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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第15章:ヤマタノオロチ討伐戦
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第242話 裏切り者(1)

「――なんだ、コレ」

 不意に目が覚めると、まず目に飛び込んできたのは薄暗い広間の天井。見慣れたってほどではないけれど、学園塔5階の密会部屋だということは、すぐに分かった。

 それと同時に、僕の視界にはもう一つの景色が映り込む。

 明るい光に満ちる、2階妖精広場。

 大テーブルにはメイちゃんが腕によりをかけて作り上げた、ご馳走の数々が並ぶ祝勝会の会場で――クラスのみんなが、血を吐いて倒れていた。

「はははっ、あははははははははははは!」

 それを、僕は笑って見ている。

「なんだ、どうなってる!? これは……コイツは、まさか分身が」

「あっ、おはよー、桃川くーん。やっと目が覚めた?」

 やけに能天気な声が、頭の上から降ってくる。

 なんだよ、お前のそんな楽しそうな声、初めて聞いたぞ。

「小鳥遊ぃ……お前の仕業かぁ!」

 小鳥遊小鳥。

 奴は実に上機嫌な笑顔を浮かべながら、密会部屋に設置したテーブルに腰を掛けて、床に転がっている僕を見下ろしていた。

「え? 小鳥はなーんにも、悪いことはしてないよ。全部、桃川君が悪いんだから」

「なん……だと……」

 ふざけやがって。

 この状況は、間違いなく小鳥遊小鳥の手によるものだ。

 思い出せ……まず、僕は祝勝会が始まる前、回収したヤマタノオロチ素材を整理していた。

 全部集めたらそこそこの量になったし、なにより、転移魔法陣の発動につぎ込んでも、お釣りがくるほど大きなコアの破片が残っている。

 この機会にレムの大幅な強化も、なんて色々と考えていたところに、もう祝勝会を始めるからと姫野が呼びに来てくれて、僕は一緒に作業していた小鳥遊と簡単に整理してから、2階への階段を登りかけ――そこで、意識が途切れた。

 次に目覚めたら、この有様。

 僕本人は5階密会部屋に転がっていて、そして、どうやってか僕の分身が、僕になりすまして妖精広場に立っている。

 血を吐いて倒れたクラスメイト達を、高笑いを上げて分身の僕は見下ろしている。

 傍から見れば、どう考えても毒殺を計った犯人である。

「状況は理解してる? それとも、まだ寝ぼけてるのかなー」

 くそ、妖精広場にいる分身の、操作が効かない。

 こうして視界は繋がっているのだから、間違いなく僕の『双影』だけど、見える以外には全く、あらゆる操作ができない。僕の分身なのに、指一本、動かせないとは。

 あの分身は完全に小鳥遊に操られているようだ。

 一体どういうカラクリだ。まさか見ただけで相手の技をコピーできるチートスキルがあるとは思いたくないけど……いや、確か一度だけヤマタノオロチに監視をつけていた僕の『双影』が寝ている内にやられたことがあった。ガーゴイルに不意打ちされたと思ったけど、恐らく、その時に確保されたのだろう。

 コピースキルがあるというよりは、発動している相手の技を乗っ取る魔法、と言う方が現実的だ。僕と視界共有が生きていることから、あの分身は僕本来のモノなのも間違いないし。

 クソ、この時のために、小鳥遊はずっと僕の分身をどこかに隠し持っていたのか。

 こうして本性を現すまで、察せなかった僕の落ち度だ。

 しかし、今更後悔しても始まらない。

 小鳥遊の裏切り行為になんざ、まんまとやられて堪るか。何としてもここから逆転しなければ。

 明らかに僕だけを狙い撃ちにした裏切りに、怒りで我を忘れそうになるほどの感情も荒れ狂っているが、現状の圧倒的に不利な状況が、かえって僕に理性をもたらす。

 いつだってピンチを切り抜けるのは、冷静な思考の果てに見出す僅かな活路。考えることをやめれば、僕なんて簡単に死ぬし、殺される。

 だから、落ち着け……僕がまだ生きている以上、できることはあるはずだ。

 ひとまず幸いなのは、僕本人の方には何の問題もなさそうなところ。

 何らかの方法でエントランスで気絶させられたようだが、痛みはないし、体に痺れも感じない。後遺症はなく、五体満足。

 そりゃそうか。僕を傷つければ、その分も自分の身に返るのだから。

 小鳥遊を警戒しながら、まずはゆっくりと立ち上がる。

 立ち上がりながら、魔力を巡らせて、呪術をいつでも使える様に準備する。

 愚者の杖とエアランチャーは武器庫に置いてあるから手元にないけれど、マジックアイテムで強化した学ランと、呪術用グローブはつけているから、全く無防備ってほどでもない。

 あとは、レムを呼び戻せればいいのだが……

「小鳥、桃川君のそーいうところ嫌いだなぁ。もう反撃する気でいるでしょ? フツーさぁ、もっと焦るとか、慌ててくれてもいいと思うな」

 実に不満気な表情は、いつもの見慣れた小鳥遊の顔だ。

 まんまと陥れられた僕が、慌てふためいて命乞いでもして欲しいのだろうか。

 屈託のないあどけない顔が、僕にはかえって狂気的に思えるね。

「でも、無駄無駄、無駄だよ。小鳥だって、ちゃんと準備してきたんだから」

 この状況になった以上、もう僕がどう足掻いても無駄だと言いたいのだろう。

 そりゃそうか。こんな大それた行動を起こしたんだからな。しかも突発的な犯行ではなく、用意周到に練られた計画的犯行なのは明らかだ。

 いつからだ……小鳥遊、お前はいつから、この裏切りを企んでいた。

「――『黒髪縛り』」

「だからぁ、無駄なんだってぇ」

 馬鹿みたーい、と笑う小鳥遊に向かってひとまず『黒髪縛り』をけしかけるが――まるで、その体は幻であるかのように、黒髪はすり抜けて行く。

「小鳥も持ってるんだよ、分身する技。でも『投影術』は使い道が今まで全然なかったから、熟練度も上げてないけどね」

「ちっ、ホログラムみたいなもんか」

 なら、本物の小鳥遊本体は……クラスメイトに混じって、一緒に倒れている方か。

『投影術』は姿だけ別な場所に映し出し、見聞きして喋り、移動することができる効果だと思われる。僕の『双影』と違って実体がないから、本人と偽ってみんなの前に出すわけにはいかないだろうからね。

 隔離した僕とのお喋り用に、わざわざ設置していったのか。

「だったら直接、本体のお前に聞いてやるよ」

「扉を閉めて」

 小鳥の声に応じて、ズズズズ、と密会部屋の扉が閉ざされた。

 ここには扉なんてなかった。単にスライド式で隠れていただけなのだろうけど、それを操作する方法は誰にも分からなかったが、

「くそ、お前は学園塔の機能も操れるのか」

「それなりにね? だって小鳥、『賢者』だし」

 ここにいる小鳥遊が単なるホログラムなら、無視して妖精広場まで向かい、毒を盛られて倒れたと思われるみんなに解毒して、小鳥遊本体を捕まえようと思ったけど、そう簡単に行かせはしないということか。

 一応、扉に駆け寄って触ってみるが、素手で動かせる様な扉ではない。

「桃川君、折角の機会なんだし、小鳥ともっとお喋りしようよ。聞きたいこと、沢山あるでしょ?」

「……」

 密会部屋の唯一の出入り口が扉で閉ざされた以上、僕はここに閉じ込められたも同然だ。

 それでいて、ホログラムの小鳥遊には、僕へ攻撃する手段もないはず。

 どこにも行けないのなら、小鳥遊の話に乗って、少しでも情報を集める方がいいか。そして、機を待つ。

「みんなを殺したのか」

「小鳥じゃないよ。殺すのは、桃川君の役目」

 そりゃあ、みんなから見れば、僕が毒を盛ったようにしか見えないだろう。

 分身を利用されて冤罪を仕立て上げられるとは、全く予想もしなかった。けど、まずはみんなの命の方が重要だ。

 まだみんな死んではいないようだが、このまま解毒せずに放置しておいたらいつまでもつか分らない。

「大丈夫、すぐには死なないよ。デスストーカーの毒は麻痺の方が即効性で、殺傷力を発揮するのは遅いから。三日くらい苦しんで、それから死んじゃうんじゃないかなぁ」

 コイツ、僕の目を盗んでデスストーカーの毒をちょろまかしやがったか。

 夏川さんの『デススティンガー』を作ったのは小鳥遊だから、幾らでもやり様はある。

「ふふふ、毒薬を作れるのは桃川君だけじゃないんだよ。というか、『賢者』の私の方が上手に作れると思うな」

 その毒薬精製だって、コイツが隠し続けた力の一つだ。

 小鳥遊小鳥、お前はどれだけ『賢者』の力を隠している……元から怪しいと見てはいたが、想像以上に底の見えない怪物だったとは。

 まったく、僕も人を見る目がないね。

「お前は、クラス全員殺すつもりか。殺してどうなる。言っただろう、ようやく全員で生還できる道が見えて来たっていうのに」

「別に小鳥はみんなが生きても死んでも、どっちでもいいんだけどね。でも、死なないといけないのは、決まっていることだから」

「決まってる、だと……そんなの、誰が決めたって言うんだ」

「うーん……神様、かな?」

 とんだ邪神もいたもんだ。おい小鳥遊、お前に天職を与えた賢者の神は、世界を滅ぼすラスボス系の邪悪なクソヤロウだぞ。

 今すぐ慈悲深いルインヒルデ様に改宗しろ。

「ねぇ、桃川君はさ、知ってるんでしょ? 神様の名前」

「呪術の神のことか」

「そうだよ。その呪いの神様と直接会えるし、お喋りもできる。違う?」

「それがどうした」

「普通は神様と話すことはできないし、名前も分からないよ。みんな、誰も自分の神様のことは言わないでしょ?」

 どうやら自分が割と特殊な事例、というのは何となく察していた。

 メイちゃんに聞いても、天職を授かった時は一言だけ神様の声らしきものを聞いたというし、『狂戦士』の時は女神っぽい女性の声だった、と。

 他のみんなも、同じような感じだと聞いている。つまり、みんなにとって神の言葉は一方的なシステムメッセージのようなものだ。

 だが、僕はルインヒルデ様には暗黒の神様時空に新呪術を授かる度にお呼ばれするし、褒められたり、意味深に不吉な言葉を残されたりと、かろうじて会話のキャッチボールが成立しているほどだ。

 それが分かるということは、小鳥遊も、

「――『エルシオン』。それが小鳥に天職『賢者』を授けてくれた、神様の、えーっと、女神様かな、その名前だよ。桃川君のは?」

「……『ルインヒルデ』だ。覚えておけ、お前は呪われる」 

「あはは、知らなーい! 小鳥でも知らない神様ってことは、すっごいマイナーな弱小神様だよ。もう信仰途絶えているんじゃないかなー?」

「お前、どれだけ神から教えてもらった。知っているのか、この異世界のことも、僕らがダンジョンに飛ばされたことも、全部!」

「うん、知ってるよ。だって小鳥は、ゲームマスターだから」

 ゲームマスター。通称『GM』と略される、TRPGなどでゲームの進行を取り仕切る役目のこと。

 ゲーム。ゲームだと……このダンジョン攻略が、ゲームだって言うのか。

「ふ、ふざけんな……ゲームマスターだって……それじゃあお前は、今まで僕らが死ぬ気で戦ってきたことを、黙って見てやがったのか!」

「そうだよ、小鳥はみんなの攻略を見守ることがお仕事だから」

「邪神の手先め……それとも、お可哀想に洗脳でもされてるってのか?」

「小鳥は選ばれたんだよ。蒼真君と同じようにね」

「やっぱり『勇者』は特別扱いか」

「うん、勇者は特別。というより、蒼真君が特別なんだけど」

「それじゃあ何か、僕らは『勇者』蒼真を育てるための、ただの引き立て役ってことかよ」

「さっすが、桃川君! 理解が早いよね。それとも、こういうの漫画とか読んだことあるのかな、オタクだし?」

 残念ながら後者が正解だ。僕がどれだけ異世界ファンタジー作品を読んできたと思っている。

 召喚した地球人を奴隷のように扱う異世界、なんてのも定番の一種である。

 二年七組がクラスごと異世界転移されたのは、単なる偶然ではなく……僕ら全員を利用するためだったということだ。最悪の設定パターンを引き当てるとは、ホントにリアルはクソゲーだよ。

「ダンジョンの難易度が調整されるのも、僕らが絶妙のタイミングで合流するのも、全て勇者育成のためか」

「そう、必要なのは勇者だけ。他の人はいらないの」

「だから殺すのか」

「小鳥だって、心は痛むんだよ? クラスのみんなは、このダンジョンの中で一生懸命に戦って、それでも力及ばず倒れる……そういうカッコいい運命だったのに、こんな風に暗殺しなきゃいけなくなったのは、全部、桃川君のせいなんだから」

「僕が何をしたっていうんだ」

「まさか本当に、ヤマタノオロチを犠牲者ナシで倒すなんてね。小鳥、今でも信じられないよ」

 その物言いは、知っていたのかよ。ヤマタノオロチがどうして、規格外のレイドボス級の力を誇っていたのか。

 どう考えても今の僕らの適性攻略難易度を上回る強さは、僕らをここで殺すために。

「お前がヤマタノオロチも用意したのか」

「小鳥にそこまでの権限はないよ。アレが生まれたのは神様のご意志だし、小鳥はみんなを見守りながら、必要だったらちょっとだけ『修正』するくらいだからね」

 あまり表だって、神の望み通りの展開になるよう行動することはない。そもそもゲームマスターであることは隠さなければいけない。

 ならば、あくまでクラスメイトの一員を演じる小鳥遊は、ソレと悟らせずに動かなければならないだろう。

 そう考えれば、怪しいところは思い当たるな。

「剣崎が僕を突き飛ばしたのは、お前の仕業か」

「アレは明日那ちゃんが望んだことだよ。私はちょっとだけ、その気持ちを強くしてあげただけなの」

 心を操る魔法を持っていたのは、小鳥遊だったか。

 馬鹿だなぁ、剣崎、お前はまずずっと一緒にいた親友を疑うべきだったな。

「思い通りに洗脳できるほど強力じゃあないな。なるほど、ソイツの思っているコトを増幅して、理性で躊躇するような真似でも、実際に行動を起こさせるってワケか」

「それだけの能力が発揮できるように、熟練度上げるのも大変だったんだから。『イデアコード』っていう賢者専用スキルなんだけど、桃川君には見えてるのかな?」

「鑑定スキルなんかなくても推測くらいできるさ。お前はチートスキル頼みで、別にお前自身が賢いワケじゃあないんだよなぁ」

「桃川君、やっぱりヤマタノオロチと一緒に死ねば良かったのに」

「その『イデアコード』とやら、僕には効きがイマイチだったみたいだね?」

 効果の推測を確信できるのは、僕自身がこのスキルにかかっていたからだ。

 僕がヤマタノオロチのコアを『痛み返し』の自爆戦法で破壊しようと思ったのは、僕の意思ではなく、『イデアコード』の強制力に違いない。

 元から、自爆すれば勝てるだろう、僕一人犠牲になればメイちゃんも蘭堂さんも含め、全員助けられる、という自己犠牲精神も僅かながら存在していた。

 でも素面の僕がその自己犠牲を許容することはありえない。

 だが、それをひっくり返すのが『イデアコード』の力。

 自分でも不思議な直感、そうしなければ、という思いの根源は、無意識に自己犠牲の感情が増幅されたからだ。

 でも、僕が土壇場で一発逆転の必殺呪術を思いついたものだから、自爆を強いる効果を上回る精神力と理性が戻ったのだろう。

「ホントにね、これだから神様に愛されている人は厄介なんだよね」

「ああ、そうさ、僕にはルインヒルデ様の加護がある。いつだって、僕はこの呪術の力で危機を乗り越えて来たんだ」

 なので、この場を一発逆転しつつ裏切り小鳥遊をギャフンと言わせられるような、凄い呪術が欲しいんだけど……ダメですか……

「ふふふ、でも残念だったね。桃川君はどう足掻いてもここでお終いだよ」

「だから、こうしてベラベラと余計なことをお喋りしているんだろう」

「そーだよ、ずっと秘密にしたまま、みんなに合わせて馬鹿みたいにダンジョン攻略で一喜一憂しているのも、ストレス溜まるんだから。誰かに話すだけで楽になれるって、ホントのことだよね」

 僕はロバの耳、と叫ばれる穴代わりか。

「それに折角、桃川君をようやく始末できる時が来たんだから。何も知らないままあっけなく死んじゃったら、つまらないでしょ?」

「その点は感謝してるよ。お蔭で、知りたいことが分かったからね」

「それなら、ゲームマスターの小鳥の気持ちも分かってくれるかな? 桃川君、すっごい邪魔で、目障りだったよ。最初に死ぬはずだったモブキャラが、何でしつこく生き残ってる上にでしゃばってくるのかなって」

「最初に死ぬ……ってことは、クラスメイトが死ぬ順番も決まっているのか」

「別に、勇者育成のためのシナリオは細かく決まってるワケじゃないよ。私はみんなの初期ステータスだけは見れたから、分かるんだよね。桃川君は才能ないから、どの天職も適合できずに死ぬはずだったんだけど……ルインヒルデとかいう私も知らない弱小神が目をつけるなんて、思わなかったよ」

「様をつけろよデコ助ヤロぉ!」

 僕のルインヒルデ様をディスった小鳥遊を反射的に怒鳴りつけながら、僕は思い出す。

 初めて天職を授かったあの時を。いいや、その後のことか。

「天職はあの魔法陣を使えば誰でも必ず授かるモノじゃない。失敗する、ダメだった場合は、死ぬんだな」

「ウチのクラスはホントに優秀だったよ。いくら異世界召喚者でも、42人もいて死んだのは高島君だけなんだから」

 やっぱり、高島君があの森の中で、魔法陣ノートを開いたまま妙な死に様を晒していたのは、そういうことか。

 小鳥遊の物言いを鑑みると、天職を授かるあの魔法陣は、普通はかなりリスキーで、僕らのような召喚者の成功率は現地の異世界人よりも高いのだろう。しかし、失敗率は決して0ではなく、クラス全員に使わせれば確実に犠牲者が出るような代物ということか。

 地味にちゃんと異世界召喚による特典というか補正というか、そういう強みってあったんだな。

 だからといって、死の危険があることに何の説明もなく、魔法陣を使え、と言いやがったあの校内放送には、そこはとない悪意を感じさせる。

 小鳥遊がゲームマスターだと言うならば、僕らを召喚したと思しき異世界人、恐らくアストリア王国の奴らとも、繋がりがあるのだろうか。

「あの異世界の王国がどう思ってるかは、小鳥は知らないよ? 小鳥はあくまで、神様の言うことに従っているだけだから」

「僕らを召喚したのは、お前のエルシオンとかいう邪神のせいで、本当に王国は無関係なのか」

「そんなのどうだっていいじゃない。大事なのは勇者だから」

 確かに蒼真君は強いけど、ヤマタノオロチを一人で倒せるほど圧倒的な力ではない。

 あくまで、天職としてかなり強い能力を持っている、くらいの範疇に収まっている。

 一体、天職『勇者』の存在にどんな特別な価値があるというのか。

 あるいは、蒼真君にも何か秘密があるのか。

 どんな理由があるにせよ、その勇者を育てるためだけに、僕らクラスメイトを犠牲にして糧としようなんて陰謀、許せるはずもないけれど。

「ううん、あるよ、勇者には、蒼真君には、みんなが犠牲になるだけの価値が。だって、神様が求めているのは勇者だけだから。そして、その資格があるのも蒼真君だけ」

「神様のお気に入り、か。クソみたいな理由が出てきたもんだ」

「神様のご意思は絶対だよ? 他に優先するものなんて、何もない」

「小鳥遊、お前そんなに信心深かったのか。この邪教徒め」

「小鳥は別に、みんなと同じように神様なんて心から信じてはいなかったけど……この異世界には実在するって分かったから。それに、小鳥のことを選んでくれた」

「おいエルシオン、明らかに人選ミスだぞ。今すぐ僕にゲームマスターの権限を寄越せ。最強のチート勇者を育ててやるぞ」

「ふふふ、ダメだよ、神様は蒼真君と小鳥を選んでくれたんだから。これは運命なの。誰にも変えられないし、変えさせない」

「……驚いたな。お前、本当に蒼真君に惚れてたんだ」

「小鳥に相応しい男は、この世で蒼真君だけだよ」

 あちゃー、コイツ女王様気取りだよ。とんでもねー地雷女だな。

 蒼真君、悪いこと言わないから、君のハーレムメンバーから一人を選ぶなら、僕は夏川さんをオススメするよ。

 甘いモノさえ与えておけば満足する、チョロくて可愛い盗賊だよ。

 他の女は地雷すぎる。

「だから、小鳥は本気で怒ってるんだよ。桃川君がウザすぎて」

「僕から言わせると、蒼真君が頼りにならないのが悪いんじゃないの? そもそも、勇者育成シナリオ的には、蒼真君が率いて挑めば犠牲確実だったみたいだし」

 一方、僕の作戦は大当たり、ってほどではないけれど、結果的には犠牲者ゼロで大勝利だ。

 どちらの作戦指揮が優れていたか、なんてのは比べるべくもないと思うけどね。

「分かってないなぁ。クラスメイトなんて雑魚をいくら生かしたところで、意味なんてないんだよ」

 つまるところ、僕らは生贄なのだ。神によって選ばれた生贄。

 その命を捧げるからこそ、意味がある。死なない生贄に、意味はない。

「悲劇的な犠牲者がいるから、勇者の力は目覚める」

 つまり、僕の活躍は勇者の、いわば覚醒と呼ぶべき新たな力の目覚めを妨害する行為なのだ。

 死にたくない。誰も死なせたくない。

 その意思こそが、女神エルシオンに対する反逆だと言うならば、

「だからね、桃川君がいくら頑張っても邪魔なだけなの」

 小鳥遊は心底蔑んだような目を僕に向けて、言い放った。

「――呪術師は勇者になれない、んだよ」

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― 新着の感想 ―
タイトル回収!!素晴らしい
[良い点] タイトル回収に鳥肌が立ったことです。 話しの核心に触れたことです。 ルインヒルデ様の好感度が益々上がったことです。 [一言] 不快な人物ぞろいの勇者ハーレムで、主人公による蒼真君と夏川…
[良い点] 〉お前はチートスキル頼みで、別にお前自身が賢いワケじゃあないんだよなぁ マジでこれが真理。 アホな女神は、アホな同類である地雷女がお好きなんすなぁ。 そして、悲しき犠牲者高島君。 …
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