第250話 ドロップアウト組み(2)
カマキリとアリの混成部隊といきなり出くわした狩りだったけれど、その後は特にエンカウントもなく、無事に終わった。狩りの成果はまぁまぁといったところ。
狩った獲物は、一番デカいのが土猪。他にはそこそこサイズの蛇が2匹。あとは道中に採取したハーブ、山菜、キノコ、木の実などなど。
ひとまず、猪があるから今日、明日、食うものがなく飢える、ということはないので十分な成果と言えるだろう。
早速、調理にかかりたいと思うのだが、
「先に風呂作っちゃおう」
「えっ、風呂? なに言ってんだ桃川、そんなもんあるわけねーだろ」
現実逃避する可哀そうな子を見るような目で、葉山君が諭してくる。その優しい眼差しやめて。
「僕らくらいのサバイバーになると、風呂も余裕っていうか?」
「落ち着け、アレはただの噴水で風呂じゃねぇんだよ。俺らは冷たい水浴びで我慢するしかねーんだ」
安心して、妖精広場の噴水にザブザブ入って「これが風呂や! 風呂なんや!」と自分に言い聞かせるような悲しい真似はさせないよ。
というか、もう実際に見せた方が早いよねコレ。
「というワケで、蘭堂さんいつものお願いね」
「『岩石大盾』だオラァ!」
気合を入れて蘭堂さんが中級防御魔法をぶっ放すと、広場噴水のすぐ脇に、ボコボコと形成されてゆく、広い湯舟。
今やただの泥だけでなく、表面が石畳みのようにコーティングされているのは、度重なる土木工事で熟練度を増した証。
十人が入っても余裕なほどの大きな湯舟が完成したが、今は3人しかいないからもうちょっと小さくて良かったよね。
「下川君の抜けた穴は大きいな……」
もう一発で湯舟を満たしてくれる水魔術師はいないので、かなり久しぶりに黒髪縛りでホース作って噴水から水引いたよ。湯舟がデカいせいで、溜まるまでしばらく時間がかかりそうだ。
「この湯舟は僕の『魔女の釜』になってるから、水をそのまま適温まで温めれば、お風呂の完成というワケだよ」
と、僕がドヤ顔で葉山君に説明すると、
「す、すげぇ、マジで風呂ができんのか……桃川、結婚してくれ」
「えー、戦いで役に立たない男の人はちょっと」
「ぬあぁあああ! それは言うなぁーっ!」
あ、意外と気にしてたんだね。繊細か葉山君。
「それじゃあ、お風呂が沸くまでみんな料理手伝ってね」
早速、保存食の製作開始だ。
蘭堂さんも葉山君も、この機会に解体と調理を覚えて欲しい。もっとも、僕だってメイちゃんの受け売りで、ごく基礎的なことしか習得できていない。味の方は絶対に及ばないし、レパートリーも限られている。
けど、何もできないよりは遥かにマシだろう。メイちゃんの教えをもとに、僕は自分なりの料理道を進まなければ。
さて、葉山君やキナコ達は随分と喜んでくれた土猪の牡丹鍋を食べ終え、風呂も済ませた後の僕は、一人、噴水前で錬成陣をお絵描きしている。
疲労感はあるけれど、なんとなく寝付けないこともあって、錬成作業でもしようかと。
「あるじ、できた」
「よしよし、上手いぞレム、いい子だ」
こういう時に、人形のレムは僕のお供として手伝ってくれる。今や影人形で本物の幼女と化していても、そこら辺は変わらない。
というか、子供とはいえ完全に人型の体を得た今は、より手先の器用さを必要とする細かい作業も可能になるだろう。レムにも色々と教えて行こう。
とりあえず、レムが泥で作ってくれた器を『魔女の釜』に変えて、おおよそ準備は完了。
「まずは葉山君の武器から作るか」
現状、普通の戦闘において槍一本持っているだけの葉山君に、出番がないことは御覧の通りだ。
槍という近接武器を持ちながら、本人は一般人スペック。『精霊術士』ではあるものの、魔術師クラスの基本となる下級攻撃魔法を連発する、安定した遠距離攻撃手段を持たない。
一応、頑張ればジッポライターの火の精霊の力を借りて火の球を撃てるのと、スマホがフル充電だと雷の精霊で落雷を撃てる、といった能力はあると聞いている。
だが、それは普段からバンバンぶっ放すことはできない、精霊の機嫌や状態によっても、発動は左右される、不安定な奥の手といったところ。ピンチの時には切れる手札にはなりえるが、逆に言えば普段の戦闘ではほぼ使えないということに。
要するに、今の葉山君に必要なのは安定して使える遠距離攻撃手段である。
幸い、精霊術士の葉山君は、魔力量はそれなりにあると思われる。
ならば、選択するのは下級攻撃魔法が放てる程度の魔法武器だ。
「『呪導錬成陣』を習得した僕なら、それくらいのグレードの魔法武器だって作れる」
たとえクラスに戻れても、もう小鳥遊には頼れない。クラスメイトの中で、奴に次いで錬成能力を持つのは、僕ということになる。
小鳥遊に復讐を果たし、クラスに無事戻った後は、僕があの日に話した脱出計画を今度こそ実行する。徒歩で脱出する本隊は、長い旅路になるだろう。
その行程を小鳥遊抜きで進めるには、僕が頑張るしかない。勿論、その時は委員長をはじめ、魔術師クラスの面々にはより高度な錬成技術を習得できるよう過酷な修行を課すつもりだから、覚悟しておけ。ヤマタノオロチの比じゃないデスマーチしてやんよ。
「……早く、みんなのところに戻りたいな」
「あるじ」
レムが呼ぶが、何をするでもなく、僕をジっと二つの青い瞳で見つめてくる。
「大丈夫、僕にはレムがついてるから」
サラサラの銀髪頭を撫で回す。うーん、この手触り、クセになりそうだ。
僕、どっちかというと撫でられる方が多いんだけど、自分より小さい誰かを撫でたくなる気持ちが、より理解できた気がする。
戦闘で役に立つ上に、撫でて癒し効果も得られるとは。レムはどんどん高性能になっていくな。
「ハッ、もしかして、上手く育てれば奇跡の銀髪美女になるのでは!」
「……レム、そだつ」
「ごめん、今のは忘れて」
たとえレムが成長して超絶美人で爆乳の八頭身美女とかになったとしても、僕はきっとセクハラ一つできないだろう。
いきなり服従してくれる爆乳美女が出てくるならまだしも、こんな小さい頃から育てて行けば、そういう気持ちにはなりにくい。育てたが故の愛情による罪悪感とか、そんな感じの。
「でも、レムの成長には期待してるから」
「はい、あるじ……がんばる」
「いいぞ、その意気だレム」
果たして、自分の話している言葉の意味を理解しているのかどうか、ちょっと分からないほどの無表情ぶりだが、気持ちは伝わっていると信じたい。
レムは僕の呪術ではあるが、メイちゃんと並ぶ、僕を支えてくれる大切なパートナーだから。
「よし、やるか。明日には葉山君を即戦力の魔法戦士にしてやるぜ!」
ちょっとしんみりした空気を振り払うように、僕は錬成作業に集中した。
「凄ぇーっ! コイツは凄ぇ武器だぜ桃川ぁ!」
と、大はしゃぎで赤色に染まった槍を振るう葉山君である。
突き出した朱色の穂先に、ボウっと炎が灯ると、次の瞬間には小さな炎の球となって射出される。
ボンッ、と音を立てて遺跡の入り口となる祠の壁にあたると、そこには黒々とした焦げ跡が刻まれた。
「威力、射程、連射性能、どれも蘭堂さんの『石矢』にも劣るけど、とりあえず遠距離攻撃するには十分かな」
「そうかぁ? あんま強そうには見えねーけど」
「自分基準で考えたらダメだよ。蘭堂さんは熟練度上がってるし」
「まぁ、何もしないよりはマシか」
そんなレベルで喜んでいていいのか葉山、みたいな生暖かい視線を向ける蘭堂さんだけど、男は武器を持てばテンションの上がる生き物だ。作った僕としても、これくらい喜んでくれた方が張り合いもある。
「この『レッドランス』があれば、俺も一端の戦力だな。蘭堂、お前には負けねーぞ!」
「火の球撃つだけで、ウチに勝てると思うなよ葉山ぁー」
バシュバシュバシュッ! と鋭い連続音を立てて、蘭堂さんの手元から小石が連射される。攻撃魔法と言うほどの威力はない小技みたいなものだけど、葉山君の足元に着弾して弾けるのを見ると、当たれば痛いじゃ済まない威力はありそうだ。
「うおっ、危ねっ! やめろ蘭堂テメーっ!」
やはり魔法の武器一本で、熟練の魔術師には勝てないよね。
それでも、僕が作った、というより改造した『レッドランス』は、武器としては十分に実戦に耐えるものだと思っている。
『レッドランス』:葉山君ご自慢の鉄の槍を改造して作った、火属性の槍。僕の『レッドナイフ』を手本として、火属性魔力の宿った光鉄素材である火光鉄を穂先に錬成。柄は火光石を粉末にした塗料でゴーマ式魔法術式を描き、魔力を流せばとりあえず火球が形成されて発射されるようにしている。
正直、術式組んで魔力制御ができている点で、レッドナイフの完成度を上回っていると思う。しかし、小鳥遊が本気出して錬成した魔法武器には及ばない。
現状では十分な性能だと妥協しつつ、今後の向上に期待したい。
「ほら、遊んでないで、次のも試してみてよ」
「おっ、そうだな」
次に葉山君が手にしたのは、緑色の片刃の剣。長剣としては短く、短剣にしては長い。そんな半端な長さで反りの入った剣は、勿論、ナイトマンティスの鎌を素材としている。
「よーし、行くぜ……どりゃあ!」
気合の入った掛け声と共に、めちゃくちゃへっぴり腰で葉山君は剣を振るう。
蒼真師匠が見れば一喝されそうな実にしょぼいモーションだけど、振るわれた刃は淡い緑色に輝き、薄っすらとした風の斬撃を飛ばした。
バシィッ! と甲高い音を立てて、焦げ跡のついた壁に、さらに一筋の傷跡が薄く刻まれた。
「おおお……凄ぇ、なんか斬れたぞ!」
うん、やっぱり風属性はエアランチャー作った時に一回弄ってるから、上手く調整できた感じだ。普通に下級攻撃魔法『風矢』が発動しているように感じる。
「こっちはリーチが短いから、槍が振り回せないような狭い場所とかで使うといいよ。普段はサブウエポンって感じかな」
ただのナイフ一本じゃあ、サブウエポンとしても心もとないからね。ウッカリ、レッドランスを落とした時も、もう一本、魔法の武器があれば安心だ。
「コイツがあればゴーマも楽にぶった斬れるな。っていうか、コイツの名前はなんなんだ」
「あー、そっちはまだ名付けてないから、葉山君、好きにつけていいよ」
「お、桃川、俺にネーミングさせるとはわかってるじゃねぇか。そうだなぁ、コイツは……」
『烈風カマキリ丸』:ナイトマンティスの鎌と、風光鉄を錬成し、槍と同じく風光石粉末で術式を刻んだ、風の剣。とりあえず、大事なモノは葉山君に名付けさせるのはやめようと思う。
「マジでありがとな、桃川。コレがあれば、俺ももう戦闘で足は引っ張らないぜ!」
「戦い続ければ、新しいスキルを授かったりもするし、期待しているよ葉山君」
「おうよ、この『精霊術士』リライトに任せろ!」
「じゃあ早速、今日の狩りをお願いね」
今回は、ここ一週間で葉山君の主食であったサケみたいな川魚をとってくるのが目的だ。
キナコがいれば大漁だと言うので、ある程度の量が安定して見込める。肉だけなのも飽きるしね。
「桃川は来ないのか?」
「僕と蘭堂さんは調理と装備作りで残らせてもらうよ。レムを護衛につけるから、周辺を探索するなら大丈夫でしょ」
「そうか、まぁサケとってくるだけなら余裕だな」
「魔法の武器があるからといっても、過信は禁物だよ」
「分かってるって、俺もこの森を生き抜いてきたサバイバーだからな。ヤベー奴は隠れてやり過ごすぜ」
流石に、浮かれてサラマンダーに喧嘩売るほど馬鹿ではないだろう。トラブルメイカーのお調子者キャラでもあるまいに。
「それじゃ、行ってくるぜ」
「あ、ちょっと待って葉山君。一応、コレも持ってって」
僕が差し出したのは、桜ちゃんのカンテラ、である。
「なにこれ、ランプか?」
「うん。光源は光精霊を利用してる」
「なるほど、確かに光る棒人間がすげーいっぱい詰まってんなぁ」
「棒人間?」
「精霊はそういう姿なんだよ。それより、別にこんなのなくても、ちゃんと暗くなる前に帰ってくるって」
「いざって時の備えって意味もあるけど、それ以上に、精霊術士の葉山君だからこそ、この光精霊の宿ったカンテラを使ってみて欲しいんだよね。もしかすれば、光を増幅させて、フラッシュみたいな目くらましができたりするかもしれないし」
「なるほどな……よっしゃ、そういうことなら、試してきてやるよ」
「お願いね。それは桜ちゃんが作った一品モノだから、壊さないようだけ注意してね」
「ん、桜ちゃんって? もしかして蒼真桜? え、なに、お前なんで名前呼びなの?」
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「おいぃ! どういう関係なんだよ桃川ぁーっ!」
面倒くさいんで、その辺はその内に話すことにするよ。
適当にスルーしながら、サケ漁に出発する葉山君一行をお見送り。
その姿が森の向こうに消えていくと、蘭堂さんは口を開いた。
「で、ウチと二人きりになってどーするつもり?」
「そりゃあ勿論、葉山君には聞かせられない内密の話だよ」
「ふーん、学園塔の時も、そうやって双葉と内緒話してたんだ?」
「たった18人のコミュニティでも、根回しってのは必要だから」
「桃川は、葉山のこと信用してない?」
「その辺も含めて話したいかなと」
「いいよ、聞いたげる」
どこか艶っぽく笑いながら、蘭堂さんは僕の手をとる。
なにこれ、ちょっとドキっとするんですけど。
「姑息な真似すんなとか、怒るかと思ったけど」
「ウチは嬉しいよ。やっと信用してもらえたのかって」
蘭堂さんのことは、ずっと信じていたつもりだけれど……メイちゃんほど、僕の姑息で卑怯な面は見せないようにしてきた。
信用していない、のとはちょっと違うけど、一線を引いていた部分はあったと思う。
でも、この期に及んでは、僕も踏み込まざるを得ない。
「蘭堂さんだけが、僕について来てくれたんだ。僕の命を預けるに足る人だよ」
「真面目な顔でそーゆうこと言うなよ、照れるだろ」
いやぁ、思いっきり抱きしめられる僕の方が照れるんだけど。
え、ちょっと待って。もしかして今いい雰囲気になってたりするの? 困る、これ以上はホントに……ああー、蘭堂さんの谷間に挟まれて、思考が溶けるぅ……




