第251話 懐かしの初期エリア
「————騙すつもりはないけれど、僕が殺したって話は控えてもらうと助かるよ」
「そりゃあまぁ、わざわざ聞かせるような、いい話じゃあないからねー」
そんな内緒話をしながら、僕らは昨日に引き続き、保存食作りをしている。
猪を丸ごと一頭加工しようというのだ。メイちゃんというプロがいない今、素人に毛が生えたような程度の僕らでは、作業スピードもたかが知れる。魔女釜で冷凍保存できなかったら、傷んで無駄が出たかもしれない。
「僕は葉山君とは全然付き合いなかったけど……見た感じ、裏表のない人だと思う」
「ああ、アイツはずっとそんな感じだぞ」
「蘭堂さんは付き合い長いの?」
「中学の時はクラス一緒になったこともあったかな。フツーに喋るくらいかな?」
僕にはそのフツーにお喋りできる女友達なんて一人もいなかったんだけどね。その点、女子と接点のある葉山君は普通にリア充だと思う。
「大それた嘘のつける奴じゃないから、そんなに警戒しなくていいと思うぞ」
「小鳥遊以外に、凄い秘密抱えている裏切り者キャラはいらないからね」
まさか葉山君も、僕らを弄ぶ邪悪な神の使徒に成り下がっているとは思いたくない。
彼の言動と、現状の装備、それにキナコとベニヲの二匹を連れていることから、異世界召喚されてから今日に至るまでの経緯の説明に矛盾はない。僕らに嘘をついていたり、特に隠し事をしているようには思えない。
「けど、呑気なアイツ見てるとさ、ちょっと思い出すよね、平和な学園生活みたいなさ」
「ここに来て、まだたったの一週間だからね」
制服や上靴の状態からも、ちょうどそれくらいの時間だと推察できる証拠となる。いまだに教科書や資料集まで律儀に持ち歩き続けているのは、葉山君だけだと思う。
どこぞの探偵キャラみたいに、そんなところまで観察の目を向けて、相手を探る自分にちょっと嫌気も差すけれど。
「羨ましいっつーか、でもこれから苦労するなっていうか」
「……だからこそ、巻き込むのもちょっと心苦しいとこもあるよ」
「それは桃川が気にすることじゃないし。アイツだって、クラスのみんなのことはどうしたって気になるんだから。ウチらについてくる以外に選択肢はないっしょ?」
その通りではあるし、僕としても『精霊術士』という期待のできる天職持ちである葉山君と、別れる気はない。
何より、逃亡状態にある僕にとっては、貴重な仲間である。
あの時、もう最悪一人でもなんとかしてやるという気持ちだったけれど、結果的には蘭堂さんと葉山君、二人もの仲間に恵まれたのだから、僕のツキもまだまだ尽きちゃあいない。
見ていてくださいルインヒルデ様、僕は必ず、小鳥遊の奴に復讐かまして「ざまぁ!」してやりますよ。
「転移していきなり葉山君と出くわして、ちょっとゴタゴタしてたけど……蘭堂さん、本当にありがとう。あらためて、お礼を言わせてよ」
「そんなのいいって。ウチの気持ちは……分かってんだろ、桃川」
「それは……まぁ、察するくらいは……」
今すぐ告白したいくらいの気持ちはあるけどさ、流石にこの状況で蘭堂さんと関係を進展させるワケにもいかないでしょ。
いや、少し違うな。僕はそんな生真面目な理由で、我慢のできる男ではない。
「先に言っとくけどさ、ウチは別に、諦めたっていいと思う」
「みんなのこと?」
「うん。ホントは桃川もさ、どうすれば元通りになれるかって、思いつかないんだろ」
そりゃあ、そう簡単にこの最悪な濡れ衣状態を覆すアイデアは出ないよ。
「つーか、思いついてたら、すぐ話してくれるし」
変なところで鋭いな、蘭堂さん。
完璧な作戦が考え付いていれば、この先の希望を持つためにも、すぐに説明したのは間違いないよ。
だから、今の僕は確かにノープラン。
けれど、諦めるには全然早い。折角、逃亡にも無事成功したんだし。
「その辺は、これからってことで」
「でも、無理はするなよ。ウチは桃川のお陰で、多少は強くはなったけど……双葉ほど強くはないし、蒼真と戦っても勝てねーから。それに頭も悪いから、みんなを上手く説得することも無理そうだし」
「なんでも完璧には、誰だってできないよ。蘭堂さんの力は十分すぎるほど優秀だし、僕も頼りにしてる」
「フォローしなくていいよ。ウチは自分のことより、桃川のこと心配してんだから」
「ごめんね、頼りにならなくて」
「ううん、いっつも頼ってばっかだし。だからさ、無理はさせたくないワケ。なぁ桃川、ホントに無理だと思ったら……みんなのこと、諦めてもいいんだぞ。ウチが一緒にいてやるからさ、二人で逃げよ」
ああ、蘭堂さん……やめてよね、そういうの、僕弱いんだよ。
そうだ、多分、これが理由だ。
今の僕には、蘭堂さんと二人一緒に、何もかも投げ出して駆け落ちする、という道も残されている。僕らはまだ16歳の高校生で、人生まだまだ長い。クラスメイトのために命を投げ出す、刹那的にヒロイックな生き方をしなければいけない理由もないだろう。
あんな状況下で、蘭堂さんだけは僕を信じてついてきてくれた。
ならば、僕は彼女に一生を捧げたっていいくらいだ。世の中のバカップルより、よっぽど強い絆で結ばれたと信じられる。
「ありがとう、蘭堂さん」
でも、僕はまだみんなのことは諦めたくはない。
蘭堂さんが僕を信じてくれたように、メイちゃんだって僕を信じてくれた。彼女がいなければ、僕が生き残ってくるのは不可能だった。
見捨てるわけにはいかない。このまま何もできなければ、小鳥遊は絶対にメイちゃんを殺す。
クラスのみんなだって、死んで欲しくはない。
僕を信じてくれなかったこと、恨んでいないかと言えば嘘にはなるけれど……彼らが殺されて喜ぶほど、見限ってはいない。
それに、みんなが小鳥遊に騙されたまま、いいように犠牲にされるってのは、とても許せるものじゃあないだろう。
「僕、プレッシャーには弱いから、そういう逃げ道ある方が安心できるよ」
「逃げたくなったら、いつでも言えよ。辛い現実ってやつ、忘れさせてあげる」
なんて言いながら、胸元チラっとさせる蘭堂さんは、完全に淫魔だった。
もう今すぐ現実忘れて夢を見たいです。おっぱいいっぱいの夢を見たい。
「……で、できるだけ頑張るから、露骨に誘惑するような真似は控えて欲しいかも」
「嬉しいくせにー」
「嬉しいから苦しいんじゃないか」
だから、こうして抱き着かれたりすると僕のペラペラな理性とかホントに軽く吹き飛んじゃうから。
やめて、一度溺れたら、僕もうホントにヤル気出せる自信がないの!
「今から駆け落ち、しちゃう?」
「今はしない!」
ああ、神よ、どうか僕を悪魔の誘惑から救い給え……
「おーい、帰ったぞーっ! 今日もキナコは大漁大漁————ってお前ら、どうした、何かあった?」
「んー、別になにもないけど。な。小太郎?」
「うん、杏子」
「急に呼び捨て!?」
俺のいない間に二人の仲が進展してるんですけどぉー、と叫んでいる葉山君は実にカメラ映えするタレント並みのリアクションだけど、ごめん、今はちょっと放っておいて欲しいというか。
僕があの雰囲気の中で一線超えないよう我慢するのに、どれだけ苦労したと思ってるの?
もし流されるがままだったら、今僕らここにはいないからね。駆け落ちエンドだからね。
とりあえず、お互いに名前呼びするということで話は落ち着いたのだった。
「さてはお前ら、二人きりになりたいがために俺を出かけさせたな! 姑息な真似しやがって……一言いえば、空気読んでちゃんと席外すよ!」
「そんなことより葉山君、早く魚出してよ」
「俺の気遣い台無しぃーっ!?」
いや、ぶっちゃけ葉山君には感謝している。君がいるだけで、蘭堂さんの誘惑が阻止されるワケだから。僕の心の平穏のためにも、君は大切な仲間として一緒にいてもらいたい。
「キナコー、レムー、獲物はこの辺に置いてくれー」
「プガァ」
「キシャァー」
葉山君が指示すると、キナコとアラクネが広場に獲物を運び込んでくる。
レムはやはり、これまで獲得してきた形態に変身できるようだ。荷物を運ぶなら輸送機として活躍してきたアラクネが最適だと判断したのだろう。
実際、アラクネでもなければ運ぶのに苦労するほど、大漁だった。
「おお、これが例の川魚。ホントにサケみたいだね」
「おう、味もほとんどそんな感じだぜ」
僕の黒髪製の網の中には、大きなサケのような魚がいっぱいに詰まっている。そんなにキナコの漁が上手いのか、それともちょうど旬なのか。とりあえず、今日の夕飯はコイツがメインだ。
「それから、見ろよコイツ。デケー鳥だ」
「あ、コッコじゃないか」
アラクネレムが運んで来たのが、巨大ニワトリ型モンスターであるコッコだ。
ニワトリのくせに、人を見かけると真っ直ぐ襲い掛かってくるアクティブモンスターなのだが、外見通りの味なのはありがたい。
「良かった、コイツは普通に食べられるよ。それにしても……上手く倒したね?」
「へへー、分かるか? 分かっちゃうかぁー?」
これ以上ないほど自信に満ち溢れたドヤ顔の葉山君である。
「じゃあ杏子、まずはサケから捌いていこうか」
「サケは捌いたことあんだよねー、よゆー」
「ちゃんと聞いてよ俺の活躍を! レッドランスをこう、さぁ!」
そんなに必死にアピールしなくても、ちゃんと分かってるから大丈夫だよ。
コッコの頭部は、見事に焼け焦げており、体の方には外傷がない。つまり、レッドランスから放った火球を見事にヘッドショット一発で仕留めたということだ。
特に自動照準などの機能はないので、葉山君が実力で当てたということ。ただのラッキーショットかもしれないけど。
なんにせよ、早速、魔法の武器が実戦でも役立ってくれたようで何よりだ。
「食材も十分に集まったし、これなら明後日には出発できそうだよ」
「おお、いよいよダンジョン攻略ってやつだな! ちょっとワクワクしてきたぞ!」
悪いけどね葉山君、この異世界ダンジョンはゲームの世界ほど気の利いたもんじゃないからね。
っていうか、小鳥遊の陰謀まで教えたよね? 葉山君、やはり呑気か。
でも、君のそういう底抜けに明るいところが、今はちょっとありがたいよ。
大漁のサケとコッコ一羽を捌き、当面の食料と、いざという時の保存食として加工し終えてから、いよいよ僕らも出発だ。
異世界に落ちてまだ一週間の葉山君が、徒歩でたどり着いたダンジョン入口の祠。ならば、スタート地点としてはかなり最初の頃になるだろう。
ヤマタノオロチがいた荒野エリアにまでたどり着くには、これまでと同じだけのエリアを踏破していかないと思えば、かなり先が長くなる。
けれど、今の僕と杏子の実力をもってすれば、ボス戦も余裕をもって攻略できるはずだ。あとは葉山君の成長次第。
「それじゃあ、前と同じ隊列で行こう」
先頭をレムとキナコ、真ん中が葉山君、後ろに僕と杏子が続き、遊撃のベニヲは特に位置は決まっていない。
このパーティの要は杏子だ。
メイちゃんも蒼真君もいない今、とても充実した前衛とは言えない。ここぞ、という時に頼れるのは杏子の土魔法になる。上級攻撃魔法の威力と、土木工事で鍛えた頑強な壁と展開速度による防御力。
前衛が抑えられないほどの敵や、背後を突かれて挟撃された場合、どちらも土魔法の防御があれば凌ぐことができるだろう。
なので、僕らは基本的に無理に攻めることなく、この防御力を生かして立ち回るべきだ。
「しっかし、マジでダンジョンって感じの場所だな」
僕らにとっては見飽きた石造りの通路を、葉山君は観光客みたいに物珍し気にキョロキョロと見まわし、実に忙しない。
前衛のキナコはあんなに真面目に警戒して歩いているというのに。ウサミミがピクピク動いてるのは、周囲の音を注意深く聞いているのだろう。
「葉山君はツイてるよ。いきなり一人でこんな場所歩かずに済んでいるんだから」
「桃川は最初ソロなんだっけ?」
「懐かしいなぁ、カッターナイフ握りしめて、一人でこういうとこ歩いたよ」
「モンスターとかいんのに、よくそれで生き残れたな」
「そうそう、初めてゴーマを目撃したんだよね。ほら、ちょうどあんな感じの部屋でさ……クラスの女子を食ってたよ」
「急にホラーっぽく話すのやめてくれる!?」
いやでも実話だし。
僕がクラスのみんなよりも、ゴーマをただの雑魚モンスではなく、駆除しなければならない害悪だと思っているのは、この初見のインパクトもあるだろう。
これに加えて、罠にかかってフルボッコされた恨みなんかもあるし。なんだかんだで最も因縁のあるモンスターだ。
「プガァ!」
と、最初に反応したのはキナコだ。
続けて、キナコの隣を歩いていたレムが黒騎士へと変身してゆく。
前衛が警戒の視線を向けるのは、ちょうど話題にしていた部屋がある方向だ。もしかして、ホントにゴーマがたむろってたのだろうか。
「よ、よっしゃあ、ゴーマでも何でも、かかってこいやぁ!」
レッドランスを構え、若干上ずりながらも勇ましく葉山君が吠えたところで、敵のお出ましとなった。
「って、なんだよあの骸骨!?」
「なんだ、ただのスケルトンか」
ガチャガチャ骨を鳴らして部屋から飛び出てきたのは、これもまた見慣れた序盤の雑魚モンス、スケルトンである。
何も持たない素手のスケルトンを見ると、本当に序盤のエリアだなと実感する。
当然ながら、ゴーマと底辺争いをするレベルの裸スケルトンなど、出てくる端からキナコとレムによって砕かれる。レムなんて剣すら使わずに、盾を構えて突進して群れごと吹っ飛ばしていた。
勿論、葉山君の出番はなかった。
「スケルトンの他にも、ゾンビとかもいるから。まぁ、多少の知能があるだけ、ゴーマの方が厄介かな」
「おう、そうか」
葉山君はちょっと気まずそうに、槍の構えを解き、穂先に灯った炎を消した。
そんなに張り切りすぎなくてもいいよ。
「ふわぁ……」
そして僕の隣でスケルトンの方など見向きもせずに欠伸をかましている杏子は、気を抜き過ぎじゃないかと思う。
「……ここの森林ドームはかなり広そうだな」
入口から左右に広がる壁と、見上げた天井の感じから、僕はそうあたりをつける。
スケルトンを楽勝で粉砕しながら通路を進むと、案の定というべきか、僕らは森林ドームへと出た。
パっと見で植生に変化はない。僕もよく知る森林ドームで間違いないが、これまで見てきたどこのドームよりもここは広そうだ。もしかすれば、何かあるかもしれない。
というか、序盤の頃はあまりにも戦力的な余裕がなさすぎて、ロクに森林ドームを探索したことがない。実は、探せば色々とあったりするんだろうか。
「夕飯の材料の採取もかねて、ゆっくり進もう。最悪、森の中で野営してもいいし」
このダンジョンで安全に休息をするなら妖精広場を利用するのがベストだ。
でも序盤のエリアならそこまで警戒する必要もないし、この先のエリアを思えば、いつも必ず妖精広場を利用できるとも限らない。
森の中での野営の練習も兼ねて、ここで一回くらいやっておくのも悪くないかもしれない。
「なんか、ここは外の森とあんま変わらねーな」
「野良ドラゴンとかいない分、こっちのが安全かもね」
その分、ゴーマ共が跋扈しているのだが。アイツらマジでどこにでもいるからな。
などと思いながら進んでいると、案の定、今日も狩りに勤しむゴーマ共が現れた。
ゴーヴの一匹すらいない、ゴーマだけの群れ。手にした武器は全て粗末な手作り製。ただでさえ雑魚のゴーマの中でも、最弱の編成である。
当然、瞬殺され、葉山君の出番はなかった。
僕、そろそろレッドランスが実戦で使われるところ見たいんだけどー? なんて言ったら、ガチで凹みそうだから、弄るのはやめておいた。
そんな楽勝バトルを何度か繰り返しながら森林ドームを進んでいると、不意にソレが目についた。
「おおっ、なんだアレ、デケぇ遺跡か!」
森の木々が途切れ、そこだけ草原と化している空き地の真ん中に、数十メートルはある塔が建っていた。
「なぁ小太郎、あの塔って、地底湖のやつに似てね?」
「大きさ的にも大体同じくらいだよね」
密林塔はこれよりも一回り以上は大きかったし、学園塔はさらに巨大だった。
この森林ドームの塔は杏子の言う通り、地底湖で僕らがジーラ軍団相手に籠城戦をした塔とほぼ同じサイズと作りをしていると思われる。
「それなら、中には何にもなさそうじゃね」
「でも野営せずに済みそうだよ」
折角、塔があるなら利用させてもらおう。今日はここで一晩を明かすことに決めた。
その前に、念のために内部の探索だ。
「おー、特には何もねーんだな」
塔の中に入り、吹き抜けになっている螺旋階段を見上げながら言う葉山君の声が反響していく。
もう見るからに調べるところのない、灯台のようなシンプルな構造である。けど、一応最上階まで登って確認はしておこう。
「そのまま屋上じゃなくて、部屋があるのか」
いざという時のためにアラクネレムをサポートにつけつつ、僕は単独で最上階へと向かった。
扉はなく、中を覗き込めば、やはりただの伽藍洞。ゴーマが隠れ潜むような遮蔽物さえない。
「あっ、もしかしてアレ、祭壇か?」
何もないからこそ、部屋の中央にある祭壇のような台座は目についた。
ゴーマ村にあった奴らの祭壇とは異なり、これは樋口が使おうとした生贄転移の石板と似た感じの作りとなっている。
これまでの僕なら、何か機能があったとしても利用できるスキルはないのでスルー推奨だったけれど……
「今の僕は転移魔法陣使えるくらい古代語解読できるんだよねー」
ふふーん、と小鳥遊を出し抜いた自慢の古代語能力を駆使して、僕はなにやら書かれている祭壇の解読に挑むと、
「おっ、やった、動いたぞ! さぁて、コイツの機能は————」




