第223話 封印の槍
ドドドド、ガッシャーン!
という盛大な砕け散る音を立てて、ヤマタノオロチが土砂と氷を撒き散らしながら、唸りを上げてその巨大な鎌首をもたげる。
「はぁ……頑張って考えた攻略法があっけなくパワーだけで破られると、萎えるよね」
「なに言ってんだ桃川!」
「早く逃げるわよ!」
早々に塹壕へ飛び込んだ蘭堂さんと委員長に続いて、相変わらずメイちゃんに抱えられた僕も逃げ出すことにした。
僕が打ち出したヤマタノオロチ攻略作戦、その柱の一つである三本首の封印。今日はその実験として、第一フェーズの一つ頭を相手に、蘭堂さんと委員長が協力して土と氷の魔法で拘束を試みたのだが……あの轟音と共に一発で砕け散った。
そして今は、前線司令部に戻って反省会。
まぁ、敗因は明らかだけど。僕が思っていたより、オロチがパワフルでもあるし、魔法による拘束力も脆かった。
「桃川君、これはもうダメじゃないかしら」
「いや待って委員長、諦めるにはまだ早いよ」
「ウチも無理だと思うなー。あれ結構、ガンバって固めたんだけど」
うん、努力は認めるよ。二人とも、決して手を抜いたワケではないというのは。
土魔法と氷魔法で、オロチの頭を地面へとくっつけるように固めた。前衛組みの支援があれば、ここまで上手くできたんだけど……
「麻痺毒で力が弱められたとしても、これじゃあ少しでも毒の効果が薄まれば、すぐに拘束を破ってしまうわ」
「もっと強い拘束力がないと話にならないね」
「だからこれ以上は無理だってー」
困った、とばかりに委員長は自分の氷の杖を見つめる。蘭堂さんもヤル気なさげに、だらしなく足を投げ出して座っている。あっ、そんな体勢だと見え――
「思い切って、杖を強化してみる?」
通称、小鳥遊ガチャ。
ある程度までは安定して強化できるけれど、それ以上の性能にしようと無理に錬成を試みると、武器が壊れてしまうという、クソみたいなネトゲの強化システムを地で行くのが『賢者』の能力である。
「流石に、これを失ったらもっと成功は遠のくわよ」
今のところ、委員長が愛用している氷の杖は一品モノである。
実は氷結晶を用いて一段階、強化は果たしているのだが、これ以上を望むとガチャになる。
「ウチもコレ強くすんなら、天道に頼まないといけないしー」
蘭堂さんが頼めばすんなりOKしてくれそうだけど、天道君は別に本職じゃあないからね。強化するにも小鳥遊と同じくらいの限界値とみるべきだ。一応、蘭堂さんを通して確認はしてみるけど。
「けれど、あの感じでは多少、強化されたくらいでは歯が立たないわよ」
「うーん、そうなんだよね。根本的に方法がダメなのか……」
「ねぇ小太郎くん、ニョロニョロした長いのを止める時は、頭を刺した方がいいよ」
「それって料理の話だよね?」
「うん、ウナギを捌く時は、目の下の顎の辺りに目打ちを刺して固定するんだよ」
ウナギとヤマタノオロチとじゃあサイズがありすぎて――いや、でも、これが出来ればさっきの方法とは比べものにならないくらい、ガッチリ固定できるんじゃないだろうか。
そもそも、奴が再生する時に、異物が体内にあったらどうなるんだ。都合よく破壊されて除去されるのか、それとも、異物は取り込んだまま再生されるのか……
「メイちゃん、採用」
「え、ホント? やったぁ」
素直な笑顔で喜ぶメイちゃん。守りたい、その笑顔。守られるのは僕の方だけど。
「いやホント、天才的な閃きだよ。マジでありがとう」
こういうところで計画ってのは頓挫したりするものだからね。時間をかけて考えれば、ウナギ式の刺す固定方法は思いつけたかもしれないけど、今すぐそのアイデアが出るというのが大事なのだ。
三人寄れば文殊の知恵、とはよくいったものだ。別に僕は完璧超人な天才キャラではないから、一人で考えればつまんないことで行き詰まったりもする。他の人のアイデアというのは、貴重なモノである。有用な意見は尚更だ。
「というワケで、刺す方向に切り替えていこう。蘭堂さん、『岩石槍』
で初めてゾンビ貫いた時のこと、覚えてる? あんな感じでよろしく」
ドドドド、ガッシャーン!
という盛大な砕け散る音を立てて、ヤマタノオロチが土砂と氷を撒き散らしながら、唸りを上げてその巨大な鎌首をもたげる。
「よし、効果は十分だ! 撤退するぞ!」
退けぇー、と叫びながら、僕らは最寄りの塹壕に飛び込んでそそくさと退散する。さようなら、いつも実験に利用している第一フェーズの頭君。またよろしくね。
「メイちゃんの天才的なアイデアによって、奴の頭を封じる可能性が見えました」
はい、みんな拍手。パチパチパチ。成果を上げた人は褒め称えないとモチベも上がらないだろう。褒めるだけならタダだしね。
「でもウチが一番活躍したし」
「そうね、ああいうやり方は蘭堂さんが上手かったわね」
トーチカ建設工事で『岩石槍』を柱にしてガンガン建てまくったりしたからね。直立状態で攻撃魔法を形成させるのにも慣れているのだ。
「委員長も練習すれば上手くなるよ」
「ええ、具体的な目標は見えているから、何とかなりそうよ」
新しい魔法を授かるのは、神様の気まぐれだから期待できないけれど、魔法の使い方は練習次第だ。直情から巨大な氷柱をぶちこむ撃ち方を、委員長ならすぐ習得するだろう。
「桃川ぁー、ウチのことも褒めれー」
「あー、もー、分かったから邪魔しないでよー」
構って欲しいのか、僕の頭を無駄にワシャワシャしてくる蘭堂さんである。ええい、この褒められたがりめ。
「蘭堂さんのことは頼りにしてるから。塹壕にトーチカも作ったし、今のところ一番頑張ってる魔術士だよ」
「へへー、そーだろー?」
満足気にしているけど、ワシャワシャはやめてくれない。だからといって、止めはしない。
だって、無駄に密着してるから、後頭部におっぱいの感触が。これは役得だ。もう少しこのままで――あっ、メイちゃんがなんか真顔になってて怖いから、やっぱ今すぐ終了で。
「ともかく、蘭堂さんに頼り過ぎになるのも問題なんだけどね」
「桃川君の作戦だと、蘭堂さんの本命は岩山の岩盤掘りでしょう? ずっと封印についていられないのは、不安になるところね」
そう、ここは作戦の粗の一つ、大きな不安要素である。
作戦の流れ的には、まず三つ首封じから始める。この封印が失敗すれば、作戦の前提条件の一つが崩れることになるので、作戦続行は不可能だ。
本体攻略で岩山に乗り込んで行くのは、この三つ首封じが確実に成功してからになる。つまり、最初の封印作業には蘭堂さんが参加できる。封印が終わったら、僕らと一緒に岩山へ出発だ。
僕らが岩山へと乗り込んだ後は、封印できる魔法を持つのは委員長一人となってしまう。万が一、が起こった時、対処力には大いに不安が残る。
「なにより、私は『永続』を使えないわ」
「……やっぱり、ないと厳しいよね」
ヤタノオロチの頭を、蘭堂さんと委員長がそれぞれ岩と氷の槍で地面に磔にしたら、すさかずそこに『永続』をかけることで固定化を果たす。
しかし、この『永続』をかけた槍が破壊されれば、蘭堂さん不在のために、もう一度固定化することはできない。
そうなると、後は委員長が一人で氷の槍を撃ち続けて頭が動き出すのを阻止するしかない。だが、そんな状況になったら5分ももたないだろう。
「委員長、なんとか習得できない?」
「ごめんなさい、流石に氷以外の魔法になると……何かキカッケでも掴めればいいのだけれど」
恐らく、こういう系統外の魔法をどこまで使えるようになるかっていうのは、かなり個々人の才能に左右されるのだろう。その点、蘭堂さんは土属性の一点突破というよりは、『永続』みたいにその他の魔法適性もあると思える。
「うーん、この際、他の人でもいいんだけど……」
「でも、他の魔術士って、ほとんど桃川君が連れて行くことになるわよね」
そうなんだよ、そこも困ってるポイントだ。
ただでさえ少な目の魔術士クラス。そこから蘭堂さんと下川に加え、実質、魔術士クラスといえる蒼真桜も本体攻略のメンバー入りを果たしている。お蔭で、八つ首を相手にする前衛組みは、後衛による援護がないという厳しい戦況になってしまう。
「でも岩山に乗り込むには全員必要な面子だから」
「部隊編成に変更できる余地はないのよね。だったら、他にどうにか『永続』か、それに代わる手段を用意できないと――」
「おい、『永続』なら使える奴がいるだろが」
ここで口を挟んできたのは、まさかの天道君である。
僕と一緒に委員長が頭を悩ませている姿を見て、助け舟を出そうと言うのかこのツンデレヤンキーめ。
「もしかして天道君、使えるの?」
「いや、俺は使えねぇ」
ふむ、何でもアリな天職『王』ならいきなり都合よく使える様になっててもおかしくないけれど。しかし、そうなると、他に見当がつかない。
「じゃあ、誰が使えるの?」
「小鳥遊。アイツ、前から『永続』使えるぞ」
「たぁかぁなぁしぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
まだ自分の能力を僕に隠していたクソ賢者については、憤然やるかたない思いではあるものの、『永続』の使い手不足という問題は解消されたので、結果的にはよしとしようじゃないか。それに、小鳥遊にもちょうどよくヤマタノオロチ討伐で仕事ができたしね。
さて、光栄にも委員長と並んで前線に立つことが決まった『賢者』小鳥遊は、
「無理無理、絶対ムリだよそんなの、小鳥死んじゃう!」
などとゴネているものの、委員長と蒼真君に説得は丸投げしているから問題ない。
エントランス工房に響く小鳥遊がダダをこねる声をBGMに、僕はヤマタノオロチ拘束用の道具について考えている。
「鎖で縛るっていうより、アンカーを撃ち込んで固定、みたいな方がいいのかな」
少しでも拘束力を上げるために、こんなのでも用意しないよりはマシだろう。
ヤマタノオロチは見ての通りデカい蛇なので、ただ首をグルグル鎖で縛ってもあまり意味はない。四肢を持つ獣型だったら、鎖で手足を縛って拘束というのもいいけれど。
本命である土と氷の封印は、真上から突き刺して地面に磔にする方式なので、こっちの拘束具も、頭にぶっ刺すタイプがいいだろう。
でも、二人の攻撃魔法ほど巨大な鉄の杭を作るというのは、現実的ではない。作ることは作れても、どうやって刺すんだって話だ。いくら天職持ちの超人パワーでも限度ってモノがあるからね。
「あんまり時間もかけられないし、素早く刺せるくらいのサイズにしないと」
となると、頭に突き刺すのは普通の槍、この場合は銛というべきか、それくらいの大きさにして、何本も刺しまくるようにした方が設置はしやすいだろう。
そんな常識的なサイズにするなら、頭を貫通させて地面まで届かせるほどの長さにはできない。
「頭に刺す銛と、地面に打ち込んで固定した杭の二本用意して、それを鎖でつなげる形……でいいのかな」
強度的には怪しいが、この辺が準備と実行の両面において可能なラインだろう。
それに、あらかじめ固定用のアンカーを地面に打ち込むところまでセッティングしておけば、後は頭に刺すだけだ。前衛組み総動員で、みんなで用意した数の分だけ刺しまくればいい。
「でもこのサイズだと、かなりの数を用意しないと効果は見込めないな」
これはかなりの金属素材を集める必要がありそうだ。鉄なら何でもいいから、集めやすいのがせめてもの救い。砂漠エリアからも採掘が見込めるし。
「ヤマタノオロチの頭を縫い付けるには、一つあたりに十本や二十本じゃ足りなさそうだ……姫野さん、一人で鉄の槍三百本くらい錬成できそう?」
「そんなの無理に決まってんでしょバカじゃないの!」
お、おう。姫野さん、最近は工房に籠り切りで簡易錬成陣による素材の一次加工か、実験場でゴーヴ相手に非人道的な治癒魔法レベリングか、という思えばなかなかに過酷な環境に身を置いている。
その上、キープ君は新しい女にご執心だしで……いかん、姫野さんにストレス集中しすぎか。職場環境の早急な改善が必要かも。
「やっぱり作業員が少なすぎるか」
「桃川君、もっと手伝ってくれていいんじゃないの」
「手伝いたいのはやまやまなんだけどね」
流石に簡易錬成陣を使った作業は、分身じゃあできないし。僕本体の方は、一日中工房作業をしていられるほど余裕もないし。
だが、それを馬鹿正直に言って納得してくれそうな雰囲気ではない。連日の作業によって、姫野さんの目はかなり据わっている。
「じゃあ誰でも良いから人増やして。蘭堂さんとかどうなのよ、私よりもできるんじゃないの?」
「蘭堂さんは封印にも本体攻略にも必要だから、今はそっちの練習に集中してもらいたいんだよね」
確かに一次加工なら、蘭堂さんがやればかなりの効率で消化できるだろう。けれど、これ以上はあまり負担をかけたくはない。蘭堂さんは今回の作戦の要でもある。
「私一人だと、これ以上は無理だから。槍三百本? 一年くらいかければできるかもね」
「槍だけじゃなくて、同じ本数分だけ鎖と、地面に打ち込むアンカーも必要になるから」
なので、正確には三百本じゃなくて、三百セットということになる。
「私らが成人する前には、なんとか仕上がるんじゃないの?」
死んだ目で姫野さんが言う。五か年計画とか、勘弁してよ。
しかし、これは本格的に工房作業員の増員が必要か。
僕としては、固定用アンカーセット以外にも、作ってみたいモノがあるし……
「深刻な魔術士不足だなー」
これは前衛組みにもダメモトで簡易錬成陣を使わせる練習でもさせてみるか。ホントにダメだったら、時間の無駄だしなぁ。
「あっ、中嶋君がいるじゃないか」
「陽真くん? なんで?」
「天職『魔法剣士』だから、普通の前衛よりも魔法適性ありそうだよ」
それに、姫野さんもあんまりにも剣崎にベッタリされるのも癪でしょ? 僕も作業効率のためなら、多少は目を瞑ってあげるから、隠れてイチャついてもいいよ。中嶋は嫌がるだろうけど。
「ふーん、そっか、そうだよね……桃川君、その方向でお願いね」
「任せてよ。姫野さん、くれぐれも新人には優しく指導してあげてよね」
中嶋、新しい恋に燃えるのもいいけれど、ちゃんと元カノのフォローもしてあげてよ。今の僕らは、みんな仲良く、がモットーだから。
 




