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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第4章:二つ首の猛犬
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第29話 転移の魔法陣

 双葉さんの圧倒的な狂戦士パワーで大カエルを仕留めることに成功したので、僕らはさっさと先へ進むことに決めた。

 魔法陣のコンパスは、ここだ! とばかりに湖の中心、つまり水面橋を進んだ先にあった円形の広場みたいな地点を示していた。

「でもここ、何もないんだよなぁ……」

 困ったことに、ここはどう見てもただの広場なのである。水面橋と同じく水深30センチほどの地点に石畳みたいな床が広がっている。構造的には、湖底から巨大な柱が立っていて、僕はその真上にいるような感じだろう。

「うーん」

 と意味もなく唸りながら、とりあえずは何かギミックがないか探してみることにする。夏川美波がトラップを利用していたことから、このダンジョンには様々な仕掛けが施されていることはほとんど確定といってよい。コンパスがここを頑なに指し示している以上、必ず何かこの場所にはあるはずなのだ。

 とはいっても、全くのノーヒント。隠し扉を動かしそうな装置みたいのもなければ、謎解きが書かれた石版なんてものもない。

 強いて言えば、石畳が魔法陣のような図形が描かれているらしい点が、それらしいかなってくらい。だが、これだってただの飾りという可能性もある。

 僕は腕まくりをして、それとなく足元に広がる魔法陣を描く溝へ触れてみた。

「やっぱり、何も起こらないか」

 指先に触れるのは、硬い石とその上に少し滑るような苔。どれくらいの間、水面に沈んでいたのかは分からないけれど、苔が蒸しているのも当たり前の環境だろう。

 なんて思いながら撫でていると、不意にグンニャリとした柔らかいものが僕の指を突いた。

「ん?」

 水の中から手を上げて見れば――心臓が止まるかと思った。

「ぬわぁあああああああっ!?」

 僕の指先に、楕円形の黒い生き物がぶら下がっているのだ。強力な吸盤で吸い付いているように、口先と思しき部位が、僕の人差し指の先っぽにくっついてブラーンとぶら下がっている。

 そう、それは蛭だ。デカい蛭だった。15センチくらいあるぞ、コイツ。

「あぁーっ!?」

 半ば半狂乱になりながら、ブンブンと腕を振り回すものの、デカいだけあって吸着力も強いのか、なかなか吹っ飛んで行かない。その間にも、蛭は加速度的に僕の血を吸い出しているようで、僅かに透過する体表から、その内側に赤い液体が溜まっていくところが見えた。


黒の血脈:その血は――


「ぎゃぁああああああああああああっ!」

 今、何かちょっと頭の中で呪術の説明文みたいなものが浮かんだ気がしたけど、巨大蛭にゴクゴク血を吸われている真っ最中の僕には、冷静に読み解く余裕などない。痛みこそないものの、吸血されていく様をまざまざと見せつけるような気持ちの悪い半透明の体のせいで、泣き出したいほどの嫌悪感を味わう。っていうか、もうちょっと泣いてるし。

「はぁ……はぁ……と、とれた……」

 結局、足で踏みつけながら指を抜くことで蛭を離すことに成功した。その気はなかったけれど、つい体重をかけすぎてプチリと靴の裏で潰してしまったようだ。赤い靄のように、水中に僕の吸われた血が広がった。

「も、桃川くん! 大丈夫!?」

 と、そこまで一人で大騒ぎしたところで、相方であるバーサーカー双葉さんがドタドタと大きな体と胸を揺らして現れた。

「だ、大丈夫……それより、この床のところ、デカい蛭がいるみたいだから、噛まれないように気を付けて」

「え、えぇーっ!?」

 目を白黒させながら、水面でバシャバシャとステップを刻む双葉さん。足に気持ち悪い吸血生物がまとわりついていないことを確認して、ようやくダンスを終えた。

「それより、コアの方はどう?」

「うん、ちゃんと獲れたよ!」

 僕が円形広場を調べている間、双葉さんには倒した大カエルからコアの採取を頼んでおいた。流石は白嶺学園料理部のエース、見事に成功したようだ。

 満面の笑みを浮かべて差し出された彼女の手には、赤い結晶が輝いている。間違いなく、コアだ。これを見るのは二度目。鎧熊のコアを奪われた時に見たからね。

 思い返してみれば、大カエルのは一回り以上は鎧熊のものより小さいように感じる。やはり、魔物としての強さが関係しているのだろうか。図体としてはどちらも同じくらいだけど、どう考えても戦闘能力は鎧熊の方が高いだろうし。

「ありがとう。でも、残念ながらこっちの方は何も分からな――」

 僕が不甲斐ない調査結果を報告しようとしたその時、唐突に変化が訪れる。

「うわっ、何だ、魔法陣が光ってる!」

 まるで双葉さんの到着でも待っていたかのように、足元に広がる広場の図形が赤く発光を始めた。どうやら、これはただの模様ではなく本物の魔法陣であったようだ。

「わっ、わわっ、どうしよう桃川くん!?」

 どうしようたって、僕は魔法について何一つ知らないのだから、対応策など知りようもない。

 けれど、魔法陣の発光に合わせて、双葉さんの手にあるコアも輝きを放ち始めたことには気づいた。

「コアが光ってる! とりあえず、捨てて!」

「えーい!」

 そうして、双葉さんがポーンと貴重なコアを投げ捨てた。綺麗な弧を描いて、水面にポチャンする寸前、まるでコアがフラッシュグレネードにでもなったかのように、一際眩い赤光を放った。

「うわっ――」

 瞬間的に閉ざされる視界。反射的に目を閉じるものの、瞼の裏からでも強烈な光が生じていることが感じられる。今、目を開けたら失明するんじゃないかと思えるほど。

 だから、僕が再び瞼を開いたのは、それからたっぷり三十秒は経ってから。少なくとも、大発光が収まったのを確信してから。

「ん……双葉さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫ぅー」

 声の方を向けば、ぼんやりと視界に、双葉さんの大きな姿が映り始める。とりあえずは、お互い無事なことに安堵するけれど、すぐに、変化に気が付いた。

「あれ、ここ……湖じゃない」

 閃光でチカチカしていた視覚が明順応を経て正常に戻ってくると、周囲の景色が一変していることにすぐ気が付いた。

「あ、妖精広場……だよね?」

 うん、と二つ返事で頷けるのは、真っ先に目に飛び込んできたのが、このダンジョンにおける安全と安心の象徴である可愛い妖精さん象の立つ噴水だからだ。

 けれど、広場全体の趣きが少しばかり様変わりしていることに、僕も、思わず疑問符を浮かべた双葉さんも困惑したのだろう。

 広さは同じくらい。でも、何というかここは……緑が少ない。自然公園の一角のような感じだったけれど、ここはどうにも完全な室内といった感じがする。左右に立つ妖精胡桃の木はそれぞれ一本ずつだし、咲き乱れる色とりどりの花畑もない。その代りに、申し訳程度のプランターが幾つか噴水の周囲に配置されているだけ。

 何だか、酷く殺風景に見える。

「おいおいマジかよ、やったぜ西山、誰か来たぞ!」

「ちょっと、気をつけなよ平野、樋口とかだったらどうすんの」

 そんな声が聞こえてきた瞬間、ドキリと心臓が緊張で高鳴る。

 しまった、ここには誰かが――いや、声と台詞からいって、男子と女子の二人、平野君と西山さんがいる!

「おぉ、何だよ、桃川か……それと、うおお、双葉さんか」

「あ、そう? 良かった、変なヤツじゃなくて」

 見れば、そこには間違いなく、クラスメイト二人の姿があった。

 ヘラヘラと笑っている背の高いジャージ姿の男子が平野君。僕の出席番号は19番で、彼は18番だから、二年に上がったばかりの出席番号順の並びの時、前に座っていたから特に交友関係はなくても顔と名前はしっかり憶えている。ついでに、そのデカい背中のせいで酷く板書するのに苦労した覚えもある。

 もう一方、セーラー姿の西山さんは、こっちも特に交友関係はない。というか、僕には女子との交友関係は皆無だが、今はどうでもいい。

 西山さんは中肉中背で特に目立った容姿ではない眼鏡の少女である。どちらかと言わなくても地味な女子生徒だけど、別にぼっちというわけでもない。普通にクラスに友達がいて、何人かのグループで休み時間に談笑している姿が記憶にある。

 普段の学園生活においては何ら気にも留めない人畜無害なクラスメイトであるが、今、この極限のダンジョンサバイバルの状況においては、どんな人物でも油断できない。

 とりあえず、この二人には樋口の時のように有無を言わさず襲い掛かってくるような気配はない――けれど、警戒するには十分すぎる。

 なぜなら、彼らは二人組で、僕も双葉さんとのコンビ。つまり、この場にはまたしても、四人という呪われし数字の人数が集ったこととなるのだ。

「や、やぁ、こんにちは……」

 僕は緊張と警戒を必死で押し隠した苦笑いを浮かべながら、そう挨拶を返す。

 さて、この二人は仲間となってくれるのか、それとも、敵となるか。できれば、凄惨な殺し合いに発展しないことを、今は祈るより他はない。

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