第224話 解読
「陽真くん、一緒に頑張ろうね!」
「あっ、うん……そうだね……」
溌剌とした笑顔が弾ける姫野さんと、あまり気分が優れないといった表情の中嶋が、二人仲良くエントランス工房の片隅で肩を寄せ合っている。
「いやぁ、中嶋君は剣術の才能があるだけじゃなくて、錬成にも適性があるとはね。素晴らしい多彩ぶりだよ」
結果的に言うと、中嶋は『簡易錬成陣』の発動に成功した。成功してしまったので、君は今日から強制的に我がエントランス工房の新入社員として、キリキリ働いてもらうよ。
「あの、桃川君……俺も探索部隊なんだけど」
「今はこっちの作業が優先だから」
探索部隊には、オロチ拘束用アンカーを大量生産するための材料調達を命じて、今日はすでに出発済みである。前衛組みは蒼真師匠の下で日々鍛錬と、探索任務で実戦経験をどんどん積んで、さらに強くなっていって欲しい。
欲しいけど、こっちだって作っていかないといつまでも作戦実行できないし。
「それじゃあ姫野さん、中嶋君のこと、くれぐれもよろしくね」
「うん、私に任せてよ桃川君」
この裏切り者、みたいな目で僕を見てくる中嶋だけれど、これでも蒼真君と剣崎はちゃんと別々の部隊編成にしているんだから、感謝して欲しいもんだよ。
それでは、後は若い二人にお任せして、とばかりに僕はその場を離れた。
さーて、僕の本日の予定は。
「二人には、折入って頼みがあるんだよね」
「あまりいい予感がしないわね」
「ああー、聞きたくないべー」
工房の中間管理職の委員長と、中堅社員の下川の二人を招いている。本当は小鳥遊が今回の件には一番適任なんだけど、非協力的すぎるので無理かなと。
「二人とも酷くない?」
「自分の胸に聞いてみて」
「基本、お前の頼みは無茶ぶりだべや」
そうかな? 各人の適性を考慮した上で、仕事を割り振っているつもりなんだけれど。
「そんなに身構えなくていいよ。今回は本当に知恵を借りたいだけだから」
言いつつ、僕は資料を二人の前に広げていく。
「これは……古代語の資料?」
「あー、なんか見覚えあると思ったら、それか」
ヤマジュンの古代語ノートを筆頭に、小鳥遊が読んでいる噴水やエントランスの魔法陣などに刻まれている古代語などをメモった資料。
それから、ゴーマ村にあった石版のゴーマ文字などの写しなんかも含まれる。
「凄いわね、こんな資料を作っていたなんて」
「でも全然読めねーべ? やっぱ解読スキルないと無理だべや」
古代語のサンプルばかり集めても、残念ながら下川の言う通りスラスラと解読できるには至らない。
「別に古代語を話せるようになりたいワケじゃないんだけどさ、魔法陣って古代語混じりだったりするでしょ。だから、一部でも解読できれば、魔法陣を強化する役に立つかなと」
今回の目的は『六芒星の眼』の強化、またはそれ以上の効果を持つ魔法陣の開発だ。
ヤマタノオロチ攻略の要として、僕の『腐り沼』で本体の殻を突破するという役目がある。
「『腐り沼』が強くなればなるほど、僕らが有利に作戦を進められる」
むしろ、本当に今の全力で殻を溶かし切れるかどうか、めちゃくちゃ不安でもある。
「確かに、桃川君の殻破りは、作戦上で一番ネックになるところね」
「おいおい頼むぞ桃川、俺も一緒に乗り込むんだからよぉ」
「そういうワケで、二人を魔術士クラスと見込んで、魔法陣の強化開発に協力して欲しいんだよ」
「それは勿論、構わないのだけれど……」
「別に詳しくはねーぞ。魔法陣だって、魔法使うと勝手に出てくるもんだしよぉ」
本当に僕らって、天職の力をなんだかよくわからないまま使っているよね。
「とりあえず、二人が出せる魔法陣も全部メモしときたいから、そこから始めよう」
というワケで、今更ながらも地道な魔法陣研究が始まった――勿論、この日は何の成果も上がらなかった。
魔法陣強化の道は、遠そうである。
「――我が信徒、桃川小太郎」
「どうも、ご無沙汰しております、ルインヒルデ様」
かなり久しぶりだよ、ルインヒルデ様の神様時空にお呼ばれしたのは。『九十九の御魂』を授かって以来だよね。
それにしても、ここに来たということは……期待していいのか、新たな呪術を!
「八つ首の大蛇を討つか。要するは蛮勇の力か、臆病の知恵か、あるいは、奇跡を手繰り寄せる祈願」
「あー、どれも全部欲しいですかね」
戦力は拡充したい。穴だらけの作戦を埋める情報が欲しい。勿論、神様の奇跡も大歓迎。
というか、僕がヤマタノオロチに挑んでること、ちゃんと把握しているんですね。
「強欲は糧。与えられずとも、求めよ。歩みは進む」
求めよ、さらば与えられん、とはいきませんか。異世界の神様業界は世知辛いですね。
「今は足りないモノだらけなもので。何でもいいので与えられるモノは大歓迎です」
「よかろう、そなたはまた一歩、道を進んだ。踏み込んだ先は、深淵へ続くと知らずとも」
えっ、なにその不穏な感じ。僕、なにか取り返しのつかないことやらかした?
「そなたは知恵を絞った。臆病であるが故に」
「みんなが蛮勇すぎると思いますけど」
「よい、恥ずべくは臆病に非ず」
「勿論ですよ、現実はコンティニューないですからね」
チキンプレイは最も確実なリアルの攻略法だ。安全マージンを確保しつつ、情報と実績を積み重ねていく。賭けるにしたって、それ相応の可能性がなければ、単なる無謀でしかない。
「然り、知恵を重ねた果てに叡智がある。そして、叡智を持って踏み込め、神の真理に至る頂へ」
勉学に励めってこと? 学生の本分ではあるけれど……それに集中できる場合ではないというか。今すぐ役に立つ知識は欲しいけどね。ヤマタノオロチを楽勝で攻略できる裏技とか。
「されど、真理は天にのみ非ざると、そなたはすでに知った」
いえ、知りません。何のことか心当たりがないのですが。
「行くがよい、それもまた真理へ至る。暗く、深き、光届かぬ奈落の底へ通じる道もある」
ああー、またなんかメチャクチャ不穏なニュアンスになってるーっ!
いいんですか、ルインヒルデ様、僕の方向性はそっちでいいんですか。呪術師だからやっぱりダーク方面しか許されないのですか。
「新たな呪術を授ける」
「ありがとうございます!」
ええい、どうせ路線変更は許されないのだ。突き進んでやろうじゃないか、奈落の底だろうがどこだろうが。
「忌むべきは無知ではなく偏見。蒙を啓き、解き明かせ、外法の理を――」
今回は基本に立ち返って、頭を刺されました。鋭い骨の指先が、僕の額を一発でぶち抜く。
即死ダメージの方が、むしろ楽。僕はそんな真理の一つを胸に、ルインヒルデ様から新たな呪術を授かったのだった。
「よ、読める……読めるぞぉ!」
翌日、久しぶりにルインヒルデ様から新呪術を授かった僕は、早速その効果を確かめた。
『外法解読』:それは禁忌とされ失われた言葉。魔族文字、邪神言語、悪魔学。何故、それらが忌むべきものであるか、所以を知る者も今は無く。
なかなかに不穏な気配を感じる説明文だが、何の事はない、コイツの効果はゴーマ文字の解読である。
「なるほどね、意外と普通のことが書いてあるだけだ」
ゴーマ村の石版魔法陣、そこに書かれている幾つかの文章を読むことができるようになっていた。
効果のほどとしては『古代語解読・序』のように、読めるのはまだ一部のみ。魔法陣の中央にビッシリ描かれた文字はどれも読めないが、外側に書かれている分は読めた。
内容的には、大きく分けて三つ。
一つ目は、神様お願い! 的な神に祈るような文章だ。
ゴーマのくせに、聖書っぽい仰々しい言い回しで書かれている。
二つ目は、魔力の回路。
『収束』、『分散』、『抵抗』、『合流』、『波形』、『交差』、『並行』などと、書かれている。
どうやら魔法陣はその図形一つだけで効果を発揮しているのではなく、より小さい単位の魔法陣の集合によって構成されているらしい。つまり、機械と同じように沢山のパーツによって組み立てられているのだ。
そりゃあ、どっか一部がちょっと違っただけで、発動しないワケだよ。
文字だけ読めても専門用語みたいな単語も多い。『ンジャバ』とか『ダゴーバ』とか、それお前らが叫んでる謎言語じゃねーかと。
どういう意味や効果があるのか正確に理解できないが、それぞれ魔力に対して決まった効果があることは分かる。実際に魔力を流してみると、確かにそういう感じで動きが変わっていると感じられた。『収束』の部分では、魔力が確かに集まってる感じしたし、『分散』では魔力は散っていた。
それから三つ目は、魔力回路の繋ぎ方が書かれていた。
石版魔法陣には『収束』、『分散』などの回路がそれぞれ配置されていて、一見すると文様によって結ばれているように見える。だが、結ばれていないところもある。単純に電気回路の配線のように、そこを魔力が通っているだけではないようだ。
そんなワケで『収束』などの回路には、ほとんど「ここから『分散』に繋げる」などといった魔力の行先が併記されている。繋げる指示は、文様で繋がってたり、繋がっていなかったりするので、多分、魔法陣の文様そのものには、それはそれで別な意味や効果があるんだろう。
「ある程度、解読はできたけど……中途半端なんだよな」
この『外法解読』によって一部の効果が分かるようにはなったが、だからといって、ゴーマの石版魔法陣が使えるようになったワケではない。ただ魔力を流すだけでは、何も起こらない。
まぁ『簡易錬成陣』でも使える人は限られるのだから、魔法陣というのは個人の適性とか、そういった条件も含まれるのは間違いない。
「ルインヒルデ様、これどうやって活かせばいいんすか……」
そう、一部が読めるようになったからといって、じゃあ何ができるんだと言うと、現状、特に何もできない。『収束』や『分散』などの回路を真似て書いてみても、確かに流した魔力がそれっぽい動きをしてくれるというだけで、魔法の効果が上昇するという結果には結びつかないのだ。ねぇ、これマジでどうやって使えばいいの?
「ヤバい、これは久しぶりにクソ呪術授かったか」
不動のエースだった『赤き熱病』様は、今やバフの無効化という特化能力が判明したので、立派な僕の手札になっている。
ついにこれといって目立ったハズレ能力がなくなった今のクソ呪術界に、この『外法解読』が新たな王者として君臨するというのか。新時代到来である。
「桃川君、新呪術はどう?」
「このタイミングで授かるってんなら、めっちゃスゲー能力なんだろ?」
ぬああー、しまった、今朝は新呪術獲得が嬉しくて、もう委員長と下川には「授かっちゃったぜ」と豪語したのだ。これで「何の成果もぉ、得られませんでしたぁーっ!」と号泣会見しても、失望と落胆は避けられないだろう。
「ま、まだ効果を確かめる実験中だから」
「そうなの? 授かってしまえば、どんな効果かはすぐ分かるようなものだけど」
「呪術師は特殊パターンだから」
「まぁ、何でもいいけど、期待してるべ桃川!」
「任せてよ。使いこなせれば強力なはずだから」
どうしよう、素直な期待が苦しくてしょうがない。
これはマジで地道に魔法陣の効果を実験などで解き明かしていくしかないのだろうか。成果が実を結ぶかどうかも分からないのに。
「はぁ……どうしてこう、即効性のない効果ばっかりなのか……」
今すぐ役に立つ使い道が思い浮かばず、途方に暮れてしまう。こんな気持ちになるのなら、いっそ何もない方が――そんな後ろ向きな気持ちで、僕は必死になって『外法解読』の活用法を模索するのだった。
そして、その日の晩。ついに呪いの神の奇跡が起こる。
『呪導錬成陣』:基礎的な錬成に、自らの魔力によって呪術を刻む。深淵なる禁忌探究の始まり。
雛菊さんの頭蓋骨が、新しいスキルに覚醒してくれた。
奇跡を起こしたのはルインヒルデ様ではなく、雛菊さんの方の呪術師の神である。
「僕もう雛菊流に乗り換えようかな……」
思わず、そんな不敬なことをつぶやいてしまうほど、僕は救われた気持ちになったのだ。
なぜならば、僕は前々から欲しいと思っていた。『簡易錬成陣』の次の錬成魔法を。
何故、雛菊さんが『簡易錬成陣』より上のスキルを習得していると確信していたかというと、『毒煙玉』の存在である。
僕は『簡易錬成陣』を使える様になった時点で、『毒矢』は作れるようになった。でも、『毒煙玉』は作ることができなかった。
投げつけるだけで、いい感じに初めて毒煙を撒き散らす一種のマジックアイテムだ。これの製作は『簡易錬成陣』では無理だった。僕なりに試行錯誤はしたけれど、どうしても上手くいかなかったんだよね。
だから、絶対に雛菊さんは習得していると思った。より上位の錬成魔法を。
そして、これが、これこそが彼女が持っていた本命の錬成魔法に違いない。
「す、凄い、凄い能力だぞコレは!」
端的に言うと、僕もマジックアイテムが作れるようになった。より正確に言うと『コア』を素材として利用できるようになったのだ。
「流石は『黒角弓』を自作しただけある……煙玉の構造も、凄い工夫だ」
コアを使って錬成すると、素材としての強度を上げたり、思い通りの作用を与えやすくなる。恐らく、コアにある魔力が、一種の魔法として付加されているのだろう。
だから、『黒角弓』はただ魔物の大きな角を組み合わせただけでは発揮できない、弓として素晴らしい品質になっている。
煙玉にしたって、きちんと投げつけた適度な衝撃で割れるような構造にできている。
「雛菊さんが生きていたら、小鳥遊一人に頼ることもなかったのに……」
今だからこそ分かる、彼女は非常に高い錬成能力を持った貴重な人材だったのだ。なんて惜しい人を亡くしたのだろう……やっぱり、誰かが死んでいいことなんか、一つもないな。
「ありがとう、雛菊さん。君に代わって、僕がこの『呪導錬成陣』を有効活用させてもらうよ」
これだけの錬成能力が手に入れば、かなりの部分で小鳥遊に頼らなくてもよくなる。僕が考えていた装備案も、ほとんど実現できそうだ。
「さて、これはしばらく徹夜かな」
エントランス工房の社員全員巻き込んで、楽しいデスマーチの始まりだ。メイちゃんには夜食の差し入れを頼んでおこう。
2019年12月26日
今年の更新はこれで最後です。
第14章だけで半年かかり、年もまたいでしまいました。そもそも集まったクラスメイトを結束させるところからスタートしたので、準備してヤマタノオロチに決戦を挑むまで、ページ数がかかってしまうのは仕方がないとはいえ・・・
来年はヤマタノオロチ討伐をはじめ、より話を大きく動かしていきたいと思っています。
それでは、来年も『呪術師は勇者になれない』をよろしくお願いします!




