第218話 リライトと火の精霊
ゴーマ、とかいう凶悪な奴らに襲われた時はどうなるかと思ったが、無事に奴らのボスは倒れたし、キナコの傷も精霊の力で治すことができた。
俺らの完全勝利ということで、戦利品をいただくとしよう。
「どうよキナコ、この俺の新装備!」
ボスゴーマが持っていた鉄の槍を、俺は華麗に振り回す。
槍ってのは漫画とかゲームじゃあ雑兵が使う地味な武器のイメージだが、素人が扱う近接武器としては最適だ。何と言っても、この長さが心強い。リーチ、それは絶対的なアドバンテージである。
槍持ちを剣で倒すには三倍の力量が必要とかなんとか、漫画で読んだ。つまり、現実においてそれくらい槍ってのは強力な武器なのだ。伊達に足軽がみんな槍持ってるワケじゃねーんだよ!
そして、そんな強武器をこの俺が使ったとしたらどうなる。その戦闘力は二倍、いや、さらに倍率ドンである。
「ハァっ! ヤァッ!」
見よ、この鋭い連続突きを!
木から舞い落ちる木の葉に向かって突き出された穂先は、華麗に葉っぱをスルーしていく。
あれ、意外と難しいな……
「リライト、ツヨソウ」
「そうだろう、そうだろう! これで俺もいっちょまえの戦力だ。キナコ、もうお前一人だけにいいカッコはさせねーぜ!」
ハッハッハ、と俺は上機嫌に笑いながら、キナコのモフモフの胸板をパフパフ叩く。
いやぁ、やっぱり武器はいいね。持つとテンション上がる。男の子だもん。
「それにしても、このゴーマって奴らはアレだな、ファンタジー作品にありがちなゴブリンみてぇな感じだな」
醜悪な容姿の小柄な体型で、群れて襲ってくる凶暴性。そして、この如何にも粗末な装備品の数々。倒しても経験値3と1ゴールドしか獲得できなそうな雑魚中の雑魚みたいな奴らだが、鞄と教科書しか持たない俺にとっては、コイツらの装備品はありがたい。
「ちゃんと水とかも持ってるしな」
ボスゴーマは腰から皮袋を下げており、その中に水が入っていた。コイツらは泥水をすすっても平気そうだけど、中身はちゃんと綺麗な水だった。口は入念に拭いたけど。
初めての戦いの興奮ですっかり忘れていたけれど、今は思い出したように喉が渇いていた。
皮袋の水を飲んで、一息つく。
これから森を抜ける旅をするにあたって、飲み水はしっかり確保しないといけないのか。そんな当たり前のことを、今更になって思い当たる。
「全くサバイバルできる装備じゃなかったからな……この森で生きてるっぽいコイツらの装備品を拾えたのはマジでラッキーだよ」
こちとら今日も一日退屈な学園生活を送る気の格好だったからな。いきなり森の中に放り出されるなんて、想像もしちゃいなかった。
このゴーマ達の装備品をかき集めれば、最低限のサバイバルはできそうだ。
ボスゴーマは槍の他にも、ナイフを一本持っていた。黒高のヤンキーどもが持ってるような、チャチな小っこいナイフじゃない。30センチ近い刃渡りを持つ、かなり大振りのナイフである。
鉄の槍と同じく、コイツもなかなか品質がいい。錆び一つ浮いておらず、ボスがちゃんと手入れしていたのだろう。これからは、ありがたく俺が使わせてもらおう。薬草タンポポを採取するのにも、手でちぎるより刃物があった方がいいしな。
「しっかし、よく分かんねーモンも結構持ってるな。なんだコレ、石コロ?」
ボスの鞄を漁ると、何やら色々と入っている。
一緒に覗き込んできたキナコが、白っぽい結晶みたいな石ころに鼻先をつきつけ、フンフンしてくる。
「ペロペロ――コレハシオ!」
「えっ、マジで、これ塩なのか? もしかして岩塩ってやつ?」
俺も試しに舐めてみると、ああ、このしょっぱさは正しく塩である。
奴ら、こんなのも持ち歩いているのか。
「キナコ、こっちの木の実みたいなのは何か分かる? って言うか、食える?」
「ムーン……コレハリライト、タベナイホウガイイ」
「なんだよ、食えねーのか」
じゃあ何で持ってんだよと思うが、食用以外の使い道があるのかもしれないし、単に人間には毒でゴーマには無害なのかもしれない。
「コレタベレル。ヨウセイクルミ」
「妖精胡桃? なんか可愛らしい名前だな」
リライトがイチオシしてくるのは、確かに見た目クルミっぽいが、やけにデカい殻をした木の実だ。
試しに一つ食べてみると……うん、普通に味はクルミだな。
「なぁ、こっちの白い粉はなんなんだ? もしかして回復薬とか――」
「プガァーッ!」
と、キナコはいきなり吠えて、俺が手にしていた小さな皮袋に入った白い粉を叩いて吹き飛ばした。
「うおおっ、なんだよいきなり!?」
「キケン! リライト、ソレキケン!」
「えっ、マジで……毒とかそういう系だった?」
「ワルイコナ。ココロウシナウ。キケン」
「お、おう」
いつになく真面目な感じでキナコが俺に危険を訴えかけている。どうやら、この白い粉は冗談抜きでヤバい代物らしい。
とりあえず、そんな危険物は捨てて行こう。
そんな風に、キナコと相談しながらゴーマの持ち物の検分を終えて、いらないモノは処分し、必要なモノだけを分別していった。
「うーん、とりあえずこんなもんか。よし、それじゃあ行くか、キナコ」
存分に準備を整えて、俺達は出発する。
手には鉄の槍を持っているから、さっきの手ぶらよりもズシリと重く感じるが、身を守るための心強い重みでもある。
すでにこの森にはゴーマのようなヤバい奴らがウロついてることを知ってしまった。ハイキング気分はすっかり消し飛び、俺は山中行軍する兵士のように警戒しながら歩いて行く。
「ハァ……ハァ……や、やべぇ、もう疲れてきた……」
荷物が増えたことに、襲われるかもしれないという緊張感。そして何より、俺の体力不足が祟って、息が上がってくる。
ち、ちくしょう、最近はバスケ部もサボり気味だったから……
「リライト、ガンバレ。モウスグダ」
「お、おうよ……ってちょっと待て、もうすぐ、ってどこに向かってんだ?」
「ミエタ、カワダ」
ガサガサとキナコが茂みを突っ切って行くのに続いていくと、そこには確かに川があった。
「おお、川だ」
「リライト、キョウハココデヤスム」
「いいのかよ、まだ結構、明るいぞ。もっと進んだ方がいいんじゃないのか?」
「ムリスルナ。リライト、モリアルク、ナレテナイ」
「ぐっ、ば、バレていたのか……」
情けねぇ、完全にキナコの足を引っ張ってるじゃねぇかよ。俺がバテてんのを気遣われちまった。
「メシモトル。イマノウチ」
「あ、ああ、そういえば腹も減って来たしな」
さっきクルミを何個か食ったきりだ。
こんだけ森の中を歩き回った運動量と、消費カロリーが釣り合わない。腹も減って当然だ。
「そうだよな、確かに、今日食う分は今日とらないといけないからな」
「マカセロ」
キナコは自信満々にそう言って、ザクザクと河原を進んでゆく。
周囲には誰も、というか他の動物は見当たらない。静かなせせらぎが響くだけの、実に長閑な景色である。
「キナコが川に入ってると、マジでホンモノの熊みたいだよな」
なんて思っていたら、川のど真ん中で立ち止まったキナコが、その太い腕を素早く一閃!
バシャーン、という激しい水しぶきが飛んだのは一瞬のこと。
気づいた時には、河原にボーっと立っていた俺の足元に、ビチビチと跳ねる大きな魚が転がって来た。
「キナコ、凄ぇ!」
ヒグマが川で鮭をとる、イメージ通りの光景を見せつけられて、俺はちょっと感動するのだった。
さて、キナコがヒグマ流河原漁業を行っている傍ら、俺は火を起こす準備を始めることにした。
キナコがとってくれた魚は、鮭っぽいのとか、鮎っぽいのとか、巨大な金魚っぽいのとか、普通に食べられそうな見た目をしているが、いくらなんでも生で食おうとは思わない。こういうの、何か寄生虫とかヤバいんだろ?
「いやぁ、それにしても、世の中何が役に立つか分かんねーもんだな」
俺の手にあるのは、シンプルなシルバーのジッポライターだ。
ライターだけで、タバコは持ってない。ただカッコいいから持っているだけの、さりげないオシャレアイテムの一つである。
「流石に木の棒をクルクルやって火起こしは無理っぽいからなぁ」
文明の利器万歳である。
すでにその辺から枝は集め、たき火の準備はバッチリだ。
まずはこの細い枝から、いざ点火!
「あっ、くそ、なんだよ、点かねぇぞ……熱っつ!?」
ちくしょう、なんだこれ、思ったより上手く火が点かん。
あんまり長々と火を出していたら、ライターオイルも早々に切れてしまう。こう、素早く種火になるくらい着火できれば良かったんだけど。
「これは紙とかから火を点けないとダメなパターンか?」
ちっ、しゃあねぇな。
それじゃあ俺は、ここでルーズリーフ一枚を生贄にして、種火を発動するぜ!
「よし、いいぞ、そのまま上手く点火――」
燃える紙切れを投入するが、あっという間に燃え尽きる。
小枝に火が移り、燃え盛ってくれることはなかった。
「やべぇ、思ったより難易度高ぇぞオイ……」
ライターあるから余裕だろと思ってたけれど、なかなかどうして上手くいかん。
いや、落ち着け、原因は大体分かっている。最初に着火する細い枝が、これでもまだデカいんだ。
「そうだ、落ち葉、落ち葉を盛ろう!」
これなら枝よりも火が付きやすい上に、その辺から幾らでも集められる。
俺は河原周辺で落ち葉拾いをする。しかしながら、地面というのは意外に湿り気のあるもので、カラカラに乾いたような葉っぱはなかなか見つからない。
「くそっ、もう夕方じゃねぇか!」
こんなもんでいいだろう、と思えるだけの量が集まった頃には、見上げた空はオレンジ色に染まりつつあった。
まずい、このまま日が暮れれば光源は一切なくなる。俺の手持ちで使えるとすれば、せいぜいがバッテリーの容量が心許ないスマホくらい。コイツは最後の手段、こんなところで使い切るのは避けたい。
「落ち着け、大丈夫だ、次は絶対上手くいく。一発点火間違いなしだ」
ちょっと震える手で、ライターを二枚目のルーズリーフへとかざす。
シュッ! っとする音がして、小っこい火花が弾け……お終い。
「おいおいおい」
シュッ! シュッ!
虚しく響く音と、滅茶苦茶ちっちゃい一瞬の火花だけしか残らない。
「おいおいおい……燃料切れですかぁ……」
ま、マジかよオイ、さっきの挑戦で全部ライターオイル使いきっちまったってのか!?
「ライター持ってて火起こし失敗するとか……ありえねぇだろ文明人として……」
ど、どうしよう。
火が起こせなかったら、俺は折角キナコがとってくれた魚をロクに食べることもできない。異世界の寄生虫さんと同棲覚悟で生魚を食らうのか。刺身でいただくしかないのか。
「ぬぁああああ、ちょっと待てよ頼むよオイ! つけよ、もう一回くらい点けよ! ホントはあと一回くらい点く分残ってんだるぉ!?」
どんだけシュッシュしても、発火石の散らす火花だけで、メラメラと火の形は現れてくれない。
だ、ダメだ……ダメなのか……俺のジッポライターはもうダメなのかよ。
「……ヒ」
その時、火花でもなく、火でもない、また別の何かが見えた。
「ヒ、ツケル?」
それはジッポライターの点火口に浮かび上がる、赤い光の……棒人間だった。
「あっ、もしかしてお前、火の精霊とかそういう本職の方ですか!?」
「ヒ、モエルー」
「ヒーツケルー」
「ヒー、ボォー」
あの薬草精霊と同じような光り輝く小さな人型は、実に火っぽく赤々とした光を放っていて、口々に燃え盛る的なことを叫んでいる。
もしかして、これはイケるんじゃないのか。
「お願いします火の精霊様! このたき火も起こせないサバイバルド素人のワタクシめに、どうか一つ火を点けくださいなっ!」
現代文明人としてのプライドをかなぐり捨てて、誠心誠意、お願い申し上げると――火の精霊達は、応えてくれた。
「メラー」
「メラァーッ!」
バンザイするように精霊達が荒ぶる叫びを上げると、沈黙していたジッポにボウっと火が灯る。
「おお、やった、やったぞ! ありが――うわぁっ!?」
そして、次の瞬間には燃え盛る火の玉となって飛び出した。
危ねぇ、もうちょい顔を覗き込んでたら直撃だったぞ!
ヒヤっとするが、飛び出して行った火の玉が着弾したのは、俺が用意したたき火の場所である。
そして、その火の玉一発が弾けたことで、そこにはメラメラと燃え盛る立派なたき火が完成していた。
「ちょっと危なかったが、とりあえず、ありがとな」
感謝の言葉と共に、パチンとジッポの蓋を閉じる寸前、火の精霊達は中へと引っ込んで行くように消えて行った。
もしかして、そこに住んでんの、君ら?
パチ、パチ、とたき火が弾ける傍らで、俺は串を通して焼いた鮎みたいな魚に齧り付く。
「熱っつ、熱ちっ! めっちゃ熱ぃけど美味ぇ!」
脂の乗った白身は、岩塩だけのシンプルな味付けだが、やはり新鮮焼き立てなせいか、やたら美味く感じられる。
いやぁ、こういうサバイバル感溢れる料理、ちょっと憧れてたりしたんだよね。流石は俺、一発でここまで上手にできるとは。
火の精霊のお蔭でようやくたき火が用意できて、夕方から急いで調理を開始したが、これもなかなか苦難の連続だった。魚を焼く以前に、まず串を用意するところから始めないといけないからな。
そして串ができたら、これを刺すのも地味に難しい。
いざ焼き始めても、火加減の調整が難しい。調整というか、もう燃える火と魚の距離を変える事しかできないが。
苦労の果てに、こうして美味しく焼き上がった魚だが、背骨回りは若干生っぽかった。魚をコンガリ焼くのって、こんなに難しいことだったんですね……今回、俺が用意できた焼き魚は、この一匹だけである。二匹目の調理にかかる頃には、完全に陽が沈んでどうしようもなくなった。
「はぁ、これが最後のマトモな飯になるのか」
代わりというワケではないのだが、俺は学園の昼休みに食べるはずだった、弁当を食うことにした。ずっと持っていても腐らさせてしまうだけだしな。美味しく食える内に食っておこう。
この森の中で、まず米なんて手に入らないだろう。
飽き飽きするほど食ったはずの、たまごふりかけのかかった白米を、一口一口、噛みしめて食べる。
この米だけじゃない。弁当箱に詰まったどのオカズも、もう二度と食えるかどうか分からない代物ばかり。
特にこのメインデイッシュのから揚げは……
「プー、クルル……」
「お、なんだよキナコ、コイツが気になるか? 気になっちゃうか?」
俺が最後となるから揚げをしみじみ味わっていると、生魚に齧り付いているキナコがめちゃくちゃ物欲しそうな目でジーっと見つめてきた。
「イイ、ソノメシ、リライトノ」
「まぁな、コイツは俺に残された最後の日本の飯だ。最後の晩餐といってもいい」
「ウマソウ」
「だろ? めっちゃ美味いんだ……キナコも食うか?」
「イイ、リライトノ。ダイジナメシ。サイゴ」
「ああ、そうだ、そうなんだよ――でも一緒に食おうぜキナコ!」
俺は独り占めの誘惑に抗い、から揚げの一つに箸を突き刺し、キナコへ差し出す。
「リライト、ダメダ!」
「ダメじゃねぇ! キナコ、これは俺がお前にできる、唯一の恩返しなんだ」
俺はこの今日一日で、どれだけキナコに救われた。
森の中に一人ぼっちの時点で心が折れていた。
でも、コイツが一緒にいてくれた。
ゴーマの群れに襲われた。
でも、コイツが戦って倒してくれた。
今日食う飯を調達することもできなかった。
でも、コイツが魚を獲ってくれた。
そうだ、コイツが、キナコがいなけりゃ、俺はなんにもできず、一人で野垂れ死んでいたに違いない。今日一日を生き抜くことすらできなかったんだ。
そんな役立たずのお荷物な俺が、どうして一人で美味い飯を食えるってんだよ。
「俺は弱ぇ。この大自然の中じゃあ弱っちいただの人間だよ。多分、明日もお前にいっぱい迷惑かけると思う。足も引っ張ると思う」
「リライト、ソンナコトナ、キニスルナ」
「いいんだ、分かってんだよ、キナコ。自分のダメさ加減なんてのは、自分でよく分ってる」
ちくしょう、自分で言っていて情けなさすぎて、涙が出て来るぜ。
本当にどうしようもねぇ奴だ、俺って奴はよ。
「だから、ってワケじゃねぇけどよ……この最後のから揚げは、お前と分け合って食わなきゃいけないモノだと思うんだ」
「リラリト……」
「ほら、お前の方こそ気にしないで、食えよ!」
しばし悩んだというか、我慢するような素振りを見せるキナコだったが、たき火でちょこっと炙って温かさを取り戻したから揚げからは、強烈な魅惑の香りが発せられている。
キナコ、よだれダラダラ。
はしたないとは言うまいよ。生魚をそのまま食べる事しかできない熊のキナコに、調理された肉料理は美味さの次元が違う。
「リライト、アリガトウ」
「いいってことよ、俺ら親友だろ?」
そして、キナコはから揚げを食べた。
「――プッ! プ、プゥ、ウマァアアアアアアアアアアアアッ!」
「はっはっは、そうだろ、美味いだろうから揚げは!」
「ウマイ! ンマイ! スゴク!」
「よし、もう一個行け!」
「ンマァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ああ、美味いよな。やっぱり、飯は一人で食うより、誰かと一緒に食った方が美味いんだ。
2019年11月15日
第14章はまだ続きます。
キリのいいタイミングがここだったので、リライト視点の話を入れました。




