第291話 小太郎の目
本拠点での生活は、今のところ順調である。
錬成の使える面子は全員、妖精広場の工房で作業。それ以外の戦闘担当は、拠点直上に広がる遺跡街の探索と素材集めの狩りだ。
探索はまだ大した成果は出ていないけれど、監視警戒用の鳥や、ラプターなどの雑魚モンスターを捕らえてくれるだけでも、今は十分である。
遭遇したら即死確定の『彷徨う狂戦士』を監視するために、現状でそれなりの羽数をつぎ込んでいる。
他にも拠点周辺の監視に、フィールドの偵察などなど、情報収集のための目は沢山必要だ。並行して、蒼真パーティも外で活動していないかどうか、探してもいるし。
それからラプターなどは『屍人形』の自立モードにして、狩猟部隊の護衛戦力として随時追加している。地下の拠点にゴーマは手を出しては来ないが、表にいれば普通に襲ってくる。
向こうは間違いなく多勢なので、包囲されないよう撤退する時も注意は必要だ。そんな時、捨て駒にできる屍人形は非常に便利だ。
装備も一新した歴戦のクラスメイト達なら、ゴーマ部隊に襲われたとしても、拠点まで撤退するくらいは十分に可能だ。迷わず地下トンネルまで誘導できるよう、こちらにもレム鳥を同行させているしね。
そんな感じで、活動としては安定してはいるのだけれど……
「はい、それじゃあ学級会始めまーす」
学園塔の頃と同じように、妖精広場に全員集合で僕は話し合いの場として、学級会を開催した。
今の面子は全員が僕の派閥なので、対立意見など基本的には出るはずもないのだが、だからといって僕一人が全て決めて命令するわけにはいかないでしょ。彼らは仲間であって、部下でも奴隷でもないのだから。
それに僕としても、みんなの意見を聞く機会が欲しい。別に僕は天才軍師様ではないので、出せるアイデアだって限りがあるのだ。
「今回の議題は、ゴーマ王国の攻略についてなんだけど……何かいい案ない?」
シーン、と場は静まり返る。
基本的に活発な意見交換はされない、実に日本人学生らしい反応である。
「プガァ……」
キナコが退屈そうに、アクビする声だけが響いた。一方、ベニヲとコユキは葉山君の膝の上で、すでにお昼寝タイムに突入。
実に長閑な風景だ。
でも今は平和を楽しむ時間じゃないからね。
「おい、桃川でも思いつかねーなら、俺らにアイデアなんてあるわけねーだろ」
黙りこくる中で、渋々と言ったように上田が声を上げた。
「そんなことないよ、上田君。王国のゴーマとは、君らの方が戦っている経験はあるんだし、何か気づいたこととかあったら言って欲しいよ」
「つっても、ゴーマはゴーマだろ」
「いい装備してるくらいで、普通のゴーマだな。数が多くて、ゴグマも普通に出てくるのが厳しいだけだ」
投げやりに言う芳崎さんに、山田が当たり前のことを言う。
けれど、その当たり前のことが、単純にゴーマ王国の戦力の厚さを示している。
「あのザガンっていう巨大化するゴーマは、あれ以来一度も見てないし。やっぱり、アイツは特別な奴だったんじゃないかと思うよ」
中嶋の言葉に、上田と芳崎さんがちょっと反応するけど、特には何も言わなかった。
二人にとってザガンは友人を殺した憎い仇である。当然、ぶっ殺してやりたいとは思っているだろうけれど、奴の強さもまた身をもって知っているから、下手に挑むとは言いださないのだろう。
心配しなくても、機会は巡って来るよ。どうせザガンとの戦いは避けられないだろうから。
「ザガンは元々はゴーヴみたいな姿だったんだよね?」
「ああ、何か叫んでから、デカくなってたぞ」
「巨大化魔法みたいな感じで変身するタイプだから、外見だけで『ギラ・ゴグマ』を見分けられないのが難点だよ」
現在進行形で、ゴーマ王国にはレム鳥による偵察を行っている。
流石に塔の中までは入り込めないが、王国の全体像はすでにおおよそ判明している。どの辺が居住区で、どの辺に兵士が集まっているか、そういうのも把握できている。
ただし、デカい図体のゴグマは見た目で分かるけど、ザガンのような巨大化能力持ちの奴は、判別ができない。何か常に魔力のオーラを発して光ってる、とかなら分かりやすくていいんだけど。
そんなワケで、最も気になる王国の最高戦力に違いない『ギラ・ゴグマ』がザガンの他にどれくらいいるのか、というのは全く分からない。
ゴグマよりも上位の存在だろうから、それより数が多いってことはないだろうけど……一体なのか、十体なのか、でもかなり対応は違ってくる。やはり、大まかな数は知りたいところだ。
「つーか、ちょっと装備を強化したくらいじゃ、ザガンは倒せねーだろ」
憮然とした表情で、芳崎さんが言った。
「確かに、今のみんなはゴグマをサシで何とか倒せる、くらいだからね。真正面から相手するわけにはいかないよ」
装備の強化だって限界がある。そして拠点に籠ったまま強くなるための修行をするのだって、成長率にも限度があるだろう。
ザガンを真っ向から倒すには、今よりも一段階上の力が必要となる。
で、そんなものは簡単に手に入るはずもなく……葉山君、もう一回くらい覚醒して何とかしてくれないかなぁ。
「おい、葉山の霊獣ならザガンも倒せるんじゃね?」
「そりゃあキナコとベニヲは霊獣になりゃめっちゃ強ぇけどよ、別に無敵になるわけじゃねーんだよ」
上田の安易な提案に、葉山君は眠るベニヲを撫でながら反論した。
実際、霊獣キナコ&ベニヲは、完全変態横道との戦いでは互角以上の戦いを演じたが、全く無傷で済んだわけではない。
そしてザガンの脅威を聞く限りでは、恐らく奴は霊獣にも普通にダメージを通すだけの攻撃力は持っている。霊獣をぶつけて、ようやく対等な勝負ができるといった感じだ。
「霊獣召喚は葉山君の魔力依存という制限時間があるからね。本当の奥の手で、安易に使うわけにはいかないよ。絶対に勝てる、かつ、魔力切れでぶっ倒れても回収できる、という条件が揃わないと、使う許可は出せないね」
今の僕らにとって、葉山君の『霊獣召喚』は正に切り札。
けど制限がある以上、頼り切りにはできない。使いどころを考えるのが僕の仕事だと思うし、最大限の効果を上げられる状況を整えるのがみんなの役目だとも思う。
使わずに何とかするのが一番なんだけど。
「てかさ、どっちにしろ王国をぶっ潰すのはムリでしょ。あんなにウジャウジャいてさ、こっちはこの人数だよ? どうにかできるわけないじゃん」
杏子のド正論が飛んでくる。
人口数万を数える都市を僅か8人で陥落させようとなんていうのは、土台無理な話なのは言われるまでもなく当然のことであった。
「じゃあどうすんのよ?」
「えー、そりゃあ、何か上手いこと忍び込むしかないんじゃねーの? 夜とかにさ」
「おい蘭堂、そんなの一番最初に考えたことじゃねぇかよ」
「でも小太郎は前にそんな感じでゴーマのとこ越えたんでしょ? なら今回も同じ作戦でよくね?」
密林塔でゴーマの砦を越えた時のこと、杏子に話はしてある。
上田は正に当事者だから、杏子に言われて、うーんと黙ってしまうような反応。
言ってることは正しくはあるけど、今回は規模が違いすぎるからね。
「あん時は、確かレイナちゃんの霊獣で火を放って陽動作戦って感じだったよな」
「おっ、じゃあベニヲに頼んで火ぃ点けちゃう?」
「……クゥーン」
寝ぼけ眼のベニヲがご主人様に呼ばれたと勘違いしたのか、小さく鳴いて、また寝た。いいよ、君はそのまま寝ていても。
「あの砦に比べれば、王国はあまりにも巨大だ。けれど、陽動作戦で警備の目を逸らして、その隙に潜入または強行突破、っていうのは今のところ最も現実的な案だと思う」
「なによ桃川君、最初っから結論出てるじゃないの」
「まぁ、そう言わないでよ姫野さん」
たとえ結論ありきでも、議論を重ねて答えを出すことで納得感が違うでしょ。
「これからは、ゴーマ王国突破のための準備に入ろうと思う。そのために必要なのは、さらなる情報だ」
「今もレムちん飛ばして見てるじゃん」
「それだけじゃまだまだ足りない。僕らが最終的に突っ込む場所は、オーマのいる塔になるし、最も守りが硬い場所だ。戦力の把握と、内部構造は探っておかないと、とても怖くて行けないよ」
「けどよぉ桃川、そんなのどうやって調べるんだよ。レムちゃん送り込むのも限度あるんじゃね?」
「うん、だから、僕が見に行ってくるよ」
あーやっぱり、みたいな顔を皆がしている。
唯一、葉山君だけあんま分かってない感じ。
そりゃあ、僕は前に同じことやってるしね。あの殲滅してやったゴーマ村に。
「今回は前の時よりも、もっと本格的に潜入調査してくるよ。だから、みんなも協力よろしくね」
「ぶげらー、んばー」
「うわっ、ちょっ、寄んな!? キモいキモい!」
潜入調査をするにあたって、僕はゴーマになり切るための変身セットを作成した。勿論、材料は本物だ。
ゴーマの皮を被った僕が、ゴーマ語っぽいことを叫びながら、たまたま傍にいた上田に襲い掛かってみれば、大好評である。
「で、どうかな。ちゃんとゴーマに見える?」
「すげー、完全にゴーマだよこれ」
「頼むから、その恰好で外に出るなよ。間違って攻撃しちまうぞ絶対」
感心した様子の葉山君に、割と真面目な注意の山田である。
「よし、改心の出来だな」
僕は満足げに、ゴーママスクを外した。
『ゴーママスク』:本物のゴーマから剥いだ顔の皮を使ったマスク。マスクとは言っても、頭部全体を覆うような、着ぐるみの頭のような構造だ。一番苦労したのは、ゴーマから綺麗に顔の皮を剥がすこと。なかなか上手く行かなかったので、結構な数のゴーマ兵士に協力してもらった結果、今では生きたままでも上手に剥がせるようになったよね。
ゴーマは人間に比べれば血色などは分かりにくいが、流石にただの皮一枚だけでは本物じゃないと判別はつくだろう。
遠目で見れば誤魔化せるだろうが、ちょっと近くで見られると違和感も覚える。そしてよく見れば、ただの被り物に過ぎないとバレてしまう。
そこで、ルインヒルデ様に授かった新たな呪術の出番である。
『虚ろ写し』:虚飾の瞳術。人が見たいものを見るならば、見せたいものだけ見せればよい。されど真実なき虚しい飾りは容易く揺らぎ、綻ぶ。それでも尚、偽りの姿を見せたければ、より美しく、精巧に、飾り立てればよい。誰も彼も、上辺を眺めて真理を悟る。
要約すれば、幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってこと。
この『虚ろ写し』は一種の幻術で、自分が見せたい姿を相手に見せることができる。ただし、小鳥遊の投影術のように精巧なホログラフを作るのではなく、人や物をベースにして幻の姿を映し出す。
つまり、一発で被り物だと分かるゴーママスクでも、『虚ろ写し』にかければ、本物のゴーマのように生々しい顔に見える、というワケだ。
どこまで相手をこの幻で騙せるかというのは、『虚ろ写し』をかける対象が、どれだけ見せたい幻に近い見た目をしているか、によって大きく左右される。
幽霊の例でいえば、枯れた草花程度では、チラ見で幽霊っぽいと騙すのが精々で、しっかりと観察すれば幻術は簡単に破られ、本物の草花の姿を認識できるようになってしまう。
けれどマネキン人形みたいにリアルな人間に近い物体にかければ、なかなか見破れなくなる。じっと見つめて観察しても、やっぱりどう見ても幽霊だ! と思ってしまうほどのリアルな姿を維持できるのだ。
なので、この呪術で重要なポイントは、相手に見せる幻影と、どれだけ似たようなモノを事前に用意できるかにかかっている。相変わらず、地味なところで制約がかかってしまう。
でも素晴らしいポイントは、『虚ろ写し』は瞳術、などと書かれているように、見るだけで発動させることができるのだ。
対象に視線を集中させて発動を念じると、映したい幻が朧げに浮かび上がってくる。その幻影がより色濃く、はっきり見えるようになれば、それだけ強く効果がかかっていることを示す。
僕は丹精込めて作り上げたこだわりのゴーママスクを、本物のゴーマの顔に見えてくるまで見つめ続けたものだ。
これで顔の方は完璧な変装ができるけれど、油断はしない。いくら強い幻術の効果が宿るとはいえ、基本的には不自然にならない程度に顔は隠し、より見えにくくする。
兵士の装備は統一されているが、一般ゴーマの恰好は小汚い布というレギュレーションさえ守っていれば割と自由だ。だからフードのように汚い布を被っていても、そうおかしなファッションではない。
顔さえ誤魔化せれば、あとはどうとでもなる。王国では一般ゴーマでも靴を履いている奴らはそれなりにいるし、手袋だって高級品という感じでもなさそう。顔意外の体は全て隠せる。
で、変装する僕本人は小柄なので、ゴーマに紛れてもそう違和感のある身長でもない。大袈裟に猫背にしていれば、まずサイズ感でバレることはないだろう。
「小太郎、もう行くのか?」
「うん、これでもう準備は万端だからね」
噴水の錬成機能をもってすれば、必要なものはすぐにでも作れる。狩りによる素材集めも、まだ大物こそ仕留めてないけど、そこそこ順調だしね。
お陰で、三日くらいで満足のいく潜入装備を整えられた。
『ゴーマの服』:全身を覆う衣服。これまでの王国調査によって、一般ゴーマのファッションを研究した僕が、目立たず、それでいていい感じに体を隠せるデザインに仕上げた。ボロ布を何枚も縫い合わせた継ぎはぎのオンボロローブある。
『ゴーマのリュック』:潜入捜査に必要なアイテムなどを詰め込むためのリュック。あえてボロボロにした毛皮を雑につぎはぎして作った、リュックというか、ただ背負えるだけの大きな袋。
『隠密の杖』:今回の目玉装備。今まで全く出番のなかった桜井君の『射手の髑髏』を組み込み、隠密系のスキルを使える杖を作り上げた。発動させられるスキルは以下の通り。
『気配察知』:敵の気配を察知する感知力が鋭くなる。
『気配遮断』:気配を断ち、影のように身を潜め、静かに行動できる。
『鷹目』:鷹の目のように、遠くのモノを正確に捉えることができる。
と、敵の目を逃れて行動するにはうってつけの能力である。
『射手の髑髏』から引き出す能力だけど、弓による攻撃には全く補正のかからない効果なのは、やはり僕自身に弓を扱う才能そのものがないからだと思われる。スキルさえ授かれば、何でもできるようになるワケではなさそうだ。
『デスストーカーの毒針』:横道産の毒針を使用。王国内部で行動する際に、邪魔なゴーマを静かに始末するために用意した武器である。不意打ちの暗殺専用で、真正面から切り合うことは考えてないので、毒針はそのまま、あとはただ刺しやすいよう柄を繋げ、携帯するために小ぶりに仕上げた。コイツで一刺しすれば、ただのゴーマなら叫び声一つ上げることなくぶっ倒れる。ゴーヴも行ける。
『レム鳥偵察隊隊長機・白フクロウ』:前の氷雪エリアで入手した真っ白いフクロウ。コイツを僕のサポートに投入することにした。とはいえ、白くて大きいフクロウは目立つので、常に上空に待機させておく。役目は、僕が王国内でやられた際に、貴重な装備品である『隠密の杖』と『デスストーカーの毒針』を回収することのみ。他は失ってもいいけれど、この二つは、最低でも『隠密の杖』だけは回収しなければいけない。桜井君のためにもね。
『レム鳥偵察隊・カラス』:このエリアでよく見かけるカラスのような黒い鳥。王国内で飛ばしても、コイツは目立たない。ゴーマは捕まえて食べようとするので、襲い掛かってはくるけれど。メインの偵察役はコイツで、僕が潜入した時も周辺警戒に使う。
『屍人形・蛇』:その辺で『同調波動』で捕まえた、モンスターでもないただの蛇。鳥だと目立つこともあるので、屋内を探る時などに使えないかと思って、リュックの中に詰めてある。
『屍人形・蜘蛛』:蛇と同じく、ただの蜘蛛。コイツも屋内偵察用で、リュックに入れといた。
とりあえず、装備一式はこんなところである。
杖と毒針を除けば、低コストで仕上げられるモノばかりだが、いざ全部揃えるとなるとなんだかんだで手間なので、できればこの一回で十分な情報収集をしたい。何より、一度でも潜入がバレてしまえば、次は警戒もされるだろうし。
人間がゴーマに化けて、堂々と王国に入ってくるはずがない。という油断のあるこの初回が、最初で最後のチャンスなのだ。
「それじゃあ、行ってくるね」
「頑張れよ、桃川!」
みんなの温かい声援を受けて、僕は拠点から送り出された。
勿論、同行者は誰もいないけれど、一人というワケではない。
お供のように、僕は屍人形と化した鹿のような動物、ジャージャを連れている。
コイツは王国へ潜入するために用意した餌だ。
「上手く行けばいいんだけど……」
いくらゴーマの姿を偽っているとはいえ、黙って単独で門を通れば怪しまれる。
王国の門番はさほど厳しい検問はされていない。あくまで、モンスターなどの外敵に備えるための門番や兵士である。
ここのゴーマ勢力は王国のみなので、同族の敵を警戒する必要はないのだから、検問など実施する意味はない。実際、兵士以外の一般ゴーマも、割と自由に門を出入りしている。
けれど、不審な奴は流石に呼び止められるだろう。
王国のゴーマでも、何かを盗み出したり、隠したりしているようなそぶりを見せる怪しい奴は、その場で取り調べを受けて、何か出て来れば、裁判もなにもなくノータイムで処刑されていた。ゴグマに踏みつぶされて一撃である。
そして、そういう怪しい奴というのは大抵、単独なのだ。
ゴーマは基本、群れるモンスターだ。兵士は勿論、外の森に狩猟採取に出かけるらしい一般ゴーマも、必ず複数で行動している。
なので、僕も一人で門を通ろうとすれば、それだけで目に留まってしまう可能性がある。王国民ゴーマの命は軽いのだ。怪しい、と目をつけられた時点でほぼ死刑確定と考えていい。
なので、万に一つも兵士の目に留まるようなことはあってはならない。
では、どういう時にスルーされやすいかを、僕は門を観察して研究した。
その答えは、獲って来た獲物を運び込む時だ。
「よし、この辺でいいかな————『屍人形』解除だ」
これまで使う機会はなかったけど、実は『屍人形』は任意で解除することができる。
解除するとどうなるかと言えば、当たり前だけど、元の死体に戻る。
王国のすぐ傍までやって来た僕は、同行してきたジャージャの『屍人形』を解除して、今まさにここで仕留めたかのような死体とする。念のために『虚ろ写し』で、より新鮮に見える様にもしておく。
「近くのゴーマを探してきて。できれば、採取してて単独になってる奴」
群れるゴーマだが、別に四六時中くっついてるワケではない。森で木の実や野草を採取しているような奴らは、ほどほどバラけて散策している。勿論、通信手段などないので、基本的にお互いの声が届くような範囲に留まるが。
うっかりはぐれたゴーマは、そのまま見捨てられる。命は軽いので、わざわざ一般ゴーマ一匹如き、探したりはしないのだ。
「クワー」
ほどなくして、索敵用のカラスが戻り、僕の案内を始める。
よし、ここからが本番だぞ。
少しばかり茂みをかき分けて歩いて行くと————いた、ゴーマだ。
粗末なボロキレを纏い、手には錆びたナイフが一本。しゃがみこんで、人間には食えない雑草の一種を、やけに熱心に錆びたナイフで採取をしていた。
思わず、無防備な背中に一撃くれてやりたくなるが、今回ばかりはそういうワケにいかない。
僕は意を決して、採取ゴーマに接近していく。
「ンベラ!」
あからさまに、ガサガサと枝葉を踏んで接近したことで、ゴーマが僕に気づく。
何か叫びを上げて振り向き、奴は僕を見る。
「グバ、ベーグラバ……ダド」
警戒したような様子だが、一目散に襲ってくる様子はない。
よし、僕の変装は見破られていない。
これで僕が人間だとバレていれるのならば、奴はそのナイフで襲い掛かって来るか、仲間を呼ぶ叫び声を上げているところだ。
恐らく、コイツとしては見慣れないゴーマが近づいてきたから、獲物を横取りされないかとか、そんな心配でもしているのだろう。
「……」
僕は何も言わず、やって来た茂みの方向を指さす。
「ドゥルバ、ダーガン?」
うるせぇな、さっさとついて来いよこのボケナスが。
二の足を踏んでいるゴーマにケチをつけつつ、僕はしきりに茂みを示し続け、痺れを切らしたかのように歩き出す。
「ンダバ!」
すると、ようやく決心がついたのか、ゴーマが僕についてきた。よしよし、この間抜けめ、いい感じに勘違いしてくれたようだ。
「ゼバァ!? ダルバ、ゴブルァーッ!」
そうして、倒れたジャージャを発見すると、ゴーマは大喜びで叫んだ。
思わぬ獲物を発見、大収穫だ、といったところか。
「……」
喜ぶゴーマを尻目に、僕は無言でジャージャの前脚を持った。
おら、運ぶの手伝えよ。
「ベダン、ズバ?」
何を聞いているのか全く分からないが、僕はとりあえずウンウンと頷いて見せた。
ゴーマの様子を観察して、首振りジェスチャーでイエスは縦に、ノーは横に振っていることはすでに知っている。上官ゴーヴに対し、部下ゴーマはいつもしきりに首を縦振りしては、頭を下げているのだ。
「ンバァ! ダバ! ゴブルァ!」
僕の肯定を、どこまでも自分に都合よく解釈したのだろう。ゴーマは随分と嬉々として、ジャージャの後ろ脚を掴んだ。
よし、行くぞ、しっかり運べよ。
そうして、僕とゴーマは初めての共同作業で、ジャージャを王国へと運搬してゆく。
門が近づくにつれて、周囲にはどんどんゴーマが増えていく。
途中で、ジャージャという目立つ獲物を運ぶ僕らに、何やら声をかけてくる仲間なのかチンピラなのか分からん連中も現れたが、相棒の運び役ゴーマが口汚く叫びまくって、ソイツらを追い返していた。
うん、いいぞお前、なかなか口の回る奴のようだな。気に入った。殺すのは最後にしてやる。
そうして、相棒のお陰でジャージャの所有権を主張しつつ、僕らはついに王国の正面玄関たる、大きな門へとやって来た。
門の両側には完全武装したゴグマが、仁王像が如く立ち塞がる。城壁と物見櫓の上には、弓を装備したゴーヴとゴーマの守備兵がそれなり以上の数、常駐している。
僕らのように、何かしらの獲物を持ったらしいゴーマや、これから再び採取に出かけるのだろう奴ら、僕ら人間を探すためか小隊編成の兵士が見受けられた。
流石に、これだけ沢山のゴーマのど真ん中に一人でいると、肝が冷える。本当に分身で良かったよ。
「……」
祈るような気持ちで、僕は門を潜り抜ける。
門番ゴグマがあからさまに僕をガン見しているが……ついに一声もかけられることもなく、僕は無事に門を通りぬけた。
良かった、ゴグマ相手にも僕の変装はバレなかった。奴が見ていたのは、きっと僕じゃなくて美味しそうなジャージャだったのだろう。
さて、第一関門である王国の潜入はこれで達成した。
けれど、ここで今すぐジャージャを放り出して走り出せば、明らかに不審な行動である。
そのため、僕は事前に調べていた通り、獲って来た獲物を保管するための倉庫に向かって歩き出した。
この獲物を運ぶ倉庫は、幾つかある。どういう使い分けをしているのかは分からないが、中でも門から一番遠い位置にある倉庫を目指して歩いた。
「グベラ、ゼブ、ゾンガァ?」
ゴーマは多少、訝し気な様子だが、止めに入ることはなく運び続けてくれている。
けれど、このままコイツと一緒にジャージャを倉庫まで届けるつもりは毛頭ない。こっちの道を選んだのは、僕にとって都合がいい地形だからだ。
「クワー」
不意に道に生える木の枝にとまったカラスが鳴いた。
これは合図だ。周囲に他のゴーマはいないぞ、という合図である。
レムの合図を確認した僕は、そこでようやく足を止めた。ジャージャの前脚を放り出し、突然、さも何かに気が付いたかのように慌てて振り向いた。
「ンバッ!? デガズブン、ダルガァ?」
突然の停止に、ゴーマは声を上げるが、僕はそれを意に介さないように、慌ただしく指をさした。
ここは、ちょうど橋の上である。
粗末な木造の橋で、下には汚らしいドブ川が流れている。
川の中には家畜用に飼育されているのか、それとも野生なのか、ブタガエルが何匹か蠢いていた。
命の軽いゴーマが作った橋なので、転落防止用の柵なども勿論なく、足を踏み外せば川まで真っ逆さまである。
そんな橋の上で、僕は川に何か見つけたかのように、指をさして、真剣に様子を伺う大袈裟な演技をしてみせた。
僕の様子を明らかに不審に思ったようなゴーマの反応だったが、やはり、何を見つけたのか気になる様子。
「ブーガ、デバァ……」
奴も川を探すように、そちらに目を向け————これで、僕から視線を外したな。
僕はアホみたいに川を眺めるゴーマの背後にそっと近づき、デスストーカーの毒針を抜いた。
「ンッ————ッ!?」
小さな吐息のような声だけを漏らし、ゴーマの体は一瞬で硬直する。
薄く切り裂くだけでも、ただのゴーマなら全身麻痺する猛毒だ。深々と背中に突き刺してやったのだ、もううめき声一つも出ないだろう。
「ご協力、ありがとうございましたー」
心からの感謝と共に、僕はジャージャを一緒に運んでくれた相棒を、橋の上からドブ川へと蹴落とした。
ふっ、この高さでは助かるまい……なんて言っても、100%絶対に助からない状況だ。
というか、早くもブタガエルが落ちたゴーマに群がって、食べ始めていた。ああ、相棒の頭が、胴が、ブタガエルって意外とワイルドな食べ方するんだなぁ。
「よし、それじゃあ張り切って王国の調査を始めるとしますか」
証拠隠滅ついでに、ドブ川のブタガエルにジャージャも奢ってから、僕は『隠密の杖』を片手に、ゴーマの気配がない道を歩き始めた。




