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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第15章:ヤマタノオロチ討伐戦
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第233話 ヤマタノオロチ討伐戦・第四段階

「――掘削用魔法陣の設置完了!」

 平らにならした地面に、直径3メートルほどの魔法陣を敷いた。地面に書いたのではなく、敷いた。だって、イチから書き込んだら時間かかるからね。

 これはいわば巻物スクロールだ。

 デカい布にあらかじめ正確に魔法陣を書き込んでおいたのを、その場で広げただけ。少しでも作業時間を短縮するための工夫である。

「こんなモノ、本当に効果があるのですか?」

 実に胡散臭いものを見るような目で、桜ちゃんが言う。

 彼女が僕のお手製スクロールを見せるのは、これが初めてだからね。君みたいな奴に大事なマジックアイテムは見せたりしないよ。怪しい奴には、何の情報も与えないに限る。

「効果がなきゃ、わざわざこんなの持ってこないっての。お呪いじゃねーんだぞ」

 と効果を保証するのは、実際に掘削する蘭堂さん本人だ。

 この魔法陣も、掘削用トーチカ建設特訓の時に、何度も実験して調整している。

 魔法陣のデザインのベースは、蘭堂さんがリボルバーで土魔法ぶっ放す時にマズルフラッシュみたいに輝くオレンジ色の魔法陣だ。

 コイツをスマホで撮影し、その図柄の通りに描く。

 この魔法発動時に出現する魔法陣が、どんな意味あって、どういう効果をもたらしているのかは、使っている本人にも分からない。僕だって自分で編み出した『六芒星の眼』がなんで呪術にブーストかかってんのか、原理は全く分からない。

 けれど、実際に魔法がほんのちょっとでも、強化される効果が発揮できれば十分だ。

 そうして、コピーした土魔法陣に、僕が『外法解読』で発見した各種効果を組み込んだりして――完成したのが、この掘削用土魔法陣だ。

 使用する魔法は中級防御魔法の『岩石大盾テラ・アルマシルド』。

 塹壕掘りにトーチカ建設で、一番活躍した土魔法であり、建設作業では使用率ダントツトップ。ここ最近で蘭堂さんもこの魔法の熟練度は鰻登りである。

 その最も手慣れた土魔法で、魔法陣の補正でより深く穴を掘る効果がでるようにしている。

 あとは、コレ何発分でヤマタノオロチ外殻まで届くかだ。

「桃川、そんじゃあ行くぞ」

「任せたよ、蘭堂さん」

「――『岩石大盾テラ・アルマシルド』っ!」

 リボルバーを魔法陣に向けてぶっ放し、いよいよ掘削作業の開始である。

「おい桃川、こっちも準備できてるべ!」

「了解、すぐ行くよ」

 下川の呼びかけを受けて、グルっと見渡すと、よしよし、ちゃんと準備できているな。

 四方の壁と、天井の中央には、同じくスクロールが張り付けられている。

 けれど、こちらは土魔法陣ではなく、お馴染みの『六芒星の眼』だ。

「朽ち果てる、穢れし赤の水底へ――『腐り沼』」

 フル詠唱を唱えて発動するが……どこにも赤黒い毒の沼は現れない。

 見えないのは当然だ。僕が沼を張ったのは内側ではなく、外側なのだから。

「下川君、いいよ」

「よし、そんじゃあ久しぶりに行くべ――『酸盾アシッド・シルド』っ!」

 スクロールのかかった壁に手を付けて下川が発動させたのは、記念すべき初の合体魔法『酸盾アシッド・シルド』である。

 レイナの霊獣を引きずり出す時に、少しでもダメージと足止めできるかと思って編み出したものだ。結局、霊獣共に大したダメージを与えることはできなかったけれど、僕の『腐り沼』を水の盾として再形成する、という魔法効果そのものは正常に機能した。

 なので、今回もガーゴイル共を少しでも足止めするために役立ってもらおうと思って、使ってみた。

「どんな感じ?」

「外は結構、群がってきてるべ。アホな奴が突っ込んできて、もう何匹か溶けたぞ」

 ゾンビみたいな考えナシのガーゴイル相手には、ちょうどいい障害物として働いているようだ。

 蘭堂さんが本気で建てた『大山城壁テラ・ランパートデファン』は堅牢無比ではあるが、無数のガーゴイルが削り続ければ、僅かずつでも薄れてゆく。その上、大型の奴が本気で殴って来るとなると、いつかは突破を許すことにもなるだろう。

 壁は途中で蘭堂さんが補修することもできるが、すでに掘削作業に入ってしまうと、もうそこまで手は回らなくなる。

 なので、少しでも外のガーゴイルを邪魔する仕掛けが欲しかったのだ。

「下川君は、このまま頼むよ」

「おう、任せとけ」

「他のみんなは、ひとまず休憩で」

「そんなことで、いいんですか」

「ここからは長いから。今すぐ出来ることがない人は、できるだけ休んで体力も魔力も温存すべきだよ」

 ひとまず、ここまでは想像以上に順調に進んできた。全て想定通りに対処できている。

 本体コアに届くほどの穴を開けて、本当にヤマタノオロチが黙っているのか分からない。何か起こるとしても、この面子で対処できる程度にして欲しいものだが……ここからは完全初見攻略なので、お祈り要素が強い。ルインヒルデ様、どうか僕に呪いの加護を。

「桃川、兄さんたちはどうなっているのですか」

 休憩タイムに突入ということで、桜ちゃんが早速、聞いていた。

 蒼真君達の様子を知ることができるのは、連絡役として分身を置いてきた僕だけだ。

 外の全員、戦闘中なのは間違いから、いくら桜ちゃんでも心配だから電話する、なんてアホなことはしない。

「うーん、蒼真君はやっぱりみんなの先頭に立って、オロチ頭をぶった斬ってるよ。まぁ、見たところはそんなに心配しなくても――あぁああああああっ! そ、蒼真君がぁ!?」

「っ!? 兄さんがどうかしたのですか!?」

「全然無事で、今水飲んで一息ついてるよ」

「もぉもぉかぁわぁあああああっ!」

 うわちょっと落ち着いて、緊張を解きほぐすおちゃめなジョークじゃあないか。

 まったく、この聖女すぐキレるんだから。聖なる要素薄すぎでしょ。

「桃川、お前こんな状況でよくそんな騒いでいられるな」

 呆れたように山田が言う。

「ふっ、こんな時だからこそ、余裕をもって冗談の一つでも飛ばせるようじゃないと」

「それ、双葉さんの影に隠れながら言う台詞かよ」

 いやだって、桜の野郎、本気で弓に光の矢を構えているんだもん。

 怒り狂って手元がブレて発射されちゃあ、堪ったもんじゃない。

「いいんだよ、山田君。小太郎くんを守るのは私の仕事だから」

「もう少し仕事選んでもいいんじゃないのか」

 ダメだよ、メイちゃんは僕の守護神だからね。

 それに、こうして後ろに隠れると、おっぱいは見えなくても、ドーンと広がった大きなお尻も絶景で。僕を崩壊する教室から問答無用で弾き飛ばした巨尻である。

「……それで、涼子の方はどうなのですか」

「もうお兄ちゃんの様子は聞かなくて大丈夫?」

「いいから、さっさと教えなさい!」

 オーケーオーケー。僕としても委員長の様子は気になっていたから、そろそろ電話かけようと思っていたよ。

 流石にこっちの方までは分身がおけなかったので、状況を知るにはスマホで電話するしかない。

 かける相手は、小鳥遊小鳥。

 連絡役さえ満足に果たせるかどうか不安な人選だが、封印作戦中に手が空くのはコイツ一人しかいないので、仕方ない。

 僕は時代遅れの自分のガラケーで、つい最近登録したばかりの小鳥遊へとかけた。


 プルルル、プルルル、プルルル――


 あの野郎、出やがらねぇ。

 電話には2コール以内に出ろよ、と電話応対の研修もさせておくべきだったか。




 悠斗達がヤマタノオロチの残された五本首を相手にするため、岩山東側へと向かった後、開戦場所である封印地点には、四人のクラスメイトが残った。

「くっ、やっぱり本番だとなかなか厳しいわね――『凍結長槍アイズ・フォルティスサギタ』っ!」

 封印担当の要、委員長こと如月涼子は、すでにギシギシと悲鳴を上げ始めた氷の封印槍を補強するべく、上級攻撃魔法を放つ。

 三つの首はいまだ地面へと縫い止められ、その動きを完全に封じているが、どの首も無限の再生力でもって拘束を脱しようともがき続けている。

 完全に放置しておけば、五分と経たずに封印を破ってくるだろう。

「美波、こっちは大丈夫だから、そっちの第三頭を狙って!」

「了解だよ、涼子ちゃん!」

 軽快な動きで、素早く指示通りに攻撃へと動くのは、親友である夏川美波。

 彼女の役目は、再生により力を取り戻した首を、少しでも大人しくさせるための攻撃役だ。

 いくら相手は動かぬ首とはいえ、前衛組みの大半が抜けた状態で、巨大な大蛇の体力を削らなければならない。

 そのため、美波にはこの任務のために専用武器が与えられている。

「もう、大人しくしててよねっ!」

 疾風のように第三の頭へと駆けつけては、逆手で握った二刀を振り乱す。

 右手にするのは黒と紫の禍々しい刃。

 左手には、鮮やかな黄色に黒いまだら模様が走る、毒々しい刃。


『デススティンガー』:猛毒を持つ巨大サソリ型モンスター『デスストーカー』の毒槍尾を刃とした短剣。黒き刃はかすっただけで、全身の自由を奪い、苦痛と共に死へと向かわせる激烈な神経毒を見舞う。


『イエローパラライザー』:アラクネと黄色いカエルの麻痺毒を掛け合わせた『クモカエルの麻痺毒』を刀身に宿すナイフ。錬成によって毒腺を組み込まれた刃は、魔力に応じて麻痺毒を生成し続ける。


 どちらも共に、強力な麻痺の力を宿した二振り。殺傷力よりも、少しでも動きを鈍らせることに特化した毒武器である。

 猛毒を材料としたため、小太郎の厳しい管理と指導の元で小鳥遊小鳥が半泣きになりながら作り上げた一品。

 その危険な毒の刃を、美波は縦横無尽に振り乱し、もがくオロチの頭へと喰らわせる。

 機動力と連続攻撃を得意とする手数でもって、ヤマタノオロチが封印から脱する力を美波は奪い続ける。

「うん、ちょっと麻痺った感じ! 中嶋くーん、そっちの第一頭はお願いねーっ!」

「分かったよ」

 再生する首への攻撃役として、もう一人選ばれたのは中嶋陽真だった。

 彼も美波と同じく、両手に剣を持つスタイル。しかし、それは天性の才能で自前のナイフ術を振るう美波とは異なり、長年培われた剣崎流剣術による正統派な二刀流だ。

 右手に握った『銀鉄の剣』は攻撃魔法を放つ様な効果はない純粋な長剣であるが、剣崎流剣術を収めた彼にとっては、十分すぎる威力を発揮する頼れる刃だ。

「剣崎流――『双つ薙ぎ』」

 二刀による二連撃の武技。

 銀鉄の剣によって繰り出される初撃は、再生途中にあった鱗を再び叩き割る。

 そこへ、左手に握った凍てつく刃が二撃目を見舞う。


『クールカトラス・改』:委員長の氷結晶を組み込み、さらに氷属性の力を増した魔法剣。


 魔法剣士たる陽真の攻撃は、多少なりとも氷の槍による封印の維持にも貢献する。

 彼が美波と共に封印継続役に選ばれたのは、二刀流の手数に加え、魔法剣士としての力があるからだ。

「中嶋君、そのまま鉄槍の封印もお願い!」

 涼子の呼びかけに、頷き一つで答えて、陽真はビシビシとヒビの入り始めた鋼鉄の封印槍へと向かう。

 杏子の打ち込んだ『破岩長槍テラ・フォルティスサギタ』は、土属性なので涼子では補強することはできない。

 巨大な黒鉄の槍は頑強さだけなら涼子の氷の槍を上回るが、それでも限度はある。

 そこを補うことができるのが、魔法剣士として各属性の魔法剣を操る力を持つ陽真だ。

 銀鉄の剣を鞘に戻し、代わりにもう一本の魔法剣を抜く。


『黒鉄丸』:『封印槍・黒金』と同じ素材を用いて作られた、小鳥遊産の剣。黒一色の刀はやや重たいが、発動させる土魔法は金属化できるほどに強力となる。


「ハァアアアア――『岩砲テラ・ブラスト』っ!」

 土属性の下級範囲攻撃魔法を、遠距離攻撃としてではなく、突き刺してのゼロ距離で炸裂させる。

 通常の『岩砲テラ・ブラスト』より倍の消費魔力を費やすことで、放たれる破片は黒い鉄と化す。

 そして『封印槍・黒金』には、付近に同質の土魔法による黒鉄があれば、それを吸収して自らを補強する追加効果が組み込まれている。

 その吸収効果は小鳥では付与することはできず、龍一の錬成能力だからこそ実現できた特殊なものだ。小太郎が龍一にウザがられながらも、必要な効果だから何とかして、と訴え続けた末に実装された特殊効果である。

 陽真が放った黒鉄の『岩砲テラ・ブラスト』は、深々とオロチ頭の肉を割いて食い込んだ末に、槍へと吸収され、入りかけていたヒビが修復されていった。

「ふぅ……今のところ上手くはいっているけれど……なかなか、魔力消費がキツいな」

 ここまで立て続けに、魔法剣を使い続ける戦闘は陽真も始めてだ。

 自分の役目を果たすにあたって要となる、『クールカトラス・改』と『黒鉄丸』の扱いは、ダンジョン探索でよく練習を重ねてきたが、本番での持久戦となると、いよいよ自分の魔力の限界というのも見えて来てしまう。

「それでも、やるしかない……剣崎さんが見ていなくても、俺は自分の役目は果たす!」

 大一番となるヤマタノオロチ討伐戦で、明日那と異なる割り振りになったのは不満に思ってしまうところではあったが、相手はあまりに強大。最早、色恋のことなど考える余地すらない。

 そうして、陽真は美波と共に、三つの首の間を忙しなく飛び回っては、攻撃を与え続ける過酷な仕事を果たし続けた。

「まずい、第二頭の再生が早いわ! 三人で一斉に抑えるわよ!」

 そして勿論、この封印地点の作戦指揮を預かる涼子は、減り続ける一方の魔力と集中力を振り絞り、一分、一秒でも長く持たせるために奮戦し続ける。

「……」

 そんな三人の必死な戦いを、小鳥遊小鳥は眺めていた。

 ただ、眺めていた。

 最初に三つの首を刺す封印槍に『永続エタニティ』をかけて以降、彼女の仕事はない。

 強いて言えば、一時的に補給に戻った三人に、水やらポーションやらを手渡すくらいのもの。

 西側トーチカの中で、錬成した椅子に座って三人の戦いを見ているだけだった。


 プルルル、プルルル、プルルル――


 そんな時、不意に鳴り響いたスマホ。

 即座にポケットから引き抜くが、着信相手の名前が『桃クソ』と表示されているのを見て、タップするのをやめた。


 プルルル、プルルル、プルルル――


 うんざりするほど長いコール音の後、小鳥は渋々、画面にタッチした。

「もう、小鳥は忙しいんだから、無駄に電話するのやめてよね、桃川君!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 上から来るぞ!気をつけろ!
[良い点] 胡散臭い小鳥遊が、完全に信用することが出来ない確証が表れたことです。
[良い点] んん、数話前に小鳥遊黒幕説を感想欄でみたけど、封印維持組の頑張り中の妙な表現とか無言のセリフが怪しすぎる……
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