第297話 潜入任務完了
「す、凄い、一体何をやらかしたらこんな大騒ぎを起こせるんだろう……」
一抹の不安を胸に、鍛冶場へと破壊工作に向かった小太郎を送り出してしばらく。鍛冶場方面から濛々と黒煙が吹き上がったと思ったら、今度はあの巨人が出現して、突如として大暴れを始めていた。
「もしかして、桃川君があのザガンを引き付けているのかな」
塔での惨劇を思い出し、美波は背筋を震わせるが、今の自分が成すべきことを忘れるほど軟弱ではない。彼女は単独で潜入調査を任される、凄腕の『盗賊』である。
「とにかく、今がチャンスだよ! ありがとね、桃川君!」
鍛冶場は大火災で、おまけに巨人ザガンが何故か大暴れ。要塞はひっくり返ったような大騒ぎの大混乱に陥り、最早、警備どころではない。
美波は素早く隠し部屋を飛び出し、騒ぎによって空白となった場所を選んで走り抜けていく。
「邪魔っ!」
道中、何体かのゴーマが立ち塞がるが、群れていなければ物の数ではない。疾走しながら、ナイフ『エンシェントヴィランズ』の一閃で正確に首を刈りながら、美波は外へ向けてひた走る。
「わぁ、街の方も凄い騒ぎになってるよ」
要塞で大火事が起こっているのは、城壁を挟んだ街側からでも一目瞭然だ。別に一般ゴーマ達が消化活動に駆け付けることはないのだが、目に見えて分かる大惨事を前に、無意味に興奮しているようだ。
お陰で、テンション上がったアホなゴーマが暴走して、喧嘩やら略奪やらを始めている。そして、それを力で制圧するゴーヴ兵も、今は要塞の火災へ対応するのに手いっぱいで、街の治安維持にまで出張ってこない。止める者がいないから、より混乱は加速し、収拾のつかない状況となっている。
「ンギギィーッ!」
「だから邪魔だって!」
路地裏から飛び出してきたゴーマの集団を瞬く間に切り捨て、美波は足を止めることなく混乱する街中を駆け抜けていく。彼女を止める者は、王国には誰もいなかった。
「よっし、これで脱出完了!」
王国を囲う防壁から飛び降りて、美波はついに脱出を成功させた。
追手はいない。もし美波の存在に気付いたとしても、あの状況から追撃部隊を編成して繰り出す暇はないだろう。
混乱する王国を悠々と後にして、森の中を美波は行く。向かう先は拠点の砦————ではない。
「えーっと、こっちでいいの?」
「キュエ!」
外に出てから、美波を先導するのは灰色カラスのレムである。
王国内で小太郎と出会って三日。彼は学園塔の頃と全く変わらぬ様子、そしてよく回る悪知恵でもって要塞と王宮の調査が大きく進んだ。
美波は元より、桜や明日那ほど桃川小太郎を毛嫌いしているワケではない。ヤマタノオロチ戦を成功に導いた指揮能力。学園塔では男子委員長として上手くクラスをまとめた指導力。その上、こっそり自分に甘いものを優先する便宜も図ってくれた。
小太郎がいるなら、と素直にこの先も希望を持てた。だからこそ、毒殺事件のことは大きなショックだったし、恐ろしくもあった。
けれど小鳥遊小鳥に対する疑惑は深まり、息つく暇もなく次々とクラスメイトを失い、冷静に考える余裕さえ失い、ここまで来てしまった。
だから小太郎と再会した今こそ、自分で確かめなければならない。
少なくとも、彼が助けたと言い張る締め出されたクラスメイト5人の無事だけでも、自ら確認しなければ、砦に戻るわけにはいかない。
「ん、ここでいいの?」
「キョアー」
森の中に、ちらほらと崩れかけの遺跡が現れ始めた頃、半壊した塔のような建物にレムは導いた。中へ入れば、真っ直ぐ地下へと続く階段だけがある。
「……」
最大限に警戒しながら、美波は階段を下りてゆく。
それなりに長い階段を下った先には、このダンジョンでは見慣れた、薄ぼんやりした灯りに照らされた、地下トンネルのような場所へと出た。
「————おおっ、来たな! おーい、夏川!」
「ああっ、ホントに葉山君、生きてたんだ!?」
「だから俺の顔見て同じこと言うのやめろって!」
「ホントに、本物なの?」
「俺の偽物がどこにいるんだよ————って唐突なボディタッチ!?」
騒がしく言うリライトを無視して、美波は無遠慮にその体にベタベタと触れた。手に触れる制服と肉体の感触は本物。幻術で誤魔化せるようなものではない。
どうやら、彼は本物の葉山理月である、と美波は確信した。
「よう、夏川、お前とはいつぶりだっけ?」
「あの砦ん中は快適かぁ?」
「上田君、芳崎さん……」
さらに現れたのは、それぞれ武器を手にした上田とマリの二人。意地悪い顔の御挨拶だが、美波は二人の無事な姿を見て、涙が出そうになった。
「プググ、プガァ」
「このクマはなに!?」
「おいおい、ナイフは止めろ! キナコは俺の相棒なんだって!」
当たり前のように傍にいた熊のモンスターらしき存在に、美波は反射的に武器を構えたが、慌ててリライトが制した。
「キナコって……ペットなの?」
「ペットじゃねぇ、相棒だ」
何故かドヤ顔でいいながら、フッサフサの熊の胸元をサワサワするリライト。どうやら、本当に手懐けているようだ。
「————それで、どうかな夏川さん。僕のこと、信じる気になってくれたかな?」
「桃川君……こっちは本物、なんだよね?」
「うん、迎えに来たよ」
そうして、最後に一同の後ろから笑みを浮かべて、桃川小太郎が現れた。
「————さて、一週間以上も費やした調査の結果を報告させてもらおうかな」
夏川さんが砦へ帰還するのをみんなで見送った後、僕はクラスメイト全員を集めて成果の報告をすることにした。
「とりあえず、これが王国のマップね」
テーブルの上には、カレンダーサイズの大きな紙に描かれたゴーマ王国の全図。僕の努力の結晶である。
防壁上の警備の配置から、大まかな巡回経路、頻度、交代時間まで書き込んでおいた。
街の方には川などの地形は勿論、居住区や人口密集区、様々な倉庫、ブタガエルの飼育場や泥豆泥麦畑といった主要な施設を記してある。大きな通りから、比較的見つかりにくい裏道、それから要塞に至るまで使えそうなルートなどもマークしておいた。
そして何より重要なのが、要塞内から王宮まで。
こっちは街よりもさらに詳しく書き込んである。夏川さんの協力のお陰でかなりの情報が集まったので、要塞と王宮にはまた別に専用の地図も用意しておいた。
「地図は凄ぇーけど、こんなに覚えられる自信ねぇなぁ」
「ウチ、地図読むのとか苦手なんだけど」
「全員がこの中身を覚える必要はないよ」
杏子も葉山君も、共に渋い顔。覚える必要ないっていうか、覚えてくれると期待もしてないから、心配しなくてもいいんだよ。
というか、ぶっちゃけ僕とレムだけ理解していればいいだろう。どうせ王国に突撃する時は、みんな固まって移動するんだし。
流石に今の面子で別行動させるのは怖い。レイナみたいに最悪戻ってこなくても、というワケにはいかないしね。
「そんで結局のところよ、王国につけ入る隙は見つかったのかよ?」
「こんだけ調べ上げたのはスゲーけどさ、ゴーマの数がヤバいことに変わりはないし」
「まぁまぁ、そう結論を焦らないでよね」
上田と芳崎さんはせっかちだね。でも、気持ちは分かるけど。僕らは圧倒的に少数で、ゴーマは無尽蔵に思えるほどの数だ。事実、奴らの出産数を考えれば無限湧きといってもいい。
「で、次はゴーマ王国の大まかな戦力。分かっているだけで、例の巨人化持ちのギラ・ゴグマは六体いる」
まずは因縁のザガン。
他の五体を従えているリーダー格であることは間違いない。敵幹部会議の様子から、興奮している奴を抑えるような話しぶりだったことから、知能は高めで、理性的な言動のできる奴なのだろう。
まぁ、なんか知らんけどガチギレして要塞内で大暴れしていた辺り、所詮はゴーマだなと思うけど。
「ザガンの暴れぶりは僕も見て来たよ。確かに、あれはちょっと真正面から戦いたくないね」
アイツのせいで、僕の鍛冶場放火が大したことないような感じになっちゃったよ。あの辺の周囲一帯はほとんど更地と化していて、巨人が本気で壁殴りするもんだから、要塞の城壁があの一角だけ崩れ去ったんだよね。
ゴーマ兵の被害もなかなか。絶対に僕が焼き殺した数より、ザガンが暴れて死んだ奴の方が多い。キルスコアで負けた、悔しい……次は負けないんだからね!
「お前、よく無事だったな」
「運が良かっただけだよ」
真顔で言う山田に、僕はルインヒルデ様に感謝の念を捧げながら応える。
どっかの屋根が丸ごと突っ込んで来た時は流石に焦ったよね。咄嗟に伏せたら、頭上スレスレを飛んで行って、直後にすぐ後ろに墜落していた。そんなようなことを何度か繰り返しながら、分身の僕は全力疾走3割、しゃがみ歩き3割、匍匐前進3割、ルインヒルデ様へのお祈り1割といった行動で、どうにかこうにかザガンの大荒れ圏内から脱することに成功したのだ。
「……けど、それだけ暴れたザガンは、一体どうやって止まったんだい?」
「お、いいところに気づいたね中嶋君」
あの様子だから、マジで王国壊滅するまで暴れ続けるんじゃあ、と思ったのだ。そうなればどれだけ楽ができたか。
「もしかして、巨人化の弱点とか見つかったの? もったいぶらないで早く教えなさいよ」
「分かんない」
「は?」
「どうやって止めたのか、僕もよく分かんないんだよね」
だって、止まったところ見てないんだもん。
その時、分身の僕は王宮まで無事に帰り着き、盗賊夏川直伝の隠し通路に飛び込み、身を隠し……そして今に至る。
つまり、僕は王宮に再び潜入した時点で、もう外の様子を自分の目で見て探れないのだ。
「でも、レムが上空から観察してくれてるから、どうなったかの概要は分かってる。ザガンを止めたのは、どうやらオーマの仕業らしい」
暴れ狂う巨人ザガンと、逃げ惑うゴーマ兵の中で、唯一ザガンへと向かう一団がいたそうだ。
その中心にいたのが、オーマである。
取り巻きは勿論、王宮警備の親衛隊。そしてジジゴーゴとバンドン、と呼ばれていたギラ・ゴグマも随伴していた。
そうして守られたオーマがザガンに近づき、ある程度の距離にまで至った時、手にしていた杖を掲げた。
それからは、何かの呪文を叫んだり、杖が赤く光り、ザガンの全身も光り、そうしてピカピカしている内に、ザガンの巨人化は解除され、通常のゴーヴサイズへと戻っていたという。
「巨人化はオーマが施している強化魔法のようなものだと思う」
巨大化能力はオーマが与えたもので、術者だからオンオフの切り替えも自在、といったところだろう。もっとも、あれだけのゴーマ人口がいながら、たったの六体にしか付与していない以上、発動には相当な制約があるのだろう。
だが、その選び抜かれたギラ・ゴグマに与えた巨大化能力は、オーマは自在に操れると仮定しておくべきだ。
「もしザガンに『悪霊憑き』が通じたら楽勝だったと思ったけど、オーマがいるから無理だね」
もっとも、オーマがいなくてもザガンくらい強い奴には通じないだろうけど。それでも、検証作業が一つ減っただけ良しとしよう。
「それじゃあ、結局どうすんだよ?」
葉山君が思考放棄したような表情で聞いてくるけど、いい加減、他のみんなも気になっているようだ。多分、みんなはもう僕に腹案があるのだとお察ししている。
そりゃあ、マジで何にも攻略の糸口が見つけられなかったら、大人しく白状してるしね。
「オーマは多才だし、ザガン以下ギラ・ゴグマ連中は強力で、ゴーマ軍も無数にいる……でも、ちゃんと見つけて来たよ、王国の攻略法をね」
「おおおっ!」
自信満々に言い放つと、心地よいどよめきが返って来る。うんうん、こういうの大事だよね。努力が報われた気がするよ。もっと褒めてもいいんだよ? 流石は桃川! さすもも!
「あの忌々しいゴーマ王国を、みんなでぶっ壊してやろう————」
「————おかえり、美波」
「ただいま、涼子ちゃん」
「ああ、本当に無事で良かった。怪我はしていないか?」
「にはは、ちゃんと無事なのはメールしてたのに、心配しすぎだよ蒼真君」
一週間に渡るゴーマ王国への潜入調査任務を終えた美波を、みんなは温かく出迎えた。
美波もまた、出発した時と変わらぬ快活な笑顔で応え、仲間の不安を拭い去るのだった。
調査の結果報告は非常に気になるところだが、長い任務をたった一人で終えた彼女の疲労を考えて、その日はひとまずゆっくり休息してもらうこととなった。
芽衣子の作った温かい料理に舌鼓を打ち、無事に帰還を果たした労いのために、特別に用意されたパフェを貪り、美波は幸せな満腹感と共にぐっすりと眠る————だから、行動を起こしたのは、次の日であった。
「おはよう、美波。随分と早いじゃない。まだ寝ていてもいいのよ」
「ううん、全然大丈夫だよ」
朝の身支度を済ませて、部屋を出て来た涼子と美波は鉢合わせた。いいや、美波の方がこのタイミングを待っていた。
委員長たる涼子は、その生活リズムも模範的であり、こんな環境となっても起床時間はいつも同じ。この安全な古代の砦内にいれば、見張り役も不要だし、モンスターやゴーマの襲来もありえない。
故に、美波は涼子の起床に合わせて待っていたのだ。
「ねぇ、涼子ちゃん、ちょっと散歩しない?」
「簡単に言うけれど、外に出るのは危険なのよ。あまり油断しすぎるのは————」
「ええー大丈夫だよー。ちょっと入口の近くを歩くだけだからさ」
軽い調子でおねだりしつつも、美波は涼子の手をギュっと強く握った。
いつもの溌剌とした笑顔を浮かべているものの、真っ直ぐに涼子を見つめる視線は真剣そのもの。
「……そうね、あんまり籠り切りなのも、健康に悪そうだし。付き合うわ、美波」
「ありがとう涼子ちゃん!」
流石は我が親友、と自分の真意を察してくれた涼子に感動しながら、そのまま美波は並んで歩きだす。
これで、今のやり取りを『見られて』いたとしても、不審なところはないだろう。
涼子も、自分のワガママに仕方なく折れた、ように見える台詞を選んでくれたことも幸いだった。
ひとまず、これで監視の目は欺ける。
「……」
涼子を伴ったまま砦の複数ある入口の中で、森に通じている箇所を選んで開く。
すでに小鳥が砦の制御を取り戻しているので、ここにいるメンバーは自由に出入りができるようになっている。小鳥の立場を考えれば、砦の出入りは全て自分で管理する方が望ましいだろうが、出入り自由化の方が仲間からの信頼を得られる行動だと判断したのだろう。
それでも、全ての入口は監視されているが。
美波は『盗賊』の鋭い感覚によって、魔法的な視線を強く感じながらも、素知らぬ顔で涼子と共に外へと出た。
「ねぇ、涼子ちゃん」
森を歩くこと少々。美波は、ここには確実に監視の目はないと確信した上で、立ち止まった。
「ええ、何か話があるんでしょう?」
「流石だよ、すぐ私の言いたいこと察してくれるんだもん」
「あんな必死に見つめられて、気づかないはずがないでしょう……それより、話をするなら、手短な方がいいんじゃないのかしら」
うん、と美波は頷いて、昨晩ずっと考えていた通りに、涼子へと語った。
「私、桃川君と会ったよ————」
2021年5月21日
唐突にプチQ&Aのコーナー
Q 鍛冶場放火の時に、小太郎がスマホ使ってたけど、小太郎の携帯はガラケーだし、桜ちゃんに破壊されたよね?
A ザガンに襲われた塔でクラスメイトの荷物を回収した際に、死亡した中井と野々宮、そして行方不明となった下川、三人の荷物も含まれるので、現在、手元には彼らが使っていた三つのスマホがあります。ザガン襲撃時は塔で休息状態だったので、死体回収できなかった中井もスマホは身に着けていなかったし、就寝中に追放喰らった下川もスマホはポケットには入っていませんでした。
というワケで、遺品のスマホを小太郎は失ったガラケー代わりに利用しています。パスワードに関しては、学園塔の時に万が一に備えて、全員分のパスを提出させて誰でも使える体制を整えていました。
Q 潜入任務でやりたい放題、非道の限りを尽くす小太郎。そこまでゴーマのこと恨んでましたっけ?
A 恨んでます。どんな残虐な手を使ってでも奴らを駆逐するためには構わない、と思うくらいには恨んでいますね。
心象的には、ゴーマ初遭遇の際にクラスメイトの女子(佐藤彩)が喰われている衝撃的なシーンを目撃しているので、ダンジョンにいる数々のモンスターの中でもずば抜けて嫌悪感も強いですし、人間の絶対的な敵対者というイメージも持っています。
それから、すっかり昔のことなので忘れがちですが、ゴーマの罠にハマってボコられて死ぬ寸前まで追い込まれたこともありますし、どこのエリアでも大体、襲い掛かってきますので、実体験としても恨みつらみが深いです。
というわけで、特にルインヒルデ様から憎悪をブーストされてるとか、そういうことはありません。小太郎は素でゴーマを恨んでいるし嫌いなので、どんなにゴーマの幸せ家族ハッピーライフを見せつけられたとしても、躊躇なく蹂躙できます。いいゴーマは死んだゴーマだけ、なのです。
Q ザガン嫁は人質にした方が有効だったのでは?
A ザガンの嫁だなんて、そんなの見ても分かんないよぉ・・・




