通路が残されている、そんな目立たない箇所だ。
「あっ、桃川君、やっと来た!」
「ごめんね、待たせちゃったみたいで」
待ち人は勿論、夏川さんである。
彼女が一人でここに来ている、というのはすでに確認済み。待ち合わせ場所をここに決めたその時から、レムを潜ませて見張らせていたから。
少なくとも、地上の出入り口から夏川さんは一人でここへと入り、その間もずっと一人で待ちぼうけしている姿が確認できている。
だから、いきなり蒼真ハーレムに囲まれて奇襲される心配はない。
「それで、どうだった?」
「上手くいってるよ。全部、桃川君の言った通りにね」
「流石、委員長。話が分かる」
潜入したゴーマ王国で夏川さんとの出会ったのは本当にただの偶然だが、珍しく僕にとっては予想外の幸運でもあった。
お陰で、どう渡りをつけようかとずっと悩んでいたことが、あっさりと解決した。夏川さんとの出会いがなければ、蒼真ハーレムの潜伏先である、エリアマップにも記載されない秘密の砦を自力で探し出さなければならなかったのだ。
「えっと、山田君と中嶋君も、久しぶり……だね」
「ああ」
「夏川さんのことは、話には聞いてたよ」
ぶっきらぼうに返事だけの山田と、若干、気まずそうだがそれ以上の感情は見せない中嶋。
前回、ゴーマ王国を脱した時に会ったのは、葉山君と上田と芳崎さんの三人だけ。山田と中嶋とも今回顔見せしたので、あと姫野と合わせれば夏川さんに五人全員の生存を証明できる。
とはいえ、わざわざ証明のためだけに姫野を見せるような手間はかけないけど。そんなことより仕事して。
「それで、具体的に今はどういう状況になってるの?」
「私はゴーマ王国に、遺跡の機能を復活させるために再潜入する、っていうことになってる」
「おお、ということは」
「うん、ちゃんと持ってきたよ」
ほら、と夏川さんは綺麗な革袋を僕へと差し出す。
受け取り、中を覗けば……キラリと赤く輝く、見事な高純度コアがゴロゴロと。
「ありがとう。これで装備作成がはかどるよ」
満面の笑みで、心からのお礼を申し上げる。
どうやら、委員長は本当に僕のことを信じてくれるようだ。まぁ、ついに蒼真ハーレムしか残らなくなった現状となれば、委員長とて身の危険を覚えるところだろう。このままだと、本当に遠からず小鳥遊によって全員消されると。
「それから、こっちは涼子ちゃんからね」
「やった、念願の氷結晶を手に入れたぞ!」
コユキの首輪を最後に、在庫が底をついた委員長謹製の氷結晶。今回、ゴーマ王国攻略用の装備を作るにあたって、なんとか入手したい素材だった。
委員長との協力を秘密裏に結べたことで、ようやく氷結晶を安定供給できる。
「じゃあ、委員長にはよろしく言っておいてよね」
「ううぅ……こんな裏切り者みたいな真似して、涼子ちゃんの胃が心配だよ」
と、親友の身を案じながら、僕が差し出した胃薬を受け取る夏川さん。
この秘密取引、というよりほぼ一方的な素材の横流しは、小鳥遊には勘付かれないよう細心の注意を払っている。勿論、蒼真兄妹と剣崎にも、気づかれたら困るから秘密だ。
けれど蒼真君のことだから、完全に身内だと思っている委員長と夏川さんが結託して、僕の方に協力するなどとは夢にも思わないだろう。
最悪、小鳥遊が感づいて二人が裏切り者だ、などと大騒ぎしたとしても……流石に委員長と夏川さんの二人を、蒼真君はそう簡単には切り捨てられない。少なくとも、バレたところで命の危険はない。不正なんかバレたら、僕なんて速攻で処刑しようとするのにね。
ともかく、そんなワケで僕から委員長へプレゼントできるのは、こんな胃薬みたいに小さなモノだけ。夏川さんはあくまでゴーマ王国に潜入している、という体なのでなにがしかの戦利品を持ち帰ったら困るから。
でも遺跡の機能復旧を名目に、コアの持ち出しと消費は許可されている。当然、コアを使って機能復旧なんてする必要性はないので、完全に僕へとコアを横流しするためだけの方便である。勿論、僕が自分で考えて、夏川さんに入れ知恵したものだ。
それを信じて、委員長が実行。見事に蒼真君を言いくるめてくれたのは、本当に流石の仕事ぶりである。
「ねぇ、桃川君の方はどうなの? どれくらいかかりそう?」
「うーん、装備作成には最低でも一週間。それから練習含めて、もう一週間くらいかな」
「そっか。二週間くらいなら、なんとか私が調査に手間取ってるような感じで誤魔化せるよ」
「どんなに長くても、一か月以内には必ず作戦は決行するよ。まぁ、何かあれば、ここにレムを置いておくから、それで連絡してよ」
「別にいいよ、そこにいるクモもレムちゃんでしょ?」
「やっぱり『盗賊』には敵わないなぁ」
レムの見張りはバレバレか。でもまぁ、それくらいの警戒態勢は許してよね。夏川さんを僕らの本拠点まで案内しないのも含めてね。
「とりあえず、これで取引は完了ということで。夏川さんは、これからどうするの?」
「どうしよう……一週間も一人でいるのはちょっと寂しすぎるし、暇すぎるよー」
でも潜入していることになっているから、砦には帰れない。万一の追跡などを警戒して、僕らの本拠点に入れるわけにもいかない。
流石の僕でも、彼女を一人で放置するのは可哀想だと思う。何より、夏川さんは今回大活躍なワケだし。働きには報いなければ。
「それなら、ここを快適に過ごせるよう簡易的な設営だけして、あとは……良かったら、僕らの狩りに付き合ってくれないかな?」
「うん、分かった。いいよ!」
どこまでも明るい笑顔で快諾してくれる。うーん、この真夏の太陽のような笑顔は、本当に魅力的だ。小鳥遊のように薄汚ねぇ作り笑いじゃない、純度100%の天然モノというのが何よりいいよね。
蒼真君、やっぱり選ぶなら夏川さんにしなよ。




