第219話 総合演習(1)
学級会によってヤマタノオロチに対する総合演習の実行が可決された。
一日の休息を挟んで、体調と準備を整えた僕らは翌朝、全員で学園塔を出発する。
いつもはアルファに跨って颯爽とドライブするだけの道のりだけど、今日は全員を連れているから普通に歩き。大人しく片道2時間かけて、荒野と渓谷を進んだ。
今日はガーゴイル共がちょっかいかけてくることもなく、一度も戦闘せず目的地へと無事に到着した。
「こ、これは……」
「桃川君、また随分と大工事をしたものね」
ヤマタノオロチの巣につくなり、蒼真君と委員長をはじめ、あまりに様変わりした現地の様子に皆が驚いていた。
「でしょ、僕と蘭堂さんの努力の結晶だよ」
ようやく、すり鉢状の巣に塹壕を張り、トーチカの建設が完了したのだ。
いやぁ、ただでさえ広いフィールドだから、塹壕をぐるっと一周掘るだけでも大変だった。蘭堂さんの土魔法によるチート級建築速度がなければ永遠に終わらなかっただろう。これ人力でやったら公共事業費で何億計上するか分かんないからね。
「まずは司令部にみんな入って」
渓谷を抜けて、巣を一望できる場所に、全員を収容できる最も大きなトーチカを建ててある。
見た目はただの茶色い長方形の一階平屋。サンドボックス系ゲームでは豆腐ハウスと嘲笑される、のっぺりしたデザイン性皆無の素人建築である。
蘭堂さん、衣装のデザインセンスはあっても建築はイマイチなのだ。
「おい桃川、この国旗はなんなんだ」
「見ての通り、日の丸と旭日旗だけど」
ああ、我らが祖国、日本を象徴するシンプルイズベストな国旗と、大日本帝国魂が燃える旭日旗が、それぞれ司令部の入り口に立てたポールの上で風にはためき堂々と翻っている。
「あまりにも飾り気がなさすぎるから」
「はぁ、芸の細かい奴だ」
飽きれたような溜息を吐く蒼真君だった。
さて、そんな国旗くらいしか装飾品のないダサい豆腐司令部の建つこの場所は、これまで挑んだ経験からして、まずブレスが届かないだろうというポジション。それから、もし撤退する時にガーゴイルの大群に追いかけられても、立て籠もって体勢を立て直すくらいの堅牢さはある。
勿論、ここには前線基地として、替えの武器や医療品などの物資を置く保管庫の役割もあるし、重症者が出た場合の一時的な避難場所にもなる。
探索部隊には空の宝箱も回収してもらったから、あらかじめ作って置いたリポーションなどの医療品も長期間保管できる。
それから、戦闘前にはここでブリーフィングもできる。黒板も椅子も用意済みだ。
「それじゃあ、今日の作戦を説明するよ」
詳しい作戦行動の内容は、ここで初めて説明する。一昨日に開いた学級会で話しても、どうせ忘れるだろうし。現地で話した方が、みんなもより真剣に聞いてくれる。
「まずは、エース三人抜きで、前衛と後衛のみで頭一つを相手してもらう」
『勇者』蒼真悠斗、『王』天道龍一、『狂戦士』双葉芽衣子、この三人を抜いた上での最大戦力で、頭一つにどこまで戦えるか確認する。いきなり前衛三人とかで挑ませて、返り討ちに合ったら目も当てられないからね。
「前衛組みは三つに分かれて、後衛の援護はそれぞれ一人を割り振り、一部隊とする」
第一部隊
『双剣士』剣崎明日那
『魔法剣士』中嶋陽真
『聖女』蒼真桜
第二部隊
『盗賊』夏川美波
『剣士』上田洋平
『戦士』中井将太
『水魔術士』下川淳之介
第三部隊
『騎士』野々宮純愛
『戦士』芳崎博愛
『重戦士』山田元気
『氷魔術士』如月涼子
以上の編成である。
第一部隊は前衛二人だけど、エースに次ぐ近接能力を持つ剣崎に、修行勢では頭一つ抜けた成長をみせた中嶋を配置。それから、問題児の桜ちゃんだけど、能力そのものは優秀だし、お友達の明日那に、今のところ真面目君を貫いてくれている中嶋が面子なので、アイツも真っ当に援護してくれるのは間違いない。
第二部隊は、やはり気心の知れた上中下トリオと、最近は探索や狩猟などで彼らと打ち解けてきている夏川さんを配置した。
第三部隊は、これもコンビであるジュリマリで組ませた。山田は微妙に余った感じだけど、戦力的には申し分ない。どこへ組み込んでも活躍できるタンクな山田は、前衛として僕は剣崎以上に評価している。委員長も後衛だし、この部隊が一番堅実だと思う。
「第一部隊は正面、第二部隊は右側面、第三部隊は左側面で、常に頭を囲めるような配置で戦おう」
いくらサイズがデカくても、一つは一つ。どこか一方に頭突きや噛み付きで攻撃すれば、二方向はガラ空きだ。
問題は、頭の攻撃を受ける部隊が、どこまで上手く凌げるか。少なくとも、この面子で直撃しても無事でいられそうなのは『重戦士』山田のみ。今回の作戦で、最も注意を要する点である。
「危ない時は、すぐに塹壕まで引くこと」
ヤマタノオロチとガーゴイル共が反応してくるギリギリのラインで、塹壕は引いてある。グルっと巣を一周する最前線のライン。そこから均等に八方向に直線の塹壕で、割と安全となる外周を一周する後方ラインを引いている。
後方ラインは、ちょうどこの司令部を起点として伸ばしている。だから、とりあえず塹壕に飛び込めば、そのままこの司令部まで戻ってくることができる。
「塹壕の深さはおよそ2メートル。頭が叩きつけても、薙ぎ払っても、ここにいれば当たらない。ブレスもよっぽど射線が合わない限りは直撃しないから、地上よりはずっと安全だから」
とはいえ、真上はがら空きなので、ガーゴイルなら侵入できる。敵の全てを防げるわけではない。でも、だだっ広い地上だけのフィールドよりも遥かにマシだ。
「後衛の魔術士は、塹壕から攻撃すれば地上に立つより安全に攻撃できるよ」
深さは2メートルなので、ちゃんと足場、というか段差のある構造となっている。段差に立てば、深さは1.2メートル。自衛隊の立射用塹壕がこの深さだったはず。自動小銃ではないけれど、攻撃魔法をぶっ放すのにもちょうどいい。
「それから、見ての通り各所にトーチカも設置してある」
前線ラインと後方ラインを繋ぐ八方向の塹壕、その中間地点に司令部よりも小さなトーチカを建てている。
「この中にも、予備の武器と医療品を置いてある。補給が必要な時は、まず最寄のトーチカに戻ること」
勿論、司令部まで逃げることも難しい場合は、一旦ここに籠ってくれてもいい。一時的にでも持ちこたえられれば、救援が間に合う可能性もぐっと上がる。
とりあえず、現時点でこの巣に施せる工事はこの辺が限界だ。
あとは、今回の演習結果を踏まえて改造していきたい。
「ここまでで、何か質問は?」
「おーい桃川、レムは出してくれねーんだべか」
下川が挙手しながら質問をくれる。
まぁ、いつもだったら一体ずつ割り振るところだけど、
「レムには他の仕事があるから、今回は前衛に出せない」
「それはなんだべ?」
「作戦の第三段階になったら説明するから、今は気にしないで」
一度に全部説明しても、どうせ頭に入んないし。
相手は動かないし、こっちは前線基地という戻れる場所もあるのだ。ゆっくりと試行錯誤させてもらおう。
「ねぇ、危なくなった時はどうするの?」
「すぐに蒼真君達を救助に出すし、即時撤退でいいよ。今回はあくまで練習なんだから、無理をする必要はどこにもないからね」
夏川さんもなかなか堅実な質問をするものだ。細かいことは気にしなさそうな性格だけど、盗賊だから警戒心も上がっているとか。
「あのー、私は何すればいいのかな?」
「ウチも仕事ないんだけどー」
部隊に組み込まれていない、姫野さんと蘭堂さんが聞いてくる。
「姫野さんは第二部隊の後衛について。蘭堂さんは第三部隊に」
蘭堂さんに限っては、作戦第三段階で働いてもらうから、今からあまり頑張ってもらう必要はない。姫野さんは、うーん、まぁどこにいても同じようなもんだしなぁ。正式に第二部隊後衛でもいいっちゃいいんだけど
「他になければ、説明を続けるよ」
他にも部隊に割り振っていない人がいるのに、質問しない奴はなんなんだろうね。
まぁいいや。ここからは、頭一つを倒せた後のことだ。
「頭を倒すことに成功したら、すぐに二匹目と三匹目が出てくる。だから、倒したらすぐに退いて」
どうせヤツは無限再生のクソ能力だ。連戦してもいいことなんてない。
現段階での練習相手として求めるのは、最も戦いやすい頭一つブレスナシの初期状態のみ。次のフェーズに移行すれば即撤退でOKなのだ。
「ただし、倒した頭は素材として回収してみようと思う」
「えっ、ヤマタノオロチって食べられるの!?」
「メイちゃん、食材じゃなくて素材だから」
流石の直感薬学も「アレは食いものにはならねーよ」と言ってるし。
「あの頭はほとんど魔法で出来ているようなモノだから、すぐに消えるんじゃないのか」
と、突っ込んで欲しいことを言ってくれたのは蒼真君である。
二度のヤマタノオロチ戦を経験した蒼真君だけど、その際に何度か頭を落とすことに成功している。それでは、切断したあのバカデカい蛇の生首はどこに行ったのか、という話だ。
「その通り。どうやらヤマタノオロチの体は莫大な魔力で維持しているみたいだから、本体から切り離されると魔法で作ったモノみたいにすぐ消えちゃうんだよね」
魔法で発生させた物体は、基本的に時間経過で消える。委員長が大きな氷の壁を張っても、気温で溶けだすよりも遥かに早く崩れ去って行く。
これは物質を魔力で再現しているから、その魔力が霧散していくのに応じて崩壊していくのだと思われる。
だから、ヤマタノオロチの頭も、腐り落ちて土に返るよりも速く、ただ消え去ってゆく。
しかし、この崩壊現象を止める魔法が存在する。
「――そこで、蘭堂さんの『永続』をかける」
演習の第一段階は拍子抜けするほどあっさりと成功した。
接近すれば、ヤマタノオロチの頭はちゃんと一つだけ出て来たし、前衛の動きもかなり安定していた。見たことはあっても、頭との戦闘は初めてのはずなのに、随分と落ち着いた様子。僕が考えているよりもずっと、みんなも成長しているのかもしれない。
三部隊がバラけて頭のヘイトを分散しながら、確実にボコっていく。蒼真君みたいな光の剣の大技みたいなのはなくても、前衛達は誰もが武技を習得している。巨大なオロチからすれば小さな傷痕だが、武技による攻撃は着実にダメージを通すことができる。
そうして、ボロボロになった頭はついにその動きを止め、ドシンと大地へと倒れ伏す。
そこで、蒼真君とメイちゃんと蘭堂さんの出番。
右方向から蒼真君が『光の聖剣』で切り付け、左方向からメイちゃんが『破断』をぶち込む。すると、電車サイズの首も一発で飛ばせる。
首の切断を確認した瞬間に、蘭堂さんが『永続』を発動。
そして、その効果が発揮されるのを見届けるよりも先に、
「退けぇーっ!」
前衛全員で生首を運びつつ撤退を始める。
運搬の際にはレムも全機投入。蒼真君とメイちゃんもそのまま運ぶのに手を貸す。委員長だけは、引きずって運びやすいよう、地面を凍らせている。
クラスの力が一つになり、巨大なオロチの頭が動き出す。氷の道をズルズルと滑らせながら、ゆっくりと、だが着実に安全圏まで逃れてゆく。
グゥオオアアアアアアアアアアッ!
という雄たけびと共に、ヤマタノオロチの新たな頭が二つ現れる頃には、僕らは無事に撤退を完了させていた。悪いね、今は君らに用はないから。
「やった、ミッションコンプリート!」
これクリアランクSSSだよね、というほどに全てが上手くいった。
オロチの生首は、とりあえず形はそのままだが……やはり、僕でも感じられるほど魔力の霧散が始まっている。
「蘭堂さん、『永続』はちゃんとかかってる?」
「かかってるけど、これ全部そのままにすんのは無理だわ」
どうやら蘭堂さんも感覚的に、首の保存が完璧にできないことが分かるようだ。
「どこまで保てそう?」
「これかなり縮むわー。あんま期待すんなよ桃川」
「しょうがない、鱗の一枚でも取れれば儲けだと思うことにするよ」
あくまでヤマヤノオロチの生首は、オマケみたいなもんだ。強力なボスモンスターの素材をお手軽に無限入手できる裏技ができればいいなーと思ったけど、現実は甘くない。
「それじゃあ、休憩したら次は二部隊で挑もう」
三部隊でなら安定して倒せることが判明した。後は経験も兼ねて、どこまでの戦力を投入すれば頭を倒せるか、または抑えられるか、検証しておきたい。
勿論、戦闘を重ねることで、相手に対して慣れる練習にもなるしね。
「大丈夫そう?」
「まぁ、なんとかなるんじゃねーか?」
「やっぱアタシら強くなってるわ」
上田と芳崎さんが、さほど気負いなく答えてくれる。
他のみんなも、まだまだやれるという雰囲気だった。
さっきの一戦では頭を倒せたこともそうだが、みんなほぼ無傷で済ませているのも評価するべきポイントだろう。探索部隊で色んな組み合わせを試した成果なのか、連携もなかなかのものだった。
「部隊編成で気になることあったら、遠慮なく言ってね」
「このままで大丈夫だべ」
僕なりにバランス考えて編成したらね。不満の声も上がらなかった。
負傷も疲労もなく、これならすぐに次も挑戦できそうだ。
「ああ、それと、次から蘭堂さんは別の仕事があるから」
「えー、なにすんの?」
「塹壕掘り」
「またぁー?」
そう言わないでよ。
これまでは安全圏だけで掘って来たけれど、ここから先は敵地まで伸ばす。
そう、今日の作戦の第二段階は、あのガーゴイル共が巣食い、ヤマタノオロチが引き籠る岩山まで塹壕を掘り進めることだ。
本当はトンネルを作りたいところだけれど、流石にそこまでは蘭堂さんの土魔法でも無理である。だから、かなり妥協して塹壕。深めに作っておけば、地上を走るよりも多少は安全に岩山まで辿り着けるはず。
ヤマタノオロチの注意を引いている内に、岩山へ向かって掘って行く。
奴の本体は岩山の中。最終的にはそこへ乗り込むことになる。これから掘る塹壕は、そのための道だ。




