第225話 信用問題
「そもそも、コアって何だと思う?」
「えーっと、魔物の体にある魔力の塊、かな?」
夕食後、すでに社員全員が定時退社をして無人となったエントランス工房に、僕はメイちゃんと二人で来た。
工房の徹夜作業は止められてしまったから。小鳥遊はワンワン泣くし、桜は怒鳴り込んでくるし、委員長は擁護してくれないし。
なんか悔しかったので、メイちゃんを誘って密会することにした。恋愛禁止だけど、異性と二人きりになってはいけないとは定められてないし。
「じゃあ、何で魔物にはコアがあるのかな」
「魔力があるからじゃない?」
メイちゃんの解答は正解だし、僕を含めて、誰もがこういう理解でいるだろう。
けれど、『呪導錬成陣』を習得した今の僕は、もう少しコアというものについての理解が深まっている。
「魔力の結晶であるコアだけど、ただの魔力じゃないんだよね」
「そうなの?」
「うん、言うなればコアの魔力は、純粋な魔力なんだよ」
魔力と言うと、ついRPGのMPゲージのようなものを想像しがちだが、この異世界の魔力事情はちょっと違う。
「属性ごとに魔力が変化しているんだ。同じ魔力でも、何種類もあるってこと」
火属性魔法を使う場合、ただ魔力を消費して発動しているんじゃない。術者には火属性魔法を発動させるに足る、火属性専用の魔力があるからこそ、使うことができるのだ。
「何か魔法を使う時は、コアにある純粋な魔力を、必要な属性の魔力に変換してから発動しているんだと思う」
要するに『氷魔術士』や『土魔術士』といった天職の違いは、本人がその属性の魔力変換をできるかどうか、の違いってことだ。
だから、僕が正確に『氷矢』の魔法陣を描いて、呪文を詠唱したとしても、発動に必要な氷属性魔力がないから、発動しない。
逆に言えば、必要な魔力があれば使える。僕が『風刃』を撃てるのは、術式の行使に加えて、風属性魔力を杖が代わりに発してくれているからだろう。
「じゃあ、純粋な魔力って、どの属性でもないってこと?」
「どんな属性にも変化できる、魔力の最も基本的な状態ってことだね」
だからこそ、価値がある。
僕にいくら風属性魔力があっても、意味はない。呪術には使えないから。けれど、自分の適性にあった魔力になれる純粋な魔力ならば、その分だけエネルギーとして利用できるわけだ。
「この純粋な魔力、とりあえず『純魔力』と呼ぶけど、コアはこれの塊だから、転移魔法とかも機能するんだと思うんだよね」
恐らく、純魔力は魔法を使うにあたって最も利用しやすい状態だ。古代の魔法施設が、純魔力をエネルギー源として採用していてもおかしくはない。
「まぁ、古代遺跡の設備は古代語もできないと動かせないから、純魔のエネルギーだけあってもあんまり意味ないけど――コアの使い道は、他にもある」
というか、他にでも出来たというべきか。
「何に使うの?」
「何にでも使えるってこと」
純魔力があらゆる属性の魔力へ変換可能ならば、僕の呪術にも、みんなの属性魔法にも、なんなら武技にだって、そのエネルギー源となるワケだ。
実は武技は純魔ではなく、生命力とでもいうべき属性魔力ともまた違った性質に変化していることに気づいたのは、今日のことなんだけどね。
「コアに宿る純魔力を引き出して使うことができれば、自分の技を強化することもできるし、魔力や体力を回復することもできるはずなんだ」
「うーん、でもコアを持ってても、別に武技の威力は変わらなかったと思うんだけど」
「ただ持ってるだけじゃ力は引き出せないからね」
所持しているだけで勝手に魔力ブーストかかって気づかない内にコア消費するとか、とんでもないバグ仕様だよ。
勝手に消費が発生するのは、転移の時だけ。
つまり、この転移の魔法陣には、どこかに必ずコアから魔力を引き出す術式があるはずなのだ。
「僕の『呪導錬成陣』なら、コアをマジックアイテムに加工することができる」
今日はまだちょっとしか試してないけど、いけなそうな気がする。
とりあえずは、雛菊さんという偉大な先達を真似て、毒煙玉を作ったよ。少量とはいえ、この煙玉の製造にもコアが使われていることは驚きだった。
「探索でコツコツと集めてはきているから、それなりの量もある。コアをつぎこめば、必要な装備を揃えられそうだよ」
「良かったね、もう小鳥遊さんに頼らなくてもいいんだ」
たとえ能力があっても、ヤル気なくて仕事をしないのであれば、それは仕事ができないのと同じことだ。
僕がある程度の装備クラフト能力を得たことで、小鳥遊しかできなかった仕事の部分はかなり減るだろう。
「でも、肝心なところは小鳥遊頼みだから、まだ不安は残るけどね」
「やっぱり、あの子は信用できない?」
「桜に次いで信用してない」
つまり、僕の信用度ワーストランキング2位ということだ。
「大丈夫かな」
「大丈夫だよ、戦いの中で背中を任せるワケじゃないしね」
その点、今回は岩山に乗り込む本体攻略特攻隊メンバーに入っている桜の方が不安要素はデカい。戦いのドサクサに紛れて、いつ背中を光の矢で撃たれるか分かったものじゃない。
「この『呪導錬成陣』のお蔭で、作戦の成功率も上げられそうだよ」
さしあたって、まず用意したいのは頭封印用の装備だ。
コアの特性を利用すれば、単純に攻撃魔法の威力を高めることができるはず。要するに、脳天にぶっ刺す氷と土の槍を、さらにデカくするのだ。
また、コアにある魔力を発動分に回せば、それだけ術者の負担も軽減できる。
総合演習の戦いぶりを見るに、委員長と蘭堂さんとでは、魔力量に差がある。断然、蘭堂さんの方が魔力量は上だ。
蘭堂さんは最初に出会った時点で、『岩槍』を撃ちまくっても、疲労感の欠片もなかったからね。塹壕工事の時も、一度も魔力切れで疲れた様子は見ていない。本人の体力と集中力が絶対に先に切れる。
しかしながら、委員長は特別に魔力量が低いとは思わない。ずっと『氷魔術士』として戦い続けただけあって、順当に成長しているし、魔力量も人並み以上だと推測される。つまり、蘭堂さんが飛びぬけているだけだ。
本体攻略が始まれば、委員長はほぼ一人で封印を維持することになる。かなり長期戦になることは分かり切っているし、彼女の消費魔力を抑えるための対策はしておくべきである。
消費魔力軽減&威力上昇の効果を持つマジックアイテムを用意できれば、封印を続ける役に立つだろう。
「いい加減に、下川君の杖も用意してあげないと」
そこそこ水の光石も集まって来たというのに、小鳥遊の野郎はいまだに下川用の水属性杖を作る素振りが見られない。やはり自分を襲った相手だから、シカトしているのだろう。貧弱な装備のまま戦って死ね、という意思が透けて見えるようだ。
僕はこれでも彼のことは大事な仲間だと思っているから、出来る限り装備の充実はさせてあげたい。本体攻略でも一緒になるしね。
「そういえば、姫野さんにも杖ないんだよね……流石にそろそろ用意してあげないと」
「うん、姫ちゃんも頑張ってるみたいだから、お願いね」
ごめん、どうしても戦力的にもサポート能力的にも、姫野さんは最底辺なので、装備も後回しになってしまった。
しかしながら、メイちゃんの言う通り彼女も日々頑張って、着実に成長している。
まさか、本当にゴーヴ相手に治癒魔法をかけ続けて、新たな治癒魔法を授かるとは……
「あとは単純に魔力を回復できるポーションとかも作りたいかな」
リポーションの開発によって、体力回復は充実している。
だが、魔力を回復する手段は今のところ一つもない。戦闘中に魔力切れでバテたら、リカバリーのしようがないのだ。
ヤマタノオロチ攻略戦は間違いなく長い戦いになる。封印担当の委員長を筆頭に、殻を破る僕も、どれだけ儀式発動『腐り沼』で魔力を消費するか分かったものじゃない。
僕は自分の魔力量はそれなり以上だとは思っているけれど、蘭堂さんほどではない。無理してレムを作ったりして、魔力切れでぶっ倒れた経験だってある。自分の魔力量に過信はできない。
「他にもガーゴイル対策でグレネードとか作りたいし、僕も自分の装備を気合い入れて作りたいし……あっ、メイちゃんも何か要望あれば、優先して作るよ」
コアを横領してでも確保してみせよう。すでに上質なコアは仕分けして自分用にとってあるし。
「ありがとう、やっぱり凄いね、小太郎くんは」
いやぁ、やっぱりドストレートに褒めてくれるメイちゃんはいいね。心が洗われる気分だよ。というか、褒めて欲しくてわざわざ二人きりになって、僕の『呪導錬成陣』自慢してるだけなんだけど。
「今回の作戦は、お世辞にも完璧とは言えないからね。出来ることは全部しておきたいし、いざって時の優先度もつけているつもりだよ」
誰も死んで欲しくはない。だが、誰かが死ぬ可能性は高い。ヤマタノオロチはあまりに強大なレイドボスだ。
「メイちゃんは特別だから。他の誰よりも、僕は優先するよ」
「私も、小太郎くんが一番だよ。必ず守るから」
ああ、素晴らしき信頼関係。やっぱり、頼りになるのは一番付き合いの長い相棒か……相棒ね、今はまだ、そこで止まってしまうのがもどかしい。恋愛禁止とか言わなければ良かったかな。なんか今、すっごいいい雰囲気してない?
「ねぇ、小太郎くん、この戦いが終わったら――」
「待って、メイちゃん、その先は言わないで」
死亡フラグだから、などというベタなツッコミはしないぞ。
「先に聞いて欲しいことがあるんだよね」
「うん、なにかな」
「この戦いが終わった後のこと。ダンジョンの最深部まで到達した時――脱出できる三人を誰にするか、僕、考えたんだよね」
学園塔5階は密会部屋として、二人きりで話をしたい時に利用している。
大抵は僕がターゲットを誘う形になるけれど、今回は珍しく、誘われた。
「それで、話っていうのはなにかな、蒼真君」
「……何故、桜を本体攻略のメンバーに選んだ」
見たところ、単に文句をつけにきた、というワケではなさそうだ。もっとも、何かしら言われるとは思っていたけれど。
「みんなに説明した通りだけど?」
僕が選抜した本体コア攻撃を敢行する特攻隊メンバー、その最後の一人として選ばれた蒼真桜の役割は、コアの破壊である。蘭堂さんが岩盤を削り、僕が殻を穿った後、肉体を貫いて本体コアを破壊するのは、桜の上級攻撃魔法が相応しいと判断した。
威力としては申し分ない。肉体を貫くだけの貫通力もありそうだ。そもそも、穴を開けた後にコアを狙うには、射程のある遠距離攻撃でなければいけない。
「トドメ役の他にも、桜ちゃんには万能な『聖天結界』もあるし、防衛向きの能力だよ。掘削作業中は、結界の防御と光魔法の援護をしてもらう」
勿論、いざという時の治癒魔法だって頼りになる。
頭を相手にする時は、最悪の場合でも逃げて距離をとるという選択肢が存在するが、本体攻略時には不可能だ。一秒を争うような極限の戦況でも、負傷を即座に回復させられる桜の治癒魔法は保険として大いに価値がある。
「そして、これは本人も納得してくれたことじゃあないか」
意外にも、桜は僕の指名に対して、特にゴネることもなく大人しく引き受けた。殺す気か、と怒り狂うかもと思ったけど、流石にみんなが覚悟を決めて使命を受けるあの流れで、一人だけ反抗するのは気が退けたか。
「分かっている……それは分かっているが……」
「じゃあ今更、何が聞きたいというのさ」
僕の理屈は正しいし、本人も受け入れた。どこにもケチのつけようなどない。
あくまで、僕と桜の関係性がこじれていなければの話だが。
「桃川、お前がこの重要な局面で桜を選ぶとは思えないんだ」
「確かに桜ちゃんとは仲良しとは言えないけど、一番大事なのは作戦を遂行できる能力があるかどうか。説明した通り、彼女の他に適任者はいない」
「好き嫌いを言っている場合じゃない、というのは分かっている。だがお前なら、桜の力に頼りたくはないだろうし、桜がいなくても何とかする方法を考え出せるはずだ」
「そんなの、買い被りだよ。『聖女』の能力は強力だ。唯一無二で替えは聞かない」
「それでも、お前は信用できない奴に背中を任せたりはしない。そういう男だろ」
参ったね、蒼真君がこんなに僕のこと理解しているなんて。
多少は普通に口が利けるような間柄にはなったけれど、彼にとって僕は許し難い仇のまま。そんな相手のことを理解しようとは思わないだろうと軽く考えていたけれど……蒼真君なりに、僕のことは真面目に観察していたということかな。
あるいは、勇者としての直感か。
蒼真悠斗、君の指摘は実に正しい。そう、僕は能力だけで桜を選んだワケじゃない。聖女の力が本体攻略で役立つのは嘘じゃないけど、彼女を選んだ決定的な理由はもう一つある。
そんなの、人質に決まっているじゃないか。
「困ったな、本当に説明した以上の意味なんてないんだけど――」
僕だって本当は桜なんて連れて行きたくない。本体攻略は間違いなく地獄の修羅場となる。いつあの女が発狂して僕に光の矢を向けてくるか分かったもんじゃない。
それでも、自ら爆弾を抱えて鉄火場へ飛び込むのは、作戦成功率を上げるためにはそれが最も有効だから。
作戦を成功させるためには、当然、途中でやめるワケにはいかない。それこそ、一人、二人、欠けてしまっても、作戦を継続しなければヤマタノオロチを相手に勝利はない。
それだけの相手だ。僕は最善を尽くしているつもりだけれど、結局のところ、最後は天運に任せるしかない作戦状況にある。
でも、そういう認識を、それほどの覚悟を、みんなが持っているかどうかは別問題だ。これは、言って聞かせてどうにかなるものじゃない。
だから、作戦失敗の要因として、僕は無視できない。味方の戦意が喪失して、作戦の継続を断念することを。
もしも、本体攻略を桜抜きで行ったとしよう。
作戦は当初順調に進むが、ヤマタノオロチが想定を超える強さを発揮して、封印を破り八本頭が揃い、必殺技も放ち、前衛組みにもとうとう犠牲者が――そんな危機的状況に陥った時、蒼真桜、アイツは何て言うと思う?
「桃川の作戦は失敗です。退きましょう、兄さん」
あの女は絶対に言う。
誰か一人でも犠牲が出るほどの状況となれば、それを言い出す大義名分も立つ。みんなだって不安に揺れる。
果たしてそんな状況となった時、蒼真君はどうするか。
僕を信じて、踏みとどまって戦ってくれるか。ダメだと諦めて、撤退するか。
もしも逃げるならば、それは本体攻略組みを置き去りにするということ。すなわち、見殺しである。
そんな酷いことを――できるだけのメンバーが、本体攻略組みには揃ってしまっているのが問題なんだよね。
まず、何よりも僕がいること。桜からすれば、自ら手を汚さずに僕が死んでくれる状況というのは心から望むことだろう。最高のシチュエーション、神様ありがとう。
次にメイちゃん。本気でキレれば自分や仲間さえ殺しかねないほどの力を持つ危険人物。この機会に葬り去れれば安泰である。
それに下川。性犯罪者は死ね。
蘭堂さんは気に食わない不良女だし、山田はただのモブ。死んでも困らない。
桜からすると、本体攻略組みは全滅しても心が痛まない面子なのだ。むしろ死んでくれた方がスッキリする。
だから、ここぞという時に作戦失敗と撤退をいの一番に叫ぶのは、蒼真桜なのだ。
ヤマタノオロチ相手に犠牲は出るかもしれない。それでも、誰かが倒れても諦めずに戦い続ければ、作戦を成功まで導ける――そんなギリギリの戦況になった時、勝利への希望を折るのはオロチではなく桜だ。敵ではなく、味方に足を引っ張られて敗北する可能性は、残念ながら大いにあると僕は思っている。
だから、決して撤退は許さない。
絶対に、誰も見捨てさせない。
蒼真桜、お前は人質だ。どんな絶望的な状況になっても、僕のヤマタノオロチ攻略作戦を止めさせはしない。お前に、お前にだけは邪魔させない。
「――蒼真君、妹を心配する気持ちはわかるけれど、一人だけを特別扱いはできないよ?」
「……」
本人も自覚があったのだろう。そうじゃなければ、僕と二人きりで話そうとは思わないよね。
「僕だけじゃない、他のみんなも平等に命を賭けているんだ」
「分かっている、けど、俺は……」
「それに今更、桜ちゃんを降ろすと言ったら、みんなどう思うかな。それは君のためにも、桜ちゃんのためにもならない。なにより、みんなのためにならない」
桜でなくても、誰か一人を特別扱いすることは許されない。そんなことしてみろ、誰も従わなくなる。少なくとも、僕だったら絶対に反逆するね。
「蒼真君、これはもう学級会で決めたことだ。反対するなら、僕の作戦よりも確実な提案をしなければならない。代案があるなら、いつでも聞くよ」
「……こんな話をしたのは、俺は今でもお前のことを信じられないからだろう」
「そこは仕方ないと割り切ってるよ」
むしろこんな短期間で、幼馴染ぶっ殺した男を信用しようって方がまずいでしょ。
「だが、今回ばかりは信じるしかない。信じさせてくれ、桃川」
「僕は誰にも死んでほしくはない。必ず作戦は成功させて、全員無事に帰って来るよ」
「桜を頼む」
「頼みたいのは僕の方だけどね。素直に受けてはくれたけど、きっと桜ちゃんも不安だろうから」
くれぐれも、トチ狂って僕を撃つなよと厳重注意しといてね。
「僕を呼び出して話すより、桜ちゃんと二人でよく話し合った方がいいよ」
「お前にそんなことを言われるとはな……だが、そうするよ」
諦めたような苦笑をして、蒼真君は出て行った。
「やっぱり、嘘をつくなら最後まで、だよね」
桜は人質だ、お前らのことは信用してないから、などと正直に白状すれば、角が立つどころの話じゃないからね。
余計なことは言わないに限る。
2020年1月3日
新年あけましておめでとうございます。
今年も『呪術師は勇者になれない』をよろしくお願いします。




