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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第15章:ヤマタノオロチ討伐戦
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第234話 ヤマタノオロチ討伐戦・第五段階

 ヤマタノオロチの巣である岩山東側。

 ここでは、五つの首を相手に、クラスメイト達が最も激しい戦いを繰り広げていた。

「4番ブレスチャージ! ジュリマリで阻止! 6番は再生中、まだ30秒はもつから放置でいい!」

 けたたましい音が響き渡る戦場の最中、甲高い小太郎の叫びが上がる。

「くっそ、間に合えぇーっ!」

「うぉおおらぁー『強大打ヘヴィスマッシュ』ぅ!」

 口腔から赤い輝きを漏らす第四頭に、ジュリアとマリアのコンビが向かい、二人同時に武技を横っ面に叩きこむ。

 大きく首の方向が傾いた瞬間に、真っ赤な炎のブレスが轟々と斜め上方向に射出されてゆく。

 ブレス攻撃はヤマタノオロチにとっても精密に制御できない大技だ。一度、照準を逸らすことができれば、大半は明後日の方向への無駄撃ちで終わらせることができる。

 しかし、それは攻撃を叩きこむ一瞬のタイミングが合わなければならない、シビアなものだ。常にそれが成功できるとは限らない。

「7番ブレス来るよ! 阻止は無理、回避ぃーっ!」

 大口を開けた第七頭が、バリバリと激しくスパークを散らしながら、極太の雷撃を放つ。

 何十もの落雷が同時に発生したような轟音と閃光とをまき散らし、莫大な雷属性魔力の奔流が大地を焼き焦がす。

 たっぷり10秒は吐き出し続けた後に、ようやくブレスの放出は終わる。

「負傷者は!」

「全員無事だ!」

 蒼真悠斗は素早く全員の所在を確認し、返事を叫ぶ。

 直撃した者はいないが、やはりブレスの発射を許せば陣形を大きく乱すことにもつながる。そして何より、直撃は免れても、余波だけでもそれなりに痛いものがあった。

「4番と7番はクールに入った! 次は、えーっと、5番がチャージ! 天道と剣崎で当たれ!」

 了解、の返事は二人ともないが、龍一と明日那は二人揃って速やかに第五頭の攻撃へと向かった。

「上田、剣が限界だから戻れ! 中井は軽傷がかさんでるから回復!」

「二人とも、一旦下がれ、俺が食いとめておく」

「すまねぇ!」

「頼んだ蒼真!」

 光の剣を構えて、第八頭への対応を一人でこなす悠斗を背に、上田と中井は小太郎が待機している塹壕の方へと駈け込んでくる。

「上田、剣の消耗が早いよ、もうちょっと節約しないと尽きる」

「鱗が硬ぇんだよぉ」

 ヒビの入った剣を放り捨てながら、新たな『銀鉄の剣』を小太郎から抜き身で受け取った上田は、流れるような動作で腰に装着した鞘へと納刀する。

「中井は喰らいすぎ。盾があっても限度あるからね。ベストも交換しないと」

「ブレスの余波が広すぎんだよ。避けきれねーって」

 口をとがらせながら、ボロボロの『ウルフベスト』を脱ぎ去る中井に、小太郎はすでに栓を抜いていたリポーションをぶっかける。

「次はジュリマリを補給に戻す。戻ったら剣崎と合流して、第六頭を止めて来て。もう再生が完了する」

「りょーかい」

「ったく、人使いが荒いぜ、桃川」

 疲れた様な声を漏らしながらも、速やかに上田と中井は戦線へと戻って行く。

「くそ、やっぱギリギリの戦いだな」

 思わず、と言った風に小太郎の口からつぶやきが零れる。

 五本首が相手でも、この面子なら何とか、と思っていたが、やはり実際に戦うとなかなか厳しいものがあった。

 当初、戦闘は全面的に任せるつもりだったのだが……なかなかどうして、五本もの首の状態を見抜いて、適切に攻撃を加えることは難しいと分かった。

 第八頭登場時点で、ことごとく首を潰したベストな状態で戦闘を始められたが、気が付けばそのアドバンテージもなくなってしまった。

 五本首が全て動ける状態にまでなると、ブレスの発射を阻止していくだけで精一杯となってしまった。

 決して、戦闘指揮を任せた蒼真悠斗の手落ちではない。

 強いて言うならば、最も戦闘に貢献するエースに、全員の動きを把握しつつ、五本首の状態も全て見抜き、適切な指示を出せ、というのは最初から無理な話だったのだ。

 そこで、急遽配役を変更し、ここでの戦闘指揮は全て小太郎が担当することになった。

 今この場で冷静に全体を見渡せる余裕があるのは、連絡役として塹壕で観戦しているだけの『双影ふたつかげ』の小太郎だけ。

 想定外ではあったが、演習でヤマタノオロチの首の動きは見ているし、ブレスをはじめとした各種攻撃動作のパターンやチャージ時間、クールタイム発生の有無、再生速度、などなど、可能な限りの情報は全て頭に叩き込んである。

 指揮権を託されても、なんとか役割をこなすことができた。

「今はまだ、なんとかなってるけど……」

 第四から第八までの五つの頭。各自の動きと状態を見極め、適切な攻撃指示を飛ばすのは、頭がこんがらがってきそうだ。ゲームでもここまで考え込んだことはない。

 最低限の短い指示に、各頭の番号呼び、クラスメイト達の呼び捨て。必要な内容を言葉に出すだけ精一杯なのが、そんなところにも影響している。とにかく、指示するだけでも余裕がないのだ。

 自分でも、火事場の馬鹿力的に、ここ一番の大勝負にして土壇場だからこそ、普段以上の集中力と冴えわたる感覚が発揮されていると思っている。

 だがしかし、もうほどなくして、全ての思考能力をこちらに割くわけにはいかなくなる。

「僕の殻破りが始まったら、もたないかもしれない……」

 小太郎はこの後、自ら呪術を使い続けて、ヤマタノオロチ外殻に穴を穿たなければならない。当然、呪術を行使すれば、それだけ集中力も思考能力もつぎ込むことになる。

 脳内での情報処理は倍増。

 あまりの負荷に、鼻血を吹いてぶっ倒れてもおかしくない。

 魔力が尽きるよりも前に、脳の血管が切れてしまいそうだ。

「――けど、やるしかない」

 ここを持ちこたえさせなければ、岩山ど真ん中に陣取った特攻隊は確実に全滅する。

 自分の作戦でみんなの命がかかっている、という責任感はあったが、まさか自分の現場指揮にも全員の運命がかかってくるとは、思っていなかった。

 やはり実戦では、思いがけないことが出てくるものだ。

「やってやるよ。どんなに無理を推してでも、絶対に作戦は成功させる――」




「――うおっ、ウチの『岩石大盾テラ・アルマシルド』が通らない……ここだっ! 桃川ぁ! 殻まで届いたぞぉーっ!」

 ついに蘭堂さんが岩盤を貫通した。

岩石大盾テラ・アルマシルド』の連続発動によって掘削された穴は、井戸のように垂直に掘られている。

 真円形で、直径は2メートル。人が余裕で通れるだけのサイズだ。

 ただ穴となって掘られているだけでなく、内面は全てコンクリートのように硬質化している。

 これは掘った分の土や石を、周囲に圧縮して固めているからだ。このサイズなら、土砂を取り除く作業はせずに、固めるだけで処理できる。

「よし、それじゃあ行って来るよ」

「小太郎くん……気を付けてね」

 まるで戦地に赴く息子を見るような顔で、メイちゃんが僕に言う。

「大丈夫だよ、ちゃんと降下の練習もしてきたし」

 僕は命綱を装着しながら、笑って答える。

 これから僕は、蘭堂さんが穿った穴を降りて、底で『腐り沼』を発動させる。

「本当に大丈夫?」

「余裕だよ」

 穴を覗き込んでいると、底が見えないほどには深い。

 うーん、思ったよりも深いっていうか、いざ実際に目にすると足が震えてくるレベルだ。

 しかし、これをやる覚悟も準備もしてきたのだ。ビビっている場合ではない。

「おいこれスゲー深いぞ。マジで大丈夫かよ」

「桃川、気を付けろよ」

 深い縦穴へ挑む僕に向けて、下川と山田の二人も餞別の言葉をくれた。

「早く行きなさい。こうしている間も、兄さん達が命をかけて時間を稼いでいるのですから」

「下川君、山田君、桜ちゃんが怪しい動きしないように見張っててね」

「何もしませんよ! いいからさっさと行きなさい桃川!」

 怪しいなぁ、と思いながら、いよいよ僕は穴の淵に足をかける。

「よし、行くぞ。メイちゃん、頼んだよ」

「うん、任せて」

 メイちゃんは力強くうなずいて、僕の命綱を握りしめた。

 穴の降下方法は、井戸のような滑車を使う方式にした。メイちゃんでなくても、レムや山田でも、僕程度の体重を上げ下ろしするなど余裕のパワーを誇るので、人力でも問題ない。

 滑車は僕が錬成で製作し、アラクネに積んで持ち込んだ。滑車を設置する土台は蘭堂さんに鉄棒型に柱を組んでもらう。

 この辺の組み立て作業も練習してきたから、スムーズに進んだ。

 さぁ、後は僕が井戸水を汲む釣瓶のように、底に向かって下ろされるだけだ。

「ゴクリ……」

 体一つで、何十メートルもありそうな深い穴に吊るされるのは、流石に冷や汗モノだ。

 最悪、途中で手を離されても底に激突だけはしないよう固定の命綱もつけてはいるけれど……これは僕を降ろす綱を握っているのがメイちゃんじゃなければ、やろうとは思わないね。

 完全に宙吊りになっている僕だけど、背中と腰から命綱が伸びるベスト型にして体に装着しているから、キツい負荷は体にかからないようにしている。

 スパイ映画で、床に触れたら体重感知で警報なるから、天井のダクトから宙づりになってアクセスする、みたいな。あんな感じの装備である。

 勿論、この命綱ベストも自作だ。

 自分の命に直結する装備は、小鳥遊には頼らずに全て自前で用意した。

 殺意があろうとなかろうと、ほんの気まぐれ、悪戯心で何か細工でもされたら、堪ったもんじゃないからね。

 穴を降り始めて半ばを過ぎた頃になると、光も届きにくくなり、やや暗くなってきた。

 一応、真上には桜ちゃんの光精霊を配置して照らし出しているけれど、それでも薄暗さを感じる。

 こういうのも見越して、カンテラなんかも作っている。

 桜ちゃんの『光錬成陣』は正直ガッカリ性能だったけれど、単純に照明器具を作るだけならばこれほど便利なモノもない。とりあえず説明文にもある『微小な光精霊』とやらを宿すだけで、ピカピカと白く輝いてくれるのだから。

 僕は腰から下げた光精霊電源のカンテラの灯りを頼りに、いよいよ穴底へ辿り着く。

「よし、到着だーっ!」

 無事に底まで辿り着いたことを、上に向かって叫ぶ。

 穴の深さは30メートルほどだろうか。ビルの10階相当はあると、見上げて感じる。

 叫ぶだけで、上まで声が届くのは幸いだ。わざわざ携帯を使うのも手間だしね。

「小太郎くーん! 荷物下ろすよーっ!」

「りょーかーい!」

 メイちゃんの呼びかけと共に、スルスルと上から綱で縛られた宝箱が降りてくる。

 必要なモノは、全てこの宝箱一つにまとめて詰め込んできた。

「これから殻を破る! 上の防衛は頼んだよ!」

「うん、任せて!」

 メイちゃんもいるし、蘭堂さんも戦線復帰すれば、防衛は安泰だ。上の方の心配はほとんどしていない。

 ここからは自分との戦いだ。そして、この作戦において最大の不安点でもある。

 そもそも、本当に『腐り沼』だけで殻を破ることができるのか。分厚い本物の外殻に試すのは、ここまでやって来た本番でしかできない。

 破片を使った検証実験だけでは限度がある。正直、自信はない。

 ないけれど、ここで僕が破れなかったら、他の誰にもこの殻は破れない。

「ルインヒルデ様……どうか僕に力を……」

 この期に及んで、純粋な祈りを捧げて、いざ挑戦。

 人事は尽くした。だから、後は天命を待つ。

「まずはスクロール」

 ヤマタノオロチの殻と思われる、青白い貝殻のような質感の穴底に、大きなスクロールを広げる。

 描かれているのは『六芒星の眼』、ではない。

 大きな水滴の形をした陣の中には、古代文字とゴーマ文字が入り乱れた文章がビッシリと書きこまれている。

 その内容は、正直、僕もよく分らない。分からないけれど、それぞれの単語や配置などで魔法陣の魔力回路として機能するモノを選んでいる。

 そして、とりあえず沢山の組み合わせを思いつくままに試し、その中で最も高い効果を発揮したものを採用した。

 コイツは『腐り沼』専用の魔法陣であり、さらに展開面積は一定で、より深く沼を作ることに特化した機能になっている。

 名付けて、『果てる底無き』。

 僕の魔力が続く限り、コイツはただひたすらに、下へ下へと毒沼の底を伸ばしてくれる。

「一発勝負だからね、供物も最高級品を選び抜いて来たよ」


『デスストーカーのコア』:その名の通り、天道君が獲って来てくれた砂漠エリアの大物、デスストーカーから摘出した大きなコア。赤というより、赤紫に輝くコアは、毒の魔法に影響を与える特殊効果があるようだ。


『キイロカエルの大毒腺』:クモカエルの麻痺毒、のカエルの方に備わっている毒腺。見つけた中でも特に大きい個体から採取した、大きな毒腺。


『各地のマンドラゴラ』:無人島エリア、暗黒街、廃墟宮殿、砂漠、各エリアで採取してきたマンドラゴラ。群生地の違いで効果の違いがあるのかは、採取できた数が少ないから検証できなかったので、それぞれ全部使うことにした。


『クリスタウルスの四つ胃袋』:牛の胃袋は四つあるというけれど、ミノタウルスも四つあるし、その亜種のクリスタウルスも四つあるんだね。コイツはガリガリと光石を喰らうほどだから、その消化力も凄まじい。


『ケルピーの大ヒレ』:湖に釣りに行って偶然ゲットしたケルピー。角は下川の杖となったが、馬体に生えた大きなヒレは供物として利用させてもらう。水魔法ではないけれど、液体の関わる魔法なら、効果があると思いたい。


『首領ゴーヴの生首』:ハチミツと砂糖のためだけに、僕らが滅ぼしたゴーマ村の長と思しきゴーヴの生首。抜け道側で待ち伏せしていた僕が捕まえた奴でもある。目の前で妻子を惨殺してやったので、まず相当の恨みを僕に対して持っている。さらに、そこから僕の毒薬と姫野さんの治癒魔法の実験体として、地獄の日々を送ってもらい……そして最高に恨みの籠った供物となる、という最後の役目を果たすために、僕が今朝、手ずから首を斬り落としてきた新鮮素材である。その生首は、ただでさえ醜悪なゴーヴでも、これまでに見たことがないほど憎悪と苦痛とで歪み切っており、今も真っ赤に染まった両目から、乾くことのない血涙が流れている。どうなってんのコレ……


 以上、選びに選び抜いた最高の供物を、『果てる底無き』へと配置してゆく。

 これで、後は僕の魔力と気合いで、呪術を発動させるのみ。

 尽くせるだけの、人事は尽くしたと言える。

「この殻が、お前を守る最後の盾だ……王手をかけさせてもらうぞ!」

 振り上げた右手を覆う『呪術師専用グローブ「カースドヘキサ」』。刺繍された『六芒星の眼』と連動し、僕の掌に浮かぶ呪印から、血が湧き出る。

 ただの血液じゃない、呪術師の鮮血だ。

「受け継ぐは意思ではなく試練。積み重ねるは高貴ではなく宿命。選ばれぬ運命ならば、自ら足跡を刻む――『黒の血脈』」

 めっちゃ久しぶりにコレの詠唱したよ。

 これも一応、『腐り沼』を発動するにあたって、何かしらの恩恵がある呪術だ。ちゃんと忘れずに使っておく。

 そうして、にじみ出た『黒の血脈』の一滴が、ついに『果てる底無き』の上に落ちて、弾ける。

「朽ち果てる、穢れし赤の水底へ――『腐り沼』」

 これまでにない、最大級の強化を込めて、ついに発動。

 ゴボゴボと激しく沸き立つ血の池地獄のような毒沼が、瞬時に魔法陣から溢れ、供物を飲み込みながら丸い円と化して広がって行く。

 直径およそ1メートル。

 普段よりも遥かに小さな展開範囲。だが、いつもと比べ物にならない深度を伴って、さらに深く、より深く、ヤマタノオロチを守る殻を溶かし、突き進んでゆく。

 果たして、発動直後で到達した深度は――

「1メートルくらい、か……くそっ、これは相当、先が長くなるぞ……」

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― 新着の感想 ―
[一言]  『首領ゴーヴの生首』――最後には殺され、その死体すらも利用されつくされるだろうとは思っていました。  供物として消費されて、それで終われるなら、思っていたよりもましですよね。  てっきり、…
[一言] いや、もう、『首領ゴーヴの生首』だけでいいんじゃないかと思ったり~ やっぱ、生贄は新鮮さが大事なのかな~ てか、小鳥ちゃんが何処に小細工を混ぜてるか、ソッチの方が気になる~ しかし、固いなぁ…
[良い点] 綱渡りなギリギリの戦いが熱い。 [一言] ここまでは順調に行きましたが、そろそろ横槍を入れられるか、ヤマタノオロチが本気モードにでもなって、不測の事態になりそうな気配がしますね… そうなっ…
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