第257話 氷の町(1)
「えー、偵察によって、ここが凍り付いた町っぽいことが判明しました」
いつも通り、僕による分身偵察である。
空の目となるハゲタカは、サラマンダー襲来で使い潰してしまったので、徒歩で行くしかない。
そして、今のレムにはちょうど使えるモンスターの死体は残っていない。グリムゴアもロイロプスも僕らにとっては重要な戦力である。死に戻り前提の偵察には連れて行けない。
というワケで、僕は単独でこのRPGでは基本的には不人気となる雪エリアの偵察へと出発した。
勿論、本体の僕らはすぐに吹雪が吹き荒れる外へ飛び出すことなく、塔の底に陣取って偵察結果が出るまでの待機状態となっていた。
しかし、ここは寒さが堪える。ただ待っているだけでも厳しい。進むにしても止まるにしても、ここのエリアでは暖をとることが欠かせない。
「スゲーな、こんな地面の底に町なんてあんのか」
葉山君は僕の偵察結果を聞いて、やけに感心した様子。
僕らからすると街でも森でも、何でもあってもおかしくないのがダンジョンだと思うくらいには慣れているけど、葉山君は潜るのは初めてだもんね。
「で、何にやられて戻ってきたん?」
流石は杏子、ダンジョンの様子云々より、僕の分身がやられて戻ってきたことをすぐに見抜いた質問だ。氷の町にワクワクしている葉山君とは、経験の違いってのを感じさせてくれる。
「動く雪だるまみたいなエレメント系モンスターが一番多いかな。でも動きはそんなに速くないから、走って振り切れる程度。注意すべきは、灰色っぽい狼」
『雪灰狼』と名付けた。
コイツらは吹雪の雪上をものともせずに駆け抜け、狼らしい数と連携をもって獲物に襲い掛かってくる。雪をかきわけ、えっちらおっちら進む分身の僕など、足の遅い恰好の餌だったろう。
スペック的には、赤犬を余裕で上回る。森の中のラプター並みには脅威的である。
「じゃあ、その狼にやられたんだ」
「いや、アイツら性格悪いから、僕にちょっかいかけながら、しばらく逃がしてくれたよ」
その気になればあっという間に僕を殺せる雪灰狼の群れだったが、あのトドメを刺しにこない感じは、初見の相手に警戒しているというより、嬲り殺して遊んでいる印象だったな。
「で、逃げた先にいたデカいマンモスに踏みつぶされて死んだよ」
「マンモスかぁ……倒すのキツそうじゃね?」
「肉も毛皮も欲しいけど、この面子でアレに挑むのはちょっと危険かな」
あのマンモスは確実にクリスタウルス級のモンスターだ。安定して倒すには、メイちゃん並みのエースが一人は欲しい。
「なぁ、桃川が出てってそんなに時間経ってねぇけど、結構モンスターに襲われるんだな」
「うーん、やっぱりダンジョンは表の森よりも、エンカウント率は高いだろうね」
それが魔力環境濃度の影響ってやつだろう。そうなると、雑魚の群れラッシュだった超えた後の山の麓も魔力が濃かったのだろうか。それとも単に餌が沢山とれる地帯だったのか。
ともかく、予想はついていたことだけど、このエリアはかなりの難易度だ。雪灰狼のような群れるタイプから、マンモスみたいな単独で強力な奴まで、色々と強敵が揃っていると思われる。
「それで、どうすんだ?」
「まずはここの妖精広場を目指す。モンスターの他にも、鹿とか兎っぽいのも見かけたから、途中で狩りすることもできそうだよ」
これで何もない南極大陸みたいな氷の大地が延々と広がっているだけだったら、踏破距離を割り出した上で、必要物資を揃えてから出発しないといけなかった。でも食べられそうな動物が生息しているなら、これまで通り現地調達しながら進める。
それに、食料のアテは他にもありそうだった。
「今日は半端な時間だから、朝になってから出発しよう。もしかしたら、吹雪が止むかもしれないし」
そして翌朝。
ゴォオオオ! と唸りを上げる風雪は全く変わらなかった。ここずっと吹雪いてんのかよ。
「仕方ない、覚悟を決めて出発しよう」
「お、おう!」
「うへぇー、ウチ寒いの苦手なんだよなぁ」
士気はイマイチな感じだが、僕らは雪中行軍を開始した。
「おおっ、なんか家が見えてきたぞ!」
「あの辺から町になってるよ」
歩き始めて十分もしない内に、風雪に閉ざされた町が見えてくる。
吹雪によって視界こそ悪いが、ホワイトアウトというほど何も見えないワケではない。吹き荒ぶ雪の向こう側には、ぼんやりと三角屋根が連なるシルエットが確認できた。
「なんかフツーに町が残ってる感じ?」
「うん、ここは荒れた遺跡街ってより、暗黒街に近いよね」
「だよねー、分かるぅー」
これまでのダンジョンで、比較的、建物が綺麗に残っているエリアは、蒼真パーティが突破してきた暗黒街だけだ。あのエリアは結構、お世話になったので印象深い。小麦粉も発見したし。
「スゲェな、これが異世界の町並みってやつなのか? やっぱり、中世ヨーロッパ風って感じだよな」
葉山君の物凄い漠然とした感想だけど、イメージ的には正しいだろう。
三角屋根に、石造りやレンガなどの建築物が立ち並ぶ様子は、少なくともアジアや中東を連想することはない建築デザインだ。
暗黒街とも町並みは似ている気もする。けれど、僕がメイちゃんと探索した遺跡街は、もっと近代的なビルの立ち並ぶコンクリートジャングルといった感じだった。
古代の本当の姿は、どちらなのだろうか。両方とも本当で、あるいは、どっちもただの作り物に過ぎないのか……まぁ、大事なのは歴史の真実ではなく、今この時に僕らの役に立つかどうかだ。
「なぁ、桃川、その辺の家とか、ちょっと入ってみてもいいか?」
「おっ、葉山君、そろそろ家探ししちゃう?」
「おーい、そんなことしてていいのかよ」
全然よくない。珍しく杏子からマトモな注意が飛んで来たものだ。伊達に元風紀委員ではない。
「ちょっと気になることがあったから、一軒だけ漁っていくよ」
「そっ、ならいいんじゃない?」
「先に僕が入るから、みんなは周辺警戒お願いね」
そこそこの大きさ、かつ、警戒しやすい立地の家を選んで、分身の僕がまずは突入。
家の中にモンスターが巣食っていることは、実はあんまりないのだが、絶対とは言い切れない。
案の定、何もいなかったので、僕らは家へと押し入った。
先頭は黒騎士レムで、玄関にはキナコ含め、グリムゴア2頭とロイロプスを残し、魔物の襲来に備える。
「僕は二階を見てくるから、葉山君は一階をお願いね」
「よっしゃ、任せとけ! 行くぞベニヲ!」
「ワンワン!」
実に楽しそうに探索を始める葉山君を尻目に、僕は杏子と一緒に階段を上がる。
「なんか、ホントにフツーの家だよね」
「民家らしき建物は今までも沢山あったけど」
「そーだけど、ここはなんつーか……荒れてない?」
「やっぱり、杏子もそう思う?」
先に分身の僕が屋内をざっと見て回った時にすぐ感じたことだけれど、ここは今までの廃墟とは違う。
これまでは、明確に長い時間の経過を感じさせる荒れ方であった。辛うじて原型を保っている木製の家具なんかはボロボロで、もう何も残っていない伽藍堂の部屋も当たり前だった。
けれど、ここには沢山のモノが、そのまま残っているのだ。
たとえば、そこの机に残されている、カップと皿。
皿の上には、何か茶色っぽい塊が氷漬けになって残されている。カップの中も、半分ほどの液体が氷と化していた。
そう、この家にはつい先ほどまで人が住んでいたかのような形跡が丸ごと残っているのだ。
当然、僕の短い探索の中で、この町の住人なんてのは一人も見かけなかった。凍った死体の一つもない。
「ここ廃墟よりもヤバくね? マジで不気味ってヤツなんだけどぉ」
杏子が割と本気で嫌そうな顔で言う。確かに、下手に人の痕跡が残っているからこそ、不気味さが増す。
ここの住人達は、どこに行ったのか。どうなったのか。
そんなことを、無意識的にも連想させる。
「この生活感が残るような状態で廃墟になってるのは、多分、当時からここは凍り付いたままだからじゃないのかな」
「そんな寒いとこに住むかぁ?」
「何かが事故ったとかで、いきなりここの居住区が丸ごと凍り付いた、みたいな状況だったら、家はそのままだけど、みんな逃げ出した状況の説明はつくと思うんだよね」
「おお、なるほどなー、小太郎やっぱ頭いいわ」
現状を打開するのに、何の役にも立たない推測だけどね。
本当は超すごい魔法の力で、あたかも人がいたかのような環境を再現してます、というだけなのかもしれないし。
答えの出ない古代の想像よりも、もっと気にするべきことがここにはある。
僕は机の上で凍り付いた皿を指さして、彼女に問うた。
「ところで杏子、コレってさ、まだ食べられると思う?」
氷漬けの食料品と、その他、金属製の雑貨や道具類を軽く回収して、僕らは再び妖精広場を目指し、吹雪の町を歩き始めた。
それは出発して、五分も経たない内のことだ。
ルォオオオッ! ウォオオオオン!
轟々と唸る風雪の中でもハッキリと響き渡る遠吠え。
お前らの鳴き声は、昨日だけで嫌と言うほど聞いたので聞き間違えることはないな。
「出たな、犬っころが。今度は返り討ちにしてやる」
民家の立ち並ぶ路地の角々から、素早く走り抜けてくる幾つもの灰色の影。
間違いなく、『雪灰狼』の群れだ。
というかお前ら、グリムゴア二頭にロイロプスの編成を見て、それでも襲おうと思うとか調子に乗りすぎじゃない? ここは俺らの庭だからぁ、ちょっとデカいだけの新参とかシメてやるし、みたいに思っているのだろうか。狼だし、縄張り意識とかも強そうだよね。
確かに、こんなマイナス気温の環境下となれば、本物のグリムゴアもロイロプスも体温が低下し大いに弱るだろう。
でもね、コイツらみんな死体だから、寒さとか関係ないんだよね。
「行くぞぉ、グリリーン、ぶちかませぇ!」
蘭堂さんの景気の良い掛け声と共に、グリムゴア一号は生前を彷彿とさせるデカい咆哮を上げ————
ドドドドォッ!
と、口から砂嵐のようなブレスを吐き出した。
吹き荒れる吹雪の向こうから、キャイーン!? とかいう情けない声が響いてくる。
ははは、アイツらビビってやがる。所詮は地元でイキってるだけのヤンキー集団だな。
「杏子に続けーっ!」
僕の号令一下、各自、総攻撃を開始する。
ブレスで群れごと怯んだ隙に叩いて、戦局を一気に決定づけるのだ。
「うぉおおお、行くぜ火の精霊! 唸れ、俺のレッドランス!」
「ワンワン! ボォアアアアアッ!」
中でも、今回特に活躍したのは葉山君とベニヲであった。
やはりここに生息するモンスターは氷属性なのか、雪灰狼は酷く、炎を恐れていた。
ちょっとでも火の粉が降りかかると、絶叫を上げながら雪道の上を転げまわり、仲間との連携どころではない無様を晒していた。正に、効果は抜群、ってやつだね。
「よし、流石にフルメンバーなら、雪灰狼も余裕だね」
「今更、狼になんて負けてられねーし」
吹雪で視界不良の中でも、的確に走り回る狼を石の弾丸で撃ち殺す杏子が言うと、貫禄すら感じさせるね。地味に土木工事の防御魔法だけでなく、エイム含めた攻撃魔法の実力も磨きがかかってるんだよね、杏子は。
「葉山君とベニヲも大活躍だったね。炎を使える仲間がいると、ここでは凄い助かるよ」
「はっはっは、そんなに褒めんなや桃川ぁ!」
めっちゃ上機嫌に笑いながら、ベニヲを撫で回す葉山君である。主従揃って、全身で喜びを表現するような様子は実に微笑ましい。
「そんな葉山君には、後でちょっと頼みがあるんだけど————」
まぁ、それはひとまず、妖精広場に到着してからにしよう。
このエリアはどうやら、朝晩の区別はないようだ。時間的には夕方を過ぎても、暗くなってきてはいない。
闇に閉ざされないのはいいのだが、その反面、非常にまずいことになった。
「や、ヤバい、寒い……」
「小太郎、これもうウチ無理なんだけガチで」
これまでも身を刺すような寒さだったけれど、山越え用の毛皮装備を着込めば何とか耐えられる程度であった。
しかし、夕刻を過ぎた夜の時間になってくると、急激に冷え込んできた。これはマイナス気温二ケタ台を突破しているに違いない。
「おい、頑張れよお前ら! くそ、頼む、もうちょっと火力強めで!」
葉山君が火精霊のジッポを握りしめると、ライターには出せない炎をチラチラ吹きながら、周囲にモワァーっと暖かな空気が広がってゆく。
「おおぉ、温ったかい」
「葉山、やるじゃん」
「くそ、今にも眠りそうなヤベー表情で褒められても、素直に喜べねーぞ」
え、僕ら今、そんな凍え死ぬ寸前の顔つきになってんの? あれだよね、一回寝ちゃったら、もう二度と起きれないみたいな、雪山遭難の定番シチュエーション。
でも、それだったら僕は杏子と裸で温め合うラブコメの方の遭難定番シチュを望むよ。冬の寒さのせいにして温め合うんだぁ……
「桃川、しっかりしろ!」
「ハッ!?」
いかん、寒さと疲労の極致にきてる。
周囲には普通に氷漬けの町並みが広がっているから、野営しようと思えばどこででも、という環境だから夕方を回っても歩き続けてきたけれど……流石にもう限界なようだ。
「参ったな、なんとか今日中に妖精広場を見つけたかったんだけど」
「もうそんなこと言ってられる場合じゃねーだろ。早くその辺で野営して、暖をとらねぇとヤベぇぞこれは」
「ウチも葉山に賛成。なんでもいいから燃やして温まろうよぉ」
「よし、それじゃあ、あそこにある大き目の家に————」
「プガァ!」
その時、キナコが鋭い鳴き声を上げた。
ええい、ちくしょう、こんな時に敵襲かよ。
「えっ、マジかよ、キナコ!?」
「葉山君、どうしたの。キナコはなんて?」
「妖精の縄張りの匂いが、すぐ近くでするってよ! 妖精広場はすぐそこだ!」
キナコを信じて、僕らはもう少しだけ頑張ることにした。
そして5分も経たずに、僕らの前に現れたのは、大きな石造りの教会のような建物。
そこは煌々と白い輝きが窓から漏れており、まるでそこだけ電気が通っているかのようだった。
光に惹かれる虫のように、僕らは一目散に教会へと飛び込めば、そこに妖精広場はあった。
変わらずに設置されている妖精像が、今の僕には神様の像にも見えるね。
ともかく、これで本日の目的は達成だ。
けれど、大した戦闘もしていないのに、この消耗具合である。雪エリアを攻略するには、課題が山積みだな……




