第229話 リライトと色んな精霊(2)
「キャンキャン!」
「ぶはは、おいやめろって! くすぐってぇだろぉー」
チビの赤犬がブンブン尻尾を振りながら、俺の顔をペロペロしてくる。
「このやんちゃ坊主め、すっかり元気になりやがって」
ワンワン、と鳴き声をあげてチョロチョロと走り回る赤犬は、すっかり傷も癒えて全快していた。
森の中で見つけた、怪我したコイツを助けてから、僅か一日でこの様子である。
流石は薬草精霊の回復力か。あるいは、コイツ自身の生命力か。いや、キナコがとってくれた鳥肉が効いた、という線もありうる。
ともかく、赤犬はこうして回復した。
そして、傷が癒えて俺に飛びかかって来たコイツは、牙ではなく舌を出した。敵意はない。俺が傷を治したということを分かっているのか、早々に懐いてきたものだ。
「こうして見ると、お前もなかなかカワイイ顔してんじゃねーか」
「クーン!」
どこか嬉しそうに笑った、と思えるのは俺が早くもデレてしまっているからか。
いやぁ、懐いてくれる犬って、マジでカワイイよね。
「リライト、遊ンデナイデ、飯ノ準備スル」
「へへっ、なんだよキナコ、拗ねてんのか?」
「ソンナコトナイ」
「ごめんな、でも俺のベストモフモフはお前だから!」
「プン」
とか言って、キナコは今日も河原漁業に向かって行った。
さて、俺もいつまでも遊んでいるワケにはいかない。キナコの言う通り、食事の支度をしなくては。
「ワンワン!」
「俺は仕事があるから、お前はちょっと大人しくてろ……っと、そういやぁ、まだ名前つけてなかったな」
この調子ではコイツも俺達の森脱出についてくることになるだろう。新たな旅の仲間というわけだ。
「うーん、そうだなぁ……」
今はまだ小さい赤犬だが、コイツも成長すればいずれあの獰猛な大型犬サイズにまで成長していくだろう。
ならば、そんな時に堂々と名乗ってカッコいいと感じるネーミングがいい。決して、今の可愛らしい子犬イメージだけで名付けてはいけない。
「よし、お前の名前はベニヲだ!」
「キャンキャン! クゥーン!」
「ふっ、気に入ったか。流石は俺の天才的ネーミング」
早速、ベニヲの名を授かって喜んでいるようだ。尻尾振りながら、俺の足元をクルクル回っている。
「いいか、お前はもうただの野良じゃねぇ。俺らは仲間だ、これからよろしく頼むぜ」
「ワンワン! ゴシュジン! ワンワン!」
「おおっ、なんだ、もう仲間として心が通じて来たのか? お前が俺を呼んでる気がするぜ」
抱っこしてやると、何となくベニヲが俺を「ご主人」と言ってるように聞こえた。
もしかして、その内に犬の言葉も分かるようになるのだろうか。俺がキナコと当たり前みたいに話しているように。
というか最近、キナコの言葉も前よりも流暢に聞こえるような気がするんだよな。
まぁ、なんでもいいか。それだけ、俺とキナコの絆が深まっている証拠みたいなもんだ。
「よっしゃ、ベニヲ、俺もすぐにお前の言ってること、分かるようになってやるからな」
「ゴシュジーン!」
はっはっは、可愛い奴め。
新しい仲間、赤犬のベニヲは、ただ可愛いだけの子犬ではなかったことを、俺は翌日になって思い知らされる。
「ゴシュジン! ワンワンワーン!」
朝、ベニヲの元気のいい声で目が覚めると、早くもテンション高めで俺の前をグルグル走り回っている姿が目に入った。
「おー、おはようベニヲ……お前は朝っぱらから元気だなー」
「ゴシュジン!」
ワンワン鳴きながら、寝ぼけ眼の俺の前に、ベニヲがペっと何かを吐き出す。
おいおい、いきなりご主人様に唾を吐いてリベリオンか?
などと眠い目をこすりながら、よく見ていると、それはスズメみたいな鳥だった。
「もしかして、お前が獲って来たのか?」
「ワンワン、エモノ!」
「そうか、凄ぇなベニヲ! よくやった!」
「ヘッヘッヘッ、クゥーン!」
ワシワシ撫でてやると、ベニヲは嬉しそうに尻尾を振りながら、体を擦り付けてくる。甘えん坊なヤツだ。存分に可愛がってくれる。
その時は、普通に自分で獲物を捕まえて来てよくやった、偉い、感動した、と褒めてやってから、スズメっぽい鳥の羽根をむしってベニヲに餌として食わせてやった。
だが、どうやらベニヲはただの偶然でこのスズメを捕まえたのではないようだった。
俺達が森を歩き始めると、チョコチョコと走り回って後をついて来ていたが、たまにササーっとどっかへ走り去っていくと――戻ってきた時には、またあのスズメみたいな小鳥や、鼠のような小さい動物をくわえて戻ってきた。
挙句の果てには、その日の野営の準備中、コイツはウサギを捕まえた。
耳は短いし、なんか緑色だし、角とかも生えているが、全体的にはウサギみたいな動物である。
「ベニヲ、お前ホントに凄ぇな」
「ワンワン!」
「プググ、ツノウサギ、速イ。捕マエル、難シイ」
ベニヲの狩猟ぶりを、キナコも認める。
キナコは小鳥や鼠や兎とか、こういう小さくてすばしっこい動物を捕まえるのには向いていない。獲ったとしても、キナコの巨体を維持するにはあまりに量が少なすぎる。頑張って捕まえても、コストが見合わない。
なので、キナコが基本的に狙うのは川の魚や、鹿みたいな中型の動物らしい。
残念ながら俺達が進んできたルートには、キナコの同族が主に狙っていたジャージャと呼ばれる鹿的な動物はいないようで、まだ一度もお目にかかっていない。
「このウサギは俺が捌いてやるから、三人で分けて食べようぜ」
ともかく、ベニヲのお蔭で俺とキナコだけではありつけなかった肉が手に入るようになったのはデカい。やはり、魚と少々の木の実だけでは辛いものがある。
少しだけでも肉が食べられる、というのは、また明日を頑張る希望に繋がった。
まだ子犬っぽいベニヲが、群れることなく単独で、どうしてこうも次々に獲物を狩れるのか。その理由に気づいたのは、二度目のゴーマとの遭遇をした時だった。
「よっしゃあ、かかって来いよゴーマ共! 今度はテメーらに遅れはとらねぇぜ!」
なにせ、前は通学鞄しか装備してなかったからな。
だが、見よこの立派な鉄の槍を。コイツはお前らのボスが持ってた武器だ。手作りの石槍や石斧装備のお前ら雑魚どもとは質が違うんだよ!
と、自信満々に槍を構えて振り回していると、ヒュン! っと音が聞こえたと思った次の瞬間、俺のすぐ脇に立っていた木の幹にスコーンと矢が刺さる。
そう、矢だ。
「お前ら弓矢とか卑怯だろ!」
禁止! 遠距離武器はズルいので禁止です!
ちくしょう、男なら正々堂々、近接武器オンリーでかかってきやがれ!
「ブググ、グベラァ!」
「アブダ、ズゴバ!」
「ぬあーっ! 弓はやめろぉーっ!」
槍やら斧やらを持った奴らの後ろに、何体かの弓持ちがいる。ソイツらからひっきりなしに矢が飛来してきて、俺は慌てて木陰に回り込む。
ちくしょう、槍で戦ってる場合じゃねぇ!
奴らの弓矢は作りはショボいし、狙いもガバガバだ。しかし、万が一にも当たれば痛いじゃ済まない。現実はゲームじゃない。ヘッドショットなんて喰らわなくても、一発アウトだ。
「ウゥーグルル、ギャウギャウ!」
「あっ、ベニヲ!?」
俺の情けない劣勢ぶりを見て何を思ったか、小さいながらもいっちょまえな唸り声を上げて、ベニヲが敵に向かって飛び出していった。
「グバァ!」
「ダーゴブン!」
ベニヲは武器を振り回すゴーマの間をすり抜け、その後ろ、弓矢を持った奴の方へと駆けて行く。
「ワンワン! ボァーッ!」
そして、牙を剥き出し開いた口から、炎を吐き出した。
「えっ、あの火炎放射ってベニヲも使えんの!?」
赤犬のボスっぽいヤツが、火を噴いたのは記憶に新しい。
しかし、あの赤犬ボスよりも、ベニヲが吹いた炎は大きい、というか、長く伸びて、放射している時間も長い。
「アバババ!? グバァアアアアアアッ!」
弓矢ゴーマはベニヲの炎から逃れきれず、全身が火達磨になってもだえ苦しんでいる。もう、弓を撃つどころの状態ではない。
「す、凄ぇ……」
ベニヲは早くも次の射手に狙いを定めて襲い掛かっている。
そして、二度目の火炎放射をぶっ放している姿を見て、俺はようやく気付いた。
「あっ、火の精霊が!」
ベニヲの頭や背中に、火の精霊が集まっているのが見えた。
そうか、火の精霊が力を貸しているから、ベニヲはあんな威力の炎を吹き出すことができるのか。
しかし、どうして火の精霊がベニヲに……まさか、アイツら犬派なのか?
「ウバァ! ンドゥバァ!」
「おっと、矢が飛んでこねーなら、もうビビる必要はねーな!」
俺は今度こそ鉄の槍を構えて、ショボい手作り装備のゴーマを狙う。
リーチは俺の方が長い。確実に、勝てる!
「うぉおおーっ!」
無我夢中で繰り出した槍は、見事、ゴーマの腹のど真ん中に突き刺さり――ううっ、なんか気持ち悪ぃ。曲がりなりにも、人型のヤツをぶっ刺したせいか。凄い嫌悪感が湧きあがって来るが……
「ワンワン!」
小っこいベニヲだって必死こいて戦ってんだ。ご主人様の俺がヘタレてられるかよ!
「うおーっ! おらぁーっ!」
「プググ、リライト、モウイイ」
俺が槍を激しく振り回しながら、二体目のゴーマを相手取っていると、敵の主力を始末し終えたキナコが戻ってきて、腕の一振りであっけなくゴーマをブッ飛ばした。
「ミンナ、頑張ッタ」
そして、最後にキナコはそこらの石を拾って、その剛腕でもって石ころを投げつけて、ベニヲが追いかけていた最後の射手ゴーマを仕留めていた。
えっ、キナコって投石攻撃とかもできたんだ……モノを投げる攻撃は人類だけが持ち得る最大のアドバンテージ云々という説はなんだったのか。
「はぁ……やっぱ、戦いの時は緊張すんな……キナコ、ベニヲ、ありがとな。お前らがいなかったら、俺はなんにもできねーな」
「リライト、気ニスルナ。オレ達、ナカマ」
「ゴシュジーン! クーン!」
「そうか、そうだよな……ちくしょう、お前ら最高だぜ!」
キナコとベニヲ、頼れる仲間を連れての脱出行は、早くも一週間が過ぎようとしていた。
まだ一週間、されど一週間。
貧弱な現代っ子に過ぎない俺は、キナコとベニヲ、そして精霊達の力を借りながら、曲がりなりにもこのサバイバル生活に少しずつ慣れてきた感じだ。
ゴーマをはじめとした、魔物と呼ぶべき積極的にこちらに襲ってくる奴らとの戦いも、ほとんど毎日だ。
圧倒的な主力のキナコに、機動力で敵をかく乱しつつ炎も吐けるベニヲ。そして、自分の身を守るのに精一杯な俺。俺らの連携は抜群だ。ゴーマなんてメじゃないぜ。
襲い掛かる魔物を倒し、そしてドラゴン級の手に負えない怪物相手には、みんなで震えながら息を殺してやり過ごし――そうして、俺達は進んできた。
「しっかし、相変わらずに代わり映えのしない森の中だなぁ」
どれだけ広い森林地帯なのだろうか。あとどのくらい進めば、人里まで出られるのか分からない。
流石にそろそろ変化が欲しいかなー、なんてことを思っていたその時だ。
「ん、なんだアレ……おい、もしかしてアレって、建物じゃねぇか!?」
「アッ、リライト!」
「ゴシュジン!」
俺が目にしたのは、確かに人工的な建物だ。自然界では決してありえない、石で作られた直線的な造形。
すっかり森の緑に侵蝕されていて、まるで東南アジアにある遺跡みたいな風情だ。
どう考えても廃墟か、ホントにただの遺跡だとしか思えないが、それでも俺は、この異世界に来て初めて見る建造物を前に、ちょっと興奮して走り寄ってしまった。
そして、それがどれだけ迂闊なことだったか、直後に思い知る。
ボォオオオ……バァアアアア……
不気味な重低音の、何かが揺れる音、いや、鳴き声か。
それが周囲一帯に響き渡ったその時、俺の体は地面を離れた。
「うわぁーっ!? な、なんだコイツはぁーっ!」
上から降って来た、蛇、じゃない、ニョロニョロうねっているが、コイツは蔦だ。
緑の蔦が、俺の体を絡め取って、そのまま上に持ち上げて行く。
罠にかかったのか――いいや、違う、俺は魔物の手に直接、捕まえられたんだ。
「なんだよ、デケぇ、木の化け物か!」
動く蔓によって高々と吊り上げられてから、俺はようやくソイツの姿を見た。
遺跡に根を張るように立っている、大きな木。
だが、その木の幹のど真ん中には歪んだ人の顔のような形が浮き出ており、口の部分は実際に大きく裂けている。その口から、奇妙な鳴き声を漏らしていた。
「トレント! リライト、危険!」
「き、キナコぉーっ! 助けてくれぇーっ!」
情けなく助けを求めることしかできない俺である。
キナコは果敢にも、トレントと呼んだ木の化け物に立ち向かうが、
「プガァ!」
トレントが繰り出す、地面から生やした蠢く太い根っこにぶっ叩かれてしまう。
キナコは爪を振るって、バキバキと根を薙ぎ払うが……ダメだ、木の根の数が多すぎる。
「やべぇ、もしかしてコイツ、キナコより強ぇんじゃ……」
単純に、大きな木の形をしているトレントの方がサイズはデカい。果たして幹まで辿り着いたところで、キナコの腕力だけでコイツを倒せるのか。
もしかして、俺が捕まったせいで、キナコは本来なら絶対に避けなければいけない相手と戦う羽目になっているのではないだろうか。
「くそっ、俺のせいで……」
キナコに続いて、ベニヲも火炎放射を浴びせかけるが――地面から無数に生えてくる根を一掃するには至らない。
奮戦するキナコに向かってくる、木の根や、俺を捕まえたような蔦を、ベニヲが炎でなんとか払っている、といった状況だ。
明らかに劣勢。トレントを倒す火力が足りていない。
「ど、どうする……このままじゃあ……」
全滅、の二文字が頭にちらつく。
「冗談じゃねぇ……ドジ踏んだのは俺だろうが……」
そんな俺を、あの二人は必死こいて助けようとしてくれている。
それを力及ばず、仲良く三人で死のう、なんてのは馬鹿げている。
そうだ、俺を見捨てれば、二人は生き残る。キナコは元々一人だし、ベニヲだって今はもう立派に一人で生きて行けるだろう。
俺が、俺だけがこの森で生きるのにお荷物だったんだ。
それを、アイツらは仲間だと、こんなにも一生懸命助けようとしてくれる。
なら、それでもう十分じゃねぇか……こんな俺と道連れにするなんて、馬鹿げた最期にはさせられねぇ。
「――クソっ!」
そのくせ、今すぐ二人に向かって「逃げてくれ」と叫ぶ勇気も湧かなかった。
ああ、ちくしょう、だったらこの状況をなんとかする方法を考えろよ!
このトレントをぶっ倒して、三人で生き残るハッピーエンドだ。
何かないか、今の俺に、精霊術士の俺にできることは――
「リライト!」
「ゴシュジン!」
「――お前ら! 危ないから少し下がってろ!」
やってやる、俺はやってやるぞ。一個だけ思いついた策がある。
この大木野郎、俺をただつるし上げただけで、トドメ刺さなかったことを後悔させてやるぜ!
「よし、まずはコイツで……あー違う、コレは水袋だ……」
蔦に捕まった俺は、その時点で手にしていた槍を手離してしまっている。
武器は落としたが、背負っていた通学鞄はそのままだ。この中には、これまで倒してきたゴーマの鹵獲品なんかも詰め込まれている。
そして、その中にお目当ての品がある――松明に使う、油だ。
「全部くれてやるぜ!」
油の入った袋をひっくり返して、ドバドバと幹の方にかけてやる。コイツを焼き尽くすのに足りるかどうかは分らんが、ないよりはマシだろう。
「木の化け物ならよぉ、大人しく火ぃ弱点になっとけよ!」
そして、着火。最大火力で行くぜ!
「頼むぞ火の精霊! コイツを焼き尽くせぇーっ!」
「メラメラーッ!」
「ボワボワボワァーッ!」
俺の叫びに呼応して、ジッポライターの火の精霊達はいつにも増して気合いを入れて炎を放った。
俺が手にしたジッポは眩いほどに赤く輝き、大きな火の玉を形成し、トレントの顔面目がけて飛んでいく。これもう完全に火属性の攻撃魔法だろ。
ボォオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
不気味な唸り声をあげながら、トレントの大木がグラグラと揺れる。
これは効いているな。顔面を燃やしてやったんだ、平気なワケねーよな。
「い、今の内だ」
俺は固く握ったジッポで、体を吊るす蔦を焼く。今度は慎重に。俺が火達磨になったら困る。
「よっしゃ、切れ――うぉおおおおっ!?」
当たり前だが、宙に吊るされた俺が蔦から解放されれば、落っこちるに決まってる。おい、これ高さ何メートルあるよ。多分、マンション2階くらいだと思うから、なんとか無事に着地できる可能性が、
「痛ってぇ……」
思った以上の衝撃と鈍痛が、着地した俺を襲う。
だが、骨も折れてないし、ほぼほぼ無傷といっていいのでは。
けど、これで何とか脱出できた。トレントはまだ顔を燃やされて苦しんでるし、この隙に逃げ出せば――
「リライト、危ナイ!」
ドズンッ! という重たい衝撃音で、キナコの叫び声がかき消される。
「あ、あっ、危ねぇっ!?」
トレントの太い枝が、腕のように動いて俺のすぐ傍に叩きつけられていた。
俺を狙ったのか、それとも燃える苦し紛れか。何にせよ、こんなもんが直撃したら、ぶっとい丸太で叩き潰されたも同然の破壊力。一発で死ねる。
そして、その即至級の枝叩きつけは、再び放たれようとしている。
ミシミシと軋みをあげながら、俺の頭上に高々と緑を纏う太い枝が掲げられて――まずい、コレは直撃コース!
「ビリビリ」
「ジリジリ」
不意に聞こえたその声は、スマホに住んでる電気精霊だった。
着信でもあったかのように、俺は実に自然な動作でポケットからスマホを引き抜く。
俺には何となく分かった。コイツらが俺を呼んだ。俺達を使えと。
だから、俺は信じる。精霊術士だからな、精霊を信じるのは当然のことだ。
「――喰らえぇ!」
ドォオオオンッ!
凄まじい轟音と共に、眩い閃光が視界を焼く。
それはまるで、目の前に雷が落ちて来たかのようで――事実、その通りだった。
「や、やったのか……?」
見れば、ブスブスと黒焦げになったトレントが、天辺から顔の半ばまで幹が割れていた。落雷を食らった木が裂けてしまった様に。
「お前ら、ありがとな」
「キュー」
と、疲れたような声を上げて、紫の電気精霊達は、薄らと消えて行った。同時に、スマホの電源もオフに。
どうやら、強い力を使いすぎたようだ。しばらく寝かせてやろう。
「ゴシュジーン!」
「リライト! スゴイ! トレント、倒シタ!」
駆け寄ってくるキナコとベニヲは、俺へと飛びついてくる。
「今回も精霊に助けられたぜ」
「スゴイ、精霊ノチカラ、使エル、スゴイ、強イ」
ああ、その通りだな。精霊の力は凄い。こんな小さい奴らでも、あんなに燃やしたり、雷を落としたりするんだからな。
「ゴシュジン! クゥーン!」
「大丈夫だベニヲ、俺は別に怪我とかはしてねぇから」
少しばかり、着地の衝撃で足が痺れたくらいなものだ。今すぐにでも歩き出せるくらいには、もう回復もしている。
「なぁ、それよりも、この中、気にならねぇか?」
ちょっと探検して行こうぜ、とトレントが倒れた遺跡を指すと、キナコは笑って頷いた。
「スゲー、これマジでホンモノの遺跡だよ……」
トレントが巣食っていた石造りの建物は、近くでよく見ると、かなり精巧な作りをしている。壁には文字だか文様だかみたいなのがビッシリと刻まれているし、ただ単に石材で建てただけではない技術力とこだわりを感じさせる。
「中には何にもない……けど、下り階段がある」
この建物はただの入り口なのだろう。
室内のど真ん中に、下へと続く石階段だけがあった。
「こういうの、なんかヤバそうな気がするけど……ちょっとだけ様子見するか」
ここで下りない選択肢はないだろう。気になる。あまりに気になりすぎる。
なんだか、まるでRPGのダンジョンみたいだ。もしかしたら、宝箱なんかがあるかもしれない。
「リライト、気ヲツケロ」
「おうよ」
ゆっくりと、俺達は階段を下って行く。
壁面に埋め込まれたボンヤリと白く輝く灯りに照らされた、薄暗い地下階段を抜けた先には、
「……明るい。なんだここ、公園か?」
公園、あるいは庭園、とでも言うべき広間に辿り着いた。
一面、緑の芝生に覆われ、両サイドには並木が立っており、一角には色とりどりの花が咲く花壇なんかもある。
そして、広間のど真ん中には、背中から羽が生えた全裸の幼女、妖精みたいな石像を天辺に設置した、噴水があった。
「妖精ノ縄張リダ!」
「えっ、なにそれ?」
「妖精ノ縄張リ、オレ達、近ヅケナイ。危険」
「えっ、マジで、そんなヤバいとこなのここって?」
「……デモ、リライト一緒、ダイジョブ」
「俺がいればOKなのか」
なんだか、よく分らん基準だが、まぁキナコが大丈夫そうだと言うのなら、大丈夫なのだろう。
「妖精って、精霊の仲間みたいなもん? お前らその辺どうなのよ?」
試しに聞いてみるが、ジッポも水袋も、どっちの精霊も妙に黙り込んでいる。こんなに大人しくしているところは初めて見る……もしかして、精霊も妖精の縄張りであるココに警戒しているのだろうか。
もしかして妖精って、ヤバいヤツなのでは……?
そんなことを考えながら、風景としては長閑そのものの広間を眺めていた、その時である。
「うおっ、眩しっ!?」
突如として、真っ白い光が瞬く。
その輝きはただ光を放っているだけではなく、何やら芝生の地面に白い光の文様を描き出していた。
なんだアレは、魔法陣、なのか?
初めて見る魔法らしき現象に俺は驚いていると、光はすぐに収まっていく。
そして、白い輝きが消えた後、そこには、
「ああっ、お前は――」
2020年1月31日
今回で14章は完結です。
果たして、リライト君の前に現れた者は……次回はヤマタノオロチ攻略戦に戻ります。どうぞお楽しみに。




