第298話 王国の崩し方
「あの忌々しいゴーマ王国を、みんなでぶっ潰してやろう」
僕のゴーマ王国攻略説明会は続く。内容はここからが本題、如何にしてあの巨大な城塞都市と化しているゴーマ王国を陥落させるか。その具体的な方法論である。
「そもそも、古代遺跡ってなんでまだ崩れないで残っていると思う?」
代表的な崩れていない無事な遺跡部分といえば、妖精広場とボス部屋である。どれだけの時間ここがダンジョンとしてあり続けたのかは分からないが、どちらもその部屋の役割は十全に機能し続けている。
これといった劣化も見られず、緑の芝生に妖精胡桃の木や花畑は誰かが手入れしているかのように整っているし、薄汚れた様子も見られない。機能の生きている妖精広場は全てそうなっている。
同じく、ボス部屋はボスモンスターの召喚機能に、場合によっては雑魚を呼び出すなどのギミックなんかも生きているわけで。
「そりゃあ、何か魔法がかかってるんじゃねぇの? ずっと綺麗にする、みたいなやつ」
「掃除の魔法的な? そんなのあるなら、ウチも欲しいんだけど」
葉山君と杏子から偏差値低めの解答が来るけれど、理解度としては僕も含めて概ねみんな同じだろう。
天職の力を持つ僕らは、早々に魔法の存在も受け入れている。だから、どれだけ時間が経っても綺麗な状態を維持し続けるような魔法があってもおかしくないと。
その魔法がかかっている妖精広場は綺麗だし、魔法が切れたのが、他の大部分の崩れかけだったりするダンジョンになる。
「そう、古代遺跡が綺麗に残っているのは魔法の力に外ならない。じゃあ、その魔法を解除したら、どうなると思う?」
「どうって、そりゃあフツーの遺跡になるんじゃねぇのか」
「上田君、正解」
魔法が切れれば、普通の遺跡となる。ここが重要なのだ。
普通、すなわち通常の物質的な制約や経年劣化など、リアルな物理現象を受ける状態と化す。
つまり、壊せるのだ。
「このダンジョンってほとんど地下にあるけど、こんな超巨大な地下空間を維持しているのは、この魔法のお陰だよ。魔法がかかっている場所は超頑丈ってことね」
遺跡街のように明らかに年月の経過を感じさせる崩壊具合のある場所は多々見られるけれど、それらが建つ地下空間そのものはどこも問題なく存在している。想像を絶するほど巨大なジオフロントであるダンジョン、その土台部分は今も魔法効果のお陰で揺らぐことはない。
「僕がゴーマの王宮で見つけた、石板の並んだサーバールームみたいなとこでアクセスしたら、分かったよ。ダンジョンには魔力を通す管のような構造があって、そこを魔力が流れ続ける限りは劣化することもなければ、壊すこともできないほど頑丈になるんだ」
正に魔法文明技術の神髄を見た気分だ。
恐らくこの魔力による維持強化機能は、特別なものではなく、古代においてはどんな建築物にも使われた普遍的な技術だと思われる。カタコトな古代語解読しかできない僕でも、該当箇所を見ればそれとなく分かるくらいの書き方なんだし、秘匿されるような内容じゃあないってことだ。
僕があのサーバールームで読んだ限りでは、この建築強化のための魔力循環は基本的に切ってはいけない設定項目、みたいな書き方であった。だから、何となくで弄ることもできる。
「これは王国が建つ立地の図解だよ。あの塔で仕入れた情報と、サーバールームの情報、どっちも照らし合わせているから間違いはないと思う」
小鳥遊も見たであろう、ダンジョン本来の地形図である。
そこには高くそびえ建ち、それ以上に地下深くへと続くセントラルタワーと、その周辺にある平坦な地形が記されている。後になって建設されたゴーマ王国は全く反映されていない。
けど、ここで注目すべきなのは、そこが元々どんな地形だったのか。ゴーマ達は、どんな場所に自分たちの国を建設したのか。馬鹿なアイツらは、きっとそれを知らないのだろう。
少なくとも、僕だったら絶対こんな場所に街は作らない。
「見ての通り、ゴーマ王国は屋根の上に作られてるんだよね」
正確には屋根というよりも、この最下層エリアの地面のすぐ下が丸ごと空間になっているだけなんだけど。
セントラルタワーの地下部分は、そのまま地中に埋まっているワケではない。その全貌は、タワーの周辺半径1キロほどの範囲が中空と化しているのだ。
なので、真の意味で最下層は、タワーの根元部分に広がる円形広場となる。
恐らく現役時代の古代では、下から見上げれば巨大なタワーと上の階層まで吹き抜けとなっている、実に壮観でお洒落な建築デザインとなっていたのだと思われる。
「タワーが吹き抜けた先の屋根の上は、元々なんにもない地形だったんだ。だからこそ、奴らはここに王国を築いた」
森を切り開く必要もない、大勢が住むのに適した平坦な土地が、正にタワー周辺だったわけだ。単純に見た目だけの地形でいえば、確かにここ以外ないだろうという場所。
けれど、流石のオーマも地面の下まではチェックしていなかったと見える。
えっ、オーマが知ってる可能性? ないね。もし奴が知っていれば、あのサーバールームは絶対に出入り禁止で永久封印するよ。万が一にでも、タワー周辺の魔力をカットされたら大変だからね。
「もう王国周辺の魔力は切ってるんだけど、オーマには何も動きはないし、マジでこの事は知らないんだと思うよ」
転移魔法は使えるくせに、多少の古代語解読能力さえあれば利用できる石板を使えないのは、少々腑に落ちないけれど。たまたま気づかなかっただけ、というならいいけれど、オーマの知能を見るにその可能性は低そうなんだよね。
だから、オーマには何か、石板そのものを使えない理由や制約なんかがあるのかも。
例えば、石板は人間にしか反応しない、とか。
「なぁ桃川、それじゃあこのまま放っておけば……ゴーマ王国って、落ちるのか?」
「いや、流石に魔力切って解除しただけじゃ、すぐには崩れないみたいだね」
幾ら何でもそこまで魔法依存の脆い構造にはなっていないだろう。自然に崩落を待つなら、何百年、何千年、とかかるかもしれない。
勿論、王国には今すぐ落ちて貰わなければ困る。
「だから、僕らの手で落とすんだ。あそこに蔓延るゴーマ共を、一匹残らず殲滅しよう」
「————ふむ、まだニンゲン共は見つからぬか」
オーマは玉座から、跪く五人の大戦士、ギラ・ゴグマ達を見下ろしながら、そう口にした。
「申し訳ございません」
「ご、ごめん、オーマ様……」
「あのニンゲン共が、ずっと隠れてやがるからぁ!」
王国周辺に出現したニンゲン捜索の任を受けた三人のギラ・ゴグマがそれぞれ応えるが、オーマは鷹揚に手を振るってそれを止めた。
「よい、よいのだ。余はお前らの働きに怒っているのではない」
かといって、満足しているわけでもなかった。
オーマは顔にある皺をますます深めて、言葉を続ける。
「今をもって、余の『目』は潰され続けておる。ニンゲンが繰り出す黒い鳥の使い魔によってな」
ゴーマ軍の索敵能力で大きな役割を果たすのが、オーマが『目』と呼ぶ眼球型の使い魔である。その見た目通り、目玉が見た光景を、オーマが直接見ることができる。
監視するための目玉と空を飛ぶための翼しか持たないため、戦闘能力は皆無。静かに飛び、魔力の気配も最小限に抑えて隠れ潜むことには優れているのだが、狙われればカラスほどの鳥を相手にしても一方的に狩られてしまう。
森などで野生の鳥やモンスターに襲われて『目』を失うことはよくあることだが……いまだかつて、ここまで徹底的に潰され続けてきたのは初めての経験である。
「余の目が及ばぬために、お前らに課した捜索の任が困難となっていることを認めよう」
「オーマ様の寛大なるご配慮、痛み入ります」
よどみなく応えられたのは、ギザギンズのみ。普段はヤル気のない飄々とした態度を崩さないが、王であるオーマの前にあっては、完璧な礼儀作法でもって尽くす。
「ごめん、オーマ様ぁ……」
「ぐっ……す、すまねぇ……」
一方、ボンとバズズは敬語も怪しい対応である。
知能の低いパワー特化のボンに礼儀作法は誰も期待していないが、バズズは洗練されたギザギンズの受け答えに、悔し気な視線を向けていた。無気力野郎のくせに、こんな時だけカッコつけやがって、と言ったところである。
「成果はなくとも、お前らの働きぶりを余は見ておる。バズズ、ギザギンズ、ボン、それぞれ担当した地域をくまなく探しておるな」
オーマの『目』は外敵を探すだけが役目ではない。むしろ配下の監視にこそ、長年に渡って役立ってきた。
監視と言えば聞こえは悪いが、自身の大活躍や真面目に働く姿を直接見せる機会も常にあるということだ。三人は部下と共に手抜かりなく捜索任務を実行していることを、他ならぬオーマ自身が認めていた。
「その上でニンゲン共が影も形も見せぬとなれば、これまで探した範囲にはいなかったことは間違いない。恐らく、ニンゲン共はそこらの森や洞窟に隠れ潜んでいるだけではなく、我らの目の届かぬ場所を選んで逃げ込んだのであろう————どう思う、バズズ?」
「はっ! その、えっと……そ、その通りだと、俺も、思うっす」
「ふむ、そうか……ギザギンズ」
「はっ、恐れながら、ニンゲンは『隠し砦』か『悪夢の洞窟』に隠れている可能性もあると愚考いたします」
「よくぞ答えた。余も同じ考えである」
ただ敵が見つからない、だけではなく、そこから一歩踏み込んで、ならば敵はどこに隠れ潜んでいるのかを予想する、という論理的な思考を見せたギザギンズの解答に、オーマは満足気に頷いた。
「ここに潜んでいるならば、どうあっても手出しは出来ぬ」
「オーマ様! 俺なら、『悪夢の洞窟』にだって突っ込んで見せるぜ!」
ギザギンズがいたく褒められたことで、明らかに功を焦ったバズズは威勢よく叫んだ。
だが、その血気盛んな若者の心中を見抜きながらも、オーマは静かに問うた。
「バズズよ、その必要はない。何故だか分かるか?」
「そ、それは……『黒き悪夢の化身』は絶対に倒せないからで……けど、アレに見つかりさえしなければ」
「その考えは、半分正解だ。だが、お前が分からぬもう半分が重要である————こちらが見つけずとも、遠からずニンゲン共は自ら姿を現すであろう」
「ど、どうしてなんだぜ……?」
「ニンゲン共の目的が、ここだからよ」
かつてザガンが答えたように、ニンゲンの目的は王宮にある『試練の塔』へ入り、その最下層を目指すことだと、オーマも確信している。ならば、ニンゲンはいつまでも隠れ潜んで生き続けるのを良しとはしない。
近い内に、必ずや行動を起こすはず————いいや、狡猾なニンゲンはすでに動き出しているのだ。
「バンドン」
「ははっ!」
呼ばれて顔を上げたのは、王宮警備を担当するバンドン。忠誠心溢れる精悍な顔つきの男だが、今ばかりは苦し気な表情を隠し切れない。
「先日の侵入者には、随分と良いようにやられたな?」
「はっ、申し開きのしようもございませぬ!」
バンドンは広間いっぱいに響き渡る謝罪を叫びながら、深々と頭を垂れる。
「我が城にまで侵入を許し、あまつさえ鍛冶場まで焼かれたのは、どうしようもない失態である。お前はそれを、多少なりとも挽回できる成果を上げられたか?」
「もっ、申し訳ぇ……ございませぬぅう……」
さらに自身の額を摩り下ろさんばかりに、バンドンは床へと頭を強く打ち付ける。
つまるところ、それは何の成果もあげられなかったと白状するに等しい。
「侵入したニンゲンの影も形も、捉えることが出来ぬとはな」
思わず、と言ったように失望のため息がオーマより漏れる。
オーマ直々の命令により、ザガンとジジゴーゴの協力まで得た上で、過去最高の警備体制を実施していたと自負していたバンドンであった。
しかし、狡猾なるニンゲンはこの警備を掻い潜った上で、鍛冶場に火を点け砦を大混乱に陥れた。まさにやりたい放題である。
「しかし、お前ばかりを責められぬ。余もまた、ニンゲンの力を甘く見ていたようだ」
「いいえっ、そのようなことは! 全てはこの私の力が至らぬばかりにぃ!」
「よもや、ニンゲンがゴーマに化けるとは思わなんだ。バンドン、これよりは兵の兜は脱がせよ。そして、この国の全ての者に、頭を覆い、顔が隠れる装いを全て禁止とする」
「なっ、ニンゲンがゴーマに!? それは一体、どういうことですか!」
「完全に姿を消せる術でもない限り、ニンゲンが砦にまで侵入するには、ゴーマに化けるより他に方法はなかろう。お前の警備の厚さは余も認める。その上で異常が見られなかったとなれば、そもそも異常だと認識できなかったということ……食料や資材などの物資を運ぶ者共の顔を、お前は全て検めてはおらぬだろう?」
「な、なんと……そういうことだったのか……流石はオーマ様でございます。そのあまりにも深きお考えには、このバンドンとても及びはつきませぬ!」
「止せ、事が起こってから思い至ったのでは遅いのだ。しかし、まだ手遅れではない。バンドンよ、お前には引き続き警備を任せる。これまで通りの厳戒態勢に加え、要塞に入る者の姿は全て検めよ。さらには、余の『目』も大半を警備に割こう」
「ははっ! 今度こそ、我らが王国を完璧に守り切ってみせまする!」
「うむ。ジジゴーゴ、お前は王宮警備とは別に、自ら選抜した者を率いて街を捜索しろ。ゴーマに化けたニンゲンが、まだどこぞに潜伏しているやもしれぬ」
「はっ、オーマ様の命、確かに!」
ふぅ、と一息ついてから、オーマは再びギザギンズ達へと目を向けた。
「聞いての通り、すでにニンゲンの魔の手が余のすぐ傍にまで及んできおった。ギザギンズとバズズは、捜索範囲は王国周辺のみに留めよ。隠れる奴らを探すよりも、事を起こすために出て来たところを見つけるつもりで、警戒態勢で臨め」
「オーマ様の仰せのままに。どうぞ、このギザギンズにお任せください」
「俺に任せてくれぇ、オーマ様!」
「ボン、お前は何かあれば言うがよい、聞こう」
「あ、あの、オーマ様……オデのところ、竜が、火を噴く竜が飛んでた」
「ふむ、気になるか?」
「うん……でも、巣、ちょっと遠い」
「良いだろう。捜索がてら、火吹き竜の巣まで赴き、狩ることを許そう」
「ホントぉ!? いいの!?」
「うむ。火吹き竜が現れれば、早急に討伐せねばならん。ニンゲンとは別に、捨て置くわけはいかぬ」
このエリア一帯を支配するゴーマ王国にとって、最も警戒しなければならないのは強力なモンスターの出現である。
中でも空を飛び、炎を吐く赤い飛竜はこれまで何度も王国を焼いてきた天敵だ。大型の飛竜モンスターとしてはよくいるタイプだが、だからこそ出現頻度が高いのだ。
一頭だけならば、大戦士をもってすれば対処は難しくはないが、巣を放置し繁殖されて数が増えれば、非常に危険だ。王国の城壁は堅牢だが、空からの襲撃には役に立たない。
故に、増える前に叩いておかなければならないのだ。まして竜とニンゲンの襲撃が重なれば、王国存亡の危機となってもおかしくはない。
「各々、余の命はしかと聞いたな? よく励むがよい」
「————恐れながら、オーマ様。一つだけ、よろしいでしょうか」
解散の宣言をされながらも、口を挟んだのはギザギンズであった。
オーマはそれを、ただ頷いて先を促した。
「大戦士長ザガンが、城内にて暴走したと聞きました。その処遇は、如何に」
シン、と玉座の間は静まり返った。それを聞くのか、と他の大戦士達は思った。
そして、彼らの視線は一挙に集中する。
オーマに、ではない。そのすぐ隣に立つ、大戦士長ザガンその人にである。
「ふむ、見ての通りよ」
抑揚もなく、オーマは隣のザガンを指した。
ザガンは無言を貫き、微動だにしない。
それもそのはず、彼の口には分厚い革製の轡が噛まされ、さらに両手は鋼鉄の枷が嵌められている。
「ザガンは我を失い暴れ回った。大戦士長としてあるまじき失態……だが、余は全ての責をザガンには問わぬ。そもそもの原因は、侵入したニンゲンが、ザガンの妻を殺したことにある」
ギシリ、と重い枷が音を立てて軋んだ。
瞬間、身の毛もよだつほどの殺気が走り抜ける。大戦士が五人とも、僅かとはいえ身がすくむほどに。
「ザガンよ、耐えるのだ。憎悪を燃やすのは良いが、それに焼き尽くされてはならぬ」
「……」
相変わらずの無言。しかし荒い息と共に、ザガンから発せられる殺気は消えて行った。
「ザガンは余の傍に置き、直接、指導をする。何ぞ、文句のある者は?」
「ありません。敬愛する大戦士長ザガンが、一刻も早くオーマ様のお許しを賜ることを、切に願っております」
言い出しっぺのギザギンズは如才なくそう答え、今度こそ頭を下げた。
「余の王国を守る大戦士達よ。その働きに期待する。さぁ、行くがよい。これ以上、あのニンゲン共に、決して好き勝手させるでないぞ————」
2021年5月28日18時48分
すまない、また、なんだ・・・また予約投稿を忘れてしまってこんな時間に。すまねぇオーマ様、お許しを。
しかしながら、19時ジャストに更新されれば、予約投稿はしたけどウッカリ時間指定を間違えてしまった、という風に見えて罪は軽くなるのでは?




