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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第4章:二つ首の猛犬
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第25話 開花

「や、やったーっ! 私、やったよ桃川くーん!」

 そう言ってニコニコ無邪気な笑顔を浮かべて駆け寄ってくる双葉さん。足元に広がる血の水たまりをバチャバチャさせながら。

「あ、うん……そうだね……」

 僕は唖然とした表情で、久しぶりに家に帰って来たご主人様を見てテンション上がってる飼い犬みたいなはしゃぎようの双葉さんを迎えた。

 落ち着け。今、僕の目の先には、頭が陥没したり、顔面がグッチャグチャに潰れたり、手足が千切れ飛んだりしたゴーマの惨殺死体が何体も血の池に浮かんでいる景色が見えるが、これは、喜ぶべきものだ。人として素直に喜んではいけない凄惨な背景であるが、これは他でもない、僕が心の底から願ったものでもある。

 そう、僕はつい今しがた、双葉さんの新しい天職『狂戦士』の圧倒的な力を目撃したのだ。

「うん、凄いよ双葉さん!」

「ふぇ、え、えへへ……ありがとう、桃川くん」

 好きな人に手作り料理を褒められた乙女みたいに頬を赤らめて言う双葉さんであるが、果たして、殺しの技術を賞賛されて喜ぶのは年頃の少女としてはどうなのだろう。

 でも、双葉さんは自身の無力さというものにずっと思い悩んでいたのだから、ここまで大喜びするのも当然かもしれない。

「本当に凄かったよ。あんなに戦えるなんて――」

 ここは、僕が無様にもゴーマの罠にかかった因縁のT字路である。麻薬によって暴走状態の双葉さんがゴーマを虐殺して作りだした惨殺現場はそのままだが、ここで彼女はさらなるゴーマを血祭りにあげてみせた。

 わざわざこんなところまで戻ってきたのは、双葉さんが強く『狂戦士』の力で戦ってみたいと主張したからである。つまるところ、腕試しだ。

 僕としてもその力には大いに興味はある。本人がその気になってるし、止める理由は何もなかった。

 気絶した双葉さんと一緒に無理を押して拾ってきたゴーマの武器、パっと見で使えそうだったまだ錆の少ない斧と短剣を彼女に装備させて、いざ出撃、とここへやって来たのである。闇雲にターゲットを探すよりも、ここなら仲間のゴーマが様子を見に、あるいは装備を回収しに戻ってくると踏んだのだ。

 凄まじい数の援軍を引き連れてきた場合は即座に撤退しようと思っていたが、幸いにも、のこのこと現れたのは五体一組の集団だった。様子をみたところ、どうやら装備を剥ぎ取っている様子。救助する気はまるで見られない。まぁ、この死体の損壊具合を見れば、一目で即死だと判断できるけど。

 それからさらに周囲を観察して、伏兵を確かめる。間違いなくその五人だけが現場に現れたことを確認すれば、いよいよ決行と相成った。

 僕は万全を期して、まずは先制で『黒髪縛り』で一体の足を絡ませた。それと同時に双葉さんはその巨体から信じられないような勢いで駆け出し、一切の躊躇や迷いもなく敵へと向かっていった。

 そして、戦いは一瞬のうちに決着。僕のショボいサポートなんて全くいらないとばかりに、双葉さんは次々とゴーマを叩き潰したのだ。

 いくらパワーシードを事前に服用していたからといって、これほどまでの力を発揮するとは、正直予想外である。

 ゴーマは装備回収のために、ほどほどに散らばった立ち位置にいたのも幸いだった。近くの者と並んで連携するよりも前に、双葉さんが順々に、手早く一撃のもとに葬り去って行ったからだ。

 振り下ろした斧で軽々と脳天を叩き割り、突き出した拳は顔面を粉砕する。適当に刃を振るうだけで、細いゴーマの手足が飛ぶ。軽く蹴飛ばすと、缶けりの空き缶みたいに宙を舞い、通路の左右に林立する木の枝に串刺しとなった。

 そこまで終えて、双葉さんは「やったー」と笑顔で僕の元へ戻ってくるところに至るのだ。

「それにしても、精神系のスキルもないのに、よくやれたね」

 よく殺したね、と言った方が適切だろう。

 僕は双葉さんの優しく臆病な性格からいって、恐怖を忘れさせる『精神集中』のような精神スキルが戦闘において必要不可欠だと考えていた。

 しかし、双葉さんが『狂戦士』の天職へと転職した……って同じ発音でこんがらがるな……ともかく、新たに獲得した能力に、精神に作用するスキルは一つもないことを、僕はすでに確認している。

それでも彼女は、正に狂戦士と呼ぶに相応しい清々しいまでの殺戮ぶりを披露してくれた。果たして、それは一体どんな心変わりなのか、あるいは、成長したというのだろうか。

 もしかして、まだ麻薬の効果が残ってるわけじゃあないよね?

「うん、あのね、私……桃川くんを助けるためなら、頑張れるから」

 何かを悟ったような朗らかな笑顔で、双葉さんはそう言い切った。誰かを守るために戦えるなんて、少年漫画の主人公みたいなメンタリティである。

 それなら僕はヒロインか。強くてかっこいい主人公が、足手まといのヒステリックなクソ女でも「ヒロインだから」と必ず守り切ってくるというなら、僕はヒロインになりたいね。

「そっか、でも、怖くない? それに、血とか死体とか、気持ち悪いんじゃないの」

「ちょっとは怖いよ。でも、一回暴走したから、かな……少し、慣れたような気がするの」

 なるほど、確かに双葉さんは暴走するまで自発的に魔物を殺したことは一度たりともない。一回経験すれば、何てことはない、みたいな感じだろうか。

「それに、死体は別に何ともないよ。お料理で慣れてるし、コアをとる作業だって、委員長といた時から、それほど嫌でもなかったし」

 死体を捌くことに関しては、自前のリアル料理スキルも相まって、すでに彼女は達人級である。しかしながら、常識的な範囲内での料理では、決して大型の動物の死体に慣れるなんてことはないのだが……もしかして、牛や豚を丸ごと一頭捌いた経験とかあるのかも。

「あっ、そうだ、折角だから、コアとってくるね!」

 ゴーマは雑魚モンスターが故の定めなのか、ほとんど魔力の結晶たるコアの獲得は望めない。それでも、出ないわけでもない。勿論、出ても小石以下の欠片ばかりだが。でも、今はないよりはマシだろう。

「じゃあ、お願いするよ。僕は装備を回収するから」

 そうして僕らはしばしの間、生臭い剥ぎ取り作業に興じるのだった。ゲームみたいに、死体が忽然と消えて、代わりに素材や金貨やドロップアイテムを残してくれないかな、なんてどうしようもなく温いことを考えながら。




「あ、あのっ、桃川くん……み、見ないでね……恥ずかしい、から……」

「大丈夫、見てない、見てないから」

 口ではそう言うものの、見たいか見たくないかでいえば、見たい。断然、見たい。

「う、うぅ……」

 今にも泣き出そうなほどに恥ずかしげなうめき声。それと同時に、シュっ、というかすかな衣擦れの音が聞こえてきた。双葉さんは今まさに、脱いでいる。女子高生の生脱衣、実況中継であります。

「……」

 心頭滅却。落ち着け、桃川小太郎。汝がここで万が一、理性を失い振り向かば、次の瞬間には狂戦士の一撃が顔面に叩きこまれるであろう。肉片と化して血の海に沈むゴーマのようには、なりたくないよね。

 まぁ、そうでなくとも、双葉さんの信頼を失うような行為は、今後のことを考えて絶対的に避けねばらない。だから今は、僕の天職は『紳士』になるのだ。

「よ、よし、薬を作るのに集中しよう」

 そう自分に言い聞かせて、僕は妖精胡桃の大樹を背もたれにして、ゴリゴリと傷薬Aの素材達を磨り潰し始めた。

 ゴーマとの戦闘と追剥ぎを無事に終えた後、再び妖精広場へと戻ってきた。ダンジョン攻略始まって以来の大戦果に、大きな満足感と先行きの明るさ、そして、多少の余裕からかほっと一息つくような安堵感を覚える。

 そうして安心したからだろうか。僕らは気付いてしまった――臭い、と。

 当たり前のことだった。この異世界に落とされてから、確実に一日以上は経過している。恐らく、今日は二日目か三日目といったところだろう。その間、僕らは一度も着替えていない。

 さらに、僕も双葉さんも血みどろの戦闘を経験している。服が汚れる、なんていうレベルを遥かに通り越した汚さだ。ホームレスの方がまだ小奇麗な格好をしているだろう。

 ということで、僕らには今すぐ風呂と洗濯が必要であった。

 しかしながら、ここには熱い湯気の立ち込めるバスルームもなければ、三種の神器たる洗濯機もない。あるはずもない。このダンジョン内で確保できる唯一の清潔な水場は、そう、妖精広場の噴水だけだ。

 それは風呂でもシャワーでもなく、水浴び、と表現すべきだろう。

「……っ!」

 背後から、バシャバシャという水音が聞こえてくる。双葉さんは今、僕の真後ろでその豊満な巨体を惜しげもなく晒しているのだろう。

 恐らく、多くの男子生徒諸君は、あんなデブの裸なんて見るか、見たら吐くわ、くらいの気炎をあげるだろうが――ふっ、愚かな人間共よ。所詮、人は欲望に抗えぬ。おっぱいが見たい、という欲望にな。

 でも、今だけ勇者な僕は聖なる意思でその邪悪な欲望を封印しているのだ。双葉さんのあの、巨乳AVでもお目にかかれないスーパーサイズのバストを一目拝みたい、という欲望を。

「こ、これは……今までで一番の試練かもしれない……」

 そうしてしばしの間、僕はコンビニでカバーのかかったエロ雑誌を前に悶々とする中学生男子みたいな苦しくて切ない気持ちを味わうのだった。

「桃川くん……も、もういいよ」

 双葉さんの声で、僕の苦行はようやく終わりを告げた。実際はそんなに長い時間でもなかったはずだけど、ぐったりするほどの疲労感が僕を襲う。

 けれどそんな情けない様子を見せるわけにはいかないし、万が一にでも下心を彼女に察せられてはまずいので、僕は何ともない賢者の顔で振り向いた。

 そこに立っている双葉さんの姿は予想に違わず、学校指定の紺色のジャージ姿。殊更にエロさを際立たせる要素はない。ジャージを着ててもパッツンパッツンな胸元やお尻はデフォルトなので、この際、除外しよう。

 頭も洗ったのだろう。いつものフワフワっとした髪は水に濡れたことでややボリュームを失っており、普段とはかなり違った印象を受ける。

「やっぱりジャージ、持ってきてよかったよね」

「うん、そうだね。私も桃川くんが持ってくの見てなかったら、教室に置いたままだったよ」

 これのお蔭で僕らは、制服を脱いでも着替えを確保できているのだ。僕がジャージを持ち出した時に想定した、サバイバルをするなら衣服はもう一着あった方がいい、というのが見事に的中した結果だけれど……もしジャージなかったら、着替えがないから仕方ないよねと双葉さんの下着姿が拝めたかもしれない。べ、別に後悔なんてしてないんだからねっ!

「あの、桃川くん、良かったら私、洗濯するよ」

「えっ、いいの?」

「うん、私にできるのは、それくらいしかないから」

 双葉さんの視線は、僕が地面に広げた傷薬A製造セットに向けられている。

 確かに、呪術師でクスリ製造担当である僕は、この妖精広場という安全地帯に籠っている間も仕事をする必要がある。他にも、新たにゴーマから入手した装備を点検したいし、ここの妖精広場でできる限りの準備を色々したいと思っている。

 だから洗濯をしてくれるという申し出は、素直にありがたい。ここは役割分担ということで、双葉さんの好意に甘えてもいいだろう。

「ありがとう、お願いするよ」

「うん! えっと、それじゃあ桃川くん……シャツも洗うから、脱いで」

 実は僕、双葉さんより先に噴水で入浴を終えている。入浴、といっても噴水にザブザブと入って肩まで浸かってきたワケじゃない。

 この噴水は飲料水でもあるので、万が一、水が浄化しきれなかったらまずいということで、体を入れることはしないと、双葉さんとあらかじめ決めておいた。もっとも、そんな取り決めをしなくても、こんな冷たい水に全身浸かりたいとは誰も思わないだろう。

 だからここでの水浴び作法は、基本的にタオルを濡らして、それで体を拭くというものになる。桶、なんていう水を掬う専用のアイテムなんて持っているはずもなく、使えるのはせいぜい空の500ミリペットボトルくらいである。

 ともかく、それで最低限の汚れを落とすくらいしか、ここではできない。幸いにも、僕も双葉さんもジャージと一緒に汗拭き用のタオルも一枚常備してあったので、体を拭くタオルがない、または共用、なんていう事態にならずに済んでいる。

 そんな風に入浴を終えた僕も、例によってジャージに着替え終わっているのだが……忘れてはいけない。僕のジャージは一枚、正確には上着の方だ、それを鎧熊にくれてやったことを。アイツが見事に上ジャージを爪の一閃でズタボロにしたところを、僕ははっきりと目撃している。

 そんなわけで、僕に残されたのは下ジャージ一枚きり。上半身裸じゃあ心もとなかったから、仕方なく汚いTシャツをそのまま着ていたけど、洗濯するなら、脱がないわけにはいかない。

「うん、はい」

 僕はさして恥ずかしげもなく、シャツを脱いで双葉さんへ差し出した。

 男の僕は上半身裸でも恥ずかしくない。まぁ、この貧相な体を披露するのはどちらかといえば恥ずべきことかもしれないが、それでも女性のようにナチュラルに手ブラのポーズをしてしまうほどではない。僕は女に間違えられることは多々あっても、中身は完全無欠に男である。煩悩全開の男子高校生だ。

「う、うん……」

 しかしながら、双葉さんにやけに熱っぽい視線で裸の上半身を凝視されると、いくらなんでも恥ずかしくなってくる。

 ふっ、お嬢ちゃん、男の裸がそんなに珍しいか? なんてハードボイルドな台詞を口走る余裕は、少なくとも僕にはなかった。

「双葉さん、僕に、えーっと、何かついてる?」

 前々から僕は、「俺の顔に何かついてるか?」みたいな台詞には違和感しか覚えなかった。何かついてるわけねーだろ! と思うものの、こうして女の子に意味不明に凝視される事態に直面すると、そういう風に問い返すしかないというのが、今、僕は理解した。

「あっ! ご、ごめんなさい……その、首筋の傷、まだ、治ってないなと、思って……」

「えっ、ああ、これかぁ」

 あ、危っぶねー、あともうちょっとで、もしかして双葉さん、僕の肉体美に見惚れてる? とか勘違いするとこだった。ありえないとは思ったけど、うん、やっぱりありえないよね。

「別にもう痛くないし、その内に治るから、気にしなくていいよ」

 この首の傷は暴走双葉さんに噛み付かれた時のものだ。あの時のことは覚えているといっていたから、優しい彼女のことだ、仲間である僕を傷つけたことを酷く気にしているだろうことは想像に難くない。

『痛み返し』によって、全く同じ傷を持つはずなのに、『恵体』のお蔭で早々に自分だけ完治したのも、尚更に気まずいのだろう。

「本当に、ごめんなさい……次はもう絶対、大丈夫だから」

 双葉さんはやっぱりちょっと暗い顔で、僕のシャツを持って噴水の方へ戻っていった。今の僕に、かける言葉は見つからなかった。こんな、下ジャージだけでノーパンの僕には。

 あっ、全部洗濯するってことはもしかして、双葉さんもあのジャージの下は全裸っ!

「はぁ……薬、作ろ」

 煩悩を振り払いながら、とりあえず僕は造りかけの製薬作業に戻るのだった。

 2016年8月5日

 活動報告を更新しました。第三章に関しての解説とQ&Aですので、どうぞご一読を。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] パワーシードでしたっけ? これがスリム化のフラグでしょうか。
[一言] 黒の魔王からきました とりあえずみんなが面白いといっている13章まで頑張って読みます…
[一言] まぁ昔は豊満の体の女性は正しく豊穣を司る感じだったし、たぶん身体は全体的に太ましいけど、容姿は「痩せればモテる」みたいに設定されてるレベルだろうからね デブだろうと性欲の対象になるって描写は…
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