第27話 泥人形
見上げれば、どうにか天井が確認できるほど高い、巨大な森林ドームが目の前に広がっている。妖精広場の出入り口は、壁、というより断崖絶壁にポッカリ空いた洞窟のように開く。この見事な垂直の崖は、左右ともに端が見えないほど長く広がっている。いつものように壁際を進むと、かなりの遠回りになりそうだ。
そして目の前に広がるのは、鬱蒼と生い茂った森。あの緑の木々の中にはトレントみたいな樹木のモンスターがいるかも、なんて想像するほど。
しかし、何よりも恐ろしいのは森というフィールドそのものだ。地下通路のようなダンジョンは見通しがよく、敵を発見しやすい。曲がり角や部屋に注意するくらい。だが森の中には木々や植物が無数の遮蔽物となり、奇襲を許しやすい。まして、そこに住むのは森をホームとしている魔物。地の利は完全に向こうにある。
あの小さな森林ドームでさえ、進むには恐ろしく気を張ったのだ。それが何キロも続くのかと思えば、正直いって気が滅入る。
「――よし、行こうか」
それでも、進む。生き残るために。
太陽のように燦々と降り注ぐ白い光は、高い天井に設置された特大の発光パネルによるものだ。ここは24時間、いつも真昼のような明るさなのだろう。お蔭で、森の中はそれなりに明るい。
「やっぱり森林ドームと、あんまり変わらないね」
「多分、同じ植生なんだと思う。でも、凄い薬草とか見つかるかもしれないから、まずは近くをゆっくり探索しよう」
直感薬学を持つ僕にとって、植物で溢れる森は宝の山である。事実、ここへ落とされて早々にアカキノコを発見したからこそ、鎧熊を仕留めることもできたのだから。
きっと、この森には僕らの役に立つ素敵な植物たちが待っているに違いない。ささやかな期待に胸を膨らませて、巨大森林ドーム探索は始まる――と、その前に。
「ちょっと待って双葉さん。新しい呪術を授かったから、使ってみたいんだけど」
「ええっ、そうなの!? すごーい!」
どちらかというと、転職を果たした双葉さんの方が凄いと思うけど、まぁ、女の子にこういう反応をされて悪い気はしない。キャバクラにハマる男の心理である。
「凄いかどうかは、使ってみないと分からないけど……あんまり、期待しない方がいいよ」
とりあえずヘタレな僕はそんな予防線を張ってから、いざ新たなる第五の呪術の発動実験に踏み切る。
「えーと、まずは土を集めます」
この場ですぐ新呪術を試そうと思ったのは、まずこの第一条件がクリアできていたという理由も大きい。ここなら土なんて足元にいくらでもあるけど、石造りのエリアでは意外に手に入らない。いざとなればすぐ妖精広場に逃げ込める場所で実験できるのは安心である。
僕はしゃがみこんで土を掘って集めるのに集中。双葉さんはすぐ傍に立って警戒するけど、興味があるのかしげしげと僕の手元を覗き込んでいる。
「次に、水をかけて泥を作ります」
途中で飲む予定だった500ミリペット入りの水を、ここでいきなり全消費。あとで汲みに戻った方が良さそうだ。面倒だけど。
「泥ができたら、人の形に整えましょう」
小山と盛られた泥の塊を、僕は幼稚園児のようにコネくり回し始める。何でダンジョンにまでやってきて泥遊びをしているのかと虚しくなってくるが、これも必要な準備なんだと割り切って、真剣に人型を作る。
粘土ではなく泥なので、当然、フィギュアのように自立する形にすることは不可能。地面の上で、頭と胴と手足を、レリーフのように作るのが精々である。大きさは大体、三十センチくらい。
「ここまでくれば、あともう一息です。頑張りましょう」
「ねぇ桃川くん、その説明って誰に言ってるの?」
「あ、ちょっと話しかけないで。これ頭の中に浮かぶ説明文だから」
「ご、ごめんなさい……」
子供向け玩具の取説みたいな口調で独り言を零す僕に対して、ついにツッコミをいれてくれた双葉さんだが、決して冗談でやってたワケじゃないことを理解して欲しい。本当にこれ、口に出して言いながらやらないと、呪術発動の事前準備の仕方を忘れそうになるんだ。
呪文はしっかりと脳内に刻み込まれているけれど、恐らく、この説明は一回限りだと思われる。理屈は不明だが、そういう不親切設計なようだ。まぁ、さして難しい手順ではないから、一度やれば覚えられるけど。
「素敵な人型が完成したら、貴方の血を適量かけましょう」
血をかけるとか、何だか呪術っぽい。いよいよ本格的な呪いの力を、ここで発揮できるのかもしれない。ちょっと期待しちゃう。
「え、血って……」
「指を切るしかないよね。傷薬があって、良かった」
ひー、と微妙に顔を青ざめさせて、僕の指先カットを見学する双葉さんは、とてもゴーマを殺戮した狂戦士だとは思えない。もしかしてそういうの、女子特有のワタシ可愛い演技とかじゃないよね?
なんてささやかな疑念を抱きながら、僕はスパっとカッターで左手の中指の先を切り裂いた。すると、すぐに玉のような鮮血の雫が浮かび、ポタリ、ポタリと泥の人型の上に落ちて行く。はて、適量ってどれくらいのことなのはイマイチよく分からないが……うーん、数滴でも大丈夫だろう。
「あとは呪文を唱えるだけ、と、これで準備は完了か」
指先の手当は後回しにして、早速、呪術を発動させることにした。
「混沌より出で、忌まわしき血と結び、穢れし大地に立て――『汚濁の泥人形』」
淀みなく呪文を唱えた直後、変化が起こる。
泥に染み込み、跡なんて見えなくなったはずの血が、ブクブクと沸騰したように泡立ちながら人型の表面に浮き出る。僕も双葉さんも、思わず「うわっ!?」とか口走ってしまうほどには、おぞましい現象であった。
人型の全身が沸きたつ血液に包み込まれ――って、これ、明らかに僕が落とした血より量が多いけど、どうなってんだ。とにかく理屈は不明だが、血によって真っ赤に人型が染まり切った、と思うや否や、今度は一転、地面に零した水が吸いこまれるように、血の泡が収まりすっかり消え去っていった。
「……え、終わり?」
十秒ほどの静寂を経て、僕がそんな疑問を口にした瞬間、人型が、動いた。
「うわぁっ、コイツ、動くぞ!?」
と、二度目の驚きボイスが上がる。
直前まで、単なる人型に寄せられただけの泥の塊が、立ち上がったのだ。まるで地面に嵌められた型から抜け出すように、ボコリと音を立てて泥人形が立つ。
その姿は、僕が作った人型とは少しばかり形が異なっており、妙に頭が大きく、手足は短い幼児のような四頭身ほどのデフォルメデザインとなっている。
「す、凄い……桃川くん、これって……」
「あ、うん、間違いない、これが『汚濁の泥人形』だ」
『汚濁の泥人形』:主の意のままに動く人形。絶対服従。
とりあえず、脳内の説明文はこれで全て。相変わらず、見れば分かるような当たり前のことしか書いていないから、コイツに何ができるのか、あるいは特殊な技や魔法が使えるのか、みたいな肝心の部分は一切不明。
もっとも、本当にただ僕の思い通りに動くだけ、という性能しかないんだろうけど。まさか、ここで巨大ロボみたいなゴーレムを泥で造りだせるとは、この期に及んで僕は欠片も期待してはいないから。
「えーと、これ、どうやって動かすんだろ」
こういうのって、実際に言葉で命令するってよりも、念じるとその通りに動き出すってのが定番だけど……とりあえず、歩いてみろ!
「わっ、動いたよ、桃川くん!」
「おお、ホントだ!」
珍しく僕の期待に応えるように、泥人形は短い足をせかせか動かして歩き始めた。僕の足元で、周りをグルグル回る。僕が止めない限り、バターになるまで歩き続けそうだ。
「止まれ」
言えば、やはりピタリと止まってくれる。僕の声が聞こえているのかどうかは不明だが、テレパシーのように意思は伝わっているのは間違いない。いや、この泥人形に自我なんてないだろうから、ラジコンみたいなモノだと考える方が的確だろうか。
さて、この思念操作みたいな方法で、どこまで正確に動かすことができるか、少し試してみよう。といっても、何をさせればいいんだろう。うーん、深く考えてもしょうがないし、とりあえず適当な思いつきで動かしてみよう。
「ラジオ体操第一」
僕の脳内で日本国民なら誰もが知っている希望の朝のメロディーが鳴り響くと、それに合わせて泥人形は正しく『腕を前から上にあげて、大きく背伸びの運動』を始めた。
「はい、一、二、三、四ぃー」
「わぁー、凄い、ちゃんとラジオ体操してる!」
泥人形はヤル気のないクソガキとは違い、お手本のようにのびのびと体操を行っている。僕が深くイメージしなくても、正確に脳内にある情報を読み取っているかのように、淀みなく次々と体操の動作を進めて行った。
「うん、何となく分かった」
「あ、止めちゃうの?」
ちょっと残念そうな双葉さん。ここでフルにラジオ体操させるのも、時間の無駄だろう。それに僕、第二の方はやけに恥ずかしいポージングを強要される最初の部分しか覚えてないし。
「操作性は抜群だけど、問題はパワーと耐久力、かな」
「あんまり強そうには見えないもんね」
その通り。ここは見た目通りの脆さだと考えるのが妥当だ。
試しに突っ突いてみると、やはり僕が泥を固めた時と何ら変わらぬ湿った土の感触が伝わるのみ。特別に硬質化しているなんてことは、ありえなかった。
「とりあえず、コレを連れて探索を始めよう。戦力的には期待できないけど、囮くらいにはなるかもしれないし」
そうして、僕は相変わらず頼りにならなそうな呪術の効果である泥人形と共に、目の前に広がる深い森へ挑む。
「それにしても、これはちょっと道を外れたら迷うな……」
いざ、森の中に足を踏み入れると、あっという間に方向感覚を失ってしまう。どこを見渡しても木、木、木……見分け何てつくはずもない。
僕らが歩いているこの獣道がなければ、どう進んでいいかも見当がつかなかっただろう。
「あ、ちょっと待って」
「うん」
僕が制止の声をあげると、双葉さんは即座に立ち止まる。狂戦士として目覚めた彼女は、もう僕の服の裾を握っておっかなびっくり後をついて来ることもなく、堂々と前を突き進んでくれている。サブウエポンの鉈を片手に、進路の邪魔になる枝葉を切り落としていく様は、後ろから見ていて逞しさすら感じる。実際、僕の倍くらいの広い背中だし。
僕が止まったのは他でもない、採取のためである。
発見したのは鎧熊殺しに定評のあるアカキノコと、さりげなくストックが尽きかけていたニセタンポポだ。これ幸いにと、僕は山菜取りに勤しむ爺さん婆さんのように、毒々しいキノコとパっと見ただの雑草な薬草の採取を始めた。
双葉さんに手伝ってもらうことはしない。彼女の役目は警戒だ。次の瞬間には、あの茂みの向こうからのそっと鎧熊が頭を覗かせてもおかしくないからね。
彼女の代わりに、採取の相棒として働いてくれるのが、この『汚濁の泥人形』であるのだが、その成果はどうも芳しくない。
「うーん、とんでもないパワー不足だな」
アカキノコ一本、ニセタンポポ一束を採るだけで一苦労である。やはり肉体そのものが泥の強度しかない以上、これが崩れない程度の力しか発揮されないようだ。
体を目いっぱいに使って根から引き抜こうとする泥人形の健気なモーションを見て、その一生懸命さは評価したいところだが、これなら僕がカッターでさっさと切り取った方が断然早い。
「よし、もういいよ。行こう」
獣道から離れすぎない範囲でほどほどに採取を終え、最後に、近くの木にゴーマから剥ぎ取った衣服を割いた布きれを巻き付けておく。万が一に備えて、帰り道のための目印だ。
それから、さらに一時間くらいは歩いただろうか。最初の森を歩いた時と同じように、ここも場所によっては起伏があったり、大きな木の根が張っていたりして、よじ登ったり潜ったりと、中々に大変な道行である。だから一時間といっても、そんな何キロも進めていないだろう。
日本人の歩く平均時速は5キロくらい。でもそれは障害物のない道路での話であって、こんな熊さんが出てくるような森の中では、その半分もいかないんじゃないかと思う。
「この辺で、少し休もうか」
息も上がってきたところで、小休止をすることにした。
幸い、泥人形は僕らの行軍についてこれるだけのスピードとスタミナはあるようで、今は僕の傍らで、律儀に体育座りで待機モードになっている。
一方、双葉さんの方は割と平気そうな顔。恐らくは天職『狂戦士』の能力が影響しているんじゃないかと推測される。
狂戦士の初期スキル三つは、以下の通り。
『狂躯』:その身、ただ敵を屠らんがために。
『増血』:滾る血潮は、戦い続けるために。
『声を聞く者』:遥かなる声を聞け。拒まず、狂わず、しかと聞き届けよ。
困ったことに、能力の効果を窺い知る唯一のヒントである頭の中に思い浮かぶ説明文が全て、中二病をこじらせた僕みたいな文芸部員が書いたような、まるで意味不明のフレーバーテキストになっているのが致命的だった。こんな文章では、まるで詳細は不明。
『狂躯』は体のどこがどれくらい強化されているのか。『増血』はどの程度、血が増えるのか。時間当たりの増加量は。限界量は。気になるところはいくらでもある。
中でも最悪なのが『声を聞く者』という謎のスキル。これはそもそも、使い道さえ全く分からない。一体、何のためのスキルなのか、どのタイミングで発動するのか、何もかも分からない。遥かな声、って誰の声なんだよ。CVくらい明記しとけよ。
とりあえず、文才皆無な狂戦士の神に対するケチは置いといて、今は双葉さんの身体能力に影響しているであろう『狂躯』についてだ。恐らく、何かしらの能力は強化されているとは思われるものの、双葉さんとしてはそこまで大きな実感はないという。
ゴーマと戦った双葉さんは、何となく前より力が強くなってるような気がする、との感想であるが、もしかしたら自前の腕力が勇気を持てたことで十全に揮えているだけかもしれない。
だから、この『狂躯』にしばらく歩いても疲れないだけのスタミナ上昇の効果があるのかないのか、それも断定はできないのだ。
まぁ、何にせよ、今の双葉さんが素手でゴーマを捻り潰せる怪力を宿している、というだけで十分だ。そのパワーアップが成長による基礎ステータスの上昇か、スキルの効果か、という原因については、この際どうでもいいだろう。
「桃川くん、まだ先に進むの?」
「うーん、どうしようかな。魔物も出なかったし、もしかたらこのまま上手く森を突っ切れるかもしれないけど……」
悩みどころである。僕も道中で一回か二回は戦闘になるんじゃないかと思ったのだが、道行はなかなかに順調。
「コンパスはどう? 道から外れたりしてない?」
「大丈夫、まだ方向と獣道は重なってる」
進むべき方向は魔法陣で随時確認している。これが示す方向が今まで獣道と同じだったから、ここまで比較的楽に進んで来られた原因だろう。
そう考えれば、進む方向と獣道が逸れるところまでは、今日は進んでみてもいいかもしれない。
「いや、先に来た人が切り開いた道かもしれないよね、これ」
「委員長達、かな……」
「樋口かもしれないよ」
思わず、二人して因縁のある奴の名前を口にしたせいか、ちょっと気まずい雰囲気になる。けれど、可能性としては十分にあり得る。樋口組みも委員長チームも、まず間違いなく僕らよりも先に進んでいるのだから。
「と、とりあえずさ、双葉さん、ここから先は――」
アイツらのことなんか気にしてない、という感じで口を開いた僕だったが、言葉と同時に、双葉さんが俄かに立ち上がった。
休憩の為に、僕らは木を背もたれにして座り込み、ちょうど向かい合っている格好。立ち上がった双葉さんの顔は、眉をしかめて、暴走状態ほどじゃないけど……怖い顔をしていた。
あれ、何、もしかして僕、何かまずいこと言った? 委員長のことを思い出させたのって、そんなに地雷を踏み抜くことだったのだろうか。
「あ、えっと、双葉さん?」
彼女は無言のまま、僕に向かって一歩を踏み出す。その手が、腰から提げている鉈を抜いた。
え、嘘、マジで。待って、ちょっと待って、話そう、話せばわかる。武器を置いて、ついでに距離も置いてから、落ち着いて話し合おうよ双葉さん。
思いは通じるはずもなく、双葉さんは手にした鉈を振り上げた。
「えっ、ちょっ――」
あまりに突然の一撃を前に、僕は死を覚悟する暇なんてなく、ドっという鉈の刃が強かに肉に打ちつけられる音を聞いた。
「もう大丈夫だよ、桃川くん」
「……えっ、何が」
鉈が振り下ろされた拍子に固く瞑った目を、僕は恐る恐る開くと、目の前には頬に一筋の冷や汗を流しながら微笑む、彼女の顔があった。
一拍遅れて、気づく。痛くない。どこも痛くないし、血も出ていない。双葉さんは、僕を斬ったわけではない。
「大きい蛇だよ。毒がなくても、こんなのに噛まれたら危なかったよね」
ふぅー、と可愛らしく息を吐きながら、双葉さんは僕のすぐ傍らで、頭を鉈で割られた蛇の死骸を手に取った。
うわ、全然気づかなかった。こんなデカい蛇が、すぐ傍まで近寄っていたことなんて。
「あ、ありがとう……助かったよ」
密かに自分の身に迫っていた危機を認識して、顔からドッと汗が噴き出るのを感じた。
ここは異世界の森だ。魔物だけでなく、単純に危険な動物だって多数生息しているだろう。蛇の一匹や二匹、潜んでいてもおかしくないし、サバイバル素人の僕が、そんな奴らの接近に気づかないのも無理はない。
だから、僕は本当にふとしたことでアッサリ死んでしまう、ということを改めて理解させられたことに、戦々恐々とする。いや、本当に、ありがとう双葉さん。
「ふふ、どういたしまして」
と、にこやかな笑みで返答する天使みたいな対応の双葉さんは、頭を潰した蛇に、さらに鉈でもう一撃を加えた。ドン、と叩き付けられる音と共に、ゴロっと蛇の首が落ちる。
双葉さんは地面に転がる蛇の生首を小石のように蹴飛ばして茂みの向こうに消すと共に、切断された本体の方の首元を掴むや、思い切り破くような勢いでビリビリと皮を剥ぐ。その流れるような動作に、僕は唖然としながら、思いのほか綺麗に蛇の皮が剥がれる様を見つめるだけだった。
「えっと、双葉さん、何してんの」
「この蛇、食べられるかなって思って」
皮をベロリと剥がされた蛇を、双葉さんは近くの枝にロープでも引っ掛けるようにして垂らす。首の切断面からドクドクと赤黒い血が滴り落ちていく。血抜き、というやつだろう。
「え、これ、食べるの?」
「ええっ、食べないの?」
なにソレ、食べようと思わない僕の方がおかしいみたいな反応。そもそもコイツ、毒蛇かもしれないし、食べてみるのはちょっとチャレンジが過ぎるっていうか……
「どこにでもいるただの蛇。毒を持たない雑魚だから、普通に食べれる……って、ああ、この蛇、食べられるみたいだよ、良かったね」
「本当? やったぁー」
僕が直感薬学で知った、またしても投げやり気味の説明文から、食用に適す蛇だということが判明した。間違いなく食べられることが証明されて、双葉さんは大喜びだ。血の滴る蛇の死体を背景に。現代日本の女子高生とは思えないワイルドさだ。
「双葉さん、これ、どうやって食べるの?」
「うーん、焼くしかないんじゃないかな。塩もコショウもないから、味付けできなくてあんまり美味しくないかもしれないけど……お肉は食べておいた方がいいよ」
「ああ、そういえばここに来てから、胡桃しか食べてないもんね」
情報を信じるなら必要な栄養はとれているらしいが、どう考えても健康と体力を十二分に維持するには足りないだろう。僕らはリスじゃない。きちんとタンパク質をとるに越したことはない。
「うん、これから進むのも、まだまだ時間がかかると思うの。だから、食べられるものはきちんと食べておいた方がいいんじゃないかな」
全くもってその通り。反論の余地など隙間もないほど完璧な正論であるが、双葉さんの太いお腹からグーっと咆哮が鳴り響いたお蔭で、台無しであった。
「双葉さん、そんなにお肉が食べたかったなんて」
「言わないでぇーっ!」
つい失言を口走ってしまったと後悔しながら、とりあえず、これからは仕留めた魔物とかも、肉が食えるかどうかしっかり直感薬学で判断しようと思うのだった。まぁ、たとえ食べられるとしても、ゴーマだけは絶対に食わないけど。




