第230話 ヤマタノオロチ討伐戦・第一段階
時は来た。今日、僕らはいよいよヤマタノオロチの討伐に挑む。
英気を養い、完全武装を整えた、我らが二年七組。総勢18名。
僕らは前線司令部に集まり、ガーゴイルが集る岩山を眺めた。
「――みんな、準備はいいわね?」
委員長の呼びかけに、みんなは若干の緊張感を持ちながらも、声を上げて応える。
「よし、それじゃあ行こう。必ずヤマタノオロチを倒し、そして、全員で生き残るんだ!」
と、発破をかけるのは僕じゃなくて蒼真君。こういうの、やっぱり勇者様の方が似合うしね。
おおーっ! とみんなで気合いの入った声を上げて、いよいよ作戦開始だ。
まずは全員で、前線司令部から見て右、東側へと移動する。
塹壕の中を二列縦隊で行進すれば、ガーゴイルがちょっかいだしてくることもない。
この辺の動きは、演習でやっているからスムーズに進む。特に僕や委員長が口出ししなくても、速やかに全員が配置についてくれた。いいね、この連携感。
「全員、準備完了だ。メイちゃん、いつでもいいよ」
「うん、行って来るね、小太郎くん」
ヤマタノオロチ討伐戦、その先陣を切るのは僕の守護神、『狂戦士』双葉芽衣子。
ヒラリと塹壕から飛び出し、メイちゃんは真っ直ぐオロチの居座る岩山へと駆け出す。
グゥウウオオオオオオオオオッ!
早速、お出ましである。
これまで僕らが最も多く叩き潰してきた、最初の頭。第一フェーズの一本首だ。
コイツが出てきた段階で、すでに他のみんなも塹壕を出てスタートを切っている。
メイちゃんが明確に先行している形になるので、オロチの第一頭は他には目もくれず、真っ直ぐに彼女めがけて巨大なアギトを開く。
地面ごと丸飲みしようというのか、オロチの頭はガリガリと砂地を削りながら、メイちゃんに向かって突撃してゆく。それはまるで、暴走する電車に、人間一人が真正面からぶつかっていくような光景だ。
しかし、ここに立つのはただの人間ではない。狂戦士の力を宿した、超人である。
「ハァアアア――『剛撃』ッ!」
黒き大盾を前面に押し出しながらメイちゃんは大跳躍を決め、勢いのまま武技をオロチの鼻っ面に叩きこむ。
『剛撃』:いわゆる一つのシールドバッシュ。盾でぶっ叩いたり、ぶっ潰したりする威力が上がる。気が付いたら習得していた、らしい。
渾身の力技が炸裂し、巨大なオロチの頭が止まる。
どれほどの打撃力が炸裂したのか、奴の鼻先を覆う鱗には、薄らとだがヒビが走っていた。
しかし、それだけ。出血を強いるほどのダメージは入っていない。
オロチの頭は『剛撃』と正面衝突し、僅かな間、その動きを止めたに過ぎない――けれど、その一瞬の隙だけで十分なのだ。
「今だ、龍一!」
「んなもん、見りゃあ分かるっつーの」
左右から挟み込むようにオロチへ迫るのは、『勇者』蒼真悠斗と『王』天道龍一。
勇者の手にはその名に相応しい光り輝く聖剣が握られ、王はその位に見合った黒々とした重厚な大剣を振りかぶっている。
タイミングは完璧だ。流石、幼馴染の親友同士なだけあるね。
「切り裂け、『刹那一閃』」
「喰らいやがれ、『ネザーヴォルテクス』」
蒼真君は、神々しいほどの白い輝きを発する光の斬撃を。
天道君は、禍々しい黒く渦巻く不気味な闇の竜巻が。
それぞれ、他の武技や魔法とは一線を画す強大な威力を伴って、両側からオロチを襲う。
ゴォオオアアアアアアアアッ!
流石にエース二人による大技を同時に受け、オロチは痛みに吠える。
首の右サイドは光の斬撃により大きく切り裂かれ、反対側の左サイドは闇の渦によって深く抉られている。
致命傷と呼べるだけのダメージが入ったといっていい。
しかし、奴はここからでも普通に再生してゆく。攻撃の手を緩めれば、あっという間に元通り。
だから、今がチャンスなのだ。
「頼んだわよ、美波!」
「外すなよぉ、剣崎ぃ!」
「任せてよ、涼子ちゃん!」
「気が散るから黙ってくれ、蘭堂」
大技を放った勇者と王を追い越して、追撃に移ったのは『盗賊』夏川美波と『双剣士』剣崎明日那。
素早く、かつ正確に、瀕死に陥ったオロチへ次の一手をぶち込むための人選だ。
二人の手に握られているのは、それぞれ愛用の二刀流ではない。
夏川さんの手には、全長2メートルはある、青い輝きを放つ氷の槍。
剣崎には、同じサイズだが、黒光りする重い鋼鉄の槍が握られている。
『封印槍・氷結』:委員長の『氷結錬成陣』によって作り出される高度な氷属性魔力結晶『氷結晶』によって作られた槍。だが、その真価は氷の槍を通して自身の氷魔法を発動させた時に発揮される。
『封印槍・黒金』:蘭堂さんの『鉄鉱錬成陣』によって最大限に精製された土属性光石を材料として、天道君が直々に錬成して作り上げた黒地に金模様の入った槍。こちらも、蘭堂さんの土魔法の発動によって、真の力を発揮する。
それぞれ封印槍を持った夏川さんと剣崎は、首をもたげる力も失いかけているオロチの頭へと疾風の如く駆け上がる。
目の上の脳天辺りに夏川さんが。口を閉じて鼻のやや後ろ辺りに剣崎が、それぞれ狙いの配置につく。
オロチが再生によって力を取り戻すのは、まだ数十秒は先だ。
二人は余裕を持って、力の限りに槍を突き立てた。
「涼子ちゃん、やったよ!」
「蘭堂、お前こそ外すんじゃないぞ!」
しっかりと二本の封印槍が突き刺さったことを確認してから、委員長と蘭堂さんは、それぞれの魔法の武器をオロチへと向ける。
「――『凍結長槍』」
「――『破岩長槍』」
発動するのは、氷と土の上級攻撃魔法。
ただでさえ高威力を誇る一撃だが、それらは今、封印槍によってさらなる強化を果たして顕現する。
魔法発動の起点となる魔法陣が展開したのは、どちらも封印槍の真上。
青く輝く『凍結長槍』の魔法陣からは、凍てつく長大な氷柱が出現し、
バキィインッ!
と音を立てて『封印槍・氷結』が砕け散ると同時に、現れた氷柱のサイズが倍加する。その太さも長さも、二倍以上。
当然だ、『封印槍・氷結』の材料になっている氷結晶が含有する魔力量は、委員長が発動する『凍結長槍』一発分を上回る。
それだけの魔力量を、発動した攻撃魔法につぎ込んだ。
そして、これと同じように蘭堂さんの破岩長槍』も無事に倍化発動する。ただの岩ではなく、黒々とした鋼鉄の大杭と化して、頭に突き刺さってゆく。
よし、完璧だ。
つまるところ、この封印槍というのは、自分の魔法を強化する使い捨てアイテムなのである。
委員長も蘭堂さんも、その上級攻撃魔法の威力は立派なものだが、電車サイズのオロチ頭を縫い止めるには、十分とは言えなかった。
二人にとっても大技であり、そう簡単に連発もできない。拘束に時間をかければ頭が復帰する方が早い。
だから、一撃で奴の頭を大地へ磔にさせる必要があった。
封印槍の試作品で、これを使って魔法の威力ブーストできるかの実験は繰り返したけれど、この本物は本番でしか使えない。封印槍を仕上げるのには、かなりの時間と素材を消費した。それでいて、一回使ったらぶっ壊れる、使い捨て仕様。試し撃ちなどとてもできない。
小型の試作品では上手くいったけど、本物に込められた魔力量が、果たして適切にブーストされるのか不安は残ったが……どうやら、思った以上に上手くいった。
ウグォオオオ……
情けなく、潰れたカエルみたいな鳴き声を、氷と鉄の大槍によって貫かれたオロチがあげている。
二本の封印槍はそれぞれの上級攻撃魔法として、大きな頭部を真上から地面に突き刺さった。氷の槍は脳天を貫き、鉄の槍は上顎と下顎をまとめて縫い止め、奴の大口を塞ぐ。
「――『永続』!」
そこで間髪入れずに放たれた、魔法で作った物を完全に物質化させる『永続』によって、オロチの頭を封じる楔は完成した。
「封印槍成功だ! 次、アンカー行け!」
「よっしゃあ、行くぞお前ら!」
「おおーっ!」
僕の叫びに応じて、上田をはじめ前衛組みが全員、二本の巨大槍で磔にされた頭へと向かう。
その途中で、地面に突き立てられた大きな槍、というより、銛を拾い上げる。銛の石突からは太い鎖が繋がり、ジャラジャラと音を立てて伸びて行く。
姫野さんが頑張って作った、追加の固定用アンカー。
あらかじめ地面に打ち付けてあるので、あとは銛側を頭に突き刺せば、それで拘束完了である。
オロチの第一頭を打ち付ける地点も、事前に決めて準備してたからね。
「次の頭が出るまで、あと30秒だ!」
「急かすなや桃川ぁーっ!」
「今やってんだろぉーっ!」
僕の正確な時間指示を聞いて、文句を言いながらもジュリマリコンビが流れるようなコンビネーションで銛を突き刺す。
ジュリの方が銛を持って刺し込み、マリの方が打ち込みようにわざわざ作った呪術師謹製スレッジハンマーでぶっ叩く。大きな返しのついた銛は、深々と打ち込まれ、そう簡単には抜けない。
そんなもんをオロチの右眼にぶち込んで、ジュリマリはすぐさま次の打ち込みポイントへと移動し、再び銛を繰り出す。
反対側の左眼では、上田が銛を刺し、中井がハンマーで打ち込み。
さらに別な場所では、中嶋が銛、山田がハンマーでコンビを組んで作業中。
よし、いいぞ、練習した甲斐があって、予定通りに拘束は進んでいる。
演習を繰り返すことで、第一頭が倒されてから、次の第二、第三の頭が出てくる第二フェーズは始まるまでの時間も割り出せている。
数秒間の前後はあるものの、おおむね、45秒。
15秒で封印槍のメイン拘束を完了させ、残り時間で銛によるサブ拘束を行う。
それと同時に、他のメンバーは第二フェーズに備えてすでに動き始めている。
この辺の動きの段取りは、完全にゲームでの強敵ボス攻略と同じだ。相手は必ずこう行動する、と分かっていれば、対抗手段とタイムテーブルに沿って攻略できる。
ああ、こういうのは勝と一緒によくやってたから、もしいてくれれば、僕が指揮したり作戦立案したり攻略法考えたりする負担は半減しただろう。本当に、誰かを失ってしまうと、惜しむ気持ちばかりが後から湧いてくる。
「あと10秒、そろそろ来るか――」
ギシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ちいっ、こういう時に限って出てくるのが早いんだよ!
これまでよりも3秒ほどは早い登場だ。岩山の方から、砂埃を上げて新たな二つの首が出現した。
あんまりにも第一頭が瞬殺されて、焦っているのかキレているのか。キレそうなのはこっちの方なんだけどね、お前のチート性能に。
「蒼真君、天道君、頼んだよ!」
次に先陣を切って飛び出すのは、勇者と王のツートップ。
要領はさっきと同じ、大技をぶっ放して速攻で頭一つを瀕死まで追い込む。そこから先の封印槍とアンカー拘束も同様だ。
「『刹那一閃』!」
「『ネザーヴォルテクス』!」
光と闇の挟撃によって、第二頭は地を這う。
そのチャンスを逃さず、再び封印槍を携えた夏川さんと剣崎が駆ける。
ちなみに、二人に二本目の槍を手渡す役は姫野さんだ。桜は彼女の護衛。
そうして、ついさっきと全く同じように封印作業は進んでゆくが、この第二フェーズでは頭が二つある。
片方が集中して叩かれれば、当然、もう片方が黙っていない。
「『戦叫』――ォオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
大地を揺るがすような凄まじい咆哮を発するのは、メイちゃんだ。
第三頭が第二頭の救援に動こうとしていたが、そのあまりに存在感と危機感とを煽る強烈な叫びに、メイちゃんの方へと向く。
『戦叫』:めっちゃ叫んで魔物の注意を引きつける技。ネトゲのタンク職とかにはこのテのヘイト集中のサポート技はよくあるが、まさか異世界の『狂戦士』にも実装されているとはね。メイちゃんがコイツで叫べば、ヤマタノオロチだって振り向かせられる。
「こっちに来いっ!」
戦意全開で盾とハルバードを構えるメイちゃんに向かって、第三頭が襲い掛かる。
よし、上手く引きつけられた。メイちゃんは数十秒、奴を食い止めてくれればそれでいい。
おら、桜テメーはボーっとしてねーでさっさとメイちゃんに援護射撃しろや。今支援できるクラスメイトはお前しかいないんだぞ!
「第二の封印急げ! いくらメイちゃんでも食い止め切れるか分からない!」
第三頭がいつ気まぐれを起こして、第二へ向かうか分からない。『永続』で固定化した封印槍も、別な頭が体当たりすれば破壊できるだろう。
封印槍は集めた素材をつぎ込んでるんだ。替えはきかない。
「――『凍結長槍』」
「――『破岩長槍』」
よし、無事に第二頭にも封印槍をぶち込んだ。頭の位置もばっちり。アンカー固定もすぐにできる。
「委員長と蘭堂さんはすぐメイちゃんの援護に入って!」
「ウチの『永続』は――」
「小鳥遊が二本ともかけろ! 第三が第一の方を向いてるから、急いで攻撃を集中させる!」
本来なら、蘭堂さんがここでも自分の鉄槍には自ら『永続』をかける手はずだったけど、急遽変更だ。
第三頭の野郎、まさか第二じゃなくて最初に封印かました第一頭の方を気にするとは。
しかし、これも修正の範囲内。
「姫野、氷は上田、鉄はジュリに渡して! 夏川、剣崎は第三にそのまま攻撃、毒も使って!」
頭の動きそのものを止めるなら、それ相応の火力が必要だ。
委員長、蘭堂の援護射撃と、夏川、剣崎の近接、四人の攻撃を集中させて第三頭を食い止める。
「えっ!? えーっと、上田君、野々宮さん、どこーっ!」
「おい、こっちだ、早くしろ!」
「急げよ姫野ぉーっ!」
急な役割変更に、ちょっと姫野さんがテンパってるが、槍を渡すだけだから大丈夫だ。
こういう事態に備えて、他の人でも封印槍を刺す役の練習はしているからね。
「はぁ、やっぱ蒼真君と天道君が抜けると、頭一つ倒すのにも苦労する」
二人はすでに、ここを離脱して次の配置へと向かっている。だから、第三頭の封印には二人の助力は得られない。
だが、すでに第一と第二の二つ首は完全に動きを封じている。
第二頭の封印が無事に完了さえすれば、残る第三頭が一つきり。首一本だけを相手にするなら、メイちゃん抜きでも勝てる。
「ハァアアアアアアアアアアアアッ!」
大きなハルバードでもって、嵐のような連撃を繰り出し、メイちゃんは第三頭へ猛攻をくわえている。鱗を砕き、肉を裂き、結構なダメージが通っている。
これに加えて魔術士の支援と、夏川、剣崎に続いてアンカー固定を終えたメンバーが続々と攻撃に加わる。
第三頭は最早、他の首を気にする余裕もなくなり、押しに押されて出血を強いられる。
「ダメージは十分だ! 後は予定通りの配置で封印に移って!」
ここまで来れば、役割変更を続ける必要もない。
再び、封印槍は夏川と剣崎の二人の手に渡り、アンカー組みは鎖付きの銛を握りしめ機会を狙う。
「――『凍結長槍』」
「――『破岩長槍』」
無事に三度目の封印槍が炸裂し、三つ目の頭も地面へと貼り付けることに成功。
三つ全ての首が大地に伏せ、ヤマタノオロチ第二フェーズが終了。
ここから先は、いよいよブレスも解禁される第三フェーズだ。
「作戦の第一段階は完了した! すぐに第二段階へ以降する!」
各員、配置につけ――というところで、
ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
第四と第五の頭が出現したことを示す、咆哮が響き渡った。
だが、ここには、三つの頭を封じた、こちら側からは出てきていない。
「タイミングは完璧だよ、蒼真君、天道君」
首の出現位置をコントロールするために、あの二人を先に反対側へと回り込ませたのだ。
封印した三つ首周辺では、他のオロチの頭は近寄らせない。ここから離れた反対の西側方面で、残りの五つ首の相手をする予定だ。
そして、僕ら本体コア破壊チームも、ここからいよいよ動き出す。




