第248話 誰か
「……誰かいる」
戦々恐々とした青ざめた顔で、葉山君もそう言った。
蘭堂さんも葉山君も、見事なまでのビビり様で震えている。
そりゃあ、いるはずのない場所に、何者かがいれば、それは立派なホラーだけれど……
「誰かって、誰がいるのさ」
「誰か知らねーけど誰かいるんだって!」
「マジだよ桃川、これ絶対ヤベーって!?」
この二人、実は僕のこと担ごうとしているんじゃなかろうか。元から仲がいいし、蘭堂さんのおふざけを、以心伝心で葉山君が察して乗っかった的な。
それで、僕がレムの鎧を覗き込んだら、後ろから押してとか、そういうイタズラでもする気じゃないか……と思うのが妥当だが、二人の演技は真に迫っている。これでホントにただの演技だったら、大した役者だよ。
「はぁ、分かったよ、僕も見ればいいんでしょ」
これが盛大なドッキリだったとしても、さっさと済ませてしまおう。
落とすにしても、驚かすにしても、好きにすればいいさ。
そういう気持ちで、僕はレム初号機の黒騎士鎧、その兜を失った首元から、その内部を覗き込み————目が合った。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。そんな言葉が脳裏を過る。
「ま、マジで誰かいるよぉ……」
暗闇と化している鎧の中。そこに、大きな二つの青い瞳が浮かんでいる。
その青い目が、ジっと覗き込んだ僕を見つめているのだ。
「誰だよ、っていうか、何でここに入ってるんだ……」
レムに中の人などいない。黒騎士レムはリビングアーマー同様、鎧兜そのものが動いているだけの状態だ。
常に中身は空っぽ……だけど、そうだ、あの時、黒騎士の中にはヤマタノオロチのコアを入れていた。
僕が小鳥遊に拉致られた密会部屋から出るまで、レムは一階に閉じ込められていた。だから呼んでも、すぐ来れる状況ではなかった。
その代わり、こうして転移で逃亡を図ることを考えて、僕が出てくるまでの間に、準備を整えさせていた。
元から用意していた非常用宝箱に、必要そうなモノをとにかく詰め込んできた。
そして、ヤマタノオロチの巨大なコアの破片も、僕がいただいてきた。でも宝箱がイッパイになったから、空いているスペースとして鎧の中に入れておくよう指示したんだ。
このコアがなければ、学園塔から先に進めるかどうかも怪しい。それに、脱出用の天送門も起動することはできないはず。
みんなを助けるためには、小鳥遊に脱出手段を渡すわけにはいかない。みんなが足止めされている間に、なんとしても僕は戻らなければならないのだ。
という僕の土壇場で描いた作戦は別として、今はこの碧眼の誰かについてである。
何者かが侵入するタイミングなんて、あるはずもなかった。
けれど、ここには確かに誰かがいて、そして……あんなに目立つオロチコアが、鎧の中に見当たらない。
ならば、考えられる可能性は一つ。
「お前、もしかして……レムなのか?」
「……」
パチクリと、大きな青い目が瞬いた。
肯定の意志、と受け取り、僕は意を決して手を伸ばした。
「ほら、おいで」
青い目の持ち主は、見たところ、小さい子供のような姿をしている。
黒騎士鎧はデカいから、首元からでもそのまま出入りできるくらいのサイズはある。
手を突っ込んで推定レムと思しき存在を掴むと、プニプニと柔らかい肌の感触が伝わった。重い、けど、僕でも持ち上げられる程度ってことは、本当に幼児みたいな大きさだ。
「よいしょっと」
そうして、ついに謎の誰か、は白日の下に晒される。
おめでとうございます、元気な女の子です、とでも言うべきか。
真っ白い髪に、真っ白い肌の幼女だ。綺麗に切り揃ったおかっぱ頭で、サファイアのように輝く青い瞳をした、人形のように可愛らしい顔。
そんな幼女を、僕は抱っこしてやる。
「な、なんなのその子?」
「どっから攫って来たんだよお前」
「人聞き悪いこと言わない、葉山君。多分、この子はレムだと思う」
「はぁ? マジで? だってレムちんは鎧とかクモとか恐竜とか色々なれるけど、女の子にはならねーだろ」
「それが多分、なったんじゃないかな。レム、お前はレムなんだよね?」
「……れーむぅー」
「喋ったぁ!?」
蘭堂さんの驚愕リアクション。正直、僕も喋ったのには驚きだ。
「ほら、やっぱり、レムって言ってるし」
「ほ、ほんとかぁ? ただ真似して言ってるだけじゃないの?」
どうだろうね。でもレムがこうして本物の人間みたいな姿を獲得したなら、当然、発声器官も再現できているはず。というか、今の「レームー」は、拙いけれど、確かに発音はできていた。
「レム、他に何か喋れる? っていうか、僕のこと分かる?」
「あ……あー、あ、あるじ」
「そうだよ、僕がご主人様だよ」
「おお、やっぱ本物のレムちんなのこの子!?」
僕も主と呼ばれて、ちょっと実感湧いてきたよ。まさかレムがこんな姿になるなんて、全くの予想外だった。だったけれど、今はとにかく可愛いなぁ、という感想しか浮かばない。
「よしよし、レムはいい子だなー」
「おい桃川、ウチにも抱っこさせろよ」
「えー、もうちょっとこのままでー」
小さい手足でギュっと僕にしがみついてくるレムを抱きしめながら、サラサラの銀髪頭を撫でる。
蘭堂さんも子供好きなのか、構いたくてウズウズしてるような感じ。
そして、レムは終始無表情。
「おい、お前ら、そんな騒いでる場合じゃねーだろ」
と、葉山君が真面目な顔で、可愛く生まれ変わったレムにはしゃいでいた僕らに、注意を促す。
「なんだよ葉山君」
「葉山も抱っこしたいんだろー」
「バカ、その子素っ裸じゃねぇか。早く服着せてやれ、風邪ひいたらどうすんだよ!」
ド正論だった。
「はい、いただきます」
「いた、だき、まーす」
拙い言い方をしながら、レムは握りしめた箸で一口サイズの肉を突き刺す。
「熱いから、フーフーして食べるんだぞ」
「ふーふー」
焼き上がったばかりで湯気の立つ肉を、レムは小さな口で息を吹きかける。しばらくフーフーしてから、アーンと口を開き、食べた。
「美味しい?」
「おいしい」
「ああーレムちんカワイイなぁー」
「桃川、完全にママになってるな」
こんなの、誰が相手したってママみたいな対応せざるをえないだろう。
僕はとりあえず、素っ裸で誕生した幼女レムに、自分の着替えとして確保していたシャツと上着を着せている。小柄な僕よりもさらに小さい幼女サイズのレムなので、かなりブカブカだ。
後でちゃんとした服は用意するから、今はとりあえずこれで。
そして、特に空腹を訴えたワケではないが、食事を摂らせることにした。
これまでのレムは、当たり前のように食事はしなかった。元々は名前通りの泥人形であったし、パワーアップすればスケルトンだし、屍人形にしても全て死体ベースの体だ。生物として食料を必要とする存在ではなかった。
しかし、この幼女レムは、今までの人形や死体のような形態とは、かなり異なる様に思える。端的に言って、生きている、まるで本物の人間だ。ハッキリと言葉を喋れるようになっているのも、そう感じさせることに拍車をかける。
そんなワケで、小さい子供をみるととりあえず食べさせてあげたくなる気持ちにもなるし、本当に食事ができるかどうか、という検証も込みで、レムに夕食を摂らせているわけだ。
「しっかし、こんなちっちゃい子連れて冒険とか、大丈夫なのかよ」
「その辺は心配する必要はないよ」
少なくとも、葉山君よりは遥かに強い。まさか人間として生まれ変わった代償に、完全にただの幼女に成り下がった、みたいなことはないだろう。
果たして、この幼女レムがどの瞬間で誕生したのかは定かではないが、転移する寸前までは蒼真君相手に斬り合いを演じていたし、こっちに飛んできてからは、歩いて動くくらいはできていた。
つまり、幼女レムには黒騎士鎧を従来通り動かせるだけの能力は保っている、と証明できている。
だから、戦力低下に関してはさほど心配はしていない。
「少なくとも、本物の子供みたいに生活の世話をする必要はないし。ほら、見てよ、もう箸を使いこなしてるでしょ」
「ああっ、ホントだ、いつの間に!?」
最初こそ幼児みたいに箸を握りしめて料理を刺す、という動きしかできていなかったが、3分も経たないうちに、挟んで持ち上げるようになり、そして、今では正しい箸の持ち方で、日本人と同じように使いこなしている。
レムは今まで僕らの食事をずっと見てきているから、そうして使い方そのものは知っていたのだろう。その気になれば、黒騎士でも箸を持たせて使わせることはできたはずだ。
この新しい幼女の体が、まだ馴染まないから最初だけ上手く扱えなかったに過ぎない。要は、体に慣れれば、憶えていることは何でもできる。
そんなワケで、レムは僕が用意したご飯をあっという間に平らげた。パン、肉、野菜、どれも残さず食べたので、好き嫌いはないようだ。
「ひとまず、今日はもう寝よう。僕らも色々とありすぎて疲れているし」
レムのこと含めて、気になることは沢山あるが、今日はもういい時間だ。何より、僕らは楽しい祝勝会が一転、ドン底の逃亡生活になってしまったのだから、特に精神的な疲労感が半端ない。
「それもそうだな。そんじゃあ、お互いの話はまた明日な」
「えっ、葉山、そのままそこで寝んの?」
「ああー、ここは森と違って柔らかい芝生になってっから、寝心地いいぜ!」
そうだよね、外の森と比べたら、芝生になっている妖精広場はそれだけで恵まれた環境だ。でもね、僕らはもうそんな芝生の寝心地に喜ぶ段階はとうに過ぎ去っているんだよ。
「時間も材料もないし、ハンモックでいいよね」
「おい、ハンモックって何————ってハンモックだコレぇ!?」
学園塔ではベッドを作って久しいが、元々はコイツにずっとお世話になっていたのだ。今でも、蜘蛛糸でネットを撃ち出すように、素早く形成することはできる。
というワケで、早く寝たいのでさっさと3つ分のハンモックを妖精胡桃の木の間に吊るした。
「それじゃ、みんなおやすみー」
しばらく初めてのハンモックを前に騒いでいた葉山君だったけれど、ベニヲを抱っこして寝転がってからは、すぐに静かになった。木の根元には、キナコがゴロンと寝転がっている。
蘭堂さんは慣れたもので、そのまますぐ寝たし、僕はレムと一緒に寝ることにした。
「……温かい」
小さいレムを抱えていると、確かな体温を感じる。それは、今までにはなかった感覚。
レムの体は、本物の生きた人間となっているのだろうか。それとも、あくまで精巧に再現された肉体に過ぎないのか。
本物だとすれば、その遺伝的性質はどうなっているのだろうか。DNAは術者の僕と全く一緒のクローンみたいになっているのか。それとも、ルインヒルデ様が神の力で全く新しい人間を創造しているのか。血液型だけでも知りたいものだ。
けれど、こうしてレムと言葉を交わせるようになって、僕にはもっと聞いてみたいことがあった。
「ねぇ、レムは、僕のこと好き?」
いくら自らの呪術で作った人形とはいえ、苦労をかけてきたという自覚はある。
ぞんざいに扱ったことはないが、かといって楽をさせてあげることはできていない。レムは僕にとってなくてはならない戦力だったから。
でも、そんなのは僕の事情であり、術者だから命じられるだけのこと。
もしもレムが人間となったのなら、そこには自由意志の一つもあるだろう。かといって、聞いてどうなるワケでもない。術者の僕に逆らうことはできないはずだから。
それでも、僕は聞かずにはいられなかった。
「……すき」
抱きしめた胸の中で、レムは青い目を真っ直ぐ見上げて言ってくれた。
「どれくらい好き?」
「いっぱいすき」
あぁ、レム可愛いなぁ……もしかして、喋れるようになったから上手にご主人様に取り入る術なんかも手に入れてたりするのでは————なんてことを考えながら、僕はレムと共に眠りに落ちていった。
「————我が信徒、桃川小太郎」
はい、やってきました神様時空。
そろそろ、お呼びがかかる頃合いではないかと思っていましたよ、ルインヒルデ様。
「まずは、褒めてつかわす。八つ首の大蛇、見事、討ち果たしたか」
「ありがとうございます。クラス全員の努力の結晶です」
深々と頭を下げて、恭しく答える。神様直々のお褒めの言葉は、素直に嬉しいよ。
「しかし、贄を捧げるは呪術師の本分。自らを捧げることは、あってはならぬ。心、惑ったな、桃川小太郎」
「申し訳ありません。怪しいとは思っていましたが、まさかあれほどの裏切りを働いているとは想定していませんでした」
僕はヤマタノオロチ討伐の最終局面で、自爆戦法を採用した。あれは確かに、実に僕らしくない選択である。
それを自らの意思と信じさせて実行させるのが、『イデアコード』の恐ろしさだ。
「よい、神の一手には、我が一手をもって返す————そう、許されるは一手のみ。妖精女王の加護は、まだそなたの手に余る」
「あ、もしかして『告死の妖精蝶』って、一発限りの特殊技……」
然り、と言いたげに、小さくルインヒルデ様の髑髏が頷く。
道理で、都合よく一発逆転できたものだ。
恐らく、『逆舞い胡蝶』で『生命の雫』をつぎ込んでも、即死効果という絶大な威力は発揮されなかった。少なくとも、強固にして莫大な生命力の塊である、ヤマタノオロチのコアをぶっ壊すほどの威力は出ない。
けれど、それを上位の、いや、最上位くらいの呪術であろう『告死の妖精蝶』をあの瞬間に発動できたのは、ルインヒルデ様が助けてくれたからだ。
「人の世の理、侵すべからず。先に破ったは賢者を騙る白の使徒よ。故に、我が手の及ぶ余地もある」
そして、ここぞというタイミングでルインヒルデ様の助けが得られたのは、小鳥遊の方が先に神の力を乱用していたから……という感じと見るべきか。
確かに、小鳥遊は明らかに女神エルシオンから特別扱いを受けている。
奴は『イデアコード』の他にも、まだまだチートスキルを隠し持っていると考えるべきだろう。
それにしても、ついにはっきりと神の介入ってのが分かったワケだけど、
「桃川小太郎、すでに、そなたは見え、知った」
「……奴の言葉は、大体真実だと」
「女神エルシオン……今はそう名乗っておるか」
昔は違ったんですか。あからさまに因縁のありそうな言い方である。
「名を変えようと、本質は変わらぬ。狂える白痴の論を以って、世を侵さんとする。心せよ、その力は衰えようとも、大いに人を惑わし、偽りの加護にて下僕を仕立てる」
ふむ、同じ神と認めてもいないような口ぶりだ。
ルインヒルデ様含め、この異世界の創世神話がどうなっているのかは知らないけれど、天職システムに連なる神々と、女神エルシオンは根本的に異なる存在なのかもしれない。
単に、善神と悪神の対立、とも考えられるけど……エルシオンを悪神側とすれば、ルインヒルデ様は善神側ってことになるんだけど、それイメージ的にいいんですかね。
「そなたの魂は我が元に。縁は鎖、絆は楔。不惑に至りて、白きに抗う心に足る。されど、いまだ力は及ばず……あれなるは、理を捻じ曲げるが故に、強きを成す」
小鳥遊のチートスキルのこと、だろうか。
対抗するには、今の戦力ではどうにもならないのは確かだ。ヤマタノオロチとは違った意味で、攻略の糸口が掴めない。
なにより、クラスメイトの誤解を受けていることが最大の問題点である。
「備えよ。いずれ対決の日は来る」
「勿論ですよ。メイちゃんも、クラスのみんなも、助けないといけないから」
「器を得た。満たすにはまるで足りぬ小さな器だが、始まりはかくあるべし」
と、刃物同然に僕をこれまで突き刺しまくったルインヒルデ様のそれはもう鋭い指先が、ピっと指し示される。
僕に、ではなく、そのやや斜め後ろ。
「あ、レム?」
「……」
振り向けば、銀髪おかっぱのレムがいた。
折角シャツを着せたのに、また全裸になっている。
「っていうか、レムもここに来れたんだ」
相変わらずの無表情で、青い目が僕とルインヒルデ様を行ったり来たりしている。
そういえば、レムとしてはルインヒルデ様のことはどう思っているんだろう。ちゃんと神様だという認識はあるのだろうか。
「新たな呪術を授ける」
「……ありがとうございます」
お礼の言葉は出るものの、やはり良い予感はしない。というか、今回はレムと一緒なのがかえって恐ろしい。
ルインヒルデ様、まさかレムのこともぶっ刺したりしないですよね? ほら、見た目は小さい子供なので……
「生誕は祝うべし。されど、己の器を忘れるな。人形は人に非ず、そこに御霊が宿ろうとも。尽くせ、其が影にも存在理由を与えん」
そして案の定、刺された。
僕ではなく、レムが。
真っ白い胸のど真ん中に、ルインヒルデ様の貫き手が深々と突き刺さり、血飛沫が上がる。
え、ちょっと、他人が刺されるところ見るとかなりショッキングなんですけど、というか、レムはホントに大丈夫————
「清浄なる精霊も、呪詛に染まれば我が手の内にある。掴め、悪しき意思こそ呪いの糧となろう」
「ぐはぁああ!」
それでやっぱり僕も刺されて、レムの心配するどころじゃなくなる。
こうして胸を貫かれることは、ルインヒルデ式ではオーソドックスなパターンだけれど、なにこの、追撃? すげーグリグリされ、
「がっ、あぁがぁあああああああああああああああ!」
し、心臓が握りつぶされる!?
そうとしか思えない、おぞましい感触を胸の内に味わってから、僕の意識はようやく暗転してくれた。
「というワケで、改めて紹介させてもらうけど、この子はレム。元々は『汚濁の泥人形』という呪術で生み出した使い魔なんだけど、この度、晴れて進化を果たし————」
『隷属の影人形』:主の影となり、付き従い、寄り添う人形。無垢なる空白の器は、いまだ注ぐに足らず。
という新呪術になっていることが、ルインヒルデ様のありがたい夢から覚めた今朝になってから判明した。
やはりヤマタノオロチのコアを得たことが、泥人形から影人形に進化した大きな要因ではあるようだ。勿論、これまでのレムの経験もあってのことだから、ただ強力なコアや素材があれば進化できるほど簡単ではないらしい。
いつものフレーバーテキストによると、どうもこれで完全体っぽい感じではないようだ。一体、ナニを注ぐんですかねぇ……
細かい事は置いておいて、とりあえず蘭堂さんと葉山君を前に、レムを立たせて改めて紹介したワケだ。
「はい、レム、挨拶して」
「……レム、です。よろしく、おねがい……します」
見た目通りの幼児みたいな拙い言葉だが、それでもはっきりとレムは喋り、大きく頭を前に下げて、お辞儀する。
「おおお、スゲー、レムちんちょーカワイイ!」
僕が教えた通り、礼儀正しく挨拶するレムに蘭堂さんはテンション高めでいきなり抱き着いている。こう見えて子供好きなのか。
それとも、アルファを筆頭にそれなりにレムと交流あったから、幼女化したことでギャップ萌えが発生しているのか。なんにせよ、蘭堂さんは後先考えずにレムがこうなったのに嬉しそうだ。
「これホントに普通の子供に見えるな……実は桃川の隠し子じゃねーのか」
「誰との子になんのさ」
処女で懐妊したら聖なる感じだけど、童貞のままパパになってもアレな感じしかしないよね。托卵とかNTR属性攻撃の奥義じゃん。オーバーキルもいいところだよ。
「キナコが間違って食べちゃわないように、注意しといてよね」
「食わねーよ! キナコは心優しい森のクマさんだぞ」
まぁ、見た目こそアルビノ幼女だけれど、影人形への進化は伊達ではない。決して、可愛さ全振りしたワケではなく、その戦闘能力には磨きがかかっている……はずである。
その辺はこれから検証とするとして、
「ともかく、レムがこんなんなって大騒ぎしちゃったけど、今大事なのはこれからどうするか、ってとこだから」
「え、小鳥遊ボコって、クラスに戻るだけでしょ?」
「そりゃ端的に言えばそうなるけどさ。葉山君はどうするつもり?」
「はぁ? そんなもん、俺も一緒に行くに決まってんだろ」
「言っておくけど、状況はかなり不利だよ。僕と蘭堂さんはみんなを助けるって意味でも、絶対に戻る気ではいるけれど……葉山君は、このままキナコと一緒に、森の脱出を目指すという選択肢もあるでしょ」
「おいおい、舐めんなよ桃川、そんな薄情な真似するワケねーだろ。けど、まぁ、キナコをあんま危険なメに遭わせるのは、ちょっと気が引けるが……」
「プガァアアアア!」
と、キナコがいきなり吠えていた。
なに、お腹すいたの? レムは食べないでね。
「キナコ、お前……いいのかよ」
「プガァ! グァアアアア!」
「そうか、そうだよな……俺らはもう一蓮托生だからな。よし、これからも頼むぜ、相棒!」
「プググ、グガァ!」
「キャンキャン!」
「おう、俺らはずっと一緒だぜ!」
と、力強く拳を振り上げる葉山君と、威嚇のポーズみたいにバンザイしているキナコと、足元をチョロチョロしてる赤犬のベニヲ。どうやら、彼らの中で話はまとまったようだ。
しかし、本当に葉山君はキナコとベニヲの言葉を理解しているようだけど、傍から見ていると完全にペット大好きすぎて意思疎通できていると信じ込んでいるアレな人にしか思えないよね。
僕も『精霊言語』系のスキルを授かれば、動物さんとお話できる素敵なメルヘン能力が手に入るのか。僕は動物相手なら『同調波動』で催眠する方が楽でいいけど。
「っつーワケで桃川、俺らも一緒に行くぜ。クラスの奴らを助けねーとな!」
「ありがとう、葉山君」
本当にね。特に説得や報酬もナシに、自ら協力を申し出てくれるとは。さては葉山君、チャラく見えるくせに、実はすげーお人好しだな?
どうやって引き込もうか、昨晩はレムを抱きしめながらいろいろ考えていたけど、全部無駄になったよ。
葉山君は即戦力としてはちょっと怪しい残念な『精霊術士』だけれど、その能力はまだまだ未知数なところがあると思う。キナコとベニヲ、という魔物を使役できているのも、レイナとは違う方向性の能力、または才能だろう。
なにより、今の僕にとっては一人でも多くの仲間はありがたい。誤解された現状では、クラスメイト全員が敵に回っているも同然だからね。
それでいて、殺すのではなく、説得して再び信頼を回復しなければいけないのだから……やれやれ、先は長そうだ。
「よっしゃあ、それじゃあ早速、出発だ!」
冒険心溢れる少年漫画の主人公のように、妖精広場の先に続くダンジョンへの扉を指さし、意気揚々と一歩を踏み出す葉山君。
でもね、それは向かう方向が逆だよ。
「とりあえず、今日は準備ね。必要最低限しか持ち出して来れなかったから、色々と用意しなきゃ」
「だよなー、桃川絶対言うと思ったー」
蘭堂さんはレムを抱っこしながら、そんな実に理解のあることを言うのだった。
2020年6月12日
残念ながら活動報告、更新できませんでした。現在、大体1万文字くらい・・・なんとか来週中には、更新したいです。
それから、ついに二年七組出席簿の天職が全員分、埋まりましたね。本編でも出て来てない肩書がついたり、出席番号抹消された奴がいたり、物語が進んだという雰囲気など、味わってもらえればと思います。
プチ解説。
現状、御子は神様に特別扱いされている者を指し、使徒は神様から明確な使命を授かった者を指す、くらいのニュアンスです。
出席番号消えたアイツは、もう『クラスメイト』ではないという扱いですね。




