第283話 頭と右腕(2)
「それでは、オペを始めます」
「ま、マジで大丈夫なのかよ桃川……」
妖精広場の噴水脇に寝かせた葉山君が、実に心配そうな目で僕を見上げてくる。さらには、ハラハラした様子で、キナコとベニヲもご主人様を見守っていた。
大丈夫だって、別に直接メスを入れるワケじゃあないからね。
「じゃあ、解くよ」
「お、おうよ!」
ただ包帯を解くだけで、そんなに気合入れなくても。
スルスルと右腕の包帯を外せば、すっかり皮膚で塞がった切断面が露わとなる……なるんだけど、葉山君、ギュっと目を瞑った上に全力で顔を背けている。
予防接種で注射する時、針が刺さる瞬間を見れないタイプか。いるよね、そういう人。僕はガン見するタイプだけど。
「うん、思った以上に傷口は綺麗に塞がってるね。ほら、どう? 痛みはある?」
「ぬぁああああ……や、やめろ桃川、ツンツンすんな、変な感じがするぅ……」
切断面を覆う皮膚の部分に軽く触れてみれば、葉山君がくすぐったそうに悶えるリアクションが帰って来る。男子にこれやられても、楽しくもなんともないんですけど。
ともかく、この部分にはきちんと感覚は通っているようだ。
「よし……それじゃあレム、頼んだよ」
「グガガ!」
執刀医である僕の相方として、すでにレムを控えさせている。
黒騎士となり、手には真新しい剣を握りしめている。ついさっき錬成で作った出来立てほやほやで、念入りな洗浄と熱湯消毒も済ませてある。
「ここを狙ってね」
僕は噴水の淵に右腕をかけて、レムに示す。僕の右腕には、ちょうど葉山君が失ったのと同じ肘の先数センチあたりの位置に、黒マジックで印をつけてある。
「グググ……」
レムは僕の前に立つと、ゆっくりと剣を振り上げ————
「————ぎゃあああああ! 僕の腕がぁああああ!?」
「おい、俺の前でそれは冗談にならねぇだろ」
「あはは、ごめんごめん。やんないとダメかなと思って」
ジト目で睨む葉山君に、てへぺろーと誤魔化しなら、僕はレムが綺麗に切り落とした右腕を掲げて見せる。
僕の細い右腕、その切断面からは真っ赤な鮮血が滴り落ちる……代わりに、黒い靄のような形状となって、魔力が漏れていた。
そう、勿論コイツは、僕の分身『双影』である。
「じゃあ、くっつけるね」
で、本物の僕は分身から切断した偽の右腕を受け取り、葉山君の右腕へとくっつける。
後は、用意していた添え木を挟み込み、再び包帯でグルグル巻きに固定。
以上、処置完了である。
「葉山君、どうかな。右手、動かせそう?」
「う、うーん……ダメだな、まだ何も感じられねぇ」
「そっか。僕は動かせるから、まだ『双影』の術は生きてはいるんだけど」
葉山君にくっつけた右腕がグーパーと手のひらを動かす。
『双影』には痛覚が存在しないため、どれだけ損傷しても本体の僕には何のダメージも入らない。魔力を失い、呪術が保てなくなるまでの間は、真っ二つにされたって動かすことも可能だ。
本来なら、右腕を切り飛ばされれば、多少の時間は動かすことができるだけで、ほどなく魔力を失い消え去ってしまう。
「……ん、おお、魔力が通ってる感じはする……気がする」
「それは良かった。その調子で続けてみて」
魔力というエネルギー源を失えば消えてしまう『双影』の欠損部位。ならば、切り離した部位に魔力を供給し続ければどうか。
答えは、消えない。これは昨日の内に、僕が実験で試したことだ。
そして、術者である僕意外が魔力を供給するならば、どうなるか。
その答えが、今目の前で実演されている最中だ。
「うん、ちゃんと葉山君の魔力が、右腕に供給されてるみたい」
どうやら、上手くいっているようだ。
葉山君には、くっつけた右腕へと意識的に魔力を流してもらう。
そしてこの右腕と、添え木、包帯に至るまで、全てに魔法陣を描いておいた。効果は単純に、魔力が葉山君側から、右腕へと流れるように。
果たして、どの魔法陣がどの程度の効果を発揮しているかはイマイチよく分からないけれど、葉山君自身の感覚的には、ちゃんと魔力が流れているのは間違いないようだ。
「葉山君は、このまま右腕に魔力を流し続けて、何とか動かせるように頑張ってみてよ」
「なぁ、こんなんで本当に動くようになんのか?」
「分かんないけど、試す価値はあると思うよ。少なくとも、僕の呪術は僕にしか扱えないワケじゃあないからね」
その代表例が、メイちゃんが調理に使っていた『魔女の釜』である。
釜を作り出したり、その機能を自由自在に使いこなすのは僕にしかできないけれど、すでに完成した釜で一定の機能を操作するくらいは、術者以外でも可能なのだ。
今では大体のクラスメイトが釜を電子レンジ代わりの温め機能を使えるし、杏子や葉山君も炊事をするのに不自由しない程度には使いこなせるようになっている。
ならば『双影』も、僕以外の者が操作することは可能なのではないか。
実際、コイツは小鳥遊に乗っ取られたこともあるしね。『双影』は術者じゃなくても操作は絶対にできるのだ。
問題は、どの程度でコントロールを奪えるか。
小鳥遊の場合は、かなり特殊かつ強力だったはずだ。術者である僕にも、制御を取り戻すことが全くできなかったから。
今回の葉山君の手術でいけば、彼自身が『双影』の右腕のみを操作できるようになればOKなのだ。なにせこの右腕は、外観上は人間そのもので、腕としての機能も全く本物と遜色ない。錬成でイチから義手を作るよりも、よほど右腕の代わりをするのに相応しい。
完全な感覚まで取り戻すのは無理だとしても、握る、開く、くらいの単純な動作だけでも可能となれば、ひとまず失った右腕の代わりを果たすには十分だろう。
「とりあえず、後は様子見だね」
「おう……ありがとな、桃川。何からなにまでよ」
「ううん、いいんだよ」
葉山君は、これからもまだまだ働いてもらわないといけないからね。右腕を失うハンデを補うくらいのことはしてあげないと。
僕らはチームだからね。それぞれ、自分のできることを精一杯やれば、それでいいんだよ。
ただ、それだけのことが上手く行かないのが、人間関係の難しいところなんだけど……いやぁ、その点、今のチームは最高だよね。団結力という点では、僕とメイちゃんのコンビに次ぐと思う。
「じゃあ、僕は横道素材の仕分けをしてくるから」
「俺にも手伝わせろよ」
「今日はまだゆっくり休んでていいよ。手術もしたばっかりだしね」
「へっ、こういうのは寝転がってるより、動いた方がいいに決まってんだろ」
爽やかな笑顔を浮かべて、元気よく起き上がる葉山君。ついさっき、傷口から顔を背けていたのとは別人のようなアクティブさに溢れている。
「それじゃあ、無理しない程度にお願いね」
「おうよ! さぁ、キナコ、ベニヲ、張り切って行くぜ!」
転移先の妖精広場からは、首のない横道本体と、今回も爆発せずに残ったコア爆弾を無事に回収完了。それから教会周辺に散った横道素材と、ゴーマ部隊が勇敢に戦った末に全員が玉砕した、あの学校からも奴らの素材と装備品を回収した。
これらの回収作業と各種素材の大雑把な仕分けをしただけで、もう夕暮れの時刻となった。
「さぁーて、今日は久しぶりに徹夜しちゃうぞぉー」
「てつや、しちゃう」
「レムは小さいのに夜更かししちゃうなんて、悪い子だな」
「れむ、悪い子?」
「ううん、レムはいい子だよ。いい子いい子」
ズラズラと並ぶ横道素材を前に、僕は早くも徹夜テンションでレムを撫でまわす。
すでに風呂も飯も終えて、杏子と葉山君は就寝している。一方の僕は、相方のレムだけを連れて、別に明日でもいいけど、早速、新装備の作成に入ることにした。
「グリムゴア二体分に、他にも色々と損耗しちゃったけど……やっぱり、まずはコイツからだよね」
と、僕は両手で横道の髑髏、もとい『食人鬼の頭蓋骨』と向き合う。凶悪な顎と、額に開く不気味な第三の眼窩を持つ、異形の頭骨。
わざわざ『食人鬼の頭蓋骨』として直感薬学が反応するくらいなのだから、コレは単なるカルシウムの塊などではない。横道という化け物の力を秘めた、特別な素材である。
「一番の期待作だからね。素材も惜しまず投入だ」
気合を入れて描いた大きな『六芒星の眼』の上に、順に素材を並べてゆく。
中央にはメインとなる『食人鬼の頭蓋骨』を。
その傍らには、横道本体から採取したコアの中で、一番大きなヤツを配置。驚くべきことに、横道の本体からはコアが複数個、それもボス級サイズのデカいのがとれた。奴自身、ボス級モンスターを何体も食らってきたからこそ、それだけのコアを持つに至ったのだろう。
さらに言えば、奴は喰らった魔物の肉体を生やすという、キメラのような能力だった。あの能力を使うのには、ヤマタノオロチのように巨大な単一コアではなく、元となったモンスター由来のコアをそのまま保持している方が扱いやすかったのではないだろうか。
そんな考察はどうでもいいとして、とにかくコアが沢山獲れてラッキーってことだ。
それから、もう一つのメイン素材は背骨である。
あの生首の先に繋がっていたムカデ型の背骨だ。頭は『魔女の釜』に突っ込んで焼き切ってやったが、背骨部分は半ば以上が釜からはみ出てそのまま残っている。
だが、流石に横道本人の頭が消し炭となれば、もうピクリとも動きはしない。刺々しく、おぞましい骨が残るのみ。
これらの他に、細々した素材と、あらかじめ魔法陣を刻んでおいた良質な光鉄素材を配置し、
「受け継ぐは意思ではなく試練。積み重ねるは高貴ではなく宿命。選ばれぬ運命ならば、自ら足跡を刻む――『黒の血脈』」
最後に、ドバドバと僕の血をぶっかけてやる。お前が散々、欲しがっていた本物の僕の鮮血だ。たっぷりくれてやるから、立派な武器に生まれ変わってくれよ。
そう、僕が作り出すのは『食人鬼の頭蓋骨』での『愚者の杖』である。
現状では、元からあった魔法の杖を流用しての使用だったが、コイツは横道素材で統一した、初の専用魔法杖となる。
これまで数々のマジックアイテムに、『エアランチャー』に『レッドランス』と魔法武器の作成もしてきた今の僕なら、必ずできるはずだ。
「お前は必ず、僕の力になってくれると信じてるぞ、横道————『呪導錬成陣』」
『無道一式』:愚者ですらない、人ならざる者。飢えた獣の行く先に道は無く、されど求め、吠え続ける。これを握る者よ、飢えてはならない。渇いてはならない。暴食の果ては道無き獣と化すであろう。意志の軛と理性の鎖でもって縛り付け、合理の鞭にて叩け。さすれば汝、獣を従える主となろう。
「……ルインヒルデ様、勝手に名前つけるのやめてくれます?」
うん、杖の作成は上手く行った。多分、上手く行きすぎたから、ルインヒルデ様からいつもの呪術と同じノリで、勝手な名前と、フレーバーテキストが付属してしまった。
とりあえず、神様のお墨付きをもらった呪術師専用装備ということで、大成功ってことにしておこう。
横道の杖こと『無道一式』が完成した翌日。
「それじゃあ、これから森までマンモス素材を取りに行きたいと思いまーす」
「うぇー、マジかよ」
欲張りすぎだろお前、みたいな目で杏子に睨まれるけど、折角あるんだから回収しておきたい。
分身の僕が横道を引き連れて時間稼ぎしていたのは、森の中で捕まり終了と相成った。でもその直前に、横道は確かにスパイクマンモスとガチンコバトルをして制しているのだ。
で、昨日の内にレム鳥にその場所を偵察させて、まだマンモスの死体が残っているとの情報が確定したので、それなら捨て置くのは忍びないと、僕は回収を決めた。
「場所はそこまで森の深いとこじゃないし、さっさとマンモス素材だけとれればいいだけだから、大丈夫でしょ」
「そう心配すんなよ、蘭堂。いざって時は、俺らに任せてくれよな」
「俺らって、戦うのはキナコとベニヲじゃん」
「お、俺も力を分け与えることで一緒に戦ってるんだって!」
「うるせー電池野郎」
「ぬぁあああああ! それは言うんじゃねぇ!」
「はい、じゃあ出発するよー」
賑やかな雰囲気に心を和ませながら、僕らは森へ向けて出発した。
とにかく次々と現れるモンスターに大いに消耗と苦戦を強いられた、苦い記憶のある森。けれど、今日はまだ一度もエンカウントせずに済んでいる。
先日、横道が大暴れしたから、みんなビビって引っ込んでるのかな。
そんなことを思いつつも、警戒だけは密にして、僕らは雪の森を突き進んでいく。
すでに場所は分かっているし、そこまでのナビゲートまであるのだ。迷うことなく、僕らは目的地へと辿り着いた。
「うーん、流石に食われた跡があるね」
降り積もった雪に埋もれかけたスパイクマンモスの死骸は、横道にやられた以上の損壊具合で転がっていた。
毛皮はズタズタで、特に腹の辺りから大きく食い破られている。それなりに肉も内蔵も食われたようだ。
目立つ噛み跡や、穿たれた牙の深さから推定して、クリムゾンレックスよりは小さい、グリムゴアくらいのサイズの奴がマンモスを食べたと思われる。まぁ、ティラノ級の大型モンスだったら、全部平らげるか、引きずって巣にでも持ってかれそうだ。
「でも、取りたいのは牙とか毛皮だろ? それなら十分残ってるじゃねーか」
「うん、ちゃんと来た甲斐はあったよ」
残念ながらコアは失われているようだったが、牙と毛皮、それから太い骨など収穫としては最低限、釣り合うだけのモノは残っている。
少々手間はかかりそうだけど、早速、解体作業に移ろうか、という時だ。
「プググ……グルァ!」
「あるじ、モンスター、来た」
マンモスの死体に惹かれたか、それとも僕ら狙いか。キナコとレムが素早く敵の襲来を教えてくれた。
「レム、敵は————」
「————『石盾』っ!」
僕の問いかけに先んじて、杏子が防御魔法を発動させていた。
地面に積もった雪を吹っ飛ばしながら、長方形の土のブロックが瞬時に生え出し、僕の立ち位置をカバーする。
次の瞬間にはドドド、と連続的な音を立てて攻撃が突き刺さった。
「氷の遠距離攻撃持ちか」
「数は1、素早い」
「アルファで追い出すから、杏子は攻撃準備」
「よし、ベニヲもアルファに続け! 無茶はすんなよ」
「ワンワン! ワォーン!」
最低限のやり取りだけで、僕らは完璧な連携でもって動き出す。
土のブロックに突き立っているのは、細長い氷の矢だ。委員長の『氷矢』のように綺麗な形状ではない、荒い結晶のような形だけれど、殺傷力は十分な鋭さを持っている。
こちらに姿を見せずに、氷の遠距離攻撃で仕掛けてきた行動は、それだけで厄介な相手だ。
しかし、数が一なら圧倒的にこちらが有利。素早く動けるそうだから、獣型のモンスターだろうか。
なんにせよ、切り札の霊獣化を使わずに十分対応できる程度の相手だと判断した。
まずは雪の森に隠れ潜んで狙っている奴を、こちらの視界まで焙り出す。スピードのあるアルファとベニヲが迫れば、動かざるを得ない。
追い出してくれさえすれば、後は杏子を筆頭に、僕も葉山君も適当に攻撃魔法を撃ち込める。レム本体の黒騎士とキナコが残っているので、破れかぶれで突っ込んできても守りは盤石だ。
さて、そろそろだと思うけど……
「ウォーン!」
高らかなベニヲの雄叫びと共に、真っ白い雪に紅蓮の帯が迸る。
そして次の瞬間には、樹上から白い影が音もなく雪の地面へと降り立った。
姿を現した襲撃者は、僕の予想通り、四足歩行の獣型である。
「おお、ユキヒョウだ」
白い毛皮の豹、すなわちユキヒョウ。それにソックリな姿をした、美しいモンスターだった。
思わず見惚れるほどの、綺麗な白い毛並みにしなやかな姿形。でもただの動物ではなく、こちらに明確な殺意を持つモンスターであることは、その身から迸る冷たい氷の魔力から察せられる。
特に、四本の足首に纏われた純白の毛と、逆立つ長い尻尾。そこには目に見えるほど、濃密に青い氷の魔力が渦巻いていた。
豹としてのスピードに、上級攻撃魔法をぶっ放してきてもおかしくないような魔力。この森のモンスターとしても、かなりの強敵だ。
けれど、倒せないほどじゃない。
「その綺麗な毛皮を剥いで、杏子のパンツになってもらうか」




