第288話 彷徨う者
「どうした、顔くらい出せよ引き籠り女め。んん、なんだよビビってんのか賢者様? なら、精々お前が崇めるクソビッチの女神に祈ってろよ。これからお前を追い詰めてやる。絶対に逃がさない。言っただろう、僕は必ず、お前を呪い殺してやるからな」
正面に投影されたホロモニターにアップで表示される、小太郎が生意気なクソガキ全開の表情でそう言い放ち————直後、塔からの映像は途絶えた。
ホログラムの消えた薄暗い部屋の中で、小鳥遊小鳥は震えていた。
「桃川ぁあああっ! こぉんのゴミクズ野郎がぁああああああああああああああっ!」
怒りに震えながら、小鳥は目いっぱいの怒声を叫ぶ。
幸いにして、この部屋は完全防音だ。
ここは蒼真パーティが潜伏している古代遺跡の砦。その中にある司令室である。
塔にあるものよりも大きな石板と、他にも複数の石板が備えられている。その機能の大半は停止してしまっているものの、使える部分もまだ多少は残っていた。
そのお陰で、外部の情報をこの司令室にいながら入手できるのだった。
小鳥はいつもの如く詳しいことは伝えずに、ここの設備を『賢者』の力で弄れば色々と分かりそう、という曖昧な言い方で、情報収集を名目にここで一人で引き籠れるようにしていた。
実際、何か所か外を映している映像などを見せて、みんなが納得するような成果も示している。
一応、この砦の周辺にゴーマがいないかどうか、小鳥が見張るという立場を確立しておいた。
そうして、小鳥は自分の能力が及ばないゴーマ王国の攻略法を考えていた。
何とかして、あの邪魔くさいモンスター共を排除できないか。このエリアで自分が使える遺跡の機能はどの程度で、復旧は可能か。あるいは、さらに権限を拡大するにはどうすれば良いか。
小鳥が頭を悩ませながら、司令室のコンソールを弄っていたその時に、映ってはいけないモノが、映ってしまったのだった。
「はぁ……はぁ……クソ、まさか本当に桃川が追いついてくるなんて……」
ひとしきり罵詈雑言の叫びを上げてから、ようやく理性が戻って来た小鳥がつぶやく。
全く考えなかったわけではない。ないのだが、可能性は限りなく低いと思っていた。
桃川小太郎。あの男の小賢しさと執念は本物だが、決定的に個人としての戦闘能力には欠けている。現実的に考えて、『勇者』蒼真悠斗を擁するパーティに、遅れた位置からスタートして追いつけるとは考えられない。小太郎の能力を思えば、そもそも最下層エリアに到達することすら困難であろう。
蘭堂杏子が一人だけ仲間についたところで、戦力的には足りていないと、小鳥はそう考えていたのだが……
「一体どうやって、こんな短時間で最下層まで……いや、それよりも、あの野郎がそれだけの戦力を確保している方が問題だよね」
重要なのは小太郎が追いつけた方法ではなく、それを可能とするほどの力を持っているという事実である。
今の小太郎は、どれだけの戦力を保持しているのか。
まさか、こちらを上回るほどの力があるとは思えないが、厄介なことに変わりはない。
「それに、なんでアイツらが桃川についてんのよ……」
塔の映像では、小太郎の他に、蘭堂杏子も映っていた。この二人が一緒にいるのは何の問題もない。
しかし、映像にはさらに、上田と芳崎の二人までもが一緒に映り込んでいた。
自分の監視の目でも、追放してやった5人組は見つけられなかったというのに、一体どんな偶然か、早くも桃川は彼らとの合流を果たしたようだった。
姿を確認できたのは上田と芳崎だけだが、姫野、中嶋、山田、の三人はどうなのか。ここは五人全員、桃川の方へ寝返ったと考えるべきだろう。
「悲劇の犠牲にすらなれないクソ雑魚モブの分際で、この小鳥に歯向かうなんてねぇ!」
もっと確実に、始末しておけば良かった。と後悔したところで、今更である。
あの時はもう必要がない5人を切り捨てる絶好のチャンスだったし、あの後に生き残ることも、さらに小太郎と合流できるなど予測できるはずもない。あれが最善手だった。
「大丈夫、大丈夫だよ小鳥、落ち着いて……あんな奴らなんて、何人いても関係ない。雑魚がいくら集まったところで、神に選ばれた者には敵わないんだから……」
祈るように両手を握って、小鳥は気を落ち着かせて、考えた。今、するべきことは何かを。
「……そうだ、焦って動く必要なんてないんだ。ここでボロを出してしまえば、奴の思う壺ってやつだよ」
桃川小太郎の目的は、『賢者』たる自分の殺害。それから、蒼真悠斗含むクラスメイトと再び合流すること。最悪、蒼真パーティを諦めたとしても、自分の女である双葉芽衣子は絶対に取り戻そうとするはずだ。
「あのクソゴーマ共に阻まれているのは、向こうも同じ……桃川なら、上手くタワーまで辿り着く方法を考えるはずだよね」
今この時、小太郎が追いついてきたのは自分の窮地ではなく、むしろチャンス、これも神の計らいによる天恵かもしれない。
現状、蒼真パーティ単独でのゴーマ王国の突破、セントラルタワーへの確実な到達方法は見つかっていない。これからも見つかる保障はなく、その内に危険を承知で突撃案が採用されるかもしれない。
しかし、ここでもう一組、王国へ仕掛ける者がいればどうか。
小太郎の作戦が、ゴーマに見つからずにタワーへ行ける秘密の潜入ルートの開拓であれば、自分達もそれと同じ道を辿ればいい。そのためには、彼らの行動を監視しなければならないが……それは何とかなりそうだ。
あるいは陽動作戦など大きな騒ぎを起こしてゴーマ軍を引き付ける、という場合なら、その騒ぎにこちらも乗じればよい。これも監視をしつつ、向こうがどのタイミングで仕掛けるか把握する必要があるだろう。
一番楽ができるのは、どうにかして王国のゴーマを殲滅する方法。
いくら何でも、数万に届くゴーマ人口を、僅か8人のパーティで殺し尽くす方法などあるはずもないが……それでも、何かしらゴーマ軍に大打撃を与えてくれれば、こちらとしては万々歳だ。
「そう、そうだよ、ここはアイツを利用するのが一番。何もしなくていい、焦らず、ゆっくりとここで待ってるだけでいいんだから」
この砦は軍事施設のため、通常のマップデータには反映されることはない。
小太郎の古代語解読能力はそれほど高くはない。隠蔽されたデータを探し出すという、高度な操作は絶対に不可能。それこそ『賢者』でもなければ、そこまでの能力は持ちえない。
ならば、小太郎がこの砦を見つけることはできない。ここへ入った時の洞窟は、すでに封鎖している。
ただ門を閉じただけではない。あの洞窟に繋がる道そのものを砦の隠蔽機能によって塞いでいるので、同じ道を辿ることさえできないのだ。上田達が砦に通じる洞窟を小太郎に教えても無駄だ。
だから、絶対にここは見つからない。こちらの居場所を見つけられなければ、小太郎も仕掛けようがないだろう。
「そうなれば、絶対にタワーへ向かう方をアイツは優先する。小鳥達が先に到着されたら、困るもんね」
こちらの居場所を見つけられなければ、小太郎は焦るはずだ。
蒼真パーティもゴーマ王国に阻まれていることは向こうも分かってはいるが、こちらがどういう手段でタワーに向かうか、いつ辿り着くか、というのは分からない。
先を越されてしまえば、それだけで小太郎の負けとなる。なにせタワーに入りさえすれば、あとはラスボス戦で勇者の覚醒を促し、そのまま二人で脱出する。
神が定めた通りのシナリオが、粛々と進行するのみ。
「ここさえ越えれば、イレギュラーはもうない……小鳥は使命を果たして、蒼真君とようやく結ばれるの」
作戦はこれで決まった。余計なことはせずに、ただ小太郎の監視に務める。
これで蒼真悠斗がゴーマ王国突破の有効策を見つけられなくても、小太郎を利用して必ず突破口が開ける。
あとは小太郎が最下層エリアに到達しているということの、情報の開示タイミング。それから、上手く利用するためのパーティの誘導。
この辺はいつもと同じ。これまでもやってきた、自分に都合の良いように周囲を動かすための立ち回りである。
大丈夫、必ず上手く行く————最後に、そう希望を持った小鳥は、司令室を出た。
「————小太郎くん?」
瞬間、その呼び声が通路に響いた。
「小太郎くん……いるの?」
フラフラと、うわ言の様に呟きながら、双葉芽衣子がこちらへ向かって歩いてきた。
「ふ、双葉さん、どうしてここに」
予期せぬ人物の到来に、思わず声が引きつってしまう。だが、演技だけは何とか崩さずに保つ。
「小太郎くんの声が聞こえた気がしたんだけど……小鳥遊さん、知らない?」
焦点の定まらない瞳で、微笑みを浮かべた芽衣子が、小鳥へと問う。
今の芽衣子は、まだ自分のことはただのクラスメイトだと認識している。『イデアコード』によって、小太郎がいなくなったショックだけを与えた状態にしているため、状況の認識はできていない。できるはずもない。全力の『イデアコード』で縛っているのだから。
「し、知らないよ。小鳥は何も知らないよ、双葉さん」
「本当? どうして小太郎くんがいないのか……小鳥遊さん、知ってるんじゃないのかな……小太郎くんがいなくなったのは、小鳥遊さんが————」
「————止まれっ!」
思わず、『拒絶の言葉』を使っていた。
詰め寄って来た芽衣子の歩みは、その場でピタリと止まる。
「まさか、私の『イデアコード』が解かれかけている? 嘘だよ、そんなのありえない……」
だが、今の芽衣子は明らかに自分に対して敵意を出そうとしていた。
「もしかして、桃川に反応したの?」
司令室は完全に防音がされているはずだ。満に一つも外に音声が漏れることはない。まして、芽衣子は通路の向こう側にいたのだ。
聞こえるはずがない。
だがしかし、現に声が聞こえたと言って、ここまでフラフラとやって来てしまった。
「声を聞いただけじゃない……何かアイツと魔法的に繋がりでもあるの?」
なんにせよ、これは危険だ。
双葉芽衣子は、桃川の存在を認識すれば、その瞬間に『イデアコード』の呪縛を解き放ってもおかしくない。
「このままじゃまずい、もっと強く縛っておかないと……」
芽衣子は抱え込んでしまった爆弾だ。
下川のように『追放刑』で始末するには無理な状況である。あれは直後にゴーマの奇襲があると分かっていたから、ドサクサ紛れで誤魔化せると踏んでの犯行だ。
良くも悪くも、砦の安全は保障されている。だからこそ、仲間に手出しは出来ない。
「チッ、忌々しいクソ豚女め」
小鳥は一筋の冷や汗を流しつつも、その場に呆然と立ち尽くす芽衣子を残し、逃げるように去って行った。
「————よし、ここを本拠点とする!」
塔から戻り、僕は撮影してきたホロマップのとある一点を指し示す。
そこはこの最下層エリア西側、かなり広く遺跡街が残された場所、その地下である。
地下トンネルが地下鉄のような移動用に利用された路線だと仮定すれば、ここの地下はかなり大きな駅だったということになる。かなり多くの地下トンネルがこの一か所で合流しているのだ。
こういう大きな駅のようなトンネル合流点は他にも何か所か見受けられるが、ゴーマ王国の立地、それから小鳥遊達が潜伏していると思しき遺跡の位置、そのどちらからもほどよく離れた位置にあるのがここだった。
「というワケで、今から引っ越しします」
「えー、明日でよくない?」
「ダメです。ここはまだゴーマが襲って来れる位置にあるからね」
杏子がダダをこねているが。この仮拠点は比較的安全というだけで、完璧ではない。
マップ情報が手に入ったので、より詳しく仮拠点周りの地形も把握できている。これから活動するにあたって、この仮拠点は決して素晴らしいといえる立地ではないことが明らかとなった。
妖精広場という安全地帯が利用できない以上、自ら最適な拠点の場所を決めなければいけない。
僕は拠点を作る立地の重要性を、クラフト系オープンワールドゲームで学んだ。
山の麓に拠点を構えて、鉄鉱石をジャンジャン掘ったり。あるいは、うっかり激戦地に建設したせいで、あっという間に更地にされたりとか。
幸い、ここは廃人連中が24時間張り付いて鎬を削る過酷なPVPサーバーではないから、僕は自分で好きな場所に居を構えることができるわけだ。
その上で、ゴーマという敵NPC勢力を打倒し、小鳥遊という害悪敵対プレイヤーをキルするのが、このステージでのクリア目的、といった感じである。
「それじゃあ、出発!」
そうして、地下トンネルを二列縦隊で進む。
道案内と索敵兼ねて、進行方向にはレム鳥を飛ばしている。今は全羽をこっちに呼び戻しておいた。こんな場所でウッカリ挟撃なんてされちゃあ目も当てられないからね。
だからといって、勿論、僕らも油断してダラダラ歩くワケじゃない。鳥を飛ばすだけでは分からない、息を潜めて獲物を待ち構えるモンスターがいないとも限らないしね。
なので、ダンジョンを進む時と同じく、警戒態勢である。
先頭を行くのは黒騎士レムと上田。索敵情報をダイレクトに受け取れるのはレム本体だし、上田はこの面子の中ではもっとも気配察知に優れている。『盗賊』夏川さんが飛びぬけているだけで、上田も十分に鋭い感覚を持っているのだ。
次いで、コアで作ったアルファに乗った僕と、グリリンに乗った杏子の騎乗組が続く。
そのすぐ後ろに、葉山君と姫野さんの打たれ弱いメンバーと、その護衛兼攻撃魔法も使える中嶋を配置。
中衛を守るように、荷物を満載したロイロプスが続き、それから後ろを固める山田と芳崎さん。キナコとベニヲのコンビは、列から離れなければ好きなように歩かせる。
「うおおおぉー、スゲー手触り! これ抱きしめて寝たーい!」
「プググ、プガァ……」
「おい芳崎ぃ! 俺のキナコに手ぇ出してんじゃねぇぞ!」
「うるせー葉山、今日からこのモフモフはアタシのなんだよ」
「プガ! プガガ!」
「やめろよ、キナコも嫌がってんじゃねぇか!」
「はぁ、どう見ても喜んでるし。おおぉー、この毛並み堪んねぇー」
芳崎さんは、随分とキナコをお気に入りのようだ。葉山君から寝取ろうかというほどの熱烈なアプローチである。
さては芳崎さん、部屋にデッカい熊のぬいぐるみとか置いてるタイプだな?
ともかく、キナコとベニヲというモンスターな仲間も、5人からは好意的に、というか、当たり前のように受け入れられている。
まぁ、僕が先にレムを使役しているから、今更って感じだろうし。キナコなんて子供にもウケそうなキグルミちっくな姿だし、ベニヲなんて普通の犬だし。忌避する要素はどこにもない。
コユキは言わずもがな。その姿を見た瞬間、女子も男子も魅了してしまった。
でも姫野だけシャーと威嚇されて、引っ掻き攻撃を喰らっていた。新たな嫌われ仲間の誕生である。
「なぁ、小太郎」
「どうしたの?」
並走する杏子が、僕の頭上から声をかけてくる。
当たり前だけど、グリムゴアはラプターであるアルファよりも二回り以上も大きいから、騎乗する位置は杏子のが圧倒的に上となる。
見上げれば、肉感的な褐色の太ももと、その奥までチラチラするスカートが。
ユキヒョウ柄のパンツは、実にセレブリティに溢れている。
「ここ、モンスターいなさすぎじゃね?」
「やっぱり、杏子もそう思う?」
今の道中、まだ一度もエンカウントしていない。それどころか、方々へ先行させているレム鳥からも、何かしらのモンスターの発見報告もなかった。
つまり、この地下トンネルでモンスターは一切、目撃すらされていないのだ。
「ゴーマの一匹も出ないっておかしいだろ」
「収穫の期待できない場所だから、わざわざゴーマも来ないだろうけど……僕らを探しにも来ないのは、明らかにおかしいんだよね」
ここは決して、モンスターが生息できない過酷な環境というワケではない。そんなんだったら、とっくに僕らも逃げ出している。
一つだけ考えられるのは、この地下トンネル全体が、妖精広場のようにモンスターを寄せ付けない謎の効果で守られている、という可能性。
実際、妖精広場にモンスターが侵入されたことないっていうのは、長らくダンジョン生活してきた僕らが一番知っている。でも桜ちゃんの『聖天結界』みたいに、光り輝くバリアが分かりやすく張られているワけでもないし、僕らがモンスター避けの効果そのものを感知することはできない。
だからこの地下トンネルにも同様の力が働いていたとしても、僕らには分かりようもないのだけれど……これは勘だけれど、そんな僕らに都合の良い場所になっているとは、とても思えなかった。
「じゃあ、何でここにモンスターいないのさ」
「それは分かんないけど、かといって表に拠点を構えるわけには————」
「————あるじ」
その時、先頭を歩く黒騎士レムはピタリと足を止め、振り返って僕を呼んだ。
「逃げて」
「撤退だ! 急いで引き返す!」
一も二もなく、僕は叫んだ。
噂をすれば何とやら、というべきか。ついにこの地下トンネルでモンスターの存在を感知した。
先行させていたレム鳥の一羽が、いきなり反応が途絶えた。
僕には視覚まで繋がっていないから、反応のアリナシしか分からない。
しかし、レム本人は分身体の五感をダイレクトに感知できる。僕の『双影』と同じように。だから、レムには鳥を襲った何者か、の姿を確認できているのだ。
その上で、レムは言ったのだ。逃げろ、と。
すなわち、現有戦力では太刀打ちできない存在を確認したということに他ならない。
「急いで! なんだか分からないけど、超ヤバいモンスターがこの先にいる!」
「おいおいマジかよ。俺は特に何も感じねぇけど」
「上田君が感知できる距離まで近づかれたら、手遅れかもしれない。だから、今の内に逃げるんだよーっ!」
君子危うきに近寄らず。というか、危ういと分かっていながら近づくのはただ馬鹿なだけなんだけど。
そういうワケで、ヤバいと分かってんなら、四の五の言わずにまず逃げる!
「レム、どこまで来てる」
「距離、約500メートル。歩くくらい、の早さ」
「数は」
「1」
マジか、たった一個体で即撤退をレムに進言させるほどのモンスターがいるとは。一体、どんな化け物なんだ。横道か?
是非、その正体はこの目で見極めなければ。君子じゃなければ、危うきに近づいてもOKだよね。
「相手の速度は遅い。落ち着いて、来た道を引き返して行こう」
危険な敵の出現に、ワイワイと多少浮足立つものの、僕らだって素人の集まりじゃあないからね。速やかに転進し、撤退を始める。
後に残ったのは、分身となった僕と黒騎士レム。それから、あるだけ召喚術で出したスケルトン軍団とハイゾンビ小隊。
失っても全く痛くない、捨て駒兼偵察部隊である。
僕の本体はアルファの背に揺られながら、みんなと一緒に撤退中。
『双影』の僕は、この地下トンネルで初めて現れたモンスターを確認すべく、道の先を真っ直ぐ見つめる。
そうして、待つこと5分ほど。
————ガシャリ
重苦しい、金属音がトンネルの向こう側から反響してくる。
この音には、聞き覚えがある。リビングアーマーだ。重厚な鎧兜を身に纏った奴が歩くと、あんな金属音がするのだが……
「なんだ、暗くなってる……?」
煌々と発光パネルによって照らされたトンネル内は十分な光に満ちているが、その音が聞こえた途端、徐々に、けれど確実に薄暗くなってきた。
————ガシャン、ガシャン
一歩ずつ、着実にこちらへと近づいてくる足音。
それに伴って、陽が落ちるかのように薄暗闇が広がって行き、その奥には明確な闇が渦巻いていた。
コォオオオ……
闇の訪れと共に、深い呼吸音が聞こえてきた。
目の前は、辛うじて視界を確保できるほどの暗闇に包まれている。
そして、僕は見た。その闇の中に佇む、絶望を。
「うわっ、これ絶対ヤバい奴じゃん……」
ははは、と渇いた笑いが漏れてくる。一目、その姿を見ただけで、震え上がる。
ヤマタノオロチや、『完全変態』横道を前にしても、これほどの恐怖心は湧いては来なかった。
いやぁ、これ『双影』で良かったよ。生で見たら、ガチでチビって動けなくなってもおかしくない。それくらいの迫力、いいや、明確に恐怖で発狂しかねない強烈な魔力のオーラが放たれているのだ。
「この異世界には、こんなモンスターがいるのかよ」
毒を喰らわば皿まで、じゃないけれど、恐怖に慄きながらも僕は全力で目の前の存在を観察した。
闇の中を歩むソレは、やはり人型で、鎧兜を纏っていた。
身長2メートルをやや超えたといったサイズ。人間としてみればデカいが、リビングアーマーとしてはありえる大きさだ。
だが、その絶望的な魔力オーラを抜きにしても、単なるリビングアーマーとは一線を画す姿をしていた。
それは正に、地獄の悪魔の王とでもいうような、禍々しい鎧兜のデザインであった。
憤怒に歪んだような凶悪な髑髏フェイスに、雄々しい二本角が生える。
狂暴性と攻撃性をこれでもかとアピールするかのように、刺々しい装甲。頭からつま先まで全身黒一色、レムと同じく黒騎士といったカラーリングだが、漆黒の装甲には随所に血管のように赤く輝くラインが走り、不気味な明滅を繰り返していた。
ただでさえ凶悪な姿であるが、その手にする武器もまた極まっている。
その手に握るのは、四角い大剣……いいや、刀身が超長い大鉈か。本体と同じく漆黒の色合いをした刃には、轟々と燃え盛るような赤黒いオーラが迸っている。
まったく、なんだその中二病デザイン。今時、和ゲーのアクションRPGでもこんなボスキャラ作らんだろう、みたいな姿であるが、コイツが動くところを直で見ると、小馬鹿にする台詞すら凍り付くほどの恐怖心に苛まれる。
そんな感想が思い浮かぶほどには、しっかりとその姿を見定めた時である。
『埋葬神学』:この世界においては、埋もれ、葬られた神々の伝説。されど呪いを操る者よ、外法の力をもって、理外の片鱗に触れよ。拾い集め、紡ぎ合わせ、思い出すがよい、遥かなる神々の時代を————
『彷徨う狂戦士』:それは、黒き悪夢の具現。その名を呼んではならない。その名を書いてはならない。その名を聞いてはならない。その名を知ってはならない。その者は、神をも恐れぬが故に————禁断の力、その一端を僅かに発現した模倣品に過ぎないが、人類に恐怖を思い起こすには十分に過ぎた。どれほど力を欲しようとも、それに手を出すべきではなかった。後悔は遥か時の彼方。残された狂戦士は、ただ彷徨い続ける。
な、なんかヤバそうな説明文が勝手に思い浮かんで来たんですけど……




