第220話 総合演習(2)
「ガーゴイルが激しくウザい」
作戦の第二段階。二部隊での頭叩きと、その隙に岩山へ続く塹壕の延伸工事は、前者は成功、後者は半分成功といった結果に終わった。
やはり岩山へ近づくにつれて、ガーゴイル共が反応して積極的に襲い掛かってくる。
「岩山まで、あと300メートルってところか」
近いような、遠いような。僕でも全力疾走すれば一分はかからずに到達できる距離だ。
「もっと伸ばさないとダメだな。せめて50メートルまでは接近したい」
何度も繰り返して、コツコツ伸ばして行こう。
「それじゃあ、次は第一部隊と第三部隊の組み合わせで。第二部隊は塹壕工事の蘭堂さんの護衛に回って」
と、次の指示を出す頃には、またしても頭が潰されて出てきた増援のダブルヘッドが、誰もいないフィールドをキョロキョロしてから戻っていくのだった。リセット完了である。
シギャアアアアアアアアアアッ!
と、そんな甲高い雄たけびを上げて迫りくるのは、ガーゴイル共である。
現在、岩山より距離約230メートル地点。
「ちょっ、桃川めっちゃアイツら来てるって! 撃っていい?」
「蘭堂さんはそのまま掘り進めて! ちょっと、弾幕薄いよ、なにやってんの!」
「いやぁ、これ以上はちょっと無理だべ桃川」
「数が多すぎるよー、そろそろ限界!」
ちいっ、護衛の下川と夏川さんまで弱音を吐いている。この面子でガーゴイルの群れを留めるのはここらが限界か。
「ちぇっ、200メートルまでは行けると思ったんだけどなー」
目標達成できなかった無念を胸に抱きながら、僕はメイちゃんに抱えられて撤退するのだった。
まぁいい、こっちの体力と魔力が続く限り、何度でもトライできる。
というワケで、次は第二部隊と第三部隊で頭を相手にしつつ、第一部隊を護衛に再び塹壕延長にチャレンジだ。
シギャアアアアアアアアアアアッ!
というすでにして聞き飽きたガーゴイルの雄たけびと、
グォオアアアアアアアアアアアアッ!
マジでヤバい重低音を発するヤマタノオロチの頭が耳を振るわせる。
「おい桃川! なんか蛇の方がこっち来てんだけどぉ!」
「くそ、この距離だとオロチも反応してくるのかよ……急いで撤退だ! 第一部隊じゃ止めきれない、蒼真君、なんとかして!」
「……仕方がない。龍一、手伝ってくれ」
「おう、ちょうど暇してたところだ、いいぜ」
やはり持つべきものは戦力的な切り札だ。
岩山との距離約200メートルを切った時点で、ヤマタノオロチがすでに戦闘をしている第二第三部隊よりも、接近を続ける僕らの方へターゲットを切り替えやがった。ちゃんとこっちの動きもヤツは認識していたということでもある。
急に離れて行ったせいで、第二第三の面子では引き留めることもできなかった。ガーゴイルにたかられている上に、頭にも襲われれば対処しきれない。
だから、こういう時に蒼真君と天道君が頭を引き受けて、僕らは無事に撤退を完了させる。
被害は出なかったものの、早くも工事は躓いた形となった。
「桃川君、どうするの? もう一度挑んでみる?」
「いや、今日はもう帰ろうか」
塹壕は岩山まで190メートル地点まで到達できた。200メートル越えでオロチが近い方を狙うという行動が分かっただけでも十分な収穫だ。
それに、今回の演習の一番の目的である、前衛組みがどこまで頭に対抗できるかという挑戦結果も上々だ。二部隊ででも、まぁ安定して相手取れるということが分かった。
「また一日休んでから、明後日には作戦の第三段階を試してみることにするよ」
というワケで、英気を養い再び、僕らはヤマタノオロチの巣へとやって来た。
「作戦の第三段階は、三部隊で頭三つまで相手をしてもらう」
最初の頭一つを潰すと、必ず次は二つの頭が出てくる。で、その内に最初の頭がクソ回復能力で復活してくるので、最終的に頭三つを相手取ることになるのだ。
「一応、潰した頭の再生阻止の方も探ってもらおうと思ってる。とりあえず、委員長の氷漬け作戦は試したいから、よろしくね」
「ええ、分かっているわ」
切り落とした首が再生する、というのはギリシア神話のヒュドラを彷彿とさせる。
ヒュドラは落とした首の断面を火で焼くことで再生を防いだ、という有名な攻略法はあるが……残念ながら、このヤマタノオロチには通用しなかった。天道君がサラマンダーを倒して得た炎魔法で、断面を焼くのを試しているからだ。
じゃあ、焼いてダメなら凍らせてみよう、というワケで委員長にはお願いしといたワケだ。多分、ダメっぽいんだけどね。
「桃川ぁー、ウチはまた掘ればいいの?」
「いや、蘭堂さんは頭潰しの援護に回って」
「いいの?」
「いいよ」
なんだろう、この妙な間は。
ああ、僕の作戦構想がちゃんと伝わってないからか。説明は最後までしないとね。
「それで、今回の作戦第三段階のもう一つの目的は、敵の本陣にある岩山に乗り込んで、偵察することだよ」
「待て、いくら偵察くらいと言っても、あそこには近づくだけでも危険だぞ」
「蒼真君、頑張ってね、君ならできる」
「俺が行くのかよ!?」
「他に誰か適任者がいる? やっぱ偵察任務に定評がある夏川さんとか?」
「わ、私は無理、無理だよ絶対!」
「……桃川、お前が行けばいいだろうが」
「酷いよ蒼真君、最弱の呪術師を信じて敵陣へ送り出すなんて!」
「こういう時のための、分身なんだろう。レムのスペアボディを用意したのも、そのためだろう?」
「流石、お見通しだったか」
どう考えても捨て身の偵察任務には、僕の『双影』と泥人形でいくらでも替えの利くレムを使うのが最適だ。
みんなの実力も底上げしているから、スペアボディを作るにしても、リビングアーマー級の素材はすぐに調達できるようになっている。スペック的には、メイン機体である黒騎士やミノタウロスとそう変わりはない。
「あの岩山から、内部の本体まで続く洞窟とか道がないか調べて来るよ。他にも、何か攻略の手がかりになりそうなものを探そうと思う」
「そうね、いきなりあの場所にみんなで乗り込むワケにはいかないものね」
岩山から本体を狙えるかどうかも分からないのだ。そんな状態で、イチかバチかで特攻をかけるなど愚かというか、約束された敗北ってものだろう。
「しかし、何もなかったらどうするんだ?」
「その時は、それでまた攻略法を考えるよ」
内部へ続く洞窟が都合よくあれば、それでヨシ。そこを攻める方向で作戦を立てられる。
何もないならば、別な方法を考えていくしかないだろう。蘭堂さんに掘ってもらうとかさ。
「岩山に乗り込む僕の方は全滅してもいいけどさ、みんなの方は気を付けてね。頭三つの第二フェーズでは、攻撃も激しさを増すから」
いざって時は三大エースが救援に入るから大丈夫だけど。この第二フェーズまでなら、まだエース三人でも余裕を持って対処できる。
「それじゃあ、行こうか」
「お前ら、準備はいいかっ!」
グガガッ、ゴワァアアアッ!
という感じで元気な雄たけびを返してくれるスペアレム達は、改めて見ると立派なモンスター軍団である。
まずは一号機スペアの黒騎士。元と同じリビングアーマーをベースとして作った機体だ。素材はほぼ同じだから性能も同等、のはずなんだけど、やっぱり経験値なんかも反映されているのか、元々の黒騎士の方が高い戦闘能力が出ることが実戦テストで判明している。
元の2号機はアラクネ担当だったけど、アアクネって地味にレアモンスターっぽくて探しても発見できなかった。今の探索部隊は普通に強いし、アラクネも狙わずに避けるようになっているのかもしれない。
ともかく、アラクネでスペアは用意できなかったので、代わりにゴーヴを使用した。
使われたゴーヴは、この間とうとうお亡くなりになった毒薬&回復魔法の実験台を務めていた内の一体だ。ゴーマ村の長の方はまだ生きている。流石、長だけあってアイツはしぶといよね。
それでも貴重な実験体の一つである。死体となっても、しっかり有効活用させてもらおう。これはエコだよ。
小鳥遊がそんなスペア2号を見て「す、凄い怨念みたいなのを感じるようぅ、怖い!」とか言ってたけど、僕は何も感じない。この呪術師である僕がそれらしき怨念やら呪いの気配やらを感じられないのだから、何でもないのだろう。死ねばただの死体だ。
3号機の方は、信頼と実績のラプターである。アルファほどの速度と乗り心地はないけれど、ノーマルラプターでも騎乗動物としては十分な性能を誇る。コイツに乗り込むことで、僕のしょぼい機動力をカバーである。
4号機スペアは、ミノタウロス。ベースとなるミノゴリラは、探せば一応は見つけることもできるので、素材は調達できた。こっちも、元の4号機よりもややパワーダウンという感じだが、捨て身の偵察任務に投入するには十分な性能だろう。
ひとまず、このスペア4機が僕が同時にフルで動かせる限界なので、ここまでとしている。あとは、あらかじめ召喚しておいたハイゾンビ7体とスケルトン13体を合わせて、岩山偵察特攻隊となる。
準備は万端。すでに前衛組みが予定通りに頭との戦闘をちょうど始めたところである。
本体の僕が前線司令部から、みんなの戦いが始まったのを確認する。
「よし、行くぞ! 突撃ぃーっ!」
岩山まで190メートル地点まで掘り進めた塹壕を利用して、一列縦隊となって僕らは走り出す。
早くもちょっかいをかけてくるガーゴイル共を蹴散らしたりスルーしたりして、いよいよ塹壕が途切れて地上へ出る。
「一気に突破する!」
塹壕を抜けると、より激しくガーゴイルがたかってくるが、黒騎士とミノタウルロスのツートップを先頭に、道を切り開く。
黒騎士は大盾と大斧。ミノタウロスは大きなスレッジハンマーを装備している。
ガーゴイルは本物の石像ではないが、表皮は石のように硬いので、剣や槍より、斧や鈍器の方が有効だ。
だから、スケルトン部隊にも斧とハンマーを装備させている。ハイゾンビはスケルトンよりパワフルだけど、武器を扱う知性がないので素手のままだけど。
「あともう少しだ」
岩山はもう目の前。ガーゴイルの激しい攻撃を前に、早くもスケルトン一体、ハイゾンビ一体が脱落したが、問題ない。
ヤマタノオロチの頭がこっちの方に来なければ、このまま突破できる。
「こっちを狙わせる気もないけどね」
戦闘開始直後なので、頭はまだ一つ。そして、今回は第二フェーズまで挑むつもりなので、最初の頭は瞬殺だ。
エースも控えた上で、三部隊が全力で攻めれば、頭が接近する僕らにターゲットを切り替える隙も許さず、叩き潰してくれた。
直後に追加の頭二つの登場となるが――その前に、僕らは岩山へと辿り着ける。
「よし、到着だ」
そうして、僕は初めて敵本陣たる岩山へと足を踏み入れる。
なかなかの急勾配だけれど、断崖絶壁ってほどではない。十分に走って登れる程度の傾斜だ。
遠目で見た通り、林のように太く高い石の柱が立ち並び、その上にガーゴイル共がカラスみたいにとまっている。
奴らのホームまで踏み込んだのだ。攻撃はさらに激しさを増すだろう。
「とにかく前進だ。まずはあの目立つ中央の塔を目指すぞ!」
岩山のど真ん中には、天を衝くような巨大な石柱がそそり立っている。古代遺跡の塔ではなく、本当に単なる石の柱が大木のように立っているだけだ。
ひとまず、このまま真っ直ぐ進んで、一番目立つ真ん中の石塔に向かうのがいいだろう。他に目印になりそうなものもないしね。
「行けぇーっ!」
「グガガ!」
「ブモォアアア!」
雄たけびを上げて、殺到するガーゴイルを蹴散らす主力二機。
僕はスケルトンとハイゾンビの消耗を躊躇せず、とにかく少しでも先に進むために集中する。
「くそ、やっぱり何も見当らないな」
まだ登り始めたばかりだが、岩の柱がある他に、洞窟の入り口になりそうな穴などは見つからない。本当に単なる岩山でしかない様子だ。
見落としがないよう、くまなく全域を探索したいところだけど……流石にそれは無理だろう。
「ちくしょう、多すぎるんだよお前ら!」
中央の石塔までの道半ばというところで、いよいよガーゴイルの密度が無双ゲーみたいになってきた。
黒騎士とミノタウロスは力に任せて奴らを薙ぎ払えるが、貧弱なスケルトン共ではそうもいかない。ハイゾンビも素手だから決定的な火力不足。
「まずい、押し込まれる……」
気が付けば、僕らの足は止まり、防戦一方。
来た道にも敵が溢れ返っており、完全包囲されている。前門のガーゴイル、後門のガーゴイ、四面ガーゴイルである。
まぁ、雑魚が大量に押し寄せてくる系のゲームでは、よく見られる絶望の景色だ。
「ゴギャアアアアアアアッ!」
と、ただでさえゲームオーバー秒読み段階なのに、前方から新たな敵が現れる。
群れるガーゴイル共をかき分けて、ミノタウロス並みの巨躯を誇る、デカいガーゴイルが二体も現れた。
「大型種もいるのかよ……」
新手の大型ガーゴイルが、黒騎士とミノタウロスにそれぞれ襲い掛かると、ついに均衡が崩れる。
その他大勢の雑魚ゴイル共が一斉に雪崩れ込み、
「くっそぉ、せめてお前は道連れぐわぁああああああああああああ!」
そこで、全身をガーゴイルに引き裂かれ&噛み付かれて、僕は死んだ。ユーアーデーッド。




