第263話 横道討伐戦(2)
「レム、ゆっくり下して」
右腕を失った葉山君を、妖精広場の芝生の上にそっと寝かせる。
すぐ傍には、心配そうに彼の顔を覗き込むキナコとベニヲ。
僕らは無事に妖精広場まで撤退することに成功はしたけれど、以前、事態は切迫したままだ。
「僕は葉山君の手当てをする。杏子はさっき指示したところに、穴を掘っておいて」
これから、僕らは横道を倒すための迎撃準備を始める。
ヤマタノオロチの時みたいに、潤沢な準備時間はないし、人手もない。限られた時間、僅かな戦力。それでも、アイツはここで何とかしなければ。
「横道は今どうなってんの?」
「ちゃんと分身を追いかけてくれてる。今はちょうど、ゴグマと戦い始めたところだ」
ゴーマ拠点への誘導は成功だ。あとは、どこまでアイツらが粘ってくれるか。
「おい葉山、死ぬんじゃないぞ」
「蘭堂ぉ……お前、もうちょっと言葉選べよな」
「そんだけ言えれば余裕だな」
そんな軽口を叩いてから、杏子は黒騎士レムを伴って教会の外へと出て行った。
彼女には、先に準備を始めて貰わないと。とはいえ、穴を掘れ、と言ったように、落とし穴なんていう原始的な罠しか用意できそうもないけれど。
「葉山君、痛みはどう?」
「……ああ、かなり痛みは感じなくなってきたな」
よし、鎮痛剤がちゃんと効き始めているようだ。
あんまり出番はないけれど、鎮痛剤も作ってはある。コイツで痛みを麻痺させないと耐えられないほどの重傷なんて、起きて欲しくはなかったけれど。
「葉山君って、血液型は何型?」
「へへっ、何型だと思う?」
本当に意外と元気そうじゃないか。これくらいの余裕と意識があれば、大丈夫だろう。
「O型かな」
「よく分かったな、正解だ」
「残念だけど、僕はB型だから、輸血はできそうもないな」
「えっ……輸血、いるの……?」
「いや、大丈夫だよ」
多分ね。言っとくけど、僕は医者でも治癒術士でもないんだからね。
大量出血だから、最悪の場合輸血も必要になるかもとは思った。だが、上手に輸血する方法は、今のところ確立されてはいない。
一応、できなくはないよう、道具そのものを試作したりはしてあるけれど……結局、学園塔では一度もやる機会がなかったし、僕も上手くやる自信はない。
そもそも輸血できる血液がないから、やるにやれない、という方が気楽ではある。
「とりあえず、コレ飲んで」
「これがポーションってやつかぁ……水みてぇだな」
別に味付けはしてないからね。
最初に傷口にかけたリポーションの残り半分を、葉山君には飲んでもらった。
処置といっても、ここから僕にできることは、傷薬を塗って、ガーゼ代わりの布地を当てて包帯で巻くくらいだけど。
「おお、上手いもんじゃないか」
「練習したからね」
クルクルと包帯を巻いていると、そんなことを葉山君は言う。
「白衣の天使って、マジでそう見えるもんなんだな」
「何言ってんのさ、学ラン着てるんだけど」
まずいな、元気そうには見えるけど、意識は結構、錯乱しているかもしれない。
「悪いけど、今の僕にできる処置はここまでだ。後は……この妖精胡桃と、肉を食べておいて」
食べてすぐ血肉になるワケではないけれど、そんなことしか出来そうなことはない。
「くそ……悪ぃな、足引っ張っちまってよ……」
「いや、僕の不注意だった。それで取り返しのつかない怪我をしたんだ。後で、幾らでも責めてくれていいよ」
「俺も男だ、そんなダセぇこと言うかよ。それより……横道、倒すんだろ?」
「うん、アイツはここで倒さないと危険過ぎる」
「俺のことはもういい。行けよ、桃川。右腕はねぇけど、魔力はゼロじゃねぇ。何かできることがあったら、何でも言えよ」
「ありがとう、葉山君」
「キナコ、ベニヲ、俺は大丈夫だ。だから桃川と蘭堂のこと、頼んだぞ」
「プガガァ!」
「キャンキャン!」
葉山君の言葉に、キナコとベニヲも意を決したように立ち上がる。
二人にちゃんと戦う指示を出してくれたことは、地味にありがたい。僕じゃあ言葉は通じないからね。
「ひとまず、葉山君はここで安静にしていて。『精霊術士』の力を借りることになるかもしれないから、覚悟はしておいて」
「任せろよ」
実に男前なことを言ってくれた葉山君を後にして、僕は杏子がいる外へと向かった。
「杏子、穴はどんな感じ?」
「この間やったばっかだから、そら楽勝よ」
直径10メートルはある大穴が、現在進行形で掘られている。今の深さは2メートルといったところか。
「けど、こんなデカい穴、落ちる前に絶対気づくだろ」
「できる限り薄く天井を作ろう。分身をここまで誘導させて、奴が食いつけば落ちる」
「それで落ちるかぁ?」
「横道はかなりの巨体だ。ほどほどの厚さでも天井抜けるくらいの重量はあるよ」
しかし、分身の僕が上に乗っても大丈夫で、横道が乗ればちょうど落ちる強度を、一発で上手く作れるかどうか。若干の不安要素はあるが……その時は杏子が攻撃魔法叩き込んで崩落させるしかないだろう。
「まぁ、穴の上を覆うのも出来なくはなさそうだけどさぁ、これ塞いでも丸見えじゃね?」
「あー、確かに……」
ここは氷雪エリアで、ヤマタノオロチがいた荒野とは違う。そう、ここにはどこの地面も雪が積もっているのだ。
当然、土魔法によって掘られた穴の部分だけは雪がなくなり、周囲は綺麗に雪が白く残っている。ここだけ掘ったのがこれ以上ないほど分かりやすく示されている。
「ベニヲ、この辺を火炎放射して積もった雪を溶かして」
「ウウゥー、ワンワン!」
僕の指示を受けるのはちょっと不服そうに唸っていたけれど、ご主人様の言いつけ通りに、従う意思はあるようだ。
というか、普通に僕が話したことを理解していることに、改めて驚きを隠せない。
ベニヲは指示した通りに、妖精広場のある教会前の地面を炎を噴いて雪を溶かし始めた。
「僕もカイロを最大出力で溶かしてるよ。穴の深さが5メートルまでいったら呼んで」
「そんなもんでいいのか?」
「それくらいにしとかないと、他の仕込みの時間がなくなりそうだから」
「そんなにスケジュール、キツい?」
「困ったことに、横道めちゃくちゃ強いんだよね……」
と、僕は『双影』が目撃しているゴグマとの死闘を見せつけられて、ちょっと遠い目をしてしまうのだった。
「————いい加減にぃ、死ねやこのクソデブがぁ!」
ガァン! と一際大きく響いた打撃音によって、ついにゴグマは沈黙した。完全に頭部は叩き潰され、生命力に優れる巨躯が地面へと倒れ伏す。
同時に、ゴグマをタコ殴りにしていた岩を纏うゴーレム腕も、耐久限界を迎えたかのように砕け散った。
「ブフゥー、これであとは雑魚だけだな」
のっそりと殴り殺したゴグマの上から降りる横道は、半分以下に数を減らしたゴーヴ達を眺める。
一応、まだリーダーのゴーヴは残ってはいるが……コイツは多少の攻撃魔法が使えるくらいで、ゴグマほどの戦闘能力はない。つまり、もうゴーマ側に勝ち目はないということだ。
「とりあえず、目立つテメーから死んどけやぁ!」
「グウラァ! ゴブァアアアアアアアアアアアアッ!?」
リーダーゴーヴに目をつけた横道は、黒に紫の文様が浮かぶ禍々しい甲殻に包まれた長い尾を向ける。
それは、僕も実物を見たことがあるから知っている。あの黒と紫文様の尾は、デスストーカーの尻尾だ。
どうやら砂漠エリアを放浪していたのは、横道だったようだな。ちゃんとあそこも、クラスメイトの一人が攻略している場所だったということか。
そんな僕の考察を他所に、激烈な猛毒を秘めた真っ赤な尾針が、リーダーゴーヴの腹をブチ抜く。あんなデカい針に刺されたら、毒なんて関係なくそのまま死ねるよね。
「ヒャハハハ! 派手に死ねよ、オラァ!」
横道はデスストーカー尻尾とは別に、さらに新たな尾を生やし、リーダーゴーヴへけしかける。
正確には、それは尾ではない。細長くくねる、真っ赤な甲殻に覆われた体からは、無数の足が生えている。
どうやらソレは、巨大なムカデらしい。
毒々しい赤色をした巨大ムカデは、特に大きく発達した鋏角でもって、リーダーゴーヴに喰らい付く。
そして、サソリとムカデに挟み込まれたゴーヴの体は力任せに引っ張られ……次の瞬間には腹から裂けて、ド派手に血肉を撒き散らかす。こういう死にざま、モンスターパニック映画とかで見たことあるよ。
おい横道、モンスターになると、その派手な殺し方をしたくなるものなのかい。
「ゴーマ部隊はこれで全滅か……まぁまぁの時間は稼げたな」
残されたゴーヴ達が成す術もなく蹂躙されていくのを眺めながら、僕はいそいそと撤退準備を始める。
「おっとぉ、まだ追いかけっこがしたいのかい、ハニー?」
ゴーヴを殺し尽くした横道が、血の池地獄と化した真ん中から、僕へと振り返って呼びかけてくる。
「悪いけど、もうちょっと付き合ってくれると嬉しいな」
笑顔で言い残し、アルファを再び発進させる。
ここで出来ることは、全て終わった。
ゴーマ部隊は時間稼ぎに加えて、横道にある程度の消耗を強い、さらに奴の能力の解明にも役立った。尊い犠牲に、敬礼。僕、この戦いが終わったら、ここに戦利品を取りに来るんだ。
「横道の能力は強力だが、無敵じゃない。削り切って、倒すことはできる」
さっきの戦いから、僕はそう結論づけた。
注目すべきポイントは、一度破壊された部位は、全く同じモノが再生しなかった、というところだ。
横道はモンスターを食べると、そのモンスターの肉体の一部を再現し、能力を使うこともできる。ゴーレムみたいな奴を食べたから岩の大腕が使えるし、デスストーカーを食ったから、サソリの尾を生やせる。
だが、モンスターの再現部位は破壊されると、もう一度同じものを生やすことはなかった。
単に横道が気分で別な部位を使った、という可能性もある。または、再生するにはクールタイムのような制限があるとか、普通にちょっと時間がかかるだけ、ということもありえるだろう。
でも僕としては、壊れた部位をもう一度生やすには、同じモンスターを食べるしかない、というパターンが正解な気がする。
天職の力は、決して万能ではない。僕から言わせると、きちんとゲームバランスがとれた強さ設定がされている、という印象である。ただし『勇者』と『賢者』は除く。
だから、幾ら喰らった相手の力を自分のモノにする、というチート能力があったとしても、ある程度の制約や制限はあると思われる。一度食ったら、今後は永遠かつ無限に使い続けることができる、というクソ設定にはしていないはずだ。
横道の自称『スキルイーター』という能力がこの仮説通りであるとすれば、奴が繰り出すモンスター部位を全て破壊できれば、丸裸にできる。すでに裸だけど。
横道は手の付けられない怪物と化しているが……全てとは言わずとも、特に強力な部位を破壊するだけで、かなり弱体化はできるはず。そこまで弱らせることができれば、今の僕らにも勝ちの目は見えてくる。
杏子の一撃を防ぎきれない、耐えきれない、程度にまで奴の能力を削り切ることができれば、確実に横道は始末できる。
「その削り作業が、なかなか厳しいんだけどね……」
「ぶへへぇ、待て待てぇーっ!」
と、浜辺で追いかけっこする恋人気分で叫んでいる横道は絶好調である。ゴーマ部隊と戦って消耗した様子は、これといって見られない。
ひとまず、さっきの戦いでゴーレム腕と赤毛の熊腕、それからミミズ触手の大半と、何本かの腕を破壊したが……アイツの腹の中には、まだまだ沢山の得物が詰まっていそうだ。
「広場につくまでに、せめてデスストーカーの尻尾だけは破壊しとかないと」
アレは危険すぎる。デスストーカーは普通にボス並みの強敵だ。天道君率いるチームだったからこそ、狩るのに成功しているに過ぎない。今の僕のパーティでは、とても相手にはしたくないモンスターだ。
「頼むから、すぐに出てきてくれよ」
僕はゴーマの拠点から出るなり、真っ直ぐ向かったのは郊外の森。
そう、散々モンスターに襲われた高エンカウント率&強力な奴らが生息する、あの雪の森である。
狙いは森の王者、赤い羽毛のクリムゾンレックス。
あのレベルのモンスターならば、もしかすればそのまま横道倒せるまでありうる強さだ。アイツを横道にぶつけることさえできれば、この戦いは一気に優勢となる————
「けど、そうそう上手くはいかないか」
バァオオオオオオオオオオオオオオオッ!
と、僕に向かって吠えるのは、こげ茶色の分厚い毛皮に、大きな棘の生え揃った甲殻を背負った巨体。
スパイクマンモス、であった。
「よし、もうお前でいいから削れるだけ削ってくれーっ!」
ちょうど現れたスパイクマンモスに向かって、僕は真っ直ぐ突撃する。
草食獣ではあるが、目につく奴はとりあえずぶっ飛ばす獰猛なスパイクマンモスは、棘付きのハンマーみたいに凶悪な長い鼻を振るってくる。
その危険なフルスイングをアルファが絶妙な軌道で掻い潜り、そのままスライディングするように腹の下を潜り抜け、オマケとばかりにノコギリ尻尾でマンモスの腹を切り裂く。
尻尾の刃先は硬く厚い毛皮を少々切り裂く程度に留まるが、マンモスの怒りを買うには十分ではあった。
「うぉおおー、助けろ横道ぃーっ!」
「させるかよぉ、小太郎きゅんは俺のモンだぞコラぁ!」
そして、怒り狂ったマンモスが僕を襲おうとすれば、すかさず横道が突撃して来る。
横道の芋虫巨体は、そのまま体当たりするだけでスパイクマンモスを揺るがすほどの威力を発揮する。
流石に、自分と同等の重量を誇る相手が飛び込んで来れば、そちらの対処を優先するよね。マンモスは更に荒ぶる咆哮を上げて、横道へと向く。
「邪魔臭ぇ、さっさと死ねやぁ!」
デスストーカーの尾を、スパイクマンモスへと突き刺す。
あの劇毒を喰らえば、いくらマンモスでも————と思ったが、伊達に巨躯を誇っているわけではないようだ。スパイクマンモスはお返しの様に体当たりをかまし、横道を弾き飛ばす。
その超重量の体当たりの衝撃を受け、デスストーカーの尾がビキリ、と音を立てて折れた。
よし、要注意の危険部位が早速破壊されたぞ。
「痛ってぇじゃねぇかよぉ……ちょっとデカいからって、調子乗ってんじゃねぇぞエレファントの分際でぇ!」
そうして始まる、横道VSスパイクマンモスのモンスター対決。
純然たる力のぶつかり合い。レックス相手にも全く怯まずに反撃する獰猛なスパイクマンモスは、異形の怪物横道相手にも果敢に応戦したが————
「はぁ……はぁ……ようやくくたばりやがったかぁ……手こずらせやがってぇ」
ついに横道はスパイクマンモスを倒した。
ゴグマのいるゴーマ部隊と連戦でスパイクマンモスをガチンコして倒すとは、マジで横道の強さはエース級だ。
だが、無傷とはいかなかった。
横道はこの戦いで、また幾つかの部位を失っている。スパイクマンモスは十分に善戦してくれた。
「っていうか、このまま森で横道を倒し切れるのでは……?」
と、僕は更に森の奥へ横道を誘導するようにアルファの手綱を引いたが、
「ぶへへぇ……もう逃がさないよぉ、小太郎きゅん」
「しまった!?」
気が付けば、雪の下から飛び出てきた大きな蛇が、アルファの足に噛み付いていた。
一匹だけではない。あのミミズ触手と同じように、次々と現れては走り出そうとしたアルファへと食いつき、その身動きを止める。
「くうっ!」
あまりの数にアルファもついに引きずり倒され、騎乗していた僕も地面へと放り出された。
ゴロゴロと雪の上を転がった先で、横道は舌なめずりをして僕を見下ろした。
「俺さぁ、ちゃんと分かってっから。小太郎きゅんが、俺のこと待っててくれてるって」
感動しているんだ、とでも言いたげにしみじみと語る傍らで、僕の体もまた蛇によって拘束されてゆく。
両足に絡みつき、胴体を這い回り、もうここからは一歩も動くことはできないだろう。
「本物の小太郎きゅんはさ、いるよね、こっちの方向にさぁ」
「この距離で、僕の居場所が分かるのか」
「分かるよ、愛とスキルの力でね」
それスキルの力100%ってことじゃないか。
厄介な索敵スキルを、やはり持っているな。
「匂いか、魔力感知ってところか」
「うんうん、感じるよ、匂いも気配も、俺には、小太郎きゅんをよぉーっく感じられるんだ!」
だから、もう偽物の僕を追いかける必要もないってことか。
ちっ、もう少し粘りたかったんだけどな。
「待っててね、小太郎きゅん————すぐにそっちに行くからさ」
ガバァ、と異形の大口が僕の頭上で開かれる。
滴り落ちる涎は、ゴーマみたいな臭気を発して吐き気を催す。けど、なによりも喉の奥まで歯が並んでいる口腔がおぞましい。
いくら分身とはいえ、コレに食われるのはちょっと遠慮したいね。
「ああ、分かった、来いよ横道」
それだけ言い残して、僕はポケットに入れていたグレネードを起爆した。




