第281話 遭遇者
「————ぁああああああああああああああああああっ!?」
暗闇の中に、下川の悲痛な絶叫が轟いた。
しかし、全力の叫びもそう長く続くものではない。一分と経たぬうちに、声が枯れるように、叫びは静まる。
「あ、ああぁ……はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら、下川は恐怖と混乱で真っ白になっていた頭の中を、少しずつ落ち着かせていく。
「こ、ここは……」
周囲一帯は、真っ暗闇で何も見通せない。水魔術師の下川には、暗闇で視界を確保するようなスキルも持ち合わせてはいない。
しかし、何の灯りもない暗闇というだけで、ここが自分の寝ていた塔ではないことを思い知らされる。
「ちくしょう……やっぱり、どっかに飛ばされちまったのか……」
思わず、上田と中井の名前を叫んで呼びそうになったが、もしもここが危険なダンジョンのどこかであるなら、それだけでモンスターを呼び寄せてしまう危険性を考え、大声を出すのは止めておく。
ひとまず、それくらいの頭は回る理性は戻って来た。
「ああ、くそ、ちくしょう……小鳥遊のやつ……」
まさか、あんなに直接的な行動に出るとは想像もしていなかった。湧き上がってくる後悔とやるせなさに全身が震えてくるが……どの道、ここにはもう真犯人の小鳥遊もいなければ、仲間達もいない。
クロであることが確定した小鳥遊が、また何食わぬ顔でクラスメイト達と行動を共にすることは大きな不安だが、今は自分のことで精一杯である。仲間を心配こそすれ、それ以上は何ができるわけでもない。
小鳥遊の言葉を信じるならば、自分は転移魔法によって強制的に追放されたのだ。
一体、どれほどの距離を元いた場所から移動したのか、全く見当もつかない。しかし、あの物言いからすれば、単にダンジョン内のエリアを移動させられただけとは思えなかった。
もっと確実な、絶対にクラスメイトの元には戻って来れない確信を持てるような場所へ飛ばした、と感じる。
もっとも、ダンジョンの別エリアに飛ばされただけでも、下川単独では先に進み続けるクラスメイトに追いつく現実的な手段もないのだが。
「お、落ち着け……俺はまだ、生きてる。体も無事だ。魔力もある……大丈夫、生き残るだけなら、絶対になんとかなるべ……」
これまでの過酷なダンジョン攻略の経験が、絶望的な状況にあっても理性を繋ぎとめてくれる。焦っても、諦めても、どうしようもない。
ひとまず、今はただ生き延びることだけを考えて行動すべきだ。
「————んぐっ、ぷはぁ。よし、落ちついたべ」
すでに手慣れた水魔法で、息をするように適量の水を出して飲み、ついでに顔も洗う。
相変わらず目の前は真っ暗だが、ひとまずサッパリはした。
「とりあえず、ここは……ダンジョンの中みたいな感じはするな」
自分が硬い石の床の上にいることは、すぐに気が付いた。手で触れてみれば、均一な凹凸が感じられ、石のタイルが敷き詰められていると判断できる。
「気温はちょっと暑いくらいで、変な臭いもしねぇから……いきなり死ぬような場所ではないな」
噴火する火山の火口や、南極のような氷の大陸、あるいは猛毒の沼地のような場所に飛ばされる可能性だってあっただろう。ただそこにいるだけで死に至る環境が存在することを思えば、ここはまだダンジョンのような屋内であるだけマシだ。
「あとは、ここが牢屋みてぇに完全に閉じ込められてなければいいんだけど……」
一番ありえそうな詰み、がその状況である。完全な閉鎖空間に閉じ込められた状況となれば、流石にどうしようもない。飢えを待つだけの絶望である。
ちょっとくらい危険なダンジョンでもいいから閉じ込められるのだけは勘弁、と祈りながら、下川は暗闇の中、静かに、ゆっくりと、手探りで周囲を探っていった。
そうしてどれくらいの時が過ぎただろう。
ひたすら石畳を探り続けて、結構広い広間っぽいというくらいしか情報が得られなかった、その時である。
「んっ、なんだ、急に明るく————」
気が付けば、薄っすらと視界が開けてきた。
光だ。この暗闇の空間に、光が差し込んできていたのだ。
「おおっ、あそこが通路になってんのか!」
よく見れば、この広間に通じる通路から光が入ってきている。その柔らかな輝きから、ダンジョンにあった発光パネルではなく、太陽の光が差し込んできているように思えた。
「よっしゃ、これ普通に外まで出れるんじゃねぇの!」
正しく希望の光に導かれるように、下川は通路へ向かって駆けだした。
そして通路を抜けた先で、新たな絶望的な景色を下川は目の当たりにする。
「————ま、マジかよ……ここってもしかしなくても……砂漠じゃねぇか」
薄明かりの灯る明け方の空。その下に広がるのは、荒涼とした岩山の連なりと、緑の存在を拒む様な、赤茶けた砂の大地であった。
どうやら、ここは砂漠のど真ん中にある遺跡らしい。ダンジョンの砂漠エリアなのか、それとも自然の砂漠なのか、それを判断できる材料は今のところ確認できない。
自分が飛ばされてきた遺跡跡は、結構な広さはあるものの、あのダンジョンのように奥深くまで続いてはいないようだった。少なくとも、そういう場所は見つけられなかった。
「ちくしょう、やっぱフツーにモンスターは出るのかよ!」
遺跡探索も半ばで、早速、獲物に飢えたモンスターが現れた。
赤犬のような犬型モンスターの群れ。砂色の毛皮に、白い斑点が浮かぶ。明らかに砂漠に適応した色合いをしている。
『砂犬』、とでも呼ぶべき群れは、特に魔法の力などは使ってこなかった。
「俺一人だけでもよぉ、今更ザコ相手に負けるわけねーべや!」
威勢のいいことを叫びながらも、遺跡の通路に入って囲まれないようにしつつ、『水盾』で足止めし、『水矢』で確実に一匹ずつ仕留めていく堅実な戦いぶりで、下川は砂犬の群れを撃退した。
「はぁ……くそ、やっぱ前衛がいねぇと緊張すんな。あんな雑魚の群れ相手するだけで、すげぇプレッシャーだべや」
思えば、単独で戦ったことなどなかった。ダンジョン攻略では最初から三人一緒だったので、連携という点では抜群である。
今まで如何に自分が仲間に頼っていたかを、まざまざと思い知らされる一戦であった。
「とりあえず、こんくらいの雑魚モンスターがウロついてる環境なら、ヤベー奴ばっかの危険地帯ってワケでもなさそうだな」
ダンジョン攻略の経験から、おおよそのモンスターの生息環境を推測する。暗黒街など、一番弱くても狼男だったのだ。弱い奴の存在は、弱くても生きていける環境であることを示す、何よりの証であった。
「モンスターは何とかなっても、サバイバルはダメかもしれねぇな……」
着の身着のまま飛ばされた、にしたって、今の下川はあまりにも何も持っていない。
寝間着代わりのジャージに、いざという時すぐ動けるよう、靴は履いているのが幸いといった程度。
他には何もない。眼鏡さえ、睡眠中だったから枕元に置いてきたくらいだ。
「水の心配しなくていいのは楽だけど、どうやって火起こしするべ」
桃川印の緊急サバイバルセットを持っていれば、そんなことに困ることもなかったのだが、何せ今はナイフ一本すらありはしない。
ここには折角、仕留めた砂犬という肉があるのだが、捌くためのナイフもなければ、調理するための火も起こせないとなれば、文字通りに持ち腐れとなってしまう。それなりにサバイバルしてきた自負のある下川だが、流石に魔物の肉を生で食べる勇気はない。
「ああぁ、こんなことなら、もっとマジになって『簡易錬成陣』習得しとけば良かった! 桃川が俺にだけポーション開発させっから、習得する暇もなかったんだべや!?」
おのれ桃川、やはりアイツが黒幕か。などと八つ当たりの現実逃避をしつつも、過酷な現実が下川に逃避し続けることを許さない。
「っつーか暑ぃんだよ!? 何度あんだよここ!」
砂漠なのだから、暑くて当然である。目覚めた時は夜だったため、まだマシな気温であったに過ぎない。
外にはギラつく太陽が昇り、これぞ砂漠気候とばかりに雲一つない快晴のカンカン照りである。これで暑くならないワケがなかった。
「んあぁー、マジで俺、水魔術師で良かった……これ炎魔術師とかだったら、熱中症で即死だろこんなもん」
ザッパーン、と冷たい水を魔法でちょちょいと被っては、冷をとる。
ずぶ濡れになっても、酷暑と渇いた空気とで、あっという間に服も渇くために、気にもならない。
この感じなら、日陰のある遺跡から外に出たとしても、行動するのにさほど問題はないだろう。
「……とりあえず、他に食料になりそうなもんもねぇし、水魔法で砂犬を捌いてみるしかねぇな」
ここらで本格的に食料確保について実践しなければと考え、遺跡探索は一時中断し、倒した砂犬を引きずって、ひとまずは目覚めた広間へと戻る。
太陽が登ったことで、広間にもほどほどに光が差し込み、ようやく全貌も見えるようになっていた。
やはりここは大きな広間であり、妖精広場のように中央には円形の噴水、のような跡が見受けられた。当然、噴水に水など一滴もなく、今はただ乾き切った石の肌を晒すのみ。
「水浴びするには、ちょうどいい場所かもな」
下川は軽い気持ちで、乾いた噴水へ水を注いだ。このくらいの容積ならば、学園塔で作った風呂と同じくらい。ここを満たすのは、大した労力も魔力も使わない。
ドバドバと水流を注いで、さほど時間もかからずに噴水を満たし、いざ本番とばかりに、砂犬の死体と向き合った、その時であった。
「————誰だ!?」
気が付いたのは、偶然か。あるいは一人でいることの緊張感から、普段よりも警戒心が働いたお陰か。
ザリ、という砂を踏みつける小さな足音が聞こえた。
それに反応して、弾かれるように音の聞こえた方向を向けば————そこは、広間に通じる通路。下川の目には、今まさにこの広間へ入ろうとした、何者かを捉えた。
何者か。
そう、それは紛れもなく『人間』だった。
クラスメイトでもなく、ゴーマでも、ゾンビやスケルトンなどの人型モンスターでもない。
下川も、いいや、クラスメイトの誰も見たことがない、初めて目撃する、異世界人なのであった。
ここは、おぞましいほどに穢れ切ったエリアだった。
本性を現した小鳥遊小鳥によって、強制的に転移させられた『隔離区域』というらしい場所。壊れた妖精広場に、スクラップを積んで巣食っていた気味の悪い人型モンスターを一掃した天道龍一は、一晩の後に、本格的にこの場所の探索を始めたのだった。
案の定とでもいうべきか、広場の外に広がっているのは、同じような光景。
異臭を放つ赤黒い汚泥が床に溜り、錆びついた何かの残骸がそこかしこに散らばっている。屋内型のダンジョンとしては最初の頃を思い起こす作りだが、ここは古風な石造りではなく、むしろ現代的。剥がれたり、砕けたりしている壁面には、赤茶けた金属パイプやコードの束が幾つも剥き出しになっている。
これらの設備は、如何なる科学技術、あるいは魔法技術の産物か。しかし、今や施設内に薄明かりを点々と灯すより他に生きた機能を感じさせない、汚れた廃墟である。泥は腐肉で、パイプとコードは千切れた血管。まるで巨大な怪物の亡骸の中にいるようだ。
「うへぇ、どこもここもバッチくてウンザリしますねぇ、ご主人様」
そんな不気味な場所で、どこまでも能天気な声が響く。
「この感じじゃあ、ここはどこもこんなもんだろ。慣れるしかねぇな」
「うーん、どうでしょう、ここは私を抱きしめてフローラルな香りでリフレッシュするというのは」
「好き好んで野郎の匂いなんざ嗅ぐかよ」
「失礼な、私はどこに出しても恥ずかしくない乙女なのです。さぁ、存分に、欲望がままに」
「ええい、寄るな、触るな」
小太郎の顔で言い寄られても欠片も嬉しくない。この遠慮のないふざけた感じも、本人を思い出すので尚更。
さらに言えば、汚い汚いと文句を言いつつも、いつの間にか長靴を装備していたりと、抜け目がないところも本人譲りである。
実はコイツ、『従者・侍女』ではなく『双影』なのでは。桃川、お前本当は俺のこと監視してるんじゃねぇのかと。
「————ったく、ふざけてじゃれつくんじゃねぇ。危ねぇだろが」
と、すり寄って来る侍女を突き放しつつ、右手の王剣を一閃。
大穴の開いた天井裏から飛んできた、ネズミが変異したような魔物を切り飛ばす。
まだ探索を始めて30分も経ってないが、こうして奇襲をかけてくるモンスターはもう何度もお目にかかった。
「お見事です、ご主人様」
「いや、まだだ。少し下がってろ」
再び王剣を振るうと、ギィン! と金属質な音が響き、弾かれた何かが壁や床に突き立った。
見れば、それは黒々とした針で、赤い縞模様の入った毒々しい色合いをしている。
「相手んなってやるから、さっさと出て来いよ」
龍一が王剣を構えると、侍女は音もなく静かに下がった。冗談の言える雰囲気か察するのも侍女としての心得。主の邪魔にならぬよう、黙って退くのは、それほどの相手ということだ。
「キリキリキリ……」
「カロロロロロ————」
トンネルのような広さの薄暗い通路の先から、二つの不気味な鳴き声が響いてくる。
どこか虫のように無機質な声音だが、蠢く影は四足の獣型。
「はっ、とんだドラ猫が出て来たもんだ」
獅子のような体躯は、ネコ科の猛獣を思わせるシルエット。しかし、ヤマアラシのように背中からは鋭い棘を生やしている。最初に飛ばしてきた針攻撃は、そこから発射されたものに違いない。
だが、この針山を背負った黒い獅子が誇る最大の武器は、牙でも爪でも針でもない。最も目を引くのは、その高々と掲げた尾。
それは、まるで大剣。奴の尾は、ギラつく金属光沢を放つ巨大な刃と化している。人が腕で操るよりも、遥かに広い可動域を誇るだろう。
「キリリリ」
「カロロロ」
互いに声を上げながら、示し合わせたように左右に分かれて、動く————早い。黒色の体躯はこの薄暗闇に紛れる保護色と化すが、それを差し引いても肉眼で動きを追うのは難しい。そう、龍一ほどの能力があってもだ。
「コイツは、食い甲斐のある奴らだな」
強敵を前に、ニヤリと笑みを浮かべる龍一。
果たして、どちらが捕食者なのか。その結果は、すぐに出ることとなった。
捕食スキル
『シャドウエッジ』:黒々とした影のような鋼の刃。
『シャドウニードル』:黒々とした影のような鋼の針。
『シャドウランナー』:影の差す場所において、より速く、より静かに走り抜ける。
三つのスキルの情報が、龍一の脳内に浮かび上がる。
足元には、両断された黒い魔物の死骸が転がる。龍一は見事に二体のモンスターを制し、その生き血を飲んだことで、捕食スキルを獲得したのだった。
「失礼します、ご主人様」
戦いが終わると、音もなく侍女が近づき、龍一の腕をとる。
左腕からは、鮮血がしたたり落ちている。返り血ではなく、自分のもの。
この黒い獅子の魔物は、龍一に手傷を負わせるほどの戦いぶりは見せたのだった。
「いらん。こんなもん、放っとけばすぐ治る」
「そういうワケには参りません。侍女として、傷ついた主を放っておくことなどできるはずが————はい、お終いです」
治癒魔法でも使ったのか。言い合っている内に、龍一の傷は塞がった。肩口に突き立っていた毒針もポロポロと抜け落ちる。勿論、毒も浄化されていた。
さらには、流れた血の跡も綺麗に洗浄されており、影の刃によって破れた学ランも補修されていた。
龍一は、傷を再生する類の捕食スキルはすでに幾つか持っている。実際、放っておけば数分も経たずに完治するし、多少の毒だって耐性スキルによってすぐに無効化されるだろう。
だが、侍女による治療はそれらを上回る早さでの処置であった。
「礼は言っとく。だが、あんまり世話を焼かれるのは好きじゃねぇんだ」
「ご安心ください。ご主人様のお世話をするのは私だけですので」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ……おい、さっさと行くぞ」
「あっ、少々お待ちを。コアは採取しておきますので」
侍女が魔物の死骸に向けば、次の瞬間には地面から黒々とした刃が走る。
捕食スキル『シャドウエッジ』は縦横無尽に魔物を切り裂き、あっという間に体内のコアを摘出。地面にゴロっと赤い結晶体が転がると、直後には黄金の魔法陣が瞬き、『宝物庫』へと収納されていった。
「お前、勝手に俺のスキルを」
「従者は主のお力を借りることで、強くなれるのですよ。各自、適性はありますが」
「そうなのか」
「そうなのです」
ふんす、とまっ平な胸を逸らしたドヤ顔で、侍女は従者シリーズの知られざるスキル仕様を説明した。
天職を持つ本人であっても、授かった能力の詳細全てを把握できるわけではない。
小太郎は常に自分の呪術の把握と検証に務めていたが、龍一はあんなマメな作業をする気はさらさらない。マニュアルは読まないタイプなのだ。
「まぁいい。それなら、好きにしろ」
侍女でも従者でも、使えるなら勝手に使えばいいだろう。ひとまず、そう結論づけた。
「はい、ご主人様。それでは参りましょう」
そうして、今度こそ歩き始めた、その時である。
「————誰ぞ、そこにおるのか」
声が響いてきた。
このトンネルの先から、小さな、けれど聞き間違えようもないほど、確かに人の声が聞こえてきた。
「……行くぞ」
龍一は侍女と一瞬だけ目配せしてから、ゆっくりと、静かに声の聞こえてきた方へ進んでいく。
「ああ、やはり、おるな。誰ぞ知らぬが、そこにおるのだな」
トンネルを抜けた先で、よりはっきりと声が聞こえた。
ここは、大きな広間となっている。荒れ果て、汚れきったこれまでの場所とは異なり、比較的、綺麗な状態を保っている。
通って来たトンネルと同様に、広場には他にも何本かのトンネルや通路が繋がっている。
しかし、声はそのどれでもない先から聞こえてきた。
「誰でもよい。ここを、開けてはくれぬか」
それは、巨大な門であった。
見るからに厳重に封鎖された、重厚な金属製の門。複雑な円形のレリーフが門扉には刻まれており、赤く光る文字が魔法陣のようにびっしりと浮かんでいる。
どうやら、この門を閉ざす機能は、いまだに生きているようだった。
「ここへ来た迷い人よ。外へ脱するにはこの門を開くより他はないぞ」
門の向こうから、こちらの姿が見えているかのように、声は語り掛けてくる。
「誰だよテメーは」
「妾は、そうじゃな……ここの主、といったところか」
「それで閉じ込められてちゃ、世話ねぇな。じゃあな、引きこもりの間抜け野郎」
「ま、待て待て! 気になるじゃろ、妾はここの主なのじゃぞ!」
「うるせぇな、忙しいんだよ。お喋りしてーんなら他をあたってくれよな」
「どれほど待ったと思っておるぅ! この機を逃せば、次など何百年先となるか————待てぇ! 行くな、そこから先は行ってはならぬ! 危険が危ないのじゃーっ!」
あからさまに焦っている声の主を放置して、龍一はさっさと進むことにした。
「よろしいのですか、ご主人様?」
「何が?」
「このダンジョンで初めて出会う、人の言葉を話す知的生命体でしたよね」
「いや、怪しいだろ、あんなあからさまに封印されてる奴なんて」
「ですね」
「しばらく探索して、マジでどこにも抜け道がないようなら、その時は開けてみるさ」
そんなことを話しながら通路を進む龍一と侍女。その奥からは、恨めし気な声と、シクシクと悲痛な泣き声が響き渡って来るのだった。
2021年1月29日
第17章は今回で最終回です。
学級崩壊、の章タイトルですが、最終的には落ち着くところに落ち着いた形になりました。蒼真ハーレムと桃川派閥に完全に別れた二年七組。追放系主人公と化した下川、なんだかんだで小太郎メイドと楽しくやってる龍一と、それぞれの物語も続いて行きます。
さて、今回ついに異世界人が登場(台詞のみ)となりました。異世界召喚モノなのに、異世界人が一人も登場せずに約200万文字も書いてしまいましたよ。バトルロイヤルとしては、それだけクラスメイトだけで話を転がしてきたということで、正しい構成ではあるかなと。
厳密に言えば、最初の異世界人はクラス召喚の際に放送した『王国の司祭』とされる男となります。けれど、クラスメイトが異世界で実際に遭遇した、というのは今回が初めてとなります。キナコは異世界人ではなく、人の言葉を喋れる系モンスターなので、カテゴリーとしてはモンスターということで。
地味なこだわりとしては、シーンの順番では下川の方が先に異世界人と遭遇、という形になりますが、実際に言葉を交わすのは龍一から、という構成にしたこと。龍一が遭遇した方が、直接的にダンジョンに関わる人物だからですね。
それでは、次章からはいよいよ小太郎の最下層エリア攻略が始まります。ピンチに駆け付け合流したクラスメイト5人を加えた、新生桃川派閥の活躍を、どうぞご期待ください。




