第269話 最下層へ(1)
桃川が俺達を裏切り逃亡をしたあの日から、もう一か月近くが経とうとしている。
俺達は、いまだに学園塔に留まり続けていた。
「はぁ……ようやく、必要な量が集まりそうね」
「ああ、随分と時間がかかってしまった」
「それもこれも、全て桃川がヤマタノオロチのコアを持ち逃げしたせいです」
エントランスにて、宝箱に詰め込んだ大振りのコアの数々を眺めて、俺と委員長と桜は、そんなことを話していた。
ヤマタノオロチの討伐に成功し、次のエリアへ進むための転移魔法陣は解放した。だが、桃川がコアを持ち去ったことで、転移魔法陣を起動することができなくなった。
転移の起動は、ボスと定められたヤマタノオロチのコアでなくても出来るが、それでも、この場所で必要となる魔力量が多すぎるのか、他のコアで代用するにはかなりの数と質が要求された。
それでも、代用できるというだけで十分に幸運だろう。できなければ、いつ現れるかも分からないボスモンスターを待ち続けるだけで、最悪、永遠に新たなボスは現れないかもしれないのだ。
桃川のコア持ち逃げが発覚した翌日、すぐにヤマタノオロチの巣へと調査に向かった。
小鳥遊さんが転移魔法陣を頑張って解析して、ボス部屋の転移は他のコアでも代用できることを突き止め、必要な大雑把な量を算出してくれた。
後は、地道にコアを集めるしか、俺達が先に進む手段はなかった。
「龍一がいれば、もっと楽ができたんだけどな」
「まったく、あのバカは肝心な時にいないんだから」
「それもこれも、全て桃川の————」
コアを集める作業は、楽勝だと思っていたが、想像した以上に時間も手間もかかってしまった。
今はもう、ヤマタノオロチ攻略戦前のように、18人全員揃ってはいないのだから。
まず、エース級の戦力である龍一が抜けた穴が大きい。これだけで、ボス級のコアを確実に持っているデスストーカーのような、強力なモンスターを安定かつ素早く討伐することが難しくなった。
このレベルのボス級モンスターの討伐は、エース級一人とあと数人のメンバーがいれば、安定して狩れる。
けれど龍一が抜け、さらにもう一人のエース級である双葉さんも、今はとても戦闘ができる状況にない。
結果、確実にボス級を倒せるのは、俺のいるパーティだけとなった。ボス級コアを集めるという作業は、これだけで効率は当初の三分の一である。時間がかかって当然だ。
さらに、単純な戦闘能力でいえばエース級には劣るが、桃川と蘭堂さんが抜けた影響も大きく響いている。
桃川は指揮官として、誰よりも優れていると認めざるを得ない。アイツが率いていれば、どんな構成でもまず安泰だし、クラス全員を指揮することもできる。俺と委員長を含めて、桃川と同じように人を動かすことは、悔しいができない。
呪術師の桃川は戦力的には劣るが、だからこそ指揮に集中することもできる。今は下川をはじめ、他のクラスメイトもパーティを指揮する立場になる機会が出てきたが、本来、彼らは戦闘要員であり、目の前の戦いに集中しがち。仲間に的確な指示を飛ばす、というのも戦いながらでは難しい。かといって、指揮するために一歩退けば、その分だけ戦力に穴が開く。戦えるのに、戦わない、という立ち回りはパーティメンバーの不満も招くだろう。
その点、呪術師として後衛に収まる桃川は、指揮を執るのにもちょうどいい立場だった。今、アイツと似たような立場に収まれるのは、『治癒術士』の姫野さんだけだが……流石に、彼女に桃川並みの指揮能力を求めるのは、あまりにも酷な話だった。
それから、問題は指揮能力の低下だけではない。アイツが『レム』と呼んでいた使い魔が、各パーティから抜けたことは、戦力的にも、安全面においても大きく低下することに繋がった。
コアや魔物素材があれば、いくらでも復活させられるレムは捨て身の攻撃や防御が出来た。いざという時、誰かの盾になることに躊躇はないし、撤退する時の殿も任せられる。普段の戦闘でも、矢面に立って敵の攻撃を引き付ける、いわゆるタンクの役目も果たす。
命を落とす危険のあることは、ほとんどレムに任せられた。しかし、それが全ていなくなったとすれば、今度は生きた人間である俺達が、その危険な役目を果たさなければならなくなる。
俺もみんなも、以前ほど無茶して魔物に挑まなくなった。いざ、という時に、敵を食い止めてくれる頼れる存在は、もういないのだから。
そして、桃川についていく形でクラスを離れた、蘭堂さんの抜けた穴も大きいものだった。
ヤマタノオロチ攻略戦に向けては、塹壕とトーチカの土木工事に出向くことが多かったので、魔物狩りの参加率は低かったが……土魔術師として、彼女は非常に有能な後衛戦力だった。
土属性の攻撃魔法は、さながら銃撃のように即効性のある威力を誇り、さらには速やかに広範囲に壁を作り出す防御魔法は、味方の守りから敵の分断まで、大きな効果があった。
ただでさえ魔術師クラスが少なめだったので、土魔術師の蘭堂さんが抜けると後衛不足はより深刻化した。
それに、ボス級モンスターの巣を発見した時などは、ヤマタノオロチ攻略にならって、こちらも前線基地を拵え、地形を変えて有利な状況を整えて挑みたいところだったが、肝心の蘭堂さんがいないので、そんな大掛かりな工事は不可能となった。
巣に籠っているせいで手出しできなかった奴らも、結構いる。今のメンバー構成では、ボスの巣に挑む危険は、とても冒せなかった。
勿論、クラスのみんなが頼りにならないほど弱い、とは言えない。
ヤマタノオロチとの戦いを経て、ここへ来た頃に比べればみんなはずっと成長している。ボス級モンスターを相手にも、パーティを組めば十分に太刀打ちできる。
だがしかし、万が一を考えれば、絶対に無理はさせられない。だから、ボス級と戦う時は必ず俺をメンバーに加えるようにした。これ以上、もう一人たりとも失うわけにはいかない。
効率を考えれば、各パーティでボス級の魔物を発見次第それぞれ狩れば早いが、やはり最大限の安全確保を考えれば、俺が出向くまで待ってもらうしかない。時には、折角、発見したボスを逃がしてしまう、ということも少なくなかった。
歯がゆいほどの非効率。しかし、みんなの安全には代えられない。それでも、着実にもどかしい思いとストレスは募る。
こういう場合、桃川ならどうしただろうか。多少のリスクを許容して、全パーティにボス級と戦わせるだろうか。それとも、俺には思いもつかない楽なコア集めの方法を編み出すのか。
レイナを殺した最悪の仇であり、その上さらに最低の裏切り者となった桃川小太郎だが……俺はつい、アイツと自分を比べてしまう。クラスを統率した、その手腕は本物だったから。
だからこそ、恐ろしい男である。心の底では、あれは何かの間違いであって欲しいと願う気持ちも、僅かながら確かにある気がする。
「けれど、これで良かったのよ。時間はかかったけれど、誰も死なず、大きな怪我もなく、ここまで集められたのだから。みんなの安全をとった悠斗君の判断は、私は間違っているとは思わない」
「ありがとう、委員長」
「そうですよ、兄さんは正しい。やはり兄さんがクラスを率いるのが、本来あるべき形なのです」
「クラスのリーダーは委員長だ、桜。確かに、戦闘は俺が仕切っているけれど……それも、どこまで上手くやれているか、不安なところだ」
クラスの戦力面では、エース級たる龍一と双葉さんの二人が欠けた影響が大きい。
だが、指揮や統率の面においては、桃川が欠けた影響というのを、嫌でも実感せざるをえなかった。
確かに、みんなは強くなった。だが、今のみんなが戦う時の雰囲気は、端的に言って士気が低い。ボス級の魔物を狩り、コアを集めなければいけないという状況は、誰もが理解している。
けれど、ヤマタノオロチ討伐に向けて準備をしていたあの頃に比べれば、明らかに雰囲気はよくない。桃川の裏切りという衝撃が、いまだ尾を引いていることもあるだろう。
しかし、そもそもヤマタノオロチは俺と龍一が組んでも、正攻法での攻略は諦めかけるほどの圧倒的な強さの大ボスであった。
そんな絶望的な相手に挑もうという戦いの準備でも、あの頃は、みんなどこか希望に満ちていたような気がする。勿論、自分も。みんなで力を合わせれば、きっと乗り越えられる。そういう、前向きな希望を持てていた気がするのだ。
けれど、今はそんな希望と呼ぶべきものが見えない。
状況が違うと言えばその通りだが……もしかすれば、あの希望をみんなに与えていたのは、桃川だったのかもしれない。そして今の自分には、それが出来ていない。
どうにかしたい。希望を持たせて、一致団結を目指すべき。分かっているけれど、それをどうすればいいのかが分からない。
俺は桃川が抜けたあの日から、今日までクラスを率いて戦い続け、そんな至らない部分を実感してしまうのだった。
「そうね、今にして思えば、私達みんな、桃川君の指揮に頼っていたところがあったのかもしれないわ。単純な戦闘でもそうだし、ヤマタノオロチを倒すという大きな作戦でも、彼の言う通りにすれば何とかなりそうだと、不思議とそう思えたわ」
「……やっぱり、委員長もそう思うか」
「そんなことありません。桃川は私達を利用するために、ヤマタノオロチ討伐に参加しただけに過ぎません。あんな男の力に頼ることは、本来あってはいけないことだったのです」
まるで、酒やクスリに頼るのはよくない、みたいな言い方である。
けれど、言い得て妙かもしれない。
たとえ桃川小太郎が毒であったとしても、俺達はアイツに頼ってしまった。頼らざるを得なかった。ヤマタノオロチに挑むなら、酒でも飲んで酔わなきゃやってられない。
そういえば、いつだったか桃川が言っていた気がする。人は、正しいことだけじゃ動かない、と。
ああ、その通りだ……正しい行い、というだけで、人は幾らでもヤル気を出して動けるワケではないんだな。今のみんなの士気の低さが、その証明である。
「それでも、今のクラスがとても良い雰囲気じゃないのは事実だ」
「そうね、もう少し何とか出来ればいいのだけれど……」
戦闘での指揮だけでなく、クラスの雰囲気が全体的に暗いのも問題だ。
かといって、状況が状況である。劇的な改善案などあるはずもなく……転移に必要なコアがようやく揃いそうな今になっても、あまり達成感のようなものはなかった。
「————涼子ちゃーん、ご飯だよー」
と、考えるほど暗くなってしまいそうだったところへ、夏川さんの明るい呼び声が響いてきた。
「ああ、もうそんな時間なのね。行きましょう」
俺達はエントランスから、二階妖精広場の食堂へと向かう。けれど、心安らぐはずの食事の場が、より一層にクラスの暗い雰囲気を感じさせることになるのだ。
三人分の席が減ってしまった妖精広場の大テーブル。すでにみんなは席についており、夏川さんに呼ばれた俺達が最後だった。
「————いただきます」
今日のメニューは、モツ煮込みのような鍋料理だった。狩ったばかりの新鮮な肉を使っているので、日本で食べていたモツ鍋よりも味は上等だろう。
強いて言えば、一緒に米が欲しいところだが、柔らかいパンが普通に食べられるだけ幸せだと思うべきだ。
そう、俺達は幸せだ。今日も美味しい料理にありつけているのは、他でもない、双葉さんが作ってくれているからだ。
「あっ、なんだよおい、姫野だけウインナー入ってるべ」
「流石は双葉ちゃん、私が臓物系苦手なこと覚えててくれたんだ」
「うん、モツが苦手な人はよくいるから。他にも、ダメな人がいたら取り換えるよ」
「にはは、私ちょっと変えてほしいかもぉー」
「俺はモツ食えるけど、ウインナーも食いてぇぞ」
「お、山田、お前今いいこと言った」
「俺も山田に賛成だぜ」
「大丈夫だよ、まだ沢山あるから。欲しい人は言ってね」
食べ盛りの子供を眺める母親のような微笑みで、山田と上中下トリオにウインナー入りのおかわりを、双葉さんはよそっている。
その姿だけを見ていると、以前と変わらない様子に思える。
けれど、誰もが理解している。双葉さんは、正気に戻ってなどいないと。
「————双葉ちゃん、片づけ手伝うよ」
「ありがとう、姫ちゃん」
夕食が終わると、姫野さんが双葉さんと共に後片付けを始めた。今日の給食当番は夏川さんなので、彼女も一緒に、三人でやっている。
他のみんなは、もう食事は終わって席を立っている。これ以上、誰もここで食べる者はいない。
けれど、テーブルにはまだ、一人分の料理が残されていた。
「……ねぇ、双葉ちゃん、桃川君の分はどうするの」
「そのままにしておいて。もう少ししたら、帰って来るかもしれないから」
「うん、そっか……そうだよね……」
と、姫野さんはやや硬い作り笑いを浮かべていた。
あの日から、双葉さんは毎食欠かさず、桃川の分も料理を用意して、テーブルに並べている。
そして、すっかり料理が冷え切って、次の分を作り始める頃になって、ようやく処分するのだ。
食べ物を無駄にするな、とは幼稚園児でも教えられることだ。多くの日本人は、料理を捨てることに抵抗感を持つ。もったいない精神である。
料理部であり、クラスで誰よりもこだわりを持つ双葉さんは、尚更にその辺を徹底している。クラスメイト全員の食事量を把握し、各人が残さない分を配膳するなど、とにかく無駄が出ないよう事細かに配慮していた。
そんな双葉さんだが、冷めた料理を捨てるのだ。毎日、毎食、心をこめて丁寧によそった皿を、一口もつけることのない料理を、彼女は捨てる。
その時の双葉さんの表情には、何の感情も浮かばない、恐ろしいほど冷え切ったものだ。
誰も、声などかけられない。クラスでは一番の友人である姫野さんでさえ、桃川の分を用意するのは無駄だと、止めようと言うことはない。
勿論、俺だって、今の彼女にはかける言葉がない。
もし、不用意な発言をすれば、どうなってしまうのか。正直に言って、恐ろしくて堪らない。双葉さんは桃川に裏切られた現実を、まだ受け入れられないのだ。時間が解決するかもしれないし、永遠に解決などしないのかもしれない。
だから、誰も何も言わないし、言えない。彼女の前で、桃川の話は絶対にしない。それは最早、暗黙のルールである。
ただ、給食係としての仕事だけは黙って続けてくれている双葉さんの前では、みんなは普段通りにすることを自然と選んでいた。
さっきのやり取りのように、双葉さんと普通に会話をしているが、内心では綱渡りのような感覚だろう。
友人である姫野さんを筆頭に、上中下トリオと山田、ジュリマリコンビ、それから委員長と夏川さんが、まだ彼女と会話をする余裕がある。
俺はダメだ……あの日から、俺はまだ一度も、双葉さんに声をかけられていない。
勿論、今日も彼女にかける言葉など見つからなかった俺は、後のことを姫野さん達に任せ、逃げるように妖精広場を出た。
もう、すでに夜の時間だが、まだ眠る気にはならない。かといって、食べた直後に動くのもよくはない。
結局、俺は一階エントランスへと戻ることにした。
「あっ、蒼真くん!」
「やぁ、小鳥遊さん。今日もお願いできるかな」
「うん、勿論だよ!」
弾けるような、無邪気な笑みで迎えられる。ここには、小鳥遊さんが一人だけで座っていた。
エントランスは高度な錬成スキルを持つ『賢者』である小鳥遊さんの工房だ。元々ここの大半は桃川が色んなことをするのに使ったり、他の人を巻き込んで占有率をどんどん広げていったが……今は、ここの主は小鳥遊さんだ。
「もう少しで、発動できそうな気がするんだけどな」
紙に描いた魔法陣に両手を重ねても、それが光り輝き効果を発揮することはない。
だが、確かに魔力が通っている感覚はする。けれど、いまだ発動には至らなかった。
「焦らなくても大丈夫だよ。蒼真くんなら、絶対にできるようになるから」
と、小鳥遊さんは言いながら、俺の両手に、小さな手のひらをそっと重ねる。
「魔法陣に魔力は半分以上通っているから、本当にあともう少し————ほら、こんな感じだよ」
僅かな、けれど繊細で正確な魔力コントロールによって、俺の魔力は魔法陣を誘導され、効果を発揮した。
「この、あともう少しが難しいな。『簡易錬成陣』でこれなら、先が思いやられるよ」
「コツさえ掴めれば、すぐだと思うな」
俺は、小鳥遊さんに錬成魔法を習うことにした。
生活面でも、装備面でも、錬成魔法はサバイバルを続けていく上で重要な要素だ。この学園塔で生活を始めて結構な時間が経っているせいで、つい忘れがちになるが……大きな不自由のない生活を送れているのは、設備が整っているからに他ならない。
桃川が去った今でも、アイツがこの学園塔に用意した設備はそのまま使い続けている。双葉さんが調理に使う複数の釜に、男湯と女湯。そして、個人に用意されたトイレも。
桃川がいなくても、調理用の『魔女の釜』は双葉さんが自分で操作できている。
風呂に使っている釜の方は桃川本人しか操作していなかったが、今は下川がなんとか使えるようになった。
トイレに関してだけは、半ばオート設定のような作りらしく、何の操作をしなくても適切に処理されている。
桜なんかは、桃川の残した物は怪しいから全て破棄すべき、とまで言ったが、誰もそれには賛成しなかった。当然だ、美味い食事と毎日入れる熱い風呂は、『魔女の釜』があってこそ。公衆衛生の面から、この完璧に機能しているトイレだって使わない手はない。
結局、この学園塔にいる内は、桃川の遺産に誰もが頼らざるを得ないのだ。
そして、これから全員でダンジョンからの脱出を図るにあたって、アイツの能力は必要不可欠だった。桃川がいれば過酷な脱出行でも、この学園塔並みの生活レベルを維持できるのだ。安息が保証されているのは、何よりも大きな励みであった。
けれど、もう桃川の力には頼れない。アイツ自身がその道を断ってしまったから。
それでも俺達には、アイツが示した脱出案しか、現実的な計画はない。だから、桃川抜きで実行する。
その実現のためには、錬成を使える者は一人でも多い方がいい。
純粋な魔術師クラスではない俺に、果たしてどこまで錬成魔法が使えるようになるかは分からない。けれど、今の自分に出来ることは、何でもするつもりだ。
ただ目の前の敵を倒すだけでは、先には進めないし、誰もついては来ない。たとえ桃川が最初から裏切るつもりだったとしても、ヤマタノオロチ攻略までの活躍は本物だし、見習わなければいけないだろう。
「俺も早く錬成が使えるようにならないとな。いつまでも、小鳥遊さんだけに負担をかけるわけにはいかないし」
「ううん、私は全然、大丈夫だよ!」
「けど、こんな時間まで一人で頑張っているだろ?」
「そ、それは……小鳥が頑張らないと、みんなが困るから。桃川君はもういない。戻ってくることも、絶対にない。だから、小鳥が『賢者』として、みんなを支えるの」
「ありがとう、小鳥遊さん。でも、無理だけはしないようにね」
「大丈夫だよ。それに、多分、本当に次が最下層だと思うから……今が頑張りどころだよ」
桃川はあの時、ここから次に飛んだ場所が、脱出用の天送門があるダンジョンの最終エリアだと言っていた。だから、もうクラスメイトの力はいらないのだと。
その情報を頭から信じるわけにもいかないが、逆に嘘だと断じる要素もない。
小鳥遊さんがヤマタノオロチの巣にある転移魔法陣を解析した結果、今までのものとちょっと違う点もあることから、恐らくは最終エリア、この地下深くに広がるダンジョンの最下層に繋がっている可能性が高い、と分析している。
事実であれば、ゴールは目前だ。
果たして、最下層に飛んだ先に何が待ち構えているのか。桃川の口ぶりでは、そこへ行けばすぐに脱出できるような感じではあったが……途轍もないラスボスのような奴が、待ち構えているような予感が俺にはする。
ここまでボスを倒し続けてダンジョンを攻略してきたのだ。誰だって、最後の最後までボスがいるだろうと予想して然るべきだ。
だから、小鳥遊さんも装備の更新を全力で頑張ってくれている。
「明日には、いよいよ転移することになる」
「そうだね。でも、みんなで協力すれば、絶対に乗り越えられるよ」
「ああ、俺達は必ず、みんなで生き残るんだ。もう、誰一人、失ったりはしない」
たとえどんな障害が立ちはだかろうとも、俺はみんなを守る。
それが『勇者』の天職を授かった、自分の使命だと、俺は信じているから。




