第236話 ヤマタノオロチ討伐戦・崩壊
「そんな、封印が破られたのか!」
悠斗は岩山越しに空に向かって突き立つ三本のブレスを見て、封じられていた三つ首が自由を取り戻したことを悟った。
「委員長達は無事なのか」
大切な仲間の安否が真っ先に頭を過るが、次の瞬間には、作戦継続の是非を悠斗は問うていた。
「おいおい、アレはヤベーんじゃねぇのか!?」
「首八本揃ったら負け確定じゃねーかよ俺らは!」
「上田、中井、落ち着け! 目の前の相手だけでも気は抜けないぞ」
西側に見えたブレスの光で、この場で戦う誰もが封印が破られたことに気づいただろう。
すでにして上田と中井が動揺を露わにしているが、悠斗の言う通り、呑気に騒いでいられるほど余裕のある状況でもない。
五本の首との戦いは、どうにか拮抗状態を維持しているといったところ。油断すれば、いつ大怪我するか分かったものではない。
「しかし、どうする蒼真。封印が破れた時点で、アイツの作戦は失敗だぞ」
空中で連続斬撃をオロチ頭に見舞ってから、すぐ傍に着地した明日那が悠斗へと言う。
確かに、桃川小太郎が立案したヤマタノオロチ討伐作戦は、三つ首封印、五つ首の抑え、本体コア破壊、三つの作戦行動全てが上手くいかなければ、成功させることはできない。
それが非常な困難を伴うことは百も承知。だが、クラスメイトの誰もが、今の自分達にある最大の可能性がこの作戦だと認めた。
「悠斗、すぐ撤退するべきだ」
「そんなことができるか。桜達はまだあそこにいるんだぞ」
「桜の退却を支援すれば、全員が帰還できる可能性はあるだろう」
基本的に、一度本体攻略に乗り出した部隊には、作戦の途中で戻る予定は一切なかった。
事実、この八本首が揃った状態で、敵陣ど真ん中から無事に脱出できるとは思えない。
しかしながら、ここで作戦続行を諦め、本体攻略部隊の救出に全力を注ぎこめば、あるいは……
「ここでヤマタノオロチを倒せなければ意味はない」
「犠牲者が出てからでは遅い! 悠斗、今ならまだ間に合うはずだ!」
封印が破綻したことを承知で、無理にでも作戦は進めるべきか。
それとも、全員の生還に賭けて撤退するべきか。
仲間の命を左右する重大な選択。それでいて、考える時間もない。
「桃川の言うことになんか、従うべきじゃなかった。けど、まだやり直せる。蒼真、やはりお前がみんなを導かなくてはいけなかったんだ」
「お、俺は――」
小太郎の作戦に不満があったワケではない。作戦内容を聞いて、これが一番だと納得もしていた。
けれど、明日那に言われて、こうも思った。
もしかしたら、クラスメイト全員の命を預かる責任を、無意識の内に小太郎へ押し付けていたのではないかと。本来なら自分が背負わなければいけない重圧を。
「俺が、みんなを守らないと……」
そんな基本的なことさえ、忘れていたのかもしれない。
この力は何のためにある。どうして自分が『勇者』なんて天職を得たのか。
「そうだ、蒼真。お前がみんなを、私も、守ってくれ」
「ああ、俺は……」
この状況下で、全員の命を救う最善の選択は何か。
ただそれだけを考えれば、すぐに答えは出た。
「全員、退――」
「――作戦は続行して」
悠斗の意思も言葉も遮って、はっきりと命令は下された。
「繰り返す、作戦は続行する。三つ首の封印は破られたけど、こっちもあともう少しで外殻を突破できそうなんだ」
塹壕から顔を出して、分身の小太郎は叫ぶ。
「だから、あと少し、もう少しだけ耐えてくれ!」
「桃川、お前」
「ここは頼んだよ、蒼真君」
それだけ言い残して、分身の小太郎は黒い靄となって消え去って行った。
自ら解除したのだろう。それだけ、外殻を溶かす呪術に力を集中していることの証でもあった。
「蒼真、あんな奴の口車に、まだ乗るつもりか!」
「……明日那、俺はアイツを信用しているワケじゃない。けど、まだ可能性は残っていると思う」
本当に無理だと思うなら、小太郎は恥も外聞もなく「助けて!」と叫ぶ男だ。
勝利へのこだわり、強者としてのプライド、そんなモノとはまるで無縁。臆病で、小心者で、最弱の呪術師――そんな奴が、まだ諦めないと言っている。
勇者の自分が、先に諦めるわけにはいかないだろう。
「おい悠斗、ボケっとしてんな。ようやく盛り上がって来たところだ。ここが正念場ってヤツだぜ」
牙を剥くオロチ頭を火炎の魔法で爆破しながら、龍一は足の止まっていた親友に向かって喝を飛ばした。
「ああ、分かってるよ、龍一。みんな、本体コアを破壊するまで、あともう少しだ! 八本首が相手だが、何としてもここを耐え抜くぞ!」
覚悟は決まった。
「分かったよ、くそ、やってやるよ!」
「おうよ、戦士の根性見せてやるぜ!」
「天道君がまだ戦ってんのに、逃げるられるわけねーし」
「あー、アタシこの戦い終わったら夜這いするわ」
「え、えーっと、みんな頑張って!」
そして、悠斗の激に、クラスメイト達もまた同様に覚悟を決められたようだ。
上田と中井はボロボロの格好だが武器を構え、ジュリマリは荒い息を吐くが立ち止まることはなく、そして姫野愛莉も微力ながら必死に『光矢』を放つ。
作戦は続行。
「蒼真……」
「明日那、お前に桃川を信じろとは言わない。でも、俺のことは信じてくれ」
俯く明日那に、それだけ言葉をかけ、悠斗は剣を握り直し、再び駆け出した。
戦い続けると決めたなら、その動きに迷いはない。
「もう出し惜しみする場合じゃあないな。全力を出し切る――行くぞ、『光の聖剣』っ!」
光り輝く勇者の剣は、さらに輝きを増して、その白光の刀身を増大させる。
この作戦での悠斗の役目は、五つ首をこの場で抑え続ける時間稼ぎだ。素早く相手を倒すことではない。
無限に再生する倒せない敵を相手にするならば、こちらも必要最低限の力で抑え続けなければ、すぐに体力も魔力も尽きてしまう。故に、一撃で首を破壊するに至る大技である『刹那一閃』は、作戦開始時点で封印する第一頭と第二頭を速やかに仕留める時の他には、使用してはいない。
だが、あともう少しで倒せるところまで来ているのならば、先の見えない時間稼ぎのために温存する必要もない。
なにより、ヤマタノオロチはついに八本首揃い最大戦力を発揮している。消耗を抑えながら戦って、どうにかなる相手ではなくなった。
「三つ首がこっちに合流する前に、少しでも潰すぞ!」
「おう、ようやく本気が出せるな」
悠斗と共に、龍一もまた時間稼ぎを放棄し、己の持つ全力を解放して戦う姿勢を示す。
二人のエースはそれぞれの剣をもって、まずは近い順から一つずつ、オロチの首を切り裂いてゆく。
「よっしゃあ、俺らもやるぞ!」
「あともう少しの辛抱だ」
上田と中井も体力を振り絞り、二人がかりで首を襲う。
もう一方の、ジュリマリコンビも別な首を狙って駆け出した。
「マジで頼むぞ桃川ぁーっ!」
「アタシらだってもうそんなにもたねーんだからな!」
精一杯に愚痴を叫びながら、ヤケクソ気味に刃を突き立てる。
士気は上々。誰もがまだ、諦めてはいなかった。
「悠斗、新手が来るぞ」
「ああ、こっちからも見えた……けど、首が二つだけだ」
岩山を迂回するように、左右から一つずつオロチ頭が接近してくる。
やけに色が白く、太さは一回り細い上に、頭もやや小さい。
どんな方法で三つ首が封印を破ったのかは知らないが、若干の弱体化はしているようだと察した。
「もう一本の首は、桃川んところに行ったんだろ」
「やはり、そうなるか」
「向こうに行かれたら、こっからじゃもう手出しはできねぇ」
「くっ、桜……」
「そう心配すんな。あっちには双葉がいる。首一本くらいどうとでもなるだろ」
三本全てが向かわず、むしろ僥倖とも言えよう。
『狂戦士』双葉芽衣子なら、首の一本を一人で相手にしても事足りる。まだ、絶望するほどの状況ではない。
「俺は右側、龍一は左側のを頼む」
「あの白い首はフツーの奴より脆そうだ。余裕だろ」
悠斗と龍一は、それぞれ岩山の左右から回り込んでやってきた頭の迎撃へと駆け出す。
真っ向から挑んでくる小さな人間の姿を、二つの首は決して見逃さずに捉えている――はずなのだが、何故か見向きもしなかった。
「なんだ……どこを狙っている?」
今更、威嚇でもしようというのか。グオオオオ、と吠えながら、白い首は上を向く。
ヤマタノオロチの戦闘行動は、単純である。
ただ目に入る敵を攻撃するだけで、隠れている相手を探す、弱そうな奴から狙う、誘い込む、などの簡単な戦術的行動もとることはない。
新たに攻撃を叩き込めば、そちらにターゲットを切り替える単純ぶりだ。
敵が目の前にいる限り、休むことなく攻撃は続く。
ブレスを含め、どの攻撃も苛烈だが、単純であるが故にその行動は読みやすい。
だからこそ、このタイミングで想定してない謎の行動を見ると、大きな違和感に襲われる。
いや、それは違和感ではなく、危機感。
「まずいっ!」
悠斗は真っ直ぐ踏み込みもうとしていたが、直感に従い急転換。
素早く身を翻し、白い首から距離を取り始めた、その時であった。
クォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
口元だけでなく、首全体が輝きながら、オロチ頭はブレスを放った。
天を向いた口から吐き出されたのは、青白く輝く巨大な光球。
その球形ブレスは頭上にかかる雲を割る、その直前で停止し――そこから無数の光の雨が降り注いだ。
「ちいっ、範囲攻撃か!」
数を数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの、大量の『光矢』が降ってくる。
的確に悠斗だけを狙っているワケではない。降り注ぐ光の矢は周囲一帯に降り注いでいた。
発射点となっている空中に浮遊したままの光球は、その真下が最も激しく矢が振り、そこから離れるごとに矢の密度は薄くなるようだった。
そのまま突っ込んでいれば、回避の隙間さえない高密度の光の矢に、上から押しつぶされていただろう。
「数が多すぎる――『光盾』」
光球直下ほどではないが、近辺に降り注ぐ光の矢のシャワーは、悠斗でも全てを回避しきるのは不可能だった。
回避の隙間を潰すように飛び込んでくる矢を、普段あまり使わない防御魔法でもって弾きながら、さらに距離をとって危険地帯を脱してゆく。
「――よう、悠斗、お前も慌てて逃げ戻ってきたか」
「見たことがない攻撃だ。八本首が揃って、奴もいよいよ本気を出したてきたのかもしれないな」
光の矢を継続的に発射する光球。
この新技は、龍一が向かった方でも展開されており、土砂降りのような密度の矢を掻い潜って首に斬りかかるのは無理だったようだ。
当然、光球の真下に鎮座するオロチの頭も、自ら放つ光の矢の豪雨に晒されているが、一発あたりの威力は下級攻撃魔法程度のようで、鱗を貫くどころか、焦がすこともないようだ。
オロチの頭にはノーダメージでも、天職持ちとはいえ人間が喰らえば無傷とはいかない。『重戦士』のように防御に特化していなければ、その身で受けようとは思えない。
そして、今この場に『重戦士』は一人もいなかった。
「まずいぞ、こんな状況じゃあみんなは――」
「ぐわぁあああああああああっ!」
戦闘が始まって、初めて深刻な悲鳴が上がった。
悠斗が振り向いた先には、地面に倒れた上田の姿があった。
「行け、悠斗! 俺が抑えといてやる!」
後ろは龍一に任せ、即座に悠斗は倒れた仲間の元へと向かう。
「おい、上田! しっかりしろや!」
「な、中井……くぅ、痛ぇよぉ……」
悠斗より先に中井が上田の元に辿り着き、呼びかけている。
その後ろからは、傷だらけだが、まだ戦意にみなぎるオロチ頭が迫っていた。
「中井! 上田を連れてトーチカまで下がれ! 姫野さんに治療を!」
「す、すまねぇ――おい、行くぞ上田! 歩けるか!」
「痛ぇ……ちくしょおぉ……」
悠斗の見たところ、上田は肩と足に光の矢を受けたようだった。
治癒魔法かポーションで十分に治せる負傷だが、そのまま戦闘は続けられない痛手である。
上田の実力からいって、この辺まで離れた距離なら、降り注ぐ光の矢を避けることは十分に可能だ。
しかし、避けながら、オロチ頭に攻撃を加え続けるのは難しい。
恐らく、オロチ頭からの攻撃は回避したが、光の矢までは避けきることができず被弾、といったところであろう。
「くうっ――」
そして、光の矢が降る中での戦いは、悠斗をしても厳しいモノだった。
上田を連れて下がった中井は、まだ戻ってこない。
気が付けば、目の前で相手をしているオロチ頭は二つに増えている。
さっき潰していた頭が復活したのだろう。
「だ、ダメだ、攻めきれない……」
ただでさえ、二つもの首を一人で相手するのは厳しい。全力を尽くしたとしてもだ。
追い打ちをかけるように、ジリジリと際どいところを光の矢がかすめていく。いや、すでに何本か体をかすめ、制服を焼き焦がしている。
一人では防ぐだけで精一杯。
だが、相棒たる龍一は自分よりも厳しい状況下におかれていた。
「お前らじゃもう無理だ。下がってろ」
「だ、大丈夫、まだ戦える!」
「そうだよ、アタシらはまだ――」
「邪魔だっつってんだろ。さっさと行け!」
怒鳴るように叫びながら、龍一は真っ向からオロチ首を抑え込みにかかっていた。
その後ろには、上田と同じく光の矢を受けて負傷したジュリアとマリアの二人。
武器は握り続け、膝も屈してはいないものの、苦痛にゆがんだ表情を見れば、これ以上の戦闘は無理だというのが分かる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおっ!」
雄たけびと共に、龍一はさらにもう一つの頭にも猛攻を仕掛け、二つの首の注意を一身に引きつけている。
ジュリアとマリアは涙を流しながらも、その間に塹壕までどうにか退いていった。
「これで、残っているのは俺と龍一と――」
「――剣崎流、『乱れ裂き・椿』!」
もう一人、剣崎明日那はこの状況下においても、オロチ頭一つを相手に奮戦を続けていた。
伊達に幼少の頃より剣術修行に明け暮れてはない。すでに下がった四人とは、やはり頭一つはその実力は抜きん出ている。
しかし、それでも悠斗や龍一ほどではない。
二人の助けも、他の仲間の支援もなく、ただ一人きりで首を抑え続けるのに、限界が訪れるのはそう遠くはなかった。
「剣崎流――」
光の矢に体をかすらせながらも、果敢に接近して放った武技。
しかし、集中力の乱れか、疲労の限界に来たのか、あるいは小さなダメージの蓄積が響いたか――いずれにせよ、明日那の武技が弾かれた。
「なっ!?」
鱗を切り裂くことはできず、表面を僅かに削るのみ。
想定外の剣の乱れは、次の瞬間には致命的な反撃をもらう。
「ぐああっ!」
体当たり、あるいは頭突きというべきか。ヤマタノオロチ、その巨大な頭が振られ、明日那を弾き飛ばした。
回避も受け流しも無理なほどの隙に叩きこまれた超重量の衝撃に、明日那の体は軽々と宙を舞い、そして地面を転がった。
「うっ……くぅ……」
頭を振って立ち上がる明日那。幸いにも、その最中に光の矢が当たることはなかった。
しかし、幸運をもって無差別攻撃を掻い潜ったとしても、明確な敵意をもって狙われる直接攻撃までは、防げるはずもない。
明日那が再び顔を上げたその時には、鎌首をもたげ、開いた大口に目いっぱいに禍々しい赤い輝きを迸らせた、オロチの頭があった。
「逃げろっ、明日那ぁあああああああああああああああ!」
悠斗が叫んだ直後、真紅のブレスが立ち尽くす剣崎明日那に向かって放たれた。




