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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第15章:ヤマタノオロチ討伐戦
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第247話 小鳥遊小鳥

 そこは、一点の曇りもない純白の空間だった。

 私は、死んだのか————小鳥遊小鳥は、真っ先にそう思った。

 次に、どうやら地獄ではなさそうな雰囲気に、ちょっとだけ安堵する。どうやら、数人ほど間接殺人する程度ならば、地獄行きになるほどの罪には問われないらしい。


『……よ』


 不意に、声が聞こえた。

 聞こえた、というより、脳が直接認識しているような、現実ではありえない、けれどそう分かるような不思議な感覚。

 閻魔の裁きが始まる、というワケではなさそうだった。


『……目覚めよ』


 ラジオのチューニングが合うように、今度はハッキリと聞き取る、もとい、認識することができた。

 若い、女の声、だと思われる。

 聞き覚えはない。そういう記憶力には自信があるから。


『目覚めよ、選ばれし智慧の子』


 大袈裟な物言いだ。多少の悪知恵が働くだけで、智慧と呼ぶほど大層なモノじゃない。

 私が賢いのではない。この世の中の人間が、あまりに愚かなだけ。


『今、世界は再び邪悪なる闇が満ちようとしている』


 今も昔も世界は邪悪と混沌で溢れているだろうに。有史以来、平和と呼べる時代が一時でもあったか? いつの時代でも、どんな場所でも、人は人を殺している。

 でも、そういえば、ここはもう地球ではないのだったか、と小鳥はようやく思い出す。

 そう、あの崩壊する教室から、暑苦しい自称親友の剣崎明日那が自分のことを抱きしめて、暗闇の空間へと真っ逆さまに落ちて行って————そして、目覚めたらこの白い空間だ。

 少なくとも、あの教室が崩れ去った下に広がっている暗黒時空は、どう考えても地球とは別次元であろう。そこに落ちた以上、この身はもう、地球次元にはないということだ。

 ならば、このテレパシー染みた声で語りかけてくるのは、もしかすると、異世界では本当に存在する『神』という奴なのか。


『叡智の輝きを以って、暗闇を照らせ』


 刹那、頭が弾けた————ような錯覚を覚えた。

 ぎゃあああああああああああああ、と気分的には絶叫している。本当に叫んでいるのか、声は出ていないのか、それも分からない。

 ただ、頭が、脳が、揺れる、震える。

 膨大な量の何か、形のない、けれど明確に認識できる……情報。そう、これは情報だ。

 途轍もない情報量が流れ込んでくる。脳に直接。テレパシーで、否、神の意志……神意レコードに繋がる……

「あ……ああぁ……そ、そっかぁ……」

 分かってくると、理解できてくると、苦しみは引き、悲鳴は笑い声へと変わる。

 分かる、そう、分かるのだ。

「はは、あはは……私は、小鳥は……」

 世界のこと。

 天職のこと。

 魔法のこと。

 敵のこと。

 そして何より————神のことを。

「小鳥は、選ばれたんだ」

 奇跡の才能。運命の適性。

 神意レコードに繋がる者は、この世の全ての事象を与り知る智慧を得るだろう。


『汝、勇者を導く————『賢者』となれ』


 全てを理解した。

 これから起こること。自分がやるべきこと。

 故に、答えに迷いはなかった。

「————はい、女神エルシオンの御心のままに」




 そうして、小鳥遊小鳥は二年七組で唯一、この異世界召喚の真実を知った状態で、ダンジョン攻略を始めた。

 自分が特別、何か手を下す必要もなかった。

 ただ、何も知らないフリをして、みんなと同じように振舞っていれば、それで上手くいった。すべては、女神エルシオンが描いたシナリオのままに。

 しかし、神のシナリオは狂い始めた。少しずつ。けれど、確実に。

 このままではまずい。神が望む『勇者』は完成されない。

 だから、満を持して自ら動いた。

 完璧な計画だった。『賢者』のスキルをもってすれば、容易く成功する。

 しかし、だがしかし————どうしてこうなった。

 小鳥遊小鳥は、罵詈雑言と共に叫びだすのを、どうにか喉元で堪えた。

「くそっ、桃川に逃げられたか……」

 光の剣を片手に、苦々しく蒼真悠斗はつぶやく。

 すでに光が収まり、そこに立つ者を彼方へと飛ばし終えた転移魔法陣は、ただのエントランスの床に戻っている。

「おい、桃川に逃げられんのはヤバくねーか?」

「アイツ絶対、復讐しに戻ってくるぞ」

「まぁ、桃川だしな……俺らマジで呪い殺されるんじゃねーべか」

 戦々恐々と上中下トリオがお喋りする声に、さらに心が苛立ってくる。

 本当に、どうしてこうなった。

「……小鳥」

 そこで、声をかけられた。

 怒りに震えそうなところを、純粋な恐怖で震えていますといった雰囲気を纏い直して、小鳥は青ざめた表情で、声をかけてきた委員長へと応えた。

「な、なにかな、委員長」

「桃川君は貴女が犯人だと言っていたけれど」

「っ!? 酷い、私のこと、疑うの!」

 なんて酷い誤解、心外だ、信じられない、私の心は深く傷ついた————そんな心情を何よりも雄弁に物語るように、小鳥は泣き出した。

 泣き真似の演技というのは、基本にして最大の効果を発揮してくれる、女の武器である。小鳥の一番得意なところ。昔から、こうやって来た。

「涼子、まさか桃川の言い分を信じるワケじゃないでしょうね」

「そうだぞ、委員長、お前があんな奴の言葉に惑わされてどうする!」

 弱弱しく同情を誘う涙の演技は、即座にこの身を守るナイト様を召喚する。

 すぐに語気を荒げた桜と明日那が、小鳥を庇う様に委員長の前に立つ。

「気持ちはわかるけれど、二人とも落ち着いてくれるかしら」

「やめてください、涼子。こんなことが起こった以上、それでもあの男の肩を持つようなことを言えば、貴女の立場だって危うくなるんですよ」

「ふぇえええ……なんでぇ、私のこと、信じてくれないのぉ……」

 子供のような無様極まる泣き真似も、馬鹿みたいとは思わない。そういった躊躇や恥じらいを抱くことが、演技に曇りをもたらすのだから。

 心はどこまでも冷静に。けれど、表情だけは激しく感情的に。

「私だって、小鳥遊さんのことは信じたいわ。だから、お願いよ、一つだけ確認させて欲しいの————」

 強い意志を秘めた視線を眼鏡の奥で光らせながら、涼子は桜をそっと押しのけて、泣きじゃくる小鳥の前に立つ。

「————解毒薬を持っているかどうか、確かめさせてちょうだい」

 クソが、桃川め。

 演技のために冷静に徹していた心の中に、再び怒りが湧き上がってくる。

 しかし、すぐに落ち着かせる。大丈夫、何の問題もない。

 むしろ、小太郎が解毒薬のことを言ったお陰で、自らの潔白を証明する機会に繋がった。委員長の申し出は、渡りに船だ。

「うっ、うぅ……わ、分かったよ、委員長……」

 散々に泣いてから、ようやくちょっと落ち着いたような気配を醸し出しながら、小鳥は委員長の身体検査を了承した。

 解毒薬は、小型のポーション瓶に入れている。

 わざわざ通常のポーション瓶を錬成して、隠し持つのにちょうどいいサイズに調整したものだ。

「それじゃあ、やるわよ、小鳥遊さん」

 手慣れてはいない手付きだが、一つの見落としもないよう、委員長はその手でもって小鳥の体を検める。

 まずは制服のポケットから。それから、身体検査の見様見真似のように、足の先から順に手で触れて確認してゆく。

 躊躇はしたようだが、下着にも不自然なふくらみがないか、軽くではあるが触って確認した。勿論、この小さな体には不釣り合いな、大きな胸の谷間にも。

「————何もないようね。ごめんなさいね、小鳥遊さん、疑うような真似をして」

「う、ううん……いいの、仕方がないことだから……」

 委員長も納得したように、小鳥の体からは何もおかしなものは出てこなかった。

 当然だ。持っていた解毒薬は、とっくに空間魔法ディメンションに放り込んである。


『拡張空間・第二階梯』:魔力によって形成される亜空間。深度、展開、選別、全て最低限度の基礎単位だが、全権制御が可能。


 小鳥が習得している魔法は多岐に渡るが、なんでも隠し持つことのできる『拡張空間』の魔法は非常に便利だ。苦労して熟練度も上げた。

 そのお陰で、誰にも気づかれずに、ポケットの中で最小の魔法陣を展開させて解毒薬を放りこむこともできた。

「気は済みましたか、涼子」

「ええ、どうしても確かめておきたかったから……ひとまず、これで安心できるわね」

 如月涼子は厄介だ。

 ただの堅物委員長だと思っていたが、どうにも小太郎から影響を受けているように思えた。

 ダンジョン攻略を始めたばかりの頃ならば、波風立てるような真似は避けたはずだ。それでも、こうして仲間である自分を疑うような真似をしたのは、単なる身内贔屓をせず、客観的に真実を探ろうという意思があってのこと。

 面倒な方向に成長してしまったものだ。処分を早めるべきか————いいや、今は焦って動く時期ではない。

 委員長が堂々と自分を疑った。ならば、その姿を見た他の者も「もしかして」という可能性を抱くかもしれない。

 今は桃川小太郎が裏切った、という方向性で意思はほぼ統一できているが、油断はできない。

 なにせ、彼はあの土壇場で逃げる用意まで整えながら、知りえた真実を一気に喋った。

 大半のクラスメイトは醜い言い訳、と受け取っているだろうが、少なくとも委員長は、小太郎の語った話を正確に記憶していることだろう。

 下手にボロを出してしまえば、そのまま一気に追及される危険性がある。

「小鳥遊さん、桃川がどこへ転移したか分かるかな」

「え、えっと……ごめんなさい、小鳥には分からないよ……」

 やや落ち着いた、ように見せかけてから、悠斗に問われて転移魔法陣を調べる。

 困ったことに、小太郎の転移先は本当に分からなかった。

 よりによって、ランダム転移を使いやがった。

 ランダム、とはいうものの、全ての転移魔法陣に均一の確率で飛ぶわけではない。勿論、このダンジョンのゴールである天送門のあるエリアをはじめ、制限のかかっている場所は絶対に転移することはできないようになっている。

 ランダム転移はほとんど使いどころはないが、『古代語解読・序』と『魔法陣解読・初』があれば、すぐに使える転移魔法陣の機能でもあった。

 しかし下級とはいえ、この二つを併せ持つ天職はそうそうない。クラスでは『賢者』である自分だけだと小鳥は思っている。

『呪術師』の、それも正規の神の座にはついていないルインヒルデなる弱小の雑魚が、両方のスキル、あるいはどちらの効果も併せ持つような高度なスキルを授けられるとは考えられない。

 ならば、本当に自力で解読したのか。

 小太郎が古代語の解読にも精を出していたことは知っていたが、小鳥が聞かれて答えた内容は真実も嘘も両方、織り交ぜたものだ。自分が与えた情報だけで、転移魔法陣を基礎とはいえ、操れるになるとは考え難いが……

「やはり、桃川は私たちにかなり自分の力を隠していたのでしょう」

「奴が転移魔法陣を操れるとはな。天道もそれでどこかへ飛ばした、と言っていたが」

「念のために、行ける場所は全て確かめておこう。頼めるかな、小鳥遊さん」

「う、うん、大丈夫だよ! 小鳥、頑張るから!」

 ありがとう、とほほ笑んで頭を撫でてくる悠斗。

 子供扱いのような可愛がり方はヘドが出る行為だが、悠斗だけは特別だ。この自分の頭を撫でるだけの、価値のある男。

「それじゃあ、行くよ!」

 無駄だと分かりきっているが、話を合わせるためにも小鳥は転移を発動させる。

 現時点で飛べる、無人島エリア、暗黒街、荒廃宮殿、砂漠エリア。

 案の定とでも言うべきか、どこにも桃川が転移した形跡は見当たらなかった。

「どうやら、桃川君の追跡は不可能なようね」

 どこのエリアも空振りに終わり、クラスメイト達が疲れた様子で立ちすくんでいるところに、涼子が声を上げた。

「みんな、今日はもう休んだらどうかしら」

 ヤマタノオロチを倒したのは昨日のことで、ただでさえ疲労は抜けきっていない。その上に、小太郎の裏切り発覚と、予想外の大事件が発生した。

 しかし、高ぶっていた精神と緊張感は、完全に小太郎を見失ったことで、途切れてしまったことだろう。そうなると、疲労感というのは一気に体に圧し掛かってくるものだ。

「……そうですね。とてもゆっくり眠る気持ちにはなれそうもありませんが、今は休むしかないでしょう」

 神妙な顔をしている桜も、涼子の言葉に同意を示した。

 これ以上、今この場でできることはないと、理解しているのだろう。それはクラスメイトも同様で、皆は一様に重い足取りで、それぞれの部屋へと戻る流れとなった。

「涼子、兄さん、少しいいかしら」

 そんな中、桜は二人を呼び止める。

 呼んだのは二人だけだが、明日那と美波も、そして小鳥も共に桜の元へと集まる。

「双葉さんは、大丈夫でしょうか」

 それは、純粋に彼女の身を案じての台詞ではないと、誰もが察している。

 双葉芽衣子。天職『狂戦士』。悠斗と龍一に並ぶ力を誇る、二年七組最強の女子。

 そして、最も桃川小太郎を信頼していた、彼のパートナーだった存在。

「体の方は大丈夫よ。桜の解毒魔法はちゃんとかかっているようだから」

「私の魔法で毒は治せますが、心は別です」

「双葉さんは……一番ショックだったろう。まだ、一言も言葉を発しない」

 桜が全員を解毒し、小太郎が転移魔法陣で逃げだすまでの騒動の中、双葉芽衣子だけはその場で寝転がったまま、一切動くことはなかった。

 小太郎の捜索に他のエリアを行ったり来たりしていた先ほども、涼子が様子を見に行ったが、どう呼び掛けてもほとんど反応しなかったと語る。

「あの様子では、今日のところは放っておくしかなさそうね」

「……それがいいだろう。無理に手を出せば、何が起こるか。アイツが暴れたら、手が付けられなくなるぞ」

 明日那の懸念は、因縁のせいだけとも言い切れない説得力がある。実際、桜はそれを一番心配しているからこそ、このメンツだけを集めて話をしたのだ。

「今はそっとしておこう。双葉さんは辛いかもしれないが、この先も一緒に俺達と進まないと」

 仲間だから。どんな状態だろうと、見捨てていくなどという選択はとらない。

 そんな覚悟を感じさせる悠斗の言葉だが、裏を返せば、それだけの覚悟がなければ、今の双葉芽衣子に接することはできそうもなかった。

「だ、大丈夫だよ……双葉さんも、きっと元気になってくれるよ」

 上辺だけの楽観的な言葉を小鳥は言う。

 だが、現実的には大丈夫だと困るのだ。

 今の芽衣子には、最大出力で『イデアコード』をかけているのだから。


『イデアコード』:人間の感情や欲望の増幅。抑圧されるからこそふり幅は大きく、一点の雑念こそが全てを塗りつぶす。希望の逃避、上辺の絶望。心の在り方が、現実を変える。


 このスキルは、小太郎に語ったように、その人間が持つ感情を増幅させるものだ。

 芽衣子は、小太郎が裏切ったと思っていない。

 小鳥が『イデアコード』をかけなければ、蘭堂よりも先に声を上げて小太郎の潔白を叫んだだろう。あるいは、武力を持ってでも釈明の場を設けることに成功したかもしれない。

 桜が想定外の覚醒をし、クラスメイト全員を解毒するという不測の事態が発生した瞬間、小鳥が何よりも優先したのは、小太郎の身柄ではなく、芽衣子の制圧だった。

 この狂戦士を自由にさせるのは危険だ。何より恐ろしいのは、これほどの力を持ちながら、小太郎に対して忠実無比であること。

 最悪のコンビだと、小鳥は明日那が決闘に敗れたあの時から思っていた。この二人はまさに、狐の知恵と獅子の力が合わさったようなもの。王者の資質である。

 あの時、自分にできる芽衣子を大人しくさせる方法は、これしなかった。恐らく、これからも『イデアコード』を行使し続けるしか、彼女を止める術はないだろう。

 増幅させたい感情は、大きければ大きいほど効果は増す。理性でもって抑圧される本心や欲望を発揮させるのが、本来あるべき使い方。

 だから、芽衣子にかける『絶望』の増幅暗示は、最大出力でなければ彼女を止めるほどの効果たりえない。

 如何に小太郎を信じる心が大きくとも、流石に芽衣子も「もしかすれば」と思う小さな、本当に小さな疑念が生じた。

 普通ならば、そんな疑念はあっさりと振り切り、全幅の信頼を以って小太郎に味方する。あるいは、本当に彼が望むのならば、大人しく命を差し出すことすらも……

 そんな強烈な芽衣子の本心を撥ね退けて、小太郎に対する疑念、彼が自分を裏切った、という絶望感だけを心で満たさなければ、止められないのだ。

 今の芽衣子は、ひたすら小太郎に裏切られたというショックだけを胸中にリフレインさせ、ろくに思考が回らない状態にある。『イデアコード』をかけることで、どうにかこれを維持できるのだ。

 この先もこのままならば、使い物にならない。

 双葉芽衣子も。『イデアコード』も。

 芽衣子はほぼ心神喪失状態で、戦闘どころか、日常生活もどこまでできるか定かじゃない。

『イデアコード』は最大の威力をもって芽衣子につぎ込んでいるので、他の者に効果を割く余地が全くない。このスキルは封印されたも同然だ。

 小太郎を取り逃がしただけで、大きな枷をかけられてしまった。

 小鳥の内心は、正に腸が煮えくり返ると表現するよりほかはない、憤怒で満たされている。

 人は思い通りに事が運ばないと、怒りを覚えるものだ。特に、格下と思っていた相手に損害を被ると、より一層である。

 そんな小鳥に、火に油を注ぐような報告を、涼子は切り出した。

「さっき、念のために調べたのだけれど……なくなっているの」

「えっ、何がなくなったんだ、委員長?」

「……ヤマタノオロチのコアよ」

 クラス全員の力を結集させ、あの壮絶な死闘の果てに手に入れた、最大の戦利品である。

 小太郎が最終的に破壊したヤマタノオロチのコアは、砕け散った破片という形で回収された。

 ボスのコアを遥かに上回るサイズと密度を誇る、巨大なコアの欠片は複数個、見つけることができた。他にも、細かい破片はあるが、それらは普通のコアと同等か、ちょっと上等か、といった品質だ。

 重要なのは、巨大破片コアの方である。

 次のエリアへ飛ぶ転移魔法陣発動の鍵として、だけではなく、最後にこのダンジョンから脱出するための、天送門を起動する貴重なエネルギー源になりうるものだった。

 そして、涼子が申告したのは、これら巨大破片が全て失われているということ。

 小太郎はとんでもないものを盗んでいった……

「なっ、な、なんてことを! あの男、こんな土壇場でぇ!!」

 という、桜の怒りの叫びが耳に入らないほど、小鳥の頭は真っ赤な憤怒に染まった。

 呪い殺してやる、とはこちらの言葉だ。本当に呪いでも発動しそうなほどに、強烈な憎悪が小鳥の胸中に湧き上がってくる。

「くっそぉ……桃川小太郎ぉ……絶対許さない、絶対ぶっ殺す……」

 その日の晩は、煮えたぎる怒りのあまりに小鳥は一睡もできなかった。

 容易く全ての罪を被せて、都合よく排除できると思っていた、取るに足らない『呪術師』風情に、この『賢者』の深謀遠慮が妨げられたこと。

 プライドが傷ついた、それ以上に、被った損害が全く想定していないほど甚大になったこと。

 疑念の眼差し。封印された『イデアコード』。貴重な巨大コア……この傾いた状況下で、小鳥は神の使命を果たさねばならない。

「大丈夫……小鳥は大丈夫……」

 朝、みんなが目を覚ます頃には、小鳥は自分に言い聞かせて、落ち着かせる。

「だって、小鳥は神様に選ばれた、特別な存在なの……小鳥こそが、蒼真君と結ばれる運命にあるんだから……」

 そうして、小鳥は立ち上がる。

『賢者』として、神の使徒として。

「桃川は殺す。みんなも殺す。小鳥と蒼真君だけ、いればいい」

 狂いかけた計画を、崩れかけた神のシナリオを、賢者の智慧をもって、実現させるために。

 小鳥遊小鳥は、今日も純粋無垢の笑顔の仮面を被って、自分を演じる。

 2020年6月5日


 第15章はこれで完結です。

 実はヤマタノオロチ討伐よりも、小鳥遊の黒幕発覚の方がメインという、今まで一番大きな動きのある章になったのではないかと思います。

 レイドボスを倒し、黒幕も明らかとなり、ダンジョンサバイバルもいよいよ終盤戦に突入といったところです。ただ、小太郎が何度目かの追放状態なので、ここから戻るのもそれなりにかかりそうですが・・・私としては、このダンジョンサバイバルの終わりがようやく見えてきた、といった感じです。

 さて、この15章については、色々とあるので是非とも詳しく語っていきたいなと思いますので、近いうちに活動報告を書きます。

 それでは、次章もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
召喚された時点でということは、リアルに日本にいた頃から、数人、間接殺人で殺してたんかこのクソ賢者。 極悪非道にも程があるだろ。 こいつの最期が楽しみになってきたよ。
条件が揃ってたとは言えイデアコード凄いね。 桜ァァァ!と思っちまったよ。というかエリアヒールみたいに範囲だから除外できなかっただけって可能性を考えてしまうのは今までの積み重ねだよね。 レムの鎧の中身は…
[気になる点] 操れるになるとは
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