第222話 ヤマタノオロチの攻略法
「ヤマタノオロチの攻略法を考えたから、ちょっとみんなに聞いて欲しい」
一晩考え込んだ攻略原案を、僕は早速、朝食後に学級会を開いて披露することにした。早めに方針を打ち出しておかないと、グダりそうだしね。
危険も承知、粗も多い。けれど、簡単お手軽に一発攻略なんて裏ワザ染みた方法なんて、現実にはそうそうない。立てた計画は、不断の努力によって成功へと導くのだ。
「流石、と言うべきなのかしら。もっと行き詰まると思っていたけれど」
「とても完璧とは言えない作戦だけどね。かなりの危険も伴う。でも、現状では一番可能性のある方法だと僕は思う」
「いいだろう、聞こうじゃないか」
蒼真君を筆頭に、みんなは僕の打ち出す作戦案に興味津々といった感じ。聞く準備ができているなら、いくらでも語ろうじゃないか。
「大まかな方法としては、岩山に乗り込み、本体コアまで穴をあけて、直接攻撃を叩きこんで破壊する」
そんな誰でも思いつく単純な作戦で、とガッカリした表情しないでよ。その単純な方法を実現させるための手段を確保するのが、僕らの頑張りどころなのだから。
「小鳥遊さんの『魔力解析』によると、ヤマタノオロチはその巨体に加えて、分厚い甲殻と、さらにその上に岩山を形成する岩盤がある」
黒板にヤマタノオロチの簡易的な断面図を書きながら、説明を続ける。
「岩山の層は、本当にただの岩盤になっている。だから、ここは蘭堂さんの土魔法で掘削することが可能なんだ」
演習の際に、岩山に転がってる石ころなどを回収し、蘭堂さんにそれを土魔法で操れるかどうかの実験はしている。石は当然、岩盤と同じ質のものだ。
ヤマタノオロチの外殻のように、本体から魔力的な繋がりがなければ、普通の地面と同じく土魔法で操作は可能となる。
「一番の問題になるのは、この外殻の部分」
ここは奴の鱗と同じ質の甲殻によって形成されている。鱗一枚でもどれだけの強度があるかというのは、前衛組みのメンバーには今更説明するまでもない。
「今の僕らが持てる最大の魔法、武技、を当てても、どうにもならない硬度と厚さがある」
だが、なにも一撃で破壊しなくてはいけない道理はないだろう。少しずつ、けれど着実に、穿つことができればいい。
「実験によって、この甲殻の成分なら、僕の『腐り沼』で溶かせることが分かった」
そこで、掘削機代わりに、魔法陣と供物による儀式発動の『腐り沼』、その溶解力の最大出力でもって、ヤマタノオロチ外殻を溶かして穿つ。
「殻にさえ穴が開ければ、本体コアまで攻撃が届く。できれば、一発で破壊できるよう、上級攻撃魔法を使いたい」
「なるほど、確かに殻を突破できるなら、コアを壊せるようになるが……穴をあけるのに、どれだけ時間がかかる?」
「もう少し実験を重ねないと、正確な時間は出せないけど、5分や10分で終わることはまずないだろうね」
下手すると何時間も。殻は相当な厚さだろうし、なにより、溶かせる、というだけで劇的な効果があるわけじゃない。
魔法陣と厳選した供物の他にも、『腐り沼』の威力を高めるための手段は模索するつもりだけど、それでどこまで効果が上がるかは未知数だ。
「今の戦力じゃあ、八本首を抑えていられるのも限界があるぞ」
「分かってる。だから、次は頭をどうやって押さえ続けるかの説明になるけど――」
ヤマタノオロチの首は、これまでの戦いの結果から、出てくる場所が決まっていることが判明している。
上から見た岩山をざっくりと円の形とするなら、そこからちょうど八等分した位置から、首はにょっきり生えてくる。だから、どの方向から接近しても必ず近い場所の頭が反応する。
それに観察した限りでも、首が出てくる洞窟はその八か所しか確認できていない。
首一つにつき、出てくる洞窟は一つだけで位置も固定。でも、首が長いから、たとえ反対側で戦闘しても、ニョロニョロ伸びて回り込んで頭は届く。
どこで戦うにしても、八本の首は全てを相手にしなければいけない。
「僕は八本首が揃ったら、確実に負けると思う。本気を出して必殺技を繰り出す可能性もあるしね。だから、絶対に八本全てを揃えない状況を維持し続けるのが前提となる」
必殺技なんかなくても、八本同時に相手しきれないけどね。
「首を三本分、動きを完全に止める」
「でも、首は落としてもすぐに再生するわよ」
「倒すんじゃなくて、無傷のまま動きを止めればいい。つまり、拘束するってこと」
「……そんなことができるの? あの大きさよ」
「倒しても無限に再生するんだから、延々と倒し続けるよりも、身動きを封じる方法を開発した方が可能性あると思うんだよね」
勿論、委員長の言う通りにあの大きさ、つまり電車みたいなサイズの大蛇を止めなければいけない。そう簡単にはいかないだろう。
「ヤマタノオロチは再生能力があるから、ダメージを与える攻撃は無意味だ。だから単純に動けないよう、物理的に拘束するのがいいと思う」
「なるほど……私の氷魔法は、氷柱を撃つよりも、氷漬けにして地面に張り付かせた方がいいってことね」
「委員長、正解。頭の拘束には委員長の氷魔法を中心に考えている」
「でも、私一人じゃ無理よ。頭一つ、氷漬けで止められるかどうかも分からないわ」
「だから、他の魔法も組み合わせる。まずは蘭堂さんの土魔法」
「えっ、なに? ゴメン、あんま聞いてなかった」
蘭堂さん真面目に作戦説明は聞いてよね! 僕らの進退がかかっているんだから。
「土魔法で首を固める」
ヤマタノオロチの首を、地面に縫い止めるように拘束できればいい。穴を掘って、頭を生き埋めにするような形でもいいし。どういう風にするかは、また演習で試して行けばいいだろう。
「魔法以外にも、鋼鉄のワイヤーなんかをいっぱい用意して、繋ぎ止めてもいい」
金属素材はそれなりに手に入る。魔物の武器や鎧を全部ワイヤーの錬成につぎ込めば、それなりの量が用意できるはず。砂漠エリアの光石採掘場でも、鉄鉱石のように金属質の鉱石も採れるからね。
「あとは、毒で力そのものを弱らせる」
最有力候補は『クモカエルの麻痺毒』だ。ゴグマでさえ一刺しで動きを鈍らせた、かなり強力な麻痺毒である。殺せなくてもいい、ただ力が弱まりさえすれば、その分だけ拘束時間を伸ばせる。
ただし、コイツは少量生産が限界だ。ヤマタノオロチはただでさえデカいから、効果を及ぼすには量も必要となってくる。あまり大量に用意できそうもないのがネックである。
一応、他にももう毒なら何でもいいとばかりに、作れるだけ色んな毒を用意しようじゃないか。おまけに『赤き熱病』もかけてやる。
「勿論、余裕があれば随時、拘束中の首を攻撃してダメージを与え続けてもいい」
頭が拘束を抜け出すのに全力を振り絞れない時間は、長ければ長い方がいい。物理的に首の動きを封じているのは、土魔法、氷魔法、ワイヤー、の三種類だけ。どれもアイツが本気を出せば、早々に破られそうでもある。
「これで、最低でも三本の首を封じることができれば、真っ向勝負で食い止める首は五本だけ。今の僕らでも、ギリギリでなんとかなる本数だ」
「おお、スゲーぜ桃川!」
「これなら行けるんじゃね?」
「可能性が出てきたべ」
上中下トリオは素直に希望を見出している感じだけど、そうでもない人もいるようだ。
「そんな簡単に上手くいくかな……首一本封じるだけでも大変そうだし」
「ああ、三本首を止めるのは、今はまだ希望的観測だろう」
中嶋と剣崎、仲良くなったよね。後ろで姫野さんがすっごい恨みがましそうに見ているよ。
でも、二人の言うことももっともだ。この辺は実際に試してどこまでできるか探っていくことで、成功率を高めていくしかない。
「小太郎くん」
そして、一番納得してなさそうな顔をしていたのは、メイちゃんである。
「この作戦だと、小太郎くんが直接、岩山に乗り込まなきゃいけないよね?」
「うん、そうなるね」
儀式発動なもんで。
「私は反対だよ。危なすぎる」
「危ないのは、みんなも一緒だから」
「あそこまで行ったら、逃げ場はないんだよ。いっつも全滅してたの、私、見てたよ」
僕の分身&レムスペアの特攻偵察隊は、毎回、名誉の戦死を一人残らず遂げていたからね。使い捨てなのでハナから逃げる気もなかったけど、逃げ場が見当らないのも事実ではある。
「確かに、岩山は敵陣のど真ん中で、外側で頭と戦うよりも危険は大きいよ。でも、それをしなければ、僕らに勝ち目はない」
ヤマタノオロチという、あまりにも強大なボスモンスターを倒すためには、どうしても払わなければならないリスクである。戦力の拡充はできない。スルーもできない。決して避けては通れない道だ。
「だから、僕は行くよ。別に言いだしっぺだから、率先して自己犠牲なんて気はないよ。殻を突破するには、どうしても僕の力が必要ってだけのこと」
まぁ、これで他の人が提案した作戦だったら、大いに渋っただろうけどね。お前が作戦の肝だから、お前が一番危険なところに乗り込めよ、なんて他人に指図されたら堪ったもんじゃない。うるせぇ、だったら全員道連れにしてやるぜくらいの反骨精神が出ちゃいそう。
これは自分で考えて、もうこれしかないと心から納得できるから、覚悟も決まるのだ。
死ぬ覚悟じゃない。何が何でも成功させて、生きて帰る覚悟だ。死ぬ覚悟とか、僕には最も縁遠い感情だよ。
「小太郎くん、だったら――」
「うん、だから、僕を守ってよ、メイちゃん」
頭の相手から三大エースの一角である『狂戦士』を引き抜くのは大きな賭けである。
けれど、最も危険な死地に赴くにあたっては、最も信頼できる者を護衛に抜擢するのは当然の判断だ。
「そっか……うん、分かったよ、私が絶対に、小太郎くんを守るから」
「まぁ、僕以外にも蘭堂さんも絶対来なきゃいけなくなるんだけどね」
「ちょっと待って聞いてない、ウチそんなの聞いてない」
「うん、蘭堂さんが聞いてないだけで、僕ちゃんと説明はしたよね」
僕が他の誰にも破れない殻を突破する。でも、その前段階として、これまた分厚い地層を形成する岩盤をどうにかしなければいけないのだ。
この岩山の地面を突破するのは、蘭堂さん以外にはいない。
「あ、あんなイッパイいるところに行くとか、無理だって」
「大丈夫だよ、ちゃんとメイちゃんを筆頭に他にも護衛はつけるから」
僕本体が乗り込むのだ。当然、その時は真の実力を発揮する、レムの主力機体を全機投入だ。
勿論、それだけではない。
「殻に穴を開けるまでの間、僕らも敵のど真ん中で耐えなきゃいけないからね。メイちゃんの他にも、手がいる」
ちょっと、みんながザワつく。
そりゃそうだ。メイちゃんじゃなくても、みんな、僕が岩山に乗り込んでどうなったかの末路は知っているからね。見た目的にも結果的にも、生還率0%の死地である。
そんな場所に、誰が道連れとして選ばれるのか。戦々恐々といったところだろう。
「まずは下川君」
「俺かよぉおおおおおおおおっ!」
いやだー、と半狂乱になって逃げ出しそうな下川を、早くも上田と中井が完璧な連携プレーで左右から抑えにかかっていた。流石、親友同士だね君達。
「な、な、なんで俺なんだべ桃川!? お前アレだぞ、俺だって魔術士で貧弱だから、ちょっとガーゴイルに噛み付かれたら死ぬぞこらぁ!」
自分の貧弱ぶりをそんな威勢よく言わないでよ。悲しいかな、本体が弱いのは、魔術士クラスの定めってやつだよね。
「あの敵地のど真ん中で耐え抜くには、下川君の力がどうしても必要なんだよ」
「俺にできることなんて、霧で隠れるくらいしかできねーべや!」
「そう、それだよ。それでいいんだよ下川君」
あそこには無数のガーゴイルがひしめいている。そして侵入者を見つければ、雪崩を打って攻め寄せてくるワケで――見つからなければ、奴らは動かない。
「岩山に乗り込んでから、掘削地点周辺までを『水霧』で覆う。そうすれば、僕らは目の前の奴らだけを相手にすればいい」
四方八方から無限に襲い掛かってくる状況では、いくらメイちゃんであってもいつかは物量で潰される。
だが、前方のみに限れば、百でも二百でも蹴散らして行けるだろう。
「僕が偵察した限りだと、ガーゴイルは積極的に仲間を呼んではいない。奴らが殺到して襲い掛かってくるのは、それだけの数に気づかれているから。奴らは軍隊みたいに連携してるワケじゃないんだ。気づかなければ、その場から動かないんだよ」
僕の偵察隊が襲われた時、遠くのガーゴイルは動かなかった。多分、僕らが戦っているのが、見えていないし、聞こえてもいないのだ。
気づいた奴だけが我先にと襲い掛かって来るだけで、他の奴らが包囲を固めるような戦術的な動きは一度も見られなかった。なんというか、目の前の奴にしか襲わないとか、ゾンビみたいな単純思考である。
「だから、『水霧』で目くらましをすれば、僕らを狙ってくるガーゴイルは最低限まで減らせるはずなんだ」
「ほ、本当だべか……?」
「本当だよ。僕だって死にたくないんだ。無理なことはさせないよ」
「あー、ちくしょう……分かったよ、やればいいんだべ」
「頑張れよ下川!」
「無事を祈ってるぜ!」
「クソ、お前ら人がやると思って……やっぱりヤル気なくなってきたべ」
「じゃあ、下川君が快く特攻隊に志願してくれたので、次の指名をしまーす」
「お前今特攻隊とか言ったべ!?」
下川がなんかギャアギャアうるさいけど、さっさと話を進めよう。
「山田君に、護衛をお願いしたい」
「お、俺か……いや、でも、そうだよな、こういうのは俺が向いているか」
おおお、まさか山田がこんなにも素直に使命を受け入れるとは。一体、いつこんな覚悟完了した立派な男児になったんだい。
「ありがとう。自分の役目をよく理解してくれてるみたいだね」
「どっか一か所で守り通さないといけねぇなら、『重戦士』の俺が適任だろ。盾とか鎧とかも、もらったしよ」
山田ホントにカッコいい。とても、雲野郎のエロ罠にかかって女子小学生と乱交妄想していたとは思えない、ストイックな雰囲気を今は醸し出している。
「その通り。霧で多くのガーゴイルは放置できるけど、近くの奴らだけでも相当数集まるだろうし、大型の奴もいる。防御力の高い前衛が体を張って止めてくれないと、守り切れないと思う」
「おう、分かった。やるだけやってやるよ」
本当にありがとう、山田。僕は感謝の気持ちを込めて、思わずパチパチ拍手しちゃったよ。みんなも拍手している。なにこれ、ホントに特攻隊員に決まったみたいな雰囲気だよ。
「それから、最後にもう一人。どうしても一緒に来て欲しい人がいる。それは――」
ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえた。次に貧乏くじを引くのは誰か、みんなが固唾を飲んで僕を見つめてくる。
「――蒼真桜。君がこの作戦の最後の鍵だ」




