第304話 巨人殺しの成果
「うぐぅうぁあああああああああああああああああっ!」
いまだかつてないほどの絶叫が、大戦士バズズの口から上がる。
右足は完全に骨が砕け散っては折れ曲がり、左足は腿の付け根から吹き飛んでしまった。凄まじい大爆発を至近距離で受け、全身が焼け爛れている。
これほどの重傷を負ったのは、生まれてからずっと戦いに明け暮れてきたバズズでも初めての経験だ。
天性の才能を活かして瞬く間に成り上がり、大戦士にまで登り詰めた。そして、その時に大戦士長ザガンに敗れ去り、以降は技を磨き始めた。輝かしい勝利は数知れず。だが屈辱的な敗北の味も、ザガンによって与えられている。
しかし、だがしかし————これほどまでに、明確に『死』を感じさせる経験は、文字通り生まれて初めてであった。
「ゼダ、ブルガァッ! (絶対逃がすな!)」
「ジェンズガ、ボグラァッ! (死ねや、オラァッ!)」
耳障りな叫び声を上げたニンゲンが、両足を失い地に倒れ伏した自分に向かって左右から迫って来るのを、バズズは揺れる視界の中で捕らえた。
「ぐううっ、く、くそっ、がぁああああっ!」
うつ伏せに倒れた状態で、技も何もなく、ただニンゲンを遠ざけるために夢中で腕を振るう。
しかし、悪あがきのように振り回しただけの腕など、二匹のニンゲンは軽やかな動きで掻い潜り、握りしめた刃を振り上げ飛び掛かる。
「ンッガァアアッ!」
「ジイッ、アザン (チイッ、浅い)」
「ンダラ、ブラギルァ! (なら、何度でもぶった切ってやるよぉ!)」
両側から交差するようにニンゲンの武技が、バズズの首元目掛けて振るわれた。剣士と戦士が振るった刃は武技の威力が宿り、直撃を許せば致命傷は避けられない。咄嗟に頭を振るって、どうにか直撃こそ避けたが、首の真後ろに二筋の斬撃が刻まれた痛みが走った。
「こ、この俺が……ニンゲンなんぞ、にぃ……」
確かな存在感をもって忍び寄って来る死の気配を振り払うように、悪態を漏らす。
同時に、バズズは死力を尽くして生き残るべく、瀕死の体に鞭を打って行動を起こす。
まずは、集って来るニンゲンから少しでも距離をとって攻撃から逃れる。同時に、体勢を立て直しつつ、傷の回復も図る。
流石に丸ごと失った左足を治すことはできないが、折れた右足のみに集中すれば、なんとかくっつけるくらいまではできそうだ。ただし、それも瞬時にとはいかない。
反撃できるだけの体に回復するためには、やはりまずはこの場から離れることが最優先————そんな決断を論理的な思考で下すまでもなく、バズズは両腕を思いきり曲げて、手のひらを地面につけた。
火傷の痛みこそあるものの、まだ無事な両腕でもって体を跳ね上げ飛びあがる。そうして、距離をとると同時に立ち上がるのだ。
本能的に行動を選択したバズズは、右足に『肉体活性』の発動を集中させつつ、曲げた両腕に渾身の力を込め————
「ボオッ、ヅドバルゾ! (おい、アイツ逃げるぞ!)」
「ドバルガァーッ! (飛ばせるなっ!)」
ニンゲンもバズズの意図を察したのだろう。慌てて切り返し襲い掛かって来るが、もうバズズが腕で飛び起きる方が早い。
巨人の腕が力強く地面を押し退け、その巨躯を宙に舞わせた、その瞬間。
「————『テラ・フォルティスサギタ』」
ドォン、という音を置き去りにして、再び岩の攻撃魔法がバズズを襲った。
飛びあがった直後、肩口に命中した強力な土属性の上級攻撃魔法は、鋭く尖った岩を半ばまで食い込ませながら、バズズの体勢を大いに崩した。
「ブガァッ!?」
再び地面へと無様に這いつくばったバズズは、その衝撃と痛みに頭が真っ白になるものの、戦士としての思考が状況判断を下していた。
すなわち、自分の右足を折った土魔法を放った魔術師が、遠くから自分を狙い続けている。この開けた場所で、両足を失い機動力を喪失した自分が、その攻撃から逃れることはできないと。
冷静な判断力が、どこまでも残酷に絶望的な戦況を示す。
「ぐっ、うぁああ……ど、どうすりゃ……グワァアアアアアアッ!」
どうすればいいのか、などと弱音が漏れたその瞬間に、再び痛烈な痛みがバズズを襲う。
見れば、鎧兜を身に纏ったニンゲンが、『肉体活性』によって肉と骨が少しずつ繋がろうとしている右足の傷口に、深々と大きな黒い斧を振り下ろしていた。
「ガブラ、ザンズダァ! (回復なんざ、させるかよ!)」
右足を再生しようとしていることなど、見るからに明らかだ。鎧の戦士はバズズの回復を阻害する一撃を叩き込み、これを完全に無効化させるのだった。
「ヤマグダァ、デグベラグオ! (山田君、腕も狙おう!)」
反射的に鎧の戦士を排除しようと右腕を振るおうとした瞬間に、その動きもまた鋭い痛みと共に止められた。
気が付けば、氷の魔力を発する短剣を握る魔法剣士が肉薄しており、太い氷柱が幾つも掌を貫き地面へと縫い留められている。さらに続けて、連撃系も武技でもって右腕を切り裂いていく。
「ジャッ、ゼルアァッ! (しゃあ、任せろよ!)」
「ゲヅダラァ、ジーマ! (中嶋に続け!)」
鎧の戦士は完全に断ち切った右足から、次は魔法剣士が攻撃した右腕へと狙いを変更し大斧を振るう。
そして、剣士と戦士のニンゲンも追いつき、急加速して左腕へと攻撃を開始した。
最後に残された左腕で咄嗟に迎撃をしようと振り上げるも、再び魔術師の攻撃によって、左手を撃ち抜かれ、文字通りに攻撃の手を止められてしまった。
「ヌグゥウァアアアアアアアアアアアッ!」
剣士、戦士、鎧戦士、魔法剣士、実に四匹もの手練れのニンゲンによって両腕を集中攻撃され、瞬く間にズタボロにされてゆく。何か行動を、と思った時には土魔法が飛んできて、あらゆる行動は阻害され、中断させられる。
まだ体力は、戦う力は残っているはずなのに、何もできない。何もさせてもらえない。
刻一刻と近づいてくる死の気配。覆しようのない敗北の予感。
そして、ついに限界の時が訪れた。
「がっあ、ああぁ……俺の、『巨大化』、がぁ……」
全身から赤い魔力の輝きが、粒子のように眩しく瞬きながら散っていった。
あれほど体中にみなぎっていた力が、全能感が急速に萎んで行く。同時に、うめき声を上げる程度で耐えられていたはずの痛みも、二倍、三倍の苦痛となって襲い掛かって来る。
バズズの『巨大化』はついに解除されてしまった。
身の丈数メートルもの巨人から、通常のゴーヴサイズへと戻ったバズズは、己が流した膨大な血の海の中で、四匹のニンゲンを見上げていた。
「グヘヘ、ダイガンオバァ? (へへっ、巨人化はお終いかぁ?)」
「ザマァ、ゴブダグゾガ (いいザマだな、ゴーマ野郎)」
「ゴレグバルダ (これで終わりだな)」
「ダァズ、イベラガ (まだ油断はしない方がいいよ)」
それぞれの武器を携えたニンゲン達が、自分を見下ろしながら耳障りな声で喋っている。
バズズはふと、幼い頃に手下のガキ共と廃棄場で寝ころんでいた障碍者のゴーマを、囲んで嬲り殺しにして遊んでいたことを思い出した。
地に這いつくばった弱者を、笑いながら足で蹴り、棒で突き、散々に弄んだ。あの頃は、いいや今でも、自分は常に殺す側。弱者の生殺与奪を握る、絶対的な強者。選ばれし者、ギラ・ゴグマである。
だが最強の大戦士であるはずの自分が今、最悪の宿敵ニンゲンに、その生殺与奪を握られていることを、バズズは心の底から理解した。
「う、あ、ああぁ……やめろ……やめろぉおぁああああああああっ!」
バズズは無様に叫んで、逃げ出す。
逃げると言っても、失われた両足に、両腕もほぼ千切れかけた状態にある。ただ地面に這いつくばって、のたうつことしか出来ない。
「ンアァ、ゲンジャグダァ! (ああ? 逃げてんじゃねぇぞテメェ!)」
「ジンゲバラ、ッゼーンダガ! (うっせぇんだよ、大人しく死んどけや!)」
羽を千切られた羽虫のように這いずり回るバズズの胴に、剣士の痛烈な蹴りが突き刺さる。痛みと衝撃にひっくり返ったところに、さらに戦士が踏みつけ。
強靭な腹筋に覆われたバズズの腹部だが、それでも重度の火傷に幾筋もの傷が刻まれたところに、ニンゲンの細い見た目にそぐわぬパワーで硬いブーツの底が押し付けられ、内臓が潰れそうなほどの圧力がかかる。
「ダグン、バダゲンドブガ (なんだよ、まだ元気じゃねぇかコイツ)」
「ザブ、ゲバゴロダブラ (早く、トドメ刺した方がいいんじゃないのかな)」
苦痛に呻く自分のことなどまるで顧みることなく、ニンゲン共はお喋りに興じている。そこにはもう、誇り高き戦士の戦いはない。
ただ処刑を待つだけの、恐怖と屈辱の時間だけが続く。
「アダガ、ンダブザゴ (アタシがやる。抑えててよ)」
「ンバ、イグドンダガ (おう、一発で首落とせよな)」
いよいよ、自分に明確な殺意が向けられるのを察する。
無論、そんなことを察するまでもなくバズズは一切の抵抗が許されないよう、拘束がされる。
「ぐああっ……ぐ、くそっ、離せ……んがぁあああああっ!」
鎧戦士が思いきりバズズの胸元を踏みつけ、凄まじい力で身動きを封じる。同時に、剣士と魔法剣士がそれぞれの剣を脇腹に突き刺す。
それだけでもう死ねそうな激痛と深手だが、本命は頭上で高々と斧を振り上げた戦士である。
戦士は土と血で汚れ切った靴底でバズズの顔面を踏みつけながら、冷たく言い放った。
「ジェダ、グズゴーマ (死ね、クソゴーマ)」
「それでは、ギラ・ゴグマの討伐を祝してぇ……かんぱぁーいっ!」
期せずして、二体ものギラ・ゴグマ、ボンとバズズを討ち取ったことで、僕らは地下の本拠地に戻って祝杯を挙げていた。このお酒に毒なんて入っていないから、安心して飲んでよね。
メイちゃんほどじゃあないけれど、僕だってお酒の作り方は習得している。僅かながらだけど、近場で収穫できた希少なモモマンゴー、独り占めにして食べちゃおうかと思ってたけれど、我慢してお酒にして正解だったよ。こういう節目でお祝いするなら、やっぱり何かしら美味しい一杯は必要だからね。
「ぎゃはは! 見たかよ桃川ぁ、あのバズズとかいうイキり野郎、最後は泣き叫んでやがったぜ!」
「あはは、みんなで寄ってたかっていじめるからー」
「いや、だが最後まで油断はできないからな」
「蘭堂さんのアシストには助けられたよ。特に、最初に腕だけで飛び上がろうとした時とか」
「陽真くぅーん、私も頑張ったんだよぉー?」
「あ、ちょっ、そんなにくっつかないで、マジで離れて」
僕は上機嫌に酒を煽る上田と、しみじみとした表情の山田、それから姫野中嶋カップルと適当に駄弁っている。
「おいマリ、いい加減に離れろって!」
「あっ? うっせぇわ」
「キナコもベニヲも嫌がってんだろ!?」
「いいだろ、アタシはバズズにトドメ刺したMVPだぞー、これくらいの役得があっても……ああー、このモッフモフたまんねぇー」
「プググゥ……」
一方、芳崎さんがキナコを背にしながら、正面からはベニヲを抱きしめてモフモフ独り占め状態。それを葉山君がなんかケチつけてるけど、相手にされていない模様。
杏子はバズズの首を刎ねた芳崎さんを労うように、お酌をしてあげているようだ。その膝の上では、コユキが丸くなって早くも眠りについている。
ああ、平和だ。実に平和だ。こんな楽しい時間がいつまでも続けば、なんて思うけれど、これでもまだ通過点に過ぎない。
僕らの本当の戦いは、まだまだこれから————
「おい、聞いてんのかよ桃川! そりゃトドメは芳崎に譲ったけどよぉ、ありゃあ俺ら全員のチームワークのお陰だるぉ?」
「上田君、もう大分酔いが回って来てるね」
「うるせぇ、俺は酔ってねぇ! まだまだこれから、これからの男なんだよ!」
この意味不明な言い回しは、完全に酔っ払いの戯言だ。
ええい、酔っ払いに絡まれるなら、女の子の方がいい。巨乳の子がいい。度を過ぎた爆乳くらいの子がいい。要するに、この面子の中なら杏子一択なのだ。
「じゃあ姫野さん、上田君のことお願いね」
「ええぇー、私には陽真くんがいるしぃ、二人もなんて困っちゃう」
「僕のことは気にせず、是非、上田君の相手をしてあげるべきだと思う」
「おい姫野、お前もめげない奴だよな……」
後は楽しくやっててよ。僕もコユキと一緒に、杏子の膝枕で眠りたいな。
なんて、そんな騒がしい一晩を過ごした、その翌日。
「僕らの本当の戦いは、これからだ!」
朝一番、特に二日酔いなどの影響皆無な僕は、元気よく妖精広場で叫んだ。
「やだ……やだ、戦いたくなーい……」
おっとぉ、戦う前から弱音を吐く軟弱者の新兵は誰だい?
「も、桃川君、本当にこれ全部やるのかい?」
「当たり前じゃん。っていうか、サラマンダーは半分になってるから、予定された作業量は当初の半分になるし」
「うん、それは、そうかもしれないけど……」
まったく、中嶋も弱腰になって。もっと杏子みたいに堂々としていなよ。ほら、噴水の淵に座り込んで、呑気にあくびしているし。
「さぁ、今回は大量の戦利品だ。張り切って行こう!」
そう、ボンとバズズの撃破など所詮は通過点。横取りしたサラマンダー素材を使って、王国攻略用の装備を整えることが、僕にとっての本命である。
激戦の果てにバズズを倒した後、僕らは急いで撤収した。バズズ登場直前には素材や装備は積み込み済みだったのが功を奏して、奴の首なし惨殺死体だけを積み込み、すぐにその場を離脱できた。
流石に、あの状態でさらに増援が現れれば対応しきれない。半ば祈るような気持ちで、急ぎ地下まで降りたものだ。
ともかく、僕らは無事に全ての戦利品を回収しての帰還に成功している。バズズを倒すために、サラマンダーを『無道一式』に半分食わせてしまったのは勿体ないけれど、あの時は仕方がない。それに、これはこれで立派な戦力強化に貢献しているので、無駄にはなっていない。
「姫野さんと中嶋君は、まずは鱗を剥がすところからお願いね。大きい甲殻のところは、上手く外すように」
「えっ、この量の鱗を? 一枚一枚?」
「一枚ずつ、丁寧に、傷付けないよう綺麗に剥がしてね」
サラマンダーの鱗だから、ちょっとやそっとじゃ傷なんかつかないけど。でもその辺は、モンスターの鱗剥がしは学園塔に入る頃から何度もやってるし、今更細かく指導するようなことじゃあない。任せたよ、二人とも。
「杏子はゴーマ装備を溶かして選別で」
「ほーい、いつもの感じでしょ」
「うん、いつもの感じでお願い。でもボンとバズズの装備は魔法付きのもあると思うから、その辺だけ気を付けて」
「了解、そーいうのはちゃんと避けとくから」
流石、杏子は話が早くて助かる。仕事も早いからもっと助かる。いい女、ってこういう人のことを言うと思うんだよね、姫野さん。聞いてる? すでに死んだ目で鱗剥がしに取り掛かってる姫野さん。まだ三枚目なのに、もうそんな表情で大丈夫? 休憩はまだ2時間先だよ。
「それじゃあレム、僕らはサラマンダーを解体していこう」
「はい、あるじ。コアから?」
「いや、尻尾から行こうか。コアは最後のお楽しみってね」
バズズのために、ボンのコアは爆弾にして使い捨ててしまった。でも、サラマンダーのは残っている。今回の戦利品で、最も価値があるのはやはりこのサラマンダーコアになるだろう。
これを利用して、王国攻略のための装備を作り上げるのだ。
「ふふん、腕が鳴るね」




