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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第15章:ヤマタノオロチ討伐戦
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第239話 ヤマタノオロチ討伐戦・最終段階(3)

 僕は地割れの亀裂の淵に座り込み、赤々と不気味な明滅を繰り返すコアを眺めていた。

「まさか、本当に自爆戦法を使うことになるとは……」

 今まで誰も言い出さなかったのだけれど、実はヤマタノオロチを楽に倒す方法はあった。

 それは、僕を生贄に捧げること。

『痛み返し』の効果をもってすれば、ヤマタノオロチでも道連れにできる可能性は高い。もしかしたら、首一本しか道連れにできないかもしれないけど。

 ともかく、こんな大規模な準備と、全員の命をかけた危険な作戦をするくらいなら、呪術師一人を犠牲にしてレイドボスを倒す方がコスパはいい。

 勿論、そんなのは自分の命を度外視した上の計算であるし、僕はこのクラスで誰よりも生き汚い自信がある。自爆戦法など論外もいいところだ。

「いくら『生命の雫』があるとはいえ、また分の悪い賭けをすることになってしまった」

 自爆作戦の内容は単純明快。

 ヤマタノオロチが大爆発。

 僕は死ぬ。

 そこで『生命の雫』の効果で僕だけ蘇る。

 結果、ヤマタノオロチだけが死に、僕は無事に生還というワケだ。

 しかし、全く上手くいく予感がしない。

 そりゃあ、『生命の雫』が本当に即死ダメージをノータイムで回復してくれる超絶性能があることは、杉野がメイちゃんの奇襲を凌いだ一件で証明されている。

 だがしかし、ヤマタノオロチが最後の防衛手段として使ってくる大爆発とやらを受けて、本当に復活できるのか。灰も残らず消え去れば『生命の雫』も機能しない、なんてことは十分にありうる。

 気持ち的には、命綱は巻いているけれど、その綱はどこにも繋がっていないのを見てしまったような。それくらいの不安感である。

「なんで嘘まで吐いて、こんなことしてんだろ」

 メイちゃんに語った、僕が用意したコア爆弾の話は嘘だ。

 爆弾があるのは本当だけど、コイツを使う気はない。

 だって、みんなで撃ち込んだ攻撃魔法で傷一つつかなかったのだ。

 そもそもこの爆弾は、あくまで桜ちゃんの『閃光白矢ルクス・フォルティスサギタ』の代用品に過ぎない。その威力は上級攻撃魔法一発分といったところ。

 そんな威力で、ヤマタノオロチのコアを破壊できる道理はない。

 メイちゃんは僕が『生命の雫』をくれ、と言った瞬間に自爆戦法をすると悟っただろう。

 でも、それを誤魔化すために、爆弾が本命だと嘘を吐いた。やるとかやらないとか、言い合っている時間もなかったからね。

「やばい、手が震えてきた」

『生命の雫』を握りしめた右手が、ブルブルしている。

 怖い。かなりの確率で死ぬと分かっている。分かり切っているのだ。怖くないワケがない。

 本当に、どうしてこんな馬鹿な真似をしているのか。今更、僕に自己犠牲の精神なんて芽生えたワケでもないし、この討伐作戦を指揮した責任を感じているワケでもない。

「……でも、ここで倒さなきゃ、全て無駄になる」

 強いて言うなら、直感としか言いようがない。

 ここで退いて、次に備えるべき。

 僕の理性ではそれが当然で正解だと大声で叫んでいる。

 けれど、僕が普段全くアテにしていない直感とか第六感とか言うべき部分が、やけに訴えかけるのだ。

 ここで退けば、もう二度とヤマタノオロチを倒すことはできなくなる、と。なんでそう思うのか。自分でも分らない。

 ヤマタノオロチは今回の討伐作戦で本体コアに攻撃を喰らうところまで追いつめられたから、学習して万全の防備を整えるのだろうか。

 可能性としては考えられても、確信はとても持てない推測に過ぎない。

 どうして、今この瞬間がヤマタノオロチを倒せる最初で最後のチャンスだというのか。そう直感した理由を、どう頭をひねっても納得のいく解答も推測も得られなかった。

「これで死んだら、死ぬほど後悔だよね」

 自分でも納得していない。けれど、僕はこうすることを選んでしまった。

 こんなに、自分で自分の行動に納得がいかないのは、思えば初めての経験だ。

 命の危機は何度もあった。

 けれど、その度に土壇場で起死回生の策が思いついたり、思わぬ幸運に恵まれて、生き残ってこられた。

 どんな状況でも、僕は自分で自分が思える最善の可能性を選んできた。

 それが、今回はこんなに馬鹿な方法はない、と思える行動をしてしまっている。

「実は自分でも気づかない内に、頭おかしくなってんのかな」

 自分で自分が分からなくなってきた。

 こんなに思い悩むのなら、いっそルインヒルデ様が「自爆せよ」と御神託でも賜ってくれれば、まだ腹も決まったというのに……この期に及んで、神様時空に召されることもない。

 いや、これで死んだら、僕はあそこに行くのか。

 流石にちょっと、あの暗黒時空で死神チックな髑髏の呪神と二人きりってのは、間がもたなそうで嫌だなぁ……

「……ダメだな。どうせ考えても納得はいかないんだ。なら、少しでも生存率を高める努力でもした方が建設的ってもんだよ」

 その方が僕らしい。

 大爆発を受けるとしても、僕に復活の余地があるくらいの死亡ダメージがちょうどいい。

 全身が灰となって消えるとダメそうだから、せめて体の半分は残るくらいの感じで死なないと。

「悪いね、レム。ダメなご主人様と道連れで」

「グガガ、ギ、グラ」

 僕と一緒に残った、黒騎士レムが本物の騎士みたいに、片膝をついて頭を垂れている。

 その後ろには、アラクネとミノタウルスも控えている。

「もし僕が生き残ったら、このヤマタノオロチの素材を使って、さらに強い体を作ってやるからな」

 黒騎士の兜を、僕は撫でる。艶やかな漆黒の装甲がヒンヤリと冷たい。

「最後になるかもしれない命令だ。どうか聞いて欲しい。レム、僕の盾になれ」

「グガガァーッ!」

 元気よく雄たけびをあげたところで、早速、行動開始。

「あそこの角がいい」

 すっかり崩れた土魔法の防壁。その角へと僕らは向かう。

 この残った角の壁を背にして、爆風を防ぐ。

「前は任せたよ」

「キシャアアア!」

「ブモォオオアアアア!」

 前面には、持ち込んできた盾を全部立てて、アラクネとミノタウルスに塞がせる。

「それじゃあ、お邪魔します」

 そして、最後の守りとして、僕は黒騎士レムの鎧そのものの中へと入った。

 黒騎士は元々リビングアーマーである。動いているのは鎧兜そのもので、中身は空っぽ。

 つまり、兜を外し、留め金を外せば、着ることができるのだ。

 もっとも、2メートル超の大きな鎧兜の黒騎士に、身長152センチの僕が入るのだから、サイズが合うはずもない。鎧を着るというより、人型の棺桶に入ったような気分である。

「ああ、レム、死ぬ時は一緒だから……」

 そんな女々しいことを言いながら、僕は完全に黒騎士レム鎧の中へと入った。

 中はほとんど真っ暗で、光が入るのは兜の目元にあるスリットのみ。

 暗くて狭い、でもレムに守られていると思うと、そう悪い気はしてこない。

 そんな中で、僕は最後に残された唯一の行動として、『生命の雫』を両手で握りしめて、祈った。

 生き残れますように――そう、最後に自分の命を託すマジックアイテムに、祈りを込めた。

「……違う」

 違うな。何か違う。

「僕は呪術師……祈る神は、呪神ルインヒルデ様だけだ」

 ならば、最後の最後に己の命を託すなら、それは神より授かった呪術であるべきではないか。

 急速に思考が冷え込んで行く。

 理性でもなく、直感でもなく、もっと深いところにある心の底から、僕は思ったのだ。

 呪術を使え。

 呪術を使って、最後の瞬間まで足掻け。

「そうだ、僕は呪術師だから――」

 何を使う。

 どの呪術を使えばいい。

『痛み返し』の自滅の他に、何かないか。

 ヤマタノオロチを殺し切る力。即死させるに足る威力。

 そんなもの、あるはずがない。

 呪術にそんな力はないからこそ、僕は命を捧げるしか方法は残されていないのだ。

 そして、捧げた命を取り戻すための『生命の雫』であって――

「――即死ダメージを回復できるのが『生命の雫』だ」

 ならば、その効果が逆転すれば、

「『逆舞い胡蝶』だ!」

 そうだ、コレだ。

『生命の雫』をつぎ込んで『逆舞い胡蝶』を発動させたなら、その蝶は相手を即死させられる力を持つはず。

 いいや、持ってもらわないと困る。

 命を救う奇跡のマジックアイテムを捧げるのだ。命を奪う確殺の呪いにでもなってくれなければ、割に合わないだろう。

「レムぅうううううううううううっ!」

 僕の思いを受け取ったレムは、走り出す。

 防御を固めた角地から飛び出し、ガチャンガチャンと音を鳴らして走る。

「うっ、ぐぉおおおっ!」

 揺れに揺れる鎧の中で、僕は再び『生命の雫』を強く握りしめた。

 祈るためではなく、呪うために。

「羽ばたけ、不幸を撒く羽、かの元へ――」

 揺れのせいで噛みそうになりながらも、フル詠唱、

「――羽ばたく羽は愛。真っ赤な血塗れの蝶の羽」

 続いて口から出てきたのは、なんの呪文か。

 考えるまでもなく、勝手に口が動く。

「純真一途は冷酷無比に。純情可憐か、悪鬼羅刹か。愛を捧ぐはただ一人。死を振り撒くは限りなし」

 考える必要はない。

 できる、使える、そんな確信だけが無根拠に僕の口を動かす。

「慈母のように包み込み。疫病のように取り囲む」

 僕でも感じられるほど、外からは莫大な魔力の気配が肌を刺す。

 コアはもう爆発寸前といったところか。

 けど、間に合う。必ず叩きこんでやる。

「逃がしはしない。逃がしはしない」

 握りしめた『生命の雫』がドロリと溶けるように消え去り、眩いほどの赤い輝きを放つ。

 同時に、レムの兜が外れ、僕は這うように上へ。

 赤く光る右手の拳をまず突き出し、そこから無理矢理ねじ込むように頭を突っ込み、左肩で引っかかった。

 けれど、右腕と頭だけで黒騎士の首元から飛び出ると、目の前はもう谷の亀裂を覗き込んでいる。

 谷底にあるコアは激しく明滅を繰り返し、目に見えるほど濃密な赤い靄となって、魔力のオーラが吹き出ていた。

 爆発まで、あと10秒もなさそう。

 でも、僕の手には、もう呪術は完成している。

「思いよ届け。愛を込めて。彼方の貴方へ――」

 そうだ、これが、これこそが、僕が命を賭けるに相応しい。

 ありがとう、ルインヒルデ様。

 僕は心から信じて、この呪いを解き放つ。

 「――『告死の妖精蝶』」


『告死の妖精蝶』:赤い蝶の羽を持つ妖精。その妖精は愛故に、あまりに多くの死を振り撒いた。今やその姿そのものが、死の象徴。彼女が舞い降りた場所には、決して逃れられない死が降り注ぐ――





 真紅に輝く巨大な光の柱が天を衝いた。

 その輝きは雲を突きぬけ、どこまでも天高く続いている。

 そんな幻想的な光景を、二年七組のクラスメイト達は、ただ見上げていた。

「こ、小太郎くん……」

「やったのか、桃川」

 クラスの誰もが、固唾を飲んでその光景を見上げていた。

「――どうやら、桃川はやったらしいな。ヤマタノオロチの気配が消えた」

 光が収まり、龍一が言う。

 気配を明確に感じ取れる者は限られるが、それでも、ついに決着がついたことは誰もが理解した。

「や、やった……勝った」

「おお、俺ら、勝ったのか……」

「はぁ、ようやく終わったべ」

 歓喜の声が爆発、することはなかった。

 誰もが疲弊している。体力、魔力、供に限界ギリギリだ。

 大きく安堵の息を吐いて、これまで張っていた緊張感を途切れさせ、それぞれが崩れ落ちるように、その場に腰を下ろした。

「小太郎くん!」

「双葉さん!」

 その中で、芽衣子だけが一目散に岩山へと走り出した。

 彼女にとって、勝敗などよりも、小太郎の生死の方がよほど重要だ。

 脚力全開で、軽く土煙を上げながら駆け出した芽衣子は、

「……おーい」

 岩山から降りてくる、三つの人影をすぐに目にした。

「よ、良かった……小太郎くん、生きて……」

「っていうか、ウチのアルファが生きてるんだから、桃川は無事に決まってんじゃん」

 と、涙目になった芽衣子の後ろから、クアーと元気に鳴き声を上げるアルファにまたがった杏子が声をかける。

 光の柱が突き立った瞬間でも、アルファはピンピンしているのだから、小太郎の無事は保証されているも同然だった。

「おーい! メイちゃん、蘭堂さーん!」

 駆け寄ってくる二人に、小太郎も気づいたようだ。

 乗っていたアラクネの背から降りて、真っ直ぐに二人へと、いいや、クラスメイト達の元へと駆け寄る。

「やったな、桃川!」

「小太郎くん、おかえり」

 芽衣子も杏子も、満面の笑みを浮かべて。

 そして二人の後ろを追ってきたクラスメイトも、ボロボロの疲労状態でも、小太郎の姿を見て歓声を上げた。

 小太郎は手を振って、迎えてくれる皆の元へ、ちょっと疲れた表情で歩み寄る。

「ただいま」

 そうして、二年七組の英雄は、凱旋を果たした。


2020年4月10日


折角なので、『告死の妖精蝶』の詠唱呪文のみで置いておきます。これまで登場した呪術では最長の詠唱呪文になっています。


羽ばたく羽は愛。真っ赤な血塗れの蝶の羽。

純真一途は冷酷無比に。純情可憐か、悪鬼羅刹か。愛を捧ぐはただ一人。死を振り撒くは限りなし。

慈母のように包み込み。疫病のように取り囲む。

逃がしはしない。逃がしはしない。

思いよ届け。愛を込めて。彼方の貴方へ――『告死の妖精蝶』


そして、ついにレイドボス・ヤマタノオロチを倒しましたが、次回、最終回・・・ではありません。まだまだ続きますので、来週もどうぞお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
一つの区切り。やっぱ最高だね!
小太郎君が最高にかっこよかったよ リリィさんの呪術の威力も、リリィさんみたいに凶悪で(笑)
最高に主人公だ。
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