第231話 ヤマタノオロチ討伐戦・第二段階
「――やぁ、待ってたよ、二人とも」
凄い速さで塹壕を駆け抜けてきた勇者と王の二人組を、『双影』の僕が迎える。
ヤマタノオロチ討伐作戦は、大まかに三つの地点で展開される。
一つ目は、本体コア破壊のための岩山山頂。
二つ目は、最初に仕掛けた三つ首の封印地点である東側。
そして三つ目がここ、封印地点とは反対側にあたる西側。
残るフリーの五つ首を、この場所でまとめて抑える。これからこの場は、すぐにブレスの飛び交う激しい戦場となるだろう。
そういうワケで、ここは最大の主戦場になるから、指揮と連絡役を兼ねて、『双影』による分身を配置しているのだ。僕の分身がここにいれば、岩山へ向かった特攻隊の様子、作戦の進捗状況もリアルタイムで把握できるからね。
本当に最悪の場合、岩山からの撤退を余儀なくされた時は、ここから蒼真君達に援護を求めることになっている。
「桃川、封印の方はどうなった」
「今正に槍が刺さったところ」
「三つ目の首も成功か」
「うん、だから急いで頼むよ」
頷いて、蒼真君はすぐに駆け出した。その後ろを、ちょっとダルそうに天道君も続く。
さりげに、ここで二人が西側から仕掛けるタイミングもポイントなのだ。第三頭の封印直後に、この二人がこっちサイドから仕掛けることで、次に出てくる頭をこちら側に出現するよう誘導できる。
もしタイミングが遅れて、封印側に第三フェーズの追加頭が登場すれば。もうその時点で作戦失敗となってしまう。
なので、この二人には初手から派手にぶっ放してもらおう。
「『蒼炎剛球』」
「『レッドブレス』」
『蒼炎剛球』:蒼真君が習得した火属性の上級攻撃魔法に相当する技。青く輝く炎は、本当に温度が高いから青いのか、それとも勇者の特別仕様のエフェクトなのか、どちらにせよ、上級に相応しい威力を発揮する。コイツの破壊力を目の当たりにした『魔法剣士』中嶋は涙目だったよね。
『レッドブレス』:お馴染みの天道君がぶっ放す炎とか爆発とかの魔法の正体。火竜サラマンダーを倒したことで習得した技らしく、威力は勿論、使い勝手も抜群。最近はもっぱら黒い剣を使っていたけれど、レッドブレスを最大で撃つ時は、僕と会った頃に使っていた赤い剣の方が良いらしい。だから、今はサラマンダーベースの赤い大剣になっている。
二人がそれぞれ剣先に灯した炎の魔法を、岩山へ向かって解き放つ。
青と赤、二色の燃える尾を引いて――着弾。
目に鮮やかなブルーと眩しいほどの紅蓮が爆炎と化して、炸裂する。
「ふふん、馬鹿め、のこのこ出てきたな」
岩山で起こった爆発によって、ガーゴイル共がギャアギャア騒いで飛び立つ中、ゴゴゴと音を立てて、二つの巨大な首が現れる。ヤマタノオロチ、第四の頭と第五の頭だ。
まぁ、演習でもこうやって先制攻撃を加えておけば、必ずこっち側を優先して出てくることは判明しているからね。本当に、ゲームのAIみたいにお決まりの行動をしてくれる。そうでもなければ、コイツの攻略なんてやってられないけど。
「先に撃たれたら面倒だ。速攻で潰すぞ、悠斗」
「ああ、行くぞ、龍一」
流石に今日は本番とあって、天道君もヤル気がみなぎっている。
しかし、あらためてこうして二人の姿を見ていると、蒼真君の相棒はやっぱ天道君で、逆もまたその通りなんだよね。
仲間と一緒に戦う時と、二人だけで戦う時では違うのだ。蒼真君は仲間を守ろうという意識が強いし、天道君もアレでいて本当に見捨てているワケでもない。
二人にとって、仲間なんて枷にすぎないのだ。常に気にして立ち回らなければならないから。
けれど、蒼真君と天道君のコンビで戦う時に限っては、そうならない。守らなくていい、気にしなくていい。何故なら、強いから。
守ってやる必要がないからこそ、全力を出せる。全ての力を敵にだけ集中できる。
それでいて、お互いがどう動いて、どう考えているのかが、分かるんだ。
これまで僕は蒼真君の戦いも天道君の戦いも、どっちもそれなりに見てきた。単独でもなく、パーティでもなく、二人で組んだ時が一番動きが良い。僕から見ても分かるくらいだ。
この戦いぶりを見せられると、桜ちゃんも委員長も、二人の隣に立つにはちょっと……いっそもう付き合っちゃえば? そしたら世界が平和になると思うんだよね。
そんな馬鹿なことを考えながら、僕はばっちり息の合った最強親友コンビの戦いぶりを観戦している。
光の剣に斬撃と攻撃魔法を織り交ぜながら、オロチの第四頭を目にもとまらぬ連続攻撃で圧倒していく蒼真君。
赤から黒へと変化させた闇の大剣を叩きつけ、爆炎をぶっ放し、オロチの第五頭を絶大な破壊力でもって封殺している天道君。
スピードは蒼真君の方が速い。空中で二段とか三段もジャンプ決める機動力も凄まじい。
パワーは天道君。一撃の威力がデカい。それでいて、肩口まで覆う黒い鎧の防御力もある。今オロチのタックルを普通に受け止めたよね? どうなってんの体重差とか。
それぞれの持ち味を存分に生かして、オロチに一度もブレスを撃たせずに二つの頭を抑え込んでいる。
オロチは喉元が赤とか青とかに光っていると、ブレスがチャージされている合図だ。こんな見た目に分かりやすい予備動作を実装してくれてありがとう。
第四頭も第五頭も、それぞれ赤と青に喉を光らせ、いつでも発射準備は完了しているが、巧みに立ち回り狙いを定めさせない蒼真君と、発射寸前に一撃を叩きこんで強引に阻止し続ける天道君。
場合によっては、二人がそれぞれ互いの相手を入れ替えて、ブレスを止める攻撃をぶちこむのだから、本当に凄いコンビネーションである。阿吽の呼吸とは正にああいうのを言うのだろう。
「そろそろ、倒せるか」
そう思ったのは二人も同じようだ。
蒼真君は居合抜きみたいな格好で剣を構え、天道君は高らかに大剣を振り上げる。
大技は放つと、その分だけ隙も大きくなりやすい。さっきの第一フェーズの時は、大技を一発放つだけで二人の役目は終了するから、気兼ねなく開幕ぶっぱできたワケだ。
けれど、今はそれぞれ単独でオロチ頭の相手。後先考えずに大技は使えない。
だから、コイツを使うなら、トドメの時と相場は決まっている。
「――『刹那一閃』」
「――『ネザーヴォルテクス』」
輝く光の刃が、オロチの巨大な首を一刀両断に斬り落とす。
唸る闇の渦が、オロチの頭を脳天から粉微塵に砕き散らす。
巨大なモンスターの頭部を完膚なきまでに破壊しきり、勇者と王はそれぞれ剣を収めた。
「ふぅ、少し休憩だ」
「あまりのんびりするなよ、すぐに出て来るぞ」
ズズーン! と轟音を立てて頭を失ったオロチの首が地面へと倒れ込むのを背景に、武器を収めた二人は一息ついている。
完全に頭を落としておけば、最短でも5分は再生に時間かかるからね。再生中を叩くにしても、断面が蠢いて、はっきりと再生が開始された時に攻撃しないと意味はない。
今の状態では死体も同然なので、攻撃するだけ労力の無駄になる。
「ポーション飲む?」
「いらねーよ」
「怪我もしてないからな、水で十分だ」
天道君はちょうどタバコ一本を吸い終わり、蒼真君は水を一口飲んで仕舞い込むと、ちょうどヤマタノオロチも動き始めた。
ゴゴゴゴゴゴ!
というこれまで以上の轟音を立てて、いよいよ最後の首が現れる。
「さて、ようやくお出ましだな」
「ああ、ここから先は初めてだ……気合いを入れて挑もう」
「マジで八本首だったんだねコイツ」
天を衝くけたたましい咆哮と共に現れたのは、三本の首である。
ヤマタノオロチの第六、第七、そして第八の頭。
これで奴の八本首が初めて全開放された。演習では危険が伴うから、第二フェーズの途中で撤退をしたものだ。
だから、ここからはまだ誰も挑んだことのない、ヤマタノオロチ第三フェーズである。
「でも、準備は完璧だ」
三つ首の封印は維持されている。八本全ての首は出ていても、八本を同時に相手することは絶対にない、というか、させない。
「三本封印、二本は再生中。新手の三本だけが、今のお前の総力だ」
グォオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
実に五本もの首を立て続けに撃破され、オロチも相当にキレているのだろうか。吠える声がいつもにも増してデカい。
そしてこれは当然とばかりに、三本とも開幕ぶっぱ用のブレスチャージは完了。
三本の喉元はそれぞれ、赤、青、そして紫色に輝きながら、莫大な魔力の奔流を解き放たんと大口を開く。
「俺は右のを止める」
「じゃあ俺は左で」
蒼真君と天道君は、焦ることなく、さっきと同じようにブレスに先んじて攻撃を加えることで、発射阻止に動く。
だが、いかにこの二人でも止められるのはそれぞれ一つずつ。
今、ブレス発射寸前の頭は三つ。
あと一つ、何者にも邪魔されずに堂々とブレスをぶっ放そうとするのは、真ん中に位置する第八の頭。
開かれた口腔には、ヤバそうな紫の輝きが漏れて、次の瞬間には――
「剣崎流――『百烈散華』ッ!」
どこからともなく飛んできた剣崎が、すげー勢いで高速回転しながら、なんか光ったり炎を出したりしながら、第八頭の横っ面を斬り飛ばした。
なにが剣崎流だよ、あんな何百回転してんのか分らん動きで連続斬撃繰り出す技なんか、現実に生きる地球人類が扱う剣術の技にあるわけねーだろ。絶対それお前オリジナルの技じゃん。
などと突っ込みどころはあるものの、熟練の『双剣士』が繰り出す本気の武技は流石にかなりの威力を誇る。
オロチの頭は激しい血飛沫を上げながら、思わず、といったように上を向く。そして、そのまま照準を天にロックオンして、紫のスパークが散る極太のブレスが放たれた。
「流石は明日那だ」
「すまない、蒼真。少し遅れたな」
見事に第八頭のブレスの射線を逸らして見せた剣崎は、華麗な着地を決めると共に、ドヤ顔で蒼真君に言っていた。お前ホントにメイちゃんいないとこだと元気だよな。
「天道くーん!」
「アタシらも加勢しに来たよ!」
そして、剣崎にやや遅れてジュリマリコンビが、
「ぬぁー、やっとついたー」
「くっそ、地味に距離があるんだよな」
さらに遅れて、上田と中井が、
「ぜぇー、はぁー、はぁ……」
最後の最後に、息も絶え絶えな姫野さんが合流した。
「よし、これで全員揃ったな」
「あとはダラダラ、時間つぶしするだけか」
五本首の相手に、集められるだけ集めたぞ。
ブレスを撃ちまくるのが五本首だけでも、正直、今もキツい。
だが、三本だけなら抑え込むことは十分に可能。
わざわざ蒼真君と天道君が頑張って、二本を完全にダウンさせてくれたんだ。このまま五本中、常に二本を再生中で留め続ければ、かなりの長時間、粘ることができるだろう。
僕らが本体コアを破壊し、ヤマタノオロチの息の根を止めるまで。
「ここからが本番だ――」
「――ここからが本番だ。これから先は、もう簡単には退けない」
封印だけの第一段階までなら、失敗してもすぐに撤退可能だ。
第二段階の八本首解放でも、まだ全員が外周部にいるから逃げることはできる。
けれど、岩山に乗り込んだ後では、撤退は絶望的。もうヤマタノオロチを完全に倒すより他はない。
覚悟はとっくに決めてある。僕も、みんなも。足りなきゃゴーマのクスリでもキメてやれ。
「全員、揃ったね」
第三頭の封印に成功してから、僕ら特攻隊は速やかに塹壕まで集合。
僕、メイちゃん、蘭堂さん、下川、山田、そして桜ちゃん。
これに加えて、レム初号機『黒騎士』、二号機『アラクネ』、三号機『アルファ』、四号機『ミノタウルス』、の主力機体を全機投入である。
「準備はいい?」
「うん」
と気安く頷いてくれるのは、メイちゃんだけ。他の面子は、明らかに緊張で顔が強張っている。うん、僕も今、ちょっと頬が引きつってるよ。
演習では『双影』と化して何度も特攻してきたけれど、やはり自分の本体で挑むとなると、震えて来るね。
けれど、行く。僕は一人じゃない。頼れる仲間がいれば、必ず乗り切れる。乗り越えてみせる。
だからどうか、これで倒せる難易度調整になっててくれよ!
「下川君」
「お、おうよ――『水霧』っ!」
いつもよりも気合いの入った霧の目くらましが『水魔術士』下川によって放たれる。
すっかり馴染み深い霧の幕は、すぐに濛々と周囲一帯に立ち込めて、視界を白い闇に閉ざしていく。
岩山へと接近する段階で、ガーゴイル共は気付いて襲ってくる。少しでも邪魔させないために、スタートから煙幕を焚いておこうってワケ。
それに、万が一にでもオロチ頭がこちらへ向かってくることは避けたい。
演習では、頭に余裕ができれば、岩山にいる僕の方へ襲ってくることもあった。みんなの足止めも絶対ではない。
実はこの『水霧』は今回の作戦において少しばかり改良されている。それは触れてみると分かるのだが、温いのだ。
霧はそのままだと常温なのだが、今はあえて温度を上げている。温度調整できるよう下川が練習したのだ。その恩恵で一発でお湯も出せるようになったり。
何故、わざわざ霧の温度を上げたかというと、熱源感知を誤魔化すためだ。
ヤマタノオロチは蛇だ。電車サイズの巨躯に八本首もある巨大モンスターだが、見た目的には完全に蛇である。
だから、もしかすればコイツらの頭にはピット器官が存在しているのかもしれないのだ。
ピット器官ってのは、蛇が持つ温度を感知する器官。色でも音でも臭いでもない、サーモグラフィーのように温度の変化を知覚できる、第六の感覚と言うべきか。
蛇は夜行性が多いらしく、暗くて視界ゼロでもピット器官の温度感知があれば、闇に紛れる小さなネズミでも捕らえられる。
ヤマタノオロチでいえば、僕ら人間などネズミサイズの小動物だ。もしピット器官を備えているならば、隠れ潜んでも簡単に見つけるだろう。
多少の検証はしてみたけれど、結果的にはコイツも温度感知している可能性は十分にある、という結論に至った。ついでに、魔力も感知している可能性もある。
恐らくは、温度も魔力も、どっちも感知できるのだろう。
そういうワケで、せめて温度だけでも誤魔化そうと思い、このサーモプロテクト仕様の『水霧』が編み出されたのだ。
「よし、それじゃあ覚悟を決めて行こうか」
薄らと煙る温い霧の中、僕ら特攻隊は静かに塹壕を進み始めた。




