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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第15章:ヤマタノオロチ討伐戦
246/521

第241話 祝杯を掲げて

 翌日、学園塔二階妖精広場に、全員が集まった。

「それでは、ヤマタノオロチ討伐の記念を祝して――」

 乾杯! の声が広場いっぱいに響き渡る。

「今日はいい食材を惜しみなく使ったから、みんな沢山食べてね」

 と、にこやかに語る双葉さんの前で、早速、腹を空かせた男子たちががっついている。

 かくいう俺も、その中の一人なワケなのだが……むっ、このロイロプスのステーキ、いつもより柔らかい。今まで食べてきたのとは違う部位なのか。いい食材、と言うだけある。

「兄さん」

「ああ、桜」

 上等な部位のステーキに齧り付いていると、桜が俺の元へとやってきた。

 彼女の手には、お上品に盛られた緑のサラダが。

 女子ってのは、こんな環境にいてもダイエットに気を遣うらしい。

 桜、お前は十分に細いし、蒼真流の鍛練も続けて鍛えているんだから、もっと肉食べた方がいいと思うがな。

 明日那を見習え。俺と同じように分厚いステーキに食らいついているぞ。

「本当にお疲れ様でした。今更、ですが」

「いや、桜の方こそ」

「いえ、私はほとんど何もできなかったようなものです……結局、兄さんの力がなければ、ヤマタノオロチは倒せませんでしたし」

「あのタイミングで『天の星盾セラフィック・イージス』が覚醒したのは本当に幸運だったよ。でも、俺がダメでも、龍一が何とかしてくれたさ」

 俺と同じように、龍一はあの時、さらに『王鎧』の力が進化したようだった。

 今までは右腕だけを覆う漆黒の装甲だったのが、左腕にも装着されるようになっていた。

 右腕とは違い、より分厚く大きな装甲を纏った左腕の『王鎧』は、ヤマタノオロチのブレスを防ぐだけでなく、さらに一部を反射させて、反撃までしていた。

 俺の『天の星盾セラフィック・イージス』は、反射はできなかったが、ブレスの一部を吸収して自分の魔力に変換しているようだった。

 お蔭で、消耗の激しかったあの終盤にあっても、最後まで全力で戦い続けることができた。

 俺も龍一も、どちらもブレスを真っ向から防ぐだけの技を得たからこそ、あの場は凌ぎきれたと思う。

「それでも、一番活躍したのは桃川だ。今回ばかりは、アイツの働きには敵わないよ」

「そんな、兄さん……」

「桜、お前もいい加減、桃川に反発ばかりするのはやめろ。確かにアイツには忘れられない恨みはあるが……それでも、俺達がヤマタノオロチを倒して、この日を迎えられたのは桃川の功績だ」

 学園塔での生活が始まった頃、俺はずっと疑いの目でアイツを見てきた。

 何かを企んではいないか、みんなを利用しているだけではないかと。

 怪しいところは沢山あったが、それでも、桃川はヤマタノオロチ討伐という確かな成果を上げてみせた。誰一人として、犠牲者を出さずに。

 それだけは、紛れもない事実である。

 そして、これは俺の力だけでは、決して成し遂げられなかったことでもある。

 クラスをまとめあげたのも、全員が一丸となって挑む作戦を立てたのも、そして、最後に不測の事態が発生しても、見事に切り抜けてヤマタノオロチにトドメを刺したこと。

「そう、かもしれませんね……でも、私はただ桃川を嫌っているから、こんなことを言っているだけではないのです」

「そうなのか? なら、どうして」

「きっと、怖いんだと思います」

「怖い、か」

「ええ、今回のことで、よりその思いが深まりました。桃川は本当に、クラス全員を率いて、あの強大なヤマタノオロチを倒した……そんなことができる彼が、レイナを殺したこと。私や兄さんを、油断なく警戒し続けていること」

「……気持ちは分かる。けどな、俺達は一緒になって死線を乗り越えたんだ。クラスはこんなにもまとまって、ダンジョンからの脱出だって、実現可能な算段もついた」

「ええ、分かっています。余計な疑心暗鬼になるような真似を、するつもりはありません」

 あまり気分の晴れない表情の桜だ。

 きっと、討伐であまり活躍できなかったことも影響しているのかもしれない。

 事実、自分では壊せなかったコアを、桃川が一人で破壊したのだ。

 アイツはどんな手を使ってコアを割ったのか、結局、聞いてもはぐらかされて答えなかったが……桃川、お前、そういうところだぞ。

「あまり気に病むな。桜、今は楽しめよ」

「はい、そうですね。そうさせてもらいます」

 そして、桜は俺が食べていたステーキの端っこをちょっとだけ切って、自分の皿に盛って明日那達の方へと戻って行った。

 まったく、俺が食べているモノを一口欲しがる癖は、子供の頃から変わらないな。

 そんなことを思いながら、俺は別なグループの方へと移動した。

「下川」

「お、おう、なんだよ蒼真」

 あまり俺から声をかけることはないせいか、若干、身構えた様子の下川だ。

 相変わらず上田と中井の二人と一緒だ。

 けど、道中で長く一緒になっていた山田とも交友を深めたようで、彼も一緒に座っていた。

「まずは、お疲れ様。桜を守ってくれて、ありがとう」

「別に、俺はなんもしてねーべ。自分の仕事をやっただけっていうか」

「そっちの方も、かなりの激戦だったと聞いている。そんな場所で、一歩も退かずに戦い抜いてくれたんだ。感謝するには十分すぎるよ」

「そ、そうかよ……あんま褒めんなよ、慣れてねーんだからよぉ」

 満更でもない、というように顔を背ける下川。照れているのか。意外と可愛いところもあるんだな。

「山田も、ありがとう。傷の方は大丈夫か?」

「ああ、別にこんくらい、なんともねぇよ。俺は頑丈だからな」

 ぶっきらぼうに言いながら、包帯が目立つ山田はテーブルの上に広げられた、薄らした白身の刺身を食べていた。

 そのフグの刺身みたいなやつ、美味そうだな……まさか、桃川が供物にも使ってたフグみたいな猛毒魚じゃないだろうな……?

 それはともかく、山田は『重戦士』として、文字通りに体を張ってガーゴイル軍団を止めてくれたようだ。大型を複数体相手に、苛烈な攻撃に晒されながらも耐え抜いたのは、その傷痕が何よりの証明だ。

 桜達と共に岩山から降りてきた時は全身血まみれで鎧もボロボロだったな。

 よく生きて帰って来てくれたと思う。

「おいおい、蒼真、俺らにはなんもなしかぁ?」

「俺達だって、命張って頑張っただろーがよー」

「お前らは最後、怪我して寝てただけだろう」

「おい、ふざけんな!」

「ちゃんと最後まで戦い抜いただろーがよ!」

「ははは、冗談だ。二人も、傷の具合はどうだ?」

「俺は桜ちゃんに手ずから治癒してもらったからな。もう全然へーきだぜ」

「そのようだな。痛い痛いって泣いていたのが嘘みたいだぞ」

「それは言うなや!」

「俺が塹壕まで引きずって運んでやったんだぞ、もっと感謝しろよ」

「うるせぇ、その後は俺がお前の傷にポーションかけてやったんじゃねぇか!」

 すぐに上田と中井の小突き合いが始まる。ワイワイと実に仲の良いことだ。

 小鳥の一件で、この三人には悪感情の方が強かったが、やはり共に死線を乗り越えると仲間意識の方が強くなってくる。

 過去の憎悪に囚われるべきじゃない、というのは、きっとこういった関係性が未来にあるからなのかもしれない。

「おーい、明日那、中嶋」

「蒼真、やっと来たか」

「……やぁ、蒼真君」

 次に俺が向かったのは、明日那と中嶋の師弟コンビだ。

「二人ともお疲れ様」

「いや、結局最後は蒼真の勇者の力に頼ることになってしまったからな。自分の未熟を恥じるよ」

「なにを言ってるんだ。明日那がいなきゃ、とっくにあそこの戦線は崩壊していた」

「あー、ゴメン……俺のせいで、封印も破れちゃって」

「中嶋、アレは誰の責任でもない。脱皮して封印を抜け出してくるなんて、誰にも予測できなかったんだからな」

 中嶋は三つ首の封印が解かれたことを、随分と気に病んでいるようだった。

 だが、言葉通り、あれはどうしようもないことだと思っている。責めるつもりはないさ。

「それに、最後はこっちに駆けつけてくれただろう。助かったよ」

「当然のことだよ。あれくらいしないと」

 委員長率いる封印部隊は、三つ首が解き放たれるとすぐに退いて、俺達の方へと合流してきた。

 正しい判断だと思う。封印にこだわって、無理に三つ首に攻撃を加えていれば、そのまま全滅していたかもしれない。

 全員無事にあの場を脱し、俺達へと合流してすぐ戦闘に加わってくれたのは、あの状況下では最善の行動だと思う。流石は委員長だ。

「中嶋はこれから、すぐにもっと強くなっていくさ。その成長性は見ていて信じられないくらいだ、本当に凄い才能があるよ。明日那も、いつまでも師匠面はできないかもな」

「なにを、私とて鍛錬は怠っていないし、実戦を重ねて剣崎流をさらに極めるんだからな。お前の方こそ、私に抜かれないよう油断するんじゃあないぞ」

「大丈夫だ、なんたって俺は『勇者』だからな」

「調子に乗るな!」

「ははは、やめろって」

 ほどほどに明日那と小突きあってから、俺は次のグループへと向かうことにした。

「ああっ、蒼真くぅん!」

「なんだよ蒼真?」

「珍しいじゃん、アタシらに寄ってくるなんて」

「野々宮さんも芳崎さんも、お疲れ様。見舞いもかねて、ってところかな」

 二人は上田と中井、それから山田ほどではないけれど、負傷をしている。ヤマタノオロチが放った光矢の雨を、完全に防ぎきることはできなかったのだ。

「蒼真くーん!」

「あっ、姫野さんもいたんだ」

「私の扱い酷くない!?」

 いやぁ、それはちょっと、自業自得というか……いくら俺でも、人によって適切な対応はとらせてもらうから……

「もう傷はほとんど塞がったみたいだね。良かったよ」

「まぁ、アンタの妹には世話んなったから」

「怪我して回復役のありがたみを実感って感じ?」

「感謝していた、って伝えておくよ」

 負傷時には、姫野さんの回復とリポーションの服用もしていたので、処置は問題なく行われていた。

 けど、桜がいるなら、すぐにその場で治すことができる。自然治癒を待つより、即座に治った方がそりゃあありがたい。

「姫野さんのお蔭で、みんなも重傷にならずに済んだよ。ありがとう」

「うん、そう、そうだよ! 私すっごい頑張ったんだよぉ!」

「ああ、『応急回復ファストヒール』を習得したんだ、本当に頑張ったと思う」

 姫野さんは何とかヤマタノオロチとの決戦前に、『微回復レッサーヒール』の上位にあたる治癒魔法『応急回復ファストヒール』を習得したのだ。

 桃川によるゴーマを繰り返し痛めつけては回復させるという、非人道的な修練法によって。

 姫野さんという成功例が出てしまったことで、あのおぞましい方法の実用性が証明されたことは、喜ぶべきか、忌むべきか、悩みどころである。

「ああああー蒼真くぅーん!」

「おい姫野、グラス空だぞ」

「早く注げよなぁ」

「あっ、はい、すみません……すぐやります……」

 瞬時にポーション瓶に入ったドリンクを、二人のグラスに注ぐ姫野さん。

 こういう扱いは、風紀委員として注意するべきか。

「二人とも、あんまり姫野さんをいいように使わないように」

「いいじゃんいいじゃん、私ら怪我人だし」

「そうそう、介護だよ介護。あー、腕が痛むわぁー」

「ほどほどにしてくれよ――そんなことより」

「そんなことよりって酷くない!?」

「龍一はどこ行ったんだ?」

 宴もたけなわといったところだが、気が付けば龍一の姿がどこにも見えなかった。

 まさか、もう部屋に戻って寝た、なんてことはない。アイツはなんだかんだ、こういう場では最後まで残るタイプなのだ。

「天道君なら、一服してくるって」

「一階のエントランスじゃない?」

「そうか。今日は委員長には黙っておいてやるか」

 無礼講だしな。

 タバコを吸いに行っただけなら、ほどなく戻って来るだろう。

「みんなー、今日は無礼講よ! 桃川君が秘蔵の一本を開けてくれるわ!」

「な、なんだって!?」

 振り向き見れば、ニコニコ笑顔の委員長と、いつもの野良ネコみたいなふてぶてしい表情で、大きな瓶を抱えた桃川がいた。

 アイツ、まさかアルコールを解禁するつもりか!

「おい、よせ、委員長! 桃川もやめろ! あの日の悲劇を忘れたのか!」

「なによ悠斗君、いいじゃない今日くらい飲んだって」

「そうだよ、蒼真君。こういう時に飲まないと」

「いいぞー桃川ぁ!」

「桃川君! 私の蜂蜜酒はぁーっ!」

 いかん、すっかりみんな飲む気分になっているぞ。

 よりによって、龍一が席を外しているこのタイミングで酒が出て来るなんて……止められる奴が誰もいないじゃないか。

「ま、まぁ、兄さん、これは仕方ないかと思います」

「おいおい、桜まで」

「いざとなったら、私がすぐ解毒しますから」

「た、頼んだぞ……」

 もうあんなのは御免だからな。

 まったく、桃川も案の定、酒を造り続けていたか。そんな気はしていたが。

「――さぁ、全員にグラスは渡ったかな」

 と、桃川は手ずからみんなに秘蔵の酒とやらを注いで周り、俺を含めて全員の手に酒が行き渡った。

 いつもの学級会みたいに、黒板の前に委員長と並んで、桃川が立つ。

「それじゃあ、僕らの未来に、乾杯」

 そして、音頭と共に酒を飲む。

 これは、なんだ……ワイン、のような、けど違うような。不思議な味の果実酒だ。

 芳醇な風味と濃厚なアルコールの香り。だが、スっと溶けるように喉を通っていく。

 うん、美味い。

 桃川が秘蔵と言うだけあるってことか。

 思わず、一息で飲み干してしまったが、それは他のみんなも同じだったようだ。

「兄さん、実は私、初めてお酒を飲みましたけど……美味しいですね」

「ああ、凄い美味いよ、この酒は」

 そんな風に、口々に酒の感想をみんなが笑顔で語り始めた、その時だった。

「うっ、ぐ……んはぁ!」

 苦しげな呻き声を上げたのは、委員長。

 うっかり気管にでも入ったかのように、激しくせき込み――血を吐いた。

「なっ……委員長!?」

「ぐうぅ、がぁ、ゲホっ!」

 全員の前で、委員長が苦悶の表情を浮かべて、激しく口から血を吐き出す。

 なんだ、一体、委員長の身に何が起こったというんだ。

 こんなの、まるで毒でも盛られたかのような――

「ま、まさか――っ!?」

 腹の奥から込み上がってくる、重い塊のような感覚。

 まずい、と思った次の瞬間には、俺も口から血を吐いていた。

 俺だけじゃない。気が付けば。隣の桜も、他のみんなも、倒れている。

「ぐがっ、は、はぁ……」

 息ができない。

 窒息したような苦しみに、俺もついに膝を屈する。

 口からは吐血混じりに荒い息を吐くだけで精一杯で、とても言葉は出てこない。

 けれど、俺は顔を上げて、確かに見た。

「ふっ、ふふ、はははは――」

 艶やかな黒い髪をかきあげて、少女のような童顔で、ソイツは笑っていた。

「はははっ、あははははははははははは!」

 桃川小太郎。

 奴は、血を吐いて苦しみもがくクラスメイトを眺めて、悪魔のような高笑いをあげていた。

 2020年 4月24日


 現在、世界的に大変な状況となっておりますが、『呪術師は勇者になれない』はこれからも通常通りに更新していきます。

 私も自粛や対策として、自宅待機なこともありますので、この機会に執筆を進めています。

 多くの人が外出を控える今こそ、小説家になろう、は家にいながら楽しめる娯楽として活躍するのではないかと思います。特に私の作品は『呪術師』も『黒の魔王』も長い作品なので、時間潰しにはもってこいです。オススメしてくれてもいいですよ!

 それでは、読者の皆さんが少しでも楽しい時間を過ごせることを願っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] えっ!?なにこれ!?なにこれ!? 予想外!これは予想外ですぞ!
[気になる点]  ルインヒルデ様はっ!?って思ったら蒼真悠斗視点の話で、きっとルインヒルデ様降臨の話は次回辺りに持ち越しなんだろうなと思ってたら、酒に毒盛られて吐血!?  これ一応、小太郎君とメイちゃ…
[一言] 小鳥遊が関わっているなら横道ともつながっているかな
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